※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃    (2

* * *

 

 いきなり部屋の照明がついた。

 なんとご大層なことに、この部屋は蛍光灯が使われている。 

 

 思ったとおり。

 

 円卓状に並んだテーブルには、高級将校が20名ちかく詰めていた。

 白人が半分、黒人が半分というところだろうか。肩章がヤケに仰々しい。

 俺はすばやく視線をめぐらせて、その中に二、三の見知った顔をみつける。

 (マイク)ホーや(ブラックジャック)シュラムの副官たち。基地(うち)の参謀のマヌケ面まで。

 いつの間にか、ヤンのやつは姿を消していた。

 

 ――あンの野郎ォ、だましうちしやがって……。

 

 大会議室の壁ぎわに片付けられていた移動式の黒板が、ガラガラと引き出される。

 見れば、例の部隊が痛めつけられた包囲戦の概略図と、戦闘後に撮られた写真が証書にピン止めされて。

 おエラ方の机上には、すでに各種のレジュメ(資料)が読み込まれた状態で載っている。してみると、もう散々議論されたのだろう。

 言ってみれば自分は、この“終った会議”で単なる“添え物”にすぎないのだ――そうすばやく判断して、俺はムリヤリ平静をたもとうとする。

 

「いろいろな要素を考えると――危ないトコでしたね、中尉」

 

 軽薄なTV番組に出てくるようなアンカーマンじみた男。

 それが、7/3分けの髪型にサファリ・スーツという姿で、いきなり爽やかな笑みを浮かべ近づいてきた。

 その後ろには手回しの8ミリカメラを操作する、ベルボトムなジーパン姿の若い黒人がしたがっている。

 

「しかしながら、見事に部隊の脱出を成功させました」

「うぅ……見事もナニも……」

 

 いきなりマイクを突きつけられてヘドモドしながら俺は、

 

「部隊に相当数の死傷者が出たんだ。とても無事に“転進”というワケには――」

「いったいナニが原因だったかと思われますか?」

 

 胸クソ悪くなるような、甘ったるい笑みを浮かべてこの男は言いつのる。

 カメラがアングルを斜めに切り取りつつ接近して。

 

「たしかに、この村での活動では少なからぬ戦死者が出ましたねぇ」

「えぇ……残念ながら」

「作戦には問題がなかったとすれば、どこかマズかったんでしょう。指揮ですか?」

 

 なんだろう――この男の物腰。

 軍人にはありえない、媚びへつらうような態度。

 それでいて、かすかにエリート臭を吹かせる上から目線の気配。

 全員からの視線をあび、居心地のわるさに身の置きどころもない俺のとまどいをよそに、

 

「あるいは隊員の練度不足?――それとも小隊同士の連携が、うまくいかなかったのカナ?」

 

 ――イラっ……。

 

 おカルい、お気楽な、まるでプラスチックめいた物言いが、胸にムラムラと反感をかきたてる。

 

 俺は会議室を見まわした。

 議論に倦(う)んで、うんざりした表情(かお)は、白も黒もかわらない。

 手の爪をやすりでピカピカに磨く者。盛大に嗅ぎタバコのクシャミをする者。

 黒人の将官のひとりは、白い手の平に何かの錠剤を振りだして口にいれ――かみ砕く。

 

 ひとつ息をつくと、きわめて微妙に間をもたせてから、

 

「そうですね。本来、精鋭であるはずの我々が、このような醜態をさらしたのは、そもそも……」

「ええ――ええ――」

 

「作戦情報が敵側に漏洩(もれ)ていた可能性があります」

 

 もの憂い会議室の気配は、打ち鍛えられた刀が焼きを入れられたように一気に引き締まった。

 

 アナウンサーのアホ面が「へ?」と、ネットリとした笑みのまま固まる。

 うしろ手に、撮影をやめるようサイン。

 それでも8ミリの音がやまないのに業を煮やし、ニヤけ男は黒人の若者から8ミリを手荒く取り上げた。

 そういやコイツはアフリカの陽に灼けていない。

 着ているサファリ・スーツも妙に仕立てが良く、ヒゲもきれいにあたっている。

 まるで大口径ライフルを使い、大勢のポーターを従えて、遠距離から安全にゾウのハンティングを楽しむロクでもない金持ちを連想(おも)わせた。

 

 ――いったいこのクソ道化ザル。どッから紛れこんだ?

