※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第60話:轢殺屋は考える……。

 

【SAI】が戻ってきた、その日の夕方。

 

 早番シフトだろう。

 夕方に出かける美香子が大理石の豪勢な玄関で、いかにもウィッグと丸わかりな赤髪のライオン・ヘアーを揺らしてふりむき、

 

「ご主人さま、【SAI】──行ってきまぁす」

『行ってらっしゃい、我らがDiva(歌姫)』

 

 肩を露出したチューブ・トップのアッパーと、ギリギリのホットパンツを素脚に履く姿。

 日焼けサロンにでも通いだしたのか、褐色の身体がなんとなくココナツ臭い。

 恐ろしいほどかかとの高い、黒エナメルのストラップ・ヒールを足に。

 細首に巻くチョーカーは、南京錠のついた黒革の首輪そのもの。

 手首に巻く見慣れぬカルチェの時計は客からの貢物か?

 ドコから見ても、水商売の女かヤクザの情婦(イロ)だ。

 学校の知り合いに見つからなきゃイイが。

 

「相変わらずハデなカッコして……ヘンなヤツに気を付けろ?」

「まだ明るいし、帰る時はタクシー使うモン♪」

『美香子サマは、さほど愚かではないとワタシは信じています』

「フフッ、ありがと【SAI】♪」

 

 そういうと、またもや半ケツ状態のホットパンツをプリん!と一度。

 これ見よがしに、モンローウォークで見せつけながら出ていった。

 

 ──もはや保護者として、注意する気にもなれん……。

 

 話しっぷりは、解毒のせいか確かに以前よりすこしマトモになったようだ。しかし部屋着は淫(みだ)らなシースルーのネグリジェだし、ベッドの間(いつの間にか皆こう呼ぶようになっていた)では、前を通ると扉越しに時おりバイブの音と“ヨガり声”がするのだ。このごろは、詩愛も半分サジをなげているらしく、彼女の生活態度を注意するどころか普段の会話さえ少なくなっている。

 

 ──まぁ、ムリもないな……。

 

 意見を言おうとすると『詩愛サンは──』などと、他人行儀に冷たい口調で返されるのだから文句を言う気もなくなるというものだ。おまけに“紅いウサギ”の超一流シェフ(ミシュランの『星』を持っている者すら!)の賄(まかない)いメシを食って味覚(した)も驕(おご)っているらしく、詩愛の心づくしの料理にもあまり手を付けない。それどころか、

 

「これ、塩麹(しおこうじ)で味付けした方が、もっと味がまろやかになるのに」

 

 あるいは、

 

「お肉の寝かせ方──ちょっと足りないわね?」

 

 などと手厳しい。

 しまいには詩愛もたまりかね、

 

「それならもう食べなくてよろしい!」

 

 ……などと、なみだ目と鼻声で言葉を荒げるしまつ。

 いつかキビしく言ってやらねばと思うのだが、美香子のヤツにヘソを曲げられ、この高級マンションから出ていかれて詩愛と二人きりになってしまうのが、なによりコワかった。『フクロウ』のヤツめ、こっちに来ればイイものを。そうすれば、ヤツが曲がりなりにもクッション役になり、家族ごっこが成立するかも知れないのに。だいたいアイツは依頼した“結城の飼い犬”に関する情報もよこさないで店に入りびたり、ナニやってやがる……。

 

 彼女に遅れること1時間。

 オレも次の轢殺目標(ターゲット)の偵察のため、夕刻に出社する。

 トラッカーの出入りが、すこしまばらとなる夕方のオフイス・フロア。

 これがもう少し時間がたつと、偵察や狩りに出かけた連中でごったがえすようになるのだ。

 

 ──見知った顔はいない……か。

 

 お局サマはもちろん、『庶務6』と言われたベリショっ仔も、本社に去ったまま。

 市役所にあるような共用の書き物台で、メンドくさい交通費変更の手つづきをしていると、またもや【SAI】に見せられた映像が脳裏によみがえってくる。

 

