※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃     (4

 

 『美月』ですって?と麗華はワゴンを止め、振りむいた。

 

「“ディーヴァ(歌姫)”候補のミッキーですわよね?えぇ――もちろん」

「じつはもうすぐ退店(ひか)せるんだが……その間、彼女に悪い虫や“アブないこと”のないよう、眼を配ってもらいたい」

 

 怪訝そうな顔で、チーフ・レディは解説を問うように小男の方を向いた。

 

「じつは――この方は『美月』のパトロンなのだよ」

 

 小男も(仕方ないね)と言いたげなあきらめ顔で肩をすくめ、

 

「彼女を“普通の生活”に、それも高校生に戻したいと。こう、仰っておられるのだ」

「……っハ!ふ(・)つ(・)う(・)の(・)生(・)活(・)ですって?」

 

 驚いたことに、麗華はそれまでの上品な仕草をかなぐり捨て、哄笑と行っていいくらいなあ(・)け(・)す(・)け(・)さ(・)で、いかにも馬鹿にしたような声をあげると、

 

「アキれた……貴方も、やはり“そんじょそこら”の殿方ですのね」

 

 そう言うや、かぐろい口唇(くちびる)の端に冷笑をうかべ、

 

「女性(おんな)に首輪をつけて目の届く範囲に置きたがったり、手活けの花にして納まり返らせたい思ってらっしゃる。あ~ぁ、ガッカリ――でもお生憎サマ」

 

 彼女は、マーメイド・ドレスの広がった裾を優雅に揺らしながら再度歩み寄るや、ズイ!とこちらに顔を寄せる。

 そして胸もとから温かい女の気配を煮え立たせ、

 

「あの仔(コ)は、ね?もう“オンナ”なんですのよ?」

「……」

「殿方がどうこう出来る存在じゃありませんの。えぇ、そうですとも」

 

 ふいに彼女は身を離すと、尊大な調子で麗華は胸の下で腕組みをした。

 張り詰められた艶やかな光沢シルクの布地に、ツン!と勃起した乳首のシルエット。

 

「このアタシですら驚くぐらい。まっとうにいけば、将来のチーフ・レディ……うぅん、それどころじゃありませんわ!」

 

 そういうや、切れ長のウットリとした視線を天井画の方にさまよわせ、

 

「こんな小さなサロンには収まりきらないほどの“クィーン”――いいえ!いいえ!」

 

 次いで黒い長手袋をキラめかせ、同じく黒い己の口唇(くちびる)にひとさし指を添えると、

 

「下衆な男(オス)どもを足もとに従えて、思うざま踏みにじる“ファム・ファタル(運命の女)”になるでしょう……貴方、彼女のフロアでの仕草を、ご覧になったことがあって?」

 

 相手の居丈高な気配におされつつ、かろうじてオレは、

 

「いや――残念ながら」

「ふふっ。では是非ご覧くださいな……驚きますわよ?きっと」

 

 そういうや、麗華はドレスの裾を挑発するように翻し、しずしずと広間を去って行く。

 

「どうです――アタシの言ったとおりでしょう」

 

 いくぶん小男は「我が意を得たり」と胸をくつろげる風に、

 

「あの子は、大成しますて」

「しかし……約束は、約束ですからな?」

 

 オレはそう言って、また小男の顔を渋面に変えた。

 

「どちらにせよ、先行きが不安なこの店に置いておくワケにはいかない。一度、店を見回ってみると良い。組織ってのは、放っておくとグズグズになりますからね。どうやら貴殿(あなた)は起業は得意でも、それを維持するのが苦手なタイプと看ました。やり手だがワンマンな、カリスマ社長によくあるタイプです」

「いやはやどうも。今晩は、手酷くいぢめられますナァ……」

「佐官級を配下に……いや失礼“参謀役”をお雇いなさい」

 

 危うく傭兵時代の口調が出かかったオレはあわてて手綱を引き、

 

「その人物に内政を任せ、あなたは対外交渉や店の防衛に専念するんです」

「……簡単に仰いますナァ」

 

