※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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あけましておめでとうございます。

本年も珍歩を何卒、宜しくお願い申し上げます。



第56話:“妖魔”の宮殿にて

 

 ……間違いない。

 この尊大な相手の目つき。物ごし。

 紫色を掃いた唇に、薄い笑みが浮かぶ口もと。

 オレのことを、まるで使用人か奴卑(ぬひ)のように見てやがる。

 

 『麗華』と『レイカ』。

 

 音は同じだが、前者のSM風俗店にいる女王サマ然とした下世話なところが、露ほどにもない。もっと高貴で……もっと尊大で……もっと……。

 

 

 ──まぁ、まちたまえ。

 

 また意識が浮かんできた。

 

 ──この手の輩(やから)は、こちらも礼を尽くすにかぎる。

 

 体は自然に動き、左足をひいて中指と薬指をYシャツの合わせ目に差し込む。※

 そして出来るだけ優雅に一揖(いちゆう)すると、

 

「チーフ・レディ『レイカ』どのにおかれましてはご機嫌よろしう。こたび、拝謁(はいえつ)の光栄を賜りましたるは重畳(ちょうじょう)の至り……」

 

 そういって、ゆるやかにオレは頭(こうべ)をたれた。

 ピキリ!またしても腰に電流が。にじむ額の冷や汗。

 むき直ったとき、『レイカ』の面差しには若干の変化がみられた。 

 氷のような美しさを湛えていた彼女の顔が、不意にすこしばかりゆ(・)る(・)む(・)や、

 

「此処(ここ)にも、かように礼節をわきまえた者が居ったかぇ……」

 

 彼女が纏う、フロア・レディ用にしてはヤケに豪奢な薄物ドレス。

 露出した色白な肩から煮え立たせていた“険”が消える。

 そして艶然、オレの方を向いて、

 

「こちらへ。その腰も──手当して進ぜようぞ」

 

 もはや平伏したままの『せつな』には一瞥(いちべつ)もくれることなく、『レイカ』は静々と廊下の奥へ歩み出した。

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 薄暗い……そう、それは神秘的な空間だった。

 不思議な香の薫(かお)りが漂う、奥深い森閑(しんかん)とした広間。

 重厚なタピストリーや趣味のいい芸術品で飾られた、豪奢な一室。

 まるで『壹阡壹夜譚』(アラビアン・ナイト)の絢爛さと淫靡さを、21世紀の現代に持ってきたような景色。

 黄金や白銀の什器。あるいは今となっては誰も作れない古風な調度はもちろん『人間家具』とも言えるような代物まで。

 幾本ものコリント様式とみえる柱が、吹き抜け状態である天井の高いこの広間を支えていた。

 その基壇(スティロバテス)には、なんと本物のチーターがうずくまり、重ねた前腕にアゴを載せている。柱頭(キャピタル)にブラ下がるのは大コウモリだろうか?そして梁の上の暗がりから眼を光らせてコチラを伺う、耳のとがったサルのような影たち。あれは──なんだろう……?

 

 中央の手水盤には小さな噴水が飛沫(しぶき)を。

 傍らには棕櫚(しゅろ)の木の群れが部屋の片すみに。

 ホンモノ?それとも精巧なイミテーションだろうか。

 条約で禁止されている珍奇な毛皮もアチコチに延べられる。

 部屋の奥には、漆黒の釣帳(カーテン)が掲げられ、そこから先は窺(うかが)えない。

 聞けば、ここは彼女だけの休憩用プライベート・ホールというではないか。

 

 いったい“紅いウサギ”の資本力はどれだけあるのか。

 ここまで来ると『小枝子』の休憩用にされた広間も見てみたいモンだ。

 

 ──これはまるで譚(はなし)にきく“妖魔の宮殿”ではないか……。

 

 どこからか流れてきた、そんな意識を感じつつ。

 

 おれはうつ伏せ用の施術台にみちびかれると、上半身と尻を半ば出すマヌケな格好で横たわり、マッサージ師に身をゆだねる。

 そこを細くしなやかな指が、ふしぎな香りのするジェルを、腰骨にそって巧みな手つきでゆっくり塗りなじませていた。

 

