※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃    (9:重要回・その2

 (………。)

 

 せまい路地で、オレたちは顔を見合わせた。

 ボンヤリとした不思議な明かりがなんとなく鬼気迫る。

 その薄暮めいた幽明風味な空間で、オレたちは互(かた)みに相手を品定めして。

 

「その迷彩(コプィルカ)は――イイな。原野に溶け込みやすそうだ」

 

 私は自然の柄を模したと思われる戦闘服を着た、血まみれな男を見た。なるほど、コレはイイ考えだ。どうして思い付かなかったのか。

 スヴォヴォダ曹長や伝令のニキティ伍長。ヴィヴォラスキー准尉。

 当時肩を並べて戦った部下たちを、いまは懐かしく思い出す。

 

「自分が現役だったら、さっそくウチの騎士団が抱える偵察班に採用するところだて」

 

 着ている迷彩服を老人に誉められた男はオレの方を見る。

 装備がバラバラなことから、まるで不正規軍の傭兵じみた印象を与えるこの人物は、開口一番に、

 

「おめーは?その格好……なんだい、リーマンかィ?」

 

 老人の方もヒザをさすりつつ視線を転じ、今度はオレのスーツを興味深げに見た。

 

「フム。キミは君で変わっとるな」

「いや、会社員(リーマン)じゃない。単にトラックの運転手」

「ンだよ。やァけにメかしこんでハンドル握るんだなァ」

「いちおう、偵察とかあるから。街に溶け込む格好でないと」

「偵察だァ?その、トラックの運ちゃんだよな?なンで偵察なんか」

「ひょっとして、そのトラックというのは、牽引用の牛馬なしで走る車かね?」

 

 老人が、さらに話しかけてきた。

 この人物、年寄りにしては、ヤケに眼光が鋭い。

 まさか“そのスジ”のものでは……と、知らないうちに緊張。

 

「牛馬、ですか……まぁ、ソンなもんです。失礼ですが、ソチラのご職業は?」

 

 よくよく爺さんを見れば、まるで『出入り』でもしてきたように服はボロボロに斬りさいなまれ、中央アジアの長衣めくその衣装のアチコチには、傭兵の男と同じく血がにじんでいる。

 

 ――コワー。まさか“武闘派ヤクザ”の親分じゃないだろうな?

 

 ドン引きしていると、トガった雰囲気の老人からは予想外の答えが返ってきた。

 

「なァに、ちっぽけな騎士団の団長をやっておりましたがネ」

「騎士団……ですか?」

 

 さすがに意表を突かれ、オレは首をかしげつつ、

 

「と……申しますと。ヨーロッパのマルタ騎士団とか、テンプル騎士団とか……ですかね?」

「酔う六派?――丸太?天プラ?」

 

 老人の方も怪訝そうな顔で眉をひそめ、

 

「いや、そんな無名の集団ではなく、れっきとした正規の組織ですよ。もう引退しましたが」

 

 はぁ、という気の抜けた青年の顔。

 どうやら私の答えが、そうとう意外だったらしい。

 いかにも納得していない相手の顔をみて、私もフフと内心の自嘲を禁じ得なかった。

 

 ――まぁムリもない……こんなに老いたジジィが元・騎士団長と言っても通じまいよ。

 

 だが、それにしては先程の立ち回り。

 まるで往年にもどったかのような剣筋と運足。

 自分でも会心の出来だったがと、私はふたたび痛むヒザをさする。

 

「はぃは~い、お三方ちゅうも~く!」

 

 無視されていたコスプレ少女が黄色い声をあげた。

 

「ココで重大発表があるよォ~~~♪」

 

 彼女は、みょうに可愛い子ぶったポーズでシッポをフリフリと。

 言われて俺たち3人は、この“妙にエロい服装”をしたガキをツラツラながめる。

 

 ――何歳ぐらいだ?16,7にも見えるが。

 

 たぶんポン引きに強いられてるんだろうな、と俺は覚めた眼でみつめた。 

 ま、哀れみを引く乞食をするために、親から手足を切断されるよりはよっぽどマシだが。アフリカに来て『子どもの手足を斬ることが、両親の愛だ』と聞かされたときには、俺もウヘぇとおもったが。今じゃ何とも思わん。

 

