ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
高校入学から一ヶ月ほどが経過して、智の高校生活は平凡そのものだ。
朝の6時には起きて父と自分の弁当を作る。その合間に朝食の準備をする。
朝食を摂る。登校する。授業が終われば剣道部で稽古に励む。汗を流している間は悠希のことを考えずに済んだ。
晩御飯は店屋物が多い。
智は部活動、父は仕事で疲れている。自然にそうなった。入浴した後は、なるべく早く眠ってしまう。
悠希とは廊下ですれ違うことがあるが、それだけだ。
全く納得してないが、予定通りだ。こうなった以上、はっきりした成長の姿を見たい。それからまた繋がりを持てれば。
そのときはもう、繋いだその手を離さない。
――永遠に。
そんなことを考える智の高校生活に、事案が発生したのはGWが終わって間もなくしてのことだ。
◇◇
◇◇
◇◇
何の目的もなく、勉学に部活動に勤しむ。かつての頃のように敵はなく、守るものもない。
単調な毎日が続いているが、秋月蛍や深山楓のような好敵手に恵まれているため、退屈とまでは言わない。
ただ、何の為に強くなるのか。何故、鍛えているのか。それを考えると、どうしても稽古に身が入らない。
時折は廊下ですれ違う悠希も、智の姿に足を止めていたのもホンの一ヶ月くらいのこと。
日々重なる平淡は刺激すら風化させて行くらしい。
時間は何者にも等しく流れる。優しく、そして残酷に。
その日の昼休み。食堂でのこと。
「え、超能力……?」
ぼんやりと単調な毎日を送る智の耳に、その二人の話し声が入って来た。
視線を向けると、秋月蛍が直角にお辞儀したスプーンを持ち、ヒラヒラと目の前で振っている。
(スプーン曲げ……?)
蛍が上機嫌で言った。
「うふふ、御影もやってみるか?」
「トリックがあるんでしょ?」
悠希は受け取ったスプーンを不思議そうに調べている。
揺すったり、穴が開くほど見つめたり。やがて小首を傾げ、不思議そうに言った。
「どうやったの?」
秋月蛍は、白い歯を見せて破顔した。
「ちょっとしたコツがあるんだ。御影にもできるよ」
「教えて」
「いいよ。でも、先ずは自分でやってみようか」
――秋月蛍が、笑っている。
智にとっての蛍は、理解不能の怪物。
強いか弱いか。或いは、殺せるかそうでないか。そこにしか興味のない別世界の生き物。
(笑えるんやな……)
その笑顔を見せる相手が悠希であることは問題ではない。蛍が同じクラスであることは知っていた。むしろ――
(頑張りや、蛍)
そう思ったくらいだ。
二人は長机に向かい合って座っている。
「先ず、スプーンを持って目線に合わせて。……そう、肩の力は抜いて……」
説明する蛍の右手が、じりじりと近付き、今にも悠希の左手に触れそうだ。
(あ、あかん)
――と、智が思ったのと同時に、蛍の指先が悠希の左手に触れた。
その瞬間、悠希は右手で左手を庇いながら席を立ち、瞬きもせずに蛍を睨み付けた。
(これやん……)
元々、悠希は人間嫌いの性向があり、身体に触れられることを嫌がる。
特に『左手』はまずい。
智が察するに、この辺りは過酷な幼児期の体験が深く影響していると思われる。
(はい、終了)
「……」
悠希は黙って蛍を睨み続ける。
そこには無言の抗議と激しい拒絶があった。
「あ……」
対する蛍は、先程の笑顔も何処へやら。泣きそうに顔を歪ませて俯いた。
普段の悠希は、殆ど人と目を合わせるということをしないが、怒った時は話は別だ。
黙って睨み付ける。
悠希のそれは、滅多にやらないぶん迫力がある。中学時代のクラスメイト、教師、看護師。智の知る限り、これに怖じ気付かされた女性は数知れない。
(おさわり厳禁やん……)
近付く女の実に八割がこれで振り落とされる。