 ──うっク!……うぅん…………。

 

 適度に体重をかけ、グイグイと、あるいなヌメヌメと。

 今日の心労と疲れを揉みほぐし、雲散させてしまういきおい。

 さすがは“紅いウサギ”お抱えのマッサージ師、なかなかの腕とみえる。

 ツボや筋を知り尽くしたような指が、あるときは強く。あるときはさすって。

 

「半身(ハンミ)ニ──オナリクダサイ」

 

 たどたどしい言葉だ。

 モゾモゾと施術用のベッドで横向きになれば、ケーシー白衣とも言われる、丈(たけ)の短い半袖の白衣を着た小柄な女の視線と目が合った。

 まだ二十歳にも満たぬと思われる、奇妙な灰色髪の娘。

 中央アジア系ともおもわれる、ちょっとエキゾチックな色合い。

 

 だが──その眼(まなこ)は。

 

 彼女は、両方とも金色の虹彩(こうさい)をしていた。これだけなら(なんだ、カラコンだな)と思うのだが、その瞳(ひとみ)は、ネコのように縦長となっている。

 

 ──あぁ、義眼か……。

 

 ひとむかし前の按摩(あんま)よろしく、彼女は盲(めしい)なのだろうと最初は判断する。だが、みょうに身体の奥が熱くなる軟膏をグイグイ彼女からすり込まれているうち、彼女が医療用の台車からテキパキと蒸しタオルや消毒液を取り出すのを見て、その考えもあやふやになってしまう。

 

「あまりムリをするでないぞ?マイケルどの」

 

 死角となった背中側から面白がるような調子で、

 

「箱車(トラック)とやらの運転ばかりで、あまり体練(うんどう)をしてないのであろう。急に身体を動かすから、そのような醜態をさらすのぢゃ……」

「お説──痛み入ります」 

「とはいえ、あの『せつな』の攻めを、よくぞ撥(ハ)ねのけたものよ。褒(ほ)めてとらす」

「あの室長は……もと男なんですか?」

「本人の、たっての希望でな。いま、子宮も培養しておる」

 

 ──細胞培養移植。

 

 そんな技術、いまの日本にあるのか。

 時代はすすんでいるなァと、オレは尾てい骨のあたりをイヂられながら感心する。

 グィッ、ぐぃっとマッサージ役の娘は、以外に強力な力で。

 うっかりシリの穴まで侵略されそうになり、思わずのけぞった。

 

「コンドハ、反対側、ヲ、向イテクダサイ」

 

 またも施術台のうえでモゾモゾと寝返りをうち、反対方向を向く。

 すると、不思議な文様のおおきな毛皮をかぶせたチェアらしきかたまり。そこでドレスの裳裾に包まれた脚を組み、片手にフルート・グラスを持つ姿。なにより吸い込まれるように美しい青い瞳と目が合った。オレがマヌケな格好でマッサージをうける様を、彼女は面白そうに黙(もだ)したまま眺めている。

 

 不安定な沈黙に耐えきれず、彼女に質問してみる。

 

 「だれから……(イテテ)……私のニック・ネーム(ウッ!)……を?」

 

 青い瞳からの応(いら)えは無い。 

 彼女は僅(わず)かに笑みをたたえたまま、悠然と泡立つ液体を口にふくむ。

 そして、全裸で傍らに侍らせる奴隷らしき美女の背中を、ネイルと指輪が飾るきらびやかな指でユックリ、いかにも愛おしげになでて。

 

 不思議な女奴隷だった。

 年の頃は、20前後だろうか。

 四つんばいの姿勢を首輪でつながれる姿。

 クセっ毛の赤銅色をしたショートカット・ヘア。

 そこからは、節くれ立った二本のみじかい角が伸びて。

 愛撫され気持ちが良いのか、半びらきの口からは牙めく犬歯が。

 ヒジまである毛皮のロング・グローブの先は、凶暴そうな爪がついた手。

 

「──グッ!」

 

