※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃    (11:重要回・その4

 夜目にも鮮やかな大火

 華やかなる都市の終焉。

 

「ケッ!──ここもかよ……」

 

 過去の戦場の悪夢が。悲惨な光景が。

 傭兵隊長の中でフラッシュバックするのが見えた。

 歴戦の猛者は怒気はげしく毒づいて、くちびるを歪める。

 

「なんで……こんなコトが起きてやがるんだァ?――クソが」

「民族根絶(ジェノサイド)ってやつデスねぇ♪」

 

 シレっ、と淫魔はカワイ子ぶって答える。

 

「しかも人種洗浄(エスニック・クレンジング)が、まだカワイイと思えるくらいの♪」

「……なんとなく想像がつくぜ」

 

 彼方に展開する“紅蓮(ぐれん)の美”をボンヤリ眺めながらオレも呟く。

 

「ローマの最後と同じだ。組織外部に支援を求めたら、母屋を奪られたヤツ……アンタの目論見(もくろみ)の末路じゃないか騎士団長さんよォ?レジスタンスとやらは、国外勢力アテにしてたんだろ?」

 

 ふりむくと、絞首台の下で騎士団長殿は、なんと風化した白骨を抱え呆然としていた。してみると時が、また進んだらしい。骨は風雨にながいこと洗われたとみえ、すっかり白らじらと夜目にもあきらかだ。と、なると……この悲劇の夜は“大噴水の騒動”から一体どれくらい経っているのだろうか。

 

 大小ふたつのドクロを抱え、老人は蹌踉(そうろう)とした足取りで都市の臨終たる大火を見守った。

 ややあってポツリと、

 

「いや……異世界の御者どの。われわれは、そんなつもりではなかった」

「よく言うぜ。ロムルス・アウグストゥス も同じようなコトを思ったろうよ」

 

 “ろむるす……”?とドクロを抱える老人は、呆けた顔でオレの方を向く。

 そこでコッチの表情(かお)に糾弾する色を看て取ったか、やがてちからなく首をふり、

 

「これは多分“虎の字”の書いた図の、なれの果てだ。私ではない……私ではない」

 

 淫魔は、そんな老人にさらに追い打ちをかけるように文字通り“小悪魔の笑み”をうかべ、

 

「このあとぉ、この国のオトコは去勢して強制労働。オンナは子ぶくろ(子宮)をクスリでツブしたあと、使える若い“個体”は性奴隷。のこりは労働奉仕か邪術の実験台ネ。動けなくなったら肥料か、獣魔のエサか……」

 

 ヤレヤレ、と傭兵は鼻で嗤(わら)って、

 

「剣と魔法の異世界でゴザイと言っても、やってるコトはアフリカ(こっち)と同じかァ」

 

 えげつねぇな、と最後はくちびるをゆがめ、オレのほうを見る。

 

「人間のやるこたァ、ドコ行っても同じ、だな?」

 

 ホナミ副長と赤ん坊の頭蓋骨を抱きしめ、老人となった騎士団長が泣きむせぶ。

 すきま風が扉を鳴らすような、弱々しい嗚咽はしばらくつづいた。

 彼方では、ひときわ激しい爆炎と火柱が立ちのぼる。

 

「おぉ~~イクねェ……燃料貯蔵庫でもあったかな?」

「たまやァ~~ってなもんだね。映画代をトクした気分だ」

 

 それを聞いた老人は、やがて鼻水を垂らした真っ赤な目をこちらに向け、

 

「コレでも!──コレでもまだこの世界を!救ってはくれぬと申すか!」

「知らねぇよ、アホが」

 

 傭兵隊長は気の抜けた、しかし容赦ない言葉でそれをハネかえす。

 

「モトはと言えば手前ェらが蒔(ま)いたタネじゃねぇか。利権にいそがしいアホな政府役人どもが国民の末端で起きてる現状に眼を配らなかったから、こうなったんだろ?クサるほど見てきたゼこんなの、アレだ、『歴史の通時性』ってヤツだ」

 