簡単な道なら、智がこの道を譲ることはしなかっただろう。その智にしても、同じ父子家庭という共感とあの成り行きがあったからこそ、この地雷を踏まずに済んでいるだけのことだ。
悠希の不信は特に女性に向けられている。間違いなく、虐待を行った母親のせいだろう。
「……」
悠希は、蛍をじっと睨み続ける。
「あ、あうう……」
蛍は呻きながら大きな身体を小さく畳み、みるみるうちに萎んで行くように見えた。
(おうおう……怯えとる怯えとる……あれ、むっちゃ怖いんや)
長く一緒に居れば、智も何処かで地雷を踏んだに違いない。
誰かが慣らさねばならない。
そういうものだと教える女が必要なのだ。そして智は、その役割はやりたくない。嫌われ役はやりたくない。
悠希が言った。
「ベタベタ触るな……!」
睨み付ける眼差しに籠る炎は、一向に治まる気配がない。
蛍の人間らしい一面を見られたのは良かったが、これは智にもあり得た可能性の話だ。そう思うと、とてもではないが、見ていられない。
居たたまれなくなって、智は視線を逸らした。
智には自信がない。
自分が、他の誰とも違う『特別』であると思うことができない。
もう一度、蛍に視線を向ける。
こんなとき、どうする?
蛍は俯いて目を閉じている。耐え難い何かを堪えているように見える。
智は自信がない。
こんなとき、自分が『あれ』を使わずにいられる自信がない。だから、今もまだ、動画を消去出来ずにいる。
蛍を――蛍の終わりを見つめ続ける。
成長が必要なのは、智も同じことだ。
蛍がこれから迎える一つの『終わり』は、智にとってもあり得た『終わり』。
落胆。その裏に安堵。だが、これでいいとも考える。
何事にも反復学習は効果がある。これを繰り返すうちに、きっと悠希は慣れて行く。
こういうものだと理解する。
そう思うと、蛍に対する怒りも嫉妬も湧かない。むしろ、得難い経験をさせてくれた彼女に感謝の思いすらある。
だがそこで――
「待った」
秋月蛍が顔を上げ、言った。
「なあ、御影。何で怒ってるんだ? 私はそんなに酷いことをしたのか?」
それは、意外だった。
ざらりと得体の知れない不快感を覚え、智は眉をひそめる。
蛍は背筋を張って、悠希の警戒の視線を受け止めた。
稽古の時に見せる真剣な表情。相手を正眼に捉え、視線を切らない。
秋月蛍が、変わった。
「今、少し左手に触れてしまったな。その事で怒っているのか?」
「……」
「私が悪いのか?」
その問い掛けに、悠希は思わしげに視線を伏せることで応えた。
「…………」
悠希は沈黙し、考え込む様子だった。ややあって、
「ごめん、言い過ぎた」
思い直したように、蛍に謝罪した。
「うん、過剰反応だな」
蛍は軽く頷いて、何でもないことのように謝罪を受け入れた。
(……なんや、それ)
智は指先が白ばむほど強く拳を握り締め、警戒を解いた悠希と、やんわりと微笑を浮かべる蛍を見つめていた。
目眩を感じた。
自分では回答不能だと思っていた難問に、適切な答えを突き付けられたような気がした。
秋月蛍。
(なんや、コイツ……気にいらん……真っ直ぐ行きよって……)
自分に言い訳して、悠希から逃げた智には、絶対に辿り着けない『最適解』だった。
◇◇
「……うん、御影のことか。信じられるか? あれでも私たちと同い年なんだ……って、こんなこと言ってたら、また怒らせるな」
稽古中は無駄口を叩かない蛍だったが、悠希のことに関して話題を振ると堰が切れたように喋り始めた。
……気にいらない。
「また? なんや、よう怒らせるん」
その問いに、蛍は肩を竦めた。
「ああ、御影ならよく怒るよ。小さいけど、すごく気が強いんだ」
……よく怒る。つまり、それだけの回数ケンカして仲直りしたことになる。
智の知らないところで。
「……いかんのん?」
蛍は笑って首を振った。
「まさか」
その誇り高さがいい。
智は思う。