 小男は恨みがましそうな目つきで

 

「いい“コンシェルジュ(相談役)”が居ないんですよ……」

 

 そう言うと、ブランデーのグラスを置いてタメ息をついた。

 

「頭がキレて、度胸(キモ)が据わっていて、荒事をくぐり抜けた経験もある……」

 

 そう言ってから相手は、ふとオレの方を妙な目つきでジッと見つめた。

 

「そうだ、ひとり居りますな……うってつけの人材が……」

「良かったですな」

 

 気のない口ぶりでおれはおざなりに応える。

 

「なら、その人に店の要所を任せたら宜しいかと。このままでは失礼ながら、穴のあいたドロ船だ」

「良かった!」

 

 小男は手を打ち鳴らし、満面の笑みでソファーから立ち上がる。

 そして握手をせんとばかりにズイと片手を差し出して、

 

「では――よろしくおねがいします!」(ニコニコ

「……ハァぁぁ!?」

 

      *  *  *

 

 結局、それから断りの流れに持っていくまでが大変だったんだ、コレが。

 

 ハナシをそらすため、ちょうどアタリをつけようと思っていた拳銃の資料を取り出し、アフリカの傭兵戦で使っていた拳銃であるワルサー・PPを入手する可能性について話題にすると、相手は鼻で嗤いながら薄笑いをうかべ、

 

「このアタシを誰だと思ってらっしゃるんです?」

「まさか……本当に?」

 

「靴 を 脱 ぐ よ り お 廉 い 御 用 で す な !!」

 

 と――こうきたものである。

 

「では、決定ですな?善は急げ!雇用契約のハナシと行きましょう!!」

 

 小男は喜びに打ちふるえる声で腕をブンブンと振りまわし、

 

「福利厚生は、当方のジム、エステ、各地にある外資系ホテル・温泉宿が使い放題!」

 

 パシン!と盛大に手をひとつ打ち鳴らし、喝采を浴びるピエロのようなドヤ顔で、

 

「雇用保険、企業年金、労災保険も!当 然 な が ら 完 備 で す」

 

 指をゆっくりと折り数えながら、つぎに相手はマシンガンのような早口で、

 

「通勤手当。住宅手当。年次有給休暇も、もちろん!(あぁ、初年度は少なめですが……)それにご再婚の運びで目出度くお子さんが誕生の場合は保育所も用意してありますぞ?当然そのさいは、育児休暇も3ヶ月!おつけします」

 

 ――なんなんだ……そのホワイト企業っぷりは。

 

「勤務形態はフレックスで結構!コア・タイムは……そうですなァ20時~25時でいかが?初めのうちは店のことを覚えるため(なにより女の子の顔を覚えるためにもですな!)出勤して頂く必要がありますが、いずれにせよ参謀役、コンシェルジュなので慣れたらリモートでも結構!」

「……あのぅ」

「そして肝心の初任給は――税引き金額!手取り99万9800円で、どうです!」

 

 まるで量販店の家電製品を売りつけるような物言いで小男はまくしたてる。

 オレは提示された金額のスゴさに呆れ、しばらくものが言えない。

 それを小男は、逆に不服と判断したのか、

 

「もっ、もちろん。これは初任給ですからな?ベースアップは当然のこと、将来的には『フロント企業』株のストック・オプションも考えておりますぞ……」

 

 

 

 

 散々食い下がる小男をどうにかごまかし、オレは辞去することに決めた。

 これ以上居たら、どんな約束をさせられるか、分かったモノではない。

 

「是非――!ゼヒ――!また近いうちに来て下され」

 

 最後まで説得を諦めないようすで小男は食い下がった。

 

「もう外患は取り除いたのです。あとは内憂だけですな」

「外部からの手引きに、注意してください。この間みたいな事がないように」

「もちろん――もちろんですとも」

 

 広間の両扉をあけると、見知った顔が数人ほど並んでいた。

 小男の護衛。ガチムチの兄貴たち。

 どうやら扉の外で、ずっと待機していたらしい。

 

