ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
第55話
下着の上下を多目に詰め、父さんの帰省の準備を手早く進めて行く。
「スーツも詰めとくね」
「あ、うん。ところで悠くん、父さんってネクタイ何処に置いたっけ」
カオルは居間で瞑想中。
ぼくと父さんは隣の寝室で押入れをガサガサやっている。
父さんは、一瞬カオルの方に視線を向けて、距離があることを確認して、ぼくの耳元で囁くように言った。
「……悠くん、新城さんって、ちょっとヤンチャな感じだね」
傷んだ茶髪のせいだけじゃない。カオルに染み込んだ『ヤンキー』の気配は、しおらしい態度くらいじゃ全然、誤魔化せてない。
「あ……うん、そうだね……」
ぼくは曖昧に頷いておいた。
「会うとしたら秋月さんの方だと思ったから、父さんちょっと吃驚しちゃった」
今、その話はしたくない。ぼくは黙って父さんの旅行鞄に荷物を詰めこむ。
「悠くん、あの娘のことすごく苛めてるだろ?」
「……!!」
忙しく動いていた手が止まり、ぼくは思わずギョッとした。
「黙ってても分かるよ。新城さん、とても怯えてたもん」
父さんは困ったものを見るように眦を下げた。
「女の子を苛めるのは良くないよ」
「……うん」
父さんは敵じゃない。ぼくは素直に頷いた。
「悠くんの場合、殴ったり叩いたりはしないだろうけど、そういうのって、やり方は一つじゃないからね」
「……」
いつになく真剣なお説教。でも、やっぱりぼくに甘い父さんは直後に心配そうに言った。
「父さんさ、悠くんにはもう少し普通の娘と付き合って欲しかったよ」
「……?」
「あの娘も、秋月さんに負けないくらい怖い子なんだろ? 雰囲気あるもんね」
亀の甲より年の功。まったく。
父さんは、シュウの時と同じで難しい表情。何か言いたいことがあるみたい。
「新城さん、全然、父さんと話してくれなかったから性格とか分からないけど……」
「うん」
「あの娘、見た目はちょっとアレだけど、元は違うタイプに見える。頭も悪くない」
「……」
当たってる。
『ヤンキー』の新城馨は、一見短気で粗暴だけど、ぼくを赦すくらいには懐が深い。決して分からず屋じゃないし、理解力もそんなに悪くない。論理的に物事を進める節がある。だから、今、ここにいる。
「少しでいいから、話して欲しかったかな」
父さんは鋭い。生かすことは出来なかったけど、シュウの評価は適切だった。だから、ぼくは真面目に話を聞く。
父さんは心配そうに、ぼくの目を覗き込む。
「……」
暫く悩む素振りを見せ、父さんが言った。
「……あの娘、悠くんに本気だから、扱い方間違えると、酷いよ?」
「……」
「あれだけ父さんを恐がるのは、それだけ悠くんに対して真摯だって証拠なんだよ」
「……」
ぼくは少し、新城馨という人間について客観的に考える。じゃないと、シュウにやったのと同じ失敗をすることになる。
……新城 馨。
この人は、何でもありでシュウからぼくをもぎ取った。
ぼくが好きだから、『ルール』を一杯作って、その『ルール』を遵守している。
何故?
ぼくが好きだから、ぼくを守りたい。その守りたい一心で自らに制限を課すカオルは、いったい何からぼくを守っているのだろう。
おそらく……カオル自身。
カオルは色々と手加減している。
シュウのこと。瞳子のこと。智のこと。優樹菜のこと。
そして……ぼく。
ふいに思った。
ここまでやって、それでもぼくが手に入らなかったとき、この人はどうするんだ?
父さんが言った。
「悠くん、本気の『好き』って、凄く恐いよ」
…………………………
……………………
………………
…………
……
知ってる。
◇◇
◇◇
荷物をまとめた父さんが出て行って、家はぼくとカオルの二人だけになった。
去り際、父さんが、
「それじゃ、新城さん。息子のことお願いします」
と言ったときも、カオルは小さく頷いただけで、やはり返事をすることはなかった。
しん、と静まり返る居間にエアコンの稼働音だけが響いている。
カオルは俯いたまま。
室内は冷房がよく効いていて、少し肌寒いくらい。
「カオル? 父さん、もう行っちゃったから」
カオルは小さく頷いた。
「ハンバーグ、冷めちゃったね」
カオルは小さく頷いた。
今のカオルは、ご機嫌斜め。話す気分じゃないみたい。タンクトップ一枚の身体は寒気を感じるのか、ちょっと鳥肌が立っている。
ぼくはカオルの胸を指さした。
「乳首立ってる」
「……」
カオルは、そっと左手で胸を隠した。
冗談で笑う気分でもないみたい。無言。それがちょっぴり面白い。
「さて、と……ごはんにしようか?」
カオルは俯いたまま、やはり小さく頷いた。
◇◇
◇◇
食事が終わり、ぼくはカオルに携帯を返して貰った。
父さんが一人で帰省してしまい、連絡手段が限られる以上当然のことだった。
唐突に、カオルが言った。
「ユキ、ここはもう駄目だ。一緒に逃げよう」
漸く口を開いたと思ったら、新城さんはこれもんだ。
「……これはまた飛躍したね」
父さんとのバッティングは有り得る話だ。いつかあると思っていたし、ぼくに動揺はない。
「逃げるって、何処に逃げるのさ。馬鹿言ってないで、カオルはさっさとご飯食べなよ」
テーブルの上にあるカオルの皿は半分以上ハンバーグが残っている。
それを一瞥して、ぼくは携帯を確認する。
――シュウから着信あり。
ぼくは内心で悲鳴を上げた。当然、出たのはカオルだろう。シュウの今後の反応が思いやられる。
救いはダイヤルロックが健在だったこと。
着信履歴やメールBOXは、爆薬満載の火薬庫だ。瞳子や優樹菜といつから関係していたかすぐ分かる。それに……
カオルは、深山を絶対に許さないような気がする。
深山には、あちこち揉んだり吸ったりしたけど、最後までやってない。貰ったお金も全部返している。
カオルだけじゃない。
シュウも瞳子も優樹菜も、皆、深山を絶対に許さないような気がした。