ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
――新城がぼくに借金をするようになった。
「ユキ、ちょっといい?」
その日の休み時間、新城がデレデレに弛んだ笑顔でやって来た。
――御影 悠希。ぼくのフルネーム。
最近の新城は、ぼくを下の名前で呼ぶ。
「ユキじゃない。ゆ・う・き」
「うふふ、ゆうき」
新城は益々ぼくにのめり込み、脳がお花畑になった。
「トイレ行こ? 一回ぱぱっと手で抜いてよ」
頭の中はエロいことしかないらしく、廊下だろうが教室だろうが、ところ構わずぼくに抱き付いてくる。
「あのね、新城。ツケはいいけど、もう7万超えてるから」
「うん、えへへ」
駄目だこりゃ。
そんな新城がテストで赤点を取って補習を受けなくちゃならないのは当然のことで。
新城はスポーツ推薦枠で入学したB特待だ。授業料は半分が免除されている。
並外れた長身と運動神経で、元はバレー部の有望選手。膝を痛めなければ、ぼくにハマって脳内お花畑になるようなことはなかっただろう。
しかし、現実は残酷で新城は膝を壊し、バレーを諦めた。残ったのはB級特待生の優待枠。
やりづらいだろうと思う。
元々、成績はよくなく、バレーをやっていた以外に取り柄はない。それでも学校にいる以上、優遇されている。これが他の連中にどう映るか。
ぼくにハマってる原因の一つにそれがあるのかもしれない。無責任に考えながら、久々に一人の放課後を楽しむ。
「さて、営業しますか」
……
…………
………………
……………………
…………………………
「と言ってはみたものの……」
名案なんてあるわけがなく。
ぼくは食堂でカップの安いコーヒー牛乳を飲んでいる。
「こんちわ」
ぼくに声を掛けてきたのは、新城の後輩の女の子だ。陸上部の部室でも、何度か顔を見た気がする。
ボーイッシュな短い髪に健康的に焼けた肌が印象的。
身長は160cmくらい。相手の背丈が気になるのは、ぼくが身長にコンプレックスを感じているからだろう。
「今日は新城センパイと一緒じゃないんですね」
「うん、新城は補習」
金の切れ目が縁の切れ目。新城とは程々に付き合って行かないといけない。
「また『よいこ』ですか?」
「よい子?」
どちらかと言うとぼくは悪い子だ。
彼女はくすりと笑いながら、ぼくの飲みかけのコーヒー牛乳を指差した。
「その砂糖とミルクたっぷりの乳飲料のことです」
「ああ、なるほど……」
これを飲んでいるとやけに新城が笑うと思っていたけど、そういうことか。納得。
彼女が笑う。
「御影さんって、新城センパイと付き合ってるんですか?」
「いいや、新城とは一回2000円の関係だよ。知ってるでしょ?」
「…………」
なんだろう。すごく寒くなった気がする。
「いいえ、初めて聞きました……」
新城は自分の後輩に、ぼくをなんと言って説明しているのだろう。彼女は言葉もなく、じっとぼくを見つめている。
そのおとがいが、ゴクリと鳴った。
「自分、葛城 瞳子(とうこ)です。その……」
「…………」
ぼくは黙ってよい子を啜る。
葛城が言った。
「自分も、その……買うことって、できます、か……?」
――来た。
お一人様、入ります。
「その……新城センパイには」
「もちろん、言わないよ」
その後、葛城は堰が切れたように話し始めた。
「前から可愛い、いいなって思ってて……睫毛長くて、手も、すごくちみっちゃくて……」
葛城の歪んだ性癖はどうだってよかった。
「あと、新城センパイから色々聞いてて……」
そう言って葛城は、膝をもじもじと擦りあわせる。
……つまり、新城の盛りに盛ったエロ話に濡れてしまったと。