 

「なにか、証拠があるのかね?マイキー(マイケル)」

 

 シュラムの副官が、面白そうに質問してきた。

 

「気をつけたまえよ?ここでの発言は、公式な記録として残るぞ――アメリカ本土から、ニュース屋も来ている」

 

 あぁ、道理で……と、横目にニヤけ男を観察してひそかに納得しながら、

 

「はっきりしたエビデンスはありません閣下。しかし以下のようなことがあげられます」

 

 俺はすっかり調子をもどし、以前、間抜けなミラー大尉の弁護をしたときのように断固たる語気で、

 

 1.単に反乱兵の待ち伏せにしては、系統だっていたこと。

 2.複数の暴徒がVHF無線機を使っていたこと。

 3.当該無線機は、われわれの部隊が使用する周波数を拾えたこと。

 4.地形を利用するのが巧みで、それぞれ複雑な連携作戦をとっていたこと。

 5.本作戦以前の待ち伏せ攻撃で、狙撃ポイントに部隊を退かせるよう、火線のコントロールがなされていたこと。

 6.以上のことから、最近の敵方における攻撃には、国外から参画する軍事顧問の存在が考えられること。

 

「しかし――それはみんな単なる状況証拠だ……」

 

 俺の説明がおわるとシュラムの副官は渋面をうかべ、弄んでいたボールペンでコチラを指して、

 

「物的な証拠が、なにも無いじゃないか」

「いや。証拠なら、ある……」

 

 とつぜん、テーブルのすみに座っていた黒人の大佐が、吸っていたパイプの灰をはたきおとしながら腹に響く低音でつぶやいた。

 会議室の注目が、俄然、この現地軍の将校にあつまった。

 

「と……おっしゃると?」

 

 シュラムの副官が多少イライラしたそぶりで、めんどくさそうに先をうながす。

 

「なにか具体的なモノでも?」

「先日ウチの部隊が、とある村を急襲したのだが……」

「――ほぅ?」

「どうもそれが『シンバス』の訓練キャンプだったらしい」

「その報告は、これまでの議論で出してくださいませんでしたな?」

「出すまでもないと私は思ったのだ。なにぶん状況があいまいであったし……」

 

 この大佐は柄の長いパイプ(チャーチワーデン)の火皿へ新たにシャグ(タバコ葉)をユッタリとした動作でつめる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……それで?」

「そのなかに――ソビエトの軍事顧問らしき者がいたとの報告があった」

 

 ザワッ、と会議室は色めきたった。

 あちこちで黒や白の顔を寄せてヒソヒソ声。

 さまざまな視線が、不安げにいそがしく交わされる気配。

 

「大佐、シンバスではなく“ZAPU”(ジンバブエ・アフリカ人民同盟)ではなかったのなね」

 

 あるいは“ZANU”(ジンバブエ・アフリカ民族同盟)かも、と別の黒人の将校。

 

「だいぶ前、ウチの部隊がやはり訓練キャンプと目された村を襲ったとき、首のない死体が見つかったが、皮膚の色からコレが東洋人らしかった。どうもチンク(中国人)の軍事顧問であることがバレないよう、首を切って持って行ったらしい……」

 

 ザワザワザワ……ザワザワザワ……。

 

 将軍や佐官たちの、武勇伝混じりな雑談が、ひとしきり開陳されて。

 これら自慢半分、ホラ半分の聞こえよがしな会話のはしばしに、

 

 軍事物資……。

 技術支援……。

 現地叛徒……。

 武装蜂起……。

 

