※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃    (8:重要回・その1

その声。

 

 似ていた――あまりにも似ていた。

 ウッ、と戦闘中にもかかわらず呻いてしまうほど。

 

 かつての親友。

 学生時代からの腐れ縁。

 初恋の相手をゆずった戦友。

 皇国・第二特殊騎士団『風虎』士隊。

 通称“砂漠の虎”士長。セルゲイ・レスコーフ。

 

 ――遺伝ていうのは、ナルホドあるモンだなぁ……。

 

 斬りかかってくる一人を軽くいなし、体(たい)を入れ替えザマに相手の喉仏を深々と切り裂きながら感心する。しかも相手の身のこなし……まるっきり、親父ソックリじゃないか。

 もうサンザ切りさいなまれたであろうに、青年は畏(おそ)れを忘れた手負いのケモノよろしく長剣を振り、突き、薙ぎはらい、確実に憲兵隊の損害を増やしている。

 

「たかがジジィが加勢しただけだゾ!なにィ手間取ってんだッ!」

 

 囲みの外から分隊長らしきヒゲづらが、地団駄を踏み、イライラと叫んだ。

 

「クロスボウだ!火炎放射器ィ!」

「ンなぁ!こんなせまい広場で使えませんて!」

「何を使ってもイイ!ヤツを生け捕れ――ジジィは殺しても構わん!」

 

 ――くそが……ッ!

 

 どうも「ジジィ」と言われるとイラッ、とする。

 まてよ?前はどこかで「オヤジ」と罵られていたような気が。

 刺叉(さすまた)と、トゲトゲのついた“袖(そで)がらみ”棒を持つ相手が巧妙に立ちまわりウザい。

 私は思いきって前に出ると、刺叉を持つ一人を切り伏せた。だがすぐに別のひとりがそれを拾って使いはじめるのだ。

 

 ――ヤバい……コイツら大噴水の連中とは大ちがいだぞ。

 

 ようやくアセってきた。

 さすがに私も歳のせいか息が切れる。

 “虎の字”のせがれも、刃筋の鈍りがあきらかだ。

 

「小型牽引・火炎放射器!来ましたァ!!」

 

 囲みから声が上がった。

 ガラガラとカートの音が近づく。

 ついでヒュゴッ!と液体燃料の臭いが。

 

 ――げぇッ、ヤツら本当に持って来やがった。

 

 こんな込み入った下層区のせまい小広場で……正気か!

 陽の届かない谷底のような下層区のカビ臭い路地に、燃焼用液体の気配。

 

「よォし!ジジィを灼け!」

 

 小型の車輪が石畳を噛む音がして、火炎放射機がこちらに向けられる。

 火線にあたる囲みの一方から、バラバラと憲兵隊が待避した。

 弓兵がクロスボウを構え、足止めにコチラをジッと狙う。

 

 ――ヤバたにえん……。

 

ズヴォっ……ッ!! 

 

 短く炎が試し吹きされる。

 オレンジ色の舌が舐める石敷きの部分は液体燃料で燃え上がる。

 黒煙のなごりが、上へ上へと建て増しされた広い井戸の様な空間を、ゆっくりと夕空へ。

 

 ――ムリちゃづけ……。

 

 さすがにオ(・)レ(・)も顔面が蒼くなるのが分かった。

 どこか身をかくす場所は!と私(・)は蹌踉とあたりを見回す。

 俺(・)は井戸に目を止める。ケドまさかあッこに飛び込むワケにもいかねぇ……。

 

「狙えっ!放射、用ォ~意!」

 

 自分から離れてろ、と“虎”のせがれを横に突き飛ばす。

 息子のほうも、さすがに黙ったまま、こちらの命令に従った。

 どのくらい素早く反応できるだろうか……自分の老いた身体は?

 放射器に点火されたら、炎の舌が伸びる前に、ヨコっ飛びで逃げる。

 

 ――しかし、なぎ払われたら……。

 

「――放てェッ!」

 

 チン!というフリント(発火石)の音。

 轟(ゴウ)ッという音より迅(はや)く、おれは横に転がって井戸のうしろに隠れた。

 しかし放射器の射手は液体燃料のいきおいを弱め、ジェリー状の燃料に放物線を描かせる。

 そのため隠れた場所の上空から、燃える液体が降ってきた。

 

「うわッ!」

 

 井戸から飛び出すと、隠れていた場所に火の池が燃えあがって。

 ここまでくると、憲兵隊も見物気分とみえ、ヤジ半分の罵り声だった。

 安全を見て火炎放射器からすこしはなれた場所で、コチラをゲラゲラと嗤う。

 先ほどまでのはらいせか、広場のゴミや敷石などをはがして投げつける者まで。

 