 白衣の女が、軟膏の塗り込みから本格的にツボ押しへ変わる。

 ほそい指にしては意外に力強く、的確に痛いところを突いてくる。

 しかし、それが後になってジンワリと気持ちよく……コレは有りがたい。

 そんな折。オレが呻き声をあげてると『レイカ』の女奴隷が縦長の瞳を光らせた。

 黄金(きん)のクサリを鳴らし、みじろぎをして、あォあォと何やら女主人におねだりをする風。

 

「おやおや。そなたともあろうモノが、この殿方を気に入ったのかぇ?」

「ぅァ~……ンン」

「不可(イケ)ないよ?この方は、店主のたいじな御賓客なのだ」

 

 紫色に彩る麗しい口もとから、まるで噛んでふくめるような優しい言いぶりで、

 

「獣(・)人(・)にして、そなたに番(つが)わせるワケにはゆかぬ」

 

 アォォぉ……。メス奴隷の切なげな啼きごえ。

 

 よく見れば、この娘も眼は金色、瞳は縦ワレ。

 よじった背中をみれば、肩からシリに毛皮が。

 それも、トラともヒョウとも分からぬ文様で。

 

 よほどガッチリ接着されているのか、駄々をこねるとも見える身を転がしてもひねっても、毛皮はズリ落ちる気配すらない。これも“紅いウサギ”ご自慢の、人体改造手術なのだろうか。

 

 ──そういえば……。

 

 この『レイカ』のレスト・ルームに来る途中の長く薄暗い廊下。

 緋色のカーペットが音を吸収するのか、耳鳴りが聞こえてくるほどの静けさ。

 そこを、2mは優にあろう筋骨隆々の、頭に牛のかぶり物をした男たちが等間隔に。

 手に幾本ものロウソクを模した燭台型の大ぶりな照明をかかげ、微動だにせず佇立していた。

 

 ──気をつけたまえ……戦闘用の筋肉だぞ。まるでオークみたいだ……。

 

 どこからか、そんな考えが漂ってくる。

 

 そう。こいつらミノタウロス《もどき》の体つき。

 ボディ・ビルダーのような“見世物””の筋肉ぶくれじゃない。

 頑強このうえも無さそうな身体には、全身にボンデージめくハーネス。

 ピッチリとした薄手の革パンツは、前を恐ろしいほど膨らませている。

 そのサイズときたら、小ぶりの大根を中に入れてるかのようだ。

 牛のかぶり物からのぞく眼球が、オレをジットリと眺め放さない情景。

 何となく尻の穴がウソ寒くなる気味を味わいつつ、足早に前を通りすぎたものだ。

 

「ハイ。モイチド、反対ムクネ!」

 

 寝返りを打ったとき、ロココ風な寝椅子の傍らに立つ一対の像と目が合った。

 

 その人間家具の一つ。肌の黒さに定評のあるスーダン人の黒人モデルNyakim Gatwechよりも黝(くろ)いかと思われる黒人の奴隷が、全身に真珠をめぐらせた姿で象牙のお立ち台の上に凝固する姿。その反対側ではノルウェー産とも思われる同じ背格好の金髪娘が、こちらは白磁の肌に黒真珠をめぐらせて同じポーズをとり、ともに眼球だけでこちらをうかがっている。

 

 

「ハイ!オワリネ」

 

 パンパンとオレの両肩をたたき、小柄な女のマッサージ師は最後に凝りをほぐした。

 

「運動不足ネ。セッカク良イ体ナノニ、モッタイナイネ」

 

 ほぅ?と『レイカ』がおもしろそうに、

 

「其(そ)のもの、さほどに佳(よ)い身体かえ?」

「チンポ、ノ、サイズ。タブン普通ネ?デモ硬イ。オンナ泣カセ、ネ」

 

 ふぅむ、と『レイカ』は、また何やら良からぬ目つきで、こちらをジロジロと。

 オレは急いでズボンを引き上げワイシャツを着て、相手の怪しげな視線から身体を守る。

 またよみがえる、あの調教ブースの印象。ヘタをしたら、本当に獣人にされかねないような、そんな予感。

 妖しげな微笑を含みながら『レイカ』は、

 

「どうであるか?お腰のほうは」

 

 ──あ……。

 

 なんという卓効(ききめ)!

