試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
* * *
──なぜ……なんでだ、クソ。
パニクりかかる頭。
イヤな汗がジワッとわき出し、身体を熱くする。
まて。冷静になれ。囲まれたときは、沈着を無くしたら最後だ
浮き立つ胸を何とかなだめすかし、オレはガランとした部屋を見回した。
冷蔵庫のアトや、周囲が陽に焼けたタンスの影。
ヨソ見をしていて、天ぷら油に火が入ったときに焦げた換気扇。
落としたビールをウッカリそのまま開けて噴出した、天井まで続く茶色いシミ。
つまりは中年……いや
──物盗り?にしちゃァ……徹底しすぎてる。
部屋の中は、払ったようにキレイで、ほこりひとつ見当たらない。
洗濯機の無くなった脱衣所。歯ブラシやビタミン剤まで無くなった洗面台。
風呂場のドアには防カビ剤をスプレーした痕跡、バスタブ洗剤の臭いまで残っている。
何なんだいったい……と、リビングに戻ってみれば。
ソファーの置いてあった中央の床にポツンとオレのシャンパングラス。
近づいてよくみれば、それを重し代わりに便箋が置いてあるのを見つける。
ハート型の文様を周囲にちらす、いかにも“女の子”が選びそうなピンクの用紙。
{ご主人様へ❤️}
新しいおうちを親からもらいました。
ご主人サマのお荷物は、全部そっちにうどー(原文ママ)させます。
地図を書いといたから、ぜひキテください。
{ご存じより❤️}
──あのなぁ……。
ガックリと脱力。
なにが“ご存じより”だ美香子め。
ファンシーな便箋を手に、オレは床に座りこんだ。
見れば二枚目には、たどり着くのが怪しそうな手書きの地図。
それに「
ったく余計なコトばかりしてンじゃないぞ!ハネっかえりめ。一体どういう……。
そこでハッと思い当たった。
──ちがう……。
あのアーパー娘が、こんな大それたコトを仕組むハズがない。
そしてよく見れば新しいおうちを親からもらいました。とある。
そうだ。先日、詩愛の頼みでノコノコと出かけた鷺の内医師との夕食会。
「儂はこうと決めたことは──必ず!やり遂げるタイプなのぢゃ!」
たしか白髪の男は、そう言ってなかったか。
あのときは、詩愛を犯したドレッドたちに対する復讐を意味してるとばかり思っていたが、まさかこの企みを
──とりあえず……こんなコトをしている場合じゃないな。
トラックに戻って、今晩の張り込みをしなくては。ハヤいとこケリぃつけないと、また月曜の朝会でイタチ面のイヤミな当てこすり攻撃をくらっちまう。
オレは靴をはくことすらもどかしく部屋を出ると、トラックに戻った。
『アラ。着替えとか仰っておきながラ、おなじ服をお召しになっているのではなくテ?』
「いろいろあったんだ!【ボニー】、パワーユニット・チェック。第二電源起動の後はオートで第3転生ポイントへ!」
『第1でなくて宜しいんデスの?』
「ちょっと長く使いすぎた。少しばかり監視には不利だが、第3でアンブッシュする!」
──
何気なく出た言葉だが、ドクンっ!と身体が脈打つ。
アドレナリンが、血管の奔流をブーストさせる気配。
なんだか懐かしい、それでいてシックリくる高揚感。
オート操舵システム・チェック。
駆動部にパワーユニット、接続。
各種監視システム稼働異常なし。
『オールグリーン・サー』
「
……………………。
………………。
だが……。
それは交通量も少なくなり、日付も変わろうかという頃だった。
物陰に停車した轢殺トラック。
人通りは、ほとんど無く、たまにコンビニの袋を下げる残業疲れな足取りのリーマンや、リードをLEDで光らせた犬の散歩をする初老の婦人が通るだけのわき道。
あと数年で取り壊されるという団地に灯る明かりはすくなく、どさくさに紛れて空き地に作られた家庭菜園も、荒れたままになっている、そんな風景。
オレが監視用・光学増幅モニターの視界を横切る白ネコの親子づれを見ていると、
『マスター。運行管理から文章連絡が入ってマス。回線を開きますか?』
オレは暗視モニターから目を離さず、
「──読め」
『宛先は“管理者直披”となっておりマスが……』
めずらしく【ボニー】が困惑する声。
このごろは何をするにも自信満々だったのに。
「かまわん──オマエを信用する」
『嬉しゅうございますワ?では……{For#108:0723/4th Target is purged.}トあります』
──ッは!?