 このコスプレ女子、意外に堂にはいってるな、とオレは興味ぶかく見つめる。

 尻尾の動きは、モーター仕掛けか?トシのわりに豊かな胸は、シリコンパッドを接着してるのだろう。たぶんビッグカイトの常連にちがいない。それにしちゃ、雰囲気が妙にナマナマしいものがあるのは、まさか本当に“ウリ”をやっているのか……。

 

 私は、おそらく2級淫魔であろう獣人を、きわめて注意深く観察した。

 この手の存在をナメていて“消滅”した部隊を2,3知っている。しかしいずれも地方の小都市での出来事だったハズだ。2級とはいえ淫魔が皇都に跋扈(ばっこ)するということは、いよいよこの国もおわりが近いのか。

 

 と、この少女はそんなわれわれの視線にもめげず、ひときわ明るい声で、

 

「いまココにいる皆サンはぁ、ぢつは“同一人物”ですゥ~~ドンドンドン・パフーパフーパフ-」

 

 沈黙。

 

 3人等しく『ハァ?』という眼つき。

 我々は視線をかわし肩をすくめた。どうもこの娘は“ザンネンな子”らしい。

 次いで、ひそかに自分以外の男の品定めを、そして自分自身の今の状態を再確認する。

 

 

 俺はスーツ野郎を見た。

 良い服だ。ただデザインが変だな。

 しかし服地とカッテイングは一流の仕立てだ。

 だが雰囲気はCIAとも違う。スーツ・メン(社畜野郎)とも違う。

 それでいて、俺と同じような殺しの雰囲気をまとって。コイツは一体――?

 

 

 どうしたコトだろう。

 また私のヒザが痛くなってきた。

 今まであれほど効いていた視力もあやしい。

 先ほどまでの大立ち回りがウソのように身体に力が入らない。

 老いのモラトリアム(支払い猶予)が終わり、いよいよ死神のヤツが取り立てに来たのか。

 

 

 オレは、不敵な雰囲気を放つ傭兵を見た。

 ヒザをさすり顔をしかめる爺さんを見る。

 何故だろう。どうも他人という気がせん。

 まるで遠い身内か、久しい友人のような。

 一つ言えるのは、コイツ等は敵じゃない。

 

 

 女淫魔のカッコウをした娘はややふくれっ面をして、

 

「チョットぉ!みんなチャンと聞いてよォ!」

「おまえはなにを言っているんだ」

 

 とうとう傭兵が、匿名掲示板に貼られるアオリ画像のようなセリフを吐いたあと、

 

「大人をバカにするモンじゃないぜ?――そだ、一晩いくらだぃ?」

「はぁ?」

「場合によっちゃ、ホテルもいいトコ使ってやるよ。とはいえ、ココがどこだか分からんが……」

 

 ピン、と小娘の房付きシッポが勃(た)った。

 

「ほっほ~ぅ……このアタシと一晩エッチをご希望ってワケでいいのかにゃ?」

 

 そう言うや、先端が二またに分かれた長い舌をムチのようにペロリとのばし、ふとももの付け根に両手を這わせ、思わせぶりなしぐさで、

 

「それはイイけど、貴方(アナタ)のチンポ、このアタシのオマンコに耐えられるかにゃァ」

「へぇ……言うじゃネェか」

 

 傭兵はハナでせせら笑い、余裕の腕組み。

 トントン、と路地の古い石畳を軍用ブーツで蹴りつけ、

 

「ラルゴのヤツにゃ及ばねぇが、これでも色街(まち)の娼(オンナ)の間じゃ人気モノだったンだぜ?」

「おぃ!やめておきたまえ――きみ!」

 

 すかさず老人が止めに入った。

 

「この娘、2流とはいえ本物の淫魔だぞ?まともに相手をすれば腎虚(じんきょ)になってしまう」

 

 オレも爺さんにつづいて、

 

「そう!ヤメといた方がイイよ?コイツ『児ポ法』がらみな警察(サツ)のおとりかも」

 

 ジポホー?サツ?と老人は怪訝そうに首を傾げる。

 2流?インマ?とオレも同じぐあいに。

 傭兵のほうも眉をひそめ、

 

「ジンキョ?ってなんだァ?」

「あーそれはだね君。つまり、その……」

「――早いはなし『キンタマ』がカラになること、サ」

 

