試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
それは、ツラい転生業務を終えたある夜明けのことだった。
オレは事業所地下の大車庫に【ボニー】をもどし、オゾン臭とモーターが焼ける匂いの漂うダダっ広い空間を歩いて管理プレハブにたどり着く。
アルミ製の安出来な引き戸をカラカラと開け、ヒンヤリとした空調の気配を頬に感じつつ、正面の受付デスクにいた夜勤担当にトラックのキーを放り投げた。
「わっ!……とォ。なんです?──どうしたんですマイケルさん」
会社支給のツナギを着た若い整備員がおどろいた顔で。
詰め所の奥で花札らしきものをやっていた当直の整備員たちもチラッとこちらを見るが、すぐに視線を手もとの札にもどす。
「ナンです?めずらしくご機嫌ワルいですね?」
「はぁ?オレはいつもそんなにニコニコしてないだろうが!」
「ホラ──やっぱイラついてンじゃん」
「ちっ!まぁいい。けど仕事が終わったあとは、他のドライバーもこんなモンだろ?」
「マイケルさんだけは、ちがうと思ってたんですがねぇ……」
「なんだ?ほかの連中、そんなにヒドいのか」
すると、この兄チャン。肩をすくめて、いかにも仕方ないというように、
「ウチらに当たり散らさないだけ神様ですよォ。『巻き狩り隊』の連中ときたら、整備セクションをドレイか何かのように思ってるんですから」
「マイケルさんからも、言ってやってくださいヨォ!」
山からめくった札を、ピシリ!小気味のいい音を立てて場に出ていた札に叩きつけながら奥にいた整備員の一人が、
「あの糞コリンズのブタ野郎が!」
と、義手にナイフを仕込んでいるドライバーを罵って、
「こんどあんなコトしたら……タダじゃおかねぇ!」
「ふふん……あの連中、相変わらずなのか」
「こないだ隊長のフィヨードルさんとも一触即発、見てるこっちがヒヤヒヤでした。こんな時に限って、部長も居ないし……」
そういえば。
オレのトラックに007のボンド・カーじみたギミックを付けたがる、あの技術部長のニヤつきを、このごろ見かけていないような。
「そうだ。『M』のやつ、最近すがたカタチを見かけないな?」
「出張ですよォ。行き先は知りませんけど」
「所長も出張多いし、なんだかなぁ」
「と、そうだ。マイケルさんの転生システム、改装が入ってたんでしたっけ」
「改装?聞いてないぞ」
「イマから3時間、執行業務は不可ですよ」
「そりゃかまわんが……あとは寝るだけだし。でも改装って、どこを?」
「大したコトじゃありません。新規でインパネにコネクターを増設です。例によって、ワケわからん規格ですが……まぁポン付けでいけそうです。けどテストの項目が多くて」
「だれ?ロックからの作業指示?」
「いえ、『M』からです。資材はすでに納入済み。精密機器扱いの特殊搬送便で」
「へぇぇ……またヘンなギミックじゃないだろうなァ?まぁよろしくタノむわ」
ハイハイ、と若い整備員はキーを棚の置き場にぶら下げてからふり向いて、
「──ンでェ?ご機嫌ナナメな理由は、なんです?」
反射的に、オレは先ほどひき殺した目標を脳裏に浮かべ眉をしかめた。
あの最後の瞬間。
永遠に引きのばされ、記憶に刻まれた一瞬。
そしてケツの下で感じる、転生処置の微振動と感触。
「サイテーな執行だったんだ……
顔をゆがめるオレの言葉に「なんだそんなコトか」と、この若造はペンをクルクル器用に回しながら、
「マイケルさんは優しすぎですよ。いちいち殺した相手のこと考えたら、身がもちませんて」
「まぁ……そうなんだが……ふむ……」
「因果応報!自業自得の自己責任。転生してソレまでの“業”を払わせてやるんです!」
「まぁ……そうなんだが……うn……」
「ンなときゃ、ほかの転生執行ドライバーのように、一杯やって忘れるンだよォ!」
奥で花札をやる一団から、また声がかかった。
「どうせ転生処分される連中はワケありなんだから。コッチが気に病むこっちゃねェや!」
「マイケルさんは“まくら探し”もしなさそうだなァ」
「バカ──叱ッ!」