 整然とならぶ金銀髪(プラチナ・ブロンド)の人形。

 SFチックにも見えた先進の医療機器。

 精密検査とダマされて、連れてこられた美人。

 しばらく無慈悲な施術をうけた後、彼女が口にした言葉……。

 

 ──そういえば……。

 

 麗華と会う直前に“紅いウサギ”の廊下で見かけた人かげ。

 遠目ではあったが、総務のベリショっ仔、若宮理沙(リサ)嬢にソックリだった。

 その前にも、この事務フロアの廊下で彼女に似た人物を遠くに見かけている。

 二人とも髪をプラチナ・ブロンドに染め、姿勢の良い体をモデル歩きに動かして。

 

 庶務のあの娘は、どちらかといえばボーイッシュな体型だった。

 距離があってもわかる、あの“女”を意識した艶(なま)めかしい歩き方とは無縁だろう。

 売りことばに買い言葉の元気印だったあの娘(コ)が、いかな研修とはいえコケティッシュな作法をすり込まれてしまったとは考えたくもない。

 

 ──あの【SAI】の映像……。

 

 いったいどこの施設だろう。

 感覚的に、何となく“紅いウサギ”ではない気がする。

 やはり転生協会か。するとこの組織は、医師法に反するような施術を行っていることになる。だとすれば、どこのセクションだ。

 もし、そんな部署があるとしたら……オレは悪の側に居ることに……。

 

 と──いきなり肩を叩かれた。

 

 ふり向けば。

 

 みょうに生き生きと、晴れやかな表情をしたお局サマだ。

 髪型もすこし短くし、ショートヘアにしている。

 なんとなく生き生きと、サバサバした印象。

 抱えたノートPCを胸の下でゆすり、

 

「この前はアリガトね?ヘンなアクシデントもあったけど、久々に面白かったわ」

「主任……どうも」

「ナニよ。うかない顔して。おサイフでも落としたの?」

 

 めずらしく冴えざえとした顔で、総務の影の主人はコロコロ笑う。今日は彼女の目の下にクマもなく、肌の色ツヤもよかった。

 

「……体調、よさそうだね。めずらしく」

「来月は前年度の“締め”でしょ?なるべく残業しないようにしてるの」

「なーる。どうりで」

「いまのうちに鋭気、養っとかないと──コーヒー、どう?」

 

 そう言って彼女は、いつもの自販機コーナーへとさそう。

 ツンケンしてない、OL制服姿の主任は“SSR”だ。

 制服の立体裁断されたベストが腰のくびれと胸の隆起を強調し色香をまして。

 以前よりもグッ、と婦(おんな)らしくなり、オレはガラにもなくドギマギしてしまう。

 ココアと、ブレンドコーヒー。

 湯気の立つカップを前にして互(かたみ)に向かい合ったとき、根負けしたオレはさりげなく目をそらすが、目の前の女はそれを見のがさない。

 

「どうしたの?こんどは顔が紅いけど……ハハァん♪」

 

 主任はココアのカップを飲むフリでほくそ笑みをかくしてから、ちょっと辺りを見まわし、次いでカップを置くと、やおら胸を強調するように突き出し、両腕をアタマの後ろで組んで、

 

「どう?ちょっと──イメチェンしてみたんだけど♪」

 

 密やかに身をくねらせ身を寄せると、オレの方を凝(ジ)ッと見つめた。

 『美月』とはちがう、控えめなアイメイク。品の良いリップ。

 三十路だというのに、目尻のシワどころか口周りの「ほうれい線」すらない。

 詩愛よりいくぶん年上のハズだが、それでも彼女と良い勝負だ。

 身をよじるたび、ブラウスからは化粧の香りをすかしあたたかい婦(おんな)の脂(あぶら)の気配がただよう。

 そう、今日の彼女は(……オヤッ?)と思うぐらい綺麗(キレイ)だった。

 まるで寒い冬を耐えて咲いた雪割り桜のように。

 

