※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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「ちょっとアンタ!なにシレっと“お客サマ”な顔ォしてンのよ!」

 

 ズーズーしいわね!と赤いエナメル・バニー姿の『美月』が、片手を腰に当て、人差し指をズィと『フクロウに』突きつけた。

 その姿に「えっ」となった『まりか』は、『フクロウ』と彼女を等分に見やる。次いで(……ヤバい。この女の知り合いだったの?)と気弱げな愛想笑いを浮かべつつ、

 

「あ~『美月』チャン……お疲れサマですゥ……」

「アンタも!こ(・)ん(・)な(・)ヤ(・)ツ(・)相手にすることないわよ?」

「まさか『美月』チャンのお知り合いとは知らなかったもので……」

「ハァ?“おしりあい”なんて大層なモンじゃないわ!さ、アンタはコッチ!」

 

 なにごとかと軽く注目を浴びる中、夜用の化粧を刷き、完全に『美月』となった美香子は、『フクロウ』の腕をひっつかみ、白シッポが飾る形のよい尻を振りたてて、手あらい調子で引ったててゆく。

 

 痴話ゲンカめいた騒ぎが収まったころ。

 フロア・マネージャーがスッ、とオレの席の傍らに立った。

 そしてあっけにとられたままの“ナッキー”を醒めた眼で見下ろすと、

 

「あぁ、『まりか』くん?ココはもういいから25番テーブルのヘルプに回ってくれ……」

 

 意味するところを察した彼女は優雅に一礼し、スタイルのいい身体をフロアの薄暗がりに消した。その背を見送った後、黒服の長はこちらを見てひとつ、うなずくや、

 

「マイケルさま。店主が、お会いになります……」

 

 ――来たか……。

 

 オレは席を立ちながら、密かにハラを決めた。

 

 

     * * *

 

 

 いつもとは違う、見慣れぬ廊下を歩き、とある重厚な大扉の中へと案内される。

 

 相変わらず豪華な広間だった。

 蒼古たる什器。あるいは大壺や骨董の数々。

 それらがロココ調を模した照明器具にやわらかく照らされている。

 だが――この部屋。

 どこかで見たような気もする。あるいは単なる精神的な既視感だろうか?

 

 しかし正直なところ、いくら贅をつくした調度に囲まれていても、この店の個室の雰囲気には、いまだに慣れない。言ってみればそう、まるでキラウエア火山の噴火口にでも居るような……。

 

 ――たぶん、アヤうくコッチも“店の備品”にされかけたせいだな。

 

 美少年を、美少女を。なにより妙齢の美婦人を。

 強制的に洗脳し、狂気の施術によって身体を造り替え“奉仕用の人形”に、あるいは“人間什器”にしてしまう、あの悪夢のような“馴致施設”のことを思い出すと、いまだに背筋がさむくなる。

 調教用・防音ガラスの向こうに据えられていた拘束台。

 道具を使われるたびに湧き起こる哀れな犠牲者たちの悲鳴。よがり声。むせび泣き。

 汗と涙。それに愛液や精液、尿が、クロームの鎖や、妖しい照りを魅せる黒革の装具に飛沫(しぶ)いて。

 

 ――何としても……美香子があそこに縛められる事の無いようにしなくては。

 

 オレは保護者の、なにより年長者としての責任をかみしめる。

 サドっ気のあるフランス人声楽教師や、麗華とかいうレスボス。その他モロモロから守ってやらねば。いつまでも店に働かせていては、ここの爛(ただ)れた空気にそまり、ヤツらの毒牙にかかるのも時間の問題だ。

 男のフロア長だけでは心もとないな、と考える。女子更衣室や女子トイレなどで襲われたらオワりだ。

 

 ――小枝子にも、ガードを頼んでおこうか……?

 

 さまざまな算段を考えつつ、オレは大きな卓をはさむ形で対面に置かれる広々とした革製のソファー、その一方に浅く腰かけ、卓の真ん中に置かれた裸婦像をボンヤリとながめる。

 

 全裸の婦人が、今まさに薄物を纏おうとしている仕草の、くすんだ色合をした高さ30cmほどの小品。見た感じ、その酸化具合からどうも純銀らしい。どうせこれも目玉のトビでるような金額がするんだろう。

 一部――というよりハッキリ言えば胸の部分が、手擦れのために本来の銀色に輝いていた。たぶん、来客が主人を待ちながら手持ちぶさたにイタズラをしたためだろう……。

 

