※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第56話

 今夜のカオルは挙動不審。ぼくの家は落ち着かないらしく、行く宛もなく車を走らせている。

 電飾のネオンサインが交錯する街を行く。

 夜の街は不思議。

 色とりどりの電飾が星のように煌めき、いつもの街並みが妖しく輝いて見える。

 カオルは忙しなく視線を動かしながら、何故か前のめりの姿勢で車を運転している。

 

「カオル、何処に行くの?」

 

「……ああ、いや……何処か落ち着ける場所がいいけど……」

 

 そう言って、カオルはアクセルを踏み込んでスピードを上げる。

 その様子に、ぼくは溜め息を吐きながら、カオルの膝に手を置いた。

 

「ジュース飲みたい」

 

 落ち着けと言っても今は無駄そうなので、我儘を言うことにした。

 カオルがいったい何から逃げようとしているかは分からないけれど、もう少し冷静になった方がいい。このままじゃ事故を起こしても不思議じゃない。

 

 真夜中に帰らずにいるのは困窮と悪徳だけだ。用もないのに夜中に彷徨(うろつ)いているヤツにろくなヤツはいない。ぼくもカオルもろくなもんじゃない。皆川や死んでしまった霧島なんかもそう。

 

 カオルは少し困った表情をしながらも、ぼくの為にコーヒーを買って来てくれた。

 

「あんがとね」

 

 コーヒーを啜るぼくの横で、カオルはやっぱり落ち着かない様子。

 沈んだ表情で言った。

 

「……ユキ、アタシやっちゃった……」

「何を?」

 

 カオルは額に手を当てて俯いた。

 

「父さんのこと? どうかした?」

 

 カオルはコクコクと頷いて、それから疲れたように首を振る。

 

「アタシ、心の準備とか全然できてなくて……こうなるって知ってたら、もっとこう……髪染め直したり、口の利き方直したりとかあったのに……」

 

 カオルは準備が必要なタイプ。

 ぼくとのこともそう。周到に準備して仕留めた。

 

「別にいいじゃない。これで誤魔化さずにいられるよ?」

 

「……」

 

 カオルは黙って、分かってない、というように首を振る。

 今夜、父さんに会ってしまったことはイレギュラーでそれだけにショックだったようだ。

 ぼくは、また溜め息を吐き出した。

 もう起こったこと。父さんはぼくの敵じゃない。この議論に意味はない。

 

「……それで、これからカオルはどうしたいの?」

 

 ぼくがそう言うと、カオルは、くしゃりと顔を歪めた。

 

「……ユキの方こそ、これからどうすんだ?」

 

「……?」

 

「お爺さん、駄目っぽいって、おやっさん言ってたじゃん」

 

「……」

 

 それだ。

 

 お爺さんが死んで、父さんが遺産を受け継ぐ。おそらく、これは間違いない。

 

 神さまは時折こういう悪戯をして、ぼくの努力を台無しにする。

 めらめらと怒りが込み上げる。

 言った。

 

「ぼくは何も変わらないよ」

 

 父さんは居なくなり、落ち着かない家から逃げ出したにも関わらず、カオルは少し怯えているように見えた。

 コンビニの駐車場。

 カオルは車のエンジンを点けたまま、真剣な表情で何かを思い悩む様子。

 

 ……お金の問題が解決すれば、ぼくがビッチでいる必要はない。そうすれば、カオルとの関係は必然的に変わる。

 以前の日常を取り戻せば、そこに変化が生まれる。今まで女の子にかまけていた時間を受験勉強に充て、以前のぼくに戻ってしまえば……

 

 カオルとは終わるような気がする。

 

 父さんの言った通り、カオルの地頭は確かに悪くない。でもそれは、興味がある方にしか向かない。

 例えばカオルに『リアス式海岸』と言えば、彼女は「それって何処の海岸?」と応えた。

 サラエボ事件のことも知らないし、たった二発の銃弾が世界大戦を引き起こしたと言ったら、「カッコいいね」等と訳の分からない返事をした。

 

 ニュースや新聞等の情報を正確に理解する為には、それなりに勉強しなくてはならない。本を読む為には漢字を知らなくてはならないのと同じことだ。

 

 新城馨は対岸のひと。

 

