試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
サボっていたワケじゃないんですよ?
今回岩盤が硬くて書き進むのに苦労したのが理由です。
ハナシ自体は地味な回ですが、いろいろ重要な情報が詰まってます。
是非ご賞味下さい。
ショーで見せた、まっとうな女子高生にあるまじき『美月』の
あのサロメ姫とかいう性悪な踊り子が、いまだ詩愛に執着しているのも気になった。
彼女が、あの下劣な人間工場で
――コチラとしては、その方が好都合なんだけどねェ……。
落ち着き払った声がした。
(以上、前話まで)
それを聞いてイラっとしたオレは、
「どこが好都合だボケが!だいたい……」
反射的に応えたあとで(えっ!?)と我にかえり、
「――誰だ……?」
そして、すぐに気づいた。
歩道ぞいにつづく植栽の暗闇。
そこからこちらをうかがう、一対な金色の瞳。
「出て来いよ。それとも、また巨大化でもするのかい?」
――あれはキミがボクのシッポを撃ち切ったからだよ。
いかにも不満気な心象が伝わってきた。
まるで悪いのはこちらであるように。
――おかげでキミのココロに伝えるのも、だいぶ苦労しなきゃならない。
「なんだ、あれだけで能力限定されんのか。ビュッ!て生え替わったりしねぇの?」
――あのね。アニメやラノベじゃないんだから、そんなに都合良くはいかないよ。
「ふぅん。で?なんで出てきたんだ――オマエは?」
オレは先日の晩、ヒグマのように巨大化したこの“ネコもどき”を警戒しつつ呟いた。
もはやカワイイ黒ネコなどというイメージはきれいに払拭され、今では剣呑さしかない。
しかし相手は別段に怒りもせず、相変わらずノンビリとした調子で、
――いつもながらご挨拶だねぇ……。
「ソレはこっちのセリフだ。毎度まいどワケわかんない登場しやがって」
――コレでもキミのためを思って
相手は口をとがらせるように、
「感謝されこそすれ、非難されるいわれはナイはずなんだけどねぇ……」
「どこがだ!それに――さっきブッソウなこと言ったな?」
――なんのことだい?
「詩愛のヤツが踊り子にされて
植栽の暗がり輝く金色な瞳。
それがキューッ、と細められる。
なにやら得体のしれない奸智を感じさせて。
ゾワッ。オレの背中に寒気が
とたん――。
暴力的な勢いで新たなイメージが湧きおこる。
全身のちからが痺れたように、身体が異常なほど重くなって。
ひざの関節が、肩が、背中が。万力で締め付けられるように痛い。
おもわずヨロけかかるところを何とか踏ん張り、背中を伸ばしたとき……。
――まぶしい……。
初夏のような日差し。
思わずオレは目を細める。
かるい
青空を背景に、盛大な立ち昇りをみせる積乱雲。
えっ!とあたりに視線をはしらせる。
するとそこは、まばらな木立のなかに墓標が並ぶ小路だった。
どうやら上流階級用の墓所らしい。凝ったオーナメントやオブジェ。
あちこちに散在、林立し、この静謐な区画を訪れる者に有形無形の圧力を与えている。
だが……。
全体的に見れば、荒れ果てた印象だった。
石畳みの参道や石組みからは、雑草が伸び放題に。
倒壊した石像や、割れカケの目立つ墓石、磨耗した碑文。
なかば錆び朽ちた金属の花輪は、久しく取り替えられた形跡がなかった。
見事な
「バカな!?」
おもわず声をあげた。
だが、何としたコトか。
ノドは革袋が洩れたような、弱々しい声しか出ない。
「あーあー。ゲフンゲフン……」
結果はおなじ。息をするのもなにか苦しい。
――今まで“紅いウサギ”近くの歓楽街にいたのに……。
あたりを見回すが、淫欲臭さとはまるで無縁の光景。そもそも夜ですらない。
線香の臭いにまじる
夏草の香りを含んだ風がひとしきり吹く。
だが何だろう。この昼間の風すら、いまの身体には少し肌寒くおもえる。
オレは自分の手を見た。
いつのまにか
油紙のように、妙にテカるシワの多い肌。
その手は太い杖をにぎり、墓の正面に正対している。
まばらな木立の背後には、万年雪を頂くサマタリア連峰が青くかすんで。
『早いものですね……団長。“五月動乱”から、もう……』
いきなり背後から声がかかった。
重くひびく、しわがれたような口調。
だがどこかで聞いた、頼もしい印象が胸に。
『結局、ヤツらの思うツボでしたね……団長は解任。特殊騎士団は全隊、隣国の土建作業集団に再編。かつての面影ナシだ』
「しかたなかろう――我々は負けたのだ」
オレの口が勝手に応えていた。
「国を奪われ、王を奪われ、文化を奪われた」
『まだまだ、これからです……団長』