「――ホラホラ、をぢ~チャンはやく動かないと焼き鳥ンなっちゃうよ?」

「――おぃ~マズそうな焼き鳥だなぁwwww」

「――骨と皮しかねぇぞォ?」

 

 炎の舌は、いたぶるように私を微妙なところで外した。

 服についた燃える飛沫をアチチ!と払い落とす。

 しかし引火性燃料なのでなかなか消えない。

 熱さに身もだえして珍妙なポーズで。

 そのたびゲラゲラと笑い声がわき、

 

「――オラオラ、踊れオドレぇぇぇ!」

「――仲間のカタキだ。カンタンにゃコロさねぇよ?」

「――“強火の遠火”でしっかり火を通して炎のミイラにしてやらァ」

 

 ふと、そのなぶるような攻撃が一瞬止んだ。

 次いで炎の舌はグルッとまわり、はやし立てる捕り手たちの上へ突然降り注ぐ。

 

「ギャャァァァアァァああああああ!……あ!」

 

 いきなり火ダルマになり、のたうつ者。

 あるいは、なぜか背中にナイフが刺さりヒザから崩れ落ちる者。

 身にまとう装甲の間から、引火性の液体燃料が入りこんだ悲惨な者もいる。

 火を消そうにも鎧がすぐに脱げない。焦るほど留め金は外れず、焦熱地獄を味わって。

 

「何をしてい……ッ!」

 

 分隊長のセリフはそこまでだった。

 上半身を横なぐりの火炎がつつみ、あとは人間松明状態。

 手を前に突き出し“炎のミイラ”となって無言のうちに広場をヨロめく。

 

 ――うぇッ!?

 

 見れば、いつの間にか小型の火炎放射器に女騎士がとりついていた。

 その足もとには本来の射手がボロ屑のように丸まり、背中からナイフを生やして。

 右に、左に。彼女は思うがまま、凶悪な火炎を驚くほど正確に操っていた。

 

 そういえば――むかし聞いたことがある。

 

 『白百合』隊は皇族をガードする近衛の性質上、万能な護衛騎士をめざし兵科をまたいだ教育を受けていたと。武器だけでなく、たしか算盤(そろばん)と簿記も検定1級、それに甲種危険物取扱者の免許も条件のハズだった。

 

「でかした――副長!」

 

 湧き立つような悦び声で、私(・)は女騎士に合図した。

 だが、ホナミは、先ほどまでの『おまんこヨダレなアヘ顔』を引っこめ、一転して夜叉の形相。まるで今まで受けた辱めを復讐するかのように、冷静に死の火炎を射ち分ける。やがて敵がバラけ、これ以上の効率は望めないとみるや、残燃料をタンクからダバァしてそれに着火し、火炎放射器本体を炎上させた。

 

「よくも!我にハジをかかせてくれたな『第二憲兵隊』とやら!」

 

 ホナミは足もとに転がる射手の剣を鞘ごと奪うや、素肌マントの上から手早く身につけた。

 ハデに炎上する火炎放射器が、うす暗い広場に転々と転がる憲兵隊の死体を浮かび上がらせて。

 その紅蓮(ぐれん)を背景に、彼女は長い髪を振り乱し、羅刹のような表情(かお)で大音声(だいおんじょう)に呼びかける。

 

「我が名は皇宮近衛・第壱連隊『山百合』が副長、ホナミ・ヴォズドレィフ!」

 

 ここで飛んできた矢を、彼女はいとも簡単に居合い抜きで切り落とした。

 そして、そのまま剣を頭上高くにかかげ、

 

「いざや!――汝らに天誅(てんちゅう)を下さん!!」

 

 あとは、もう他愛もない弱い者いぢめな残党狩りだった。

 炎にまみれて仆れ、ヒクヒクと痙攣している者。

 狼狽して我々の刀の錆となるモノ。

 大多数は逃げたらしい。 

 

「――意外だよなぁ!」

 

 青年が長剣を振りながら愉しそうに叫んだ。

 

「まさか、またオマエとこうして肩を並べ戦えるなんて!」

「……オマエだと?」

 

 戦闘時にもかかわらずイラッ、と私は“虎の字”のせがれを見やる。

 と――その背後を見れば、

 

「ホラホラ!次に死にたいのは誰か!」

 

 ホナミ副長が、どうせ死ぬ相手だ、地獄の土産に拝んでおけと言わんばかりに、マントの合わせ目から女陰をチラ見せしながら凶刃をふるう姿を(やはり女はコワい……)としばし手をとめて眺めつつ、

 

「年寄りに対する敬意を知らんな?」

「……なんだと?」

「セルゲイは――オヤジは、オマエに言葉づかいを教えなかったのか?」

 

 一瞬、相手に怪訝の色がよぎる。

 ややあって相手は合点が行ったのか、バカにしたような顔で嗤い、

 

