ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
泣きじゃくる皆川の手を引いて車道に出た。
ぼくは、霧島と仲が良かった訳じゃない。生温い夏の夜気に触れると、気分だけはいやに落ち着いた。
ぼくはカオルに追われている。物陰に隠れて、自転車を乗り捨てた路地に視線を飛ばす――
「あたしが、やっちゃったのかなぁ……」
嫌な予感がする。
ぼくとカオルの鬼ごっこは、始まった瞬間から既にぼくが負けている。いずれ捕まることは避けられない。
カオルは馬鹿だけど、意外と鼻が利く。霧島の件は、早晩知れ渡ることになるだろうし、ぼくと皆川が一緒にいる現場を見れば、何か感付くかもしれない。今、カオルに捕まると厄介なことになりそうだ。
「御影は、あたしと一緒に居てくれるんだよね……?」
不安に眉を下げ、ぼくと合わせた手の力を強くする皆川には頷いておく。
頭が、ずきずきと熱を持って痛んだ。
「皆川は、カオルと仲がいいの?」
「――!」
ぼくはカオルに追われている。だから、カオルと皆川の接点を知りたかったのだけど――
瞬間、皆川は眦をつり上げて豹変した。
「……なんで、今、新城なんだよ……!」
「……っ」
その変化に驚いて、ぼくは一瞬、怯んでしまう。
皆川が叫ぶように言った。
「御影は、あたしのためにここに居るんだろ!? それがなんで新城の話になるんだよ!!」
ついさっきまで呆然自失だった皆川と、今の皆川が同じ女の子とは思えない。
ぼくの肩を掴み、怒りに満ちた目でぼくの瞳を覗き込んで来る。
「奴隷になれって言ったよな!」
頭が、ずきずきと痛んだ。何かが、ぼくの思惑とは違う方向へ進んでいるような気がする。
皆川の頬に、新しい涙が伝う。
「あたし、ちゃんとなるって、言ったじゃん……!」
「……」
なんだそれ……。
まるで、皆川は、進んでぼくの奴隷になろうとしているような……。
「落ち着ける場所……ラブホでもいいよね」
皆川は勝手なことを言って、ぼくの手を引っ張って先を歩き出した。
ぼくの中のボクは意気消沈。
頭の中では、霧島が白目で笑っている。げんなりした。
都合のいい怪物は、ぼくの中に存在せず、皆川に手を引かれて暗がりの路地を進むぼくがいる。
自転車……父さんが買ってくれた、ぼくのマウンテンバイク……一応、鍵は掛けてあるけど……。
そこから少し歩いた。
皆川は土地勘があるのか、その足取りに淀みはなかった。
大きな国道は避け、狭い路地を行くと、暗がりの中にポツンと白く光る看板があった。
皆川が怒ったように言った。
「チェックインする、よね……?」
「あ、うん……」
ぼくに逃げる場所なんてない。観念して頷いた。
ラブホテルに入るのは、これが二度目。まさか、皆川と来ることになるとは思わなかったけれど。
入口近くのエントランスにタッチパネルがあって、それで部屋を選ぶ方式。
皆川はここでも淀みなく、一番安い部屋を選んだ。
時刻は深夜の2時。通路に人影はない。階段は屋外に付いていて、見通しがいい。
裏手は山になっていて、雑木林の向こうから小川のせせらぎなんか聞こえて来る。ここは、隠れ家的なものを売りにするラブホテルなんだろう。
早足で進む。
ぼくは少しビビっているのに、何故か堂々とした様子の皆川がちょっとムカついた。
◇◇
◇◇
金属の重苦しい扉を閉める。
皆川は緊張していたのか、大きな溜め息を吐き出した。
「…………」
沈黙。
ゆっくり部屋を見たいところだったけど、この時はそんな気分になれなかった。
室内は薄いオレンジの明かりが照らしていて、肌寒いくらい。入室前からエアコンが効いている。
皆川が、疲れたように言った。
「これからどうすんの……?」
ちょっと、ボーッとしていた。ハッとして、ぼくは頷いた。
「服、脱いで」
「ぇ、マジで?」
一瞬、皆川は目を見開き、それからカッと赤面した。
「あ、いや、うん! そうだね! 先ずは誓いのアレだよね! 分かってる分かってる!!」
