ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
長い睫毛は少女のよう。桜色の唇は舌を挿れて吸うと甘露の味がする。
透明感のある大きな瞳は、恥じらうと目尻が下がる。
笑うと頬にえくぼが浮かび、思わずこっちも笑ってしまう。
きっちりと爪が切り整えられた清潔な指は細長く、愛撫されると天国までは一直線。
御影悠希。
カオルの、傷付いた天使。
◇◇
最近のカオルにとって、悠希は異性を計る基準になりつつある。
他の男連中のゴツい指や汚ない爪を見ると嫌悪の気持ちが湧く。
その指で女に触れるのか? と問い質したくなる。
少なくとも、カオルの身体はそんなに雑に出来てない。
自分を見る男連中の無神経な言葉が大嫌いだ。
――なんだ、女か――
悠希は、絶対にそんなことは言わなかった。
関係開始後の悠希はとてつもなく冷たかった。
しかし――
固い蕾が花開くように、徐々に笑顔を見せるようになって来ると、着実に信頼を得ているという確信があった。心が折れずに頑張れたのは、その確信あってこそだ。
家に招かれ、食事を共にし、閨を共にし、お風呂にも一緒に入る。
『ルール』が一つ解かれる度に胸が熱くなる。身長差は40cm近かったけれど、そこでのカオルは普通の女だった。
全てを打ち明け、受け入れられた……。
幸せなだけの、普通の女。
将来のことは漠然と考える。
もし、悠希と逢わなかったらどうなっただろう。
カオルは、きっとつまらない好奇心からつまらない男と関係を結び、大して良くもない行為に溺れていただろう。
仕事のない日はジャージを来て煙草を吸って、パチンコに行く。いつの間にか結婚して激安レシピに詳しくなり、好きな言葉は『絆』。
カオルは、その想像の後、必ずといっていいほど吐いた。友人にその話をすると、友人も吐いた。
それくらいリアリティーのある未来像だった。
友人と話をするのは好きだ。
高校にも行ってない友人だが、真剣に自分のことを考えてくれる。外泊デートの予定も、嫌な顔一つせず、一緒に考えてくれた。
「……素朴なのがいいんじゃねーの?」
「あー、うん、そんな感じがするな……」
効果的なフェラチオのやり方も彼女から教わった。カオルにとっては性の伝道師でもある。バージンフェラ魔王と呼ぶと殴られた。
「よし、ホテルはウチが取っといてやるよ」
そのとき浮かべた意地の悪そうな笑顔が気になったが、カオルの恋はその友人無しに語れない。信用した。
◇◇
◇◇
「――そっか。御影の左手は大丈夫そうだったか」
「おう、ちゃんと動いてた。不自由そうには見えなかった」
「ウチは親友として、お前が御影の『歌』を聞かないことを祈るよ」
◇◇
◇◇
「――父ちゃんには気を付けろよ。血が繋がってないからな。似てないとか、年寄りとか、絶対に口滑らすんじゃねーぞ」
「……それ、すげー頭痛いんだわ。ユキは紹介したいって言ってくれるんだけど……」
「……幸せな悩みだな」
カオルは屈託なく笑った。
「まあな!」
「ちっ……のろけかよ。でも、忘れんじゃねーぞ。テメーは無茶苦茶やってるからな」
「……わ、わかってるよ」
暫くの沈黙を挟み、友人が口を開いた。
「……本当は、ほっといた方がよかったんじゃねーか? 色々あるだろうけど、その秋月ってのがなんとかしただろうし……」
「……!」
「男と女のことなんて、自然が一番いいんだよ。縁のないとこに繋いでも駄目」
「うるせえな……アタシとユキは、メチャ上手く行ってんだよ。テメーがほっとけや」
「……これだけは言っとくぞ。『歌』止められるのは、父ちゃんだけだからな」
「歌わねーよ。歌わせないし」
「御影の為に煙草もやめられないようなテメーだから、不安なんじゃねーか」
「ゆ、ユキは気にしてねーよ」
「ふん、とにかく……『歌』が始まったら、全部終わりだ。後は御影の父ちゃんに委ねる。いいな……?」
「……アタシが止めて見せる」
「ああ、そうだな。それが出来りゃ、御影は文句なくテメーのもんだろうよ。御影の方で離さないよ」
カオルの目の前にいる友人は、おそらく生涯で最高の友人だろう。
ベリーショートの金髪をかき回し、友人が言った。
「……でもやっぱり、ウチは、お前が御影の『歌』を聞かないことを祈るよ」
「……大丈夫だよ。左手だって平気そうだったし、ユキだって成長してんだ」
全ての『ルール』は、『歌』を回避するためのものだ。カオルの傷付いた天使がマイナーなクリスマスキャロルを歌うとき、全てが終わる。