「ナニ言ってやがる。オレだよ“龍の字”――オ(・)レ(・)が(・)セルゲイだっての」

 

 一瞬の空白があった。

 やがて思わず、

 

「はぁぁぁあ!?」

 

 思いっきりデカい声を出してしまった。

 

 これが拙(まず)かったらしい。

 この素っトン狂な声が、ホナミ副長の動きを止めた。

 そしてその背後から、機械仕掛けの大型クロスボウを構えた人影が立ち上がる。

 

「副長うしろォ!」

 

 だが私の叫びに彼女が反応する間もなく、

 

 『ブンッ!』

 

 離れた場所まで届く、胸の悪くなるような音を立て弓の弦は放たれた。

 

「グぅッ!」

 

 女騎士がうめき、強力な矢の勢いで前に押され、ヒザから崩れる。

 見れば彼女の背中には太い矢が深々と突き立って。

 

「――きっさマァ!」

 

 俺(・)はソイツに駆けより思うさまブッたぎろうとする。

 しかし相手は武器を捨て、身軽に逃走した。

 どうやら第二憲兵隊とは違う所属らしい。

 音のしない、身軽な装備だった。

 

 気が付けば、広場に生きた捕り手の姿はなく、あとは死体が転がっているのみ。

 チロチロと燃える火炎放射器の残骸が、それらを銅版画風に照らしている。

 完全に陽は没したらしく、魔照石が暗さを察知し輝きだした。

 

「ホナミ副長!」

 

 女騎士は石畳に四つん這いとなってうずくまっていた。

 背中に突き立った矢を抜こうと苦しそうにもがいて。

 背骨か、肩甲骨か。それとも肺を貫通してるのか。

 動脈をやられたら、長くはもたない……。

 彼女を抱え上げ、私は唇をかむ。

 

「いったぁ……」

 

 しかし、何としたことか。

 女騎士は背中をさすりつつ、シレッと立ち上がった。

 そしてふくれっ面をしながら、周囲に敵の姿がないのを確認する。

 

「え?……ホナミ……副長?」

「マイケル団長どのぉ……私の背中、どうなってます?」

「どうってお前……」

 

 だいじょうぶかよと私は心配半分、あきれ半分に、

 

「その、クロスボウの太矢が……刺さっておるが」

 

 うそォっ!驚いた彼女は背中に手を回す。

 意外に身体が硬いらしく、肩甲骨のあたりまで手が届かない。

 それに刺さったはずの矢が不自然に揺れた。

 

「なにか入ってるな」

 

 セルゲイが近寄ると、矢の刺さったマントのあたりをゴソゴソとさわる。

 やがて、あぁ!合点のいった顔でズバリ、

 

「金貨だ!おそらく贈答用の大型ヴェルナフ金貨」

「……金の含有量が一番多い旧皇国時代の金貨じゃないか……ヤツめ!」

 

 用心深いアイツのことだ。「防御と「非常用持ち出し」を兼ね備えているにちがいない。

 マントの中に何枚も仕込んであるゼ、とセルゲイはホナミ副長の身体を撫でさする。

 それに対し、彼女は露骨にいやな顔をして身をよじらせ、悶えてセルゲイをにらみ、

 

「こっ、コレっ!――そうたやすく触るな!」

「そうはいっても金貨が貫通してるんだ。肌だって傷ついてるんだから、手当しねェと」

「お前の方だって、相当な手傷じゃないか」

 

 私が二人の間に割って入るが“虎”は肩をすくめ、

 

「オレは――いい」

「ンなワケいくか」

「不老・延命処置のうえ、禁呪の邪術で“強化処理”をうけている」

 

 思わず言葉をうしなった。

 信じられん。コイツ本当に“虎の字”、セルゲイのヤツなのか。

 まったくモツ鍋屋の娘といい、大噴水の一群といい、禁呪邪術の大盤振る舞いではないか。

 

 私は憤懣やるかたない口ぶりとなり、

 

「すこし国を離れていたとはいえ、いつからココはこんなにも禁呪まみれになったのか」

「隣国の外法魔道士が、かなり入り込んでいるンだ……金もうけ目当てに」

「なんでまた。自国で稼ぎゃァいいのに」

「隣国は禁呪扱いな邪術の民間商売を禁じてる……さ、いつまでもココいちゃマズい。すこし離れたブロックに、我々のセーフ・ハウスがある」

「……我々?旧皇国のレジスタンスではなく?」

 

 セルゲイは言葉をにごした。

 その顔つきに一瞬、後ろ暗いものがほの見えて。

 

「ホナミ副長――イケるか」

「待って……ください」

 