「“軍馬が石臼をひく”故事もある。もう勝負はついたのだ」
『しかし……悔しくありませんか、団長!』
背後の声が、いきなり激した。
『情報を操作され!隣国にいいようにやられて!そもそも……』
「もう
老いからくる諦めの声で、情けなくも自分が予防線を張るのが聞こえた。
「もう……ただの無力な老人だ」
全身にうけた古い矢キズが、刀創が。
万力で締めつけるようにガタのきた体をシビれさせ、苦しめる。
最近は立ち上がるとめまいや、動悸、息切れまでするようになってきた。
かつては「長剣をとって並ぶものがなし」と言われたこの
国営年金も崩壊し、老骨に鞭打って、最近は小銭稼ぎのため空きビン回収と地区の清掃に精を出さねばならない。
『しばらく散歩してきます……』
背後の声は失望したような声を残し、小砂利の敷かれた小道に足音を遠ざけてゆく。
私は
――空ノ空ナル
神代文字で彫られた
ここに、妻と娘が眠っている。
ふたりの、あの凄惨な最後。
その無残な死にざまは、なぜか歳をとってからはあまり思い出すことがなく、むしろ楽しかったころの事ばかりよみがえって来る。
屋敷の門まで出て迎えてくれたシーア。
臨月の身体をロッキング・チェアにゆすり、満足げな笑みをみせるシーア。
生まれたてのサフィーを抱え、館の戸口で小さな手にバイバイをさせる新米の母親。
口達者な小娘となり、休みの日にあれこれと要求するサフィー。
ただいま、と任務から帰ったときにみせる、妻の安心したような、それでいてどこかコワばったような顔……。
――夢だ……みんな。
私は覚えず
ながい嘆息を肺が絞りだし、目の前の光景をゆがませる。
――過ぎてしまえば、みんな夢のようだ。人間の一生なんて、しょせん……。
そのとき、耳もとで金属を打ち鳴らすような、激しい音がした。
ついで幾つもの金鈴を一斉に鳴らす音。
そのするどい金属音は
立ち上がりかけていた脚がグキッと鳴り、おまけに立ちくらみを起こして片ひざをつく。
ふたたび鈴の音。
キ――ンという耳鳴り。
一瞬――なにも聞こえなくなった。
やがて……ゆるゆるとざわめきが戻ってくる。
モーターの音。
歩道を行きかう硬質な靴音。
女の化粧の臭い。ささやきと嘲り。
(なにアレ)
(えぇ?ドコよ)
(ホラ――その電柱のワキ)
(あぁ、酔っ払いのオッサンじゃね?ィコィコ)
軽薄そうな若い女の二人づれな声が、足早に去ってゆく。
眩暈のおさまったオレが目をあければ。
何のことはない。そこはやっぱり“紅いウサギ”近くの路上だった。
――くそ……。
ズボンのひざについた汚れを払い、深呼吸。
見上げれば初夏の日差しは当然のことながらなく、ネオンが冥い夜空を圧する現代日本。
1960年代のコンゴでもなく、剣が支配するラノベチックな異世界でもない。
――やっぱり、この世界の理サマは、強引だねェ……。
また“あの気配”。
えっ、とふり向けば。
すこし離れた場所にある郵便ポスト。
そこに黒い塊がうずくまり、ジッとコチラを見つめている。
「いまの幻想は……オマエが?」
金色の瞳が、またもや細められる。
――正確には、キミの“
「もっとも?」
――キミを守護するお方に、ジャマされちゃったけどね。
「……守護」
不意に、額に黄金の冠をつけた崇高とも思えるな巫女の姿が浮かぶ。
近づくことすらためらわれる、そしてどこか或る畏ろしさを伴った若い女神。
なぜこんな印象が浮かぶのか分からない。見たことは無い……そのクセ知っているような……。
――でも、ボクはあきらめないよ?それが“世界”のためだからね。
「世界――この地球の?」
――そんな規模の小さいハナシじゃないよ……残念ながら。
ポストの上の黒い塊はクワァ……と生意気にもあくびをすると、ひとつ大きな伸びをしてからヒラリ、視界より姿を消した。
――でもボクはあきらめないからネ?じゃ折りをみて、また。
さいごにそんな意識をのこし、妖しい黒ネコの気配は感じなくなる。
グッタリと疲労がやってきた。
幻想の中での老いが、現実でもやってきたように思える。
ゆいいつヒザが痛まないことがありがたい。歳をとると、あんな風に身体にガタがくるのかと、すこしばかりゾッとする。
――まぁ、いい。べつにオレは騎士団長でもないし、斬り合いで身体を酷使したコトもない。
だが、すこし運動するか。
最近は、スーパー銭湯にも行っていないからな。
ようし、明日あたりでも、と肝に銘じながら歩き出したとき、遠くで見たような背格好の女が見えた。グリーンのツナギに、『美月』より薄めな赤毛。手に何かを提げて、通りの反対がわを歩いてゆく。
――朱美……?
