試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
全開にした窓からアフリカの壮大な夕焼けを眺めつつ、ぬるいシャワーを俺は浴びた。
幾重にも細くたなびく雲は西に消えゆく残光に炙られ、まるでそれ自体が火炎であるかのように赤熱している。
ぬるま湯となった水そのものは塩素くさく、すこし茶色いが、一日中かいた汗を洗い流せるなら文句はない。
アフリカの夕暮れは短く、あっというまに夜がくる。
従卒が走りまわり、あちこちで唸り始める自家発電のエンジン音。
それを聞きながら俺は洗濯したての野戦服に着替え、すっかりタバコ臭くなった方はクリーニング室に持ってゆくよう、シャワー室付きの召使いに駄賃をつけて渡した。
「
輝くような白い歯を見せ、10歳ぐらいの少年がニッコリとわらう。
まったく連中の歯の白さはドコから来るのかなと何千回目かの疑問を考えながら、オレは将校用の食堂へと、将校らしく威厳を取りつくろいながら歩いてゆく。一般の黒人兵たちに弱みを見せてはならないというのが、ココの基地の不文律だった。
つねにヒゲをそり。
正しい姿勢で歩き。
制服の乱れも無く。
みだりに体罰せず。
平等な扱いを守り。
戦闘でも自ら前へ……。
植民地時代、支配者であるベルギー人たちがおこなった奴隷のような扱い。
その悪鬼のような所業を、わが傭兵コマンドは絶対おこなわないのだという意思表示。
これを徹底させて、現地の一般兵やコンゴ人たちの信頼をつなぎとめなくては、この地で
今のところは黒人たちも、こちらに一目おいてくれている、と俺は思う。
しかしこのきわどい
エンジンの唸りをあげて無蓋のトラックが、乏しい基地の照明がかもす薄暗がりのなか、ヘッドライトに羽虫の軌跡を浮かべつつ、ゆっくりと追い抜いてゆく。
荷台には、ヘルメットを脱いだ一般兵たちがうなだれ、疲れきった表情で車の振動に頭を力なく揺らし、焦点のむすばないうつろな視線をさまよわせていた。
だが、負傷者が見えないことに、よその部隊のことながら俺はホッとする。
おそらく叛徒の捜索は空ぶりだったのだろうが、それはそれでイイ。
『損害をださないこと』
それが何より第一だった。
負傷して不具になったところで保険があるワケじゃなし。
ましてや除隊後の福利厚生や、傷病廃兵恩給が支給されることもない。
野生の雁は、飛ぶチカラをうしなったら隊列から落後し、死をまつしかないんだからな――と俺は食堂用に建てられた高床式バラックのみじかい階段をのぼる。
将校用の食堂はすいていた。
まだ時間がすこし早いためだろう。
ガランとした空間にならぶテーブルと椅子。
美味そうな匂いがする空気を、天井のファンがかき回して。
遠くにミラー大尉のアホ姿をみる。
俺の姿をみたはずだが、気付かぬフリを決め込むようだ。
背中をまるめ、いろいろな料理をのせた自分の
――たかってやろうか……いや、やめた。
俺は野戦服の胸ポケットをおさえてほくそ笑む。
そこには少なからぬ額の札束が入ったハトロン紙の封筒。
『その女も――消してくれ』
そう言われた時。
俺は「ふぅん…タダで、ですかい?」とイヤな目つきで、それとなく報酬を匂わせるようにする。
すると――やはり。あらかじめ準備してあったとみえて茶色い封筒を警部は差し出した。
フン。読者に“金にキタないヤツ”と思われようが、知ったこっちゃァない。
こと戦地に関しちゃ、キレイごとじゃとても生きていけねぇンだ。
与えられたチャンスは、確実にモノにしなきゃ、次はない。
俺はソレをひったくるように手にしてから悠然と、
「ふっ……毎度どうも。だがソイツなら、もう消しときましたよ?」
そう言いはなったときのクリューガーの顔。
手にしたゴロワーズの灰が長くなり、こぼれおちるのも気付かぬほど。
CIAの方は職業がら、さすがに無表情だったが眼の奥にはおどろきの感情が動くのが看えた。
仕事がはやいと思われるのは気分がいい。
業者から見積もりを取ったとき、あらかじめ高値を予想して別口から情報を仕入れ、客先予算に届かないと会議の席上で部長が頭を抱えたとき、居ならぶ部門のトップの前で、そのネタをサッとだす……。
――え?なんだこりゃ……俺はネクタイを締めたことなんでないぞ。
浮かびかかる妙な記憶。
まただ。またあのトラックのイメージ。
仕事にかまけた挙げ句女をNTRれ、殺し屋になった男。
そんな男が、女をコロした代金を受け取る行為に、渋面をうかべるような気がした。
