ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
その日、ふらりと立ち寄ったゲームセンターで出会った『ソイツ』は、妙にノリのいい女だった。
やたらハイテンションで喚き散らすように喋り、男女の別に関係なく、意味のないハイタッチを交わす。
連れて来たのは、沙織の友人たち。
ユキナは、ほんのちょっとだけ危険を察知する能力が劣っているから、周囲の面々が、『ソイツ』を持て余していることに気が付かなかった。
「お、皆川。いいとこに来たな。コイツ、沙織の友だちだから頼むわ」
「あ、沙織の? しょーがねえか……」
答えながら、ユキナは白く脱色した頭髪を掻き回す。
やたらはしゃぐ『ソイツ』を見たとき、少し胸騒ぎがしたことは言わないで置く。
とりあえず、カラオケにでも行って時間を潰すことにして、外れのカラオケボックスに向かう。
そのとき、ケチで何かとユキナを馬鹿にする沙織の友だち連中が、気前よくタクシー代を払ってくれたのが少し引っ掛かった。
まあとにかく――
ガンガン騒ぐのは嫌いじゃない。
ソイツのハイテンションは、二人きりになっても変わらず。ゲラゲラと他愛ないことで笑いながら、調子外れのハードロックを歌う。
なんとなく不安になって来たユキナだったけど、沙織は捕まらない。
ヤらせてやると言えば集まる男は何人かいたけれど、その時、ユキナが思い浮かべたのは悠希の顔だった。
ユキナの友人は、沙織を含めて何かの代償を要求するタイプが多かったけれど、最初から要求がハッキリしているのは悠希だけだった。
だから呼び出した。
悠希なら、ユキナを気分よくしてくれる。馬鹿にしない。少しお金を払うだけでいいと分かっているから安心出来た。
『ソイツ』が言った。
「今晩さァ、パーティやるんだけど、アンタも来る?」
「パーティ? う~ん……」
ちょっと分からない。嫌な予感がする。でも、沙織か悠希が一緒なら、行っても構わない。
やって来た悠希は、まるで警戒する猫のようだった。
ぱっちりとした瞳を細め、眉間に皺を寄せた表情でソイツを睨むように見つめている。
「どったの? 少年ビッチ。早くおいでよ」
突然、悠希に手を引かれた。
そういった強引さは予想してなかった。ユキナの胸は、ドキンと鳴った。鳴ってしまった。
「あの子、ドラッグやってる」
「――え?」
馬鹿なユキナも漸く理解した。
援交、家出、煙草、万引き、悪いことはそれなりにやったが、薬物だけは本気で不味い。
……知り合いにシンナーをやっているヤツがいる。
前歯がドロドロに溶け、何時もぼんやりとしているが、そうなる前は、ナイフのように鋭い感性を持ったヤツだった。
薬物は、人間性を破壊するのだ。
悠希は逃げるように去り……いや、実際に逃げた。
キャンピングカーの室内で、大声で歌い、金髪を振り乱して踊り狂う『ソイツ』を見て、ユキナは生唾を飲み込んだ。
「ちょ、ちょっとトイレ……」
口の中でモゴモゴ言って、ユキナはその場から逃げ出した。
電話を掛けると、折よく沙織が捕まった。ユキナは適当な用事をでっち上げ、『ソイツ』を押し付けた。
幼馴染みの沙織より、胸の高鳴りを信じたのだ。
そして――
沙織は連絡が取れないようになった。
◇◇
ユキナは、ひとりぼっちになった。
身体を開けば泊めてくれる男はいるけれど、困ったときに助けてくれる知り合いは居ない。
方々、手を尽くして沙織を探したが見つからない。良くない友人たちが言うには、『ソイツ』と一緒に行ってしまったということだけ。
ひとりぼっちになってしまえば、ユキナはただの意気地無し。
援交の手引きは沙織がやっていたし、他の友人はユキナのことを都合のいい玩具程度にしか思ってない。万引きで捕まってからは信用しないことにしている。
懐が寒くなったユキナが思い浮かべたのは、居なくなった沙織のこと。
とてつもなく嫌な予感がする。
悠希の警告がなければ……そう思うと、ユキナは、ゾッとした。
夏休みは長過ぎる。
ひとりぼっちになったユキナは、ネカフェで漫画を読み耽ったり、ネットで見付けたエロ動画を見ながらオナニーしたりして時間を潰した。
安心できる友人は居ない。だから、悠希を呼び出したのは成り行き上、時間の問題だった。
悠希を暫く振りに見て、ユキナは、よく分からないけれど、落ち着かない気持ちになった。
傷付いている。でも、それが何だか分からない。
悠希は、ユキナに優しかった。
「……お金とか、大丈夫? 幾らか貸そうか?」
「マジで? 助かるわ~」
こういう時の貸し借りは、返さないことが前提だ。借りたもん勝ち。ユキナのルールでは、そう決まっている。
馬鹿なヤツ。そう思った。差し出された皺くちゃのお金を見るまでは。
「ねえ、あんた、これどうやって稼いだ? どんな気持ちで稼いだんだよ……ねえ……!」
ユキナは、めちゃめちゃに胸を切り裂かれたような感じがして、泣きたい気分になった。
そこにいたのは、いつかのユキナだった。大事な何かを失ないそうな、いつかのユキナ。
何故か胸が奮い立った。
しっかりしなければ行けない。
どうして?
