※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第48話

 ぼくがボクになる。

 ミカゲ ユウキという名の、怪物になる。

 強くてかっこいいシュウへの憧れも、優しいカオルへの甘えも全て踏みつける。

 

 携帯電話の向こうから、皆川の嗚咽に震える声が聞こえて来る。

 

『奴隷でも何でもする……! するからぁ、だずげでぇ……』

 

 皆川の『よくない』知り合い全員が避けて通った案件。

 ぼくは、ボクになる。

 これから、少しだけ危険を犯して皆川を助けに行く。

 

「皆川、今、何処にいるの?」

 

 少しだけ、立場を不味くして、皆川を助けに行く。

 

『前に会ったカラオケボックス! 早く、早く……!』

 

「慌てないで」

 

 ここで焦って飛び出すほど、ボクは馬鹿じゃない。幾つか確認しておくことがある。

 

「言っとくけど、ボク、弱いよ?」

 

 ボクの身長は正確に言えば147cm 。体重は41kg 。左手は痛めてしまっていて、握力は12キロほどしかない。運動能力で言えば、皆川の方が随分上だと思う。実力行使の状態では殆ど役に立たない。居ない方がいいくらいだ。

 

『そんなんじゃない! 違うからぁ!!』

 

 焦る皆川は無視。

 

「そこに何人いるの?」

 

『あたし入れて二人だけ! 早く早く、もう……!』

 

 皆川の返答に淀みはなかった。嘘は吐かれていないように思う。

 場所は前のカラオケボックス。皆川の他に、あと一人。暴力沙汰じゃない……。

 

「OK、今から行く」

 

◇◇

 

 

 結局、ぼくはぼくの中のボクのことを勘違いしていた。

 ぼくの中の『ボク』を、強くて残酷な怪物だと買い被っていた。ソイツが厄介な問題を片付けてくれると思い違いしていた。

 このときのぼくは酷く混乱していて、皆川を何とかしてしまうことで、他の何かに生まれ変われるように、勘違いしていた。

 

 

 ……皆川は本物のパッパラパーで、ぼくは行くべきじゃなかったんだ。

 

 

◇◇

 

 早足で歩く。

 時刻は深夜の12時を回っている。幼い見てくれのボクは補導される危険がある。

 駅の駐輪場で自転車に乗ってからは大通りを避け、この前、トウコが使った狭い路地を行く。

 

 赤や青のネオンが煌めく街を抜けて行く。

 夜の街は、昼とは別の顔をしていて、何だか蠱惑的。けばけばしく飾り立てた女の人や、一癖も二癖もありそうな陰のある男たち。それらの視線を躱して目的地に急ぐ。

 

 国道から少し離れたカラオケボックスに着いた。

 トウコ曰く、危険な場所。

 悪たれどもの吹き溜まり。

 辺りは閑散としていて、稼働しているキャンピングカーは5台だけ。

 

 何故か、背筋がビリビリした。

 よくない予感がする。

 でも、ぼくはカオルに追われていて、何処かに進まなきゃならない。

 敷地外の路地に自転車を乗り捨て、皆川が居る筈の11号車に急いだ。

 

 扉が僅かに開いていて、室内から蛍光灯の明かりが洩れ出している。

 耳を澄ます。

 

「さ……! しっかり……」

 

 皆川の声。

 さっき携帯で話したときのまま、逼迫した様子。歌ってはいない。呼吸が荒れていて、泣いているのか、鼻を啜る音も聞こえる。

 扉を開けた。

 

「皆川……?」

 

 暗い夜道を来たせいか、蛍光灯の光が目に滲みた。同時に鼻を衝いた異臭に、うっと退けぞる。

 

(この匂いは……)

 

「――御影!?」

 

 気配を敏感に察知した皆川が狭い室内を駆けて来て、ぼくに抱き付いた。

 

「御影、御影、御影、御影!」

 

 皆川はボロボロに泣いていて、抱き締めたぼくの額に沢山のキスの雨を降らせた。

 石鹸の匂い。

 皆川は、ちゃんと家に帰ったのだろう。腰に手を回しながら、そんなことを考える。

 

「皆川……」

 