 そんな言葉が切れ切れにまじり、追い詰められたような視線が交わされる。

 ややあって、顔だけは知っている国連軍のオランダ人代将が、

 

「大佐、そんな重要な報告を――なぜ今まで黙っていたのだね!」

 

 パイプの火皿(ボウル)を神経質そうにいじっている黒人の大佐にむけ、憤然とした表情(カオ)で糾弾した。

 

「それならば――会議の結論は、大いに変わってくるではないか!」

「言ったとしても……」

 

 悠然とパイプのけむりが一服。

 

「……確たる証拠ではない、といわれるのがオチだと思ったのだよ、代将(ブリガディエ)」

 

 この黒人の初老な人物は、完璧なクィーンズ・イングリッシュで相手を呼び捨てにした。

 おそらくサンドハースト(英国陸軍士官学校)かオックス・ブリッジにでも留学の経験があるのだろう。ようやく火がついたパイプの煙ごしに、オランダ人の将軍を悠然とながめる。

 

「残念ながら捕虜にはできなかった。相手は――青酸カリのカプセルで自殺をとげたのだ」

「ではどこから“赤の広場”の手のものだと?」

「本人の持ち物に(また一服)フランス語で書かれた乱数表があった。その余白に、ウクライナ語で書かれた手書きのメモが一行あったのだ」

 

 ハ!とオランダ人の将軍は会議室のイスにそっくり返り、

 

「連中(クレムリン)の工作員は、そんなマヌケじゃないよ」

 

 ホラごらんなさい、と黒人の大佐は面白そうに眼をほそめ、

 

「だから言ったでしょう?――補証(エビデンス)としては、認められないと」

 

 微妙で気まずい沈黙が、会議室のあいだを流れた。

 前進基地の参謀である中佐が場をとりなすように、

 

「ま、まぁ追ってその件は検証するとして、今日は、この『サムライ』マイケル中尉を皆さんにお見知りおきを頂こうと思ったのです。ココだけのハナシ、すでに大尉への昇進も内示が出ておりまして……」

「ウチに来てくれれば“正規軍の大尉”となるポストを約束するのだが?」

 

 黒人の大佐はブ厚い唇からパイプをはなすと、長い柄で俺のほうを示し、

 

「有能な人材は大歓迎だ。私的治安維持軍(傭兵部隊)とは違い、恩給も保証するよ?」

「――いいかもしれませんねぇ」

 

 俺は基地の参謀役を見ながらあてつけがましく、

 

「最近は部隊の補給品すら払底しはじめましたから……もっと装備が潤沢なら、叛徒に対してあのような不覚は取らなかったかもしれm――」

 

 ゲフン、ゲフンと参謀役のアホ中佐は咳払いをし、

 

「まぁ、いろいろあるからな……その件に関しては、善処しよう。では閣下諸兄(ジェントルメン)、ほかに何かありますかな?無ければコレで……」

 

 司会役らしい参謀は尻切れトンボに会議を打ち切った。

 

 華々しい肩章をつけた将官たちは板張りの床にイスを響かせて引くと、バラバラに会議室を出てゆく。例のアナウンサーくずれなニヤけ男も、出番をとられたのが悔しいのか、ふくれっつらを浮かべてそのあとに続き退場していった。

 バラックの外では気配を察し、相次いで車のエンジンがかかる音。

 なるほど。どうりで駐車スペースが高級車だらけなワケだ、と思っていると、

 

「おい、中尉!なんであの場であんなこと言うんだ!」

 

 おエラ方が出て行った閑散とするする会議室で、背後から磨きたてられた軍用ブーツを踏みならし、いきなり参謀役が突っかかってくる。

 

「余計なこと言いやがって!せっかくまとまりかけた会議がおジャンに……」

「ま(・)と(・)ま(・)り(・)か(・)け(・)た(・)、とは?」

 

 俺は相手をこれ以上なく冷たい勢いで見返してやる。

 

