※この作品はR-18です。

フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記~ 4章『I』 R18版   作:レスト / 三端由也

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11「市街地接敵 2」★

 アイに揺さぶられつつも、私は冷静さを失わないように努めて使える手札を確かめる。

 リデルアースは許容性が極めて低い。魔法の類はまともに効力を発揮しないところも地球にそっくりだった。

 この女の身体は精神支配への高い耐性を持つ一方、攻め手には欠ける。

 流動する奴の身体にただの銃では効かないだろう。

 したがって攻撃に転じる瞬間だけは、男に変身するリスクを取らなければならない。

 

『いつでも変身できるようにしておくけど、絡み付かれないように気を付けて』

『わかってる』

 

 くっついているユイと念話を交わす。

 

 人の想いを繋いで力となす《マインドリンカー》は、アルにやられたせいで不安定過ぎて頼れない。

 一人でも制御できるこの技を使うしかないか。

 

《マインドバースト》

 

 一時的に戦闘力を数段階引き上げる。

 許容性限界――すなわち人間の限界を超えたパワーとスピードを兼ね備えることができる。

 でも相手は化け物。こちらに漏れ伝わってくる生命エネルギーは、もはや人の範疇には収まらない。

 

 アイが腕を触手状に変え、引き延ばしてくる。

 今まではいいようにやられてしまったけど、そう何度も同じ手は食わない。

 魔力を纏った拳でもって襲い来る触手を弾き飛ばす。許容性の足りない分は心力も練り合わせている。

 直接的に魔法は使えなくても、魔力の鎧を構成して絡み付きを防ぐことはできる。

 だけど。

 くっ。重い。《マインドバースト》でも受け流し切れないの!?

 よろめいたところに追撃が来るが、あえて自ら後ろへ飛ぶことで辛うじてかわす。

 ものすごい馬鹿力になってる。最初に会ったときの何倍以上も強い!

 

「お前、いったい何人喰ったの!」

「さあ。一々覚えていないわ」

 

 二万じゃ効かない。下手すると三万、四万――それ以上。

 私は改めて脅威を覚えていた。

 もう数万も……だけどリデルアースの人口からしたらたった数万だ。

 それでこれなら、この化け物はどこまで強くなるポテンシャルを秘めているのか。

 

 アイは人喰いで高まった己の力を確かめるように、嬉々として乱暴に触手の腕を振るってくる。

 無邪気で残酷な子供が遊ぶような、自由奔放な戦闘スタイル。実に動きが変則的だ。

 私の経験値でぎりぎり捌けているけれど、本当に一撃一撃が重い。

 このまま防戦一方では、徐々に体力を削られてしまう。

 奴に体力の消耗という概念はないのか。まるで息の上がった様子は見られない。

 なら――ここだ。

 連続的な攻撃の直後。そのわずかな間隙を狙って、勝負を仕掛ける。

 一瞬で男に変身すると、《パストライヴ》――瞬間移動で背後を取った。

 アイも速さを増していたが、さすがに瞬間移動には対応できない。完全に虚を捉えた。

 とっくに攻撃の準備はできているぞ。くらえ。

 

《センクレイズ》!

 

 最大威力の必殺技が、アイの背中を確と刺し貫く。

 元はアルシアだと思うと心が痛むけれど、とうに覚悟の上だ。

 あえて斬り付けるのではなく、突き刺していた。

 普通の人間では致命傷になるが、この化け物は流動する肉体を持っている。

 ただ斬っただけではほとんどダメージにはならないだろう。

 もちろん刺しただけでも終わらない。でもここからだ。

 このまま気力を流し込んで、全身を焼き切ってや――!?

 

 ――ぞくりと、生理的嫌悪を伴う寒気がする。

 

 アイは深々と気剣の刃を突き刺されたまま――明らかに悦んでいる。

 そればかりか、貫かれたところを慈しむように撫でていた。

 

「ああ、ユウ。ユウ。ユウ。なんて情熱的で愛らしいの」

 

 奪われたアルシアの艶のある声が、嫌にこびり付く。

 絶句する。本当に気持ち悪い。

 もういい。もうたくさんだ。くたばってしまえ!

 

 だけど……。どういうことだ。

 

 いくら気力を流し込もうとしても、それ以上『入っていかない』。

 アイの体表でぴたりと押し留められている。

 こいつには最初からそれがわかっていたらしい。

 首だけをあり得ない角度で捻じ曲げて、余裕の顔で振り返った。

 

「早速一つ教えてくれたのね。伝わってくるわ」

 

 痛みさえ快楽とし、恍惚として。

 

「あなたの純真な心、わたしを貫く刃の輝き。この灼けるような痛み……」

 

 うっとりとした笑みを浮かべ、爛々と瞳を輝かせている。

 

「うふふ、坊やね。こんなものでわたしが殺せると思っていただなんて」

 

《命躍(めいやく)》

 

 アイが念じる声を聞いた途端、異変の正体を悟る。

 そうか。こいつ……!