 どことなくエロティックな表情をみせる裸婦像をボンヤリ眺めていると、凝った装飾のある大扉をあけ、いきなり小男が護衛もつれず単身、入ってきた。

 

 すぐさま立ち上がったオレの方に歩み寄りながら黙礼。

 向かいのソファーに、ドッカリ……というわけには体格のせいでゆかず「ポスッ!」と可愛くバウンドするや、こちらに向けて腕を鷹揚にふり、座るよう合図する。

 

 オレはゆるゆると本革のソファーに腰を落ち着け、しばらく沈黙。

 

 ひかえめにいって驚いた。

 小男が“小小男”になってしまっている。

 醜怪な顔にも疲労の色が濃く、見慣れぬシワが新たに刻まれて。

 白いスーツも心なしか合わず、まるで病み上がりの病人が元の服を着たようだ。

 

「……お考えの通りですよ」

 

 注意ぶかく驚きを隠したつもりだったが、やはりこの男には通用しなかった。

 憂愁をたたえた表情の奥にある眼が、ジッとこちらを見つめている。

 だが、その瞳だけは相変わらず底光りをたたえて。

 照れかくしにオレはワザとおどけてみせ、

 

「――「位」高ケレバ「勤メ」多シ(noblesse oblige)、ですか?」

「――わたしも悩み多き年ごろでしてな。いろいろ問題が」

 

 ――フフン……。

 ――こきやがれ……。

 

 えっ!

 

 小男の前だが、密かにビクリとする。

 いま、自分の中でまったくちがう二種類の感想が浮かんだ。

 冷静沈着なイメージと豪放磊落なイメージ。まるで騎士団長と傭兵隊長……。

  

「いかがされましたかな?」

「いやナニ。その、難しい――問題ですか?」

「神は“手前ども”に難問ばかり押しつけます……」

 

 この“チッポケな店”を商う哀れな店主を、と大げさにため息をついてみせ、ガックリと肩を落として。そしてキロリ、こちらに上目遣いな猜疑(うたがい)ぶかい眼をやり、

 

「それで……マイケル様が、今晩こちらにおいでの御用向きとは……?」

 

 きた。

 ここでひとつ、うまく取っ掛かりをつけなくては。

 

「私が監督している美香子、いえ『美月』のことです」

「あぁ。我が哀れな小店における希望の星。Etoile d'Espoir」

「彼女をですね。その、退店させて普通のJけ……女子高生に戻してやりたい」

 

 モン!デュ!!(我が神よ)

 

 小男は大声をあげ、諸手(もろて)をさし上げて天井を仰いだ。

 つられてオレも視線を追えば、ドーム状になったそこにはロココ風な筆致で天の情景が幾多の群像とともに描かれているのにはじめて気づく。

 彼はその腕を、まるで天の者たちに対して威嚇するように激しく上下にゆさぶって、

 

「この哀れなピエロ(フランス語風にrを震わせ)に、またしても試練をお与えになる!!」

 

 しばらく凝固。やがてその姿勢を保ったまま、

 

「いかにも!貴殿(アナタ)には大いなる借りがある」

「……」

「女子高生をこのような場所で働かせるのは、不適当だと」

「……」

「だが“接待”などさせてはおりません!言ってみればファミレスの延長ですぞ?」

「……」

「あの子には、すでに多くの資本をかけた!そして我が哀れな店は、これまでにない活気を得ております!」

「……」

「将来的にはあの子の姉も――」

「は!?」

「ゲフンゲフン……いやいや、ナンでもありません、なんでもありませんゾ?」

 

 芝居がかったポーズをとりやめ、アセアセと小男はこちらに向き直り、

 

「それに――バイト先の職場として弊店は!そこいらのファミレスやコンビニより安全でもあります!」

「と、おっしゃいますと?」

「考えてもご覧なさい、貴殿(アナタ)!」

 

 悠揚(ゆうよう)迫らず小男は大卓(テーブル)に身を乗りだし、

 

「あのスタイル、あの美貌。街のチンピラどもが、放っていおきませんて!そうでしょう?」

「まぁ……そりゃァ」

「脅かすワケではありませんが、そうなった場合、いずれストーカー事件として紙面を賑わすでしょうな」

「アルバイトをさせなければいい」

「ッは!」

 

 バカにしたように小男は腕を一旋させると、

 

「世の中の娘ッ子が、なぜ援交!パパ活!風(・)俗(・)ま(・)が(・)い(・)の(・)卑(・)劣(・)な(・)店(・)に足を踏み入れるとお思いで?」

 