 言いづらそうにする老人にかわってズバリ、オレが説明。

 すると、なぁんだと言わんばかりに傭兵は略帽の下をちょっと掻いて、

 

「ンだよ。なら素直にそう言えや。ジンキョだなんて『陣地の廃墟』だと思うじゃねェか」

「そぉだよぉ?このフェリス様と姦るからには、チョイとした覚悟がいるからネェ♪」

「ほッほォぅ!……面白れぇじゃんか!受けて勃(た)つぜ嬢チャンよぉ!」

「だからヤメとき給えな!年長者の責任として、君に命令する!」

「同感。このイッちゃってる嬢チャン、なにかヤバい気配だ」

 

 たぶん警察じゃなきゃ、どこかの組織(くみ)の手先だとオレが先を続けたとき、

 

「ふっふぅ~ん……」

 

 淫魔を演じる少女は二マリとして、

 

「さすがはこのお話のキーパーソンだねぇ……カンが鋭いコト♪」

 

 コスプレ姉チャンはオレの方に歩み寄る。

 そして思わせぶりな金色の眼差しで、シッポをこちらの首筋にソヨソヨ。

 相手からムワッと香る、発情した女の雰囲気と匂い。甘い体臭と不思議な香水の気配。

 クラクラとなりかかるが、強いてこの娘の装(よそおい)いを冷静に値踏みすることで。辛うじて理性を保つ。

 衣装は、ずいぶん金のかかった造りとみえた。革の類いはすべて本革だ。

 山羊(ゴート)のような頭の巻きツノも、質感はバッチリ。

 白く艶やかな八重歯は――付け歯だろうか?

 

「……どこの組織の者か知らないが、我々にちょっかいは、ご遠慮願いたいモンだね」

「は!ザーンネン。アタシた(・)ち(・)、すでにチョッカイしまくりなんですケド」

「おぃ諸君、もう行こうではないか。淫魔どの、コレにて失礼するよ?」

 

 老人はヒザをさすり、我々をさそった。

 なにかヤバいものを感じたオレはそれに同意し、

 

「そうですね。こっちはは明日、体調が復帰したら仕事に行きたいし。今月ノルマ未達になりそうだから」

「えぇっ?じゃぁ、この娘との一戦は?……それに大体、ココはどこだい?」

 

 傭兵は、うさん臭げに周囲のを見わたし、鼻でちょっと気配を嗅ぐ。

 

「コンゴじゃねぇようだな?だいいち空気がチガう……もっとこう、高原のような……」

 

 オレも誘われたように、この野菜くずのような匂いがただよう狭い路地をうかがう。

 夜の湿気が、たちどころに薄ら寒さを喚んでくる気配に身をふるわせて。

 

「ここは旧皇都の下層区だよ諸君」

 

 老人は、手直に転がっていた壊れモップを杖にすると、

 

「いこうか。先に私の友人との会合を済ませてから、諸君らを宿屋に案内しよう」

「ちょっとォ。ムシするとは、イイ度胸じゃないのサ!」

 

 淫魔のコスプレをする小娘の抗議。

 何としたコトか、彼女の革の黒マントがぶわっと拡がる。

 見れば、その下からコウモリ型の翼が夜をおおわんばかりに拡がって。 

 

 ――やはり!2級淫魔!

 ――カネかかってるなぁ……。

 ――うへェっ!どうなってんだアレ。

 

 三人の男は三者三様、少女のギミックに眼を丸くする。

 

「いいコト?――ちゃんと聞いてくれなきゃ困るよッ?」

 

 期待したような反応が見られなかったのか、彼女はブーツのヒールをカツカツと鳴らし、

 

「フェリス様から耳寄りな情報がッ!」

「あー。ルッセンの絵なら間に合ってるから」(ゲンナリ

「珍しい客引きだなぁ。雇い主どこで見張ってるの?」(キョロキョロ

「なにが目的だ!われわれの精か!それともアストラル体か!」(キリッ!

 

 そんな!と彼女は突然怒りだし、

 

「いきなりSS風味な文体にしてゴマかそうったって、ダメなんだからねッ!」(プンプン!

