※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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更新するため有給を使うという体たらく……仕事が疲れて仕方ないです。


     〃    (4

 * * *

 

 突然現れる立ち入り禁止のドクロマークつき立て札。

 錆びた有刺鉄線の張られたその向こうは、廃バラック群がある。

 まわりには匂いの強い草が植えられ、一種独特の臭気と気配を醸して。

 この先には、なにを隠そう基地でもごく一部の者しかしらない“秘密の場所”がある。

 

 ――重ッも……。

 

 俺は両手に下げていたビニール袋をおろし、シビれた手をニギニギしながら、どことなくヒンヤリと陰湿な気配が漂うあたりを見まわした。

 

 この区画は一時期“悪魔が棲む”と黒人の一般兵たちの間で得体の知れないウワサがながれて騒ぎとなり、そのためやくなく基地内で放棄されたエリアだった。

 当時彼らは黒い顔を一様に青ざめて(……と、コレはスミス大尉の言い草だ)、

 

「Mizuka(悪魔たち)だ!――Mizukaを見た!とか言ってたらしいゼ?」

 

 当時はヒステリックな騒ぎになったものの、紆余曲折あって結局くわしい調査は行われずじまいだったとか。

 以来、表面上ここいらは“不名誉死体”の一時置き場や、コワれた機材の捨て場となっている。

 

 有刺鉄線のやぶれ目から、戦闘服を引っかけぬよう慎重に立ち入り禁止エリアへ入ると、星明かりをたよりに、ビニール袋をカサつかせながら廃バラックの列をすすむ。

 

 たしかに事情を知らなければ気味が悪いところだ。

 

 バラックのあいだに残る放棄された菜園。そこにいまだ傾いで立つ案山子。

 エンジンと車輪を取られ、錆び朽ちはてている機動車やサイドカー。

 ボロボロなトタン板のしたに蠢くモノ――と思ったらネコだ。

 ホラーめいた雰囲気に、いやがうえにも拍車をかける。

 

 やがて――極めて――極めて幽かに、香草のかおりと混じってタバコの匂いが。

 

 はじめてこの場所に連れてこられたときもそうだった。

 そのとき俺は、いまは亡き案内役の少佐に、

 

「ちょ……タバコのにおいが。いつかはコレが原因でバレるんじゃないですか?」

「キミも心配性だねぇ。いや、だから生き延びてこれたのかな、マイケル君」

「いくらナンでも……グラス(マリファナ)の臭いは……」

「ここいらの“黒人ども”は、ね?」

 

 イエメンの『ジェベル ・アフダル戦争』にも参加したという、この元SAS(英陸軍特殊部隊)で大尉だった男は、いかにも現地人をバカにするようにフフンと鼻でワラいつつ、

 

「黒人(ヤツ)らは、いったんこの手の譚(ハナシ)が立ったなら――あとは決して近寄ろうとせんのだ」

「……と、いうと?」

「この場所に近づいたことが仲間たちにバレようものなら、そいつは部族の禁忌(タブー)をやぶった者と同等の扱いをされてしまうのだよ。悪霊なんぞより、そちらのほうを怖がって黒人どもはココに近寄ろうとはせん」

 

 ふぅむ。と、俺はイマイチ納得ができないまま、

 

「そんなモンですかねぇ?……って、まさか悪霊のウワサは創設者が?」

「そんなハズなかろうが。実際、このエリアのバラックを割り当てられた兵士のあいだで原因不明の死者が続いたことは事実らしい」

「“らしい”って?少佐どのは直接ご存じじゃないんですか」

「この話はワタシが来るまえに起こった出来事だ。自分も詳しくは訊いてないし、興味もない」

 

 すこし間が空いた。

 そのとき。当時の俺は、すこしばかり引きギミに訊いたものだ。

 

「じゃ、悪魔って?」

「――んン?」

「そのぅ、「Mizuka」はMzukaの複数形ですよね……いったいナニが出たんです?」

「ワタシが知るもんかね」

 

 もとSASの猛者は、あっさり一蹴したあと、

 

「だが、おかげで少しばかり臭わせても、これから案内する場所はバレる心配がない。それだけで十分だ」

 

 いまから思うと、正しいのは少佐の方だったと思わざるを得ない。この秘密の場所の存在は、基地に在籍するどんな立場の者からも、いまだにウワサすら伝わってこなかった。

 

 惜しい指揮官(コマンダー)だった。

 

 ハッパなんぞを吸い過ぎてなければ、戦闘中にいきなり全裸となって、突撃銃を乱射しながら敵に突っ込むようなマネはしなかったろうに。乱戦になった白兵戦のすえ後日、現場を捜索したところ、心臓をえぐりとられたそれらしい胴体が見つかっただけだった。

 

(中尉……いや、大尉かぃ?)