 ただ人を喰らうだけではないんだ。

 触れたものの生命力そのものを吸い取ることができるのか――!

 

 気剣が急速に力を失うと同時。

 薄桃色の肉片がそれに絡み付いて、俺の腕に纏わりつこうと伸びてくる。

 

 まずい。今この姿で触れられるわけには!

 

 さらなる攻撃を断念した俺は、再度(パストライヴ)で離脱しようとするが。

 

 ――う、速い!

 

 思った以上に攻撃速度があり、飛ぶより先に伸びてきた肉が肌に絡み付いてしまう。

 しまった。敵に触れたままの状態では逃げられない。

 そうこうしている間にも、ピンク色の触手は腕から胴体へ急速に駆け上がっていく。

 とんでもない力だ。振りほどけない!

 俺にできる抵抗は、せめて精神支配を受けないよう女に変身することだけだった。

 ぬめりとした感触が、膨らんだ胸を舐めるようになぞり上げる。

 

「うぅんっ!」

 

 私はそのまま成すすべなく、手足を縛られて空中に吊り上げられてしまった。

 

 苦しい。踏ん張りが効かない。身動きが取れない――!

 

 アイは全身向き直ると、私の腰に手を触れてくすくすと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「あらあら。すっかり動けなくなってしまったわね」

「くっ……私に何をするつもり!?」

 

 攻撃するのかと思いきや、ただ縛り上げて愉しんでいるだけなんて。

 かえって気味が悪い。恐ろしい。

 

「ゃ、放してっ!」

「必死に藻掻いて。お可愛いこと」

 

 触手をぐいと引き寄せると、アルシアの顔が目と鼻の先に迫る。

 しかし彼女と大きく違うのは、紅い瞳が嗜虐的な輝きを湛えていること。

 もう嫌な予感しかしなかった。

 

「やだ。放してよっ!」

 

 嫌がる頬に奴の手が触れた途端、強引に手繰り寄せられて。

 

 ――っ!

 

 気付いたときには、舌をねじ込まれていた。

 執拗に絡まれ、貪るような暴力的な口付けが続く。

 頭がくらくらしてくる。

 奴の唾液が媚薬のようにでもなっているのか、正常な思考を奪おうとしてくるようだった。

 視界がとろんとして、目の前の相手に甘えたくなってくる。

 でもこれはまやかしだ。耐えなきゃ。耐えなくちゃ。

 拷問のような時を経てようやく唇が離れると、熱を帯びた吐息が鼻先にかかる。

 唾液が透明な糸を引いて、切なげにぶつりと切れた。

 アイは嬉しそうな眼差しで、言葉の出ない私を見つめている。

 

「ふふ。あなたの唾液って、こんな味がしたのね」

「……どうして。こんな、ひどいことするの……?」

「この子ね、あなたとずっとこうしたかったみたいなの。だから叶えてあげたのよ」

 

 確かにアルシアは……女友達としては絡みが濃いめだった。

 単なる親愛に収まるか怪しいほどの強い好意を向けられていたのは、そういう部分がほんのりあったのは……否定できない。

 でも、でも。あくまで友情の範疇だと思ってた!

 恥も遠慮もなく、こんな乱暴なことをするような人じゃなかった!

 お前だ。お前が乗っ取って、そんな風に変えてしまったんだ!

 いいように貪られてしまったことに悔しくて泣きそうになるが、そんなことをしても付け上がるだけだ。

 私はどうにか気を強く持とうと言い返した。

 

「こんなことしても無駄だよ。私はお前に屈したりなんかしないっ!」

「でも、蕩けた顔をしている」

「……! それは! お前が無理やり、したから!」

「もっと素直になればいいのに。気持ちよかったのでしょう?」

「そ、そんな、こと……!」

 

 心ははっきりと否定しているのに、カラダは正直なことが恨めしかった。

 

「わたしに全部委ねれば。そうすれば、いっこになれるのに」

「ふざけないで! 誰がお前なんかと!」

「みんな、最初はそう言うのよ」

 

 アイは耳元へ口を寄せて、囁くように語り聞かせてきた。

 