一団のリーダーらしい一人が制止する。
幾拍か、気まずい雰囲気。
「……まくら探しって、なんだィ?」
しばらく沈黙があったが、やがて先のひとりが、
「イイじゃねェか!連中がやってンだ、マイケルさんだって権利があるッてモンだ!……ふところ探し、ってナァ、ですね……ホイと、猪鹿蝶!」
この中年の整備員は上機嫌に、またもや札を打ち当てながら、
「ドライバー達ァね?高給取りとはいえ、別れた女房の慰謝料や、事故の賠償など、重しを引きずってるヤツも多い……」
「……ふむ」
「だから一部のドライバーは
なんてこと、とオレは呆れる。
まるで死体をあさるアフリカの民兵と変わらない。
ホーの部隊は厳しくそれを制限し、見つけた者は厳罰にしていたっけ。
殺した死体の首を切断し、腐らせてキレイな頭蓋骨として土産に売ってたヤツもいたな……
(実話)
──まさか、ねぇ……。
転生屋のなかで、そんなことが横行しているとは。
どちらかというと仲間とツルまないオレは、今のいままで知らなかった。
しかし教えられたからと言って、とてもそんな羅生門チックな行為は出来そうにない。
「ワルいけどオレはとても、そんな余裕はないよ……さっきの転生処置だって、やっとだ」
「そのうち、半睡りでも殺せるようになりまさァ──そらッ!“月見で一杯”とくらァ!」
オレはヘッ、と自棄的にわらって、
「この事業所に、酒の自販機がありゃぁナァ」
若い整備員は呆れたように、
「あったら皆、飲酒運転で引っくくられちまうでしょうね──あ、サインお願いします」
オレはボールペンで書類の自著欄に殴り書きしてプレハブ小屋を出ると、足音の響く非常階段をのぼり、仮眠室へ行ってベッドにひっくり返る。
きょうは誰も居ない。ただ、どこかのアホが
「──くッそ!……畜生!」
ひとりなのを良いことに、オレは声を張り上げ、身悶えし、イヤな記憶を
拡大自殺をはかるも情緒不安定ということで不起訴になり、放流されたばかりと資料にあった。
転生処分される寸前──ヘッドライトに浮かんだ姿。
こちらを向いたその顔には、ようやく訪れた援軍を見たときのような、浄福に満ちた表情。
そして大重量のトラックを、まるで喜んで迎え入れるように両手をひろげ、眼をつぶり。
ゴトン!老人特有の、体重のかるい、中身のうすい肉体を処分したときの轢き心地。
ボリボリボリボリ……ゴリゴリゴリゴリ……。
あとはこのトラックの
ドライバーシートに座って感じる、有機物が素粒子になるまで分解される感覚。
なんどやってもコイツには慣れない。自分の尻の下で、いままさに肉体が分解されて。
転生画像はOAされなかった。巻き添え自殺をはかったものは、どんな来世を送るのだろう。
一連の転生処分がおわったとき。
ふと、ルームミラーを見たとき。
見知らぬ顔が、そこには映っていた。
この凶相をムリヤリにたとえてみれば。
それは、敗残の部隊にいる傭兵のような。
あるいは潰走をつづける王宮騎士のような。
──こんな顔、
そう考えたオレは、轢殺の“ほとぼり”が醒めるまで。少なくとも彼女の出勤時間が過ぎるまで、マンションに帰るのを延ばし、
過去にオレと【SAI】とで転生処分してきた者たちの幻影が浮かぶ。
ヘッドライトに浮かんだ彼等の最後は、いずれもさまざま。
そして今回は、それに初めて“
記憶に残らない凶悪な夢。
不安にまみれ、浅い仮眠から覚めるともう09時だ。
洗面台でヒゲをそり、顔を洗ても、気分は下がったままだった。
──こりゃダメだ。自販機でコーヒーでも飲もう……。
重い足取りエレベーターに乗り上に向かうと、事務フロアに通じる廊下の彼方で、顔だけは知っている女性中年ドライバーと朱美が話しているのが見えた。中年ドライバーの方が最初に気づき、こちらにチョッと挨拶して朱美をうながす。朱美がふり向き、しばらく待つように身振りで。やがて話を終えた彼女は、中年ドライバーとわかれてコチラにやってきた。
「ハイ──こないだはアリガトね。さんざお世話ンなっちゃって」
そうだ。
水族館代やら、建屋にあったレストランでの昼飯代とか。