 

 そのときだった。

 

 卒然、杉の香りが濃く匂う微風が、どこからか吹き寄せる。

 

 ――あ……。

 

 オレは思わず声をあげてしまった。

 

 その清澄な風は愁殺(しゅうさつ)の気を孕(はら)み、3人の男たちの周囲をめぐりにめぐって、やがて何処かへと吹き抜ける。ふと自分はその一陣のなかに、三脚で据えられた架台にくべられる松明(たいまつ)が燻(いぶ)された時の煙りと神社社殿が帯びる朱色のイメージ。そして玲々(れいれい)たる神楽鈴(かぐらすず)の気配を聴いた――ような気がした。

 谷底のような小路から夜空を見上げれば、星辰(せいしん)は頭上に煌々(こうこう)と輝き、おしりも利鎌(とがま)のような三日月が、紅い躯(からだ)を弓なりに、まるで目的をとげた得物よろしく宙天(ちゅうてん)を駆けている。

 急にオレは里心がついたような寂しさをおぼえ、わけもなく『帰らなければ』との意をつよくする。なんだかこんな処に居てはイケないような、そんな正体不明のアヤうさ。焦点を明らかにできない不安。あるいは心細さ。見れば他の男たちもそうなのか、一様に微妙な表情で落ち着かない様子。それが証拠に傭兵は、

 

「そうだな。ヤッパリ俺も失礼するぜ?ウチの部隊の準備を確認しとかねぇと。それが済んだら酒保にも行って、行軍用のウィスキーを買いだめしとかないと」 

 

 コスプレ娘の方は、風の吹いてきた方をキッ!とニラむ。

 黄金色(きんいろ)の瞳は、まるで敵に挑むがごとく夜目にも炯々(けいけい)として。

 そしてそれまでの口調を一変、ドゲトゲしいものにするや、声ひくく毒づく。

 

「チッ!こんなところまで……まぁイイや」

 

 えっ?という3人の視線。

 それに気付いたか、彼女はあわてて元のクールな風情にもどり、

 

「さて、それじゃぁ三人の戦士方。コッチにおいでな。いいモノを――観せてあげるよ」

「しばし、しばしお待ち下されぃ、フェリス殿」

 

 老人がモップ杖をささえにヒザをさすりながら、

 

「先ほどまでの無茶がたたった所為か、どうにも身体が……脚が」

 

 ですから吾々はコレにて、と言いかける老人に対し『あぁ、もうウルサイですね!』と彼女は何やら咒(じゅ)をとなえ、腕をひとふりする。

 

 

 

 

 ――えッ……!

 

 

 オレと傭兵は愕然とした。

 

 いままで襤褸(ボロ)長衣をまとっていた、杖代わりのモップをつく白髪の老人。

 それが瞬きよりも早く、壮年の威風堂々たる高位騎士の姿に変貌したのだ。

 金のかかったハリウッドCGの数段うえをゆく自然なうつろい。

 傭兵が、こっそり自分のほおをつねるのが見えて。

 

「――これは!」

 

 若返った老人は、おのれの頑丈そうな手を茫然と。次いでそれをニギニギ。

 そして幾度も脚を古びた石畳の路面に力強く踏みつけ、確認する。

 表情(かお)がユルユルとほころび、口もとに笑みすら。

 

「そうだった!乃公(オレ)は――龍騎隊・団長たる乃公(オレ)は……こんな風だった!なぁ?君!」

 

「え……なぁといわれましても……なァ?」

「俺にふるなよ!こっちァ目の前で起こったこと処理すンのに精いっぱいだゼ」

 

 そう言って傭兵は“淫魔”と呼ばれる少女を気味悪げにながめやった。

 

「こりゃナンかの余興か?それともマジックかい?」

「まぁ、言ってみりゃブラック・マジックそのものだな」

 

 われわれ2人の戸惑いなど完全に無視して、この騎士団長と自称する若返った男は高らかに、

 

「どうして忘れていたのだろう。どうして忘れていたのかな?分からない……いやまて?長年の“象(ぞう)的な諦観(あきらめ)”が自分の矜恃(ほこり)を、徐々に消し去っていったのだろうか――そうだ!きっとそうに違いない!」

 

 自己完結した騎士団長どのは、抑えきれない喜びにうち震えながら呟く。そしてみるからに膂力のありそうな前腕を力強くうち叩きながら、

 

「このチカラ!この膂力(ちから)さえあれば!ドレイド卿などには負けなかったのにナァ!……じつに、実に惜しい事をした!だがやんぬる哉(かな)!――やんぬる哉だ!あの場はホナミ副長を救出できただけでも、是とせねばなるまいて」