「最初は怖がったり嫌がったりするんだけどね。最後は必ず悦んで、いい声で啼いてね。わたしに呑み込まれていくの」

 

 うっとりした顔で、艶めかしい声で続ける。

 

「わたしは全身で受け入れて、細胞一つ一つが溶け合って――食べるって、食べられるってとっても気持ちのいいことなのよ? セックスよりもずっとね」

 

 なんておぞましいことを聞かせるの……。

 想像するだに恐ろしいことだけど……何かで聞いたことはある。

 生物は食べられる瞬間、苦しくないように強烈な快楽物質を発するものだと。

 そんなことが精神支配と一緒に行われるから、被害者は認識も感覚も捻じ曲げられて……それでおかしくなってしまっているに違いない。

 悪魔の所業をまるで自然の摂理のように。恐ろしい。

 

 戦慄した私の頬に滴る冷や汗を、アイは舌で掬い取る。

 

「やぁ……」

 

 よく味わってから、アイはほんのり笑みを浮かべる。

 

「うふふ。怖がっている子の味がする。泣いてしまわないように、精一杯気を張っているのね」

「やめて! これ以上したら!」

「したら? 別にどう抵抗したっていいのよ? お好きにどうぞ」

 

 ……こ、こいつ。こっちが身動き取れないのをいいことに!

 

「ふふ、ほんのちょっとつまみ食いするだけのつもりだったけれど。あなたが可愛いから、もっと味わいたくなっちゃった」

 

 な、なにをするつもり……!?

 

 私が身構えるよりも素早く、触手が服の中へ滑り込んできた。

 

「ぁ、ぅあっ!」

 

 左右の胸を舐め上げるように触手が滑る。

 こちらが必死に藻掻くのを嘲笑うかのようにもそもそと蠢いて、私を感じさせようとしつこく攻め立ててきた。

 円を描きながら、乳をこね回すように繰り返し繰り返しなぞる。ぬめつく液体が私の柔肌に刷り込まれていく。

 そうしながら、耐え難い攻めに滲み出た玉汗を啜り取っているのが、こびり付く感触で嫌にわかってしまった。

 

「はあ、美味しい……」

 

 アイはうっとりと私の体液と匂いを味わっている。

 我慢しなくちゃ。耐えなくちゃ。こんなところでよがりたくない……!

 

「ん、んぅっ。~~~~!」

「そんな必死に押し殺そうとしなくたっていいのに。もっと良い顔を見せてごらんなさいよ」

「ゃ、あ。だ、だれが、そんな! あぁっ!」

「ふふ。あなたってすごく感度が良いのね。女の子のフェロモンがいっぱい出てる。口では嫌がっても、感じてるのがよく伝わってくるわ」

 

 うう、ひどい。こんなっ! ああっ! 屈辱、だ!

 

「ほら、素直に啼いていいのよ? ここにはわたしとあなたしかいないのだから」

「あっ、い、や、やぁ……!」

「ああ、本当に楽しみ。こんな素敵なカラダがいずれわたしのものになるのね」

 

 こわい。いやだ。こわい。

 何より悔しい。こんなあられもない姿を敵前に晒すことになるなんて!

 

 そのうち私の先端が弱いことを突き止めたのか、アイは攻め方を洗練させてきた。

 膨らみの全体へ覆い被さるように触手を変形させ、乳を絞り上げるように柔らかく包んで、吸い出してきて。

 触手の先っぽを器用に使って、乳首の先端をこりこりと摘まみ上げる。

 

「ひぁっ! ひぃん!」

「ユウ。かわいいわ。ユウ」

 

 待って。あ、あ。やばい。

 このままいいようにされてたら、そのうち何も考えられなくなる。

 ほんとにおかしくなっちゃうっ!

 

「ん、んあぁぅ!」

 

 だめ。どうしよう。どうしたら……!

 

 ――え。どういうこと……?

 

 私はそのとき、遅ればせながらようやく気付いた。

 執拗な攻め苦に思考をかき乱され、困惑しながらも、己の肌感覚を信じることにする。

 

 気のせい、じゃない。私の魔力が、上がってる!?

 どうして。なぜかはわからないけれど。

 

 ――これなら使えるかもしれない。いや、やるしかない!

 

 私は『心の世界』からとあるものを抜き出した。

 ほとんど自由の効かない手の先を器用に使って、何とかアイに先端を向ける。

 母さんの魔力銃。エルンティアで受け継いだものだ。

 これまでは魔力が足りなくて使えなかった。けど今なら。

 突如目の前に現れた武器に、アイが驚きに見開かれる。

 祈るように魔力を込めて、素早くトリガーを引く。

 一発、二発。くっ。

 辛うじて使える程度。あまり連射は効かないか。

 放たれた弾はどちらも私を縛り上げていた腕を貫通し、痛みからかアイの拘束の力が一瞬弱まった。

 

 しめた!