 甘ったるく漂う彼女の雰囲気に音をあげ、

  

 ──チッ!このオレが、こんなコトぐらいで……。

 

 考えを最大戦速でフル回転。

 どうにか、このアヤしいノリをブチこわさねば。

 アタマの中に考え浮かぶだけの話題をうかべ、取捨選択。

 ふと、そのとき前々から欲しかった備品のことに思いあたった。

 お局サマの機嫌がこれほどイイことはめったにナイ。これは、チャンスだ。

 

「そのぅ……」

 

 おっかなビックリ、慎重に切りだしてみる。

 

「“お嬢サマ”がゴキゲンなンで、ひとつ頼みたいコトがあるんだけど、サ?」

「ナニよ改まって──キミ悪いわね。ふだん“お局”とか言ってるクセに」

「いやいやいや、そんなコトは。それより備品で、一つ欲しいものがあるんだケド」

「ワかった。どうせ部長決裁が必要な、高価(たか)い資材でしょ?」

「うッ。そんなでもナイよ。ホンの些細(ささい)な備品だって」

 

 どれ、と彼女はテーブルに置いたノートPCを開いて『モノジロウ』の購買HPをひらく。

 

「──番号は?」

「いや『モノジロウ』じゃなくて……」

「え?じゃぁ『キョウクル』に載ってるの」

 

 オレはPCを借り、検索ワードを打ち込んだ。

 とたん、画面にはバタ臭い顔をしてツナギを着た等身大なラバー人形のページが出る。

 ナニよコレ?と説明文を流し読みした主任は、

 

「ハハァん……女性が運転する車のナビ・シート(助手席)に防犯目的で乗せるわけね?」

「転生執行時に、近くからリモートで動かすことあるけど……完全自動だと目だつから……」

「なるホド。で、お値段は……」

 

 ピクッ。

 彼女の細眉に痙攣が一度。

 ややあって、ため息をつきながら、

 

「……ちょっと。ヘンなPO(購買指示書)通して財務にオコられるの、ワタシなんですからね?」

「え─、ヤッパだめ?」

「いちおう、お伺(うかが)いは立ててみるけど……」

「ちぇ~っ。この会社、ヘンなトコでケチなんだよなぁ。装備品は軍事がらみの高価そうな最先端を支給するクセに、トイレットペーパーすら出し惜しみするんだから」

「転生処分業務に関係するものは、そりゃ出費をいとわないわよ」

「これだって、作戦行動に関係する備品だぜ!?」

 

 まったく、とお局サマはPCをパタンととじ、

 

「いいわよ。ハナシは通しておくから。それより……」

 

 彼女は、また妙な気配を漂わせはじめる。

 艶っぽい目配せ。思わせぶりな仕草。

 

「この前の水族館は、ヘンなコトになっちゃったでしょ?」

「うん?」

「どう、こんどお食事でも──」

 

 まずい。

 またこのパターンだ。

 とっさに頭にうかんだイメージを。

 オレは闘牛士がケープを使うがごとくヒラリと、

 

「そ、そうだ。あの元気ッ仔(コ)のリサちゃんって、サ?」

 

 一瞬──お局サマの顔が、屁でも嗅がされたような顔になった。

 

「……ナニよ、ツレないひとね!あのコが、どうかしたってェの!?」

「このまえ、この廊下の奥で見かけたんだけどサ」

 

 ウソ!と彼女は、今度は純粋に驚いた表情(かお)で、

 

「あのコは本社勤務になったって聞いたけど……」

「いや、この前といっても、だいぶ経つかな?すっかり雰囲気変わってサ。ものごしも、なんていうかアタマに本を載せるような、澄ましかえった歩き方なんてしやがって──」

「……あのリサが?」

「そう。おまけに髪なんか、こう、金色と銀色が混ざったような……プラチナ・ブロンドって言うの?そんな色に染められて」

 