「クソが!俺ァそんなフニャチンじゃねぇぞ!」
「あぁ!インポ野郎が、どうしたって?ェ」
調理室の向こうから、生粋のプラハっ仔を自称するコック長が、デカい牛刀を手に叫んだ、
「ホラぁ!はぇぇとこ皿ァとって野郎どもに寄越しな中尉!あとがツカえてんだから」
「うぇ?」
うしろをふり向くと新人の少尉がふたり、仏頂面をしてトレイを手にならんでいる。
俺はその若い連中に先をゆずってから、
「パヴェル!今日のは何だィ?こないだみたいに生焼けのミンチ・ステーキはイヤだぜ?」
パヴェル・シャウシェスキ二等軍曹はビール腹をゆすりながら鼻をならし、
「ケッ!アレが分からないンかねぇ、情けない。今日のはTボーンのところを使ったスビチコバと
俺の差し出す
「アンタんとこのヤン
「ヤツは俺の配下じゃないよパヴェル」
「そうかぃ?だいぶアンタの名前をつかって弄られ役から逃げてるみたいだぜ。ま、アタマいいんだな」
――あいつめ……。
食堂を見回すが、ヤンの姿は見えない。
とりあえず目立たない片すみに陣取ってメシを済ませる。
スビチコバとかいう奇妙な名前の料理。はじめて食うクセに、どこか懐かしいような。
そのうち将校たちがやってくる。
すくなからずの見知った顔や、すでに一杯キゲンの者も。
「よう!マイキー大尉!昇進祝いに――なんかオゴれや」
スビチコバの肉にかかったソースを
ラルゴと仲の良かった知り合いの大尉だ。
『昇進祝い』というパワーワードの入った大声に、食堂はちょっと静まる。
――ちぇっ。これで明日には俺のマヌケな出世が知れわたるって寸法か……。
これで昇進がとりやめ、なんてコトになったら、いい笑いものだ。
実際そうなる確率は、高い。クソ参謀あたりから横ヤリがはいるんじゃないか
「耳がはやいっスね、スミス大尉どの。どッから聞きました?」
「はぁぁ?オイオイ知ってるだろうが」
スミスはトレードマークのワシ鼻をひくつかせて、
「ここじゃ生きのびるため、みんなアンテナが高いのサ。おまけに――あの
一瞬絶句。
どこまで知っているんだか。
「……今回の昇進だって、ヤツの妨害がはいってどうせフイになりますよ。そう吹聴しといてくださいよ?」
「大丈夫だ。参謀の反対にもかかわらず司令はサインしたんだ。もう確定サ、おめでとう」
――そんなとこまで……ッ!
俺は田舎の情報網なみなスミス大尉のニュース収集能力に舌をまく。
「……いったいどこから聞きました?」
「なに、オマエんとこのヤン中尉サ」
スミスは遠くに席をとった仲間のほうに合図をしてから、
「自分のうしろだてが強力になるのは、ヤツとしても便利なんだろ」
「あんにゃろ~~。べつに俺はアイツとはナンの関係もありませんよ」
「そうかい?ま、気ィつけな。一部じゃ“しゃぶりあってる”なんてウワサも出るくらいだし」
「ハァ!?んなバカな……」
「ま、腕利きの事務屋なコタぁ文句ねぇからな。こっちも備品の調達に便利だし」
「便利、って?」
「アイツ、方々の基地からなにかとモノ調達するのが巧くてな。せいぜい使わせてもらうサ」
そういってスミスは仲間が陣取る席に向かっていった。
「アイツが物資の横流し……?まさかね」
あの端正なオボッチャン顔が、うしろ暗い横領行為をしているとは、到底むすびつかない。
ひごろの言動はステレオタイプで、時におどろくほど理想家なのに……。
アルミのトレイを返却台にかえしてバラックを出ると、俺は暗い兵舎の通りを何本か歩いて
「ハイよぉ――中尉《アンタ》好みに、キンキンに冷えてるからねぇ♪」
「たすかるぜ」
俺はクリューガーからもらった……というよりガメた、手の切れそうなホンモノの本国フラン札で支払った。
兵隊慣れした気っ風のいい30がらみの
「……
「なァに。人生はドン底ばかりじゃねェってコトさ。ホレ、
そう言ってフラン札を一枚。
縦に折って、うすいシャツがはち切れそうな胸の谷間におしこむ。
そのときだった。
また性懲りもなく、得体の知れないイメージが自分のなかで湧きあがる。
今度の情景は、おそろしく鮮明だった。
俺はエラく豪勢な薄暗いラウンジでソファーにすわり、最近シカゴで流行りだしたというウサギの
まわりに黒人の女たちはおらず、どちらかというと東洋系な顔立ちの美女ばかり。
もの憂げな長身の若い黒服たちは宦官のような慇懃さで、セクシーな女性たちには目もくれず、音もなくテーブルの間を影のように行き交っている……。
もちろん俺は、そんな場所には絶対に行ったことがない。
正直、行こうとも思わないくらいだ。
なぜかって?