 

 女淫魔フェリスはフッ、とみじかくほほえみ、

 

「お気に召したようで何よりだヨ、マイケルさん……」

 

 騎士団長にそう呼びかけると、こんどは傭兵が、

 

「なんだい、ジィさ……騎士団長さんとやら。アンタもマイケルってのか」

「なんだね?君もかね」

「なんだよ、あなた方2人ともマイケルか。オレも会社でそうあだ名されてる……」

 

 “3人のマイケル”は顔を見合わせた。

 

 心なしか、それぞれの顔つきが、気配が。何となく似て無くもない。

 ここに来て初めてうす気味悪さを覚えた“俺”は、おもわずワルサーの入った腰のホルスターを手探りする。

 

 “オレ”は、明日の予定がどうだったかなと轢殺トラックの運行予定表を思い浮かべながら、後はヨロシクとばかり、飲み会の二次会をバッくれる足取りで二、三歩後ずさった。

 

「おっと、マイケルさん。飛び道具は御法度ですよぅ。そっちのマイケルさんも!明日のコトなんて考えないで、いましばらくアタシに付き合いなさいナ」

 

 傭兵のマイケルとオレは顔を見合わせる。

 相手はホルスターにかけていた手を離した。

 オレは幹事に引き戻された足取りでシブシブと。

 若返った男は剣を手に、今にも素振りをしそうな勢い。

 

 また、一陣の風が闇の奥から吹いてきた。

 こんどは以前よりも先の印象が強まって。

 あきらかに幾重もの鈴の音が鳴りわたる。

 

 チッ!とするどい舌打ちが、またも狭い路地に響いた。

 

「さァて、ここもアブなくなってきたから、ちょっと場所を――変えるよ!」

 

 そういうや、この少女は再度、奇妙な具合にうでを振る。

 ヒジあたりに巻いた黄金のヘビ。そのルビー色な眼がギラリ、光って。

 

 

 

 つぎの瞬間。

 

 

 我々3人は、皇都を見おろす丘の上にいた。

 

 

 

 えっ!?と思うまもなく、とたんに鼻をつく死臭。

 見れば――吾々(われわれ)は絞首刑台のわきに立っているのだった。

 三本の頑丈な支柱。それが頭上高く持ち上げる太い三角形の梁。

 等間隔に揺れる絞首体。三角のひとつの辺に、3人ずつブラ下げられている。

 その背後には三日月が皎然(こうぜん)と架かり、これら惨状を清冽に、まるで画のように照らし出して。

 

「うへぇッ……ンだよこりゃぁ!」

「処刑場?オレは初めて見たな。いまどき屋外の絞首台なんて……」

「たぶん、ここは皇都の外れにある絞首ケ丘だな。乃公(オレ)もめったに訪れないが」

 

 我々3人は、丈のたかい草におおわれた小高い丘を見渡した。

 

 もっとよく見ようと前に進む俺の足が、なにかを蹴飛ばした。

 待ち伏せ攻撃に不向きな満月の光量で見れば、それは人間のドクロだ。

 うへぇッ、と後ずされば、こんどはペキリと風化したアバラを踏み折った気配。

 刑死人の腐肉を目当てとする野犬なのか、あたりの闇にはチラチラと輝く眼が、いくつもまたたいて……。

 

「コレだけ穢(ケガ)れた場所にくればァ、ア(・)レ(・)の干渉も少しは押さえることが出来るでしょ。」

「アレというのは、なんですか?ファリスさん」

 

 みょうに丁寧な口調で、若返った元・騎士団長がたずねた。

 もはや相手の威力に完全降伏したカタチだ。まぁ、コレだけのチカラを見せつけられては、ムリもないが。

 

「貴殿に、なにか不都合なことでも?」

「なぁに、コッチのはなしだョ。気にしなさんナ」

 

 この淫魔は、どこか気まずそうにそう応えるや、

 

「あぁッ、そうか!バカだよアタシ!!」

 

 やおらシッポをピン!と立たせて手をうち鳴らし、

 

「信じてもらえないのも当然だよね!アンタらを3人分割しちゃったモン!だから記憶が断片的になって、アタシの言葉を信じてもらえないんだネ!?」

 

 マタはじまった、と3人の男たちはロコツにうんざりする。

 しかし、そうはいってもラチがあかないのでオレは、

 

