世界は随分と変わったものだ、物珍しそうに街中を歩く主の隣を歩きながらジェニーナは周りを見た。
ダンジョンから出てみようと言われて外に出て数日が過ぎた、眠り続けていた主の代わりに自分は外界の情報を集めていた、いつ外に出るときがきてもいいようにだ、だが、限界というものがある、数日前にダンジョンに入って来た冒険者の一行、今、考えるとタイミングもよかった、あの一行からできる限りの情報を集めた。
生かして帰したら後々に面倒な事になるので全員、食料にするつもりだった。
ダンジョンは、ひどく気に入ったようだ、多分、人間としては堕ちた連中だったのだろう、しかし、一人だけ残した。
食べ残した訳ではない、これは使えるとダンジョンは考えたらしい。
「彼らは命令され、ダンジョンに入って来たのダ、聖典ヲ、探しそうとしテ、なら、餌が必要だろう」
泳がしておけば向こうから接触してくるということだろう、ダンジョンの言葉にジェニーナは確かに一理あると頷いた、それに主は目覚めたばかりだ。
自分だけでは無理なこともある、ダンジョンの知識は必要だ。
もしかして、あの冒険者達をたやすく最下層に招き入れたのは作戦だったのではと思ったが、それは違うとダンジョンは否定した。
「連中は地図を持っていなかった、案内役は魔術師ダ、おもしろい、だろウ」
「魔術師ですか」
随分と昔、知識や記憶が食べられると分かってからダンジョンは随分と貪欲となった、それが成長、進化というものなのだと主はいう。
「おまえも成長、進化している、ジェニーナ、嬉しい事よ」
「成長するの、ですか、私は」
「でなければ、安心して昼寝もできない、全て任せているからね」
今回は少し長すぎましたと言いかけてジェニーナは足を止めた。
「姿を変えるか、護衛として、服はそのままで、オートマータに」
素早く建物の陰に隠れた彼女は姿を変えた、人間の容姿のままだが肌の色は銀色で髪は青色だ、この組あわせは随分と昔、流行ったもので彼女自身も気に入っていた。
奴隷がいるな、主の声が頭の中に響いてくる、怪訝そうな響きを感じジェニーナは周りを見て思わず納得したのは奴隷らしき者は亜人ばかりだからだ、何故、人間よりも彼らの方が力があるのではないか、それとも、この国が例外なのだろうか。
隷属の術や道具を使えば力のないものでも上位の相手を服従させることができるが、それには代償がかかる、金や魔力だ。
世界は作り変えられたのだろうか。
(侵入者が、また来たゾ)
ジェニーナの頭の中に声が響く、ダンジョンだ、冒険者達が入った後、一度、入り口は閉鎖した筈なのに何故と尋ねると、腹が減ったと返事に彼女は呆れたが、ふとあれはどうしたのと尋ねた、一人、生き残った冒険者のことだ。
「準備の途中ダ、それと私にも情報ヲ、行動するには援護ガ、必要ダ」
内心、呆れた、あの冒険者達を食べたお陰で食欲に火がついたのだろう、ダンジョンは。
だが、それは自分もだ、食欲ではない、情報を精力的に集めたいと思っていると歩みが止まった、どうしましたと尋ねるとアレを見ろと主が指さした先には獣人らしき男が壁に鎖で繋がれていた。
これは、どういうことかな、主の問いかけにジェニーナは頭の中の情報を整理したが、答えが出てこない、奴隷だということはわかるのだ、だが、毛並みもボロボロで体中傷だらけ、顔も半分、いや、左目が潰れている。
狼人、年寄りです、廃棄されたのでしょうか。
「あんた達、そんなの拾うのかい」
突然、声をかけられて振り返ったのはジェニーナだ、相手が人間でない事に驚いた様子の老婆だが、拾ってもいいんだよと笑みを浮かべた、その鎖が外せたらねと。
ほんの数秒の沈黙の後、ジェニーナは主が屈み込み、獣人の顔を覗きこむ様にしている事に気づいて嫌な予感がした。
「いい男だ、若い頃は、そうだな」
続く言葉を制しするようにジェニーナは主、マスターと呼びかけた、主は物好きだ、まさかこの薄汚れた獣人をと思うと身震いがした。
「名前を聞いてもいいかな」
その時まで俯いていた獣人はゆっくりと顔を上げた、何か言おうと口和開こうとするが、出てくるのは声ではなく、咳き込むような、空気が漏れたような頼りない音だ。
「声がでないのか」
「潰されたんだよ、切られたのかもしれないね」
老婆の言葉にジェニーナは肩を竦めた、だが、次の瞬間。
「ははっ、はーははは」
突然、笑い出したのだ、そのときまで主は旅行者の様に頭からフードをかぶっていたのだが、フードを取り、さもおかしいと言わんばかりに笑い出した。
通り過ぎようとした通行人は足を止めて振り返った、そばにいた老婆は驚き、不思議というよりは気がおかしいのではないかといいたげに笑いだした相手を見た、だが、その顔を見た途端、呆気にとられたように口を開けて呆けたように、その顔に見とれたのも無理はなかった。
笑いを堪える主の顔に周りの通行人達は見とれたのも無理はない、銀色の髪と白い肌、妖精、精霊のような容姿だが、耳が尖っているとか、目の色からしてそうではないと見とれる。
歩きだした主の後を追いかけようとしたジェニーナは座り混んだままの獣人に近づくと、手足の鎖に手を伸ばした。
なんだ、どうしたんだ、周りの人間は驚き、その光景をただ見つめていた、長身だが細身の児童人形は鎖の呪縛から獣人の鎖を解き、その体を持ち上げると歩き出したのだ。
一体、何が起こったのか獣人はわからなかった、自分の手足を繋いでいた鎖が砂の様にボロボロと崩れたのだ、魔法、いや、人形が、そんなものを使えるわけがない、しかも自分を軽々と担ぎ上げて歩き出したのだ、逃げようにも体は動かない、いや気力さえないのだ。
廃棄されたときにすでに体力は限界で、死を待つしかなかった自分はどうなる、そう思ったとき、ポーションを飲ませたほうがいいかと声がした、いや、頭の中に響いてきたのだ。
「マスター、もったいないです」
自分を抱え歩く人形が呆れた、いや、怒った様に声を発し獣人は驚いた。
高度な人形は魔法や術を込めて作られたりすると人間の様な立ち振る舞いをするものもいると聞く、自分を抱えて歩いている人形がそうなのだろうか、考える気力を振り絞ろうとする。
だが、ほんの少し前まで死を待つだけの身に体力もなく、できる事は目を閉じて眠りにつくことだけだ、永遠の終わりに。
だが、再び目を開けたとき。
鼻を擽る匂いがした、焼いた肉の匂いだ、テーブルの皿の上に大きな塊が乗っているのを見た獣人は食べたいと思い手を伸ばそうとした、しかし、筋肉、筋を切られたので動かない、ところが、自分の腕は肉に触れたのだ。
どうして、何故と思いながら自分の口元に運ぼこうとして視線を感じた、目をわずかに動かすと向かいの席に座っている相手に気づいた。
そして、もう一つの視線にも、頭をわずかに動かすと機械人形が自分を見ている、慌てて持っていた肉を戻そうとすると食べろと声がした。
「体は動くようだな」