ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
悠希は歌っているときのことは殆ど覚えていない。その悠希に、自分の歌っている姿を見せればどうなるか。歌声を聞かせればどうなるか。
「考えたねや」
放課後の体育館裏で、智は二本の特殊警棒を持ち、仁王立ち。
悠希は保健室に預けた。
さんざんごね倒し、帰る帰ると苦辞を繰ったが拝み倒して待って貰っている。
「携帯、出しや?」
智が冷たい視線を送る先に、四人の男子生徒が正座の姿勢で座り込んでいる。
皆一様に顔の形が変わり、夥しい量の鼻血と涙を垂れ流していた。
智は四人から携帯を受け取って、眉間に険しい皺を寄せたまま、フォトと動画のファイルをチェックする。
「……ぎょうさんあるの。なんや、オマエら、御影が好きなんか?」
四人は恐怖に震えながら、首を横に振った。
「御影はまともやから、男は好かん。別ので我慢しや?」
智は全てのファイルを削除した上で、念のため四人の携帯電話を警棒で打ち据えて破壊した。
「こんなん、楽しいか?」
智は自分の携帯を取り出して、動画を録り始める。
「あんたら、ちょっとそこでオカマしいや」
「「「「……えっ?」」」」
四人は異口同音に言って、困惑したようにお互いを見合わせた。
「誰でもええ、チンコ出してしゃぶらせえや。私が録ったるから」
目には目。歯には歯。それが新しい黒岩智の流儀。
「二人一組。射精(だ)すまでやれや」
智は唾を吐き捨てた。
「これが、あんたらのやり方なんやろう? 合わせたるよ」
智は――
悠希以外の誰かに、幾らでも残酷になれた。
◇◇
◇◇
保健室では、心配そうな表情の悠希が待っていた。
智は朗らかに笑った。
「ごめんごめん、いやぁ、アイツら中々でな。まぁ、キッチリ最後までイったんやけど…………なんかあったん?」
「トモ、何をしてきたの?」
ほんの数分前の残酷な所業を尾首にも出さず、智は溌剌とした笑みを浮かべて見せる。
「ん、誰か来たん?」
「トモの言った通り、話があるって何人か……」
「そっか。ちゃんと名前とクラス聞いてくれたか?」
「……うん」
うっすら嘲笑う。
留守にすれば、すぐに食い付くと思っていた。
「男? 女? ちょっと教えてや」
「……」
心を鬼にして事の収拾に当たる智だが、元々嗜虐の性行がある訳ではない。殺伐とした日常は健全な心身を削る。しかし――
「トモ……もう、いいから……」
悠希は決して愚鈍ではなく、寧ろ鋭い洞察力を持っていて、智を驚かせることがあった。
「ん、なんのこと?」
優しい気持ちになる。
何かを失いつつある智だったが、同時に大切な何かを受け取っている。
「……」
長い睫毛を悲しそうに伏せ、憂いを含む悠希の瞳と、智の色素の薄い瞳が合わさる。
「帰ろうや?」
「……うん」
失うものも多いが、同時に得るものも多い。孤立しているが、決して一人ではない。
暴力にまみれ殺伐とした日常と、互いに気遣いを絶やさぬ優しさに満ちた日常が続く。
本当におかしなことだけれど、智は満ち足りていた。
◇◇
動画の収集は進み、行われる報復も過剰の一途を辿る。
「脱処女やん、悦びや?」
この時は十名以上の女子生徒の間で動画が拡散し、面白半分で持て囃された。
リーダー格の女生徒に対する智の加虐は悪辣を極めた。
全身を殴打したあと、膣にジュースの空き缶を捩じ込み、思い切り蹴り込んだ。
「おらっ、イけ。イかんか」
股間に空き缶をくわえ込み、悶絶する様は勿論、動画に収める。
「おもろいか。私はおもろない。今度、御影が狂うたら、一人残らず殺すぞ……」
はったりでない恫喝。
本気の、黒岩智が、いた。
時折、反撃を受けることもあったが、そこは覚悟が出来ていたため問題はなかった。正面からキッチリ返り討ちの後、更なる報復でケジメを取った。
的に掛けた生徒の数が20を超えた頃。
智は妙な雰囲気を身に纏うようになった。
端的に言うと凄みが出た。生徒は無論、教師に至るまで、真っ直ぐ目を合わせることはなくなった。
やがて動画の噂を聞くこともなくなり――
事は終息した。
◇◇
悠希との安らぐ毎日が始まった。
時は受験シーズン。二人は同じ高校に進むことを知っていたし、受験勉強も一緒にする。
特に無理な進学先でもなかった為、その期間は智にとって甘い日々の到来だった。
毎日のようにどちらかの家で待ち合わせ、一つのテーブルを囲んで勉強する。
お喋りに夢中になって捗らない時もあった。息抜きで散歩に出掛けたり、一緒にご飯を作ったり。
本体のない悪意との闘争は心身を削ったが、こういう平和の為に全力を尽くしたのであれば報われる。少なくとも、智にはそう思える毎日だった。
クリスマスには一緒にケーキを食べて。初詣には一緒に行って。
波風の立たない毎日。
男女としての関係は、全く進展しない。何処まで行っても二人は――
――お友だち。
智に焦りはなかった。
残念ではあったけれど、この関係を長期的なものと捉えたとき、現状は必ずしも悪いものではないと考えた。
悠希の精神は脆く、未だ幼い。
だから今は無理しない。いい思い出になって、機会を待つ。恋を知らない少年が恋を知ったとき。その恋が破れたときが、智の出番。
見守るのは苦しいことではあるけれど。
それが智の判断。
だが、その判断とは別にして、何処かで楔を打つ必要はあった。御影悠希という少年の心に、黒岩智という『女』の楔を打って刻み込む必要はあった。
そして卒業式。
この日の智は人気者。靴箱は報復を決意したリベンジャー達の熱いラブレターで一杯だった。
「あちゃあ……」
このいさかいに悠希を巻き込む訳には行かない。
智は頭を抱え、それでも不敵に笑って見せた。
「トモ、どうしたの?」
不思議顔で見つめる悠希に、智は告げた。
「御影、めっちゃ好きや」
「え……」
「あんたは?」
「えっと、それは……」
悠希は、突然の告白に目を白黒させて困惑した様子だった。
智は肩を竦めた。
「ええよ、無理せんで。よう分からんのやろ?」
「……うん」
にじり寄り、悠希の耳元で囁いた。
「……ちなみにな、私の好きは……」
父親思いの性分は通じるものがあって好ましい。保護欲をそそる容姿を売りにして媚びない気質も評価できる。凄惨な過去に負けず、縮こまらない強気な物言いは見ていて小気味いい。
誇り高く、同情されることを嫌う気性もよい。身体は小さくとも男なのだ。いつか、己の人生を掴み取る。
「あんたを押し倒して、思い切りキスしたい。舐め合って、絡み合って、どろどろに溶け合って一つになりたい」
悠希は――
驚いたように目を見開き、始めて黒岩智という『女』を見ていた。
「あんたは、まだガキやから、そこまで思わんやろ」
智は、自分がどうしようもない女で、このまま側に居続ければ、悠希を駄目にしてしまうことを知っている。
だから今は――
「フられといたるわ」
思い出に、なる。