※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第28話

 朝早く、カオルより先に起き出して朝食の準備を開始する。

 

 鮭の切り身を三つ焼いて、小松菜のお浸しを作った。

 後は買い置きしてある漬物を出して、それからお味噌汁。

 お味噌汁の美味しそうな匂いが漂い始めたところで、背後から抱き締められた。

 

「おはよう」

「はい、カオル。おはようさん」

 

 カオルが言った。

 

「……昨夜、変な夢を見たんだ」

「……うん」

 

 ぼくは、お味噌汁が沸くのを待っている。

 

「ユキ、部屋の隅っこで寝てなかったか……?」

「……」

 

 火を止める。

 少し考えて、言った。

 

「昔の夢を見たんだ。そういう時は、あそこが落ち着く。ごめんね……」

「……っ。そうかよ」

 

 ぶっきらぼうに言って、カオルは鼻を啜った。

 

「今度はアタシも一緒に寝るから……」

「……そう」

 

 同情はいらない。

 

「一緒に耐えるから……」

「……可哀想?」

「アタシ、欲張りなんだ。何でも半分ほしい」

「…………そう」

 

 カオルは少し泣いているみたいだった。

 涙が、ぽたっと床に落ちる。

 流れた涙の価値に、どの程度の恩で報いればいいのか。

 負債がまた増える。

 

◇◇

◇◇

 

 カオルがアルバイトに行ってしまうと、入れ替わりになって父さんが帰って来た。

 

「おはよう、父さん。ご飯できてるから」

「おーっ、悠くん乙!」

 

 父さんはいつも賑やか。

 笑う門には福来る。そういうことらしい。

 その後は、父さんの朝ごはんの準備をして。

 洗濯、掃除を済ませてから図書館に向かうことにした。

 父さんは朝のニュースを見ながら、ちょっとだけ心配そうに言う。

 

「悠くん、受験勉強やってるか?」

「ん……今日はこれから図書館に行くつもり」

「おーっ、そうかぁ。今日、父さん休みだからさ、夜はお寿司食べに行こうよ」

「……いいね!」

 

 生きて行く為には、ゆとりも必要。節約は当然するけど、たまには贅沢もする。

 

 父さんに見送られ、家を後にしたところで携帯を確認する。

 トウコから、おはようメールと早速次の予定。また泊まりがいいらしい。

 パッパラパーの皆川優樹菜からもご機嫌伺いのメールが一件。

 

 ――すっげー、よかった! またしようネ☆

 

 それはいいけど、ネカフェは少し嫌だ。監視カメラが気になる。

 

 ――OK、いつでも。

 

 素っ気ない返信をしておいて携帯を閉じる。

 お昼は勉強。今夜は父さんと過ごす。

 カオルは、まだ父さんに会う度胸がないらしい。今夜はお休み。

 

 予定を確認してから、ぼくは図書館に向かうことにする。深山と鉢合わせる可能性もあるけど、逃げるのは馬鹿らしい。

 そして――

 

◇◇

◇◇

 

 いた。

 ――深山楓。

 白いワンピースに麦わら帽子。今日もやっぱり清楚系。正面玄関で開館まで待っているようだ。

 ぼくは物陰に隠れて少し観察してみる。

 

 深山は、あっちキョロキョロ。こっちキョロキョロ。ちょっぴり不審。眼鏡を直したり、時計を見たりと忙しない。

 何時からそうしているのか知らないけど、避けて通るのも面倒。

 開館時間になった。

 駐輪場に自転車を停めて、ぼくは正面玄関に向かう。

 取り合えず無視。黙って通り過ぎようとして――

 

「おはようございます。御影くん。ちょっといいですか?」

 

 ぼくは言った。

 

「おはよう、深山。今日も上から目線のボランティア? ちゃんと小銭持ってる?」

 

「――つっ」

 

 麦わら帽子に手をやった姿勢で、深山は固まった。

 

「お話もいいけど、おまえの眠気を覚ます冷たい飲み物が必要だね」

「……っ!」

 

 深山の顔が赤く染まった。ぷるぷると肩を震わせ、俯く。

 

「……で……」

 

 麦わら帽子のつばで隠れた深山の表情は分からない。

 