 

 闇に沈んでいるバラック群に入ろうとしたとき、後ろから声がした。

 

 ウィスキー臭い気配。

 星明かりでわずかに見える長いナイフ。

 本人は、これを日本のサムライが持つ“ワキザシ”だと主張してやまない。

 しかし実際のところは山刀(やまがたな)をグラインダーで整形して研ぎあげたパチモノだろう。

 カスバの裏バザール(市場)にあるアヤしげな武器屋で、本物のポン刀(日本刀)が手に入るか否かは、少し考えれば分かりそうなモノだ。アホが。

 

「アンタそのビニール袋ガサつかせすぎ。1キロ先から聞こえたYo」

 

 ヘッ、と俺も背後をとられた悔しさに闇の中で口の端をつりあげ、

 

「そういう貴様も、合図の声がクソ下手だ。こっちァてっきり、またコヨーテが発情してるのかと思ったぜ」

「……こきやがれ、クソが」

 

 イラついたような声。

 だがそれも、俺がビニール袋からジャック・ダニエルの小瓶を出すまでだった。

 

 低くこもった、うれしそうな口笛。

 

 魔法のように手からボトルは消え、廃バラック群の秘密を守る“ジャンダルム(憲兵)”の威圧も雲散する。

 

「おい、ウチのジャンたちは来たか?」

 

 返事が無い。

 かわりにどこか遠くで、スクリュー・キャップをひねる気配。

 

 ――ちぇッ……。

 

 ぶっそうな歩哨役をやりすごした俺は、足もとも定かでない暗がりを、およぐように進む。そして、闇の中に幽かに浮かぶ、もとは死体置き場として使っていたらしい“ネズミ返し”のついた高床式バラックへと向かった。

 そのバラックも、ほかの廃屋じみた建屋と同様に明かりひとつ、物音ひとつしないが、タバコの臭いが、だいぶ強い。 

 備え付けの丸太を切りだした急な一本階段を、つまづきながらアブなっかしく昇る。

 なんど来ても、このクソ忌々しいヤクザな階段には慣れない。

 

 扉をノックするまでもなく、いきなり内側からカギが開き、

 

「まーたコケそうになってンのかぃ“大尉サン”よ……ダセぇなぁ」

「るッさぃ。どうもこの階段とは、相性がワルいんだ」

 

 ま、へぇンな――と第1長距離偵察隊の中尉が、ゴムで目張りの効いた木製の分厚い扉を支えつつ、二重になっている重い暗幕をひろげた。

 これも音が、光が、漏れないための工夫だった。

 このあたりは、さすが先人たちの抜け目無さがあらわれている。緞帳(どんちょう)めいたズッシリとくる互い違いな釣幕を、手さぐりですりぬけた。

 

 とたん。

 

 なかに入るや眩(マブ)しさと、様々にミックスされたタバコの臭気に眼を細める。

 外のみすぼらしい廃屋寸前なバラックの姿からは想像も出ないほどの豪勢な調度でみたされた空間。

 

 ソファーから大卓からキャビネットから、なんでもござれだった。

 

 それが幾つものメノーラー(七本腕燭台)に灯された火によるユラめきでキラキラと幻想的に輝いて、少しばかり空間のある広間に具合良く散らばっている。

 

 ポイントG(ゴルフ)・T(タンゴ)・A(アルファ)

 つまりGo to Alfa。

 【Alfa】という名前は、このかくれ酒場が(旧)アルファ中隊によって創設されたときのなごりだそうだ。

 ちなみに草創期のメンバーはもう全員居ない。契約を終えて除隊したか――墓の下だ。

 今では当時の名残といえるものといったら、壁に掛かる違法なOAS(秘密軍事組織)のポスターぐらいだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「よぅ大尉どの……おいでなすったな?」

 