まちがいない。
おなじ“轢殺ドライバー”の朱美だ。
追いつこうと思ったが――止めた。また辛気臭い話をされてはタマらん。
『紅いウサギ』で小男とのやり取りに全力をつかい、今晩の精神力は品切れだ。
足早な調子で、小柄なうしろ姿がネオン看板立ちならぶ歓楽街の通りに埋没してゆく。
――アイツ。こんなところでナニしてやがんだ……?
まぁいい。
今夜は、もう余計なことは考えたくない。
紅いウサギでの交渉や、異世界の幻影。色々なことがありすぎた。
鉛の詰まったような身体で電車を乗りつぎ、地元の駅で降りると半ば足をひきずりながら、街灯のとぼしい、寮までの夜道をたどる。
――そういえば、リーマン時代は毎日こんなだったな……。
月次のノルマと戦いながら、書類作成と得意先周り。そして何より会社内での力関係を考慮しながら組織間を立ち回って工作する“社内営業”の多さ。情報の流し方を工夫し、それぞれの部署の二段部長に時間差でタイミングを見計らって……。
――あぁッ、クソ!
ヤメヤメ!と頭をふる。
こんなコトを考える時は、ココロが弱っている証拠だ。
かくなるうえは、いつものスーパーで、なにか美味いものを……。
と、彼方をみれば建物の照明は消え、駐車場の入り口には鉄柵が延びている。
――あっちゃァ~。そういや今日は定休日だった……クソ。
さらに坂を登った途中にポツンとある、あまり
さらに歩いてようやく寮にたどり着くと、苦労して自分の階までのぼる。
今日のお隣は静かだ。こんなときにギシアンでも聞かされた日にゃ、壁パンチでもしそうだ。
やっとのことで部屋までたどり着き、なかば条件反射でキーをさぐって扉をあけて部屋に入る。
一日のうちで、いちばんホッとするひとときだ。自分の安全地帯。静かな空間。他人に荒らされない聖地……。
だが。
入ったとたん、ふわっとした美味そうな料理の気配。
いつもの無味乾燥とした、それでいて心安らぐ“管理された荒廃”の気配がない。
リビングには灯りが点き、暑い昼間を閉めきった部屋特有のムワッとする埃くささもなかった。
「お帰りなさい……」
詩愛が。部屋の奥から出てきた。
結い上げた髪。仕事用と見える品の
ブラウスの上から見慣れぬピンクのエプロンをつけた姿。
そのとき“異世界の妻”であるシーアを連想したのは、どういう具合だったのか。
まるで下らん書類仕事をやっと終え、たったいま騎士団本部から自分の屋敷に戻ったような。
――あのクソネコが魅せた幻影のせいだ……。
すぐにそう気付くが、うかつにもホロッとなってしまう。
陵辱され、惨殺されたエルフ妻。それがオッパイを上位互換した姿で、目前に。
「……どうなさいました?そんなコワいお顔されて」
あいかわらず詩愛が不安そうな面差しで、
「勝手にお邪魔してお食事をつくってしまいましたが……やはりご迷惑でした?」
「食事」という単語に反応したのか、オレのハラが盛大に鳴った。
それを聞いた相手のパァァァ……と嬉しそうな顔。
不安気な表情はぬぐったように消え去り、夫をおもう妻の面差しに。
そしてそれは、まさしく異世界のエルフ族である妻、シーアの顔そのものだった。
「あらあら、まぁまぁ――大変、大変」
パタパタと台所に引っ込む詩愛。
その背中をオレの声は追いかけ、
「ドウしたんです、今日は?たしか――仕事帰り友人の家に行くとか」
そう。今朝の出がけ。たしか彼女は、そう言っていた。
出勤前の女の艶かしい身支度。化粧品の香りと、衣擦れの気配。
「それがですね?」
詩愛は「ちょっと聞いて下さいまし」と言わんばかりな
「ご両親が、急に実家から出てこられるんですって。だからキャンセルされちゃいました……まぁ仕方ないんですけど」