「聞こえないね、小銭女。はっきり喋りなよ」

 

「なんで……」

 

 深山が麦わら帽子を脱ぎ捨てた。

 

「……なんでそんなに悪ぶるんですか?」

 

 うっすら眦に涙を浮かべる深山と目が合った。

 

「そういうおまえは、いい子ぶるんだね」

 

 ずいぶん分厚い面の皮だ。

 

「募金箱ならエントランスの受付にあるから行きなよ。それから――」

 

 コイツはぼくを見下している。そう思うとイライラした。

 

「二度と話し掛けるな」

「なっ……」

 

 深山の下がった眦が、みるみるうちにつり上がった。いい貌(かお)になって来た。

 でも、シュウに立ち向かったあの時の修羅じゃない。あの時の深山楓じゃない。

 

「ぼくは勉強しに来ただけだから、おまえと遊んでいる暇はないんだ」

 

 これ以上つきまとうなら、薄っぺらい化けの皮ひっぺがしてやる!

 

◇◇

◇◇

 

 怒りに震える深山を置き去りにして、2階の閲覧スペースに向かった。

 もちろん、小銭女用に冷たいスポーツドリンクを購入しておく。

 

 個人の閲覧席に着いて幾らも経たないうちに、深山がずんずんと足音を立ててやって来た。

 まるで落ち着かない。

 ぼくは舌打ちして、向き直った。

 

「なに……?」

 

「……!」

 

 バン! と大きな音を立てて、深山が卓上に2000円を叩き付けた。

 

「これでいいんですか! これで!!」

「……」

 

 ぼくは呆れて首を振った。

 予想していた行動の中で、一番詰まらないものがこれだった。

 深山は肩を震わせて、大きく息を荒げている。

 

「……しょうがないね、おまえは……」

「なにが、しょうがないんですか! なにが!!」

 

 早朝ということもあり、ぼくたち以外の人影はまだない。大声を出しても注意されることはないけど――

 

 エキサイトした深山の手を掴み、長い廊下を進む。

 

「何処に行くんですか! 自分で歩けますから!!」

 

 怒りに我を忘れてる。

 激しい怒りすら完璧に制御したあの深山じゃない。がっかりだった。

 

 小規模のゼミなんかに使用されるラボラトリーに深山を押し込むと、後ろ手に鍵を下ろした。

 深山が喚き散らした。

 

「なんで貴方は私を拒絶するんですか!」

 

 耳の奥がツーンとした。超音波かと思う程の金切り声。

 

「また着信拒否しましたよね!? 二回目です! 二回目!!」

 

 完璧にヒステリーを起こした深山に歩み寄った。

 

「な、なんですか?」

 

 僅かに戸惑いの色。

 目前に迫ったぼくに、警戒するだけの理性はあるようだ。言った。

 

「キスしようか」

「……えっ?」

 

 瞬間、深山の表情が素に戻った。

 

「逃げたらおしまい。抵抗してもおしまい。次に大声を出してもおしまい」

「なんでそうなるんですか……!?」

 

 ごくっ、と深山が息を飲む。怒りにまた眉が逆立つ。

 でも逃げない。

 

 ぼくは一歩近付いた。

 

 あんまりはあげないけど、考える時間はある。

 深山はやっぱり逃げない。

 

「ちょっと、待っ……」

 

「大サービスだよ」

 

 噛みつかれたり、突き飛ばされたりしたくない。ぼくはもう一度立ち止まって、上目遣いに深山の顔を覗き込んだ。

 

「近いよ」

「……っ」

 

 深山の頬が赤く染まった。

 今度は怒りじゃない。羞恥と期待。お金を出す以上、少しはこの可能性も考えたはずの深山は逃げない。逃げられない。

 伸ばしたぼくの手が、紅潮した頬に触れた。

 

 ぺろりと唇を一度舐め、情感たっぷりに笑って見せる。

 

 深山は腰が抜けたのか、背後の椅子に、すとんと腰掛けた。

 表情を強張らせ、酷く困惑しながらも、それでも逃げない。その唇は戦慄いて――

 

「待っ……!」

 

 ――キスした。

 

 唇は、柔らかい蕾のよう。

 

 さてここから。

 

 おまえをメチャクチャにしてあげる。

 

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