 無慈悲な内乱を戦い抜き、ようやく平安が訪れたものつかの間、次にやってきた社会的な混乱に、俺たちが払った“血の代償”は何だったのかと打ちひしがれる傭兵隊長の荒涼と憤懣。その心象が、オレの胸にも伝わってきた。

 

 霖雨のインドシナ。

 熱砂のスエズ。

 サバンナのコンゴ。

 血で血を洗うエリトリア。

 餓死と窮乏のビアフラ……。

 

 さまざまな欺瞞が。

 民衆の悲嘆が。

 闇商人の哄笑が。

 政治屋の打算が。

 

 3人のマイケルの中に去来する。

 

「ンでぇ?当時の皇宮の連中は、自分たちだけ財産確保して離れた場所で亡命政府だとォ!?──アフォか!!」

 

 その怒鳴り声が契機だったのか。

 

 彼方から、およそこの世界とは不釣り合いな鈴の音が、風に乗って聞こえてきた。

 

「わッ!──もうこんなトコまで来た!」

 

 淫魔は風上の方に顔を向け、二言、三言。なにかつぶやく。そしてオレと傭兵の方を一瞥し、

 

「どうやらココまでのようですぅ。お楽しみは……また今度♪」

「そんな!淫魔どの」

 

 相変わらずドクロを抱えた騎士団長が彼女のマントにすがりつく勢いで、

 

「これから、この世界を、この皇国(くに)を……どうしたらいいのでしょう」

「──手前ェの戦場だろうが」

 

 そんなザマを見た傭兵は、淫魔の少女に泣きをいれる騎士団長へ、またも冷たい一蹴。

 

「手前ェでケリぃつけな。俺たちの増援を、期待するんじゃねぇ」

「私は……私は……」

 

 あとは言葉にならない。

 ただ、放心したような老人が自問自答に反復するだけだ。

 泣き言はいつまでも狭い路地にひびき、おれたちを少なからずイラつかせる。

 

 夜風の中に、あきらかにこの世界のものではない気配が混じるようになった。

 杉の──青竹の匂い。ヒンヤリとした苔(こけ)と、青畳(あおだたみ)の気配。護摩壇(ごまだん)に焚かれる木札。

 そしてなにより鈴が──神楽鈴(かぐらすず)の音が、間欠的に、そして鋭く耳にとどくようになった。

 まったくの門外漢でもわかる。この鈴の音の冷たさ、そして澄明さは“怒っている”証拠だ。

 

 ヤベーものが、だんだんと近づいてくる気配。

 俺とトラックの運ちゃんは黙ったまま顔を見合わせる。

 相手も青い顔をしているトコを見ると、分かっているらしい。

 この危険な感覚。目の前で顔をこわばらせる娼婦どころじゃねぇ。

 こんなんなら、シンバスの部隊に四方を囲まれたほうがよっぽどマシだ。

 

「なぁオイ」

「──ウン……」

「分かってるよな?」

「──あぁ……」

「どうしたらいい?」

「オレに聞かれても知らんよ……」

 

 ンだよ、この運ちゃん頼りにならねぇなと思わず俺は淫魔を見た。

 すると、このくそガキはムカつくことに、こっちの言ったコトをそのままに、

 

「ナニさ。アンタたちの係累(ツテ)じゃないのヨぉ。アタシの援護なんて期待すンじゃないわよ」

 

 そういうや、またも腕をひとふり。

 するとふたたび情景は変わり、われわれ3人は元の石畳な下町の路地に立っているのだった。

 抱えていた母子のドクロまで消えた騎士団長は、もぬけのカラになった腕の中を呆然と眺めている。 

 

「チッ……クソ餓鬼が。妖しげな術で、サンザ俺たちをイイように誑(たぶら)かしたくせに、肝心なトキに役に立たねぇフニャち……あぁなんだ、腐れマンコ、か?」

 

 あばずれが、と傭兵は吐き捨てるように言葉を投げつけた。

 するとこの淫魔のくそガキは金色の瞳を細め、

 

『そりゃまた、ご挨拶だねぇ……』

 

 ゾッ!とオレは“二級淫魔”とやらを凝視する。

 ニィッ、と金色の瞳。それはあたかも「ようやく気付いたか」と言わんばかりに。

 

 ──コイツ……もしかして!