 その言葉を聞いたとき、お局サマの顔が『……ナァんだ』とでも言うかのようにゆるむ。

 

「人違いよそれ。ホラ──みてごらんなさい?」

 

 お局サマは自分の携帯を取り出すと、なにやら操作をして画面をこちらに向けた。

 そこには、あの『庶務の6番』といわれたベリショっ仔が、どこかのオフィスを背景にしたピースサインで映っていた。

 

 栗色のベリショな髪。

 ウチの事業所と同じ女子制服。

 見覚えのあるイタズラっぽそうな笑顔。

 

「このまえ来たメールよ。どう──相変わらずの調子でしょ?」

 

 オレは顔を近づけて画面をよく見た。

 一瞬、ホッとするものの、すぐにその陽気さは消える。

 なにか……そう、どこかに違和感と不信さがぬぐいきれない。

 しばらく見ているうち、ようやくその出どころに気付くことが出来た。

 

「彼女の髪型……分けかたが、以前(まえ)と逆になってないか?」

 

 え?とお局サマは画面を自分の方に向け、

 

「……そうだったかしら?」

「おぃぃ。かりにも自分の部下だったヤツだろ?」

「直接の配下じゃないわよ。そもそも彼女とは“上長のライン”が違うもの」

「そんなに関わりがなかったワケ?」

「仕事の所掌もね。ワタシは総務だけど経理と業務全般。彼女は運営企画と秘書課の使い走りだったから……言われてみれば、確かにヘンねぇ」

 

 オレは、携帯を握るお局サマの手をとって画面を自分に向け、もういちどシゲシゲと見た。

 

 ──あ……ッ。

 

 目の前のお局サマのベストと、画像のリサを何度も見くらべる。

 彼女が着る女性社員用ベストの合わせ目。それが逆になり、男の合わせ方になっている。

 その他にも、画面を拡大してみると背景の非常口を示す緑のヒト記号(ピクトグラム)が、おぼろではあるが右側にダッシュしてるではないか。

 

「……ナニよ。どうしたの?」

 

 あらためて見れば、彼女の目が気になった。

 営業で鍛えた相手の本音を覗う観察力で診れば、顔は笑っているが、眼差しが冷たい。

 いや、どことなく哀しさすらも交えている──ような。

 

「ねぇ、どうしたのよ」

 

 お局サマに、このことを言うべきだろうか。

 

 ──オィ!やめときな。

 

 いきなり。

 死線をくぐり抜けた傭兵のカンが、アンブッシュ(待ち伏せ攻撃)を察知した斥候兵の鋭さで喝をいれた。

 久しぶりに感じる、馴染みの人格。

 前よりも違和感はない。それどころか『今までどこに行ってやがった?』ぐらいの勢いで。

 

 (はぁ?なんでよ)

 ──分からねェのか?クソ阿呆が。

 (ンだと、この!)

 ──なんかヤベぇ気がする……この女を、ヘタに巻きこまん方がいい。

 

 【SAI】の映像で見た、あのSFめいた施術室の印象。

 サージカル(医療用)・ステンレスとカテーテルが横溢する、非情さに塗りつぶされた情景。

 

 そうか……そうだな。

 オレは携帯を握ったお局サマの手をはなした。

 ハンドクリームでも塗ってあったのか、みょうに指先がヌメる。

 

「なによ──なんかあったの?」

 

 携帯の画像を、不信げに改めて見ようとする彼女を制し、

 

「いいや。そのぅ……オレのカンちがいだった。良かったぜ。あのコが元気そうで」

「ふぅ~ん、あっそ」

 

 いくぶん鼻白んだお局サマは、携帯の画面を消すと、

 

「リサは、トラッカーたちから人気あったもんネぇ」

 

 ワタシと違って……と続けて呟く彼女のシンネリとした口ぶり。

 マズい、とオレはあわててフォローする。

 

「ンなことないって。アレは丁々発止の受け答えが色モノ的な人気があっただけだ。おつ……(アブネェwww)主任の力量は、みんな認めてるよ」

 