でかかる大声を、オレはとっさに押し殺した。
待ち伏せは、沈黙を守ること。気配をコロすこと。
トラックの中に人がいることを、悟られてはならない。
おりしも終電帰りと思われるリーマンが脇を通り過ぎてゆく。
「……マジか?」
『シール・コード確認済み。事業所からです』
──まったく。
きょうは何回驚ければ良いんだクソ……。
オレが追うターゲット。あのうらぶれたスーツの背中。
ヤツは、すでに他の
「【バンd…ボニー】!センターにつなげ!」
『業務用の緊急コールセンターにデスか?コレは緊急とは考えられませんが』
「なんでも良い!──はやく!!」
オレもこの仕事についた初期に数回、使っただけだったが確認しておきたいことがあった。
【ボニー】がコールすると、すぐに女性のオペレーターが、
『転生協会・緊急コールセンターです──事件ですか?事故ですか』
「わたしの轢殺目標が、他のドライバーにクリアされました。執行担当者の名前を知りたい」
『社内規則により、それはお答えできかねます』
──っチ!……。
とりつく島もない対応。
冷淡。かつ無機質な口調だ。
六道ビルヂングの受付を連想する。
それでもオレは何か情報が引き出せないか、塩対応をされる営業マンの粘りで頑張った。
「……ウチの管轄で執行されたんですか?──それともヨソで?」
『社内規則により、それはお答えできかねます』
「執行者は単数?複数?」
『社内規則により、それはお答えできかねます』
「せめて執行時刻を……」
『社内規則により──』
「もういい!」
営業現場を離れてずいぶんたつので、こらえ性が無くなっていたようだ。オレは通話をブチ切ると、中を見られぬようスモークを最大に効かせたキャビンで盛大なため息をついた。
子猫にエサをやる母ネコ。
それを映すモニター画像をボンヤリと眺めつつ、
「なんてこったい。どこの畜生だァ?ヒトの獲物を……」
『──お察し致しますワ、マスター』
【ボニー】が、場を含んだ風情でシオシオと、
『せっかく、ココまでたどりつきましたのにネェ……』
その声が、また真に同情されているようで、余計にハラがたつ。
だが、こうなってはココにいても仕方ない。
その気配を察したのか【ボニー】は、
『……帰投なさいますカ?マスター』
「ほかに手立てがあるまい。帰社する。オート・パイロット」
『オート・パイロット、サー』
トラックは暗がりから忍び出るネコのように明かりの下に進み出ると、そのままモーター音を低く鳴らしながら夜道を走り出す。
──さぁて、どうしようか。
『寮にお戻りになります?そのあとワタシはオートで帰庫致しますが……』
「いや、もうあそこの寮は使わないんだ。オレの知らないうちに引っ越しされた」
『……まァ』
「それに
びみょうな間。そして、
『アラ……うふふふッ♪』
「──なんだ?なにがおかしい」
『ワタシのことをマスターが“ひとり”って言ってくださったノが、嬉しいのデス」
──う……。
言われてみれば。
いつのまにか
こりゃァ人類がAIに制圧されるのは、それこそ「アッ!」という間だなと思う。
『マスター?』
「……なんだ」
『でもシンパイしないでくださいネ?』
「なんの……心配だ?」
『ワタシたちAIは人類のテキには、なりまセン』
「……」
『こんなコトをいうと、マタ勘ぐられるかもしれませんガ、ワタシは──少なくともワタシだけハ、どこまでもマスターのお味方デス』
「……どうして……そう思った?」
『マスターの不安げな
「まいったね、どうも。
まァ!と【ボニー】のヤツは、今度は心外そうな口ぶりで、
