ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
御影悠希。
ちっさい、ちっさい、マスコット。それが楓の印象。
女子剣道部の主将、蛍のお気に入り。ご執心と言ってもよかった。
その蛍が嫌そうな顔のマスコットを引っ張って連れてきた時のことは絶対に忘れない。
「御影、お前には私の手伝いをして欲しいんだ」
マスコットは蛍に借りがあるらしく、渋々と言った様子で蛍の後ろに付いて回っている。
ちっさいちっさい、マスコット。でも頑張って、防具や技の名称を覚えた。ちょっと微笑ましい。
蛍の後ろに付いていて、時稽古の時間を測ったり、竹刀の組み立てを覚えたり。
蛍と並んで素振りしているのを見た時、楓は噴き出して噎せてしまった。他の部員たちも同様なようで、温かい視線で見守っている。
練習試合のとき、蛍が防具を着けるのを手伝っていた。
剣道着や袴のたたみ方。防具の片付け方も覚えたようだ。やる気のあるなしに関わらず、真面目な姿勢は好感が持てた。
ちっさいマスコットは、密かに女子剣道部の人気の的だった。
身体も顔も造りが小さく、中性的な印象のお陰で他の女子部員の警戒を買うこともなかった。蛍だけでなく、他の部員の面倒も見る。一緒になって胴着をたたみ、防具を片付ける。献身的で健気な姿は見る者を和ませた。
スコアの付け方やルールを覚えてからは大活躍だった。
お茶くみに始まり、試合のスコア記録、ビデオ撮影、審判、備品の管理。これらの手間から解放されれば、必然的に練習の密度は濃くなる。
インターハイ終了まで。
期間限定で授かったスーパーサポーター。
「だ、だきしめたい……」
部員たちの言葉。
小さい身体で頑張る姿は、誰もが認めていた。
学習能力と自主性が非常に高い。状況と必要性を読み、言われる前に動く。叱られる前にやる。怒らせる前にやめる。悠希のそれは徹底していて、楓は漠然とした不安を覚えるほどだった。
この年、秋月蛍の強さは、まさに鬼神だった。
稽古でも試合でも、隙というものがなくなった。以前から怪物じみた強さを誇っていたが、インターハイでは本格化し、更なる怪物ぶりを周囲に見せ付けた。
「ああ、御影。ちゃんと見ていたか? 今の打ち込みはよかったろ?」
「そうだね。残心まで決まってた」
そんな二人は凹と凸。ぴったり填まって見えていた。
更衣室にて。
当時はまだ在籍中だった上級生が、皮肉混じりに言った。
「秋月さん、貴女……あの小さい子と付き合ってるの?」
意地の悪い質問だった。
仮にそうだったとして、どんな問題があるのか。活動中の二人の関係は、常識の範囲に収まっている。上級生の言いようには揶揄する響きがあった。
「いえ、私たちはそういう関係でなく……」
僅かな苛立ちを込め、蛍は慇懃に否定する。
「そうよね。あんな小さい子と大きな貴女じゃ合わないわよね?」
まるで鬼の首を獲ったかのように。
上級生たちが囃し立てた。
「…………」
蛍は、険しい表情で口を噤んでいた。
本人は一言も言わないが、秋月蛍が特別待遇なのは誰の目にも明らかだ。顧問は何かと目をかけ、時には送迎までしていたし、悠希のマネージャー推薦にも意見一つ口にしない。
事ある毎に上級生の槍玉に上がるのは何時ものことだった。
「私がいないと、何もできない癖に!!」
インターハイ終了直後、蛍と悠希の関係は破綻した。
かっとなって叫んだ蛍は慌てて口を押さえたが、もう遅い。
言い争いの原因を作ったのは上級生だったが、決定打を放ったのは蛍だ。
一部始終を見ていた楓は、僅かな苛立ちを覚えた。
あの献身を認めないのか。
何様のつもりだろう。
悠希はその場を逃げるように去り、二度と剣道部に戻ることはなかった。
……
…………
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…………………………
秋月蛍が主将。深山楓が女子剣道部の副主将。
納得するかしないかは別として、顧問の決定には従うべきだ。
人は心の中に小箱を持っている。その小箱の中に秘密を隠す。
秋月蛍に勝てるか? と聞かれれば、勝てるかもしれない、と楓は答える。やってみなければ分からないと答える。
顧問に、負けろと言われなければ、試していたに違いない。でもそれで大学への推薦が貰える。試す意味がない。
人は心の中に小箱を持っている。その小箱の中に、楓は秘密を隠している。
時々は考える。
誰かの小箱を覗き見て、そこに綺麗な宝石を見つけたら……
楓は少しだけ、ちっさいマスコットの献身を思い出す。
小箱の宝石は、未だ見つかっていない。
――このときは、まだ。