ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
遠くで蝉が鳴いている。
パンツ一枚だけのボクは、今朝も庭で水だけの朝食を済ませ、ジクジクと痛むお腹の傷を見つめる。
三日前、母さんに切りつけられたお腹の傷は、ぱっくりと裂けていて、ピンク色の肉を覗かせている。
一向に塞がる気配がない。
このままじゃまずいことだけは分かるから、ボクは西部劇で見た格好いい俳優の真似をして、傷口を縫い付けることにした。
遠くで蝉が鳴いている。
ボクの家は、斜向かいが教会になっている。
この日もあの歌が聞こえて、酷く嫌な気持ちになった。
馬鹿なボクに教えてやると母さんが言っていたけど、何でも、神様がやって来てそれを誉め称える歌らしい。
でも、本当は、神様なんていないんだ。ボクだけは騙されない。
針と糸を勝手に使ったので、母さんは怒るだろうと思っていたけど、あまり怒らなかった。
不格好に縫い付けたボクのお腹の傷を指差して笑った。
ボクも一緒に笑ったら、気持ち悪いと殴られた。
やっぱり、神様はいない。
ボクを助けてはくれない。
ボクは、ぼく、は……
◇◇
◇◇
◇◇
ぼくの生活には、妙な空隙がある。
カオルが出勤してしまい、父さんが帰って来るまでの一時間、ぼくにはやることがない。
遠くで蝉が鳴いている。
ぼくは台所で突っ立って、ずっと蝉の声を聞いていた。
頭の奥がじんじんと痛い。昔の夢を見た後は鬱な気分になる。
カオルを呼び出そうかと思ったけど、昨夜のちょっと怖い馨が来たら困るのでやめた。
携帯が震え、画面に目を落とすとメール。
皆川からだった。
――今から少し会えない?
素っ気ない内容が気にかかり、ぼくは皆川の誘いに乗ることにした。
台所の椅子に、カオルの大きなシャツが掛かったままになっていたので、それに袖を通した。
自転車に乗って、朝の街を行く。
皆川は商店街の入り口にあるコンビニの駐車場で、膝を抱えるようにして座り込み、ぼくを待っていた。
「あ……」
今朝の皆川は、何だかおかしな表情。ぼくを見て、ちょっと苦しそうに眉を下げた。
「……大丈夫?」
「何が?」
「ごめん、あたしも分かんない」
ちょっとおかしな皆川は、コーヒーを奢ってくれたので、ぼくも一緒に駐車場に座り込んだ。
皆川はぼくのシャツを引っ張った。
「このシャツ、新城の?」
「あ、分かる?」
「だぼだぼじゃん。分かるって」
「変かな?」
「よく分かんないけど、何だか優しい気持ちになるね」
「ふうん……」
コーヒーを啜るぼくに寄り添うように、皆川がぴったりとくっついて来た。
「なに?」
「なんとなく」
皆川は、えへへと照れ臭そうに笑った。
「この前は、マジで助かった」
コーヒーを啜る。
「あいつに付いてったあたしのツレ、連絡が取れないんだ」
「……」
ぼくは言った。
「皆川、くさい。ちゃんとお風呂に入ってる?」
皆川は、ちょっと疲れた笑顔。
「あはは、夏休みになって帰ってない。新記録更新してる」
「ちゃんと帰りなよ」
「親父がうるさくてヤなんだ。すぐ殴るし……」
「……」
なんと言っていいか分からなかったので、ぼくは皆川の腰を抱いた。
皆川は、ちょっと嬉しそうに、えへへと笑った。
「おっ、少年……御影、積極的じゃん……」
小さいぼくより、やっぱり大きい皆川は165㎝くらい。ぼくが腰を抱いても、なんか締まらない。
「……お金とか、大丈夫? 幾らか貸そうか?」
ぼくが言うと、皆川は、ぱっと笑った。
「マジで? 助かるわ~」
取り合えず、ぼくはポケットの中のお金を全部、皆川に渡した。
少し使ったから減ってるけど、それでも一万円くらいはあると思う。
「……」
皆川は、お金を手にとって黙り込んでしまった。
「……どうしたの?」
「くしゃくしゃじゃん……」
「ごめん」
皆川は、また苦しそうな顔になった。
「ねえ、あんた、これどうやって稼いだ? どんな気持ちで稼いだんだよ……ねえ……!」
それが分からない皆川じゃない。詳しい説明はいらないだろう。
ぼくは笑ってごまかした。
「……大したことじゃないよ」
結局、皆川はお金を受け取らなかった。
それから、皆川は家に帰ると言って、カオルの文句をさんざん言った。
「新城のやつは何やってんだよ……」
「……今はアルバイトしてるけど……」
「そんな話じゃない!」
「カオルは良くしてくれるよ」
その後はパッパラパーの皆川に説教されてしまった。騙されてる、とか、ちゃんと相手を見ろ、とか。ノリでジャンキーを連れ回していたやつに言われたくない。
「あんたは、いい子だよ」
皆川が偉そうに大人ぶって頭を撫でたので、ぼくは、ちょっとイラっとした。
「また会える?」
「それはいいけど……」
皆川には期待している。
ぼくは都合のいい時間帯を告げ、その後は、携帯の番号を交換して別れた。