※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第47話:横合いからの一撃

 それは、エラく間延(の)びした時間に思えた。

 

 左に曲がろうとして曲がりきれず、のり面の急斜面に激突し、クルクルと華麗に回転しながら宙に舞い上がってゆく電チャリ。

 まるでソレを言祝ぐように、夜空が紫色でフラッシュ。

 交通量の全くない丁字路に、すこし斜めって突入してゆく大重量トラック。

 

  ドカン!

 

 ものすごい衝撃。

 顔面に白いモノがブチあたり、一瞬なにも見えなくなる。

 パワーユニットが沈黙したおかげで急におとずれた奇妙な静寂。

 あとはルーフに雨粒が、突撃太鼓のいきおいでバラバラと激しくあたる音。

 頭が、顔が。ジィンとシビれ、考えがまとまらない。腹と肩が無性にヒリヒリと。

 白いモノをしゃにむにどかすと差し込む街灯の明かりで運転席に煙が充満して見える。

 大型ハンドルの上で、使い終わったコンドームのように萎(しな)びているのは、どうやらエアバッグらしい。

 

「ちくしょう!オィ【SAI】!生きてるか?【SAI】!」

『……』

「【SAI】!」

 

 ハンドルをこぶしで叩きつけたとき、ようやく間違いに気付いた。

 

「……【バンディ】?」

『はい』

 

 よかった。AIは無事だ。

 自分が呼び名を間違えたコトと、事故った照れ隠しでワザとぶっきらぼうに、

 

「状況を!報告しろ!」

『・一次蓄電槽。パワー・ユニットとの電力変換に5%のロス発生。

 ・7番ホイール・モーターのパワー3%低下。

 ・シャーシーの歪みゲージに注意喚起。ドックでの再検査を推奨。

 ・転生用主機関に原因不明のエラー検出』

 

 最後の警告に、ヒヤリとする。

 

「まて!転生業務は、行えないのか?」

『可能。ただし、轢殺目標の“業”(カルマ)に則した転生を実行できるか否かは検証不能』

「この世から、ブッとばせるんだな?」

『“ぶっとばす”が轢殺目標の無方位転生(ノー・ベクトル)という意味であれば、可能』

「目標の現在地!」

 

 のり面にハデにぶつかった割には、ヒビひとつ入っていないフロントグラス。

 そこに現在の轢殺目標がシーカーでしめされ、ワイプで拡大表示。

 

「どこだクソが!――見えんぞ!?」

 

 ワイプの映像が変化し、赤外線モードに。

 なるほど。ブザマな格好で斜面に引っかかっている人型が。

 方位と距離が示されるが、捕獲用の触手にはチト距離が遠い。

 射程外であることをシーカーが赤い識別と点滅で表示している。

 

「【SA……バンディ】、パワーユニット再起動。捕獲射程まで接近のうえ、目標を転生処理」

『ネガティヴ(不可能)』

 

 エラそうにこのAIは口ごたえした。

 

『現在自己診断Prog.を実行中。終了は180後を予定』

「ンなコトしてたら、ヤツに逃げられるぞ!」

『Luteni(中尉)ドノ、ご要望には従えません。優先服務規程・第――』

「もういい、アホが」

 

 オレは舌打ちしてシート・ベルトを外した。

 ハナシにならん。これはやはりAIを換装してもらわねば。

 

 ――よぅし。この役立たずな人工知能に変わって、オレが直々に引導を渡してやるぜェ……。

 

 グローブボックスを漁り、例のスタン・警棒を取り出す。

 トラックがメンテから帰って来たとき、いの一番に在りかを確かめた得物。

 多少ニヤつきながらチュィィィ……ンとスイッチを入れたのは、何時(いつ)だったか、あのチンピラのキ○タマを信楽焼のタヌキのようにしてやったのを思い出したからだ。

 

 ――ふふっ……。

 

