※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第40話

 家で父さんに朝食を出したあと、図書館に向かった。

 受験勉強は日頃の積み重ねが大事。

 昨日は、カオルと遊んでいい気分転換になった。

 何事もメリハリが大事。今日は、しっかり勉強する。

 そしてやはり――

 

 図書館の正面玄関に、深山楓が立っている。

 少しウンザリして、ぼくは溜め息を吐き出した。

 深山は今日も制服姿。大きなスポーツバッグを持って、肩に竹刀の入った袋を掛けている。

 この日はすぐ見つかった。

 深山は眉間に皺を寄せた険しい表情で、駐輪場にいるぼくの元へ歩み寄って来る。

 

「おはようございます」

「おはようさん」

 

 深山はずれた眼鏡を直し、じっとぼくの瞳を覗き込んだ。

 

「……何かありました?」

 

 また詮索が始まった。

 

「ちょっと気分が優れないだけだよ。大丈夫」

 

 深山が手を伸ばして、甲の部分をぼくの首筋に当てた。

 

「……熱はないですね」

「……」

 

 いつもこうだと疲れてしまう。このお節介な女を振り切るには、どうしたらいいんだろう。

 ぼくは少し考え、言った。

 

「……少しお話ししようか」

「はい、喜んで」

 

 深山は、にっこり笑った。

 

◇◇

 

 開館してすぐ、ぼくらは連れ立ってカフェテリアに移動した。

 開館直後ということもあり、売店はまだ閉まっている。他にも人影はない。

 日光を避けた窓際の席に着き、ぼくは、ほうと溜め息を吐く。

 

「疲れてるんですか?」

 

 と言う深山は無視。

 エントランスで買ったコーヒーを二つ挟み、ぼくと深山は向かい合う。

 

「また着信拒否しましたね」

 

 ぼくは言った。

 

「うるさい、黙れ」

「……」

 

 深山は穏やかに笑みを浮かべているけれど、口元が少し引きつっている。

 

「よく聞きなよ、小銭女。おまえの詮索にはウンザリなんだ。ぼくには構うな」

 

 一息に言って、ぼくは千円札を一枚、深山に押しやった。

 

「……何ですか、これ」

「ヒデヨさんだよ。受験生の癖に、そんなことも知らないの?」

「そういうことを言っているんじゃありません」

「ちっ……」

 

 舌打ちして、ぼくは首を振った。喧嘩することは何の解決にもならない。

 

「……ごめん。今のは、ぼくが悪かった」

 

 深山は少し驚いて、それから微笑んだ。

 

「いえ、分かるならいいです」

 

 ぼくは、ゆっくりコーヒーを飲みながら気分を落ち着ける。

 

 深山に感情的な言い分は通用しない。しかし、それは裏を返してしまえば道理に弱いという事実に繋がる。

 つまり説得可能。

 更に少し考えて、言った。

 

「ぼくは、深山と遊ぶつもりはないんだ」

 

 深山は少し呆然として、首を傾げた。

 

「……えっ、と……」

「始めに言ったと思うけど……深山は、そういう女じゃないでしょ?」

「す、すみません。よく分かりません」

 

 戸惑う深山に、ぼくは首を振って見せる。

 

「……深山楓は、ぼくみたいなヤツが傷付けていい女じゃない」

 

 これは本音。

 最初のコンタクトを違えた時点で、ぼくらに接点はない。

 深山は、ぼーっとぼくの顔をみつめている。

 

「えっ、と……それは……」

「本気だよ? どうしても、ぼくを嫌ってくれないみたいだから……」

 

 ヤるつもりなら、この前出来た。

 

「ぼくのことを気に掛けてくれるのはいいけど、それの延長線上で関係を持つのはよくないよ」

 

「…………」

 

 深山は……なんだろう。微笑んでいる。

 

「……なに? ぼくに何か付いてる?」

「いえ、続きをして下さい」

 

 深山は笑みを浮かべたままでテーブルに肘を着き、手の上に顎を乗せた。

 

「……とにかく、お金はいらない。受け取れないよ」

「はい」

 

 深山は元々下がった眦を更に下げ、目の動きだけでぼくを追っている。

 

「な、なに? なんで……」

 

 何だかよく分からないけど、ぼくは頬が熱くなった。

 深山が言った。

 

「……私を口説いているんですよね?」

「……え?」

「とても気分がいいです。こんなのは初めて……」

「……」

 

 深山の頬も、うっすらと赤く染まっている。

 

「……あなたの言い分だと、私という女は特別で傷付けたくない。お金で関係を持ちたくない、そういうことですよね?」

 

「あ、う……ん」

 

 どうしよう……。

 深山の言ってる通りなんだけど、それは……

 

 ぼくと深山は見つめ合う。

 

「……」

 