 

 だが、オレから伝わった緊張を感知し、今度も傭兵の方が早く動いた。

 ホルスターに戻していたワルサーを素早く抜いて少女淫魔に狙いを付けようとする。

 だが彼女は、さらにそれよりも迅(はや)く己の全身を、

 

 バッ!

 

 黒革のマントで翼ごとつつみ、身を縮めた。

 やがて、その革包みがしだいにチカラを喪い、クタクタと萎れてペタリ、路面についてしまう。

 と、平らになったマントが小さく盛り上がりモゾモゾ動き、中から一匹の黒ネコが、

 

「ニャァ……」

 

 見覚えのあるヤツだった。

 二股に分かれた、太く長いシッポ。

 そのうちの片方は、途中から撃ち切られたように無くなっている。

 金色の瞳でこちらをジッと見上げ、やおらペロペロと顔を洗いはじめて。

 

「運ちゃんよぉ。俺ァ……死んだ婆さんとの約束で、ネコは殺さない様にしてるんだ」

『それは懸命な判断だネ』

 

 このクソ生意気な黒ネコは、いけしゃあしゃあと言いつつ顔をあらうが、ふとその手を止めて金色の瞳で傭兵をニラみつけ、

 

『でも、キミに撃ちとばされたシッポのウラミは──忘れないよ?』

 

 ネコが喋ったことにも何とか踏みとどまり、傭兵はこの相手をマジマジと、

 

「へっ?──何のことだィ」

 

 こんどはオレの方がはやかった。

 

「ホラ。朱格子の扉を鎖していたクサリと南京錠。キミがFALで撃ち切ったじゃないか」

「あぁー。巫女サンが一生懸命貧弱な道具で断ち切ろうとしていたヤツな」

 

(第42話『炎の鍵:後編』参照)

 

「つまり“カギ”は、キミの持っているあのデカいFAL(自動小銃)の事だったんだな。そしてあの不吉な南京錠は、この黒ネコ殿のシッポの一部だったらしい」

 

 そのとおりサ、とだんだん暗くなってゆく周囲に身をとけ込ませ、金色の瞳が輝く。

 

「さいごに……もう一度忠告しておくよ?」

 

 微妙に声を遠くしながら黒ネコは、

 

「キミたちと違って“彼ら”は異世界の記憶を喪わない。これはキミたちに大変な不利となるだろう」

「なんで、オレたちが異世界(こっち)の記憶を無くすんだ?」

「キミたちの理(ことわり)サマが、消してしまうからさ。この世界に縁(えにし)を持たせないようにネ」

「なんでそれが不利なんだ?」

「よく考えてみるんだね……だいたい……だから……」

 

 黒ネコの声が、だんだん小さくなってゆく。

 騎士団長の泣き言やすすり泣きも、次第に遠くなって。

 

 代わって近づいてきたのは──あの鈴の音だった。

 

 あたりは真っ暗て、手の平を目の前にかざしても分からない。

 と──いきなり両脇に明かりがついた。

 朱色の柱のうえに雅(みやび)な火屋(ほや)を持つ、神社風な灯篭(とうろう)だ。

 しかし、その灯は生気がない。まるで怪談に出てくる灯篭のようにゆらめきもせずボンヤリと。そんな紅い灯籠が、両脇にひとつ。またひとつ。闇の中にゆっくり次々と浮かび上がり、彼方へと伸びてゆく。

 

「こっちに進め、ってコトなんだろうなぁ?運ちゃんヨォ」

「おそらくは」

「ヤだなァ……」

 

 オレは驚いた。

 幽明の灯火にうかぶ、このコンゴの猛者の横顔には、本気で嫌そうな色が浮かんでいる。

 

「……めずらしいね。百戦錬磨のキミともあろうものが」

「お前ェには分からネェのかィ?」

「なにがさ?」

「まるで待ち伏せの十字砲火にムザムザ突っ込むような……そんな予感がするゼ」

 

 オレはあたりを見回した。

 