それは女にかまけると“戦運”が堕ちるからだ。
以前、イエメンでのハナシだが、小隊の連中が
いらいジンクスをかついで、契約従軍中はクラブやキャバレーには行かないようにしている。正直なハナシ、自分をとりまく“戦い”と“死”の極限的な緊張からチンコもちぢみあがり、とくに「処理」をしなくとも何とかなるモノだった。
――ただし……いったん契約が終わり、狙撃や夜襲とは無縁な世界の住人になると……。
「……中尉――中尉サンったら!」
ハッと我にかえる。
美貌で鳴るスペイン系のマダムが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
――クソっ!またやっちまった。
食堂の件といい、どうも今日の俺はおかしい。
なにか自身の行動を、第三者が眺めているような非・現実感がある。
そう。たとえば自分はもう戦死していて、それを来世の俺がふり返っているような……。
「まだカラダが本調子じゃナイんだろ?ムリしなさんな」
「ん?あぁ――大丈夫サ」
自分でも分かる気弱な笑い。それをかろうじてマダムに返し、酒ビンのはいったビニール袋を両手にさげ、PXの裸電球がなげかける明るさから逃げるように、俺はコワいほど
とたんに……また幻視が。
朱色の“トウロウ”や“トリイ”。
あるいは荘厳な“ジンジャ”が闇の中に浮かぶように。
死人の行列――骨が充ちる小川――不吉な印象の巨大な石橋。
奇妙な水兵服を着た美少女。金色の冠をつけた、
――FAL自動小銃……そして『炎の鍵』
きれぎれの印象がバラバラに浮かび、まるで平熱だがマラリアに浮かされているような気分。
ひんやりとしはじめた夜の空気が、そんなイメージをどんどん助長させる。
転生幇助トラック。
王立特殊騎士団。
斬馬刀が。
スーチャ付きのパワー・ユニットが。
拍車の突撃。
アクセルのベタ踏み。
軍馬のいななき。
転生装置の唸り。
数百、数千の盛大な虫の聲が、まるで蛍の明滅のように調子を合わせ、弾み車のように回転する勢いで、グングン俺をイメージの中にまきこんでゆく。
小指のウラに伝わる、敵の骨を断ったときの刀の切れ味。
轢殺モードで
虫の大合唱が輪唱となり、あるいは斉唱となり、二日酔いの頭痛のように調子を合わせた。
それが両のこめかみに電極をつなぐ拷問じみて、キリキリと思考に刺し込んでくる。
やがて地面が遊具のようにゆるやかに回ってゆき、俺は転倒をふせぐためフラフラと道のはしに寄ってバラックの壁に背中をつけた。手にさげた酒ビン入りのビニール袋を置き、脂ぎった額に手をやる。
冷や汗。
軽い吐き気。
それを助長する残虐な光景。
と――その虫の混声合唱が、まるで指揮棒で合図されたように一斉に
重砲の攻撃中“撃チ方ヤメ”の指令があったごとく。
あとは耳鳴りがするほどの、気味の悪い静けさ。
いつの間にかギュッと閉じていた目を、俺はおそるおそるひらく。
なにもない。
漆黒の空間。
僅かな耳鳴。
そして……。
狙撃兵のような、ヒリヒリとした誰かの視線。
――だれか……いや、何か居る……?