 でも――

 

(カオルはよくしてくれる)

 

 ――不意にあの時は流してしまった優樹菜の言葉。

 

「ちゃんと相手を見なよ」

 

 頭の中、いつかの瞳子が言った。

 

「分かってますか? そういうの、全部、新城センパイが壊したんですよ?」

 

「新城はよくない。あれには、ちゃんとケリを着けるんだ」

 

 昨夜のシュウ。

 

 ふと横に視線を向けると、カオルが今にも泣き出しそうな表情で、ぼくの顔を覗き込んでいた。

 

 

 ――その人があなたをダメにしてるんです。

 

 

 ぼくは、カオルに向けて微笑って見せる。

 

「……ぼくの顔に何か付いてる?」

 

「あ、いや……」

 

 カオルは怯えていた。

 ぼくに掛けた魔法が解け、夢から醒めてしまうことを怖れている。

 

 ぼくは大きく息を吐き出して、ここまでの思考を追い払う。

 

 状況は刻一刻変化する。何をどう受け止めるかは考え方一つ。唯一変わらないのは――

 

 神さまなんて大嫌い。まだ信じてやらない。

 

 父さんが帰って来るまで、一週間。その間に全てを見極める。それだけ。

 

 このまま神さまとの喧嘩を続行するのか。

 

 それとも――

 

 情けなく負けを認めて、神さまと仲直りしてしまうのか。

 

 ぼくは……

 

◇◇

 

 折よく。

 或いはタイミングが悪く。

 カオルの携帯電話が鳴り響いた。

 

「……」

 

 うるさく喚き散らすスマホはそっちのけで、カオルはぼくを見つめている。

 

「出ないの?」

 

「あ、うん……」

 

 カオルは、ぼくを気にしながらもスマホを取り出してスクリーンに視線を移した。

 む、と眉根を寄せて、それから電話に出る。

 

「……アタシだ。なんか用かよ……」

 

 カオルは、酷く不機嫌な様子だった。

 キサラギならもう少し態度が柔らかいから、電話の相手は後輩の誰かだろう。

 

 カオルから視線を切って、窓の外を眺める。

 夜の街は好き。いつもと違う風景が、ぼくの中にある何かを刺激する。

 停車したままの車の中から、向かいの通りを走り抜けて行くヘッドライトを眺める間は色々なことを考える。

 死んでしまった霧島のこと。今ごろは警察に出頭して、ぼくのことを除いた状況全てを説明しているだろう優樹菜のこと。

 

 ……父さんが留守にしているのは幸い。仮に優樹菜が口を割ったとしても、何とかなる……

 

 ぼくは罪を犯した訳じゃないし、切り抜ける自信はある。

 

 ……ツキが回って来てるのだろうか……

 

 

「……るっせぇな。アタシだってまだ聞いてねえよ」

 

 

 苛々したようにカオルが呟く。

 

「知るかよ。アタシが聞いたのは霧島のゲスがくたばって、少し世の中がキレイになったってことくらいだよ。それ以外はパッパラパーの…………」

 

 最後まで言いかけて、カオルは、ぎゅっと眉を寄せた。

 

「……誰?」

 

「あ、いや……」

 

 へどもどしながら、カオルは言いづらそうに首を振った。

 それから面倒臭そうに、今度は携帯の向こうにいるだろう相手に言った。

 

「だから知るかよ。……皆川は捕まってんだろ? どうしようもあるかよ」

 

 これは……。

 

 続けて、カオルは小さく舌打ちした。

 低い声で言った。

 

「……テメー、本気か?」

 

 凄んでいるけど、ぼくの様子が気になるのか、カオルの言葉は迫力に欠けている。

 

「アオイは……?」

 

 黙って話を聞いていたカオルだったけど、ややあって、疲れたように言った。

 

「……まぁ、色々メーワクかけたからな。そろそろ気分悪くする頃だと思ってたよ」

 

 どうやらキサラギは一回お休み。死人が出たんだから無理もないと思う。

 

 ……OK。

 大体、事情は分かって来た。

 

「カオル、ぼくが代わるよ」

 

「……!」

 