 先ほどは歩くだけでも電気が奔(はし)った腰が、今ではなんともない。

 信じられない。お土産にこの軟膏、小売りしてくれないだろうか。

 オレが調子に乗ってグイグイと腰を前後、左右に回すのを観て『レイカ』はクスクスと、

 

「殿方にとって、腰は大切だからのう。大事にせんと──さて、まずは一献(いっこん)」

「や!これは、かたじけない……」

 

 どうもこのチーフ・レディを前にすると、コチラまで言葉が旧(ふる)くなってしまう。

 

 林立する美術品をさけ、彼女が座る大きなイス近くのスツールに腰を落ちつけた。

 すると、黒い薄物をまとったベリーダンサー風の女2人。

 黒い霧のようにやってきて、目前の小卓(テーブル)シャンパンと酒肴を用意し、そのまま来た時とおなじく霧のように部屋の暗がりへと溶けてゆく。

 

 ずっしりとしたフルート・グラス。

 金の象嵌細工が入った、19世紀の品らしいデザイン。

 そこに泡立つ酒をなみなみと注がれ、おっとっと、こぼれるこぼれる……。

 酌(しゃく)を終えるや、彼女もおのが腕輪を鳴らしつつ、自分のグラスに少しばかり注ぐと、

 

「さて──それでは乾杯と致すかの?」

「何に対して、しましょうか」

「妾とそなたの出会いを壽(ことほ)ぎ嘉(よみ)し、では如何(いかが)かの?」

「異論ありませんな」

 

 乾杯。

 

 ともにグラスを差し掲げ、黄金色の泡立つ酒を飲む。

 

 中程まで干し、グラスを置いたあとの、微妙な一拍。

 初対面ともあり、まだわだかまりが解けぬ中、やはり客商売の性(さが)か、先に『レイカ』が傍らに繋ぐメス獣人を愛おしげになでながら、

 

「ご高名の嘖々(さくさく)たる様は、寡聞(かぶん)な妾の耳にも届いておったぞぇ?」

「ほう、どちらのほうから?」

「そなたの思いもよらぬ向きからぢゃ」

「さて……」

 

 おもいもよらぬ向き、とはどんなコネクションだろう。

 なんだかイヤな感じだ。

 この店ぐらいの資金力になると、それ自体が“力”だ。

 中央省庁、それも公安委員会とつながっていても、おかしくはない。

 

 オレは改めて、目の前の“姫君”と見まごう女性を観察した。

 さきにも述べたとおり、黄金(きん)と真珠のチェーンで結い上げたうす翠(みどり)に染め髪。

 そして金のフチ取りをした濃いブルーのドレスは、よく看ればイスラム風だ。

 どこか向こうの建築物に貼られたタイル色合いを連想させる。

 

【挿絵表示】

 

 失礼にならぬよう気品ある風貌を偸視(ぬすみみ)れば、そこはかとなく窶(やつ)れたような面差(おもざ)し。それが彼女の物憂げな雰囲気に独特の効果をそえて、すくなからず慄(ゾ)っとするような凄みのある美しさを付与(ふよ)している。

 こちらの観察に気づいたか、グロスにテカる紫のくちびるがフフッと開かれて、

 

「如何(いかが)した?妾(わらわ)の面(おもて)に、なにかついているかぇ?」

「お(・)美(・)し(・)さ(・)が(・)ついております!」

 

 なんと大胆にも、オレは言ってのけていた。

 

「それに──幾ばくかの“お疲れ”と“憂愁(うれい)”も」

 

 うぇぇぇぇぇぇぇ。

 普段のオレは、こんな歯の浮くようなコトは言わないんだが。

 だが、意外に彼女は、この追従(おべっか)が気にいったらしい。

 ホホホホホホ……弓手(ひだりて)の甲で口もとをかくし、

 

「異なことを。しかし──」

 

 と、ここでフッと横顔に寂しいものをうかべ、

 

「斯(か)くいう妾(わらわ)も流れにながれ、斯様(かよう)な女衒(ぜげん)にまで剝落(オチ)ぶれたかと想うるに、哀情(かなしみ)むねにせまるものがあるが、の」

 

 成る程、とオレはいかにも同意するように、

 