 

 魔力を瞬間的に爆発させ、力業で拘束を解除する。

 急いで距離を取り、触手の追撃範囲より外に退いた。

 

「はあ、はあ……!」

 

 乱れた衣服をかばいながら、懸命に息を整える。

 やっと逃れられた。危なかった。

 滅茶苦茶するよあいつ。どれほど私を弄べば気が済むの。

 

 ――まだ、乱暴された身体が震えている。まさぐられた生の感触を覚えてしまっている。

 

 ただ、ここまで終始余裕の態度を崩すことのなかったアイは、初めて明確に動揺した姿を見せていた。

 銃弾で開けた風穴はまだ再生していなかった。

 そうか。魔力銃は全貫通属性を持つ。だから。

 

「……なるほど。それが」

 

 それまで愉しそうにしていたのに、今アイは不機嫌に口の端を引き結んでいる。

 

「ハートレイル――魔力銃のオリジナルというわけ」

「何だか物知り顔みたいだけど。私の何を知っているの?」

「ふふふ」

 

 アイはあくまで曖昧のままに微笑み、核心的なことは一向に答えない。

 ただ謎かけをするかのように言葉を紡ぐ。

 

「わたしとあなたは【運命】によって結ばれている。戦うことを宿命付けられている、と言ったら」

「アルがお前を寄こしたと。そう言いたいわけ?」

「ふん。あの偉そうなばかりでいけ好かない奴のことなんて知らないわ」

「随分辛辣だね」

「わたしには関係のないこと。どうでもいいのよ」

 

 一瞬嫌なものを思い出したように顔をしかめたアイは。

 それよりも、とまた熱のこもった眼差しを私へ向けてくる。

 

「わたしね。あなたがうんと小さいときから、ずっとね。ずっと見ていたの。やっと会えたね」

 

 奇妙にも慈愛にさえ満ちた瞳を細めて。また隙さえあれば絡み付いてくるに違いない。

 それほどの強く一方的な『愛情』を私はひりひりと感じ取っていた。

 どうしてそんなに私へ執着するのか。本当にわからない。

 とにかく不気味で仕方がない。怖い。

 

「もっとも。お前はどうやら一つも覚えていないのだけれど」

 

 そう言うアイは、今度ははっきりと私を憎々しく睨んでいる。

 感情の動きがとにかく不安定で、目まぐるしい。

 ただそれはアルシア由来ではない、彼女のオリジナルに違いなくて。

 私は初めて、この化け物の理解できそうな感情らしい感情を垣間見た気がした。

 

 私がこいつを知っている?

 だとすれば大事のはずなのに、まったく身に覚えがない。

 どうしても思い出せない記憶と関係があるの?

 

 また、頭がずきりとする。

 

「アイ。お前は結局何がしたいの?」

「散々その身に教えてあげたでしょう。あなたが欲しい。お前のすべてが欲しい」

「うう……そ、そんなことして、その先に何があるって言うの?」

「何度もおかしなことを聞くのね。一々食事に目的が必要なの?」

 

 ダメ。やっぱりまともに話にならない。

 どうあっても倒さなくちゃ。だいぶ時間は稼げたはずだけど……。

 

 そのとき、イプリールから待望の念話が入った。

 

『こっちはやっと片付きましたわよ。まだアイの奴はいらっしゃいますの?』

『うん。今目の前にいるよ。足止めしてる!』

『よろしい。すぐ行きます。目に物見せてやりますわ!』

 

 よし。これであとは時間の勝負。

 ただ通じないように話していたにも関わらず。

 しもべの状況は手に取るように把握しているのか、アイも同時に事態を悟ったようだ。

 

「残念。楽しかったのに、どうやら時間切れのようね」

「私が黙ってお前を逃がすと思う?」

「うふふ、強がっちゃって。わたしが何の対策もせず、お前の前に立つと思っていたの?」

 

 アイが指をパチンと鳴らすと、すぐ側のビルが崩れ落ちた。

 そして露わになったものを目にしたとき、私は一気に血の気が引くのを感じた。

 

 肉の箱――そうとしか形容のしようがなかった。

 