新城、使えるじゃないか。
「自分は、新城センパイの後のちょっと空いた時間に幸せな気持ちにさせてくれれば……」
そんなこと言っても、新城を裏切っていることには変わりがないよね。
でもいいよ。都合のいい女の子大歓迎です。だってビッチだもん。
葛城は照れくさそうに鼻の頭を擦っている。その仕草がすごくバカっぽい。やっぱり新城の後輩だけある。
「あの、これ自分の携帯番号です」
葛城は準備よく、携帯番号とメールアドレスを書いた紙を差し出した。
……準備が良すぎる。
前から考えてた。本当、新城はいい後輩に恵まれてる。
「夜、掛けていい?」
葛城は、むふうっと荒い鼻息を吐き出した。
「ドンと来やがれ、です!!」
チョロい。
チョロすぎる。
新城、葛城のパレスコンビはチョロすぎる。そんな風に思ってた時期が自分にもありました。
放課後の食堂。人影はまばら。主に部活動開始前の生徒しかいない。
ふと見れば、葛城が出入口の方に煙るような視線を向けていた。
三人の後輩を引き連れ、ずかずかと食堂に入り込んで来たのは――
袴姿も凛々しい、ポニーテールのシュウ。
ぼくは俯き、なるべく気配を消すことに努める。
でも、シュウは真っ直ぐぼくの前までやって来た。
シュウは、ちらりと葛城を一瞥。
「淫売、精が出るじゃないか。いや、出すのは別のものか?」
あれ以来、シュウの当たりは益々キツくなる一方だ。
「秋月先輩、知り合いですか?」
と、シュウの子分Aが余計なことを尋ねる。
シュウは威嚇する虎みたいに鼻の頭に険しい皺を寄せている。
「こんな屑、名前を知ってる程度さ」
吹き出るあからさまな悪意に、三人の子分たちはびびったように頷き、それから好奇の視線をぼくに向ける。
シュウが言った。
「なあ、コイツ、2000円で何でもするんだ。お前たちも気が向いたら使ってやるといいさ」
「…………」
こんなときでも営業チャンス。ぼくは顔を上げ、にこっと微笑んで見せた。
A、B はこっちを見ない。脈なし。Cは、ぼくと視線を合わせ、反射的に微笑もうとして、俯いた。
Cは後で名前を調べよう。
「お前……!」
シュウが、ギリギリと歯を食い縛る音が聞こえた。
「誰にでも色目を使う――」
刹那。
葛城が、カップのジュースをシュウの顔面にぶっかけた!
ぼくは鼻からよい子を噴き出しそうになった。
なんてことするんだ。そんなことは、あの新城ですらやらなかった。
葛城は澄ました顔だ。
「帰れ。御影さんに関わるな」
「…………」
シュウは表情を変えず、睫毛にかかったジュースを指で拭っている。
「自分、新城センパイに、アンタには手加減すんなって言われてんで」
新城……! 居ても居なくても何て迷惑なやつなんだ。
シュウが水滴で張り付いた前髪をかき上げた。
「新城の……ホント、邪魔くさい……」
シュウの子分ABCの顔色は紙のように白かった。ビビりすぎて動けない、そんな感じ。
異様な空気。
シュウの身体から黒い炎が立ち上っているような気すらした。
ぼくは言った。
「シュウ、これ以上邪魔するんなら、2000円で買ってよ」
「……!」
シュウは驚いて、それから耳まで真っ赤になった。
「今ならサービスで、一回分半額にしてあげる」
これには、葛城もシュウもその子分たちもびっくりして目を丸くしていた。
シュウの唇が、ワナワナと震えている。
「なん、で――」
「お金無いんなら帰って」
もう、シュウは本当に面倒臭い。いつも絡まれて、嫌な思いしてるこっちの身になってほしい。
「葛城、行こっか?」
「あ、はっ、はいっ!!」
なべて世はこともなし。
誰が泣こうが、怒ろうが、ぼくには全然関係なかった。