 マイケル!とそのとき遠くから声がかかった。

 見ると、フィヨードルが、強面な巻き狩り連中の群れをひとり離れ、こちらに向かってくるところだった。ガタイのいい身体に、ポケットのいっぱい付いた作業用ベストがいかにも窮屈そうだ。彼は手振りで配下を先に行かせ、悠然とした足取りで近づいてくる。

 

「さァて、きょうも来月の地獄にそなえて、寂しい“お局”はサッサと退社しますかねぇ」

 

 イヤみったらしい最後ッ屁をかまし、彼女はノートPCを抱えてオフィス・エリアにもどっていった。それを見送ったサンクト・ペテルブルグ産のヒグマは彼女の豊尻(シリ)を未練がましく凝視して、

 

「なんだ、邪魔したか──フタマタか?」

「二股ァ?なんですソレ」

「え。だって貴様ァ、巨乳美人と豪勢なマンションで同棲してるってハナシじゃねェか」

「……ゑ”!?」

「おまけにJK(女子高生)を自分好みに仕立て、夜の店で働かせてるって聞いたぞ?この鬼畜野郎が」

 

 目の前がクラクラした。

 畜生、だれがそんなデマを……いや、はたから見れば、そうかもしれないが。

 

「あッ!!朱美だな?アイツ、余計なコトをペラペラと……」

「朱美だ?ヤツ、そんなことまで知ってるのか?なんだ、オレには内緒かよ水くせぇ」

「え。じゃぁどこから……」

「ウチらのAIさ」

 

 フィヨードルはこともなげに、

 

「ウチらのトラックが街を流しているときに、貴様と巨乳美人見つけたンさ。人物をロックオンしておけば、自動的に監視システムが間抜けヅラして歩いてるアホカップルを発見してくれるってワケ。巻き狩り隊は情報を共有してるから、監視網にひっかかる可能性も高い、と」

 

 ──そう、か。

 

 転生屋のトラックは、宅配カーゴや工事車両に擬態して都市のあちこちを走っているのだ。いくつもの車外カメラと街の防犯システムにアクセスしたAI、それらが複数台組み合わさることで、言ってみれば一種の超・広域監視カメラ状態になる。どこで見られているか分からない。うかつなコトは出来ないぞ、とオレは肝に銘じた。

 

「お局のヤツ、いい乳(ちち)とケツしてっからなぁ……あれでヒスってなきゃ、いい女なんだが」

 

 彼女の本当の姿は誰も知らないとみえる。

 それだけガードを固めて生きてきたのだろう。

 考えてみれば健気なヤツだ。妹のために女の幸せも……。

 

「でな?ココからが本題だ」

 

 フィヨードルはオレの感傷的な考えを断ち切って、

 

「お前(め)ェも昇級したから、もう知っといてイイと思うが……実は上級者の一部では“マクラ探し”てヤツをやっててな?」

 

 まくらさがし?とカマトトぶって首をかしげる。

 先日、熟練の整備員たちが言ってたことだ。

 轢殺目標(ターゲット)のふところを漁る行為。

 ロシア産のヒグマが、大なり小なり似通ったことを説明しおわると、オレはいかにも驚いたフリをして、

 

「でも……ソレって協会的に違法行為じゃないんですか?」

「足がつかなきゃ大丈夫サ。死体が身につけていたトコで、どうせ素粒子にまで分解されッちまうんだ。もらっとかなきゃ損ってモンだ」

「時計のシリアルナンバーや、宝石のカット仕上げから手繰られたら……?」

 

 ヒグマはひげ面に不敵な笑みをうかべ、

 

「大丈夫。絶対にバレねェ故買屋のルートがあるンだ。ナイショだぞ?お前ェを信じて話すんだからな?」

「そりゃダマってますけど……なんか死体をアサるようで」

 