 小男は、自分の店がまるでそうでは無いかのように、義憤めいた勢いで息巻いた。

 

「お金(日)!マニー(英)、ソルディ(伊)、ペニーゼ(捷)、ラルジャン(仏)、ですよ!」

「……」

「美しき小悪魔たちには“おカネ”が必要なのです!コスメ。エステ。レジャー。学校帰りの買い食いや『ウメキヨ』で買う化粧品にはじまり、部活の用具や遠征旅行。あるいは身体にフワッとフィットする高級なランジェリーやプチ整形。果ては堕胎のための産婦人科費用まで!」

「……」

「それを我が店は!美しき彼女たちに!仕事の対価として“無償で”与えておるのです!しかも最上のものを!!その上お給金とは別に!!!」

 

 小男のあごを反らしたドヤ顔。

 両の手をスーツのラペルに添え、どうだ!と言わんばかりな断定的口調で。

 

「コレほど良心的なバイト先が!ほかにあるなら是非とも教えて欲しいものですナ?」

 

 オレは「いやいやいや……」とゆるやかに首をふった。

 

「金銭感覚がオカしくなりますよ……この店のバイト代は、女子高生ふぜいの持つ額じゃない」

「ではお手当を減らせと?それは“搾取(さくしゅ)”というものですよアナタ」

「話がカミあいませんね。どうせ彼女たちを一生面倒みるワケにはいかないでしょう?」

 

 オレも熱くなって身を乗りだした。

 

「金遣いのアラくなった容姿の衰えつつある女の行き先は?どうなります?昼間の仕事なんて、バカらしくて出来ないようになる。そのクセ過去の成功経験からプライドだけはムダに高い。結局、夜の暮らしと憧れから抜け出せず、生活保護一直線じゃないですか!」

「容姿(すがた)が衰える前に、みなさんにイイ男を周旋します!」

「イイ男ですって?どんな」

 

 小男はソファーから立ち上がると、毅然とした態度でオレに正対した。

 

「高収入で、愛情があり、なにより女に暴力をふるわない“大人の男”を!」

「店主、いったいナニを――」

「アタシぁですね!」

 

 こちらの言葉を皆まで言わせず、小男は憤懣(ふんまん)たる調子で、

 

「これまで悲惨な境遇に陥る女たちを……イッパイ見てきました!」

「……」

「彼女たちに何の落ち度がなくとも、クズおとこに引っかかったり、サギにあったり……あるいはこの憎(・)む(・)べ(・)き(・)世(・)界(・)のワナにはまり、苦海に陥ったりです!」

「あなたがグノーシス主義者だとは知りませんでしたね」

「しかし、この世(・)界(・)が(・)ク(・)ソ(・)であることは(失礼、下品な言葉を使いました)アナタも認めるにやぶさかではありますまい?」

 

 まぁね、とコレにはオレも、仕方なく同意する。

 相手はスゴい目つきでギロリとこちらをひと睨みしたあと、わずかに頷き、

 

「あたら“無辜(むこ)の女たち”が、無残に踏みにじられ、呻吟するのを見るに忍びない。最近は、それ『フェミ・ファシスト』なんぞという見当違いの独善的な女尊男卑論者が、よけいに女たちを苦境に立たせて!コンパニオンやショー・ガール!水商売や風俗の女たちを――まるでゴミ扱い!差別を糾弾する連中が!おなじ女性なのに、職業をサベツして!!」

「その辺のポリコレを言い出したらキリが――」

「いいえ!アタシは認めませんぞ、そんな社会は!そんな“イントレランス(不寛容)”な社会は!世界はだんだん傾斜しているのです!愚者がみちる世界の方へ!!」

 

 こめかみに血管をうかべ、フーフーと息をする『紅いウサギ』のオーナー。

 ややあってから、いくぶん声を落ち着かせ、

 

「アタシはね?女たちには笑っていて欲しいんですよ。

   いつもニコニコしていられる境遇に居てほしいんですよ。

     頼りがいのある、やさしい御主人と一緒に人生を歩んで欲しいんですよ」

 

 そして願わくば……と、ここで小男は天井画を仰いだ。

 柔らかな筆致でえがかれた天界の平和な情景。それを呆然、眺めつつ、

 

「願わくば子供を産んで――ついぞ私が縁のなかった“幸せな家庭”を築いて欲しいのです」

「……幸せな家庭、ねぇ」

 