 一番の古株であるハリー先任曹長が、クッションを幾つものせた木彫りのイスにすわり、水パイプを吹かしながら俺をむかえた。土地の王族か座っていたというその椅子は、さまざまなトーテムや意匠で飾られ、さらに長年の手ずれによってピカピカに照り輝いている。

 

 曹長を囲んで周辺には、すでに10人ほどが、思いおもいの場所とプロフェッショナルな余裕をみせた姿勢でくつろいでいた。

 

 俺が知る限りの最高なメンツ。

 基地に所属する戦闘ユニットの仕切りをまたいだ集団。

 みな基地では畏怖を交えた“ふたつ名”を持つ、戦場の古ギツネたちだ。

 

 伍長、特技三級伍長、軍曹、曹長、先任曹長、准尉、中尉、技術中尉、大尉、中佐……。

 

 奥では“まかない役”の初老な婦人。

 簡易キッチンで、なにやら芋をコネる単純な動作をしている。

 彼女を見て毎回思うことだが、片手がないのでいかにも不便そうだ。

 

 氷を浮かべたウイスキーグラスを手にする少尉。

 タロット・カードををならべ、難しい顔をする軍曹。

 刀身を黒くした特殊部隊用の両刃ナイフを入念に研ぐ准尉。

 あやしげな葉っぱを紙巻き器で巻くのに余念がない大尉――などなど。

 

 一つのロッキング・チェアの前脚には、紅いスカーフが巻かれていた。

 暗黙の了解で、だれもそこには座らない。

 

「ウ(・)チ(・)の連中は来ているか?」

 

 そういいながら、俺はビニールの買い物ぶくろをハリーに渡す。

 

「今夜の歩哨担当、ポールのやつか?酒だけ持っていっちめーやがった……」

「おっ♪悪ィな大尉サンよ]

 

 ハリーは“大尉”のところをイヤらしく強調しながら、

 

「本来ならオレらがオゴらにゃならんのに」

「みんな耳が早いねぇ……スミスのヤツも知ってたし」

「アンタがボサっとしてッからだよ、マイキー(マイケル)。ジャンたちなら、まだだぜ」

 

 伍長がハリーから下げ渡されたビニール袋を嬉しそうにのぞき込みながらタメ口で、

 

「やりぃ!みんな、シャンパンがあるゼおぃ!」

 

 物憂げな顔をしていた傭兵どもの顔に、チラッと喜色が閃いた。

 

「クソッ!しかも冷やしてあるぢゃねぇか!」

「なんだよマイキー、景気イイなぁ」

 

 と、これは片目のコフィン准尉。

 

「なにかウラがあるんじゃあンめぇな――えぇ?」

「ありがたし!さっそくみんなで頂こうじゃありませんか、ねぇ?」

 

 新参の中佐が、どことなくエンリョしつつ一番控えめな口ぶりで。

 

 そう。

 

 このクラブでは、階級など問題にならないのだ。

 ここは戦闘力があるよ(・)り(・)抜(・)き(・)な戦士の“秘密クラブ”であり戦功と部隊に対する貢献の歴史がすべてだった。中佐も戦歴は長いが、アフリカは初めてときている。

 

「オィ!ばぁさん、グラスだグラス!」

 

 伍長の命令に、奥で料理をしていた婦人が戸棚をガチャつかせ、人数分のグラスをもってくる。さすがにココでバカラなんてものはムリで、厚手のコップのような厚手のグラスが並べられて。

 

 俺は時計をチラと見た。

すでに約束の時間を過ぎている。

 やつら、来る途中でメンドくさいアホ上官につかまり、くだらない用事を言いつけられてなければイイが……。

 

 顔に瘢痕模様のあるこの老婦人は、手のない腕のほうで器用に木製の盆をはさみ、もう一方のほうでそこからテーブルに素焼きのコップを並べてゆく。

 

「おぃ、婆どの。その片手は――どうしたのだね?」

 

 新参の中佐が、首に幾重にもビース細工をかけた黒人の老女をあいてにからかうような口調で、

 

「仕掛け地雷でもいじったか?それとも――破傷風でもおこしたか?」

 

 一瞬。

 一団の老練な兵士たちのあいだで、

 

 ――このバカが……。

 

 というシラけた空気がうまれた。

 それを、このイギリス人の中佐は敏感にさとったらしい。

 

「なにか……やってしまったかな?」

 

