試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
ジンベイザメが、蒼く巨大な水槽の中を
そのハラには、ミサイルをしこたま抱え込んだ戦闘機よろしく小判ザメを幾匹も装備。ブ厚いアクリルガラス越しに目を丸くするちっぽけな観覧者のまえで、華麗なターンをいくども見事にキメて見せる。
さまざまな魚の群れが隊列をくみ──あるいは単独で。
この超・巨大な水槽のなかを、回遊していた……。
すべてが海の中のようにうす蒼い空間がありがたい。
なぜなら、オレの顔色の悪さもごまかしてくれるから。
周りでは、一様に水槽をながめる影のような人物たちが、
「おおきなお魚ですのねェ……」(詩愛
「本物は初めて見ました。水族館も久しぶりです」(お局サマ
「刺身にしたら美味ェのかなぁ……竜太、食いたいかwww?」(朱美
「えー!『ジンベェ』ちゃんカワイソウだぜ!!」(竜太
「このガラス、けっこうお高いんでしょうねぇ」(偶然出会った女
「ママ、このガラス代でウチのヤチンたくさん払える?」(その娘
うすぐらい静かな空気をすかして、気のないバラバラな感想。
平日ともあって、入場者もまばらな“人工竜宮城”で、我々は少なからずの居心地わるさを味わいつつ、熱心に魚の乱舞を見るフリをしていた。
──なぜ、こんなコトになっちまったんだか……。
さりげなく自己主張し、見えない火花をバチバチと散らしあう女たち。
牽制するような口調。思わせぶりな仕草。狼狽するまなざし。
オレは心の中で(うぅぬ……)と
コトの起こりは、一本の携帯着信だった。
その日の夕食も終わり、詩愛はキッチンで片付け。
状況は、相変わらず2人だけのダミー新婚家庭状態だ。
美香子のヤツが帰ってこないので、なんとも間が持たない。
「……今夜も──お仕事ですの?」
「あぁ。帰りは明け方になるとおもう……」
この日の晩も、轢殺目標を監視するため徹夜になる予定だった。
そのためせっかくの手料理も、ビール無しで味気なくすませたオレである。
「ザンネンねぇ。せっかくあんなに大きなベッドがあるというのに……」
「ふむ……」
「二人っきりなのに別々なんて、不自然ですわよね?」
「う……」
「わたしって、そんなに魅力ありませんかぁ♪」
「……」
詩愛も、最近は言うことがだんだん直球になってきやがった。
どうも彼女と実家からの通話を盗み聞きしてると『披露宴』だの『初孫』だのという不気味ワードがチラホラと。しかも
おまけに脱衣所で脱ぎかけのハダカを見せ、いかにも嬉し恥ずかしそうに驚いたり、ネグリジェのまま忘れ物をリビングに取りに来たりと、古語で言うところの“ラッキースケベ”な演出すら、あざとくカマしてくるような……。
──どうしたもんか、ねぇ……。
詩愛がキッチンで片付けをする姿を見ていると、携帯から着信音が。
画面を見ると、おなじ轢殺屋の朱美からだ。
『──よォ、マイケル。いまイイかぃ?』
「あぁ。大丈夫だ……なんだ、仕事のハナシか?」
キッチンの詩愛に聞かれないよう、ソファーから腰を浮かしかけたが、
『ちがうちがう。ホラ、例のハナシさ』
「はァ?なんのハナシだって?」
『あー!マイケルよぅ、忘れてンな!?』
携帯から音がダダ漏れるほどのクソデカ声。
『竜太を!水族館に連れてってくれるって約束だよッ!』
「ンなワメくなって。覚えてる、覚えてる。連れてってやるよ」
『こんだの木曜に……どう?なんかシャチのショーもあるんだって!』
あぁ、楽しみだね、と気のない返事をした時だった。
(なんです?マイケルさんとドコ行くんですって?)
携帯の奥から、べつの声。
一発でお局サマと分かる。
(木曜日に──水族館ですって?)
『なんだよぅ。主任にゃカンケー無ェだろ?』
(業務でお疲れなのに、余計なコトお願いしちゃダメじゃないの!)
『アンタにゃカンケーねぇ!ンじゃマイケル、**水族館の正面に木曜1000時な!』
ブツン、いきなり通話は切れた。
──バカめ。業務フロアで連絡してきたな?