 オレの口調に思わず皮肉がのってしまう。

 幸せに見える家庭でも、壊れるときは一瞬なのだ。      

 

「そう、幸せな家庭です。しかしそれを享受するには、女の方も当然努力せねばなりません。稼ぎのいイイ男のほうに乗り換えるような尻軽女は、アタシも許せません」

 

 小男は、オレの経歴を当てこすったのか唇をゆがめ、

 

「そして男の方も、家庭を維持する努力を怠ってはならないのです!」

「オレ――私は!努力をしていました!!家にカネをいれて!家族サービスをして!」

「そう、そしてそんな尻軽女を罰する設備も、当店にはあります。貴殿もごらんになった通り」

「別にわたしは……“もと妻”をあのガラスの檻にブチこもうなんて考えてはいませんよ」

「おや、そうですか?しかしヒトの心はウツロい易いモノです。その時は――是非ご用命を」

 

 片腕を背にまわし、ニヤリ、まるで執事のように慇懃に一礼。

 

「かくのごとく、我が店は“良い女”を醸成し、厳選した顧客の名簿を作り(入会が難しいのは、そのためですぞ?)そして当店で磨きをかけた美麗なる女性たちと引き合わせる……そう、完全な組織なのです」

 

 ふっ、と鼻でワラいそうになってしまう。

 しかし外交上、それは注意深く胸のなかに押しとどめ、

 

「まるで――そう、一種の壮大な“社会実験”ですな」

 

 得たり、小男は完爾(ニッコリ)として。

 そして腕をおおきくひろげるや、この小男には似合わぬ大声で、

 

「それが!【Le lapin Rouge】(紅いウサギ)の“raison d'être”(存在意義)なのです!」

 

 先ほどの怒気とはことなる、紅潮した顔。

 どこか恍惚とした色さえも交え、天井画を凝視する。

 

「アタシは以前、一人の女を幸せに出来なかった……あぁ、イヤイヤ。貴殿の思っているような話ではなく、援助を与えて物陰からじっと本人の幸せを祈るかたちの愛でした。(こんな醜悪なピエロと一緒になった日には、それこそ幸福なんぞになれっこありませんからな?)だが失敗した!迂闊だった!甘かった!女は捨てられ、自殺し……男は持参金が豊かな別の女と悠々たる生活をしている」

 

 小男の顔が憎悪にゆがむ。

 奇怪な顔は、よりいっそう凄みを増し、双の瞳はギラギラと刃物のように。

 

「見方を変えれば……この店は、世の中に対するアタシの復讐劇と言えなくもありません」

 

 ――ここだ。

 

 ようやく反撃の機会を掴んだ。

 オレはいかにも呆れた風をよそおい、ため息まじりに、

 

「その夢は、この店が“長く繁栄を続ける”ということが大前提ですね」

「左様ですな。そのために手前どもは日夜――」

「失礼ながら私の診るところ、ここは以前よりもだいぶ品下(しなくだ)っているように見えますが?」

 

 高揚した小男の顔が(……えっ?)としぼむ。

 

「と、申されますと?」

 

 つぎの言葉の効果を高めるため、オレは乗りだしていた身をゆるやかに背もたれへ傾けた。

 

 そして、『紅いウサギ』店主の顔をあらためて観察。

 この小男、さきほどの大口上を本気で信じているんだろうか。

 自分のウソを本当だと思いこむ「心因性詐病精神病」の類いじゃなかろうか。

 だが――観察するかぎり相手が発散する雰囲気に、狂信的な色あいは感じられない。

 

「手前どもの店に……どのようなが?」

 

 おれは頭の中ですばやく論点を整理する。

 

「まず、店主どのは暫く店を留守にしていましたね?」

「えぇ、まぁその。すこしばかり“ヤボ用”でして」

「その間に店は誰かにまかせて?」

「もちろん。信用のおけるものに。」

「帰ってきたときに、店の変化は――感じなかった?」

 

 小男はカンニングが見つかった生徒のように、すこしばかりバツの悪そうな顔で、

 

「じつを言うと……今日はじめて、本格的に店へ顔を出しましてナ」

「まだ、店の状態を見ていない、と?」

「あぁ、どうか」

 

 相手はジれたようにもみ手をした。

 

「気を持たせずズバリ言ってくださらんか。いったいどう劣化してるのかと」

 

 そこでオレは簡潔に、

 