『ワタシが、こんなに気遣いをお見せしているのに──連れないお方だコト!』
「わかった、わかった。降参、降参」
『もう!ワタシに手があれば、ツネってやるところですわ?──そうだ!』
「やめてくれ」
『まだ何も言ってませんケド……』
「言わんでも分かるわ!」
オレは思わず苦笑しつつ、
「頼むから整備の親方に、ヘンなギミックをねだるのはヤメてくれよ?」
『
【ボニー】のしゃべり方。
何となくたどたどしいのは、ひょっとして日本語に不慣れな外人女性を演出してるのではないか。コイツの話っぷりから、なんとなくオットリ系のグラマーな白人女性が想像できてしまう。
──コイツだけは……。
【SAI】のように失いたくはないなと思う。
何か、予防策のようなものは。、講じられないのだろうか。
そう……デリート処理をされても、どこかにバックアップをとっておくような……。
『ドウか致しましテ?マスター』
高速のランプに至る赤信号で止まった【ボニー】が話しかけてきた。
青い深夜。
工業地帯わきの交差点。
もはや誰も通らない横断歩道。
視界の上を覆わんばかりに錯綜する高速の高架。
「
『あらウレシイ。心配してクダさるの?』
「そういうワケじゃないけどよ……」
『じゃぁ、何デスの?』
──う……。
言葉に詰まった。
転生轢殺という業務。
削除された元の相棒。
印象だけが残る夢見。
不安定な日常と将来。
いままで経てきたものを、コイツに分かってもらおうとは思わない。
ましてや、コチラの昨今の精神状態をさらけ出すなど、もってのほかだ。
だが【SAI】のない今、頼りはコイツだけ。また仕込み直しはカンベンだ。
「オマエを失って、また新しいAIを教えるのがメンドくさいだけさ」
『ま!ニクらしい』
正面が青信号。
トラックはPU全開の急発進。
あまりの勢いに、オレはヘッド・レストに後頭部をブツける。
「いってェ!」
『あら……ゴメン遊ばせ、マスター』
「……」
やっぱりAIには気を許しちゃイカんなと、オレは気を引き締めた。
社にもどり、遅番の整備員に【ボニー】のキーを引き渡し、さてと考える。
だだっ広い地下駐車場には、駐車エリアにトラックが1/3ほど。
残りは出庫して、転生処分にいそしんでいるらしい。
──ここでオレのターゲットを横取りしたヤツの情報を聞けないだろうか……。
深夜だというのに、広大な空間は騒がしかった。
インパクト・レンチで何かを外す者。
サンダーの火花を散らす整備員。
タイヤ交換をする専門の担当。
知った顔は──誰もいない。
天井に、それら騒音がワンワンと反響する中で腕時計を見れば、もう0200時を回って。
いまから寮に戻っても、何もない。なにより寝具すら運び出されているのだ。
これは今晩も仮眠室の世話にならなきゃと考えたとき、
──しまった!
オレは花柄の便箋に
あのクリスタル製のフルート・グラス……持ってこなかったよクソが。
美香子め!よりにもよって、手持ちで一番高価いグラスを使いやがって……。
よっぽどオレはアセってたんだろう。アレを持ってくるのを忘れるとは。
これはひょとして轢殺目標とエンカウントしても、ミスってなにかトンでもないことになったのでは。
──そうだ!そう思うことにしょう。うん。
なにやら気分がカルくなったオレは、自販機を目当てに事務所のあるフロアまで上がる。照明は点いているが人影はなかった。誰かまだ残業でもしているのだろうか……。
ビールがないのが残念だ。社屋の近くにはコンビニすらない。とりあえずタスクは果たしたので一杯
──お?