 瞬時に否定して、カオルは首がもげるんじゃないかと思うくらい強く頭を振った。

 イヤイヤ、と身体を捩って逃げるカオルだけど、狭い車中で追い詰めるのは簡単。

 

「あっ……」

 

 抱き着くようにして、カオルからスマホを奪った。

 

「はい、御影です」

 

『……!!』

 

 最初、電話の向こうは無言だった。でも、ぼくが通話に出たことによる驚きだけは伝わって来る。向こうから――

 

『――出た出た!』

 

 とか、

 

『マジ!? スピーカーにしてよ!!』

 

 とかいうデカイ声で話し合う音が聞こえる。

 ――結構集まってる。

 何だか、ぼくの知らない所で何かが進行しているみたい。

 暫くして――

 

『ワタシが話すよ』

 

 周囲と違う異質な声がして、それから応答があった。

 

『御影くん?』

 

「うん……えっと……誰?」

 

 電話の向こうから苦笑する声が聞こえた。

 

『酷いね。……葉桐ですよ』

 

「ハギリ」

 

 反芻して、ぼくは頷いた。

 

 ぼくは、あまり人の名前を覚えるのは得意じゃない。だから渾名や特徴、ニックネームなんかで覚えるのだけど、この子のことは覚えている。

 

 葉桐(ハギリ) 要(カナメ)。

 

 ぼくの一つ下になる高校二年生。

 カオルは手下みたいな後輩が大勢いるけど、この子はちょっと違う。他の子たちと違って、取り巻き化してない。

 学校にいる時の彼女は、いつも一年生の女の子二人といる。まだ小さいけど、自分のグループを持ってる。カオルとはタイプが違うけど、特別な子。勿論、いい意味じゃない。でも、カオルの後輩の女の子たちとは交流が有って、ぼくも面識くらいはある。

 

 チラリとカオルに視線を向ける。

 

「……ユキ、いい子だから携帯返して」

 

 ぼくは空いた方の手で、カオルの頬を引っ張っておいた。

 通話に戻る。

 

「なんでハギリがいるのさ」

 

『……って、昨夜の鬼ごっこワタシもいたんだけど……』

 

「……そう」

 

 応えながら、ぼくはカオルの太股をつねった。

 

「痛っ」

 

「ええっと、それは、ハギリだけじゃないよね」

 

『ワタシ入れて八人。キサラギさんも入れたら九人がいたね』

 

 昨夜のことは、ぼくが一方的に悪いのだけど、カオルがそんなに大勢を巻き込んでぼくを探していたことは知らなかった。

 ぼくはカオルの首に噛みついた。

 

「ひいっ……」

 

『御影くん?』

 

 左の耳からカオルの喘ぎ。右の携帯からはハギリの声が聞こえる。

 

『今、カオルさんの悲鳴が聞こえたような気がするんですけど、何してんです?』

 

「……別に」

 

 昨夜のカオルが最大戦力でぼくに当たったということは理解した。まあ、瞳子に会った時点で大体の成り行きみたいなものは想像がつくのだけど。

 しかし九人は腹が立つ。ぼくは一人しかいないのに。

 

『……まぁ、御影くん無事みたいで良かったけど、コッチも九人から行ってますからね。経緯くらい説明してほしいですけど、カオルさんは、霧島さん死んだとか言うし、皆川さん逮捕されるし――』

 

「ユキナは逮捕されたんじゃない。出頭しただけだ」

 

 訂正すると、ハギリは何故か沈黙した。

 

『……』

 

「昨夜のことが聞きたいの?」

 

 カオルは耳まで赤くして、ぼくに噛まれた首筋を擦っていたけど、その辺りはハギリと同意見らしく、ぼくと目を合わせて頷いた。

 暫くの沈黙を挟んで、ハギリが言った。

 

『……ですね。知りたいです』

「ふうん、そう……」

 

 カオルはとにかく、迷惑でしかなかったハギリたちには知る権利があるのかも。

 ぼくは少し考えた。

 ハギリは知りたがっていて、それは他の連中も一緒。ここで秘密を作れば、彼女たちは優樹菜に問い質すかもしれない。

 無論、優樹菜は口を閉ざすだろう。そうすれば質問が訊問に変わることは想像に易い。カオルは、ぼくが言うまで待つだろうけど、ハギリたちにそんな義務はない。

 言った。

 