プライドのない者は信用できない。平気で嘘を吐き、恥知らずな裏切りにも何の痛痒も覚えない。
高すぎるプライドは慢心に繋がることもあるが、律することが出来れば、それは何処かで強さに替わる。
蛍は、その辺りをちゃんと理解している。――だから、腹が立つ。
「好きなん?」
A級特待生。
その事のみを求められ、この場にいる秋月蛍の頭にあるのは、強いかそうでないかだけだ。ある意味、特待生としては完成している。
日本人離れした長身に白皙の肌。奥二重の瞳は冷淡な印象を受けるものの、凛々しく美しい。男が引け目を感じるタイプの『美人』。
根っからの『武人』。
恐らく、特殊な環境で育ったのだろう。彼女の進む道には唯一恋の花が咲くことはなく、艶やかさに欠けている。『女』としては魅力に欠ける。
そう思っていた。
このときまでは。
「え? あ、うん。そうだな、気にならないと言えば嘘になるな、うん」
何やら焦ったように、もごもごと口を動かす蛍の頬に、鮮やかな朱が散った。
それは見事な――
「明徹だな、あれは、うん。はっきりとしていて賢い!」
智が目にしたのは、それは見事な、恋する乙女。
剣に懸ける青春。それならば敵ではないと思っていた。
智の場合、剣道をやるのはただの暇潰しだ。確たる『強さ』にも特に拘りはない。都合が悪くなれば辞めてしまっても構わない。もし、悠希が告白して来たら3秒で辞められる。
(よくどいの、コイツ……)
照れ隠しに意味もなく頷きながら、稽古に戻る蛍の後ろ姿を半目で睨む。
(竹刀でも突っ込んどれや)
秋月蛍が、敵になった瞬間だった。
◇◇
◇◇
それから――そこかしこで悠希と蛍の姿を見掛けるようになった。
在るときは廊下で。
また在るときは食堂。
蛍は何時も前を歩いていて、悠希が後を付いて回っているように見えたが、何のことはない。蛍が後を付いて回っている。ただ、悠希の前にいるだけだ。
「御影、今日も一緒に食堂に行かないか?」
「今日はお弁当だから、教室で食べる」
「食堂で食べればいいじゃないか」
「いやだ」
肩に置かれた蛍の手をぴしゃりと叩き、悠希はテクテクと歩いていく。その小さな背中を――
「待った」
秋月蛍が呼び止める。
そしてまた、智は得体の知れない不快感を覚える。
(またや……この感覚……)
稽古中には殆ど見せない笑みを浮かべ、蛍が諭すように言う。
「なあ、御影。私たちが面識を得て、まだ二ヶ月というところだな。でも、私たちはそれなりに口を利いているし、そこそこ行動を一緒にしている」
「うん……」
足を止め、振り向いた悠希は、少し興味深そうに蛍の顔を見上げている。
「御影は人の集まりを避ける節があるな。欠点とまでは言わないが、度が過ぎれば集団で孤立するようになるぞ?」
「困らないよ」
蛍は一つ頷いて、言った。
「私が思うに、人間という生き物は社会的な生き物だ。誰もが他人と無関係でいられない。御影のその感性は嫌いじゃないけれど、自ら不利を抱えることはない。そうは思わないか?」
「困らないよ」
悠希は繰り返し、今度はつまらなそうに答えた。
蛍はこれにも應揚に頷き返した。
「じゃあ、御影は社会から孤立して生きて行くつもりか?」
「それは……」
悠希は明徹。
蛍はその性分を見越して理屈を捏ね回している。
集団を嫌い、他者との繋がりを避ける悠希の性分は、ある意味、欠点と言ってよい。
「……」
理に聡く明るい性分故に、悠希はこの指摘に辟易して黙り込む。
蛍が手を差し出した。
「行こうよ」
「……うん」
悠希の表情は、到底、納得しているとは言い難いものがある。
嗜好と必要性は違うのだ。それを理解して、悠希は成長を望んでいる。だからこそ。
「行こっか?」
悠希は、差し出された蛍の手を取った。
「♪」
蛍は悠希に見えない角度で、しかし智にはばっちり見える角度で小さく拳を握り込んだ。
(コイツ……!)