――分からない。
でも、しっかりしなければ、いつかの自分に申し訳なく思う。悠希を……自分を抱いてあげたい。
「やってらんない。あたし、ウチに帰るわ」
「そう……」
ぐりぐりと悠希の頭を撫でておいた。
今はこれだけ。
帰宅すれば、短気な父親にいいのを2、3発頂くだろうが心が決まれば怖くない。
「また会える?」
「それはいいけど……」
今度は、しっかり抱き締めてあげるから。
◇◇
夜も更けて。
ユキナは左の頬っぺたに、綺麗な紅葉を張り付けて。
でも、しっかり母親の作った晩御飯を食べ、温かいお風呂に浸かって人心地。
久し振りの自室。
ベッドの上で寝転んで考えたのは悠希のこと。
「……新城のヤツ、あんな不安定な状態で一人にすんなっての……」
そんなことなら、自分が――
そこまで考えた所で、携帯が鳴った。
――霧島 沙織――
スクリーンに浮かんだ発信者の名前を確認して、ユキナは慌てて携帯を手に取った。
「もしもし、沙織? 今、何処にいるの!?」
『…………』
電話の向こうで、沙織は無言だった。
「沙織? ……沙織!?」
『…………』
沙織の身に決定的な何かが起こった。ユキナに分かるのはそれだけだ。
――パー子も早く逃げな。
悠希の警告が聞こえたような気がした。
夏の盛りの夜のこと。
ユキナの額に、冷たい汗が伝って落ちる。
「沙織……」
携帯の向こうで、小さくメロディが聞こえた。
耳を澄ます。
沙織がよく歌うポップスの伴奏。場所はカラオケボックス。
ユキナは、ほんのちょっとだけ危険を察知する能力が劣っている。洗い立てのブラウスに袖を通すと、通話状態の携帯を手にしたまま、こっそり窓から脱け出した。
屋根伝いに自室を脱け出し、外から玄関に回って靴を持ち出す。
耳に当てた携帯から、派手なロックの伴奏が聞こえた。
歌ってるのは――『ソイツ』。
ユキナは走った。
夜更けのあそこは危ないが、沙織が居そうなカラオケボックスと言えばそこしかない。
国道の少し離れにあるカラオケボックス。ユキナは走った。
派手なロックが終わり、沙織の大きな笑い声が聞こえた。どうやら無事でいるようだが、嫌な予感が胸から離れない。
沙織の笑い声は、『ソイツ』にそっくりで――
◇◇
夜更けのそこは、危険が大きい。
恐喝、傷害、レイプ、売春、大小様々な犯罪の温床になっていて、夜更けのそこにユキナは近寄らないようにしている。
注意深く辺りを見回しながら、キャンピングカーが並んでいる敷地に侵入する。
駐車場に並ぶキャンピングカーは合計で12台。
使用中で、窓から灯りが漏れ出しているのは5台。
ユキナは携帯の通話口から流れ出すメロディに耳を澄ませながら、使用中のキャンピングカーの様子を窺って回る。
見つからなければ、その時はしょうがない。諦めよう。そんなことを考えるが――
11号車。
僅かに開いた扉から、ユキナが耳に当てた携帯から漏れ出しているメロディと同じものが聞こえる。
忍び寄り、そっと扉を開いた。
そ こ に は ――――
さ あ 、 狂 っ て ま い り ま し た !