「同い年ぐらいの
「えぇ。なんでも――」
と、ここで微妙な間。
彼女は片手鍋をガスコンロにかけながら、
「いつまでも彼女が結婚しないんで、どうなってるんだって膝詰めで談判されるんだとか」
「へぇ。そいつ……いや、その彼女には、お相手がいないのかぃ?」
「仕事が忙しくて、それどころじゃないって言ってましたわ」
「ふぅむ。いまはそう言う時代なんだろうね」
オレは詩愛にうながされて、小料理屋の“突き出し”めいた小鉢が並ぶ席についた。
「オンナといえど仕事人間は、みんな独りで生きていくのサ」
箸をとり、おもむろに小鉢の一つをつまむ。
――美味い……!
カツオと梅で小松菜をあえたものだろう。
ほかにもカンタンながら、ちょっと一手間くわえた品に、彼女が持つ料理のセンスを観る。
「なかなか美味いね、コレ」
「あら。お粗末なもので、恥ずかしいんですけど……」
「しかし。キミのその友だちも、相当の覚悟を持っているんだろうな?」
オレは彼女の背中にむかい、
「中途半端に仕事から目覚めたとき、年とってのオンナの独り身は無残だと思うんだが」
「そうですわよ!……ねぇ?」
ようやく「わかって下さった」という彼女の明るい顔。
詩愛は冷蔵庫から瓶詰めビールを取り出しテーブルに置いた。
ふだん買わない高級な銘柄だ。たぶん彼女がわざわざ買ってきたんだろう。
コップをオレの前にソッと据え、慣れない手つきで栓抜きをつかい、ビールを注ぐ。
顔が近づいたとき。彼女の耳朶に、いつかプレゼントしたイヤリングが輝いているのに気づいた。
よくみればブラウスも襟かざりが凝っており、訪問着めいた風格。
ずいぶん
詩愛は、こちらの観察をよそに、どことなくこだわったような面差しで口をとがらせ、
「そのうえ、もっとタイヘンなことを聞かされてしまって……」
言葉をにごしつつ、そのくせ聞いて欲しそうな口ぶり。
誘い水を向けられては仕方ない。こうなった以上、聞くしかなかった。
「大変なことって、なんだ」
「……あのね?」
彼女は昼間あった憤懣を、仕事を終えて帰宅した夫につたえるような物言いで、
「仕事で管理職になるから、なんでも“女性の臓器”を切除するんですって」
「女性の臓器?ってもしかして……」
「そう。言いにくいですけど、その……子宮、ですわ」
「……へぇぇぇぇ!」
「いろいろ私の相談を彼女に乗ってもらおうと思ったんですけど、それを聞かされてビックリしてしまって……」
「なんでまた、そんなことを」
「彼女、女性の“アレ”が重いらしくて。そのたびに月イチで休暇とったり、精神が不安定になったりでは、人を管理する仕事に障害があるから、いっそのこと取ってしまうんですって」
「それはまた……思い切ったナァ」
「ご両親は、子供を期待してらしたとかで、それを聞いて実家から飛んでくるとか」
「だろうなぁ……」
「でしょう!?」
詩愛はダイニング・テーブルに手をついて身を乗りだし、
「いくら仕事のためとはいえ、女の大事な臓器をとるなんて」
「ふぅむ」
「私のことを彼女に相談しに行ったつもりが……そのことでケンカになってしまって」
「喧嘩ァ?」
「だって、そうじゃありませんこと?」
めずらしく気色ばんだ彼女は、あくまでも同意を求めるように、
「オンナは――愛する殿方に大事にされてこそ華ですわ」
ためらいもなく言い切ると、ジッとオレをみつめる。
その思わせぶりな瞳。もっともオレの苦手とするものだ。
「殿方の“お情け”をいただき……出産して子を育て、つぎの世代にバトンを渡す。これが“女の幸せ”では――」
「ハ!