 パブリックスクール出の物やわらかい口調で、自信なげに古株たちを見まわした。

 

「サモス。サモス――サモス」

 

 ヤレヤレと先任曹長は中佐に向かって首をふり、

 

「なるほどアンタは白兵戦の指揮じゃピカいちだ……けどアフリカってモノを分かっちゃいねぇ。ココはアンタがいた東欧や南米じゃァねぇんだ」

「……分かるようには、努力しているつもりだがね」

 

 新参の中佐は防戦一方だったが、それでも慇懃な態度を崩そうとはしなかった。

 さすが、く(・)ず(・)れ(・)とはいえ、パブリックスクール育ちのイギリス貴族はちがう。

 

「低所得者が医療を受けられない国での戦場を、わたしだって色々見てきたさ。君たちに劣らず、ね」

「 Quod essentia est male intellectis(本質ト事実ノ取リ違エ)」

 

 すぐそばに居たミルズ特技三級伍長が、ボソリ。声ひくく呟いた。

 いきなりラテン語で返された中佐は、ギョッとした表情(かお)で若い特技伍長のほうを向くが、ドカンと景気よくハジけるモノを扱わせたらピカイチな、この寡黙な男は視線を前に向けたまま、

 

「往々にして、われわれ“現代人”の認識は、未開社会にあって引っくり返される。とくにここ、アフリカでは、ね?サモス中佐――貴殿はケンブリッジでフレイザー卿(金枝編)を学ばなかったかい?」

「……いや。わたしはオックスフォードだった」

 

 自分のお株をうばう勢いで、爆弾屋である若い伍長ふぜいに諭された40手前に見える中佐どのは、さすがに鼻白んだごとく口をつぐむ。

 

 ――やはり、Alfa(ここ)の流儀に慣れるには、まだまだだな……。

 

 全員が、そんな考えで一致したように、この中佐どのをマジマジと見つめた。

 中佐はそれでも健気に自制をたもち、

 

「これはどうも。多分に不調法だったようですな」

「いや、アンタにはムリもないよ、サモス」

 

 ハリーがこの場を仕切る威厳をみせながらフランス語で、

 

「マダム・ンクンダ。その手の由来を、この“白い旦那”(ムッシュ・ブラン)に話しちゃくれませんかね?」

 

 キャッサバで作ったマッシュ・ポテトの大皿をテーブルに載せていた老婦人は、かがめた腰をのばすとサモス中佐をキラキラと光る眼で見つめた。

 

「コノ人、イイ白人?」

「Oui(そうだ)。Mais(だが),Il ne connait pas le Congo.(コンゴを知らない)」

 

 婦人はひとつ、ため息をついた。

 

 話すか、話さないか。

 少しばかり逡巡(まよい)があったらしい。

 やがて、すりこぎ棒のようになった自分の右手をしげしげとながめ、

 

 ……この国、長いこと白いダンナの邦(くに)でした。

 大きな家!花畑なった広い庭!何匹の馬!何台の馬車!

 子供に刺激つよかった!いまでもときどき夢みるデス。

 でも子供にいちばん目ひいたのは、白いダンナの娘サンたち、キレイな服!

 

 ふいに、彼女は目を虚ろにして、

 

「陽にキラキラと白い……フワフワな金色の髪……碧い目……」

 

 あの娘さん、ドコいったでショウ?じぶんと同じ姿の人形もった子は?

 奥さまもキレイなお方!大きい帽子!ダイヤ!白いドレス!黒い召使い!

 ワタシに姉イマシタ。わたしたち、そんな奥さまたちをみて、神サマみたく“あがめ”?まシタ。でも――。

 

 ンクンダ老女は、ここでまたひとつ。長いため息をついてから、

 

「そんなモノ買うため……お金Beaucoup(たくさん)、Beaucoup(たくさん)ヒツヨウ……」

 

 お金持ちの白いダンナ、プランタシオン(大規模農園)持ってマシタ。

 それはパーナ(広い)パーナ(広い)農園でシタね。はしからはし、見えない。 

 その農園で、土地の子供たちタクサン働かせました……白耳義(ベルギー)の旦那たち!