「さっきから三分割、って、ナンのことだ?」

「――覚えがあるはずだよ?」

 

 コスプレ少女は金色の瞳でオレの顔をジッと看て、

 

「アンタの意識はコトあるごとく、この異世界へ、そしてコンゴへと綱引きのように行ったり来たりしたのを」

「チョイチョイ、さッきからナニを言ってるのか――ワカらねぇんだが?」

 

 傭兵が、とうとうガマンしきれなくなったように口をはさむ。

 

「コッチにも分かるように説明してくれや」

 

 いいかねアンタら?と娘は相手のイライラした口ぶりにも動じることなく、

 

「アンタたちは、もともと一つなの……いえ、ソレもヘンだねぇ。完全に同一ではないんだし……そうだ!ガラス板に書いた画を三枚重ね合わせたようなもの、かネェ?あるいは光をプリズムによって光学的に分割し、それぞれのスペクトルにわけた存在、と言ったらいいカモ」

 

 そして淫魔コスプレ娘は、こんどは尻尾をフヨフヨさせつつ、地面に散らばる哀れな骨をけとばしながら順繰りにわれわれの前をめぐり、

 

「騎士団長さんは、この異世界の自然豊かな『緑』。コンゴ傭兵のアンタは、その生業(なりわい)にふさわしく『赤』、そして――」

 

 さいごに娘はオレの前で足をとめると、

 

「人を轢き殺すのが目的なトラック運転手のアンタは、信号機の『青』というのは、どぉ?」

 

 サッパリわからねぇ!と傭兵が文句を言い終わらないうちに――颯(サッ)!

 とたん、われわれ3人を隔てる境界が消える。

 景色がめまぐるしくフェードIn/Outし、様々な光景が目のまえを流れた。

 

 

 俺たちは五月動乱によって引き起こされる惨状を目の当たりにした。

 

 吾々(われわれ)は『シンバス』によって陵辱されるわかい白人女性たちの悲鳴を聞いた。

 

 オレたちはあの世にむかう死者の群れと闇の中で朱色に浮かぶ神社。そして“炎の鍵”の閃光を見た。

 

 そのほか、どうして忘れていたのだろうと言うような光景が、幾度もオレの目の前をよぎり、気が付いた時には再び絞首台のかたわらに3人で立っている。

 いまやそれぞれの記憶を共有した“3マイケル”は、このコスプレ女の指摘したとおり哲学的には一心同体といえるかもしれない。

 

「これで分かったでしょう?アナタたちの意識は、時間を、そして事象面を……わかりにくかったら“異世界”でもいいわ?それを行き来させられたのよ――ある目的のためにね?」

 

 事情通ぶった、上から目線な淫魔のドや顔。

 

「異世界?ってことは、この世界と、あの人を殺すトラックとやらの世界は異なるのかね」

「オレにコンゴの血まみれな戦闘を体験させて、どうしようというんだ?」

「ある目的、てなぁナンだい嬢チャン?どんな作戦なんだ?」

 

 ハナシはカンタンよ?と彼女は小首を傾げて微笑んでみせ、

 

「――それ!」

 

 彼女が、またしても思わせぶりな仕草でウデをふる。

 すると夜の気配が、空気が、あたりの景色が微妙に変化すした。

 空には満月があたりを昼のように照らし、絞首台付近の惨状を一層あきらかに。

 しかし、どういうワケか三角形の梁にぶら下がる死骸は一体のみとなっていた。だが……。

 

「むごいな……」

 

 そのありさまを見た騎士団長は、月光に照らされた青白い顔を歪める。

 

 刑死人は、無情にも下半身を裸にさせられた妊婦だった。

 おそらく刑吏のおふざけだろう。腹の子を子宮口から裂いて堕ろし、へその緒を首に巻き付け“母子ともども絞首”という形を演出している。さらにはご丁寧にも、そのありさまがよく分かるよう、母親の足は棒つきの足枷でAの字に開かれ、その三角形のあいだに赤ん坊の首つりがくるように按配されているというシュミの悪さ。

 ひょっとすると、母親が生きているうちにその処置が行われたのかもしれない。刑死人の髪はふりみだされ、末期の苦悶をわずかに伝えていた……。

 

「……なんてことしやがる、クソが……」

 