 闇。また闇。

 しかし目を凝らせば、そのなかで紫色の炎が鬼火のように。

 足もとには、いつの間にか曼珠沙華(彼岸花)が毒々しい赤の群れを咲かせ、オレたちを先導するかのようにも。

 鈴の音が、また彼方より鳴り出した。

 さきほどまでとは勢いを異なり、激しさはなく、どちらかというとわれわれを呼ぶように。

 

「……やべぇなぁ。たぶん、あの巫女サンだろうなァ」

「こだわるね。キミは、あの南京錠を撃ち飛ばすまえ、邪険に巫女さんをどかしてたじゃないか」

 

 あれは──と苦々しげに傭兵は、

 

「俺たちは……あのジジイもふくめ、3人が一心同体だと、あの淫魔とやらは言ってたろ?」

「あぁ。ガラスに書いた絵を三枚重ねたとも」

 

 だから、サ?と傭兵隊長は、

 

「アレは……たぶんオレたちが同化していて、その感覚がニブかったからだとおもう。イマは俺が単独で分離して、斥候兵だけの感覚となったから、ヤバさが分かるんだ」 

 

 そのとき、急に鈴の音が近づいた。

 

 傭兵のゾッとする心象がオレにも伝わってくる。

 流れが早く冷たい河に、いきなり胸まで浸かる感覚。

 ゆく手の闇に、茫(ボ)ゥッ、と白衣(びゃくえ)の上に水干(すいかん)、緋袴(ひばかま)。そして額に黄金(きん)の冠を頂いた巫女が、握りに朱房(しゅぶさ)のある神楽鈴を弓手(ひだり手)に浮かび上がった。

 

「うへぇっ!」

 

 そう言うや、傭兵は片ひざをついて平伏する。

 オレにはなんだかサッパリ分からない。

 すると、このコンゴの猛者は、

 

「バカっ!なにやってやがンだ!早くお前ェも頭を下げろ!」

「下げるって、あの巫女さんにか?」

「分からねぇのか!アりゃァ──死に神だぞッ」

 

 シャァン!

 

 ふたたび神楽鈴がふられる。

 そして舞いのような優雅な所作で、オレたちを差し招いて。

 次いで矢のように鋭く、そして冽(つめ)たく胸に突き刺さる命令調の意識。

 

 ──来(こ)……。

 

 ヘヘェッ……と、傭兵は(オマエ水戸黄門の登場人物かよ……)と思わんばかりな平服を見せ、頭を下げたままシズシズと近づいてゆく。オレはそのあとを、なんなのコレと思いながら、特に畏れもせずにつづいた。そんな自分を、面差しうつむかせた冠の巫女は、紅を掃いた口もとに嘉(よみ)したまうような微笑を浮かべて。それを見たオレは、彼女の前に出るのが何だか嬉しいような、恥ずかしいような、みょうな気分になってしまう――なんだろう。この感覚は?

 

 へこへこと頭を下げた傭兵と並び立ち、両脇のうす暗い灯籠に照らされる中、オレたちは距離をおいて巫女と正対した。

 近づいてみれば、巫女の容(かお)には半分ほど面紗(ヴェール)が降り、口もと以外は窺えない。

 ややあって、その美しい口唇(くちびる)が開かれるや、

 

 ──こたび、異形の風説。努々(ゆめゆめ)、真(まこと)と採るに非ず。

 

 何を言ってるかは分からなかったが、意味は理解できた。

 つまりはあの淫魔の、黒ネコの言葉に、耳を貸すなと仰っている。

 落ちついた、噛んでふくめるような意識。神々しさとは、また別の心象。

 しかし、この気恥ずかしさ、緊張を交えた照れくささ。そこでふと記憶の扉が開く。

 このみょうに温かい、不思議な感覚。優しく包まれたような、庇護されたような安心感。

 大昔、幼稚園の参観日で美人の誉れ高かった母親が正装してやって来たときの心象に近い、ような……。

 

 つぎに、巫女の口調はいくぶん峻厳たるものに変わり、

 

 ──然(さ)ては、彼(か)の下賤(げせん)なる者ども。

   在(あ)りては世にいみじぅ(たいへん)害なす者なれば。疾(と)く誅(ちゅう)すべし、滅(めっ)すべし……。

 