ぼくは、全ぼくを代表して、耳に手を当てて言った。
「は?」
皆川がパッパラパーと呼ばれる訳がよく分かった気がした。減点5万点。
「ねえ、皆川。今、自分がどんな格好か分かってる?」
「え?」
そこで皆川は、霧島の垂れ流した汚液にまみれた衣服のことに気が付いたようだった。
それだけ張り詰めていたということなんだろうけど、抜けていたみたいだった。
「……」
皆川の顔色は青くなり、それから真っ赤になった。
「……んなの、コレ。きったねー……!」
眉間に嫌悪の皺を刻み、皆川は吐き捨てた。
「くそ……! 畜生!!」
白髪を掻き回し、剥ぎ取るように衣服を脱ぎ捨てた皆川はパンティ一枚の姿になった。
ブラは着けてない。
「なんであたしがこんな目に……!」
眦に涙を溜めた皆川は、頻りに呪詛の言葉を吐き出して、恐らくは霧島のことを罵っていた。
混乱、それから強い怒り。
ぼくは、霧島と皆川の詳しい関係は知らないけれど、皆川には親友が死んだことで哀しんでいる様子はなかった。
……仮に、友情というものをポイント化できたとして。
霧島は、今回のことでそのポイントを使いきってしまったんだと思った。
ぼくは怒りに震える皆川にバスローブを羽織らせ、ベッドに座らせた。
「少し落ち着こう。服、洗って来るから皆川は休んでて」
「ちくしょう……ちくしょう……!」
◇◇
浴室で、汚れた皆川の衣服を洗う。
最悪の気分。
恐らく皆川はこの服を捨ててしまうだろうけど、今はこうしなきゃならない。
吐瀉物の粘り。糞便の臭い、色。霧島が皆川に残した最期の生の証。
そんなものを全て洗い流した頃、バスローブ一枚の皆川がやって来た。
「ありがと。大分、落ち着いた……」
ぼくは頷いておいて、固く絞った皆川の衣服を持ってリビングに移動した。
皆川は所在なさそうに、ぼくの後に付いて来る。
「御影、その……シャワー浴びたい……」
「うん、浴びなよ」
エアコンの風が当たる場所に椅子を置き、皆川が着ていた薄手のブラウスと短パンを干しておく。
皆川は浴室に行かず、ぼくの肩にソッと手を置いた。
「その……御影も汚れたんじゃね?」
「そうだね。汚れたね」
ぼくは、お人好しの善人じゃない。霧島が死んだのはショックだけど、それだけだ。悲しんだり、悔やんだりするほどの思い入れはない。
皆川に軽く答えた後、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出して中身を煽る。
「あっ、あたしも飲みたい……」
ペットボトルを渡すと、皆川は飲み口にチラリと視線をやった後、同じように中身を煽った。
それを横目に、ぼくはソファに腰掛けた。
目の前のテーブルに置いてあったインフォメーションの冊子を手に取って目を通す。
「あの、その……」
皆川は何か言いたいみたい。ペットボトルを片手に、何か考え込む様子だった。
皆川に視線を向ける。
「御影も一緒にシャワー浴びない? あ、ホラ、あたし綺麗に洗ったげるし……」
皆川は眦を下げ、困った表情でぼくを見つめている。
「ん……」
目の端に、ソファに投げ出された皆川のパンティが映った。クロッチの部分は少し濡れていて――
「いいけど、先に舐めてくれる?」
試しにぼくが言うと、皆川はホッとしたように笑みを浮かべた。
「うん、分かった」
漸く慣れたペースに戻った。そんな考えが透けて見えそうな媚びた笑みを浮かべ、皆川がすり寄って来る。
……多分、皆川は身体目当ての男としか関係を持ったことがない。だから、こんなやり方しか分からない。
ぼくは呆れて言った。
「皆川、エッチしたいの?」
「あ、うん。分かる? エヘヘ……」
「…………」
ぼくは、なんだか少し疲れてしまった。
言った。
「ねえ、霧島、超死んでたよね? ついさっきの話だよ。それなのに、もう盛ってるの? 皆川は頭おかしい」
この夜は少し長すぎる。
ホント、疲れる。そんだけ。