 彼女はそういうや、すっかり暗くなった広場に眼をこらした。

 まるで牝豹(めひょう)が得物を狙うように、前傾姿勢のまま背中を緊張させて。

 やがて、スルスルとした運足で前に出るや、何もない空間に剣を一閃させた。

 

 ギャッ!という得体の知れない聲(こえ)。

 

 中空で青白い炎が数瞬もえあがり、やがて力尽きたように消える。

 彼女は仕事を果たしたようなドヤ顔でもどってくるや、

 

「“咒式(しき)”を放っていた部隊があったようですね。おそらくワタシたちのあとを追尾(ツケ)るつもりだったんでしょう。始末しておきました」

「白百合は呪術も修得させるンかィ……」

 

 大したモンだ、と“虎の字”は気の無さそうな声でそう言うや、

 

「さ、行くぜ?」

「ちょっと……チョッと待たれよ」

「こんどはナンだよ!はやくしろぃ、トロぃな」

 

 ホナミ副長は“虎の字”に冷たい一瞥を投げる。井戸のほうに行き、ガラガラと釣瓶(つるべ)を操作して水をくみ上げるや、こちらに背をむけマントの前を開き、前屈みになってシャバシャバと何やらやっている様子。

 

 大噴水での嬲(なぶ)られるような責め。

 アクメが後押しするという鬼畜な銅像化プロセス。

 あの悪夢のような光景を思い出し、私はすぐに悟った。

 

 ――あぁ……そうか。

 ――ナンだィ?

 ――その、アレだ。さんざ責められた部分を清めてるんだ、と思う。

 ――なァんだ、マンコ洗ってんのか。そういや、ここんトコ戦闘続きで女はご無沙汰だなァ。

 ――おぃ、あんま見るなよ?しらんプリしておけ!

 

 自分の中で、そんな想いが交錯する。

 

 だんだん分かってきた。この者たちは、私の別の人格だ。

 老いがかさみ、耄碌して性格が分裂をはじめたのだろう。

 認識も衰え、判断力も摩耗した証なのか。哀しい哉(かな)、だ。

 

「ちょ……ッ!――なにを見ておるか!」

 

 私の背後でホナミ副長が叫ぶ。

 

「あぁ?ナニも見てやしねぇよォ!」

「無礼な!ガサツ者が。ヨソを向いておれ!すこしはマイケル閣下を見習え!」

「ケッ!――中央の“金喰い牝(メス)近衛”がヨォ!」

 

 “お股(また)”を清めたホナミ副長は、ついであちこちに転がる死体から使えそうなマントを剥ぎ取り、剣で切り裂いてつなぎ合わせ、器用にも簡単なドレスめいたモノを作ってしまう。どうやら白百合には服飾科もあったらしい。意外にデザインもよかった。まさに“戦場のオートクチュール”というヤツだ。

 手製のドレスをまとった彼女が、用済みであるドレイドのマントを棄てようとすると、セルゲイは血相を変えて飛びかからんばかりにそれを拾い上げ、

 

「ナニしやがる!」

「なにか。何をするとはどういう意味か」

「どエラい金貨が縫い込まれたマントだぞ!?」

 

 コレを棄てるなんてトンでもない!と、どこかのゲームにでもありそうなセリフ。

 

「さッすがは中央のお嬢サマ近衛だな!金の心配なンか……したコトねんだろ!」

「なんだと?さっきは聞こえたぞ!そなたがウワサに聞く“砂漠のウジ虫”だな?」

「――なにィ?」

「西のほうで好き勝手やり、ロクに報告も寄越さないと。宮殿では問題の士隊だぞ!」

 

 バチバチと視線で火花を散らすふたり。

 

「オイもうよせ――さァほらズラかるぞ?ここに長居は、マズい」

「しかしマイケル殿、この者が!あまりにも――」

「“龍の字”!オレぁカンベンならねぇ!」

 

 血気盛んなふたり。

 

 ひとけのない路地に、その声は若い夫婦の痴話ゲンカめいて響く。

 こんな勢いは、すでに私が過去に老いてきて……いや違う、置いてきてしまったモノだ。

 言い争うふたりを前に、置いてきぼりにされされたような感慨を抱きつつ、何のかんの言いながら歩きはじめた二人のあとを力なく追う。

 

 すくなからず血の匂いを振りまきながら、我々は路地の小道づたいに落ち延びていった。

 広場の周囲はひとけが無かったが、周辺の建物のほうでは三人が通るたび木のブラインドが閉まり、中から息をひそめてコチラをうかがう気配がアリアリと感じられる。

 

 歩きながらホナミ副長は、

 

「マイケル閣下……この世界は、本当に“あの騒ぎ”から何十年もたっているのですか?」

「そりゃそうだ。そいつのジジィ面(づら)ァ見てみろよ――老け了(ちま)って」

「そなたには訊いておらん!」

 