自宅から電話するか、メールで要件を伝えればいいのに……いや、メールではオレに拒否のスキを与えるとでも考えたのか……。
いすれにせよ、木曜は有給を取らなきゃ、と頭の中でいま抱えている目標の轢殺スケジュールを修正していると、
「木曜日に──水族館へいらっしゃるの?」
いつのまにかキッチンの水道を止めた詩愛が、背後に立っていた。
ギクリ、ふりむけば彼女がニ”ッ”コ”リ”とした笑みで。
「しかも、女性のかたと……?」
「な、なァに。職場の付き合いってヤツだよ。その女はシングル・マザーでさ?ヤンチャな男の子がいてね。どうしても『ジンベイザメ』を見たいって」
「シングル・マザーと水族館……そう、イイですわねェ?」
「おいおい、ナンでもないんだぞ?
「アナタにその気がなくても、先方は──どう思ってらっしゃるのかしら?」
冷や汗をかいたオレは、たまたまポケットにあったクシャクシャのバンダナで額をふいた。傭兵の記憶がもどってからというもの、タイガー・パターン迷彩が懐かしくて思わず買ったものだった。それを見た詩愛は、
「なんですの?そのハンカチ。ちゃんと洗濯してらっしゃいます?」
「うん──まぁイイんだ」
「もう……そんなの持ってたら、笑われてしまいますよ?」
詩愛は小首をかしげ、すこし考えて、
「そうだ。お弁当、つくりましょうか?」
「なぁに、水族館にもレストランはあるだろうし。ちょっと、その子を楽しませてやるさ」
これが、火曜の夜のことだった。
その晩の見張り業務は困難を極めた。
銭高の乗る
木曜に有給をとるために、水曜は仮眠を取っただけで連続勤務。深夜に目標を転生させることに成功した。事業所に帰庫すると、フラフラで仮眠室に行き、泥のように眠る……。
そして──やってきた木曜日の朝。
帰ってみれば詩愛はすでに出勤したらしく、薄暗い“億ション”のだだっ広い部屋にはオレ1人だった。携帯の着信やメールには美香子の消息はなく、『フクロウ』に頼んだ例の“結城のジジィが飼っている
リモコンで遮光カーテンを開けると、朝の陽光がリビングに流れ込んでくる。
イタチ面とケンカまでしてようやく取れたひさびさの有給。朝ビールをキメたかったが、半酔いのなさけない姿を竜太に見せたくもない。
ダイニング・テーブルに近づくと朝食が用意されている。
その横には、かわいいイラスト付きのメモ書き。
ごはんは保温してあります。
おみそ汁は温めて下さい。
まえの結婚で元妻はこんな心遣いはみせなかった。
新婚当時でさえも、そうだったっけ。そもそも料理のウデが、ヒドいもんだったが。
揺れかかる心を強いて押し殺すため、オレは窓辺へよると、ルーフ・バルコニー越しに夏の空を見上げた。
──今日も暑くなりそうだな……。
* * *
電車を乗り継ぎ、水族館がある駅まで。ウィークデイの日中、電車に乗るのも久しぶりだ。
車の中は母子づれか、もてあます時間を図書館でつぶすらしき老人の姿。
白Tシャツの上に、前を開けたダンガリーシャツ。それにカーゴパンツという格好をしてきたが、冷房の強烈に効いた車内ではすこし寒い。これもジジィになりかけの証なのか。
改札を出て、一転、強烈な日差しの照り返しにクラクラと目を細めつつ、しばらく歩いてゆくと、やがて大きな建屋が見えてきた。
イルカの萌えキャラが立つ敷地の正門を通ったとき──オレは目を疑った。
──なん……だと……。
建物の入り口へと続くみじかい大階段
かたわらに枝を広げ、ベンチに木陰をおとす大樹。
そこには、お局サマと、そして詩愛が楽しそうに語らっているではないか。
2人はオレの姿をみると、ともに立ち上がり手を振った。
そして(……えッ?)と互いに驚いた顔を見合わせる。
オレが近づく間の沈黙。
「貴女の待ち人って、もしかして……」
「そういう詩愛さんも……」
決まり悪げな視線が交錯するのが分かった。
まさか。お局サマどころか詩愛まで出てくるとは。
二人して視線をソワソワ。驚きとバツの悪そうな表情を、互いに悟られまいとする。
だが、つぎに本当に驚いたのはオレの番だった。
日傘をさし、子供の手を引いて水族館のチケット売り場へと向かう母と女児の一組。
母親の方は何となくクタびれたような雰囲気。夏モノのワンピースもシワが目立つ。
女児が履くキャラものズック靴も、汚れがめだった。何となくネグレクトの気配すら。
ふと、母親のほうが娘のかぶる帽子のズレを直そうと、日傘を置いてかがみ込んだとき。
──あ……。
白い日傘から現れたその顔。
よく見れば、それはオレの元妻ではないか!
