ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
シュウを踏みつけて――
冷たくて強いぼくが帰って来た。
壁に掛かったバスタオルで身体を拭きながら、未だ浴室で倒れ伏し、涙を流すシュウを一瞥する。
そこに転がっているのは、憧れ。踏みつけた、憧れ。今は、もう色褪せてしまっている。
ぼくはまだまだ強くなる。
いつか――ミカゲ ユウキという名の怪物になる。
瞬間、脳裏に浮かんだのはカオルのこと。
ぼくは鼻を鳴らした。
「……ふん」
OK、何も感じない。カオルの侵食は止まった。
「シュウ、お金は次に会ったときでいいから。それじゃあね」
「悠希……待って……」
漸く立ち上がったシュウが壁に手を付いて、ふらつく足取りでやって来る。
「嫌だね」
待たなかった。
◇◇
マンションを後にして、携帯の電源をONにした。
時刻は深夜の12時を回ったところ。
自転車を置いてある駅前に向かって歩く傍ら、少し起こったことを整理する。
カオルはトモに関する事を隠していて、それは訊問されても、ぼくには言えない。この秘密に関しては、トウコを締め上げれば分かるだろう。
シュウは、何故かぼくの身体の傷に見覚えがある。その理由は言えない。
黙って家に来たり、勝手に父さんに会ったりして、ぼくの過去を探っていた。
でも、分からなかった。
嫌ってるカオルに聞きに来るくらいには切迫していたはずのシュウが、ぼくの『傷』を見ても驚かなかった。
見せた覚えはない。でも知っているだけじゃなく、見覚えがあった。
――分からない。何処で見たのか、分からない。
「……どいつもこいつも……」
悪意のようなものは感じない。でも、いい気はしない。
早速、携帯が鳴った。
――新城 馨――
勿論、出る。絶対、逃げてやらない。
「はい、カオル。おはようさん」
『あ……ユキ……っと、今、何処?』
ぼくは言った。
「教えない。探してみなよ」
秘密には秘密。不信には警戒が答え。
『えっ? ……その……分かった……』
携帯の向こうから、カオルの困惑が伝わって来る。
『ユキ、身体の具合、大丈夫か……?』
「ぼちぼちかな……」
ぼくは一つ息を吐く。
心を決めてから、取って置きの爆弾を投下した。
「今、シュウと寝た」
『なっ……!』
絶対に逃げない! ここからだ!!
即座にカオルは沸騰した。
『テメエ……この……っ!』
遮って、ぼくは言った。
「――おまえが始まりなんだから、とやかく言うんじゃない。おまえだけは文句を言う筋合いはないんだよ……!」
『……!』
沈黙。
通話口から炎が噴き出るのではないかというくらいの、激しい何かを押し込めたような、沈黙。
「おまえは、ぼくの特別じゃない」
『……っ』
「鏡、見なよ。鬼が映ってるから」
カオルが、言った。
『……アタシのこと、嫌いになったんかよ……?』
「――つっ!」
息が詰まった。
答えたカオルは悲しそうで、とても辛そうで――
意外。
瞬間、カオルが崩れた。
絶対に、ぼくを赦さないだろうと思っていたカオルが壊れる。怖い新城馨が壊れる。
またカオルの侵食が始まった。
『……アタシのこと、嫌いか……?』
――アタシが幸せにするから。
「……つっ、怒れよ!!」
――ユキは笑うんだ。それだけでいいよ。
「よくも裏切ったなって、責めろよ!!」
ぼくの知っている新城馨なら、この裏切りを赦さない。
『……迎えに行くから……』
「うるさいうるさい! おまえ誰だ! おまえ誰だ!!」
『――あいしてるよ』
そこに感じたのは、確固たる決意。
「なっ……」
『すぐ行く――』
通話を切られた。
まだまだ夜は終わらない。
ぼくとカオルの鬼ごっこが始まった。
◇◇
◇◇
ぼくは混乱した。
思えば、女の子たちは誰一人としてぼくの思い通りにはなってない。
頭が痛い……。
トウコとは、お金だけの繋がりなのに、何故かぼくに執着するようになった。
深山は最初から理解不能。独特の価値観があって、それでぼくを測っている。
シュウは変わらない。良くも悪くも、真っ直ぐぶつかって来る。
そして、カオルは何でも受け入れる。思っていたより、ずっと懐が深い。今、一番危険なのが彼女。暫く前から、ぼくを捕まえて離さない。
頭が痛い……。
今、カオルに捕まったら、ぼくは完全に駄目になってしまうような気がする。
ぼくは自分の頬を強く張った。
これじゃあ、何のためにシュウを踏みつけたか分からない。
強くて冷たいぼくの仮面は、あっという間にカオルに剥ぎ取られてしまった。オマエなんて大嫌いだ、と言えていたら、全部終わったはずなのに……。
続けて、ぼくは深呼吸した。
どうすればいいか分からない。何処に逃げても、カオルに捕まってしまう気がする。
また携帯が鳴った。
――皆川 優樹菜――
こんなときに。
がなり立てる携帯を睨み付け、ぼくは痛む眉間を揉んだ。
少し考える。
……この着信は、おかしい。
基本的に、夜はカオルと一緒だと伝えてある。
パッパラパーの皆川でも、カオルの暴力は怖いだろう。抑止力が働くはずだと思っていたのに。
思った以上の馬鹿か。それとも、ぼくに電話せざるを得ない理由があるか。
後者は考えづらいが、出る。
「……はい、御影」
皆川からの返事はなく、代わりに通話口から呻きに近い嗚咽が溢れだした。
『ひぐっ……みかげ……?』
「皆川? どうしたの?」
相変わらず酷い頭痛がしているけれど、すぐ分かった。
考えづらい後者の理由。
『みかげぇ……助けてぇ……』
「……」
これは、多分、ヤバい電話。
「皆川、落ち着いて。今の状態を説明して」
『……っく、ヤだぁ……』
OK、説明すると逃げられる案件。ぼくにお鉢が回ったのは、たらい回しにされた結果……ということなのだろう。
「そう……」
少し考える。
ぼくのこれから先を占う上で、皆川は大切な相手だ。だからこそ――
「ごめん、パス。なんか、危なそう……」
申し訳なさそうに断って見せると、皆川は激しく泣きじゃくった。
『――ヤだぁ、もう! なんでぇ……お願いぃ……』
「ごめん、切るね」
……最悪のピンチか。それとも……
携帯の向こう。皆川が嗚咽混じりに言った。
『っく……いくらでも、好きなときに、ヤらせてあげるからぁ……!』
ぼくは言った。
「え? それはいいよ。皆川、臭いし……病気持ってそうだから……」
『……』
沈黙。
居たたまれないほどの、悲痛が漂う沈黙。
鬼が出るか、蛇が出るか。
最悪のピンチか。それとも――皆川を支配する絶好のチャンスか。
カチリ、カチリ、とボクを構成するピースが填まる。
ぼくがボクになる。
「ボクのために、何でもする?」
ミカゲ ユウキという名の怪物になる。
言った。
「ボクの奴隷になれ……!」
『うぇ……っく……』
携帯の向こうで、皆川が激しく泣き崩れたのが、はっきり伝わって来る。
オマエは頼る相手を間違えてるよ。
薄く笑う。
「返事は?」
皆川は――
『はいぃ、なりますぅ……だからたずげでぇ……!』
堕ちた――。