 『紅いウサギ』で見た、女体化手術済みの犯罪少年(クソガキ)に対する拷問のシーン。あるいはアフリカの野戦で捕らえたスパイのチン○に手回し発電機から伸びるコードを接続し、その強力なワニ口(くち)クリップから飛び出る火花を眺め、相手の絶叫を聞いたときのような……。

 

 トラックの外は、土砂降りの雨だった。

 夜空を染める紫電と、宙を打ち割るかのような雷鳴が伴奏に入る。

 ウィンドウを、ダラダラと水のカーテンが流れ、外界の光景をぼやかして。

 覚悟を決め、警棒を手に重いドアをうんせ!と開ければ飛沫(しぶき)と轟音が一気に襲いかかる。

 いまだ衝突のショックでフラつく頭が、驟雨の冷たさと新鮮な空気によって清められるような。

 空電のせいか、ほおに浴びせられる細かい水蒸気にも、高電圧を内包したような緊張がヒリヒリと伝わって。

 

 ――さて。ヤツは、と……あそこか。

 

 たちまちズブ濡れになりながら、オレは暗がりの中、すこし離れた壁面にむかう。

 歩いてゆくうち、なにか硬いモノを蹴り飛ばした。雨が跳ねる路面を滑ってゆくソレを街灯の明かりにすかして目をこらせば、たぶん電動自転車のバッテリーだ。ヤツが自転車と一緒に斜面を舞いあがったとき、本体から脱落したんだろう。

 

 コンクリの急斜面を見あげれば、轢殺目標(ターゲット)がズリズリと危なっかしげな態勢で滑り降りてくる。闇と雨音にまぎれ、気付かれないよう窃(ソ)っと近づいたつもりだった。しかし周囲をひととき。真昼のように照らしだす紫電が、その邪魔をした。

 

 

 滝のような驟雨(あめ)を通し、オレと目標が互(かた)みにジッと睨みあう。

 

 ややあって、夜空を打ち砕くような落雷の大音響。

 まるでそれが合図だったかのように、目標(ターゲット)は脱兎のごとく逃げ出した。

 すかさずオレも追いかける。

 しかし、さすがに二十代。しかも女性専門に狙うヒット&ランの切り裂き魔だけあって、この悪天候でもさすがの逃げ足。

 

 ――しまった……。

 

 オレはほぞを噛んだ。

 一体なにをトチ狂ったのか。

 駆け足で若いガキと勝負するなんて。

 やはり事故のショックで頭がボケていたのか。

 ココは【バンディ】の自己診断プログラムを待つべきだった。

 相手との距離が、息を切らしながら駆けてゆくうちにだんだんひらいてゆく。

 国道にいたる道と反対側の市道は街灯の数もすくなく、立ちならぶ家も雨戸を鎖し、動く気配は絶えて。

 

 ゲリラ的な豪雨のなか、運動不足がたたる全力疾走をしながら遅まきな後悔をしたとき、夜空が、それまでにない勢いで白熱するごとく光った。

 

 一瞬、目がくらむ。

 凶悪な印象のある重い風のような気配。

 柔らかいモノが、何かに激しくぶち当たる音。

 

 オゾンの匂い。

 駆動用モーターの唸り。

 路面に打ち込まれたアンカーと、繰り出される鋼索(ワイヤー)の軋(キシ)み。

 そのワイヤーをシメる、制動ブレーキの金属的なコゲ臭さ。

 

 ――轢殺トラック!