そのとき、相手もどうやらコチラに気づいたらしい。
(──あなた……)と口もとが動いて。いたたまれないそぶり。
「ママ──どうしたの?早く行こうよ!」
娘がオレを見て、次いで母親をせかした。
なんと。父親の顔を忘れてしまったのか。
「マイケルさん?どうなすったの?」
お局サマが、元妻とオレの顔を等分に見やりながら怪訝そうに。
「コチラの方、どなた?」
「いや……その」
そのとき、元妻は深々とオレの方に向けて頭を下げた。
「もしかして……もとの奥さま?」
詩愛の方が、察しが早かった。
えっ、とお局サマも、このどことなくウラぶれた女を見つめる。
「ヨォ!マイケル、お待たせお待たせェ!」
そのとき朱美が元気いっぱいにスキップする竜太の手をつないでやってきた。
めずらしいことにブラウスとスカート姿だ。この姿は初めて見た。
つぎに彼女は、お局サマに気づいてギョッとした顔。
怒鳴りかけるような口もと。
だが隣にいる初顔合わせの詩愛におもんばかってか、ケンカごしになるのは控えたようである。しかしそのガマンも、すぐそばにいるオレの元妻を見たとき、とうとう限界がきたらしい。
「あぁッ──オめぇは!」
ガッ!とパンプスを踏みならし、手をひく竜太をビビらせながら、
「アタシんコト“水商売の女”呼ばわりしやがった腐れマンコ!!!」
そう言えば。
この2人は竜太の運動会でひと悶着やらかしてるんだった。アタマ痛てェ。
「く……くされマ……」
詩愛が朱美の言葉を聞いて目を白黒させる。
「どうかお気になさらないで詩愛さん、この女は、こういう
「お局ェぇぇえ!そういうテメぇは、なんでココに居るんだよ!」
「ダレがお局ですってダレが!?お仕事で忙しいマイケルさんをムリヤリ連れ出して、ヘンなことなさらないか監視するためですわ?」
詩愛に感化されたのか、お局サマも微妙に言葉づかいがハイソになっている。いつもの残業まみれな、追いつめられた顔をしていない。腕組みをしたその顔が、やはり、とつぶやき、
「付いてきて正解だったようですわネェ……そんな色気づいた、見慣れないカッコなさって」
「けッ!大きなお世話ダァ!」
母親から離れ、いつのまにかオレのカーゴ・パンツのスソを握りしめる竜太も、見慣れない“女の戦い”を前に、この先どうなるか
「とっ、とにかく皆さま……」
険悪な女たちの三すくみに詩愛がアウアウしながら、
「ここは暑いし人目もナンですから、とりあえず中に
ねぇ、と彼女はこわばった微笑みを子供たちに投げかけながら、
「カフェ・ラウンジか、それともレストランにでも……」
「やったぁ!おれコーヒー・フロート!!」
「──あたし、いちごパフェがイイ!」
竜太が、娘が。チャンスとばかり大人たちに注文する。
「ばっかだなぁ!コーヒ・フロートの方が
「いちごパフェのほーが
大人たちの
ふふっ、と女たちの間に一瞬、緊張がユルんだのを見てオレは好機とばかりすかさず、
「さて!それじゃチケットを買ってくるぞ。え~と、大人5枚に子供2枚だな?」
それが、30分ほど前だった。
そして──今。
最初は水族館に併設されるカフェテリアにまっすぐ向かうつもりだったが、大型水槽の中に泳ぐ色とりどりの魚の迫力に、いちごパフェもコーヒ・フロートも吹っ飛んでしまったらしい。興奮した子供たちに引っ張られるかたちで、順路をユックリ歩きながら女たちは声ひくく探りを入れ合ってるのが現状である……。
「そう、御同居なさってるの……」
「同居といっても、寝室は別だぞ?言ってみればルームシェア──」
「アンタはすこしダマってろ。ンでぇ?メシまでつくってもらってるんだ?フーン」
「娘サンを抱えて女手ひとつで、タイヘンですわね……」
「詩愛さんにそう言って頂けると、救われます」
「へッ!アタシだって、女手ひとつでそだててるぜェ!」