「マイケル先生ェ……店主のタノみを、聞いてやって下さいよゥ」

「せんせェ!」

「先生ェ!」

 

「お前たち――あまりムリをいうものじゃありません!」

 

 小男が、今までとはガラッと雰囲気を変え、配下の護衛にスゴんだ。

 言葉つきは相変わらず丁寧だが、まとう迫力が格段にちがう。

 初めて会ったときのオーラは、健在というわけだ。

 

「説得をつづければ、きっと分かって下さいます……違いますか?」

 

 奇怪な顔が、暗黒街の顔役めく笑みをうかべ、またも譲歩をせまってくる。

 

「……ま、検討するのは、この店の今後次第ですね」

 

 しかたなく、渋々あいまいな回答。

 凄みをおびた小男の顔が、わずかにやわらいだ。

 

「そう!そうこなくては不可(いけ)ませんよ」

「しかし――『美月』の件は、お願いしましたよ?」

「それならば、如何(いかが)です?」

 

 小男は、腕にまいた古い金時計を眺めた。

 

「さいごにフロアで彼女の活躍をご覧になって行かれますか?――ちょうど出番のハズです」

「演し物ですか」

「ショー・パフォーマンスと言って欲しいですな」

 

 広間を出て、毛足の長い緋色の絨毯が敷き詰められる深閑とした廊下を逆戻りするうち、行く手から音楽が聞こえ始めた。どうやらクライマックスシーンらしい盛り上がりのあと、突然音楽は止み、大きな拍手喝采がひびく。

 

 豪勢な廊下を外れ、タイル張りの楽屋裏めく通路に出たとき、行く手から全身にピアスと金鎖をほどこした褐色の女性が、股間に垂らした鳴り物をキリキリ・チリチリと響かせつつ歩いてきた。

 

 ――あ。

 

 この性悪オンナめ。

 詩愛にイタズラをした踊り子じゃないか!

 彼女の秘所に、催淫性のクスリをむりやり挿入しやがったヤツだ。

 近づくとタンニングをしたコパトーンのキャラメル臭さと女の汗の気配。

 ステージを完全にやり遂げた満足げな顔。双の瞳をキラキラと興奮気味に輝かせて。

 

 ――えぇと、ド忘れした。こいつ何て言ったっけ?

 

 ユデイト……。

 デリラ……。

 カッサンドラ……。

 

「やぁ、サロメ姫。首尾は上々だったようですね」

 

 ――あぁ、そうそう「サロメ」だった……。

 

 踊り子は、上気した面に溌剌(はつらつ)とした表情を浮かべ、

 

「おかげさまで店主(ヂェンチュ)さま。今宵も好反響でしたわ……でも」

「でも?」

「でも『デュエット』が出来ないのは、いかにもサビしくて残念ですわ?聞けばお願いしているオンナは“ミッキー”のシスターというじゃありませんか。はやく手はずを整えて店に――」

「ゲフン!げふん!……」

 

 小男が気まずそうに咳払い。

 そして横目でさりげなくこちらをうかがって。

 オレはそれに対し、思いっきり疑惑のジト目を向けてやる。

 

「ま、まぁ、もっと良いパートナーを見つけてやるから。待ってなさい」

「あのコじゃなきゃダメなんですゥ!彼女には、アタシと同じ姿になってもらわないと――」

「分かった、分かった。さ、はやく着替えて来なさい。カゼを引きますよ……」

 

 サロメ姫が廊下の奥に去って行くのを見送ってから、小男はワザとらしく腕時計をながめ、

 

「おっと。ボヤボヤしていると――」

「店主……」

「ささ、『美月』クンの歌声は、それはモウ――」

「店主!」

「えぇ、ワかってます、分かってますとも!」

 

 それまでの尊大な態度から一変、小男は急にモミ手をしはじめると、

 

「大丈夫。『美月』クンの姉に、手を出すようなことはしませんて」

「まぁ、あなたは約束を守る方だと信じているから、これ以上はナニも言いませんが……」

「えぇ、えぇ、当然です。ささ、お早く……」

 