 ドレッドの、そして“おサル”のジョージの印象が浮かんできた。

 すぐさまソレは、先ほどまで剣を切り結んだドレイド卿の、そして道化師のイメージに重なる。

 

 ──美事(みごと)、してのけしその折りは褒美(ほうび)せん。 

 

 また鈴が一度、激しく振られて巫女の姿が薄くなってゆく。

 最後に、相手は口調を温かいものに変え、

 

 ──返らば我が宮に参れ……。

 

 その意識を最後に、巫女の気配は──消えた。

 ぐたり、と傭兵が手を地面につく気配。

 

「終わったァァ……怖(お)ッかなかったぁぁぁ」

「はぁ?どこかだね」

「アホぅ、わかんねぇのかよ?ありゃ“この世”のモンじゃねぇぞ。それにあの淫魔とやらが放っていた威圧感!その何倍もあの巫女サンはスゴかったぢゃねぇか!」

「そうかなぁ……」

 

 正直、怖いという感覚が全くピンとこない。

 庇護され、優しく包まれている感じのほうが、よほど強かった。

 その時、両側に立ちならんで彼方へ延々とつづく灯籠が一度、またたく。

 ふりむけば、進んできた背後の灯籠がひとつ、また一つと消え、闇がゆっくりと近づいている。

 

「……行こうか」

「あァ……ヤベぇな」

 

 オレたちは肩をならべ、朱色の柱の間をふたたび進みはじめる。

 

「しッかしムカつくよなぁ……あの元・騎士団長とかいうジジィ」

「なにがだね?」

「あんな得体の知れない妖しげなクソ女に、おべんちゃら使ってよ?」

「ヤツも必死だったんだろ?正直オレたちがこっちの異世界に来て、なにか出来るとも思えんが」

「なーにが『この皇国(くに)をどうしたらいいのでしょう~~』だ、ヴォケが!」

 

 傭兵は、老人の泣き声をマネしてくさす。

 

「手前ェらがまいたタネじゃねぇか。首すげかえても同じなら、国がクサってンだよ。さっさとツブしたほうがいいぜ。それを──あんな泣き言タレやがって。ヤツが俺たちのひとりダァ?与太もいい加減にしやがれってンだ!」

「まぁ、そういうなよ……」

 

 オレはリーマン時代だった時、会社の金を着服して懲戒解雇された男を思いだした。

 社内でももっぱら“人格者”でとおり、頼りがいのある存在で通ってきた人物だ。

 ほんの一度の“間違い”が家庭内の不和をよび、おまけに子供の教育資金もショートして会社の金に手をつけ、アッというまにドロ沼となったらしい。離婚してオレと同じく親権を取られ、現在は行方不明と聞く。そしてその“間違い”のもとを作ったのが、競合相手の担当者というのだからワラえない。

 

「中尉どのよ。人間なんてのは、3ヶ月あれば変わっちまうんだ」

「……」

「歳をとれば往年の覇気もおとろえて、萎縮してしまうんだと思う」

「俺ァ、そうはならねぇぜ!」

 

 朱色の柱が両側にならぶ回廊で、この傭兵隊長はリキんだ。

 俺ァそうならねェ!と背後をふりむき、ゆっくりと迫る闇にむけて怒鳴る。

 暗がりの向こうはどうなっているのか、その叫びはいたずらに闇へと吸い込まれた。

 幽魂が冥界に還るため闇の中へ飛び去るように、彼方から順々と灯籠の火がきえてゆく。

 

「そうなるまえに、サッサと戦死(くたば)ッてやるサ!」

「どうだかな……」

 

 オレは微苦笑しながら、

 

「歳をとるにつれ、気持ちも衰えて、生を有り難がるようになるんだろうな」

「ちぇッ、冗談じゃねぇや。『老人の家』で死んだ眼をして四六時中テレビを見てる最後なんてゴメンだぜ………そういやあのジジィ『戦龍も老いては駑馬(どば)に如(し)かず』とか言われてたな……ドレイド卿に」

