ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
唇は蜜の味。
悠希のキスはよかった。甘ったるく絡んで来て、吸い付けば幾らでも蜜を吐き出して、ユキナを潤わせた。
他の誰とも違う深すぎる口付け。自分を求めてやって来たと思えば、格別の思いだった。
通り過ぎて行った男たちの、情事の後の蔑むような目付きを思い出す。
その目が言っている。
――汚ない。
誰も本気でユキナを見ない。顧みない。精液を吐き捨てるための体のいいオモチャ。
でもユキナは人間で、男たちの都合のいい玩具じゃない。意地がある。
沙織が言っていた。
――男なんて、ヤらせてやるって言ったら楽勝っしょ。
ユキナも同感だった。
男は皆、女を快楽を得るための道具としか思ってない。犯すことしか考えてない。突っ込めば気持ちいい穴ぽこが開いているくらいにしか思ってない。
思ってないから。
利用して、何が悪い?
「っく……いくらでも、好きなときに、ヤらせてあげるからぁ……!」
『え? それはいいよ。皆川、臭いし……病気持ってそうだから……』
皆川優樹菜の全ては、御影悠希に全否定された。
「ねえ、霧島、超死んでたよね? ついさっきの話だよ。それなのに、もう盛ってるの? 皆川は頭おかしい」
言い訳のしようのない、完全無欠の拒絶。
――楽勝なんかじゃ、なかった……。
悠希は、ユキナがただの汚物であることを突き付けた。他の誰もが口にすることを憚った事実をハッキリと告げた。
――優しくない。
御影悠希は、小さくて可愛い顔立ちをしているが、これっぽちも優しくない。ユキナの手管は通用しない。でも――
――この世界でたった一人だけ、ユキナを助けに来てくれた――
汚ないと思っているのに。
臭いと思っているのに。
心の底から、軽蔑しているのに。たった一人、悠希だけは、ユキナを人間として見つめている。
きっと恵まれているのだろう。愛されて生きて来たのだろう。
たった一人の友人には売り飛ばされ、短気な父親には気軽に張り飛ばされる。そんな自分の何が分かる?
でも、悠希の小さな身体には無惨な傷跡が刻まれていて――
ユキナは、完膚なきまで打ちのめされた。
ぽつぽつと自らの過去を告白する悠希の顔を正面から見ることができない。霧島沙織とは違いすぎる、尊敬できる同年代の誰か。
自分に負けてねじ曲がったユキナには、凄惨な過去に負けず小さな身体で懸命に生きる悠希は眩しすぎる。
――ぼくの奴隷になれ!
そうなることで傍に居ていいのなら、その立場は自分に相応しい。
奴隷で全然構わない。
思い返せば沙織との関係も似たようなものだった。ならば、比較の対象は霧島沙織だけでよい。
沙織と悠希の人間性なら、秤に掛けるまでもない。
最初、悠希に感じていたよい予感が身を纏い確信に変わる。皆川優樹菜が生まれ変わる。はっきりとした実感がある。
「ユキナ、おいで……」
悠希が微笑み、両手を開いて開いて誘っている。
「……!」
ユキナは、そこに迷わず飛び込んだ。
◇◇
◇◇
◇◇
霧島沙織の亡骸が早くも周囲に波紋を投げ掛けた頃――。
ユキナの意識は桃源郷をさ迷っていた。
瞼の奥でキラキラと星が舞い、頭の中は幾つも発生した電極がシナプスに快楽の電波を送り込む。
セックスに不自由したことはない。性の快楽は知っているつもり。――つもりだけだった。
つらつらと思考する間も意識は寸断され、膣口がだらだらと粘りの強い淫液を吐き出している。
ユキナの意思と関係なく膣肉が悠希のぺニスに絡み付いて快感を貪っている。
何処までも墜落して行く感覚があった。その恐怖に腰が抜け、だらしなく失禁しても粘る肉は悠希にすがり付く。
ぐちゃっ、ぐちゃっと重みのある水音が跳ね、ユキナの膣が粘液を撒き散らす。
「うあっ! あっあっあっあっ……!」
瞬く間に登り詰め、子宮で意識が弾ける。悠希は容赦なくて、それでもユキナに対する侵略を止めない。むしろ責めは激しくなり、過度の快感に膣が痙攣して腿まで震えた。
「もっと、もっと……!!」
無意識に滑り出た嬌声が口を衝いて溢れる。
気持ちいい。スゴく気持ちいい。
――気持ちいい! 気持ちいいおまんこ!!