一部始終を見守った智の頭に、カッと血が昇った。
秋月蛍は表現できない『何か』を持っている。それが解らないのも腹が立つが、なにより忌々しく思うのは、
(アイツ、楽しんどるな……)
蛍が悠希との関係を楽しんでいることだ。
智にとって恋愛は、楽しいばかりのものではない。いとおしく、掛け替えのないもので、何よりも狂おしい。時に激しい苦痛すら伴うものだ。
大切な何かを踏みつけにされているような気がしてならない。
(蛍、お前は……!)
気が付くと、いつの間にか食い縛っていた唇から血が流れていた。
「……」
智は口中に湧き出した錆び臭い唾を吐き出して、それから強く頭を振った。
悠希が傷つけられた訳じゃない。怒り狂う状況じゃない。
予定通り、悠希は成長している。少なくとも、いい方向に向かっている。
ただちょっと、見ていて胸が軋むだけ。
「……」
ただちょっと、手放したものの尊さに、涙が出そうになっただけだ。
◇◇
日々、投げ出したものの大きさに智が後悔の念を大きくする間も、時間は流れる。
「黒岩さんは、何で本気を出さないんですか?」
その日の稽古中、深山楓が投げ掛けた言葉に智は険しい表情になった。
顧問の明らかな贔屓で煙たがられている蛍とも、段違いの実力と傍若無人な振舞いで腫れ物のように扱われる楓とも違い、智の場合、上級生との関係は悪くない。
力を見せびらかすことに意味を感じない。威張り散らしたい訳でもない。いざというとき、望んだ分だけの実力を発揮できればいいのだ。
蛍と楓のような実力者がいなければ、智がこの女子剣道部の牽引車として頑張ってもよかったかもしれない。
「本気やよ?」
朗らかに言って笑みを浮かべる智に、楓は、がっかりしたように首を振った。
……遠くに、蛍の視線を感じる。
周囲は皆、思い思い打ち合い、稽古に励んでいる。
竹刀が防具を打ち、気合いを入れた掛け声が飛沫のように辺りを飛び交っているが、面頬の奥に、蛍の視線を感じる。
ムカムカした。
部活に恋に、積極的に臨む秋月蛍が羨ましい。
悠希と蛍は、日々、その距離を近くしているように見える。
頭の奥が熱くなる。どいつもこいつも……
(無茶苦茶にしたろうか)
楓は一つ溜め息を吐き出して、肩の力を抜いて見せた。
口には出さないが、明らかな手抜き。
智は言った。
「何の為に強うなりたい?」
興味なさそうに楓が答える。
「さあ? 実力の証明でしょうか」
「……ええやろ」
軽く流すつもりだったが、気が変わった。
「小、持って来るけん、ちいと待ちいや」
大刀は114cm以下 、小刀は62cm以下 が二刀流の規定であるが、昨今の剣道に於いて、『二刀流』は珍しい部類に入る。
「宮本武蔵の真似ですか?」
大小構えた智の姿を、楓は鼻で笑って見せた。
二刀流は、防御は良いが攻勢は弱いとされる。そのため引き分け狙いの戦術として用いられることはあっても、純粋な『使い手』はあまりいない。
「やかまし、早う来い」
どうにも今日はムシャクシャする。
余りにも珍しい二刀流の剣士と、上級生相手にも敵なしの楓との打ち合いが、蛍のみならず部全員の注目を集めていることに智は気付かない。
確たる強さに興味のない智だが、時々は考える。
「強さの証明か……つまらん……」
「では」
楓が浮かべた笑みを崩さないまま鋭い打ち込みを仕掛けて来る。
――本当の『強さ』とは?