「あえてそれ以上は伺いますまい。しかし当方も──はばかりながら、似たような境遇ならば、心中お察し申し上げます」

「ふぅむ……そ(・)ち(・)がのぅ」

 

 

 そしてまたひとくち、酒をふくむや、

 

「そなた。余人にあまり信を置くでないぞ?みぢかなところで、二心ある奴ばらは覬覦(きゆ)するものぢゃ」

「お説──身にしみます」

 

 オレは間男をつくって去った元妻をすぐに思い出した。

 あのバカめ。結局、間男にもみすてられシングルマザーなんぞになりやがって。

 自業自得……といえば、言い過ぎか。オレの方も仕事にかまけっきりだったのは、事実なのだ。

 『レイカ』のほうも何を想うのか、やや久しく索莫たる気色をかくさない。

 

 奇妙な沈潜が、等しく酒杯を手にする二人の間を縫っていった。

 

「あぁォォォォ……」

 

 ふたたび、彼女の傍らにひかえる獣人少女の、もの淋しげな啼きごえ。

 まるで主人の零落を、ともに悲しむような色あいで。

 

「おお、よしよし──そうぢゃな……そうであったな……」

 

 オレは、この一種いたたまれない、悲哀を帯びた空気を祓(はら)わんと、地下宮殿めく神秘の空間にあってハナシの接ぎ穂をウロウロさがす。

 

「そういえば──さきほどの件ですが」

「……先ほどとは、なんぞぇ?」

 

 物憂げな目つきが、こちらを向く。

 沈滞気味な雰囲気を打ちこわすべく、オレはことさら明るい調子で、

 

「ほら──私が『せつな』とやらに因縁をつけられた原因ですよ。首から下をすっぽり覆うサテンの黒マントをつけた、銀金髪(プラチナ・ブロンド)のベリショな、20代前半の女性をを見かけた件。彼女が誰か、わかりませんかね……?」

 

 知らぬなぅ、と『レイカ』はグラスを含み、にべもない。

 その風情は(そんな下々の事柄になど!いちいち“かかずらって”おられるか!よく考えてみよ!)といった苛立たしさすら交えて。

 

「え?しかし『レイカ』どのはチーフ・レディですよね?バニーガールやフロア・レディの子を諳(そら)んじているのでは?」

「むろん。では、そやつの『源氏名』を言うてみい」

 

 源氏名、といわれてオレはウッとつまる。

 

「……いや、フロアで働いているかどうかは」

「なんと。それすら分からぬとは、話にならぬ。その女は“実験用”の個体かも知れぬ、あるいは“奥”に用いるな(・)に(・)や(・)ら(・)の素材かも分からぬ。さような下々のところまで、妾は気を回せぬし、回さぬわぇ」

 

 “実験用”個体。

 “奥”用の素材。

 

 紫のリップを刷いたこの麗人の口から、かほどに不吉な言葉が出ることに非常な違和感があった。やはりこの高潔きわまりないと見える女王まがいな人物でも、“紅いウサギ”で非情な調教役を演じるのだろうか。

 

 『レイカ』が『麗華』と同じくSM用のムチを、ハーネスを、浣腸を……。

 

 あの忌まわしいガラス張りの施術ブースでベリショっ仔にふるい、口はわるいが利発な表情(かお)をした活発な彼女を、さまざまに洗脳・調教した結果、淫欲的な豊体へと強制的に変じさせたあげく、トロンとした目つきの色ボケしたBIMBO(ヤリまん)顔に仕立ててしまうところを想像すると、(オレ自身もいくぶんこの店に毒されたものか)不覚にも己(じぶん)のチソチソは固くなり、“お局サマ”が調教される妄想をしたときと同様、またしてもズボンの中の“チンポジ”をさりげなく直さざるを得ない。

 

 そっぽを向いて下半身をまさぐるオレの姿を、自らの言葉から来る不興と感じたのか『レイカ』は、

 

「さよう気色ばむな。銀金髪(プラチナ・ブロンド)など珍しくもないゆえ、そなたの探す女性がいずこに類するモノか、分からぬからの……主(あるじ)が在店ならば“奥”に案内させ、そ(・)ち(・)の尋ぬる女性も見つけようものを」