 楽屋裏のステージ袖に行くと、すでに生演奏が始まっていた。

 小編成の楽団は電子楽器を使うため、この手にありがちな煩さがない。

 まずはサックスのメロディが所々にはいる、アンニュイな感じのスローな曲。

 

 そこでオレは観たのだ。

 悠揚迫らぬ、自信にみちた『美月』を。

 ウェーブの効いた豊かな赤毛と蠱惑的な面ざし。

 薄ものを幾重にも重ねた、どことなく扇情的な白い舞台用ドレス。

 ゆるやかに一揖すると、落ち着いた素振りで彼女は喉元に手をやりながら歌い出す。

 

 信じられなかった!

 

 それは普段の美香子からは発せられない、ハスキーで渋い歌声。

 サラ・ヴォーンをレパートリーに加えても十分耐えられると思われるほどに。

 

「じつは、声帯に特殊な手術を施しましてな」

 

 ひそひそ声で小男の説明が入った。

 またもや、どことなく自慢げに、

 

「それで若い初心者ゆえの“声の単調さ”や“薄っぺらさ”をカバーするわけで……」

 

 スポット・ライトを浴びながら彼女はステージを降り、ホールへと歩みだす。

 歌いながら観客たちのハゲ頭をなで、あるいは頬をよせ。

 そのたびに客席は笑いや羨みの口笛が吹かれ、なかなか賑やかだ。

 客をいじる仕草や憎からぬフリも、なかなか堂にはいったものに見える。

 逆光気味なスポットライトの光に薄いドレスが射られ、肢体(カラダ)のラインを影として浮かびあがらせる。

 

「カラダの方も、各種ホルモン剤を再投与し“「8」の字スタイル”のバランス調整をやりなおしてあります……どうです?女子高生とは思えぬほどの、堂々たるショー・レディぢゃありませんか!」

 

 曲がおわり、盛大な拍手が湧き起こった。

 

 いかにも嬉しそうな『美月』の顔。

 黄金のブレスレットをはめた腕をひろげ、観客の声援に応える。

 次いで声をかえ、身ぶりの調子をかえ、ライトの色を変え。

 軽快な二曲目、アップテンポな三曲目と進行するうち、だんだんホールの熱気は高まった。

 バラード調の長いビブラートを歌い切ると、彼女を照らしていたライトが急に消える。

 

 数秒の後。再びスポット・ライトが照らされたとき。

 

 そこには――。

 

 ハイレグな、胸元キワどい黒革の水着めく服。

 ひざ上まである編み上げのピンヒール・ブーツ。

 拘束環のついた首輪に、ナチの将校帽をかぶった姿。

 麗華のような黒い長手袋に包む腕には、SM用の器具。

 

 物憂げな曲の出だしから一転、中盤は激しいものになる。

 自分の股間を強調し、あるいは胸をギリギリまでさらけ出し。

 曲の間には、まるでフェラチオをするようにマイクを舐めるマネ。

 あるいはV字に革を食い込ます豊かな尻を、騎乗位のようにクネらせて。

 

 視線を客席に見渡せば、来客たち――とくに初老ジジィの食いつきがスゴい。

 まなこをギラギラと輝かせ、固唾をのみ。彼女を視姦するように睨め回している。

 心臓マヒでも起こすんじゃないかと思うぐらい、興奮してソファーから身を乗りだす姿。

 

 オレはヒソヒソ声で小男の耳に、

 

「ずいぶんと――その。女子高生が演じるには過激な演出ですな」

「そうですか?」

 

 相手はこちらの抗議にトボけたような声で、

 

「じつはあの振り付けも、彼女の発案でしてね」

 

 うっ、とオレは詰まる。

 苦言を呈したつもりが、逆に足をすくわれた。

 

「美香子が、あんな仕草の提案を?」

「えぇ『美月』クン自身がね」

「……なんてこった」

「なんでもいろんな映画からヒントを得たとか」

「……来客たちから、手ェ出されたりしないですよね?」

「女性を守ることが、当店のレーゾンデートルだと申し上げたハズですが?」

 

 ヒョイとおどけたように眉を上げる小男とオレの視線がぶつかった。

 