「あなたはタップリ稼いでるじゃないの!この方はパートよ?パート」
「主任だって独身貴族で、あれだけ残業してれば、そーとーな稼ぎだろぅが?」
「私は!学費のかかる妹をかかえて、タイヘンなんです!」
「でも、どうして離婚なんてことになったんです?こんなこと訊いてよろしければ」
「詩愛さんにお聞かせするのは恥ずかしいんですけど……」
「へ!見た目のイイ男にホィホィついてったんだよなァ!?」
「朱美さん、すこしお口がすぎるのでは無くて?」
「主任はダマってろィ。アタシゃ、オンナの幸せをムザムザすてたバカが歯がゆくて」
「なんと言われても仕方がありません……あの当時は、自分でもどうかしてたんです……」
「人間の心というモノは、移ろいやすいものですからねぇ……」
「違うんです詩愛さん!まるで……そう、
「まぁ、他人をヘーキで“ビッチ”呼ばわりするんじゃ、今だってどうだかネェ」
「アナタを風俗街でよく見かけるってウワサは、本当ですよ!」
「ケッ、事情も知らねぇクセに!アタシは竜太を幼稚園のあと託児所に連れてってるだけサ!」
「朱美さん、それホント?……風俗街のなかに?」
「疑うのかぃ主任さんよォ。夜の女たちのために“ある高級店”が無料で開放してンだ」
「まぁ。そんな
「なんでも店長の肝いりでね──『紅いウサちゃん』って意味の店なんだけど」
──げ……。
小男の店から、冷や汗まみれで出てきた深夜。
街の煌びやかなネオンの中で、遠くに見かけた朱美のトラック。
してみると──アレは見間ちがえではなかったのだ。
──大丈夫だろうな……。
もし。その託児施設が一般開放されているとすると。
それは若い美人ママを『紅いウサギ』のフロアレディに堕とすための“徴募システム”である可能性はないだろうか……。
──いや……ありうるかもしれない。
オレは浮遊するグロテスクな深海魚を横目に見つつ考える。
うす暗い、頑丈そうなガラス張りの水槽がイメージを喚んだのか。
脳裏には、またしてもあの妖しい“調教ブース”の幻想が浮かんできた。
馬用のムチをふるう『小枝子』。あるいはあ、の王女然とした『麗華』の笑み。
言葉責めを受け。淫らな性具を
強気だった彼女が、だんだんとマゾ人形に改造されてゆき、最後にはアヘ顔で愛液を──。
「──ケル……どうしたい、マイケル──アタシのことジロジロと」
チンコを半勃ちにしながら気づくと、当の朱美が不思議そうにオレの顔をのぞき込んでいた。
「アタシのオッパイばっか見てサ。なに?そんなに魅力的かぃ」
そう言うや手を頭の後ろで組み、胸を突き出して豊乳を強調する。
「はっ!そんな貧相な乳さらしたって、マイケルさんは興味ありませんわよ!」
今度はお局サマが、同じようなポーズを取り、自分の巨乳を見せつける。
すると、こんどはなんと詩愛までもが、ブラウスのボタンを飛ばしそうなハチ切れんばかりの爆乳を恥ずかしげに。
「オッパイがイッパイだぁぁ!!」
竜太が飛び跳ねて喜んだ。
するとそれを見た娘が、ふくれ面で同じポーズをして彼の前に立って見せる。
こんな歳からもう“女”なんだな、とオレは呆れざるをを得ない。
ふと見れば。
あちこちのカップル。または家族連れの男サイドから、露骨な目線で眺められている。
近未来的なコスチュームをつけた案内係のおねーさんまで、こちらをチラチラ。
それを気づいた女たちの方が、ロコツにヘソを曲げた顔で、
(チョット!ナニ見てんのよ!)
(あの奥さんたち、みんな美人じゃね)
(いーなぁ、あの野郎……オッパイ星人だな)
(アナタ、失礼よ?ヨソの方たちを、そんなにガン見して)
(いいじゃないか。バレやしないよ。愛人かな?にしてはお子さんいるな)
(あんな『グラドル』みたいな胸した女なんて、アタマ悪いにキまってるわよ!)
(オメーも、もうちッとチチがあればナァ……言うことない──ッ!いってぇェェェ!)