 

 どうやら本気で知らないらしい。まぁ、単なる偶然の一致ということもある。

 考えてみれば転生協会の事務員が、こんなところに出入りするのは第一ありえない。

 オレは見せつけるようにため息をつき、

 

「しかたありませんね。まぁ気がついたことがあったら知らせてください。もう一人のチーフ・レディである『小枝子』にも頼んでみます」

「フ……“サエコ”か……」

 

 その物言いに何やら含むモノがあるのを感じとったオレは、うん?と彼女を見やる。

 

 あぉぉぉ……傍らにひかえるメス獣人の啼き声。

 

「案ずるでないぞ?『ヴォルフィーナ』よ。所詮(しょせん)あ(・)の(・)小(・)娘(・)も、単なるこの店の“遣い人形(デク)”にすぎぬわ」

「そのぅ……『小枝子』さんや『麗華』さんより『レイカ』どのは、この店が長いんですよね?」

「さぁてのぅ。忘れてしもうたわ、さような事は。それにあの小娘どもに“さん”など付けんでも宜しい。耳ざわりな!」

「うッ……お気に障(さわ)ったら恐縮ですが、仄聞(チラぎき)するところによると──『麗華』さんと『小枝子』さ……は、それぞれこの店で派閥を二分するとか」

「ふむ。まちがってはおらぬ。小癪(こしゃく)な──小娘どもが!」

 

 ──小娘……ねぇ?

 

 オレはふたたび『レイカ』をひそかに品定めする。

 一見して、どうみても彼女のほうが年下ではないか。

 北欧と中東、あるいは北欧と日本のハーフともみえる顔立ち。

 ましてや10代の美しさが、アッというまに色あせる欧州の肌理(きめ)。

 

 あの時はお世辞を言ったが、『小枝子』はどうみても三十路(みそじ)がらみの顔つきだ。『麗華』は、それより少し若いぐらい。女としてようやく脂が乗りはじめた時分。対してこちらは妙な威厳を持っているにせよ、20代そこそこの若々しさ。

 

 ──片や銀座にある名店の、雇われママたち。

 ──もう一方は、欧州にある小国の若き女王。

 

 そんなイメージが、オレの中でかたまりつつあった。

 それが如何(いかが)いたした?と女王はあきらかにチャームを含んだ目でこちらを見つつ、シャンパンの残りを注ぐ。そしてタンタン!手を打ち鳴らすや、またも黒い霧めく踊り子が替えのボトルを捧げもち卓上の装いを新たにすると、またいずこかへ去って行く。

 

「派閥が、どうとか申したが?」

 

 ここだ!とオレは鏘然(しょうぜん)、ブレスレットを鳴らして酌をする彼女の蒼い瞳を見やりつつ、

 

「私がパトロンをしている娘に『美月』というものがおりましてね?」

「おぉ!あれはそ(・)な(・)た(・)の玩物(モノ)であったか!」

 

 いかにも感嘆する声で『レイカ』は、

 

「そ(・)ち(・)も眼が高いの。あやつは店(ココ)でも評判の歌姫に成りつつあるぞぇ」

「その『美月』が!」

 

 オレはことさら声を強めて相手を見すえ、

 

「この店の、おそらくベテランなフロアレディから、あるものを渡されたんですよ。自宅に持ち帰って、それを私に見せたんですがね?」

「なんじゃ、それは」

「──“拘束服6号”」

 

 ガチャリ!彼女のシャンパングラスが銀の大盆上で転倒し、微塵(コナゴナ)に砕け散った。

 たちまち件(くだん)の黒い霧が現れ、銀盆ごと新らしくする。

 

「なぜ!そのようなものが店の外に!?否(いな)──否(いな)!」

 

 彼女はドレスにしたたり落ちたシャンパンをいささかも気にすることなく、

 

「本来……“奥”から出してはならぬものぢゃ!」

「『ミチル』ってフロアレディから、渡されたそうですよ?」

 

 一瞬、『麗華』が絶句する。

 しかしすぐに顔つきをあらため、

 