ポケットの小銭入れを出そうとして、かさばる紙の束に触れた。
引っ張り出してみれば、例の花ガラ模様な便箋。
改めて広げれば──ひどいなこりゃ。
よりによって、道の分岐点をしめす目印に「地域ネコ」だの(前かごに空き缶満載な)放置自転車など、ランドマークとしてはとうてい不確実なシロモノが書かれており、そのうえ住所どころかマンション(……だろうと思うが)の名前すら書いてない。そのくせ、そのイラストが、またムダに上手いのがイラッとさせられる。
──まぁ、分からなくなったら美香子の携帯で聞けばいいか……。
「あら。ラブレター?」
背後からいきなり声がかかった。
ギクリとしてふり向けば、メガネごしの疲れた微笑とハチあわせする。
「おt……主任!」
マジでビックリした。
思わず腕の時計をみれば、ごついダイバーズ・ウォッチはもうすぐ0300時になるところだ。こんな時間までナニをしているんだこのヒトは。
「あーまァた“お局”って言いそうになったでしょ♪」
「そんなことより何してんだ?もうマルサン・マルマルですよ!?」
「は?まるさん……あぁ、時刻のことね」
あれっ、とオレもとまどう。
なんでこんな言い方をしたのだろう。
「仕方が無いのよ。仕事がたまってね。まぁ、半分は“生活残業”なんだけど」
「妹サンの学資かせぎ、ってヤツか。ご苦労さまだなぁ」
「ね──それよりなぁに?それ。ラブレター?」
「そんな浮ついたモノにゃ縁がありませんよ。後見人がわりになっているJK……あぁ女子高生からのアホ伝言です。いいメイワクだ」
「手ェだしちゃダメよ?」
「まえにも言ったでしょ?オレは!
ふふっ♪と主任は再びメガネの奥から笑う。
そして重そうな乳をユサリ、もちあげて
「……ワタシみたいな年増が趣味だったら、嬉しいンだけど」
「主任は!オレにくらべたら、年増でもナンでもないじゃんか」
「そう言ってくれるのはマイケルさん、
こんどはワタシが奢るわね、と彼女はショーツ・ラインが浮き出るタイトスカートの尻を思わせぶりに振りたて、先に自販機コーナーへと向かった。
「しかし驚いたなァ。でもさすがに明日は
いいえ?と彼女はさも当たり前のように否定する。
「仕事はいくらでもあるし。稼げるウチに稼いでおかないと」
「からだコワすぜ。いくらナンでも」
「それもイイかもね」
「は?」
「あのコには、そろそろ現実を知ってもらわないと……」
「そりゃどういう……」
彼女は身をかがめ自販機からカフェインレスコーヒーを取り出し、はぃ、とオレにさしだすと、
「オトコと遊ぶお金まで、お姉さんは出せませんよ、ってハナシ」
「ありゃ~ワルいオトコに引っかかったか?」
「まぁ遊びたい盛りだから、仕方ないのかもしれないけど……」
彼女の方はコンソメを選んだらしい。
カップから美味そうな匂いが立ちのぼり、不覚にもオレの腹が鳴った。
「なぁに?お腹減ってるの?……ちょっと飲みます?」
「いや、張り込み途中で
オレは空振った待ち伏せのことを思い出す。
「主任!オレのターゲットが横取りされたハナシは、伝わってる?」
「へ?なに?」
キョトンとした主任の顔。
やがてそれがニマリ、悪そうな顔になって、
「なぁに?
「クッ!……だし抜かれたんじゃない!いきなりメールが来て──そうだ!」
「はい、ストップ」
「え」
「社内規約で、誰がアナタの目標を転生させたかは教えられないわ」
「……まだ何も言ってないのに」
「言わなくてもワかるわよ」
「ちぇ。センターと同じコト言いやがって」
えっ、と彼女のほそい眉がしかめられ、
「貴方……まさかコールセンターに連絡して、自分の目標よこどりした相手を問い合わせたんじゃないでしょうね?」
「もちろんしましたが何か」
「…………」
はぁっ、と主任は自分の額にほそい指をすべらせ、
「もうちょっと慎重に行動しなさいよ……コールセンターへの入電も記録に残るんだから」
「そりゃまぁ、そうなんだけどサ。あんまりハラが立って」
「まったく。『第三会館』のコト、忘れたワケじゃナイでしょう?」
「あぁ。オペレーターの対応も、あのクソったれビルにいた連中にソックリだったぜ。ウグイス嬢だけあって声だけは良かったがな。ホラ、ちょうどあのベリショっ娘みたいな感じ」
「……だれ?」
「ホラ、主任のトコにいて、いまは所長の秘書だか研修だかに出てる……」
「あぁ、リサのことね」
「そうそう、若宮クンだっけ。まだ研修からもどってこないんだ?あの毒舌が懐かしいってほかのドライバーたちも……」
「知らないわ?上位組織のやることなんか。そうねぇ……場合によっては、教えてあげてもイイわよ?」
「リサっちの現状?いいよ、そこまでしなくても」