 

 遅ればせながら、いま自分の眼をくらませたモノがカミナリの閃光ではなく転生幇助トラックのハイビームであることにようやく気付いた。

 

 そして視野がもどってみると、今さっきまで追っていた若者の姿が、ない。

 あわてて辺りを見わたせば、はるか彼方で街灯のスポットライトを受けノビている。

 そしてその向こうでは、真っ黒な中型トラックが、ライトを“ポジション“の光量で点灯させ、闇に踞(うずくま)って。

 位置的に考えればバック走行でオレを追い抜き、リヤバンパーで目標を撥ね、そのまま轢いたのだろう。

 

 暗夜をいっぱいに染める、強烈な紫の閃光。

 それが豪雨のなか、一瞬、轢殺トラックにしては小型なデザインをオレの網膜に焼き付けた。

 

 見慣れないラジエター・グリル(……に、偽造した撥殺機構)

 いまどき珍しいデザインな、二連の丸目ライト。

 すこし古びた感じがする金属のボデー。

 

 頭のなかで、自分の事業所に所属するトラックの記憶をいそいでめくる。

 が、だれの乗機にも、『主人なし』な予備車両にもあてはまらない。

 

 ――もしやアレが!

 

 オレは身を固くした。

 集団戦法をとる『巻き狩り部隊』が話していた“黒い小型のトラック”のウワサ。

 隊長のフィヨードルが話していたセリフが、みょうに鮮明によみがえって。

 

 『車体はヤクザが仕切る土建屋のトラックみてぇに真っ黒。おまけにフロント・ガラスもフルスモときて運転手の顔は見えねぇ……』

  (第30話:黒い轢殺車・参照)

 

 また閃光。

 

 白熱する紫色の光に一瞬、雨を透かして運転席をうかがえば、たしかにスモーク・ガラスがめぐらされ、運転手(ドライバー)は見ることができない。事業用の緑ナンバーは地元のものだが、それもアヤしかった。というのも轢殺トラックのなかにはOO7のボンド・カーよろしく走りながらナンバー・プレートを変えられる車両すらあるのだ。

 

 巨大な生木を引き裂くような破裂。

 つづいて腹に響く地鳴りのような空震がやってくる。

 

 正体不明の轢殺トラックは、ヘッド・ライトを点灯させた。

 強力な光源に、オレは思わず目をほそめる。

 トラックの下から捕獲用の触手が伸び、轢殺目標である青年の体に巻き付いた。

 すでに死体だと思っていたその身体が力なく抗(あらが)う。それにはお構いなしに、このトラックはズルズルと目標を自分の車体下部に引きずり込もうとする。

 

「やめろ――オレの獲物だぞ!」

 

 思わず叫ぶコチラにはお構いなしにトラックは青年を引きずり込む。

 シャーシー下部が瞬間蒼白く光り、次いでお決まりのボリボリと咀嚼(そしゃく)するような動き。

 

「ドロボウ野郎が!オレの獲物だ!」

 

 トラックのライトが豪雨の帳を乱反射する中。

 横取り野郎に近づいてゆくと、相手はエンジンを始動させて等距離を保ったままバック。

 

「チクショウめ!オレの獲物を――返せぇッ!!」

 

 カッ!と紫電が奔る。

 全身を震わすほどの、爆発音じみた雷鳴。

 

 駆け寄ろうとするが、黒い小型トラックもバックのスピードをあげる。

 そしてなんと、速度を落とすことなくその状態のまま片側の車輪を逆回転。

 戦車の超信地旋回(スピン・ターン)めく180度ターンを華麗にキメるや、そのままエンジンを唸らせ、血のようなテール・ランプを輝かして去って行く。

 

 

「オレの!――獲物だァァ……ッッ!!」

 

 

      * * *

 

 ・転生幇助活動・後援業務完了。

 ・以降、当該要員の活動状況に関する監視を推奨。

 ・装備改変後に於ける業務補助AIの活用率3%(要・努力義務:レベル2B)。

 ・当該転生幇助作業要員をクラス降格の検討に移る。

 ・本件に関する収録DATAは『六道機関』に転送済。

 ・以降、賢人委員会の評価・裁定を待つ……。

 

      * * *

 

 

「どうしたの?マイケル――そんなボンヤリして」

 

 朝会が終わり、轢殺屋がバラけはじめたときだった。

 

 朱美が例によって、胸もとまでキワどくジッパーを下げたツナギ姿のまま声をかけてきた。

 