ギスギスした空気をなだめるために、結局みんなオレが支払ったのだ。
おまけに竜太と元娘には、ジンベイザメと大王イカの抱き枕まで。とんだ散財だ。
しかし、今のオレは寮費が無いので少しばかり余裕がある。だが女たちにイイ格好見せたとはいえ、
「買ってもらったヌイグルミ、竜太のヤツがお気にいりでサ?保育所にも持ってこうとするんだぜ?」
「レストランのメニューに、煮込みハンバーグ定食があってよかったな。子供たちが喜んで、オレもひさびさに楽しかった」
「そのぅ……」
ふと朱美は、一度、用心深く周りを見まわしてから顔を寄せる。
「あの
「あのひとって?」
「シーアさん、とかいったっけ?あの品の良さそうな、お嬢さまチックな。ちょっと
「おぃぃ……婚き遅れって。キミよりチョイ下だぜ?たしか」
「あれぐらいキレイなヒトなら、もう青年実業家や政治家の二世とか、それとも金持ちのヒヒ爺ィにでも嫁いでなきゃオカしいっての。ちょっと話したけど、まだ勤め人だってェじゃない。身体に欠陥があるのかと疑うわ……ひよっとして
朱美らしくない最後の言葉。
そこにライバル相手の女へのトゲを感じたオレは、何となくイラッとして、
「ここだけの話な?あの子は過去に、男からひどい扱いをされてね。そのため男性不信になって、長いこと
さすが「レイプ」とか「輪姦」などという言葉は使えない。しかし朱美もアホではないので、こっちの語勢になにかを感じたのだろう。バツの悪い顔で、しばらくソッポを向く。
しかし、やがて未練と反抗の顔をキッ!持ち上げ、
「マイケルは、さァ!……あの子のこと、どう思ってンの?」
「あの子って?詩愛のことか」
「一緒に住んでるんでしょ!」
「まぁ、そうだ。あくまで“一緒に住んでいる”だけだが」
「将来は……あの娘と、そのぅ」
ここで彼女は、まるで鉛でも吐くように、
「結婚したり……とか」
ふふっ、と今度はこっちが思わず嗤ってしまう。
彼女の必死の仕草が、なにか可愛く思えて。
「あのお嬢サマと?──ないね……ないよ」
わざとつっけんどんな口ぶりで、
「彼女も、ココロの傷が
「そんなこと無い!」
きゅうに朱美はオレの言葉を打ち切って真顔になり、
「ア、ン、タ、はッ!自分を卑下しすぎてるよ!」
大声でそこまで言って、ふたたびあたりを見まわしてから顔を近づけ、上目づかいに睨みつけると、
「そういうのヤメな?男が──みっともなく見えるから」
「……キビしいご意見、どうも」
正論を言われて、防戦一方のオレは残念ながらそう返すしかなかった。
だがさすがにウザくなってくる。なんで勤務明けにこんな事を。
昨晩の轢殺で、もう心身ともに疲れた。頭が働かない。
とりあえずフロに入って、ビールを飲みたかった。
こういうのがイヤだから結婚したくないんだ。
「……じゃァな。昨日の仕事が最悪だったんだ。帰って本寝をするぜ」
その場を去りかけると、朱美は焦ったような声でオレの服をひっつかむ。
「まてよ!……怒ったのかぃ?」
「怒るだって?まさか。ただ疲れたんだ」
「ワルかったよ、カラんで。ただアンタにはシャッキリして欲しかったダケさ」
「そうか。ならシャッキリしてないオレは帰るぜ」
「そんなァ……そッ、そうだ!今度の休みに、お祭り行かねぇか?」
祭り?と首をかしげる。
「**神社ってトコで祭りがあるんだ。こないだの水族館は、ヘンな邪魔ァ入ったろ?竜太にも縁日の屋台を楽しませてやりたいし。ね!──イイだろ?」
必死に食い下がる朱美。
だがそれ以前に“あの”縁結び神社の名前が、相手の口から出たことにおどろく。
「その神社って……よく行くのか?」
「知ってンのかィ?いや、たまたま目標を偵察する帰りになんとなく通りかかってサ。駐車場にポスター貼ってあったんだ。縁日なんて──なんか
オレは、サマージャケットの内ポケットに入ってる神社の御守りを思わずさする。
なにか見えざる手が、またもや働いたような。
その彼女が、有無を言わさぬ
「そうだなぁ……行っても、イイ……かな?」
「やった!」