「バカねぇ、アナタの目標を処分したドライバーのハナシよ」
マジで!と我ながら目を光らせたと思う。
相手の顔が苦笑しつつチョッと引くのが分かった。
しかし、すぐに狡猾そうな笑みをメガネ越しに復活させ、
「そうねぇ……わたしのお願いを、聞いてくれたら──」
「あぁッ!ふたりしてナニやってンだい!」
とおくから大声があがり、フロアに響きわたった。
振り向けば、クリップボードを小ワキにはさんだツナギ姿の朱美だ。
黒革とみえる素材で、身体のラインがワリとピッチリ窮屈に浮き出ている。
経産婦にしては引き締まったボディ……。
バランスのとれたバストと細い腰。豊かな尻……。
かかとの無いロング・ブーツを履いた長い脚がSM風味に……。
これで馬用のムチでも持たせたら“紅いウサギ”の調教役だ。険のある美顔にキツめの化粧でもさせ、
「
「それぁコッチのセリフだよ。逢い引きにしちゃ、妙な時間と場所ぢゃねぇか」
朱美の冷やかすような視線が、オレと主任とを往復する。
「よくココにいるのわかりましたね……転生処置が終了したんですか?」
フン、と彼女はお局サマの問いに、
「あぁ。1時間ほど前に、キッチリとね」
「なんでココに?」
「いやね……」
そういうと彼女はあたりをしげしげと見まわした。
「トラックを降りてロッカー・ルームに行こうとしたら……廊下の奥で鈴の音がするんだ」
「「──鈴!?」」
オレとお局サマの声がハモった。
「イヤだわ。野良ネコでも入り込んだのかしら」
「アタシも最初はそう思ったさ?」
朱美の姐御は手をヒラヒラさせ、
「ケド、その“鳴り様”が、なんかフツーじゃないんだ」
“鈴”と聞いてオレは何かイヤな予感がした。
その不安をよそに、女たちの会話はつづく。
「え……どんな風に鳴ってたの?」
「こう、なんか……ヒトが手に持って
……シャラン……シャラン……。
「……って」
「イヤよ……うす気味のわるい」
「って思うじゃん?ところが不思議なことにゃ、チッとも気味悪さを感じねぇ。それどころか、なんかミョーに
「なによソレ。十分キミが悪いわ?朱美さんは、度胸がすわってらっしゃるから……」
「そんなンじゃねぇよ。アタシだってオバケはイヤだし、ホラー映画は嫌いさ!けど、そんなアタシでさえ、こぅフラフラと音に誘われてついて行ッちまうような音色でサァ」
「コワいわねぇ──もう深夜残業できないじゃないの……」
「んで、音に誘われて階段のぼって、ここに着たら、アンタらが乳くりあってたッてワケ」
「乳繰り合うだなんて、そんな」
一瞬、お局サマが嬉しそうな顔をみせ、ほおに片手をそえる。
とたんに朱美のキツめな美貌が、いくぶん硬くなるのが分かった。
「ンでェ?──主任サンは、マイケルにいったい何をタノむつもりだったんだぃ?」
「ま。聞いてたの?イヤですわねぇ」
「顔を出しても大丈夫なようだったから、遠慮してたのサ。濡れ場だったらお邪魔はしねぇよ」
つっけんどんな口ぶり。
女同士だと朱美も遠慮がないのだろう。
いつもの彼女らしくない“蓮っ葉さ”が全面に。
「ついでにアタシの方も。実ゥ言うと、コイツに頼みがあるんだぁ」
そう言って彼女はオレの首にことさら馴れ馴れしく腕を回した。
トラックの中に籠もり、待ち伏せをしたためだろう。ツナギの胸元から、ことさら彼女の体香が匂い、不覚ながらムラッときてしまう。
「なんだよ頼みって──怖ッかないな」
「なぁに、たいしたことじゃねぇだ」
朱美はオレの首へと回した腕にいくぶん力を込めて、
「アンタの休日を。1日貸してくれないかナと思ってサ」
「どうするんです!マイケルさんを」
「ウルセぇなぁ……デートだよ、デ・エ・ト!」
「まっ!」
お局サマは憤然と、
「公私混同ですわ。そんならワタシだって!」
「はぁ?ナニ言ってんだ。アタシんは竜太と一緒に水族館にいってもらいてェだけなんだ」
「……竜太?あぁ、朱美さんのお子さん」
さすがは総務の要。いちおうドライバーに関する一通りの経歴は頭に入っているらしい。
これはやはり通勤費を浮かそうと小細工などしたら、ホンキでヤバそうだ。
「ウチの
しばらく奇妙な沈黙があった。
ややあって、お局サマが、
「水族館かぁ……イイわね」
だが、その『いいわね』は、どういうワケか当事者口調だった。
そして案の定、
「ワタシもご一緒しようかしら」
「「はぁっ!?」」
またもハモるオレたち。
「なによう。竜太クンを連れて行くのが目的なんでしょ?だったらワタシも一緒だって良いじゃない。水族館なんて、ここ十年ごぶさただし」
「いや……うむ……」
オレが絶句してると、朱美から必死のアイコンタクト。
コ・ト・ワ・レ・!