「それで!あやつは、その装具を!胎内(なか)に挿入(いれ)たのかぇ?」

「えぇ。そのせいか、フぬけみたいになってしまいましてね……」

「──痴愚(うつけ)が……ッ!」

 

 その唾棄するような言葉は、好奇心おうせいな『美月』に向けられたのか、それとも“拘束服6号”を渡した『ミチル』に宛ててなのか、ちょっと分からない。

 紫を刷いた美しい唇が引きしめられ、まなじりに険がもどってきた。

 

「あの2本の“装具”は生き物でな。淫液を吐いて子宮を変じさせ、男の胤(スペルマ)を欲しがらずにはおられなくするのぢゃ。ほどなく女陰と融合して、身体を作り替え、完全なメスに堕落させる──それは穢らわしい代物での?」

 

 オレはおぞけをふるった。

 

 フローリングの床に転がって身をよじり、妖しげな粘液を吐いていた2本のディルドー。

 あとすこし、取り出しが遅かったら、とんでもないコトになるところだった感触。

 

「良かった……『美月』は、いまこの店の女医のところで処置を受けてます」

「さて。それはどうかの」

「え。と、もうしますと?」

「あの淫薬(クスリ)は、いちど身体に入れたら最後、シミのように拡がって抜けぬ」

「そんな……じゃ、なんで『ミチル』とかいう女は、そんなヤバ……危ないモノを『美月』に渡したんですか」

「おそらくは──」

「おそらくは?」

「あの無知な娘(むすめ)が、どの派閥(グループ)にも属してないから……やもしれぬ」

「あなたと『小枝子』と『麗華』と、まだ他にもグループがあるんですか」

 

 妾は、それらを超越ておる、と彼女はにべもなく言い放つ。

 

「オナゴというものは、得てしてさなり。彼女が店内で位(くらい)を盤石とする前に、クスリで虚(うつ)けにして、危険を除こうという方策だろうて」

「その『ミチル』ってのは──ダレの派閥なんです?」

 

 オレは彼女をためすため、さりげなくカマをかけた。

 しばらくの沈黙。

 ややあって、その美しい顔をわずかに歪ませ声ひくく、

 

「……妾(わらわ)の管理ぢゃ」

 

 

     * * *

 

 

 それからオレは、この派閥の領袖(おやだま)に対し表情を硬くして対応する。

 ことさら冷たい口調をよそおい、要求したことは以下のとおり。

 

 1・『美月』の安全を派閥として保証すること。

 2・彼女に店内で危険な行為をさせないこと。

 3・ほかの派閥にも、その旨申し伝えること。

 4・『ミチル』とその周辺には、きつく言って聞かせること。

 

 問題の『ミチル』とやらにも会ってみたかったが、もうシフトの勤務時間は、おわってしまったらしい。

 本当だろうか?

 あるいは『レイカ』が今回の“下手人”に会わせないよう、方便(ウソ)をつかったのかもしれない。

 オレがモノ問いたげな目つきで凝(ジ)ッと相手をうかがっていると、

 

「……なんぢゃ?その眼は」

「はぁ?なんでもありませんがァ?」

「妾(わらわ)の……えぇぃ、監督責任とでも、申すか!」

「いいぇぇぇぇぇぇ?わ・た・し・は、なにもぉぉぉ?」

 

 これ!と『レイカ』はタンタン!手を打ち鳴らして黒い霧たちを呼んだ。

 銀の盆には新たなワイン・グラスと、古さのあまりエチケット(ラベル)が腐食して、はげかかったボルドーの一本。

 

「べ……べつに、そなたに対して全面的に!ひ、非を認めるものではないのだぞ!?」

 

 『レイカ』は王女の威厳をかなぐりすて、ソッポを向いた頬をいくぶん染め、

 

「あくまで、今宵(こよい)の足労(はたらき)にたいする褒賞(ほうび)である。受けよ!」

 

 そう言うや、グラスを差しだし、こちらが受け取った杯の中へ、古酒にふさわしい鮮やかな手つきで静かに注ぎ入れる。見事。

 

 それからしばらく、さまざま事柄を互(かたみ)にポツリ、ポツリと話しあった。

 しかし、こちらが周到に話題を選んだにも関わらず、彼女は自分の出自(うまれ)にかんしては言葉をはぐらかし、絶対に明かそうとはしなかった……。

 