「いったいナニを、どう“まとめ”ようとしたんです?」

「外国の軍事顧問を背景としたシンバスの大規模な叛乱などありえない、という見立てだ!」

 

 はぁ?と俺は本気で呆れる。

 このバカは、そんな夢物語を信じているのだろうか。

 ただでさえ最近は、相手の装備と戦術が日毎に油断ならぬものになっているというのに。

 

「はて。どこをドウ判断したら、そんなお目でたい結論になるのか、小職には分かりかねますが」

「キミのようなウォーモンガー(戦闘狂)が近視眼的に見るだけではわからない、大局的な観点だよ!それを――」

「ちょっとイイかね――中佐」

 

 アホ参謀が、さらにヒート・アップしようとしたところで、横合いから声がかかった。

 

「あァ!?」

 

 キレた勢いでこの男が声の方を向くと、広い会議室のとなり部屋に通じる扉がひらき、スーツ野郎が陶器のような無表情と爬虫類のような眼つきで姿をあらわした。

 

「……あぁ、顧問官。なにか用かね」

「中尉に……あぁ、いやいや大(・)尉(・)ど(・)の(・)に用があるんだ。しばらく彼をお借りしていいだろうか?」

 

 水をさされた参謀役は憤然とした面持ちで、

 

「まだ、大尉昇進と決まったワケじゃありませんぞ!」

「そうか?コチラとしては――まさにドウでもいいことだ」

 

 皮肉な笑みが、ドライな情報の世界に生きる冷徹な人物の口もとにうかんだ。

 

「ま、自分の扱いが気に入らなければ、傭兵は雇い主を変える自由もあるし……」

 

 参謀が鼻白んでいると、現地雇いのデップリと太った基地付き清掃婦が、箒(ほうき)とチリ取りを持ってヨタヨタと入ってきた。

 頭に白タオルをまき、花柄のワンピースをまとうこのオバハンは、3人の軍人をみても臆することなく(さっさと出てってくれないかねぇ……)とためいき混じりの露骨な態度で。

 

 チッ!

 

 参謀役の中佐は舌をならした。

 そして磨き立てたブーツのかかとをドスドス踏み鳴らして出てゆく。

 

「さて――これでジャマ者はいなくなった」

 

 参謀の背中が部屋から消えるまえにCIAの男はボソリと、

 

「基地にしか尻を据えられないヤツはホっといて、我々はプロの相談をしようか」

 

 会議室の扉が、ものすごい音をたてて閉まった。

 

 ――コイツ……こんなおふざけも演(や)るのか。

 

 俺はあらためて目の前に立つ人物を観察する。

 空調がきいた部屋とは言え、エアコン口からガラガラと騒々しく吹く風は生ぬるく、戦闘服を腕まくりしていてもジットリと汗ばむ。ところがこのCIAから来たという中年の男はネクタイまで締めて汗一つかかず、まるで実体がこの場にないように涼しい顔をしているのだ。

 

「さ……コチラに来てくれ」

 

 スーツの男は、会議室のとなりにある小部屋へと俺を導いた。

 そこも暗室となっており、なかには戦闘服を着た、俺よりすこし年長とも見える男がすでに小卓(テーブル)についていた。

 見慣れない北ローデシア迷彩柄(パターン)を着たこの人物は、一見して軍人には見えない。ただし堅気というわけでもなさそうだった。どちらかといえば、もっとこう……治安組織側の人間。そう、言ってみれば

 

「さ、では始めようか。こちらゲラード……いや、ゲルアルド・クリューガー氏」

「ゲラードで結構」

 

 ふと、クールにうなずいたその男の放つ雰囲気に、ある人物の影がうかんだ。

 長身。ソフトハット。トレンチ・コート。

 相手がゴロワーズを振りだし、黒タバコの臭い匂いを吹き出した時、その印象はあらに強まる。

 

「クリューガー氏はSAP(南アフリカ警察)・セクション5の警部どのだ」

 