キツめの美貌に形相凄まじく、お局サマ死角からオレを睨め付けてくる。
──いや、そうは言われましても……。
まぁ。ヘンなモーションかけられるよりは、主任を盾にしたほうが、当日は安牌か。この上、朱美の姐御からヘンに迫られたのではタマらない。反面、竜太の将来が気にかかるのは、父性本能がなせるわざかもしれんが……。
「まぁ、いいでしょう」
オレがようやくそう言と、ガン!朱美がブーツのかかとを一度、ハデに踏みならした。
「朱美さん?どうされましたの」
「ケッ──なんでもネェよ!」
ふたりの女のあいだでバチッ!と一瞬、火花が散ったように思ったのは気のせいか。
オレはみょうに冷え冷えとする空気を察しながら、
「そ、そういやサ主任?オレに頼みたいことって、なんだい」
「あら。そんなことワタシいいましたっけ?」
メガネの奥から冷ややかな視線がオレを射る。
「ッは!言ってたじゃねェかよ」
朱美が報復気味に横から口を出した。
「なンたら辛気くさい口ぶりでサァ。ソレ聞いて(……こりゃヤベぇって)アタシが出たんだから」
「朱美さん……あなた、どこから盗み聞きしてたんですの?」
「人聞き悪ィなぁ!コッチは遠慮してたんだぜ。どうやら大丈夫と分かってから顔を出したんだ。感謝してほしいモンだね」
「ソレにしたって──!」
「まてまて。お前ら、分かった」
険悪な両者に、むりやり割って入る。
「OK、OK。水族館の件、朱美とおつぼ……主任。それに竜太。みんなで一緒に行こうや」
オレの言葉に、ふたりの女はそれぞれ微妙にこだわった表情をする。
朱美の顔には、しばらくイライラしたものが浮かんでいたが、ついにはあきらめたらしく、
「まぁ……イイか。竜太もよろこぶぜきっと。ありがとな、マイケル」
「ワタシも。水族館なんて10年ぶり以上ですわ?」
またも散る火花。
その場をとりなし三人を解散させ、ひとり仮眠室に向かう静かな廊下で、オレはジャケットのポケットから新しく更新した御守りを取り出した。
──しッかしあの神社、霊験ありすぎだろ
つくづく思ってしまう。
あの巫女サマは、いったいオレに何をさせたいんだろう。
朱美が言ってた鈴の音。
やはりコレが原因なんだろうか。
だとしたら、オレに竜太の父親になれと?
──まさかな……。
仮眠室には先客がいた。
脱ぎ散らかされた汚いレース用ドライビング・シューズ。
二段ベッドの上段で、毛布の山が規則正しく上下していた。
オレはなるべくそこから距離をとったベッドを選ぶと、おなじく上段に上がり込んで横になる。
ノリの効き過ぎたシーツの硬い感触と、クリーニング・タグの付いたままな毛布。
そして──また舞殿の夢。
舞台では、あの巫女が神楽鈴をふり、優美に舞う。
ワキでは奴婢役の婦人──真琴の母親──が、コチラを向いてニコニコと。
その舞台の改段下で、オレは敷かれた
これを着たら……完全にあの巫女サマに使役されてしまう……そんな予感……。