「ボンヤリだァ?……そうかな」

 

 あれからずぶ濡れのままトラックを走らせ、いったん部屋まで帰ったあとシャワーをあび、服だけ着替えて出勤という、入札前の営業マンじみた動きで

トラックを整備班へ預け、事故った現状を報告してから「M」とロック技術顧問への罵詈雑言まじりな伝言。そして報告書の草案を書くという大車輪。どうにか朝会をクリヤしたものの、いかんせん疲れと睡眠不足のせいか、アタマがクラクラする。

 

 ――おまけに……。

 

 朝会での“ネズミ面”の言葉。

 

『――それとォ、昨晩!我々の親愛なるマイケル君がようやくリハビリ用の轢殺目標(ターゲット)を処分した。ハイみんな拍手』

 

 パチパチパチ……と轢殺屋たちの気のない拍手。

 だが、そのなかで独りオレは凝固(かたま)っていた。

 

 ――誰にも昨晩のコトは報告してないのに……。

 

 クソの役にもたたないAIへの呪詛まみれな報告書は、まだ手もとにあった。

 にもかかわらず!オレが目標を処分したことが知れ渡り、そのうえ自分のスコアにすらカウントされている。

 朝会が終わりしだい所長(アシュラ)のところへ駆け込み、黒いトラックとの顛末を報告しようかと思っていたが、どうもヤバい雰囲気。

 なにかデカい仕掛けにハマったような予感。どうやら少し考え直した方が良さそうだ。

 オレは、なにかいいたげな朱美に向かって、

 

「今日、所長って居るのかな?朝会で見なかったけど」

「アシュラ?なんでアタシがあのデヴのこと知ってると思うワケ?……と、チョット待って」

 

 朱美が手のひらをオレの額にあてた。

 

 細い華奢な指が冷たくて気持ちいい。

 言われてみれば、なにかカラダがフワフワするような。

 キツめの美人な顔が反則的な弩アップになり、心ならずもドギマギしてしまう。

 

「うわ。ちょっとマイケル!アンタ熱があるよ?」

「オレが?――まさか」

 

 たしかに数時間前は手ひどく雨に打たれたが、ちゃんとシャワーを浴びた。

 しかし言われてみれば……なんだか身体がダルい。

 

「ま、昨日はチッとばかり濡れたけど……」

「ちゃんと身体ふいてカラダあっためた?手だって!こんなにあついじゃない!」 

「……キミの美しさにオーバーヒートしたのサ」

「ホラぁ。そんなクサい台詞(セリフ)がつるッと出てくるのが!オカしいッてのよ!」

「ホントのコトなのに……」

 

 今度は朱美の方が顔を紅くした。

 

「と!に!か!く!」

 

 ダン!と一度、この姐御はカー・レース用のシューズで床を踏みならし、

 

「今日はもう退社するんでしょ!?とっとと帰ってクスリ飲んで寝ること!」

「わァった、わァった。そうワメくなって……なんだかアタマに響く」

「言わんこっちゃない!熱がヒドくなってるンだって」

 

 朱美はまたオレの額に手をやってチッ!とするどく舌打ちし、

 

「あぁ、もう!きょう――目標の見張りじゃなかったら!」

「医務室で解熱剤もらってくるよ……ところで巻き狩り隊を最近見たか?」

「えぇ?あの連中なら、いま四国にいるって聞いたけど」

「隊長の、なんて言ったっけ……えぇと」

「フィヨードル?」

「そうそう、そいつのメアド知らないかな?」

 

 朱美はイライラした口ぶりで、

 

「さぁ?連絡取りたいなら部局のSNS使えば?――ホラ、アタシも一緒に医務室いったげるから!」

「ダイレクトで伝えたいことがあったんだが……」

「そんなのあとあと!解熱剤ゲットしたら、アタシの車(トラック)で家まで送るよ!」

「スマンな……とにかく昨日の夜は、いろいろあったんだ」

 