衝突は刹那。
鋭い打ち込みを二刀で受け、鍔迫り合いの形から、思い切り押し返した。
単純な力比べに負けた楓は弾け飛び、背後の壁に強かに背を打ち付けた。
「軽い」
対する楓は激しく咳き込み、その表情からは余裕の笑みが消えている。
「もう一辺じゃ、来い」
「……!」
二刀流は実戦に不向きであるとする見方もあるが、それは単に二刀を扱う膂力が足らないからだ。完璧に大小を扱うことが出来れば、二刀流こそ最強の剣であるとする有段者もいる。
黒岩智は身長172cm。鍛え込まれた身体は上半身が発達し、怒り肩に見えるほどだ。
左の脇差しで楓の打ち込みを払い除け、即座に右の大刀を小手先に叩き付ける。
すれ違うようにして駆け抜けた楓の手から竹刀が転がり落ちる。
「拾え。もう一本じゃ」
剣道のルールでは竹刀を二度落とすと負けとされるが、竹刀を狙った戦術は実力差のある相手にしか通用せず、かつ必要以上の屈辱を与えるとされるため、用いられることは少ない。
剣士としての黒岩智は、掛け値なしに強い。
――深山楓より。
智は言った。
「つまらん。お前の言葉も態度も、弱いヤツのすることじゃ」
「……!」
面頬の奥で、楓の表情が紅潮する。素早い動作で竹刀を拾い上げると同時に、低い立ち位置から『突き』を繰り出した。――禁じ手。
殺意すら込めて向かい来る竹刀の先を視界に捉え、智は少しだけ考える。
世界は無常だ。
深山楓が渾身の力で放つこの『突き』は読んでいた。対処は難しくない。
踏み込みながら身を躱し、引っ掛けるようにして足元を蹴り上げた。
世界は無常だ。
楓は無様に転がって、その光景を面白そうに嘲笑う上級生たちがいる。
この胸に咲いた、小さく儚い花を守りたい。智は、それだけの強さがあればよい。
ポツリと呟く。
「世の中っちゅうんは無常なんよ……」
ただひたすら稽古を積むことが強さの秘訣なのか?
そんなことはない。
努力が必ずしも実を結ぶとは限らない。世界は理不尽の法則が支配する。
黒岩智の場合――
――信じん……そんなことは、あったらいかん……
――ホントウダッタロ?
世界は無常だ。
そのつもりがなくとも、傷付けてしまうことがある。
意思があり、その為の力も持ち合わせがある。それでも、指先をすり抜けて行くものがある。
(御影……!)
再び転がる楓の竹刀を踏みつけ、智は宣言する。
「合わせて一本。これまで」
「……!!」
膝を着いた姿勢で睨み上げて来る楓は、おっとりと下がった眦に大粒の涙を湛えている。
その敗北を慰める者はなく、屈辱を癒す言葉もない。
「……これだけの力が有りながら、何で隠すんですか……?」
「勝手に想像せえや」
突っ慳貪に言い放ち、智は色素の薄い瞳を『そちら』に向ける。
「次は、あんたか?」
言葉の先にいた蛍が、びくりと肩を震わせた。
「腕自慢なんやろう? 遠慮せんでええよ」
黒岩智は、自分が強すぎるということを知っている。
僅かに俯き、色の籠らぬ視線を躱す蛍の頬に、冷や汗らしきものが伝って落ちる。
「い、いや、やめておく……」
「そか……残念……」
二天一縷は戦場の鬼の剣である。
うっすら、嗤って見せる智の胸の裡は――
(本気出したら、皆、殺してしまうやん……♪)
強すぎる、その力ゆえに病んでいる。