 1.裏口の警備がなってない。監視行動をしておらず、携帯画面に夢中。

 2.担当間の連絡が雑。自分が今日来ることも伝わってなかった。

 3.従業員に外部から干渉が入っていないか。人員の減少が気になる。

 

 現に、今晩も――と、オレは話を続け、

 

「満員御礼だというのに、ホール・スタッフが少ないように感じました。オーダーしたドリンクはもちろん、おしぼりすら、なかなか出てきませんでしたよ?」

 

 カクン、小男のあごがおちた。

 

「なんという!フロア長は、何をしてたのか!お恥ずかしい」

「いや、いや――彼のせいでは無いと思う」

 

 オレは黒服の長をすばやく擁護した。

 なにせ『美月』に眼を光らせてくれる人物だ。左遷はマズい。

 

「あの人物は良くやっているが、ただ人手が足りない。従業員が嫌がらせを受け減っているというウワサも聞く。その可能性は?」

 

 小男はしばらく渋面をうかべていたが、

 

「……直接的では無いでしょうが、ありえます」

「やはり――以前(まえ)に襲ってきた連中?」

「つながりは、考えにくいのですが……」

 

 やはりね、とオレは大きくうなずき、心中ガッツポーズしながら、

 

「先行きアブなくなっている店に、『美月』(あのコ)を置いとくワケにァいきませんねぇ」

「そんな貴殿……殺生なァ」

「ハナシは――以上です」

 

 オレはいつの間にか背中にびっしょりとかいていた汗に驚きながら立ち上がった。

 やはり相当に緊張していたらしい。このカミソリのような切れ味を持つ小男の前では、むべなるかな。

 この前のチェスでは負けだが、今回はこちらがチェック・メイトだ。

 潮どきだ。ここらへんで良いだろう。『フクロウ』のヤツを回収して帰るか。

 ソファーから立ち上がろうと身を前に傾けたとき、胸の封筒がカサつくのに気づいた。

 

 ――しまった。『フクロウ』からの報告書、か。

 

 美香子の件で話し込んで、すっかりこちらを忘れていた。

 小男のほうは、立ち上がろうとしたこちらを見て、すっかりアワてたらしい。

 

「マ、マ、そうご無体なコトを仰いませんと……」

 

 ふたりを隔てる大卓に身を乗りだし、中央に置かれた小ぶりな裸婦像の乳房に触れる。

 なるほど。あの照り輝きは、このためだったのか。

 

『――コントロール・ルームです』

 

 オッパイだけをテカらせる、くすんだ色合いの裸婦像が喋った。

 

「この部屋にドリンクを――(まさか、またお車でいらしたのではないでしょうな?)」

 

 オレは黙って首をふった。

 相手の顔が、はじめて嬉しそうにほころぶ。

 ふたたび銀製の裸婦像にむかって、

 

「カーヴから「C」の“とっておき”を出して持ってくるようチーフに伝えなさい……なんですといま“馴致中”だ?As soon as possible!(可及的すみやかに)!」

 

 『承りました』という声で通話が終わると小男は、

 

「さァ!もう準備してしまいましたヨ?またつれないコトをなさらないで下さいヨ!?」

 

 仕方なく、オレは出かかった船がもどるようにソファーに腰を下ろした。

 まぁ、もう関門は過ぎたんだ。報告書のコトもある。コニャック・ソーダでノドを潤すのもイイ。

 

「じゃ一杯だけ、ご厄介になりますか」

「そりゃもう!」

 

 相好を崩す小男。

 

「一杯などと言わずに。イヤハヤまったく、行き届かず汗顔の至りです」

 

 オレも、話がまとまったようなのでチョィとばかり気楽になり、

 

「しかし――ずいぶんお疲れのようですね」

「憂き世なるかな、ですよ貴殿(アナタ)」

「店主の仕事というのも、タイヘンだ」

「カネの問題というのは、どこにでもついて回りますからナァ」

「おや」

 

 オレはわざと大げさに驚いてみせた。

 

「ここの贅沢な調度品や美女たちへの高給。潤沢な資金が背景にあるんじゃ?」

 

 小男が、すこし尻を後ろにずらしてソファーに寄りかかった。

 抜け目のなさそうな瞳が光る。

 いくばくかの沈黙。

 やがて、

 

「そりゃァ、まぁ……しかしもちろん、いくら資金があったとて、既存のシステムを利用せねばならぬことには変わりませんからなぁ」

「既存のシステム?」

「銀行ですよ、貴殿(アナタ)」

 