ヒソヒソヒソ、コソコソコソ
女性群からは嫉妬を。
男性陣からは羨望を。
──あのなぁ……そんなにイイもんじゃないんだぞコレ。
押しかけ女房。
気をもたせる同僚。
やたらとカラむ女上司。
そして──別れた“もと妻”。
女っ気など求めぬオレからすると、ひたすらウザい。
コレ以上『最悪なハーレム』という状況があるだろうか。
──いや……ある。
ここに、もう一人。
『美月』──もとい、美香子のヤツが居たとしたら、どうなったか。
『ご主人サマ』だ『メス奴隷』だと薄暗い空間に声を響き渡らせたに違いない。
例の痴呆顔で、自分の
『メス人形の濡れ濡れマンコは、いつでもご主人サマのお迎えOkなんですよ?』
……なんて会社の女たちの前で言われた日にゃ、尾ひれが付いてアッというまに知れ渡り、『ゲス野郎』のレッテルを貼られたあげく社内に居場所がなくなっちまう……。
「あちこちからコソコソ言われてるみてぇだケドさ」
ケケケ、と朱美が悪そうな笑みをうかべ、
「アンタが『オッパイ星人』なんて意外だったな。」
「ちがう──チガウ!」
オレは彼女の挑発をあわてて否定し、話題を力づくで別のほうへ持ってゆく。
「そうだ。竜太が通っている託児所だけど“一般”にも開放されてるのか?」
「なんでェいきなり……んーどうだろう。アタシぁ、知り合いのツテで知ったケド」
「面接とか、合格不合格あるの?母親の」
「そりゃァな。ヘンなところの子供預かるワケにもいくめぇし」
「……お母さんの顔で合否を選んでたりして?」
「ハ!ないない。一般でカボチャみたいな母親もいるよ。気立てはすごくイイ人で──」
手を振ってそこまで言ったとき、言葉の意味に思い当たった朱美は、ほころんだ顔をウツボのいる水槽に向け、口のはしに浮かぶ嬉しさを噛み殺そうとする。しかしその努力は、ガラスの反射が彼女を裏切るために、おもいっきりバレバレなのだった。
ふと気がつけば。
詩愛と元妻が、水槽の無い暗がりで、なにやらヒソヒソと話している。
朱美のことで味をしめたオレは、黒を背景として蠢く、おどろくほど脚が長い深海ガニに見入る振りをして、背景の出来事に注意をはらう。
空調か、ウォーターポンプの音にまぎれて離れたところの会話は聞き取りづらい。
(失礼ですが、お手もとが
(悪いですわ。そこまでして頂くなんて……)
(お見受けしたところ、ご苦労なさっている様子……あの
(今日は、たまたま……)
(いいえ。そんなこと仰ってもダメ。お子様のことも、お考えになって下さい)
どういうことだろう。
さきほどから詩愛が元妻のヤツに、やたらと接近している気味がある。
(もっと良いパートがあればいいんですけど……この不景気で)
(わたしが幾分か、財政的にお手伝いさせて頂いてもよろしいですのよ?)
(そんな。そこまでしていただくわけには……)
水槽の反射で、朱美と目が合った。
アゴを小さくクィッと振って、背後に。
どうやら彼女も、聞き耳を立てているらしい。
(わたしの
この(……)部分は、よく聞こえなかった。
しかし、元妻のおさえたあえぎ声が、それをあがなってくれた。
(3千万ですって!そんな……)
ややあって。
元妻がオズオズと、そのクセどこか期待半分な声を隠しきれず、
(そんな。そこまでして頂くワケには……)
しばしの沈黙。
小学生とみえる一団が声高に騒ぎながら、薄暗く地味な深海魚エリアを通りすぎていった。
おい。とヒソヒソ朱美が、
「アイツに言わせておいてイイのかよ」
「いや、彼女がいったいなぜあんなことを言うのか……」
だが。その答えは、すぐにやってきた。
(そのかわりマイケルさん、いえ“元のご主人”とは、こんご一切の──)
カツカツカツ!ヒールをならしてお局サマが展示室すみで密談している二人に近づいた。
つづいて少し硬い口調でふたりに、
「詩愛さん?そういうお話、今日はやめにしません?せっかく子ども達も居ることですし……」
言われた詩愛は沈黙したまま、すこしこだわった顔をしたが、表情をあらためて、
「そうね、ごめんなさい。すこしわたしも思い詰めていたようです」
子供、と言われこんどは朱美がオロオロしだす。
「竜太ァ!おぃ、アイツどこいった?」
気がつけば、元娘も居ない。
しかし元妻が娘の名前を呼ぶと、なんと。
竜太と手をつないだ元娘が、となりの展示エリアから、ヒョッコリ姿をあらわした。
「ママなーに?」
ホッ、と大人たちは安堵の息を漏らす。
ここらで空気を変えたかった。神経がぐったりしてくる。
オレは腕時計を見た。早いもので、すでに11時をだいぶ回っていた。
「よぉ~し!ちょっと早いけど、お昼にするか。キミたち、なに食べたい?」
好きなもの注文して良いぞと言うと、子供たちは眼を輝かせた。
煮込みハンバーグ定食!とシブぃところを突く竜太。
そしてオレの元娘は……。
「お子様ランチぃぃぃ!!11おぢチャンありがとォォ!」
彼女の嬉しそうな叫びを聞いたとたん。
それぞれの思惑に沿ったホロ苦い
さぁ!次回はいよいよ戻って参ります!!
乞うご期待!