 

 べるじゃむ(ベルギー)!と言ったときの老婦人の口調。

 本心が出たのだろうか。いかにも――唾棄する!――といった風情で。

 それが分かったのか、ンクンダ婆さんは畏るおそる軍人たちを盗み見た。

 

 察したコフィン准尉が、

 

「大丈夫だよ、ンクンダ……ここに“ベルジャム”は居ねぇ」

 

 いえ、モチロン。白いムッシュー、みな良い方ばかり……。

 口の中でもごもごと老女は弁解する。

 

 すると――。

 

「いや、オレはそうは思わんな……ヤツら、専制君主気どりだぞ!」

 

 技術中尉のボォドレヱルが、カン!と日本風の“喧嘩キセル”を灰皿にたたきつけ、

 

「黒人(ネグロ)たちを、まるで取り替えの利く道具としか思ってねェ。シャンタルのヤツなんさインドシナで“リキシャ(人力車)”を乗りツブしたクセが抜けなくて、ここで4人持ちの駕籠(かご)なんか使ってやがる」

 

 だれ?と壮年のレルヒ技術中尉。

 それに対し、広間のどこからか、

 

「ホラ、第四中隊のスカした野郎。こないだ黒ビールの供給を増やせだナンだで騒いでた……」

「あぁ、あのハゲか。重迫撃砲(モーター)屋の」

「ディエン・ビェンにも居たんだろ?たしか」

「負傷ってコトで最終便のDC(DC-3)に乗ったらしい。すりキズ程度のケガだったのにな」

「マジかよ、そんなブタ野郎がいるのか」

「この国(コンゴ)が長いカルマンのクソホモなんかもっとひでぇじゃねぇか。ガタイのイイ黒んぼ周りにはべらせて親衛隊気取りだぜ」

「あの野郎か。もとは『コンゴ公安軍』で軍事教官だったヤツだろ?」

「大臣のデジレ・モブツとも面識があるってェハナシ、ありゃホントかね」

 

 ガヤガヤガヤ――ガヤガヤガヤ……。

 

 ジャンやエグモントが聞かなくて良かったと俺は胸をなでた。

 ディエン・ビェンの生き残りの風上にもおけねぇ、ってんでカチ込みに行くところだ。

 腕の時計をみれば、もう21時になっている。

 

 ――ナニか、あったな……。

 

 オレはすっかりヌルくなった、酸味ばかりが主張するシャンパンを啜った。

 

 

「まぁまぁ――そんなクズのことは、ほっといて……」

 

 ハリーがバラバラになりかかる場をまとめ、

 

「中佐ドノにンクンダ婆さんの話を聞かせてやろうぢゃねぇか。ソレ、頼むぜマダム……」

 

 先任曹長にうながされ、老女は丸まり、シワのういた腕の切り口をさすりながら、

 

「ワタシ送られたは、綿花の農園が多いデス。綿花を知ってるかムッシュー?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 朝ハヤい、暗いうちから家出て、夜おそく帰るしごと。

 姉とワタシ、それはそれは。たくさん、たくさん働きました。

 デモ、量がたりまセン。近所のコワいオトナが監督となって“ノルマ”決める。

 えぇ、その中年の監督、キビシイございました。取り入れの量、絶対守ることヒツヨウでした。

 

「もし、取り入れの量。足りなかったとき……」

 

 

 沈黙があった。

 全員の視線が、中佐にあつまる。

 

「収穫量、たりない子は回数が重なると見せしめに腕を――」

 

 ンクンダ婆さんは、丸まった腕を中佐に突き出した。

 

{IMG82528}

 

「なんたるコトだ!」

 

 イギリスの貴族くずれは木製のソファーから立ち上がった。

 七本腕の燭台に照らされた男の顔には、世間を知らない坊ちゃん風味な義憤があふれて。

 コイツいままでナニ見てきたんだか、と俺はコップのかげで皮肉な嗤いを浮かべざるをえない。

 

「子供からの労働搾取!――許しがたい!」

「そうイキりなさんなって」

 

 冷静な声が、どこからか投げかけられる。 

 

「アンタんトコの国も“産業革命”とやらで今世紀初めまでやってきたことだろうが」

「しかし腕までは斬らなかった!」

「同じだよ。満足にメシも与えないで子供を重労働させ、肺炎になるまで働かせたりしただろ」

「……しかし!」

「姉はキレイなヒトでした」

 

 老女は傭兵たちの言い争いなどどこ吹く風で、先をつづけた。

 

