ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
ラボラトリーで深山をやっつけたあと、ぼくは個人の閲覧スペースに戻った。
エアコンが利いていて、静かなこの環境は悪くない。参考書や問題集の類いも揃っている。
12時まで受験勉強をしたあと、携帯をチェックすると、皆川からメールが入っている。
昼過ぎからカラオケボックスで会えないか、という誘いのメールだった。
カオルからはラブメール。
トウコからは昼食の誘い。
ぼくは少し考えて、皆川の誘いに乗ることにした。
トウコの誘いには明日ならOKと返信。
カオルには……
カオルには…………
カオルには、なんて返信したらいいんだろう?
――ユキ、愛してるよ!
ぼくも同じように返すべきなのだろうか……。
どうしたらいいんだろう。
「…………」
考え込んでいると、突然、マナーモードの携帯が震え、ぼくは携帯を落としてしまいそうになった。
カオルからの着信。出る。
『あ、ユキ? 今どこ?』
ぼくは小さく溜め息を吐く。
「今、図書館。受験勉強してたとこ」
『そっか。あのさ、明日のことなんだけど……』
「ああ、うん。泊まりに来るでしょ?」
『いや、うん、そうなんだけどさ……外泊ダメかな~~っと思ってさ』
「いいよ? それだけ?」
今更、何を改まって……ぼくが呆れていると、カオルは少し怒り出した。
『……んだよ! そうだよ! 緊張してたアタシの時間を返せ!!』
「あはは、はいはい」
……
…………
………………
……………………
…………………………
通話を切り、ぼくは一つ息を吐く。
視線を流した先にあるガラスに映った、笑顔のぼくと目が合った。
◇◇
◇◇
皆川のいるカラオケボックスは、商店街の外れにある。
この皆川をどうにかして、友人を紹介してもらう。……というより、紹介させる。
そして搾り取れるヤツからは容赦なく搾り取る。
このときのぼくは、何一つ分かっちゃいなかった。
皆川優樹菜が、何で『パッパラパー』って呼ばれているか、てんで理解していなかった。
通りから少し逸れた大きな駐車場に、キャンピングカーが何台も並んでいる。
一本メールを入れてから、皆川がいる8号車に向かった。
扉を開けてすぐ、そのカラオケボックスは、ぼくの目に新鮮に映った。
キャンピングカーは防音設備がなされ、車中にカラオケ機材が置かれている。
いい環境だと思った。
受付は別の場所にあるので、相手に任せれば余計な人に会うこともないし、車中は外から窺えないよう窓にスモークが貼ってある。
そして――
ぼくはとんでもない失敗をしでかしたことを悟った。
ハードロックのメロディが鳴り響く奥の座席で、皆川がゲタゲタ笑いながら手拍子を打っている。
一昨日と同じ格好なのも不潔で苛ついたけど、それより更に不快だったのは、皆川の横にいる金髪の女だ。
知り合いがいること自体はいい。それだけなら、ぼくはチャンスと考える。
しかし――
その女は、ぼくの目に、やけにハイになっているように見えた。
一発で分かった。
――躁状態。
ドラッグだ!!
皆川が陽気に笑いながら、ぼくに手招きしている。
「おー、少年ビッチ! こっちこっち!!」
ぼくは目をすがめ、金髪の女を観察する。
髪の毛を振り乱し、大声で歌い、踊り狂うさまは異様だった。はしゃぐにしても少し――かなり度が過ぎている。デカイだけの歌声は、音程が殆ど外れている。
一番、気になるのは、目付きだ。薄暗い車中で、瞳孔が開いているように見えた。
皆川が、ぼくの側までやって来た。
「どったの? 少年ビッチ。早くおいでよ」
「――嫌だ」
ぼくは皆川の手を掴んで車外に引っ張り出した。
「なになに!?」
皆川が後ろ手に扉を閉め、メロディが遠くなる。
ぼくは、皆川の耳元で囁いた。
「あの女の子、誰?」
皆川は笑いながら言った。
「名前? 知らねっつの。ゲーセンで会っただけ。すっげえノリよくてさぁ」
昔、病院であれと同じ症状の患者を見たことがある。でも、パッパラパーの皆川は、そうは見えない。ドラッグはやってない。
警告を発する。
「あの子、ドラッグやってる」
「――え?」
ヘラヘラ笑っていた皆川の表情が素に戻った。やっぱり気付いてなかった。
「ぼくは帰るから。パー子も早く逃げな」
「……って、マジ?」
「マジ。それじゃ」
ぼくは小走りで逃げ出した。
パッパラパーの皆川がその後を尾けてくる。
「――じゃあさ、今夜パーティーに誘われてんだけど行かない方がいい!?」
走りながら答えた。
「それって乱交パーティーとか!? 好きにしなよ! バイバイ、パー子!」
ぼくはスピードを上げて、そのまま皆川を振り切った。
敷地外に停めてあった自転車に飛び乗ってそのまま走り去る。後ろは見なかった。
馬鹿やってりゃ、こんなこともある。そう思った。逃げ切ったとも。関係ないとも。
このときは、パッパラパーの皆川が、あんな事件に巻き込まれるなんて思いもしなかった。
◇◇
◇◇
◇◇
夜。
家の近所の回転寿司屋でのことだ。
テーブルの座席に向かい合って座り、久し振りのお寿司に舌鼓を打つぼくらだけど、父さんの様子がなんだかおかしい。
考え込むように顎を擦り、ぼくを訝しむように見ている。言った。
「なあ、悠くん。ちょっと、聞いていいかな……?」
「いいけど、なに?」
悪いことってのは続く。ぼくは嫌な胸騒ぎがした。
「……悠くんって、二人彼女いるの?」
「え?」
稲妻に撃たれたみたいにカオルの顔が頭に浮かんだぼくだけど、父さんのその言葉にハッとなった。
「二人? なんで?」
心臓が嫌な鼓動を打つ。
じわっと額に汗が吹き出る。
普段、賑やかで明るい父さんだけど、決して馬鹿じゃないし、鈍感でもない。
「いや……そうじゃないと辻褄が合わない気がしてさ……んん……」
「…………」
カラオケボックスで別れた皆川のことは頭から吹き飛んで消えた。
「……あ、そういうことなのか? でも……」
父さんは頻りに首を捻って考え込んでいる。
思った。
誰だ……。
ぼくの留守中に父さんに会ったバカ女は、誰だ……!!