「あれって……ドレッドの奴だよな」

「そっちにも居るんだなぁ……オレの方のドレッドも、コカイン・モンキー(ヤクの元締め)やら象牙の売買やら、手広く営(や)ってるらしいや。あの巫女サマの命令、聞いたろ?」

 

 当然ながら、傭兵隊長にもあの下知(めいれい)は伝わっていたのだろう。古参兵(ブリガディエ)は、ガラに似合わずブルブルっと身をふるわせ、

 

「ヤツらを殺せといわれたときの、あの冽(つめ)たさときたら!さすがの俺もふるえっ了(ちま)った」

「なぁ……?」

「なんでぇ?」

「ヤツらも……やっぱり3枚の合わせ鏡なのかナ。オレたちと同じように」

「だろうな。俺の方はCIA(ラングレー)からの暗殺依頼だけど、そっちも別口で依頼があんだろ?」

「そしてこの世界のドレイド卿……どういうことなんだ?時代どころか異世界またいで暗殺しろだなんて」

 

 黙ったまま、しばらくわれわれは歩いた。

 ややあって傭兵が、つまりはサ?と覚悟をきめたような口ぶりで、

 

「なにかデカい歯車に、巻き込まれちまってるんだ、俺たち」

「と、いうと?」

「人を単なる部品扱いにする仕組みだよ。用事が済んだら──ポイ」

「……まさか」

 

 そうオレは言ってみるものの、我ながらその言葉は空虚に響いた。

 

「俺のほうの依頼は、アヤしいモンだぜ。暗殺が成功したら、CIAに消されかねない。なんせ戦場だ。しかも“穢(きたな)い戦場”だ。なんでも起こりうる。」

 

 自分の方はどうかな?とオレは考える。

 轢殺が成功したとしても、まさか消されることは無いと思うが……まてよ?シゲさんは何て言ってた?それに第一、退職したトラッカの話を聞いたことがない。

 

 査問機関である『六道ビルヂング』。

 得体の知れないスーパーAI。

 所属不明の黒い轢殺車。

 

 こっちも、怪しいことだらけだ。

 それに加え、否応なく巻き込まれた今回の2大勢力の綱引き。

 一歩、出方をまちがうと、たちどころに足を掬(すく)われるような、そんなヤバい感覚。

 

 重苦しい闇のなか、行く手のほうからかすかに風が吹いてきた。

 あっ、とオレは思う。匂いの記憶は敏感に反応する。

 排ガスと、コンクリートの気配。微妙な金属臭。

 都市からやってくる風だとすぐに気づいた。

 あの懐かしい香り。安心する気配。

 傭兵の方も鼻をひくつかせる。

 そして顔をゆるませた。

 

「コルダイト火薬(硝煙)の匂いがするな……それにガソリン……もう出口は近いらしや」

 

 進んでゆくうち、左右を紅い灯籠ではさまれる路は二手に分かれていた。

 一方は、彼方に壮大な夕焼けと、人間を肉の袋と化す戦場の臭い。

 もう片方は、夕暮れの高層ビルの輝きと、人間を歯車とする都市の匂い。

 

 路の分岐点で、おれたちは立ち止まった。

 

「じゃぁな。できりゃァ、一杯やりたかったが」

「なぁに……そのうち」

 

 そうは言ってみるものの、それが気休めであることは明らかだった。

 この愛すべき傭兵も、それを十分承知することが分かるだけ、よけいに寂しい。

 それぞれの路に歩き出したとき、相手は歩きながらこちらを向いて、

 

「よォ!そういやアンタ、21世紀の人間なんだよな!?」

「あぁ、そうだけど……」

「じゃァさ、人間は?人間は月に行ったかい?ソビエトの野郎に勝てたかい?」

 

 1960年代のこの男は、当時の米ソ宇宙開発競争のことをいっているのだ。

 やはり過去の人間なんだな、とオレはそのとき実感する。

 

「あぁ、連中より早く、アメリカは月の地面を踏んだよ!」

「やったァ──ッッ!畜生め!」

 

 バチリ!アフリカの猛者は拳を反対の手の平に打ち付けた。

 