 鉄火肌の年下な姐御から、手とり足とり。

 促(うなが)されるまま、奨められるまま、オレはクスリの紙袋を手にすると、彼女が運転するトラックの助手席に苦労してよじのぼった。

 

「イイかぃ?――いくよ」

 

 通常動力の内燃機関スターターが回る。

 大出力の超伝導モーターが立てる、かるい高周波音。 

 トラックの挙動につれ、頭がグラグラ動き、視界が揺れた。

 大型のハンドルを握りながら、ときおり朱美が気遣わしげにこちらを見るのが分かった。

 信号待ちの時などは、オレのほうに身を乗り出し、額と額を合わせるようなことまでやる。

 こちらはもう夢うつつで、そんな彼女の仕草にされるがまま、

 

 だんだん身体のふしぶしがダルくなる。

 肉体が熱をもち“おさるのジョージ”に撃たれたわき腹に鈍痛が涌く。

 アフリカで、あの酒場の混血女に――ドレッドの情婦(イロ)に――ブッ刺された部位でもある。

 

「ねぇ、マイケル。前に約束したコト……覚えてる?」

「ヤクソク……なんだっけ?」

「ホラ。竜太のお出かけに、付き合ってくれる約束だよ」

 

 熱に浮かされたアタマでは、思い出せない。

 しかしそれを言うと相手の機嫌を損ねることぐらいはアタマが働いたので、

 

「……そういや、そうだったな。竜太のヤツ、元気か」

「元気も元気――でも……ねぇ」

 

 行く手の信号が赤に変わる。

 朱美はオレに気をつかってか、ソフトにギアを落として滑らかに停車する。

 朝のラッシュが始まっていた。

 

「前にも言ったかもしれないけど、反抗期なのか、ときどき手がつけられないんだ」

「ふぅ……ん?」

「幼稚園でワルさばかりして……こっちが叱ると、パパはいつ帰ってくるんだ、って」

 

 まえを向いたままのオレの頬に、彼女の視線のくすぐったさを感じる。

 

「……ねぇ?」

「うむ」

「……」

 

 運動会の徒競走で、転んだあと立ち上がり、口をへの字にして完走した子供の姿が浮かぶ。

 見どころのあるヤツだ。

 

 横断歩道が点滅を始める。

 おれはひとつため息をついて、

 

「ようし。こんどの機会で、オレが小僧によく言い聞かせてやるよ……」

「ホント!?だったら嬉しい!タノんだよ――アンタ」

 

 最後の言葉を、オレは聞かなかったことにした。

 考えてみれば、詩愛にもこの手をつかったのを思い出した。

 信号が青に変わる。

 ゴクッ!とギアがファーストに入れられ、轢殺トラックは車の流れにそって静かに走りだす。

 朱美はAIを普段は切っているとみえ、あとはキャビンを沈黙が支配した。

 寮についたとき、部屋まで送ってゆくという朱美の申し出をオレはやんわりと、最後には断固たる調子で辞退する。

 

「タノむよ……汚れている部屋を見せたくない」

「えぇぇ?アタシ気にしないのに」

「オレが気にするってェの」

 

 助手席の扉をヨィショとひらき、高い位置にあるキャビンから滑り落ちるように外に出る。

 危ういところでコケそうになるところを何とか踏みとどまり、心配げな不満顔をした朱美が運転するトラックを見送った。

 まだ路面が濡れている、ひんやりとした空気。

 しかし昨日の土砂降りがウソのように快晴の天気だった。

 朝のスズメが啼き交わすなか、近くのマンションの隙間から顔をのぞかせる朝日がまぶしい。

 熱い砂がつまったような身体を操作して、オレは何とか自分のフロアまで階段を昇ると鍵を挿しこみ扉をあける。

 

 ――思ったとおりだよ……クソが。

 