思わず苦笑する。
妻に裏切られた時のこと。
あるいは、その時の法的な対応を苦々しく甦らせながら、
「男をダシにして
ささくれた感情がふくれてゆく。
なんで自分でもこんなに荒れるのか分からない。
離婚した当時。夜半に目覚めてナイフの刃をジッと眺めたっけ。
「男にとっても、女にとっても。結婚なんてのは――アホのするもんだ」
「――そんな!」
唖然とする彼女をまえに、殺伐とした想いを血の滴る感情のまま叩きつけ、
「それに!オレに言わせりゃ――キミのその友人ァ、見事だ!オンナにしちゃ珍しく“気合い”が入ってる。仕事ってのは、やれ生理休暇がどうの、福利厚生がどうの、女性優先の出世がどうのとか、そんな
彼女は、どこか遠い眼差しで。
片手鍋がコンロでクツクツと煮えだした。
みそ汁の良い香りが、ダイニングに漂いはじめる。
オレは黙ったまま、ビールをひとくち。妙にニガい味わい。
流し台の方を向いた詩愛は、こちらに背をむけたままポツリと、
「今日のお仕事……大変でしたの?」
「仕事は、いつだって大変なものサ。今晩のは、とくにな」
小男とのやりとり。
思い出すたびに冷や汗モノだ。
「どうりで……」
「うん?」
「今日のあなた、なんだかコワいですわ……」
「そうか」
「えぇ」
「まぁ……しょうじきスマんかった。白状すると、離婚した時のことを思い出したんだ」
「不倫に奔った奥様でしたかしら?」
「まぁ、オレが仕事にかまけていたからだろう。おなじ境遇に置かれたら、女なんてのはみんあそうなるだろうて」
「それは……女の名誉から言わせて頂ければ、いささか酷いと言うモノですわ?」
「どうだろうなぁ」
「つつましい“女の幸せ”を望んでいる女だって居るんですのよ?」
「さっきのハナシか?」
「……えぇ」
専業主婦になって、ヒマをもてあます奥様連中のサークルに入り、お茶会だ、テニスだ、エステだと
「少なくとも。わたしは、そうですわ」
「ふぅ……ん?」
詩愛は台所に向き直り、出刃包丁をふるって黙然とナニやら作っている。
その
さりげなく不満を訴えようとする女の気配。
別れた元妻が、よくこれ見よがしに背中から放射していたものだ。
『わたしが何で不満に思ってるか――わかる?』
オレは別の小鉢から、マリネされた刺身を口に運ぶ。
トロッとした舌触りと旨みが、舌を洗いながら拡がってゆく。
――これもウマい。別れた妻とは大ちがいだ。
仕事でボロボロになって帰宅してみれば、冷凍食品を解凍したモノがラップをかけられてテーブルにならび、本人は娘をどこかにあずけて遊び歩いているか、あるいはベッドで寝息を立てていた。
こっちも毎日の残業であまりに疲れ果て文句をいう気力もなかったが、下着やゴミ、それに飲みかけのペットボトルに荒れ果てた部屋を見てたまに叱ると、そのまま娘をおいてプィッと外に出てしまい、その夜は帰ってこないという始末。
――どこで間違ったんだろう?
仕事にかまけすぎた?だが……そうしなくては、収入が。
なにより常に緊張してないと、仕事はトラブルという牙をむく。
でも。少なくとも新婚のころは、あんな具合ではなかった……ような。
「マイケルさんは――もう、再婚はしませんの?」
包丁の手をとめ詩愛が声ひくく、まるでつぶやくように、
「貴方ほどのやさしい方なら……」
「やさしい?オレが?――冗談!」
「いいえ、冗談ではありませんわ!」
必死な色合いの瞳がこちらを向いた。
「わたしだって!もう一度やり直したい。幸せになりたい!」
先程とはちがう、すがるような気配が彼女から発散される。
心なしか体温のあがった女の匂いすら、そこに加味されて。
「わたしだって、女の幸せが……欲しい!……マイケルさんとなら……」
尻すぼみな最後の小声に、オレはわざと聞こえないふりをする。
1話をもう少し短くした方がイイですかね?
乞う!ご意見。