「火星に植民地とかは?月にも宇宙港があるんだろ?」

「え、なに。ひょっとしてSFマニア、とか?」

「俺の部下にジャンてヤツがいて、詳しくおしえてくれたよ。マーキュリー計画の次は月に行く計画があるって!」

「……あぁ、アポロ計画か。でもそこまでだ。なにぶん莫大なカネがかかって、宇宙開発はすすんでないんだ」

 

 は?遠ざかる相手の頭がガクリと堕ちた。

 

「じゃ、じゃぁサ?未来の車ってのは、宙に浮いてるんだろ?」

「……残念ながら相変わらずタイヤで走ってるよ」

「電車は透明なチューブの中を原子力で──」

「……電気と車輪です」

「お手伝いのメイドロボットが──」

「……食いつめた発展途上国の人々が出稼ぎにきてる」

「何やってんだヨォ!」

「いや、オレに言われてもな……」

 

 最後に大きく手をふって、傭兵は灯籠の林にかくれ、見えなくなった。

 オレの方は、そのまま闇の中を、彼方の夕暮れ目指してまっすぐ歩いて行く。

 さて、どうやってあ(・)い(・)つ(・)ら(・)をトラックの餌食にしてやろうかと、思い巡らしながら……。

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 ……女の匂いがした。

 それだけでない。生々しい温かみ。

 高級化粧水と、ランジェリーに残る香水の気配。

 革張りなソファーの感覚と、上からのしかかる柔らかい肌。

 頭が動き、汗ばんだ髪がにじられ、女性用のシャンプーとリンスが薫る。

 

「う……」

 

 オレは眼を覚ました。

 とたん、なにか大冒険の夢のなごりのようなものが消えてゆく。

 何時だ?と壁の時計を見ようにも、重いものが覆い被さって身動きがとれない。

 

 ──なんだコイツ……あ、美香子かぁ?

 

 レースのカーテン外が薄明るい。

 たぶん、夜勤を早上がりして帰ってきたのだろう。

 こんな状況を許しているということは、詩愛は実家に泊まったのだな。

 

「ふにゅぅん……ご主人サマぁ……メス奴隷もうお浣腸おなかイッパイですぅぅ」

 

 ワケわからんことを言って、人の上で寝返りをうつ美香子。

 まったく……とオレは、この小娘を起こさない様にソッとソファーから抜け出ると、汗まみれの寝間着を部屋着に替えた。どうやら熱は下がったらしい。冷蔵庫からノンアルコールのビールを出す。できればホンモノを飲みたいところだが、今日は出勤せねばならない。

ベランダに出ると、はやくも東の空が藍色に染まる都市の光景が眼前にひろがった。

 

 ──何だろう……?

 

 なにか、とても寂しい気分がして仕方なかった。

 大事なことを忘れているような。親しい友人と別れてきたような。

 そう考えると、先ほどまで見ていたと思われる大冒険の夢が気になった。

 しばらく思い出そうと努力し、その片鱗さえうかんで来ないことにオレはすっぱり諦める。

 

 ──まぁ、いい。夢物語より……現実だ。

 

 給料も、なにより生活もかかっている。

 それに何としても。あのドレッドと“おサル”のジョージを……!  

 

 パシュッ!

 

 タブを引き開けたとき、マンションの下で植栽をゆらす気配。

 なんだ?とベランダ下をのぞき込めば、駐輪場のわきの茂みをコソコソ人影が去って行く。

 

 ──なんだありゃ、下着ドロか……?

 

 たぶん2階ベランダの洗濯物が目当てだろう。

 ホステスでも住んでいるのか、ときおり派手なランジェリーが大胆に干してあるのを見る。 

 

 ──ご苦労なこって。

 

 黒いパーカーの後ろ姿を鼻で笑ってしばらく見送り、次いでオレは顔をあげ、視線を目覚めつつある都市の光景にもどすと、もはや影も形もなくなった大冒険の夢、そのドキドキした余韻だけを、偽ビールとともに味わった。

 

 また、轢殺の日々がはじまる……。




これで初回の重要回はひとくぎりです。
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