 いつもワタシに食べ物や着るモノ、譲ってくれマシタ。

 でもある日、どうしても取り入れの量が足りなくなったとき――。

 もう涙も涸れ果てたのか。すこし休んだだけで、彼女は淡々と先をつづける。

 

「……ワタシの身代わりに、監督に腕を斬りおとされたデス」

 

 戦場ギツネたちの間で、沈黙がおとずれた。

 老女のハナシ自体は、べつに目あたらしいものではない。

 ただ、自分たちが実際に経験してきた光景を、酒にいくぶん焦点がかすむ記憶を通し、想いおこしていたのだ。

 

 路上に転がり、餓死しかけている子供。

 人買いに周旋された少年兵と、その末路。

 機銃になぎ倒され、顔を爆散させた母親と幼児。

 弾薬運びのアルバイトで、旨そうにタバコをすっていた児童。

 

「姉は、それから監督たちの“使い”にされました。夜、家に帰ってこなくなりました。それから姿、見えなくなりました」

 

 まちたまえ、と中佐は無遠慮にハナシの腰をおり、

 

「それじゃ、婆さんの片手は、どうして無い?やっぱりケガなのかね?」

「切り取った手は――」

 

 老女は丸くなった切り口をなでながら、

 

「監督サンたちにとって“白いムッシュー”への……フィデ・リテ(忠・誠)?の証明でした……」

 

 手、たくさん斬る。白いムッシュ、喜ぶ。

 でも斬ってばかり、すると子供足りなくナル。

 そこで監督サン同士、手をやりとりする。手、お金の代わりにナル。

 

「……」

「あるときワタシの監督サン、賭け(カード)で大きく負けました。たまたま、その小屋へワタシ、届け物をしてました……」

 

「……もういい」

 

 中佐は手を挙げ、あえぐように呟いた。

 

「悪かった……マダム」

「なんだィ、なんだィ、意気地がねェなサモス――こんなハナシもあるぜ?」

 

 コフィン准尉が、空になったブ厚いグラスにラム酒をビチャビチャと注ぎながら、

 

「男が担当する重労働の作業で、ノルマの未達成をとがめられた黒んぼの監督が“白いダンナ”にとっちめられた時『サボっているヤツには喝をイレてますんで』とカゴいっぱいの手を差し出した。するとダンナは『女の手も混じっているんじゃないか?ずいぶん小さいのもあるぞ!?』そういってカゴを蹴りトバし、黒んぼをムチでドヤした……」

 

 目を細め、中佐の顔を見ながら面白そうに准尉はラム酒をすする。

 

「するッてェと、次の日だ。白いダンナのところに荷物が届いた」

「……ほぅ?」

「中身は――カゴいっぱいのキンタマさ」

 

 サモス中佐どのは顔を真っ青に、暗然とした貌(かお)で目を閉じた。

 ニヤニヤと、アフリカ古ギツネたちの(……ざまぁミロ、な視線)

 

「少しァ、この国ってヤツがわかったろう(ありがとうンクンダ、仕事にもどってくれ)。だいたいレオポルド2世なんてクズぁ“ちょび髭の伍長(ヒトラー)”より人を殺してるんだぜ?」

 

{IMG82536}

 

「原地民の苦難は――いまだづづいている」

 

 ふいにミルズ伍長がポツリ、つぶやいた。

 

「彼らの味わう塗炭《とたん》の苦しみを、われわれはただ眺めつつ、どうにもできないのだ」

「オレたちが、いくら制度改善したってダメだよマイルズ(ミルズ)。しょせん“黒んぼ(ニグロ)”どもは――」

「“現地民”だ、コフィン。“黒んぼ”ではなく――現地民と言え」

 

 思いもかけぬ語気の強さで、爆弾屋の伍長はニヤニヤと笑う准尉をたしなめる。

 怒られたコフィン准尉は、すこしばかり不服そうに、

 

「ンだよミルズ。マイケルんトコのヤン中尉みてぇなこと言うなぁ……」

「コフィン。“黒んぼ(ニグロ)”という言葉をつかう限り、オレたちはあの糞レオポルド王と同じ――」

 

 そのとき、暗号めいたノックの音。

 

 扉がひらく音がして、暗幕がたわむ。

 入ってきたのは、ジャンとエグモンだった。

 思ったとおり、みょうにこだわったような顔をして……。

 

 




黒人奴隷のくだりは、ほぼ実話です。
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