 また一悶着ありそうな気配。

 若いとムダに元気だな。カンベンしてくれよもー。

 もろもろの意味合いでため息をついた私は“年長者”の貫禄で、

 

「わかった、わかった。そう騒ぐな。我々は、追われている身だぞ?」

「けどよぉ“龍の字”よ、コイツが――」

「コイツとはなんだ貴様!」

 

 とたん、彼女はムチを振るうようなサド的一声で、

 

「ちゃんと“ホナミ副長どの”と呼ばんか!――辺境の、特殊士団長ふぜいが!」

 

 グッ!とセルゲイは言葉をつまらせた。

 だがすぐさま、まるで火の出るような目つきで女騎士をニラみつけると、

 

「そうやって!中央の連中がオゴってッから……数十年後はこのザマなんだぜ。オメーが“噴水銅像用”の改造施術受けているあいだに、すべて変わっちまったんだ。ナァ?マイケル爺さんよ?」

「爺さん言うな、クソが」

「だって本当のコトぢゃねーか」

「そういうおまえは!不老施術なんか受けて、なにをしてたんだ?」

 

 私はイライラとセルゲイにたずねた。

 相手の背中をうかがうが、そこには何の感情も浮かんでいない。

 

「オレの脇腹をブッ刺して以来、姿みせなかったではないか」

「……」

「おまえはあのとき衛生兵を呼んでくるとか言ったよなぁ?」

「……」

「結局、近所の主婦が気付いてオレを仮設病院に運んでくれたが」

「……」

「おまえ、もともと反皇国派だったんだろ?」

「……」

「それが何で『セカンド(第二憲兵隊)』なんかに追われている?」

 

 はぁっ、とセルゲイは大きなため息をつき、

 

「革命は……失敗だったんだ」

「やっと分かりおったか、アホが」

「革命?貴様いったいナニをやったのだ!」

 

 ホナミ副長が色をなす。

 私は嘲るように説明した。

 

「この“バカ”は世直し気取りで政権を奪取したはイイが、みんな利権にまっしぐらだ」

「それでは皇帝陛下は?セミョーノル陛下!エルヴェート皇后陛下は、どうなされたのだ!」

「……」

「ホラ、革命闘士セルゲイさんとやらよ」

 

 俺(・)は更にイヤミったらしく言ってやる。

 

「ホナミ副長ドノに、説明してやンなよ」

 

 “虎の字”は、こちらの口調にちょっと怪訝そうに振りむいたあと、横を歩く女騎士に、

 

「皇帝は……お気に入りの女官だけ抱えて、サッサと夏の離宮にトンづらしたよ。そこで細々と亡命政府とかをやってたが――先年おッ死(ち)んだ」

「陛下が!……崩御なされた……」

 

 ホナミ副長は足をとめた。

 魔照石が照らすだけの薄暗がりな裏道でも、彼女の顔が蒼白になるのが分かった。

 次いで、やや声をふるわせ、

 

「では……では皇后陛下は!エルヴェート様は!?」

 

 やや久しい沈黙があった。やがて自称革命家は渋々といった調子で、

 

「あぁ……先代の皇后がクタばっての再婚で、なんせ若くて美人だったろ?革命派高官たちの慰み者になって、ポコポコ孕んだあと……塔から飛びおりた」

「――そんな!」

 

 話を聞いた近衛・白百合隊の副長は、こぶしを固め夜空を仰いだ。

 急造のドレスに包まれた肩がふるえ、背中から悲憤がたちのぼる。

 

「エルヴェート様……フィオーナ殿下……」

 

 やがてその目尻から、光るものがひとすじ、ほおを伝った。

 

「ホナミのちからが及ばぬばかりに……申し訳ございません……!」

 

 “虎の字”は、それに追い打ちをかけるように、

 

「生まれたガキぁ、皇后を……皇后陛下を孕ませたブタ共に似て、みな暗愚(ボンクラ)でな。それでも『神輿(みこし)』にゃなるッてんで、名目だけ諸州の知事(アタマ)にして操り人形ンなってる」

 

 女騎士は黙り込んだ。

 さらに革命家セルゲイの説明はつづく。

 

「マァ、いまも亡命政府は、細々と続いている。ケド昔の騎士団は、ほとんど解散。白百合どころか近衛もない。残ってる騎士団も、山岳地帯が専門の第一特殊騎士団がすこしばかり」

 

 彼女の悲嘆(なげき)をよそに、私は話に出た通称“雪鷲(ゆきわし)”部隊の長をやっている旧友を思いうかべる。いまでは手紙でしかやりとりをしていないが、夏の離宮をガードするあの戦闘ユニットは、現在レジスタンスの貴重な支援部隊となっていた。

 

「“鷲の字”とは、たまに連絡とったりするのか」

 