「OK」

『っと、マジですか』

 

 ぼくが状況の説明に応じたことは意外だったようだ。携帯越しにでも、ハギリが本気で驚いたことが伝わって来る。

 

「自分で言ったくせに、何を驚いてるの。

 ……まぁいいけど、ちょっと今、何処にいるの? 結構集まってるんだったらソッチに行くから」

 

『……御影くん? 本物ですか?』

 

「失礼だね、ハギリは。カオルにも言ってなかったし、時間掛かりそうだから一緒に説明するだけだよ」

 

『……そうですか。でも、夏休みになってから会ってなかったし、御影くんに会うのも久し振りだね』

 

「それで寂しい関係でもない」

 

『ワタシは寂しいよ』

 

「……」

 

 ――違和感。

 カオルの取り巻きでもないハギリが関係していることもそうだけど、この会話。

 冷たく言った。

 

「C作に代わって」

 

『……つれないなあ……』

 

 くくく、とハギリは喉の奥で笑って、向こうで衣擦れのような音がして、それからC作が出た。

 

『……御影さん?』

「うん、C作。そっちに何人いる?」

『っと……昨夜のメンバーなら、キサラギさんと瞳子以外はいます』

「……そう。場所は?」

『駅前のボーリング場です』

 

 カオルのグループ内でC作はまともな部類に入る。格好も乱れてないし、成績もそんなに悪くない。その辺りが瞳子の後釜に座った理由だろう。ぼんやりとそんなことを考える。

 

「OK、カオルと行く」

 

『あ、はい。迎えに人出しますんで。……あと、瞳子のこと、ありがとうございました』

 

 後半は囁くように言った。ぼくがカオルに瞳子の寛恕を要求したことを言っているのだろう。

 それには返答せず、カオルに携帯を押し付けた。

 

 C作はハギリみたく会話をずらさないので話しやすかった。

 

 その後、二、三のやり取りのあと、通話を切った。カオルは面白くないのか、眉間に皺を寄せている。

 ぼくがかじった首筋に手を当てて、鋭い目付きで睨んで来る。

 

 ――沈黙。

 

「なぁ、ユキ」

「なに?」

「秋月や瞳子のことは泣いとくけどさぁ、アタシは何処まで我慢すりゃいいんだ?」

「……」

 

 怖い馨がいる。

 後輩に流される形で時間を使わなければならないことが酷く気に障ったようだ。

 

 ぼくは助手席で、その怖い馨を上目遣いに見詰め返した。

 言った。

 

「死ぬまで」

 

「……」

 

 ぼくの目を見詰め返し、カオルは呆気に取られたように瞬きを繰り返している。

 ぼくは首を振った。

 

「減点一万点」

 

 冷房の効いた車中をヘッドライトの明かりが突き抜けて行く。

 

「カオル、大人になりなよ」

 

 仮に、ぼくとカオルの『未来』のようなものがあったとして。

 

「これからも、我慢できないことを力で解決して行くつもり? 何処までそれを貫ける? ぼくはそういうのとは無縁の人間だよ」

 

 気分次第で力に訴える人間は嫌い。それは子供のすることで大人のすることじゃない。

 

「来年、再来年とぼくたちが続くとして、ぼくはカオルの暴力に怯えて機嫌を取らなきゃいけないの? そういうことをさせたくて、ぼくといるの?」

 

「あっ、いや……」

 

 カオルは、ハッとして震えた。

 

「そんな低レベルな関係でいたいの?」

 

 子供の関係でいたいなら他所に行け。ぼくはそんな風に考える。

 

「減点一万点ね」

 

「……」

 

 ずん、とでかい重りを肩に載せたように項垂れ、カオルは押し黙った。

 ぼくは言った。

 

「優しいカオルが好きだよ」

 

「……!」

 

 カオルは顔を上げた。

 

「つまらないこと言ってないで、カッコいいとこ見せて」

 

 カオルは深く頷いた。

 

「もっともっと、好きにさせてよ。じゃなきゃ――」

 

 ずっと、このまま。

 

「カオルのものにはならないよ」

 

 恐ろしく真剣な表情で、カオルは深く頷いた。

 

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