「お認めなさい、マイケルさん」

「なにをです」

「彼女は根っからの芸人(パフォーマー)――いや芸術家(アーティスト)なんですよ」

「バカな……たかがまだ一介の高校生にすぎない」

「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し。才能の発露に、年齢《トシ》は関係ありますまい?」

「しかし……」

 

 小楽団が奏でる情熱的なクライマックで曲は果てた。

 

 一瞬の空白。

 そしてやんやの拍手。

 ブラボー!ブラボー!の声。

 紙吹雪が舞い、意味の聞き取れない叫び。

 彼女はホールの中央で優雅に一礼。四方に投げキッス。

 

 やがてスポットライトが一瞬消され、つぎに明るくなったとき。

 歌姫の姿は掻き消え、そこには無かった。まるで全てが幻であったかのように。

 おぉう、という来賓たちのどよめき。さらに一層の拍手が惜しみなく湧き起こって。

 

 やがてフロアの照明がボンヤリと灯ってゆき、楽団は来客の会話を邪魔しないボリュームで緩やかに演奏をはじめる。

 小男は金時計をチラ見して、

 

「如何なさいます――彼女に挨拶してゆきますか?」

「いや……結構。今日は、このまま帰ります」

「手前どもが、あの逸材を手放したがらない理由がお判り頂けたでしょう」

「そりゃぁ、まぁ……しかし、ねぇ」

「ついでにマイケルさん。貴殿もウチにとって、手放したくない逸材ですぞ?」

「……一介の始末屋には、過分の評価ですよ」

「またまた。ご謙遜(けんそん)を」

 

 ニッタリと醜怪な笑みが会釈して、離れていった。

 

「なんとねぇ……」

 

 楽屋裏の暗がりで、オレはため息をついた。

 重い緞帳をすこしばかり開きlホールのざわめきに戻る。

 そこでは相変わらずバニーガールやフロアレディが優雅な身ぶりで泳ぎ回って。

 

 ――さて。『フクロウ』のヤツを回収して、帰ろうか。

 

 店内を見回すが、どのテーブルにも見当たらない。

 先に帰ったか?と諦めかけ、壁ぎわを歩いていたとき。

 ドシン!

 クロークを巻いたウェイターとぶつかった。

 

「あぁッ!申し訳ありません!」

 

 聞いたような声。

 

 えっ?と相手を見ればなんと。

 銀のアーム・バンドを巻いた白ワイシャツに黒ベスト。

 おまけに蝶ネクタイをまき、髪型すらもジェルで立たせてやや水っぽく変えた『フクロウ』が、空のグラスを山盛りにしたパレット(お盆)を両手に抱えて佇んでいる。

 

「……ナニやってんだ?オマエ」

 

 なにってその、と『フクロウ』はモゴモゴ言いながら、

 

「あの、『美月』お嬢サマが「今夜は忙しいからボクも手伝え」って」

「なんだ、その“美月お嬢サマ”ってのは」

「だって。いちばん位の低い新人は、そう呼べって教育係のヒトから……」

「教育係だ?」

「あッ、あそこに――」

 

 振り向くと、同じ格好をしたチャラ系のウェイターが近づいてくる。

 

「ナニやってんだ、新人!」

「……すみません、リーダー」

「お客様のジャマをしないで、さっさと器を下げなきゃダメじゃないか!……あ」 

 

 リーダーと呼ばれたウェイターは、オレの顔を見て会釈する。

 

「どうもッス。え?ひょっとしてコイツ、マイケル様のお知り合いですか?」

 

 そこでようやく合点した。

 この兄チャン、おれから何回もチップをせびり取った猛者だ。

 オレたち三人は、客席の目から隠された物陰に移動してから、

 

「よぉぅ。髪型すこし変わったから、パッと見わからんかった」

「へへぇ、ちょぃ染めてみました……」

「この子がウエイターになってるとはね」

「え?だって“ミッキー(美月)”がウェィターとして使ってくれって。ちょうど良かったッスよ。今日マジ忙しくて……」

 