 ヘッ、と薄暗がりの路地に、自嘲気味な気配。

 

「おれがヤツに顔向けなんか出来るかよゥ……」

「おのれ等が……おのれ等があんな動乱など起こさねば!」

 

 剣が引き抜かれる音がした。

 殺気が、せまい路地に横溢(おういつ)する。

 

「皇后陛下は……殿下は……女官たち、アルテラ係官は!」

「マテマテ待てって!話を聞けってばョ!」

 

 ホナミの殺気にあてられたセルゲイは慌てて、

 

「おれァ、むしろ陛下たちを助けたんだぜ?」

「どういうことか!偽りを申すと――承知せんぞ!」

「知らねぇのか?オィ、近衛に情報部ってなかったっけ?」

「あのうす汚い内務院とわれわれ近衛とは、親しく関係をもたぬ!」

 

 あぁ、だからかとセルゲイは納得した様に、

 

「あの5月に皇帝のヤt……いや、皇帝・皇后両陛下を目標とする暗殺計画があったんだ」

「偽りを申すな!左様なことは初耳だぞワタシは!」

「ウソなモンかぃ、ナァ?“龍の字”!」

 

 助けを求めるように、私の方をむく。

 

「まことですか?マイケル閣下!」

 

 剣を構えるホナミに、私は「あくまでウワサだが」と重々しくうなづいた。

 

「あのときは“第四次公会議”で忙しかったからな。殺された子飼いの密偵が知らせてくれたので、別働班を仕立て、一応調査・警戒はしていた」

「な?おれ等の作戦じゃ、あくまで王宮に白旗をあげさせ、下層民の待遇改善を要求するのが目的だった。言ってみりゃ一揆みたいなモンさ」

「……」

「両陛下を殺されちゃ、国外的な体面も取れねぇ。おれたちァ、そこまでバカじゃねぇ。ただ雇った連中が殺戮に先走りすぎた――そのいみじゃ“龍の字”よ」

 

 セルゲイは 憮然とする私の方をふりむき、

 

「おめぇにゃスマねぇコトをしたと思ってる。この怖ッかないアネゴに殺されるいわれァねェが、お前ぇにゃ斬られても、しかたねぇ。ご家族のことは……スマンかった」

「暗殺を計画していた下手人は?わかったのか」

 

 女騎士は剣を構えたまま、静かに呟いた。

 

「さァて。今となっちゃ皆目(かいもく)分からねェ。ただ、枢機院がカラんでるンじゃないかって情報(ネタ)は、あった」

「枢機院が――まさか!」

 

 フンとセルゲイは鼻で嗤い、

 

「これでワかったろ?どのみち皇国は、もう屋台骨が崩れる寸前だったのサ」

「そんなことは無い!善政は、敷かれていた!」

「じゃぁあの時の完全失業率を言ってみろよ。給付金手当の額は?慈善院の窓口の数は!」

「それは――」

 

 まぁいい、とセルゲイは不意に脱力し、声をおとした。

 

「いずれにせよ、もう過去のコトだ。あれこれ騒いでも仕方ねぇ」

 

 そう言って彼は、なかば魂の抜けたような近衛の女騎士をうながした。

 

「それにお互い、もうフツーの人間じゃなくなったんだ――ホラ行こぅぜ?ホナミ副長どの」

 

 女騎士は不承不承といった感じで剣を納める。

 落ち武者めく珍妙な3人連れは、ふたたびトボトボ歩き出した。

 ホナミ副長の打ちのめされた様に哀れを催したものか、革命家の説明はいくぶん丁寧に、

 

「ひるがえっていまの政権をみりゃァ、軍備はグズグズ。周辺の国から傭兵がだいぶ入り込んで、警察の代わりをしている。けど権力のあるものァ愚連隊やとって、勝手に士団をつくり私設親衛隊あつかいサ。さっきの『セカンド(第二憲兵隊)』見たろ?アレもそのひとつだ。練度はバラバラだが……金を湯水のようにに使って装備だけはイイ。国庫はとっくに破産状態なのにナ」

「そういや、さっきの答えを聞いてないな?」

 

 私は、2人が肩を並べてあるく後ろから“かつての旧友”に呼びかけた。

 

「おまえは“五月動乱”の仕掛け側だったんだろ?なぜ、あの連中に追われてた?」

 

 五月革命だ、とセルゲイは訂正したあと。

 

「汚職の証拠を握ったからサ。暴露しようとしたら――公職ゥ追われて暗殺隊を仕向けられた」

「貴様のやったことが、ドレイド卿一派の台頭を招いた。こうなったのは……おまえの責任だ」

 

 しばらく沈黙。

 靴音だけが、狭い路地にひびく。

 やがて、セルゲイは突き放したような口調で、

 