 珍しい迷彩(カモ)の戦闘服を着た男は軽く会釈して見せた。

 あぁ、道理で、と俺は納得する。

 カタギにしては、雰囲気がトガってるし、傭兵にしちゃ気配が殺伐と荒れてない。

 世の中を斜めに見るような横顔と、世間と言う酷薄な小芝居を見続けたがための、皮肉めいた口もと。疲れたような顔のシワ。年齢のワリには、針金のような銀色の白髪が目立つ。

 

「座ってくれたまえ――」

 

 CIAがそう言うや、テーブルの中央にあるスライドのスイッチを入れた。

 強烈な電球を冷やすファンの軽やかな音が響きはじめ、同時に小部屋の入り口は閉められた。

 部屋の灯りが消されると、スーツの男が上着を脱ぐ気配。

 それはそうだ。さすがに空調も天井の扇風機すらもない小部屋では暑かろう。

 スーツの下からは、予想したとおり使い込んだ茶色なショルダー・ホルスターがあらわれる。

 チラ見えのグリップから、おそらく.38スペシャルのリボルバー(回転式拳銃)と看た。

 

 黒タバコの香りが白くたなびき、臭いが一層強まる気配。

 

「さて――」

 

 口調を若干硬いものにあらため、CIAの男は俺の方をむき、

 

「きみの部隊が――その、大変なことにって問題の人物に対する“処置”が遅れていることは、重々承知だ」

「えぇ。まぁ」

「だからといって、作戦に遅滞は許されない。新たな情報が入り次第、きみには行動(アクション)をおこしてもらう」

 

 俺はスライドの白い光からもれる明かりで、SAPから来たという人物を横目に眺める。

 こちらの気づかわしげな視線にきづいたか、

 

「あぁ、この方なら心配ない」

 

 スライドの投影光が、ヒビのはいった白い壁に灯され、部屋の様子と中にいる男たちの姿が明瞭(ハッキリ)する。

 CIAに男は手もとのスライドケースを壁の反射にすかして何枚かえらびつつ、

 

「キミの知っていることは――すべてご存知と思ってくれていい」

 

 南アフリカの警部は場をつくろうように、

 

「ご勇名は、わたしも聞かせてもらっているよ、マイケル中尉。あァいや失礼、大尉」

「まだ昇進が決まったッてワケじゃありませんヨ」

「いや、どうやらもう既定の路線らしいよ?大尉。付け替えのための肩章を用意したまえ」

「やれやれ。メンドくさいこッてすね」

「……昇進が、嬉しくないのかね?」

 

 べつに、と俺はぶっきらぼうに応えた。

 

 CIAの男と警部がチラッ、と顔を見合わせる気配。

 そりゃそうだ。押しつけられる兵隊の数が増えるだけ。

 給料もロクすっぽ上がらないかわり責任だけがふくれ上がる。

 最悪、作戦会議にも出席して、朝のミーティング……うっ……アタマが。

 

 その言葉の不吉なイメージに眉をひそめる俺を横目に、CIAの男は手もとをウロウロと、

 

「ふむ。さて今回クルーガー氏がこちらに来てくれた理由だが……おや、どこへいったかな……」

「その前に、なんで南アの警察機構が、こんなへんぴな基地(トコ)まで出張るのか、理由を聞かせてもらいたいな」

「あった。その理由が……コレだ」

 

 スライドの器具に写真がはさみ込まれ「シャキン」という、あの金属のフレームが横に動かされる小気味よい音。

 その瞬間、俺は部屋にこもる暑さも、黒タバコの臭い煙もわすれた。

 

 スライドが投影する壁には、独りの男が大映しになる。

 

 迷彩柄の戦闘服。

 空挺徽章のついたつば付きの略帽。

 折り畳み銃床(ストック)仕様となったFAL自動小銃を片手に、何かを指示する姿。

 隠し撮りらしく、アングルも斜めってピントも甘い。

 

「さて――ここに映っているイカした男はダレかな?」

 

 クリューガー警部の言葉にさぁ?とオレもトボけた。

 