ふと、暗闇を凝視すれば、そこにポカッと金色な二つの輝点が灯った。
次いでそれがキュゥゥゥ……っっ、と。糸のように細められる。
見覚えのある悪意の印象。仕掛け爆弾のワイヤーめく雰囲気。
いつのまにか周囲の空気には、むせるような魔性の気配。
フクロウの一種であるアフリカオオコノハズクの声。
いや、それとも単にネコが威嚇する鳴き声か。
気をつけろ!と俺でないオレが叫ぶ。
――ケッ!フニャチンなんざにゃ、言われるまでもねぇ……。
手は、ワルサーが収まった腰のホルスターにのびた。
金属の塊をぬきだし、グリップの握り心地を心強く感じる。
スライドを前後にうごかし、初弾を装填して狙いをさだめたとき。
とつぜん全身を、電撃を受けたような痺れが打ちぬいた。
ワルサーをにぎる手から力が抜け、あやうく取り落としそうになる。
それでもグッと二つの金色の輝点を睨みつづけていると、また緑の肌をした筋肉ダルマのイメージがやってきた。
身長2m以上はあろうかというゴリラ以上のガタイを持つ、革の鎧で防御した一団。それが
たちまち濃くなる血の臭い。あるいは建材が燃える気配と、人肉の焦げるむかつき。
――長剣を!
身についた動作で思わず腰をさぐったとき、ワルサーを落としてしまう。
――しまった!
殺到し、おそいかかる緑色の巨人たち。
血走った目には溢れんばかりの殺気。
黄色い牙がのぞく口もとのよだれ。
殺られる、と思った瞬間!
空気をふるわせ幾重もの鈴の音が一閃。
いきなり斬撃のようにわきおこり、清浄な気配をあたりに振りまいた。
その硬質な響きは闇を打ち砕き、魔性の気配を一気に平らげる勢いで、
「ギャッ!」
なにかが踏みツブされたような悲鳴。
次いで、妖しげな気配が一気に雲散。
気がつけば……。
“
土と草が薫るサバンナの気配……。
自分が恐ろしいほどの汗をかいているのに気づく。
いつのまにか
背後のバラックでギターを弾いているものがいる。
どこかで傭兵たちの胴間声がうたうシャンソン。
――無事にもどって……きた?
心臓の高鳴りが止まらない。
あのキモい緑の
フラフラ歩き出そうとして何かを踏んだ。
石にしては平たいなと非常用に持ち歩くライターをつければ、何のことはない、自分のワルサーだ。
装填されているのでアブない。
そっと弾をぬきだそうとするが、排出口からジャンプして地面にコロがる。
そのあとを追えば……さっき買ったばかりの酒ビンいりのビニール袋ふたつ。
――畜生、ツェツェ蠅の毒が脳にでもマワったか?
ありもしない経験。
言ったことも無い場所の光景。
長剣と魔法の支配する見たこともない戦闘。
リアル過ぎる感覚が、いつまでも身体からはなれない。
鼻の奥には、まだ死臭と血の気配がのこるような気がする。
「ちくしょう、こんな時にゃ飲むに限るぜ……」
腕時計の夜光文字盤をみて驚いた。
いつのまにか時間は1930を回っている。
――ウソだろ!?
すこし前に見たときは、まだ18時だったはずだが。
あるいはあの幻覚で、すこしばかり失神してたのかもしれない。
ひょっとして、入院の後遺症が残っているのか。あるいは麻酔の副作用か。
部下たちと約束した時間まで、もうあまり余裕が無かった。
もういちどシャワーを浴びに行こうかと思ったのだが仕方ない。
俺はビニール袋に入った酒ビンをかちゃつかせながら足どりを速めた。
すすむにつれて照明はもちろん兵舎もまばらとなり、廃材置き場や集積庫がふえてゆく。
――ここから先は、要注意だ……。
俺はまれにすれ違う兵士に気をつけながら、姿を見られないよう暗がりを縫って進む……。
やがて行く手から鳥の鳴き声がした。
部隊で取り決めている合図だ。
ヘタクソめ。俺はもっと巧く返す。
※『バニーガール』という言葉は生まれたばかりで、この年代はまだメジャーではありません。