「おれにァ――夢があったんだ」

 

 そしていくぶん自嘲的な勢いで先をつづける。

 

「皇国のみんな……金持ちも貧乏人も、みんな笑って暮らせるような、そんな国にする夢サ」

「アホが!得てして理性の夢は地獄をつれてくる。ちょうど今の社会のようにな」

「その目標をかなえるためなら――」

 

 私の横やりを、まるで聞かなかったように、旧友は先を続けた。

 

「おれはなんだってする。泥水すすろうが、地獄に堕ちようが構いやしネェ。これは長い道のりだ。そのために不老邪術の処置を受けた。たしかにしばらく寝ている間に、いっそうヒデぇコトにはなったがネ……けど、こんどは大丈夫だ」

「今度だ?」

「いま、新しい勢力をこの国に引きいれてる。オマエらの糞ショボなレジスタンスとはちがい、大量に武器と兵士を動員できる」

「――オィちょと待て!」

 

 私はセルゲイの肩をつかみ、足を止めてこちらを向かせた。

 

「おまえ……また性懲りもなく、ロクでもない革命ごっごやっているのか!」

「きさまだって!レジスタンスとか言って武力闘争をしてるじゃねェか」

「我々の活動は、たんなる暴力闘争とは違う!周辺各国と連携しつつ世論を――そうか!あの爆発は、お前たちが!」

「……信管の扱いをミスったバカがいたんだ。アホに雷酸水銀(起爆薬)を任せるんじゃなかった」

 

 またか、と私は肩をおとした。

 コイツら、前に火薬塔でも同じヘマしただろうに。

 まったく学習能力ってヤツがないのかと呆れつつ、念のために尋ねる。

 

「いったい、どこで爆発させようとしたんだ」

「大噴水ちかく。予定では青銅像に施術された者を、全員救出するハズだった」

「それはマコトか」

 

 こんどはホナミ副長が、ふっと顔をあげた。

 

「われわれを――救出するつもりであったのか」

 

 相手の意外そうな視線を避けるように、この“ヘッポコ革命家”はソッポを向き、

 

「そうだ……失敗して済まねぇ……殿下もあんなことに」

 

 やや久しい沈黙。

 彼女はすっかり困惑した面持ちで、

 

「……キサマをどう扱って良いものか……わからぬな」

 

 そのとき、遠くからから晩禱の鐘が鳴りだした。

 次いであちこちの鐘楼も、それに呼応するように、澄みとおるような音色を響かせる。

 堕落の都に、その鐘の余韻は波濤のごとくゆきわたり、敗残者3人の頭上に、肩に、等しく切々とふりつもった。

 

「…………行こうゼ、アジトはもうすぐだ。そこに着替えも。食い物もある」

 

 3人は再び歩き出した。

 

 水はけの悪い、しめった石敷きがつづく路地。

 予算の乏しい下層区のこととて魔照石の非常灯も少ない。

 かぼそく瞬いていた近くの魔性石がフッ、と力尽きるように消えた。

 

 とたん――辺りは真っ暗となってしまう。

 

「……まて」

 

 私はささやき、先をゆく2人をとめた。

 なにかがおかしい――背中にうずくような違和感がある。

 そう、言ってみれば、どこからか狙撃兵(ティラユール)の照準が狙っているような……。

 ふり返って俺は、いま来たばかりの闇の奥を、斥候兵の目でジッと見すえた。

 

「どうした?“虎の字”」

「……尾行(つけ)られてる」

 

 えぇっ、とセルゲイも背後の闇に目を凝らすが、

 

「……ナニも感じねェが」

「アホ。その不老処置された身体は人形(デク)か。先に行ってろ……始末してくる」

「……ワぁった。この先にある廟の地下室だ――ソコで落ち合おうゼ」

 

 私はなにも言わず、2人からはなれる。

 そして足音をしのばせ、幽鬼のような身ごなしで闇に紛れ込んだ。

 

(……さすがマイケル閣下。どこかのゴク潰しとはちがうな)

(……うるせェ、昔はオレだってああだったンだ)

 

 そんな会話を、はや遠くに背中で聞きながら。

 俺の感覚は、シンバスを狩ったときのように明敏に、研ぎ澄まされて。

 

 不思議だった。

 なぜ今日のオレの身体は、こんなに良く動くのだろう。

 

 ヒザの痛みなど、毛ほども感じない。

 それどころか、騎馬突撃の号令直前のような。

 あるいは待ち伏せの射撃ゾーンに敵の一群がまんまと入って来たような。

 それとも長い監視の末に轢殺目標(ターゲット)がコンビニ袋を下げ、マヌケ面で歩いて来たのを見るような。

 

 そんな、全身に堪(たま)らない高揚感が、熱い血が、戦闘的な気力がみなぎっている。

 