 まるでカードの手札を慎重にさらし合うような会話。

 

 ここで分かったのが、この女は、やはり外国の血を引くこと。知識と教養はかなりのものであること。超弩級の“ふと客”をダース単位で抱えていること(なんと、愛人の手引きでクレー射撃まで嗜(たしな)むらしい)……等であった。そこでオレも夢で見た傭兵戦の記憶をたよりに、FAL自動小銃での狙撃を“友人から聞いた話”のかたちで披露する。

 

 やがて年代物の1本も、中ほどまできたかいう頃。

 広間のどこかに隠されたスピーカーから、彼女を呼びだす案内がはいった。

 『レイカ』はフッ、とみじかくため息をつき、

 

「名残惜しいが、これまでぢゃ。苦海に身を沈める時分での」

「残念ですな。“時の翼の早さ”に恨みごとを申します」

「また折りをみて来るが佳(よ)い──歓待しようぞ」

 

 ドレスの裳裾(もすそ)を優雅にさばき、『レイカ』は立ち上がった。

 壁に掛かる古い時計を看れば。はや日付も、とうに変わっている。

 広間の入り口で分かれるとき、この女王は一瞬“王女”となり、悪戯(イタズラ)っぽく投げキッスを。そして、そのまま物も言わず背を返し、彼女のいう“奥”へと悠然、姿を消してゆく。だがその歩みは、どこか奥津城(はかば)にも向かうかのような足取りの重さとなっているのを、確かにオレは看た。

 

 黒服に案内されて、オレは“紅いウサギ”の正面から外に出る。

 とたんに襲ってくる熱帯夜のムシ暑さ。都会のよどんだ空気。

 呪縛にかかったような時間は解放され、日常が動き出す気配。

 

 詰めていた緊張を息とともに大きく吐いて、この熱帯夜だというのにオレはブルッと身を震わせる。いつ来ても……この店は恐ろしい。

 

 終電はとっくに過ぎていたので、仕方なくタクシーを使う。

 夏の夜ともあって、交通量もなかなか多い。とおくに朱美のトラックが一瞬、見えたような気がしたが、気のせいか。

 

 マンションの自動ドアをくぐったのは、もう真夜中を大分過ぎていた。

 フロントに人影はなく、モニターの光が何やらドラマめいたものを映して。

 森閑としたホールを通り、そのままエレベータに乗って時分のフロアへと昇る。

 カード・キーでロックを外し、音のしないよう窃(ソ)ッと扉をあけて身を滑りこませば。

 

「──おかえりなさいませ……」

 

 そこには腕ぐみをして、よそ行きの盛装をした詩愛の姿。

 マンションの無駄に豪華な玄関を背景に腕組みをして微笑んでいた。

 

 濃いめのアイメイク。

 グロスのテカりを魅せる、すこしキツめの口唇。

 高価そうなシルクのブラウス。短めのタイト・スカート。

 耳朶(みみ)には、オレがプレゼントしたイヤリングまでつけている。

 まるで、これから銀座あたりの高級クラブにでも出勤するような勢いで。

 

「ずいぶん遅いお帰りでしたこと……高価い香水まで匂わせて」

 

 ニッコリと微笑み、恐ろしいまでの“圧”を吹き付ける。

 

「いろいろお聞きしたいコトがありますの。どうぞこちらへ」

 

 そのとき、オレは悟った。

 

 ──あぁ……真の“妖魔”の宮殿は、ここにあったんだな。

   

 これからどれくらいトッちめられるのかな、と半ば覚悟をきめつつ、オレは促されるままダイニングテーブルに座った……。




※昔(18~19世紀)の賓客に対する芸術家の挨拶。

この『レイカ』というキャラ、ずいぶん出しゃばりますねぇ……。
なんででしょう?作者にも、先が読めません。

しかし、本作品。3年目に突入とは……。
今年は純文学系の作品と、別個に投稿用のものを1本作るので
更新が遅くなるかも知れません。
しかし決してエタらせませんので、ゆっくりお待ちください。
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