 残虐な光景を見慣れているはずのコンゴ傭兵隊長もこれには顔をしかめ、闇の中にするどい舌打ちを響かせる。それに驚いたか、ちかくを塒(ねぐら)とするらしきフクロウが、ひくく啼く気配。

 そのとき、なにやら焦げ臭いような微風がやってきて、絞首台から下がる哀れな母子をゆらした。

 刑死人の角度がかわり、面(おもて)を覆っていた髪も吹きはらわれて、宙天の白光に容貌(かお)をさらす。

 

「――ホナミ副長!」

 

 呻(うめ)くような声が、闇をわたった。

 傭兵とオレも、高い梁からブラさがる刑死人を見あげる。

 双の眼球は、とうに鴉(カラス)どもにほじられてポッカリと黒い穴になっていた。

 それでも処刑されて間もないとみえ、なるほど容(かんばせ)は“われわれ3人”が大噴水から助け出した女騎士のものにちがいなかった。

 

「ちょい待ち、ちょい待ち!オカしくねぇか?」

 

 傭兵隊長が腕をパタパタとふり、

 

「大噴水で俺(・)た(・)ち(・)が剣を振ったのは――ついさっきのハナシだぜェ?それに妊婦って……」

 

 夜空を見てみろよ、とオレは傭兵隊長に宙を示した。

 

「三日月だったよな?“さっき”まで――いまは満月だ」

 

 夜の闇の中で、俺たちは顔を見合わせ、次いで余裕ブッこいてやがる娼婦をみる。

 ヤバかった。あんなのと一晩ベッドにいたら、ナニされるか分かったモンじゃねぇ……。

 

「この子は……この子は本当に、ホナミ副長なのか?」

 

 騎士団長が凝然と刑死人を見上げながら、呟くように未練(みれん)がましくたずねる。

 

「……先ほどまであんなに……あんなに元気だったのに!」

 

 歯のすきまから、嗚咽(おえつ)まじりの叫び。

 ゴツい肩は理不尽な処刑の仕打ちにふるえる。

 その悲憤を、はるか高みにありながら聞き届けたものか。

 皓月(つき)は慈悲をたれて雲間に身を隠し、この無残な光景を闇に塗り込めた。

 

「そ♪世の中って無情だワァ」

 

 コスプレ娘は作ったような同情声で、なかば茶化すようにシッポをふって応えた。

 

「これ以上“悲惨”を拡げたくなかったら、そこの2人に、こちらの世界に来る様に言いなさい?」

「――なんだと?」

「五月動乱からこっち、この国はタイヘンなありさまでしょう?だからあなた方の意識には、コチラに来てこの世界を救ってほしいってワケ……」

 

 へぇ?と傭兵は素っ頓狂な声で、

 

「俺“たち”がコッチの世界にくればこの国は救われるのかぃ?」

「その可能性は極めて高くなるわねぇ。もっとも傭兵隊長サンと、殺人運転手サンがOKすればのハナシだけど」

 

 ガバッ、と騎士団長はふり向いた。

 

「どうだろう……諸君」

 

 相変わらずその姿にはふさわしくない震え声で、この若返った男は哀願するごとく俺らを見る。

 

「どうか――どうかこちらの世界に来て頂いて、この国を救ってはくれぬだろうか」

「う~ん。とはいっても、なぁ?」

 

 傭兵隊長はまたも略帽のしたをボリボリ掻きながら、

 

「アンタが騎士団長って責務があったように、今のオレにも中隊長、って責任があるんだよ」

「それなら問題ないわヨォ?」

 

 淫魔はワケもないといった口ぶりで、

 

「アンタは死んだら、こっちに来ればイイんだもの。コンゴ動乱は1965年に収束。シンバス(ライオン団)は崩壊。でもね?戦争は世界のあちこちでまだまだ続くの。それは21世紀の人であるトラック運転手のマイケルさんがよくご存じよ?ねぇ?」

「どうだろう……お二方」

 

 騎士団長が老人のように弱々しい哀願をこめて、俺たちを見た。

 

「どうか、どうか来て頂けないだろうか」

「そりゃぁ、まぁ。死んでからのことなんか、知ったこっちゃないしナァ……あ、ちょっと待て」

 

 傭兵隊長の顔が、小狡そうにゆがんだ。

 

「ワインは――あるかい?」

 