 オレはウェイターと『フクロウ』を等分に見比べる。

 

 ――まぁ、イイか……。

 

 コイツも、すこし色々経験して揉まれた方がいいだろう。

 オレはウェイターにひとつ頷いてみせ、

 

「じゃ、タノむぜ。コイツをよく仕込んでくれ」

「了解です。マイケル様のお望みとあれば」

 

 なんとなく釈然としない顔をする『フクロウ』に向けて、

 

「お前も良かったじゃん。バニーさんのたくさんいる店でバイトできて」

「いや、それはそうなんですけど……」

「なんだ?」

「なんか現実のバニーガールは荒っぽいというか……怖ッかないというか……」

 

 ハ!とウェイターのリーダーは鼻で嗤い、

 

「オマエ、バニーさんに夢見過ぎだって。pokoさんの『うさぎさんのおしごと』読まなかったの?」

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「え、しらないです」

「こんど読んでみ?バニーガール社会の内情が知れて面白いから」

「ま、いずれにせよ――」

 

 オレは“静かな盛況”と言った感じのラウンジ・フロアを見わたして、

 

「今晩はお前、ここで苦労してみろ。部屋にコモってネトゲしているよりずっとイイ」

 

 ポケットのマネー・クリップから、また万券を抜き出すと、リーダーである青年ウェイターが着るベストの胸ポケットに突っ込んだ。これで『フクロウ』も、むやみにイジめられないだろう。

 

「タノんだぜ?」

「へへ、どうも。おぃ、そいじゃ行くぞ。仕事がタマってるんだ」

 

 会釈したリーダーにつれられ『フクロウ』もパレットを両腕で抱え、ヨタヨタ危なっかしげに去ってゆく。

 本来ならば片手で捧げ持ち、カッコよく歩かねば……ま、初心者だから仕方ないか。

 

 さまざまな欲望でよどんだうす暗いフロア。

 そこを、どこか夢遊病者のような足取りでオレは店の裏口へと向かう。

 相変わらず携帯のゲームに夢中な黒服がガードする扉から出て表通りまで歩いたオレは、ようやく緊張をといて立ち止まった。

 

 呼び込み。

 男女の嬌声。

 ネオンの明滅。

 クラクションの音。

 行き交う車のモーター音。

 夏も間近な、すこしむせるような気配。

 

 そんな、煮え立ちつつある歓楽街の夜の空気を吸って、ホッと一息。

 

 ――まったく……。

 

 あの店に行くたびに、ヤバい作戦から生還したような安堵感が全身に降りそそぐ。

 淫猥(みだら)な人間家具に封じ込められていた女刑事であるサッチーの姿。

 麗華に仕込まれつつある彼女は、これからどうするのか。

 

 ――銭高は、この事を知るまいな……。

 

 オレをオトリにした実績が無かったら、それとなく忠告しただろう。

 しかし『売人ブタジマくん』の一件は、いまだに胸の奥に遺っている。

 とりあえず“あの店”に関わるのは、必要最低限にした方がいいとオレの勘が告げていた。

 

 依頼人の正体を明かしたのは失敗だったかな?とチラリ、後悔めくものも浮かぶ。

 

 ――殺し屋が依頼元を喋るなんてな……いやマテ。オレは殺し屋じゃないし。

 

 だが、これで小男に大きな貸しを作った。美香子の安全は保証されたも同然だろう。

 小男はご大層な演説をブチあげたが、しょせん美少年や美女を都合よく改変する人間工場だ。

 

 まだ見ぬ“裏”がどんなものか。大体想像がつく。

 

 ショーで見せた、まっとうな女子高生にはあるまじき『美月』の所作(ふるまい)。

 あのサロメ姫とかいう性悪な踊り子が、いまだ詩愛に執着しているのも気になった。

 彼女が、あの下劣な人間工場で肢体(カラダ)をイヤらしく施術され。サロメと“うり二つ”な容姿(すがた)にされたら……オレは……。

 

 ――コチラとしては、その方が好都合なんだけどねェ……。

 

 落ち着き払った声がした。

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