 玄関で脱ぎ捨てられた黒エナメルのサイハイ・ブーツ。

 廊下のなかほどにグッチのハンドバックや、網のように透けている扇情的なデザインのアッパー(上着)。

 さらに部屋の中に踏み込めば、黒いブラやマイクロ・ミニのスカートが脱ぎ捨てられ、とどめには赤いモップか室内犬のようにウィッグがポサリ、部屋の隅に。寝室をのぞいてみると、黒いTバックのショーツ一枚でうつぶせになった美香子が、軽い寝息をたてている。

 

 朱美に部屋まで送ってもらわずに、ホント良かった。

 この惨状を彼女に見られたら、熱でまわらないアタマを酷使して弁明に呻吟(しんぎん)しなきゃならんトコだ。

 

 ――ちくしょうが……あれほど学校いけと言ったのに。出席日数たらなくても知らんぞ。

 

 詩愛のほうは、ありがたいことに昨日の夜は実家泊まりだったらしい。

 このザマを見られたら、クスリだ「冷えピタ」だ、今日は仕事を休むだと、またひと騒ぎ起こっていただろう。

 

 もう限界……死ぬ。

 

 オレはズキズキと痛むアタマをふり、わき腹をおさえて居間のソファーに斃(たお)れふす。

 まるで魂が遊離するように、スッと背中からおちてゆくのが分かった……。

 

  * * *

 

「もう起きていいのかよ?隊長」

 

 前進基地の端に設置された射撃場だった。

 

 20mほど離れた鉄のプレートにワルサーの弾を弾倉(マガジン)一本ぶん撃ちつくしたとき、背中から声がかかる。

 磊落な調子の、気安い口ぶり。

 

 ――ふり向かんでもわかる……小隊長のジャンだ。

 

 オレは前進基地の彼方、地雷原のあたりに目をほそめる。

 すこし視線を右に振り、彼方に点在するバオバブの巨樹と、そこに巣食う鳥たち。

 黒人の新兵たちをシゴきあげる教練軍曹のドナり声。

 なぜか無性に(……帰って来た)という気分が心にのびのびと拡がって、鼻にツンとくる硝煙の匂いすら心地いい。

 

「なァに。チッとばかり血をなくしただけだったのサ」

「ハ!――よく言うぜ」

 

 背後の嘲(あざけ)りを無視して、オレはスペアの弾倉を拳銃に叩き込み、初弾を薬室(チャンバー)に送り込む。

 目標のプレートにドレッド野郎の顔を思い浮かべ、息をもつかせぬ連続射撃。

 スライド・ストップが掛かり、蒼白い硝煙が拳銃からたなびいた。

 手のひらに、ジィンとくる衝撃。しびれ。

 

 ――そう。つまりは、この感じなんだな……。

 

 ふと、梶井基次郎めいた感想で。

 しかしそう思う端から(カジイモトジロウ?だれだっけ……)

 

 そんな俺のささいな困惑をよそに、背後の声は、あいかわらず不満げな調子のまま、

 

「ヨークのヤツが隊長の居場所を嗅ぎ付けなかったら、アウトだったんだぜ?」

「……」

「あの祭りの晩、エグモンとヨークと自分とでアンタを運んだんだが、まぁクソ重いことったら」

 

 そうだ。

 

 オレはあの夜。

 赤いドレスを着た褐色の女にわき腹をブッ刺され、あやうく死にかけたんだった。

 そして続いて見た光景が、どうもいまだに俺のなかで納得いかない。

 まるでタチの悪い銃のように、いつまでも引っかかる。

 

 ――あれが死後の世界、ってヤツなのか……。

 

 死者の行列。

 人骨が満ちる小さな川。

 不吉な様相と雰囲気をもつ大きな石橋。

 闇のなかに浮かぶ紅い“ジンジャ”と水兵のユニフォームを着た女子学生。

 仰々しい装束をまとった、どこか畏(おそ)ろしい印象の巫女と、その奴婢である美貌の婦人……。

 

 

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