 さすがにオレはあきれた。

 この期におよんで、意地キタなくも酒の心配である。

 それに対し、騎士団長は自信たっぷりな表情(かお)をとりもどし力強く、

 

「ある」

「ビールは?」

「ウム、似たようなものがある」

「まさか、シャンパン……とかは、ねぇよな?」

「発砲ワインのことだろう。ドン・ペリよりも美味い銘柄があるぞ?」

 

 記憶を共有したためか、銘柄まで指定して優劣をほこった。

 

「おっしゃ!じゃ、きま――」

「ちょっと待ったァ!」

 

 その時、オレはふたりを制して小生意気なコスプレ娘をニラんだ。

 

「さっき行き来“させられた”と……言ったよな?」

 

 沈黙。

 

 チッ!という気配。

 金色の瞳がわずかに細められる。

 そこにはまぎれもなく狡猾そうな気配。

 

「キサマの目的が、この皇国を救うコトであるのはわかった」

「ご理解がハヤくて助かりますワァ♪それじゃ当然キてくれるのね?」

「同時にオレ“たち”の意識を自在に、異世界や過去にぶっ飛ばせるってのは、アンタたちだけじゃないってコトもな?」

 

 傭兵が怪訝そうに呟いた。

 

「おぃ運ちゃん、どういうコトだよ」

「分からんか?行き来“させられた”というのはオレたちの往還が、コ(・)イ(・)ツ(・)ら(・)の(・)完(・)全(・)な(・)任(・)意(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)ってコトだ」

「回りくどいな……つまりどういうことなんだってばヨ!」

「我々の意識の行き来を、こいつらは完全にコントロールしていないワケだ――そうだな!?」

 

 どうやら正解らしい。コスプレ娘の頬がゆがむ。

 

「しかもさっきウッカリ口をすべらせ“綱引きのように”行ったり来たりした、とか言いやがった。すなわちオレたちの意識をブッとばす勢力が“すくなくとも”もう一つ存在するってヤツだ。そうだな?……アンタら一体、何者なんだ」

 

 また、幾ばくかの沈黙があった。

 

 ややあって。

 

 うつむいていたコスプレ娘は、うふフフフ……と肩をゆらす。

 やがて顔をあげるや、このカワイイ面差しには似合わぬシニカルな嗤(ワラ)いを浮かべると、

 

「さァ~~ッすがは、もと営業マン♪言葉じり捕まえるのがお上手だこと」

「ザけんな。誤魔化そうとしたってムダだ」

 

 オレの頭の中で警報が鳴っていた。

 

 このコスプレ女。共有した騎士団長の記憶では、モツ鍋屋で出合った“2級淫魔フェリス”となっていたが、どうやらコイツは、そんなナマやさしいタマじゃない。もっとも21世紀人間のオレは、淫魔とやらのスゴさが今ひとつ分からなかったが。それにしても『元営業マン』だと?その単語を知っていることにも驚いたが、なによりオレの経歴さえ分かっているとは。やはりコイツはただ者ではない。

 

「説明しろ、フェリスさんとやら」

 

 情報を出し惜しみされたことで怒りが湧くが、それでも相手の能力チカラを思うと怖(お)ッかないので、すこし丁寧に、

 

「オレたちを――オレの意識を!この異世界や戦乱のアフリカにトバしてるカラクリは――何だ?」

 

 どうやら直感は当たったらしい。

 小娘の表情にスネたような、ふて腐れの色がチラッとよぎる。

 そしてやおら、バッ!とマントの下のコウモリめく羽をふたたび勢いよく拡げ、

 

「やれやれヌカったか――やっぱアンタは、スルどいわ」

 

 そういうや、革のマントを脱ぎ捨てて、コウモリの様な大きな翼で己の躯(からだ)を包む。

 つぎにその翼をたたみ姿をあらわしたとき、小娘の姿はそこになく、まるで色街で経験をつんだ姉御のような、男好きのするメリハリの効いたボディを持つ、見るからに淫猥な“イメクラ娼婦”となっていた。

 

「――1級淫魔!!」

 

 絞首台を包む闇に、騎士団長のおどろきが響いた……。

 

 

 

 

 

 




ミスったらヤバい回なので、更新にお時間頂きました。
仕事がいそがしくなければ、もう少し早くUPできるのですが……。
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