 それはあえてこちらへ様子が見えるように、ちょうど半分だけ開けられていて。

 中には老若男女がぎゅうぎゅうとすし詰めにされているのが見えた。

 しもべで造ったと思われる触手が各々縄のように絡み付いて、彼らは今にも殺される恐怖に震えている。

 箱の内壁は硬質化した炭素の長いトゲが張り付いていて、そいつが側面から徐々に閉じていく。

 急げば間に合いそうな、実に憎たらしい速度で。

 だが閉じ切ってしまえば、間違いなく中の人は助からない。

 彼らは私に気付くと、必死に泣き叫び助けを乞い始めた。

 その痛々しい姿が。声が。

 はっきりと見えてしまった。聞こえてしまったの。

 私はわなわなと打ち震える身体と、感情を抑えることができなかった。

 

「アイ! この野郎ッ! 何をしているの!」

「どう? 素敵な『箱詰め』でしょう? みんなまだ生きているのよ。一応ね」

 

 こいつ。あえて全員を喰らうことはせず、人質にしやがった!

 なんてことを考えるの。ひど過ぎる!

 

「ほら、別にいいのよ? 放っておいても。でもお前がわたしを優先すれば、そうね。あっさり死んでしまうかもね」

 

 それだけ言い捨てると、余裕綽々と異形の翼を広げ、飛び去ろうとするアイ。

 内側では、ユイがしきりに警告している。

 

 わかってる! またこのまま逃がせば奴の思うつぼだ。

 今度は同じ失敗をするわけにはいかない。

 だけど。くっ、だけど!

 

『そう。お前はわかっていても、目の前で苦しむ人をそう簡単には見捨てられない。だって――お優しい子だもの』

 

 どこまでも見下した嘲笑が空の上から響く。

 無限とも思えるごく限られた苦悩の末、私は大局のため彼らを見捨てる覚悟を固める。

 歯を食いしばり、怒りを込めて魔力銃を撃ち放つ。

 だがアイにとっては、この稼いだわずかな時こそが黄金だった。

 追い打ちをかけることはできた。できたけど……ほんの数発当てた程度では、あいつが落ちることはなかった。

 まただ。また逃げ去っていく。

 

『また会いましょう。今度はもっといっぱい遊びましょうね』

 

 耳に障る高笑いを残しながら、アイは悠々空の彼方へと。

 

「ちくしょう!」

 

 そうだ。こうしてる場合じゃない。だったらせめてみんなを助けないと!

 しかし急いで振り返るのと――目の前で箱が完全に閉じ切るのは、ほとんど同時だった。

 

「あ、あ……」

 

 皮肉にもクリスマスプレゼントをあしらった肉のリボンが、厭味たらしくてらてらとぬめりを放っている。

 コンクリートの床面いっぱいに、誰のものかもわからないほど交じり合った血溜まりがじわりと広がっていく。

 それ以上はもう……無理だ。筆舌に尽くしがたい。

 いくつもの怨嗟の声が貫き、『心の世界』を激しく揺さぶって。

 とても耐えられなかった。嗚咽を溢れさせる。

 

「うっ、ううっ」

 

 あいつ、最初からまともに戦う気なんてなかったんだ。

 人質取引するつもりもなかった。

 ただ私を好きなだけ弄んで。

 彼我の力の距離感と、こちらのカードを冷酷に確かめただけ。

 許さない。許せない。

 

「アイーーーーーーっ! ふざけるなああああああーーーーーーーっ!」

 

 やり切れない激情が、むなしく空へこだまする。

 

 ――またしてやられた。

 

 次はもっと強く、厄介になる。

 

 私は歯ぎしりして、濁り空を見上げた。もうアイの姿はどこにも見えない。

 そしてようやく合流したイプリールとともに、苦い思いを抱えながら残敵を処理するしかなかった。

 

 

 ***

 

 

 逃走中のアイは、忌々しげに目を細めて身体に刻まれた銃創を睨んだ。

 どうやら傷の治りが著しく遅い。

 アルの奴から聞いたことがある。ユウの母親が使っていたとかいう魔力銃。

 面倒な代物だ。わたしの再生能力までも貫通するなんてね。

 でも問題ない。ならばより慎重になるだけのこと。

 策を巡らし、精神を揺さぶり。何を用いても。

 すべての脅威は退ける。際限なく増す力によって、あらゆる障害はいずれ克服できる。

 たった一人でも女神の五体を我が身にさえできれば――時間の問題なのだ。

 今の力の具合と、あの子との差は確認できた。

 ユウ。お前も中々の修羅場をくぐってきたようね。

 でもわたしも急速に近付いている。

 だがより確実を期すために。まだまだ焦らないことだ。そのためには。

 

「まずはあの厄介なおもちゃを処理しなくてはね。ふふふ」

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