 相変わらず深山は微笑んだままで、首を傾げて目の動きだけでぼくを追っている。

 

 その瞳は少し潤んでいて。

 

 ぼくは何も言えなくなる。

 

「……あなたは自分が嫌われてでも、私を遠ざけようとした。合ってますか……?」

「……」

 

 どうしよう……。

 

「小箱が開いたままになってますよ……?」

「なにそれ……分かんないよ……」

「今、自分がどんな顔をしているか、分かっていますか……?」

 

 どうしよう……すごく、逃げたい……。

 

 深山は、なんというか、いやらしい表情。瞳を濡らして、唇を舐めている。

 

「あなたの言う通り、お金は引っ込めます。もう一円も払いません。いいですね?」

 

「う、うん……」

 

 どうしようどうしよう――

 

「逃げたら、今度は私がラボに引っ張り込みますよ」

 

「……」

 

「着信拒否は解いて下さい」

 

 ぼくは必死で首を振った。

 

 深山はやっぱり微笑っていて、その笑顔で、ぼくを追い詰める。

 

「なんでダメなんですか?」

 

「ぼ、ぼくは、お金が欲しいんだ……だから、続けて行くつもりで……」

 

 どうしよう……泣きそう……。

 

 深山は足を深く組み、ぐっと伸びをするようにテーブルの上に身を乗り出した。

 

「言ってることと、やってることが矛盾していますよ。気付いていますか……?」

 

 ぼくは言った。

 

「カオルに電話したい……」

 

 ――ひくっ、と深山の眉が動いた。

 

「その人があなたをダメにしてるんです」

「家に帰りたい……」

 

 瞬間――

 

「ダメですッ!!」

 

 深山が叫んだ。

 

「逃げないで下さいよ! あなたは、なんで私から逃げるんですか!! 新城馨とは別れなさい!!」

 

「……」

 

 ぽろっと涙が溢れた。

 

「ご、ごめんなさい……ゆるしてください……」

 

「……!!」

 

 深山は仰け反るようにして、ぼくから距離を取った。

 みるみるうちに青ざめ――

 

「す、すみません……怒鳴ってしまって……」

 

 ぼくは必死で涙を拭った。

 

「ごめんなさい、すぐなくのやめますから……ゆるしてください……」

 

「ああ、嘘です嘘です……私は何もしません、しませんから……!」

 

 どうやら、この女の人は、ぼくを殴らないみたいだ。慌てていて、忙しなく辺りを見回している。

 ぼくは言った。

 

「おなかがいたい……」

 

「ああ、どうしましょうどうしましょう……何処ですか、何処が痛いんですか……?」

 

 ぼくは服を捲り上げ、その部分を見せた。

 

 女の人は、はっと息を飲み、両手で口元を覆った。

 

「嘘です……! ああ、神さま……!」

 

 眼鏡の奥の垂れた優しそうな瞳から、ぼろぼろと涙が溢れだす。

 

 ぼくは、ものすごく気分が悪くなって、その場に座り込んでしまう。

 

「ああ、ああ! 嘘嘘、ごめんなさい……! どうしようどうしよう……近付いてもいいですか!? 触ってもいいですか!?」

 

 ぼくは横に首を振った。

 

「おとうさん……おとうさん……」

 

 気分が悪い……

 

 女の人は、ものすごく慌てている。

 

 もうちょっと、休んでいても大丈夫そうだ。

 

 ぼくは奴隷のポーズになった。

 

 お母さんとの約束。

 

 休むときは奴隷。

 

「ああああああああああ!!」

 

 女の人が悲鳴を上げた。

 

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

 

◇◇

 

◇◇

 

◇◇

 

 

 昔の夢を見た後は、いつも具合が悪くなる。

 そういうとき、父さんは病院に行こうと言う。

 病院は大嫌いだ。

 薬を飲むと、ぼくは駄目な人間になる。日付の感覚が曖昧になって、何もかもどうでもよくなってしまう。

 

◇◇

 

 目が覚めると、ぼくは深山の膝枕で横になっていた。

 意識は、はっきりしていて、場所はカフェテリア。

 広間の端にある長椅子。

 

「……どれくらい寝てた?」

 

 深山は、ぼろぼろに泣いていたけど、ぼくが呼び掛けるとすぐに返事を返した。

 

「15分ほどです……。もう、落ち着きましたか?」

 

 ぼくは頷いた。

 

 深山が、震える声で言った。

 

「……新城さんは、優しいんですか……?」

 

 ぼくは頷いた。

 

「私より……」

 

 ぼくは頷いた。

 

 深山は一頻り泣いて、それでも足りないのか、肩を嗚咽に震わせている。

 

 疲れた。

 

 なんでこんなことになってしまったのか、それが分からない。

 

 一つだけ分かったのは、ぼくは、深山が苦手だということ。

 

 それだけはよく分かった。

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