 小男は、ハッと短く嗤い、まるで吐き捨てるように、

 

「あのダフ屋どもめ……まったく晴れた日に傘を貸し、雨が降ってくると取り返すんだから」

「なにがあったんです?」

「こちらに対しての融資条件をきびしくすると言うんですよ」

 

 オレはサラリーマン時代のファイナンスに関する手続きを思い出しながら、

 

「“最優遇貸出金利(プライムレート)”の“融資ワク”を削るとでも言ってきましたか?」

 

 小男の眉がヒョイとあがった。

 

「……お詳しいようですな」

「まぁね。海外事業に関して、財務的な後ろ盾(ファイナンス)には苦労してきましたから」

「短プラ(短期プライムレート)だけでなく、ちょっとグレーな海外送金の手数料も値上げすると急に言ってきたんですよ」

 

 なんだ。

 ハナシが一気に生臭くなってきた。

 この店は、財務諸表とは無関係だとおもったのに。

 そこでハッと思い当たる。

 胸の中の封筒にある資料が、がぜん重みを増す気配。

 

「……こちらのメイン・バンク(主要取引銀行)って――ドコです?」

 

 オレの声に何かを感じ取ったのだろう。

 小男の声が沈み、きゅうに警戒感をおびた。

 

「なぜ――そんなコトをお聞きになるのか。お尋ねしてもよろしいか?」

「おたくのメインバンク。当ててみせましょうか?」

 

 相手より状況が見えている者の優越感。

 それをワクワクと感じつつ、オレは口元に笑みを浮かべた。

 

「ズバリ、都銀(とぎん)の帆桷(ほずみ)銀行――ちがいますか?」

 

 こんどこそ、小男の顔が警戒モードになった。

 

 はじめて会ったときの威圧と緊張が、相手の肩から煮え立つ。

 ウラの社会を征く男の“地の貌(かお)”が出たというワケだ。

 以前のオレなら怯(ひる)んだだろうが、アフリカで暴れまわった戦歴が、それを鼻でわらうまでになっている。

 

「理由を、お聞かせねがっても宜しいかな……?」

 

 オレは落ち着き払ってスーツの内ポケットから『フクロウ』の報告書が入った封筒を取り出した。人差し指と中指にそれをはさみ、思わせぶりに揺らしてみせる。

 

「美香子と交換――分かってますね?」

 

 小男の顔に、またも渋面がうかぶ。

 

「とりあえず、理由を聞かせて下さらんか」

「美香子と交換!――分かってますね!?」

 

 んぅ、と相手はノドにこもったような音を出す。

 

 佳し。オレは、打ちのめされたような小男の前に封筒をほうった。

 それは磨きたてた大卓の上をすべり、まるでブラックジャックの最後の札のように相手の前でピタリ、狙ったように停止する。

 気のないそぶりを装った手つきが封筒をやぶり、相手の意外に繊細そうな手が報告書を開く。

 

「コレは……?」

「帆桷(ほずみ)銀行。社外取締役」

 

 相手が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「この男が、なにか?」

「こちらに預けている例の抹殺予定者――その依頼人の一人ですよ」

 

 一瞬の空白。

 やがて、小男の顔にみるみる赤みがさした。

 微妙な空白のあと、この人物は卓上の裸婦像をつかんで、

 

「コントロール!もう準備は出来たか!?」

『店主(ヂェンチュ)、確認します。しばらくお待ちを』

「チーフに伝えなさい!いいですか?酒は“儀礼上のヤツ”ではなく秘(・)蔵(・)の(・)エ(・)リ(・)ア(・)からですよ?繰り返す!取っておきの棚からです!」

 

 ――こいつ。

 

 あれほどヘイコラしておきながら、ここに及んでまだ酒のグレードを出し惜しみしてたとは。

 この男。やはり海千山千。煮ても焼いてもクエない奴だ。

 

 承りました、という女性オペレーターの声が途切れると、小男は歪んだ背中をグッタリと祖ソファーの背につけた。

 

「……コイツだったか……コイツだったか……」

 

 そう言うや、ため息をついて個室の天井画をあおいだ。

 

「神よ!哀れなこのピエロを哀れんで、救いの手を差し伸べて下さったのですな!?」

 

 その時だった。

 大扉のノッカ-を鳴らす音が響き、

 

「――失礼致します」

 

 どこかで聞き覚えのある声が入ってきた。

 途端に匂う、女の愛液(モノ)の気配……。

 

 

 

 

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