小躍りして喜ぶ彼女だったが、ふいにまたもや周囲を気にする。
廊下には、午前中のヒトの少ない時間帯ともあってだれも居ない。
たまにクリップボードやノートPCをかかえた事務員が通るくらいだ。
「なんだ、さっきから。何を気にしている?」
「分かってると思うけど、ダレにもナイショだかんね?こないだの水族館みたいな……」
OK,OK,とこっちも唇のはしをひん曲げ、
「アレは最悪だったなァ。なんでああなったか……オレも分からん」
そう答えてふと、もしかしてあの“偶然すぎる”事態も、縁結び神社の
「シーアさんにも、お局のヤツにも言わないでよ?」
「だから。水族館の二の舞は、こっちもゴメンだぜ」
よかった、と彼女はようやくホッとした顔になり、
「有給の調整がついたら、メールで連絡するよ」
「このまえも、電話でなくメールで知らせてくれれば良かったのに」
「だって……断られそうだったから」
ぺろッとイタズラっぽく舌をだし、彼女はツナギの尻を振り立てて足早に去っていった。
やはりアイツは警戒していたんだなとオレは予測が当たったことに満足しつつ、事務フロアに行くと、いきなりキング・ファイルを抱えたお局サマにぶつかってしまう。
「マイケルさん!ちょうどよかった、カギ!カギ!」
「……へ?」
片手をグイと突き出す相手。
オレは頭の上で「?」マークを浮かべる。
すると彼女は、まったくコマったチャンねと言わんばかりに、
「いままで住んでた寮のカギよ!新しいおうち、決まったんでしょ?」
「あ、あぁ。よく知ってるな……そうか、詩愛と話したのか」
このサマージャケットは、たしかシャンパングラスを回収しにいった時のヤツだ。運がよければ、下のポケットに入っているかも──あった。
「詩愛サンと?いいえ、私はあの人とアナタのおうちのコトなんか話さないわよ?管理部の方からアナタが新しい住みか見つけるから、今の住んでらっしゃる寮のカギを回収しろと連絡があったのよ」
「ふぅん……って、ちょっとまて!」
話題を受け流そうとして、キリギリのところで何か違和感を覚えたオレは踏みとどまり、
「それって、いつのハナシ?」
「えぇ?もうずいぶん昔よ。だからアナタに鍵を返すように、まえから催促してたじゃないの」
言われてみれば、確かに。
しかしそれは、あの超豪華な二ケタ億ションを知る以前だった気がする。
「第一、オレまだ転居のこと、総務に言ってないよね?」
「でも、引っ越し代も不要になるだろうから、給与の福利厚生に加算しなくていいって……」
「ちょっとマテ、それも“上の方”から?」
「──そうよ?」
「そもそも“上の方”ってどこだ」
身を乗り出すオレの勢いに、お局サマは抱えていたキング・ファイルを防壁のように突き出して、
「はァ?……本社の総務部に、決まってるじゃないの」
オレは考えをまとめるため
「なんで……本社が。オレが引っ越すことになるって知ってたんだ?」
「アナタが、どこかで申請したんじゃないの?住民票の変更届とか、駐車場の契約とか。それをウチの窓口に届け出れば、自動的に本社の担当部署にとどくわよ」
「……オレはなにも申請していない」
そう?と総務部の「陰の支配者」と言われるこの主任は、こともなげに、
「じゃぁ、どこからか別のラインから情報がいったのよ。そんなことより鍵よカギ!」
手のひらを突き出す彼女に、オレはポケットから取り出したWAMIキーをのせた。
「もう!そういえば業務日誌も滞ってたわよね?今日中に──どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「いいこと?業務日誌!それから備品の申請も、いるものがあったら早めにね!」
頭のなかをフル回転させながら、フラフラと歩き始めた。
ほかにも背後で彼女が何か言っていたが、耳には入らない。
それよりも、どこで自分の情報が転生協会の本部に伝わったか……それが問題だった。
はっきり言って、かなり気味が悪い。
寮の退去勧告が出たのは、かなり前だと記憶している。
その時点から、オレの引っ越しは予見され“計画されていた”のか?