 再びうかぶアフリカの戦場。

 金時計を左右に幾重にも巻いたシンバス。

 あるいは貴金属のネックレスを首から幾重にも下げる叛徒。

 

 ヤツらは命乞いをする市民に腕時計や貴金属、フラン紙幣を差し出しさせ、もう盗る物がないと分かるや、そのあとで絶望する相手に悠々(ゆうゆう)と銃口をむけるのだ。

 

「まぁイイ。ハナシが逸れた。実ァ、先だってお前のターゲットを横取りしたヤツを見つけてな?」

「ダレです!それ!」

 

 オレが転生させそこねたクソ野郎。

 

 未成年に薬(ヤク)を卸(おろ)して離脱状態(禁断症状)に仕立ててから、ソレ系の店で働かせるという、とんでもないヤツだった。監視を続けチャンスをうかがうものの、みょうに用心深くなり、あげくトンビに掠われたというみっともない体たらく。

 

「おっとっとィ」

 

 オレの剣幕にヒグマは降参こうさん、と軽く両手をあげ、

 

「ソイツぁ“守秘義務”ってヤツだ、カンベンしろや。その代わり……」

 

 そういうと、相手は大柄な体をねじり、作業用ベストから幾分クシャクシャになったエアメール用の封筒を取り出した。そして、それをヒラヒラと揺らしながら、

 

「ソイツが轢殺目標(ターゲット)をドついて転がし、気絶しているうちにサイフと腕時計をゲットしたと思いねぇ。さらに無いかとポケットを探ってみると……コイツが出てきた」

 

 渡された封筒は、ずいぶん長い間ポケットの中にあったらしい。開くと、中から折りたたんだ一枚の紙が出てきた。これもずいぶんと手づれがした有様で、おそらく何度も何度も読み返されたものに違いない。広げてみると、

 

【おまえはトラックに狙われているぞ】

【決して一人にならないよう注意しろ】

【夜間に路を歩くときは明るい場所を】

【昼間でもひとけの無い場所は避けろ】

 

 ──なっ……!

 

 オレは目をうたがった。

 印刷された文字で、デカデカと4行ばかり。

 生意気にも字数をそろえて書いてある。

 

「コレを!ターゲットが……なんで!?」

「驚いたのはコッチさ」

 

 フィヨードルは、こちらの反応を楽しむように、

 

「目標が、こんな警告文めいたものを持ってンだからな。もう一つ、なにか気づかねぇか?」

 

 そう言われ、薄いブルーをした紙の表ウラを何度もひっくり返す。

 ほかには、何も書かれてはいない。

 答えを求めて顔を上げると、相手は満足げにヒゲ面をさすりながら、

 

「紙だよ、紙。無塵紙(クリーン・ペーパー)が使われている。精密機器にワルさをしないよう、ホコリが出にくいタイプだ。事業所のコピー機トレイには、だいたい入っている」

「へぇぇ……」

「分からねぇか?出どころは……ココさ」

「ここ?」

 

 完全な全休符。

 

 まさか、と判断が固まらないまま笑いにまぎらわせて、

 

「無塵紙なんか、電子機器を生産する工場のクリーン・ルームでいくらでも使われてるじゃないか。べつにウチの事業所が出どころの保証はない」

「なら、その文面をどう考える?」

 

 正確な応射が帰ってきた。

 

「おまけにその封筒、宛名がない。おそらく目標のポストに、直に投げ入れたものだろう」

「……」

「トラックでの転生処置を知っていて、目標の住所が分かる者」

「……動機が、ないよ」

 

 悔しいことに、かすれ声になってしまった。

 

「なぜそこまでして、ターゲットに知らせようとサービスする?」

「あるいは、転生執行を邪魔したいヤツが居るのかも」

「なぜ?」

 

 ヒグマの腫れぼったいまぶたから、薄氷の錐(キリ)を思わせる視線。

 

「お前(め)ェ。ダレかの恨みを買ったこたァねぇか……?」

 




週一更新になるには、もう少しかかりそうです……。
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