 顔を上げて、キスを降らせて来る皆川と唇を合わせた。

 理由はなかった。

 キスは相変わらず嫌いだけど、今はこうした方がいいと思っただけ。

 舌を絡めると、皆川は何かから逃避するかのように、夢中でキスに応えた。

 離れる。

 

「ほら、涙拭いて」

 

 親指の腹で擦るようにして、皆川の涙を拭ってやる。

 今は泣き顔だけど、蓮っ葉な化粧で飾らなければ、元がいいだけに美人。瞳は大きくて、形のいい唇は色っぽく見える。

 

 ぼくが少し笑みを浮かべて見せると、皆川もぎこちなく笑みを浮かべて見せた。

 

「みかげぇ……」

 

 皆川の大きめの瞳から、ポロっと涙が伝う。キスで落ち着いたのか、深い溜め息を吐き出した。

 

 そして、一拍の間を置いて――泣き腫らした目を『それ』に向けた。

 

「……?」

 

 ゆっくりと皆川の視線を追うと、ソファの陰に女の子の脚が覗いているのが見えた。

 ぼくの位置からは角度が悪く、床に寝そべるように投げ出された脚しか見えない。倒れているということだけしか確認できない。

 

 瞬間、ギクッとした。

 

 ヤバい。緊急事態。

 

「皆川、退いて!」

 

 パッパラパーの皆川優樹菜を押し退けて、室内に駆け込んだ。

 そして――

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

◇◇

◇◇

◇◇

 

 ぼくは、開いた口が塞がらず、額から大量の汗を流した。

 

「……霧島」

 

 霧島沙織。

 援交をやってる女の子。皆川とセットの『危険なルート』。ぼくは彼女と知り合いになる予定だった。

 皆川が泣きながら、ぼくのシャツを引っ張った。

 

「気絶してるだけだよね? そうだよね!?」

 

「……」

 

 霧島沙織は、うっすらと瞳を開けた表情で僅かに微笑んでいる。顔色は青白く、口元から噴き出した泡に血液が混じりピンク色になっていた。

 

 辺りは吐瀉物と糞尿が散乱していて、酷い有り様だ。

 霧島沙織はその中で全裸で膣に歌唱マイクを突き立て、大の字になって倒れ込んでいる。

 

「……」

 

 ぼくは息を飲む。

 見る限り、霧島は眠っているようにも休んでいるようにも見えない。青白い顔色から、凡そ生気というものが感じられないのが気にかかる。

 

 死んでいるように見えた。

 

 ソファの上に登り、飛び散った吐瀉物や糞尿を避けて霧島の側に歩み寄る。

 胸が上下してない。つまり呼吸していない。やはり投げ出された腕を取って、脈拍を調べる。

 

「…………」

 

 ぼくは医者じゃない。でも、はっきりと理解した。

 

 霧島沙織は――

 

 疑いの余地なく、死んでいた。

 

 

◇◇

◇◇

 

 霧島沙織が死んでいる。

 

 白目を剥き、自ら垂れ流したであろう様々な汚液の中に倒れ伏し、膣に歌唱マイクを突っ込んで、これ以上ないくらい無様に死んでいる。

 

「……」

 

 畜生だってこんなに無様な死に様は晒さない。本人にとってはさぞ不本意な死であることは間違いない。

 

 僅かに笑み、うっすら開いた霧島の白目が堪らなく不気味だった。

 

 漫画や映画で、主人公が死者の瞳を閉じさせるシーンがあったのを思い出し、ぼくは霧島の瞼に触れる。

 

「……!」

 

 手のひらに、未だ残る霧島の温もりが伝わって来て、腰が抜けそうになった。

 

 霧島の身体は硬直が始まっているようで、漫画の主人公みたいに上手く行かなかった。

 霧島は、頑なに白目で微笑んだままでいる。

 

「…………」

 

 冷たい汗が止まらない。

 

 そこにあるのは、紛れもない『死』だった。

 

 喉元まで胃液が込み上げ、ぼくは吐きそうになった。

 瞬間、思い出したのは父さんのこと。

 

 

 ――俺の息子だ!

 

 ――俺の息子なんだぞ!!

