ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
早朝、皆川からメールが一件入っていた。
着信時間は午前4時。今は6時だから、既に2時間経っていることになる。
――昨日はマジ助かった。ありがと! 今から会える?
しかし、パッパラパーの皆川は常識がない。朝の4時に誘って、ぼくがのこのこ行くとでも思っているのだろうか。
後でフォローのメールをすることにして、無視することにした。皆川の方でも期待してないだろう。
今朝はカオルに、行ってらっしゃいのメールをして、それから父さんと朝食を摂った。
「悠くん、今日も図書館?」
「そのつもり」
あれだけ惨めな思いをさせてやれば、お節介の深山も、ぼくを見離すだろう。嫌悪されるくらいで丁度いい。
ぼくと彼女は違いすぎる。
だから、お互い別の道に行く。それだけ。
◇◇
◇◇
リュックサックに荷物をまとめ、自転車に乗って図書館に向かう。
そして――
図書館の正面玄関に、今朝も深山楓が立っていた。
今日の深山は学生服。半袖のブラウスに、学校指定の紺のスカートを履いている。
そしてやっぱり、あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロ。時計を見たり、眼鏡を直したりと忙しない。
深山は布に包んだ竹刀を肩に掛けている。
図書館で勉強した後、そのまま午後の練習に行くつもりだろう。でなければ、ぼくを叩きのめすつもりか。
後者なら逃げる訳には行かない。
ぼくは駐輪場に自転車を放り込み、堂々と正面玄関に向かって歩いた。
キョロキョロとしていた深山と目が合った。
「おはよう、小銭女」
深山は、にこっと笑って肩の竹刀を手に取った。
「やりなよ」
「はい」
深山が頷いて布の袋から取り出したのは――
棒状に丸めた新聞紙だった。
ぼくは頭を抱えた。
やられた……。
◇◇
棒状に丸めた新聞紙を、ペコペコと指で折り曲げながら、深山は得意そうに笑みを浮かべている。
「あなたのことが、ちょっとだけ分かって来ました」
「…………」
「とても誇り高いんですね」
「…………」
深山に思考を読まれるなんて、ぼくもまだまだだ。
気を取り直して言った。
「それで、なに? また気持ちよくして欲しいの?」
「またそんな憎まれ口を……」
深山は新聞紙の棒を捨て去ると、ぼくの方に歩み寄って来た。
「あの程度で私をどうにかしたつもりになるなんて、まだ早いんじゃないですか?」
――そんなことだから、あんな厄介なのに目を付けられるんですよ。
一瞬、何故かトウコの顔を思い出した。きっと分かっていたんだと思う。
目の前で、深山が身体を折ってぼくに口付けた。
「……!」
驚き、固まるぼくの唇を割って、深山が舌を挿し込んで来る。
この前やったのと同じやり方でぼくの口腔内を凌辱する。場所なんて関係ない。舌を絡め、大量の唾液を流し込んで侵食する。
ぼくの喉が、ごくりと鳴ったのを確認してから、深山は漸く距離を取った。
満足げに笑みすら浮かべ、口の回りを舐め取る。言った。
「なめないで下さいよ、御影悠希」
あの深山。修羅の女。虎も逃げ出す――覚悟の女。
最初から、深山に覚悟があったとすれば、あれに何の痛痒も感じないだろう。その覚悟を瞬時に固められるから、深山楓は怖い女。シュウだって逃げ出すはずだ。
ぼくは理解した。
遊ばない女が遊ぶとき、それは『本気』って言うんだ。
頬を上気させた深山が、財布から千円取り出してぼくのポケットに押し込んだ。
「これは、あなたのです」
おさわり千円。確かに言った。
「…………」
ぼくは言葉もなく、深山の顔を見上げた。
深山は、頬を染めながらも不思議そうに見つめ返す。
「意外そうにしています」
「なんで……?」
「あなたは売ると言って、私は買うと言いましたよね」
確かに言った。あのシュウにすら、存在の一筋もやらないとも。
ぽつりと呟いた。
「……小箱の宝石……」
「……え?」
「あなたは綺麗なんですよ」
深山はトウコと同じことを言った。
ぼくは、とてつもなく不吉な予感を覚えた。二人はまるで違うようでいて――
修羅、二人。
底なしの泥沼に、片足を突っ込んだ気がした。
「今日はこれから練習なので、もう帰ります」
「うん……」
それは良かった。
「携帯のブロックは解除しておいて下さいね」
「……わかった」
深山は眼鏡を押し上げて、おっとりとした眼差しでぼくを見つめる。
「明日は、2000円の方でよろしくお願いします」
「……」
やっぱり、深山は苦手だ。トウコもそうだけど、この二人は、ぼくの思う通りには動かない。
ぺこりと頭を下げ、踵を返す深山の背中を見送りながら、もう一人の方と昼食の約束をしていたのを思い出し、ぼくは――
頭が、割れそうに痛んだ。