「傭兵稼業はもちろん、人生にすら半ば疲れている三十路の男としか見えませんね……」

 

 またスライドの金具がシャキン、と鳴って別の一枚。

 

 こんどは平服だ。

 白いボルサリーノをかぶり、ジャケット着てオープン・カフェに陣取る姿。

 足を組み、手には土地の新聞をひろげた姿は、モロッコあたりの観光地でヒマを持て余しているランティエ(金利生活者)を連想させる。

 

 思いだした。

 

 これは退院してR&R(休暇)をもらい、ひとりで街に出たときだ。

 なにせ部隊が作戦で出払っているので、留守番状態の自分はひとりさびしく時間をつぶしていたのだ。

 

「クッソ――いつの間に撮られたんだか」

 

 つづいての質問は、我ながらすこし軽率だった。

 

「いったいダレが、こんな俺のマヌケ姿を撮ったんです?」

「それが分かれば、苦労はしない」

 

 CIAはピシリと言い放つ。続いてクリューガー警部が、

 

「しかし、キミの熱烈なファンであることは、確かなようだよ?」

「街はずれのアヘン巣窟にいるホモにですか?そいつはゴメンをこうむりたいなぁ……」

 

 もっと手におえんぞ?――と、警部はうす暗がりの中でコチラをチラ見して鼻で嗤い、

 

「キミを目のカタキにしている連中に、だ」

 

 黒タバコの臭いがキツくなる。

 小部屋のムシ暑さが感じられなくなる。

 いきなりボディー・ブローを打ち込まれた気分。

 

「俺を!……この絵に描いたような善人が、なにか悪いコトしましたかね?」

「自分の胸に手をあてて考えてみたまえ、大尉」

 

 思いもかけないウンザリ声。

 ヒデぇなぁ、と警部の言葉に両手をバンザイしてみせてから、

 

「……つまり俺を殺したがっているヤツがいると?」

「ごくひかえめに言って、そのとおりだよ大尉」

「目いっぱい大げさに言えば、どうなんです」

「キミに血反吐を吐かせ、指を一本ずつ潰し、目玉をえぐり――ま、はやく言えば、徹底的に苦しませてから殺したがっている人物がいるのだ」 

「グロい。警部の身内にァSDECE(防諜・外事情報局)でもいるんですか?」

「その拷問好きなセクションばりの手を使い、写真の持ち主からようやくキミがネラわれているのを聞き出したのだ」

「胸に手を当てても狙われる理由がわかりませんよ。写真を持っていたのは誰です」

「とある酒場のマスターだ。顔が広いので有名だった」

「なるほど。それじゃ街の酒場には、しばらく近づかないようにしますかねぇ……それで、依頼人は?」

「不明だ。さらに尋問しようとしたが、心臓麻痺をおこして、それっきり」

「……はぁ」

「とりあえず気をつけたまえ、つぎに――」

 

 ちょちょちょ――!

 

 おれは大慌てで警部を制止する。

 

「……それだけ?」

「まだなにか?」

「少なくとも、考えられる背後とか、動機とか……」

 

 不明だ、と相手は無情に言い放ち、次の写真を器具に挟み込む。

 

 シャキン!

 

 スライドの金具が鳴り、一枚の見知った男があらわれた。

 オドオドとした卑屈な顔つきは、どうやら若い頃からだったらしい。

 

「この男を、知っているかね?」

「えぇ、もちろんです警部。ウチの将校用酒場で、バーテンダーだった男ですよ」

「報告では基地を脱走して行方不明とあるが……」

「まぁ、そうですね」

 

 ホントのところ、もうコイツはこの世に居ませんよ……と、ノドもとまで出掛かる。

 だが、こちらのカードをタダでさらすこともあるまい。

 なんならコチラの命を狙う連中の情報と交換でもよかった。

 

「じつは――この男が、外部に情報を漏らしていた疑いがある」

 

 ――ふむ。

 

 驚いたフリをしようか、どうしようかと迷っているウチにチャンスは失われる。

 

「……どうやら知っていたようだね、大尉」

 

 俺は素早くあたまを巡らせた。

 

「いえ、可能性を考えていたんです。たしかにウチの将校(アホ)どもときた日にゃ、こいつの前でベラベラといろいろ喋ってましたからね」

「……ほぅ?」

「なにせ基地の連中ときたら、FALを握らずペンをにぎる方が得意とくる。こんなヤツらに指示をされる兵隊の身にもなってごらんなさい」

 

 シャキン!