──こんなとき日記でも付けていれば……。
しかし、残念ながらオレはそれほどマメじゃァない。
いままでノホホンと協会で与えられた業務を消化する日常だったが、急に不安になってくる。やはり転生トラッカーなんてものは、しょせん完全に管理された
もんもんとした気持ちを抱えながら事業所を出ると、オレは億ションへの家路をたどった。
いまの気持ちにふさわしく、きょうはまだらな鉛色をした曇り空で、気温もあまり上がっていない。
最寄りの駅で降り、住宅街をトボトボ歩いていると脇の路から黒ネコがあらわれ、
ミャァ。
ひと声、小さく啼いて金色の瞳がジッとこちらを見すえた。
そういえば、あの不吉なネコの夢も、最近はごぶさただった。それと反比例して“あの神社”との結びつきが強まっているような──そんな気配を感じる。
──触らぬ何とやらに祟りなし、だ……。
オレは黒ネコを無視してマンションへの路をいそいだ。
とにかくシャワーだ。そしてビールを飲んで、本式に寝たい。
エントランスで例の中年婦人コンシェルジェルにできるだけ爽やかに挨拶し、エレベーターホールへ。いくつものセキュリティ・ゲートを通過し、ようやく自分の部屋の前にたどり着き、重厚な扉をあけた時だった。
「キャハハハハ♪」
扉のすきまから、いきなり開けっぴろげな笑い声。
なに!?と見ると、大理石の広い靴脱ぎ場に、シャネルの黒いストラップ・サンダルが脱ぎ捨てられていた。
「──うける~♪おっかしぃんだ」
──アイツ!
帰って来たんだ!と、それまでの憂鬱な気分が一転、胸の中が明るくなる。
しかし、次の瞬間。オレはハテ?と首をかしげた。
それというのも、つづいて男の声がしてきたからだ。
『じゃぁ、次の問題、イキますよぉ?』
「よぉォし、こい!」
よく聞けば、声がスピーカーから聞こえるように微妙にリアリティがない。
ハンズ・フリーで美香子は誰かと会話をしているらしい。
考えてみれば、玄関に男の靴がなかった。
しかしこの声、どこかで……。
『あッぱい。
いッぱい。
うッぱい。
えッぱい……。
では、この次のコトバは──なんだ!?』
「おッぱぃいいいいいいい♪」
『ん──正解!!!111』
またも開けっぴろげなバカ笑い。
あまりにくだなら過ぎて頭がクラクラした。
しかし部屋の奥、おそらくリビングからは、つづいて、
『さァて、次はすこし難しいですよ?』
「どんどん、来ちゃってェ!」
『あマンコ。
いマンコ。
うマンコ。
えマンコ……。
では、この次のコトバは──なんだ!?』
おぃぃ……
美香子のやつ、ちゃんとデトックス処置を受けたのだろうか。
大林製薬に“マゾニナールA”という静注用の薬液があるのは知ってるが、その亜流で“アホニナールβ”でも投与されたのではなかろうか。
どうやら自我は保たれているようだが、これでは“バカが帰ってきた”ようなモンじゃないか。花も恥じらうJKが「オッパイ」だの「お○ンコ」だのと、嘆かわしいにもホドがある!
──保護者としての責任が問われる事態だ……。
オレは断固、説教してやろうとリビングに向かった。
すると、
『あ、マイケルが帰って来たみたいですよ?』
「ホントぉ!?ご主人サマぁ~♪」
リビングから、ピンク色なスケスケ・ランジェリー姿が飛び出してきた。
「おかえり、なさぁ~い!」
ボフッ!と抱きつく金髪のあごをオレは上向かせ、
「こらッ!ナンだね、さっきから聞いていれば!いい乙女が、下品な!」
「だってぇ──【SAI】ったら、面白いンだもん」
その時。
オレの頭の中は、漂白されたように意識がマッ白になる……。
美香子にチンコをさすられても、ナニも考えられない。
ようやくのこと、彼女の手をおしとどめ、
「なに……なんだって?」
「来てきて~?」
そう言って彼女はオレの手を引き、リビングへと誘った。
みれば床には、乱暴に開けられたダンボールと発泡スチロールの梱包材。
そしてダイニングテーブルには、みたところ金属製の炊飯器のようなものが。
『フクロウ』がプロジェクター用に設置した壁のスピーカーから、余裕めかした声が、
『やぁ、マイケル──ただいま帰りましたよ?』