 

 

 父さんを悲しませたくない。失望させたくない。そんなことになるくらいなら、舌を噛んで死んだ方がましだ。

 この件を騒ぎにする訳にはいかない。吐いてる場合じゃない。

 込み上げた吐瀉物を飲み下し、額に浮かんだ粘つく汗を袖で拭った。

 深呼吸して、それから言った。

 

「皆川、逃げるよ」

 

「……え?」

 

 皆川は泣き腫らした目で、ぼくを見詰め、それから悲惨な死に様を晒し続ける霧島に視線を向けた。

 納得できない、そんな表情。

 ぼくは言った。

 

「霧島なら、死んでる」

「……ぇ?」

 

 皆川は絶句して、半目で笑う霧島を見詰めた。

 

「瞳孔は開いたままだし、脈も止まってる。もう死後硬直が始まってるよ」

「……」

 

 ぼくは霧島の口元を指した。

 

「心臓マッサージしたでしょ? 肋骨が折れて内臓を傷付けてるみたい」

 

 霧島の口元に付着した泡に血液が混じり、ピンク色になっている。そして僅かに陥没して見える左胸。必死で処置に当たったのだろうけど……

 

 ぼくは首を振った。

 

 お手軽な救命方法のように思われがちな『心臓マッサージ』だが、熟練の救急員でも対象の肋骨を折ることがあるくらいには、心臓マッサージは『難しい』。

 『心臓マッサージ』という救命法には結果責任が伴う。この国の法律では、特定の資格を取得した者にしか許可されてない。保健体育の授業では、なるべくやらない方がいいと指導された。

 ぼくは医者じゃないから、霧島の死因のはっきりしたことは分からない。目に見える状況から推測しているだけだ。

 

「……!」

 

 ぼくの言葉に、皆川の肩がブルッと震えた。

 

「それじゃ沙織は……あたしが……」

「……」

 

 ぼくは答えなかった。

 霧島の身に緊急性を伴う事態が起こった。そして皆川の取った処置が決定打になった可能性はある。

 

 皆川の手首を掴んだ。

 

「逃げるよ」

「……」

 

 皆川は黙って霧島の方を見詰め続ける。見開かれたままの瞳から流れる涙が止まり、徐々に光が消えて行く。やがて――

 皆川は、小さく頷いた。

 

◇◇

◇◇

 

 呆然自失の状態に陥った皆川を車外に連れ出す。

 

 ぼくは犯罪を犯していない。皆川にしても善意の行動であり、最悪の事態になったとしても大きな罪に問われることはない……と思う。

 警察に通報するという選択肢もあるが、それはやらない。

 騒ぎになれば、ぼくも確実に事情聴取を受ける。そうなれば、罪に問われることはなくても、大学受験に大きな影響を与える可能性がある。

 それに、こんなことを父さんに知られたくない。警察に通報するという判断は論外だ。

 

 皆川は酷い様子だ。

 衣服は霧島の排泄物で汚れ、何一つ喋ろうとせず、視線はあらぬ方に向いている。

 

 これからどうする?

 

 どうやって、皆川を助ける?

 

 自問自答を繰り返しながら、深呼吸する。

 

 落ち着け。

 ぼくは悪いことは何もしていない。ここから去るだけだ。

 

 何処かで落ち着いて、皆川から前後の事情を聞く必要がある。汚れた格好もなんとかしなければならない。

 

「皆川、移動するよ。落ち着ける場所ない?」

「……」

 

 皆川は俯いて、さっきから瞬き一つしない。

 知り合いを手に掛けたかも知れない。その心境は伺い知れない。

 ぼくは、なるべく優しく言った。

 

「皆川、大丈夫だよ。ぼくが助けるからね」

「……」

 

 俯き、下がったままだった皆川の虚ろな視線が、ぼくの方に向いた。

 

「……みかげぇ……」

 

 表情が、くしゃくしゃと引き歪み、皆川は大粒の涙を流した。

 ぼくは力強く頷いて見せた。

 

「さ、行くよ」

 

 この件に巻き込まれた以上、ぼくと皆川は一蓮托生の関係になった。なってしまった。

 

 OK、やることは何も変わらない。

 

 皆川を掌握して、完全に支配する。この一件を完璧に封殺してしまうには必要なことだ。

 

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