 ――いる……。

 

 私は戦場刀の鯉口を切った。

 

「……誰だ」

 

 応える声はない。

 どこかで忍び笑いの気配。

 女たちの秘めやかなささやき声のような。

 あるいは絹のシーツ上の妖しい睦みごとのような。

 

 そのとき。

 

 ジャリッ、と遠くない背後で路地の砂を踏む気配がした。

 すばやく私は戦場刀の切っ先を向け、身構える。

 やがて、明るい声だけが闇に響いた。

 

「ヤだなぁ。その危ない人斬り包丁しまってよ、マイケルさん♪」

 

 若い女の声。えぇっ?と不覚にも驚いて。

 

「もう!をぢ~チャンだなぁ」

「おじいちゃん言うな」

「……声でピンとこない?」

 

 ボッ。辺りが明るくなる。

 

 寿命で死んでいたと見えるちかくの魔照石が、いきなり輝きを増して息を吹き返した。

 だがその光りかた。なにか妙だ。うすボンヤリと……まるで幽明の灯火めいて。

 やがて光の中に歩み出たのは――見れば、どこかでみたような若い娘。

 

 悪戯ッぽそうな口唇からみえる八重歯。 

 そこから伸びる、ヘビのような長い二股の紅舌(した)。

 照りツヤのある褐色の肌。こちらをジッと窺う金色の瞳

 きわどい服をまとう胸もとからは、こぼれんばかりな二つの隆起が。

 フサのついた長いシッポ。それをソヨソヨと、まるで幻惑するように泳がせて。

 

 ――なんだあの娘。淫らな格好をして。

 ――チョイ待ち、チョイ待ちィ……ドコかで見たぜェ?

 ――アレだ!ホラ、モツ鍋屋の騒ぎのときに居た、女淫魔(サッキュバス)。

 

「あぁ……そうか。あのときの」

 

 ようやく合点がいった私(・)は、相手をシゲシゲとうち眺めつつ、

 

「たしか……フェリス君、とか言ったな?」

「そ。憶えていてくれて嬉しいよ。三人の戦士どの」

 

 ――三人?

 

 言われて辺りを見回す。

 しかし、そこは相変わらずの、汚れた白漆喰の壁にはさまれるせまい路地。

 彼女のほかにはひとっこ一人見当たらない。野菜屑や汚れたビラの紙片が僅かに見えるだけの、さびしい場所である。

 

「なにを言ってるんだ?“われわれ”だけだろうが」

「そう、貴(・)方(・)た(・)ち(・)だけ」

 

 フェリスは、ニーハイのロング・ブーツを履いた脚で、クラシック・バレエの“パ”のように蠱惑的に、軽やかに歩み寄る。そしてわたしの頬にシッポをそよがせ、そしてサイズの小さいバニー・コートにムリヤリ押し込まれたような、いかにも窮屈そうにみえる豊かな胸を、挑発するかのごとく目前に突き出して。

 黒いエナメルのマントにこもる女臭が、辺りの空気に色濃くただよい、艶(なま)めかしい。

 

「どう?ワタシってば――いい女?」

「うん、まぁ……ワルくはねぇナァ」

 

 自分の口が、勝手に応えている。

 それをきいたこの褐色の淫魔めく女は、

 

「うふふふ……あははははは!!……」

 

 いかにも愉快そうに哄笑(たかわらい)するや、ハイレグとなった己の股間を下品になでさすり、片乳を(……ボロン)とキツそうな服からまろび出し、乳首に金色の輪が穿たれたその先端を、毒蛇がタマゴの黄身をナメるかのようにペロペロ上目づかいで。

 

「アタシも、棄てたモンじゃない、ってコトねぇ?」

 

 金色の瞳が嗤い、そう言った途端。

 

カッ!

 

 街灯がわりの魔照石が、いきなりフラッシュした。

 

 ――ク……ッ!

 

 強烈な目眩(めまい)。

 

 身体の感覚がうすれ、流れ、希薄になる。

 ようやく平衡感覚と取りもどし、くらんだ視力が戻ったとき。

 せまい小路には私をふくめ、3人の男が立っていた。

 

 オ(・)レ(・)は目の前の男たちを看る。

 

 一人は老人だが、眼光がイヤに鋭い。どうみてもカタギじゃない。

 そしてもう一人は……なんと、血まみれな迷彩服姿じゃないか。

 総じて言えるのは、なんとなく“我々が似通っている”ことだ。

 

「さぁて、戦士諸君♬」

 

 女淫魔がシッポを嬉しそうにフリフリとゆらして、

 

「どうやら役者は――そろったようね」

 




しまった。
彼等を好きにさせていたら話が長くなってしまいました。
核心の一部は、次回にて(スミマセン)。
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