そう叫んでいた沙織の悦楽に弛む表情を思い出し、ユキナは微かに笑った。
沙織の死によって、ユキナと悠希は交わったと言っても過言ではない。
今も尚、身体を駆け巡る悦楽に翻弄されながら、嬉しくて堪らず――ユキナは嘲笑った。
――沙織が死んでくれて、本当によかった――
この夜、皆川優樹菜が親友に向けた最後の感情は侮蔑。
それきり、霧島沙織のことは考えるのを、やめた。
◇◇
……
…………
………………
……………………
…………………………
悠希とのセックスは最高だった。
快楽で飽和状態にあるユキナの半開きの口元に、つっと涎が伝う。
――二人の間に嘘や誤魔化しはナシ。
ユキナは朦朧とする意識の中、小さく頷いた。
(……もっとしたい……)
嘘や誤魔化しの必要がないのなら、正直に言ってもいいのだろうか……。
「――!」
胸の先に湿りを帯びた冷たい感触を覚え、ユキナは覚醒した。
「……」
視線を落とすと、同じように微睡んだ悠希が、ユキナの薄い胸に抱き着いて、赤子がするように乳首に吸い付いている。
ユキナは溜め息を吐き出して、僅かに口元を緩ませる。
(今はこのままで……)
男と女の間には、肉欲だけでない繋がりもあるのだ。
悠希の小さな身体を抱き寄せながら、ぼんやりと考える。
――幸せ? ごめん、それはよくわからない。
傷付いた天使。
カオルが比喩でそう表現するのとは違い、ユキナは大真面目にそう思うようになっていた。
見た目は発育不良の中学生くらいにしか見えない。胸に湧き上がる気持ちは、恋愛感情とは違う。だが、いとおしく感じる。ユキナはこれを守らねばならない。守り続けなければならない。
――幸せの意味を知るその日まで。
ユキナは呟いた。
「あたし、いっぱい稼ぐから……」
「……」
悠希が、うっすらと瞳を開いた。
「……なんのこと?」
ユキナは意外そうに答えた。
「え、いや……あたしも売って、御影のこと助け――」
「……」
当然のことのように言おうとしたユキナの目前に、険しい縦皺を眉間に刻み、静かに睨み付ける悠希がいた。
「……お金に困っているのはぼくだ。そんなことはしないで」
雰囲気が変わった。
そこにいるのは、霧島沙織とは真逆の人間、御影悠希。
だからこそ守りたい。
「で、でも……!」
食い下がるユキナに、悠希は眠そうに目を擦りながら言った。
「……いい、ユキナ。よく聞くんだ。確かに、お金は大切なものだよ。何をするにも、最後はお金が背中を押す。でもそれが全部じゃない。例え、全ての物事にお金が掛かるとしてもね」
「な、何、説教……?」
「違う。ぼくの信念みたいなもの。黙って聞いて」
ユキナは肩を竦めた。
悠希は小さく可愛らしい欠伸をして、それから言った。
「金で何でもするヤツは、ただのゲスだ」
「……」
ユキナは複雑な気分になった。
悠希は自分を売って稼いだ金をユキナに貸そうとした。そして悠希は馬鹿じゃない。ユキナに返すつもりがないことはお見通しだったろう。
「ぼくは、ぼくを売っても、他の誰かは売らない。ユキナは売らない。いいね」
「……」
ユキナの瞳に、じわっと涙が浮かんだ。
御影悠希は、皆川優樹菜を売り物にしない。守る。体感した。でも――
「……じゃ、何であたしを奴隷にしたの? 売らせるつもりじゃなかったの?」
「……」
悠希はユキナの胸に顔を埋め、ぐりぐりと擦り付けた。
暫くの沈黙の後、言った。
「よく分かんない」
「……」
その言葉に呆れてしまい、ユキナは困ったように苦笑いを浮かべた。
悠希には不安定なところがある。それらしい答えだった。
◇◇
◇◇
その後の悠希は、浴室でこの後の展望を語った。
悠希は、金髪のあいつを酷く警戒していた。
ユキナは名前も知らないが、沙織の友人の誰かは知っているだろう。
「あの金髪の娘、何か言ってなかった……?」
湯舟に浸かる悠希は、酷く疲れている様子だった。
「……そう言えば、アスタラビスタって。……どういう意味だろ……」
ユキナは悠希を抱き寄せ、湯冷めしないようにスポンジで肩にお湯を掛けている。
「アスタ・ラ・ビスタ……スペイン語だね。さよならとか、また会おうって、そういう意味」
「ウソ……!」
くってりとして、ユキナの肩に頭を凭れ掛けていた悠希が呟いた。
「目を着けられている。根が深いと思うべきかもしれないよ……」
「……」
「ユキナは相手のことを全然知らないけど、向こうは名前を知ってたんなら――他にも……霧島が色々と喋ったと思う……」
そして――
必ずあるだろう警察の追及、その対応策。
「嘘は真実の中に……」
ユキナは、力強く頷いた。
「……この危機を逆用して、あのジャンキーを処分する」
ユキナは、力強く頷いた。
悠希は楽観視するということを知らない。話の内容は深刻だったが、共通の秘密を持ち、裸になって全てを見せ合うという状況に、ユキナは何故か胸が躍ってしまう。
二人、情交の後、お風呂で悪巧みをするのは刺激的で、ちょっと愉快だった。