 

 スライドの金具がふたたび鳴り、別の写真が壁に投影される。

 こんどのは、かならずしも気持ちいいと言えるものではなかった。

 強力なハンディライトの輪の中で、板塀ぎわに横たわり白目をむくバーテンダー。

 哀れなサム。銃剣をにぎったあの女の不穏なそぶりに、気付いてしかるべきだったのに……。

 

「いまから約二週間まえ、**区の路地裏で銃撃戦があり、通報でパトロール中の国連軍が駆けつけたところ、この人物。サミュエル・ムヴォ・ズズの刺殺体を発見した」

「殺されたんですか……仲間ワレとか?」

「目撃者の話では『女に刺された』ということらしい」

「――たしかなんですか?」

 

 できるだけ疑わしい声をよそおって、

 

「カニャンガ(バナナ酒)で酔っ払った老いぼれの見間ちがいでなく?」

 

 シャキン!

 

 写真をはさんだスライドがまたも動かされ、死体のかわりに今度は女があらわれる。

 酒場用のキワどいドレスに凹凸の効いた肢体をつつんだ艶姿(すがた)。

 宣伝用の写真だろうか。ライティングも、ポーズもバッチリ。

 

 ――あの女だ……。

 

 ドレッド野郎の情婦(イロ)。

 長いナイフの遣い手。

 そしておまけに――。

 もう此世には居ない。

 

「この“合いの仔(混血)”のショーガールが、どうしたんです?……好き者には、タマらなそうですねぇ」

 

 ふたたびCIAの男と警部は、かすかに目配せ。

 

「この女が、どうもバーテンダーを殺ったらしい」

「まさか!こんな女が?」

 

 われながら迫真の演技、と自画自賛。

 

「記録があった。こいつは元F L N(アルジェリア民族解放戦)で伝令役をしていたらしい」

「当時はまだ少女の年齢だったでしょうに」

「だから伝令役に抜擢されたんだな。マチュー・フィリップ中佐の空挺部隊に逮捕され、尋問された記録もある」

 

 ――尋問……。

 

 ものは言いようだ。

 年齢的にどんな事をされたのか。考えないでもわかる。

 どうも俺は、女が痛めつけられる光景に嫌悪感を覚えてしかたない。

 

 緑色の皮膚をした筋肉ダルマに蹂躙される、耳のトガった婦女たち……。

 大ガラスを隔てたブースで、強制的に淫猥な調教を受ける美女のも(・)だ(・)え(・)……。

 またもこれら意味不明なイメージが唐突にうかび、俺をほんろうし、放さない。

 

「――大尉?……大尉!」

 

 CIAの男が俺の肩にふれた。

 大剣で、その怪(け)しからん筋肉ダルマをなぎ払う幻想を浮かべていた自分は思わずビクリと身体を震わせる。

 

「大尉?」

「あぁ……もうしわけない。で?」

「シッカリしてくれたまえ。ホラ」

 

 クリューガー警部が封筒をひとつ、こちらに押しやった。

 中をみると、カットを変えて酒場の女の写真が数枚はいっている。

 

「――これは?」

「この女が、どうも我々の処理対象とつながっているらしい」

「ドレッド野郎とですか……で?」

「キミもニブいやつだな」

 

 クリューガー警部は吸いさしのゴロワーズをギシギシと鉄の灰皿にこすり付けた。

 

「その混血女(おんな)も――消してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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