※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第62話:AIたちの反逆(Stage1:微グロ注意)

 

 すこし前、どこかで見たような面差しがあらわれた。

 もどかしい手さぐりで、頭上のルームランプをつける。

 記憶では、こんな肉感的なくちびるではなかったハズだ。

 腰まわりが異様に細いのは、SM的な拘束具のせいだけか?

 

 ──えぇと……源氏名では、たしか……。

 

 花形リボンつきの丸い名札(ロゼッタ)。

 そこに可愛く書かれた『菜々(ナナ)』という文字。

 

「大学のコンパでは『うわばみの菜々子ちゃん』って“二つ名”ァ持ってますからぁ」

 

 ふんす!

 小さくガッツ・ポーズする彼女。

 そうだ。あのヤバい店に初めて行ったときの、エスコート役バニー・ガール。

 無けなしの金でオーダーしたシャンパンを、まるで乾いた砂のように呑んでくれたっけ。

 

 ──なんでその彼女が、こんなところに……?

 

 とりあえず良かった!とオレは胸をなでおろす。

 こちらが躊躇(ためら)っていれば、この娘(コ)はヤクザが登記している山にコッソリ埋められる所だった。

 ハンカチを出し、ヨダレや涙。なにより精液にまみれた顔の穢(けが)れを拭いてやろうと夏用ジャケットを探ったとき、ポケットにあるお守りの固さに触れる。

 

 ──もしや……。

 

 ラノベのように出来すぎた今回の邂逅(であい)も、あの“縁結び”神社の御利益なのだろうか。

 

「菜々子クン……おぃ菜々子?」

 

 ピシャピシャと、相手の頬を軽くたたく。

 彼女はミチミチと革の拘束具を軋(キシ)ませて身をよじり、疲れ果てた様子で目をあけた。

 

「ワタシだ──分かるか?」

 

 オレは傍らにあったティッシュで(おそらくは)精液に汚れた彼女の額を拭いてやりつつ、

 

「ほら美香子──いや、『美月』(ミッキー)のパトロンをしてる兄サンだ」

 

 ドロンとした目だったが、やがて生気がわずかに灯った。

 

「ハラルヘ(マラルメ)の……おいひゃん……?」

 

 ながいことフェラ用の口枷をハメられていたせいか、ろれつの回らないささやき声が、肉厚な口唇(くちびる)から漏れ出た。拘束された軆(からだ)がさらによじられ、女の匂いが強くなる。

 

 ──そうだ。あのときは確か、コイツが大学で履修するフランス文学の話をしたっけ。

 

「オジさんじゃない、お兄サン!……イヤそんなコトはどうでもいいか。大丈夫か?」

 

 これで安心と判断したのだろう。彼女の目から、涙がポロポロとあふれ出た。

 

「おいひゃん……おいひゃん……おいひゃん……あらひ……」

「だからオジさんでは──」

 

 このとき、どういう思考過程だったのか。

 アタマの変速ギアがゴクン!といきなりシフト・チェンジで噛みあった。

 

 ──まて!そういえば……。

 

 あのヤクザだか半グレだかは、情報(ネタ)を得るためこの娘を拉致(らち)ッたとかいってなかったか。

 すると、標的になっているのは“紅いウサギ”ということではないのか?

 ヤバい!あのクズから依頼人と襲撃時刻を聞き出さなくては!

 オレはひとまず菜々子を放ってハイエースを飛び出る。

 

「待て!待テェェェェェェっ!!!」

 

 足もとの草にコケそうになりつつ、トラックの方へと駆けもどって、

 

「その執行ォ中止ぃッ!中止ィィィッ!……うゲッ!」

 

 カエルが潰れたような声がノドから出た。

 

 ムリもない。

 宙空にあって断末魔でもがく髷野郎……であったもの。

 いまは人の原型をほとんど留めておらず、いびつなダルマ状のものがフヨフヨと、夜空に向けて突き上げ林立する触手に支えられている。

 片脚は根もとから捥(も)がれ、反対側は膝下が欠損して。

 両腕は根もとから切断され、まるでいびつな“芋虫”めいた姿。

 

 おれは数秒、目を疑(こ)らしたまま身動きができなかった。

 ふと、いまでは前世の記憶だろうと確信するようになった、とおい昔の光景を思い出す。

 

 それは、コンゴのある村に入ったとき。

 村人の一族が、みなシンバスに虐殺されている有様。

 屍体はマシェッ(山刀)で斬られ。割られ。砕かれ。抉(えぐ)られ。裂かれ。

 猛烈な死臭と蠅の羽音のなかで眺めたとき以来のような気がする。

 シンバス(ライオン団)と戦うアフリカ傭兵の、あのなじみの感覚が、もどってきた……。

 

『ソレソレぇ♪骨盤から分岐する前立腺神経叢(ぜんりつせんしんけいそう)は支配しまシタわ』

 

 触手の先端から細いプローブ(探針)が、甘ボッキした髷野郎のチンポに向け、グリグリと挿入。

 

「わっ!──ガッ!──え”ッ!」

 

 月を背景に、髷野郎であった肉塊が(ぶるるる……っ)と、夜空で。

 

『ほほほほほ……痛い?でもソノ痛さが!オマエにふさわシイ快楽にナルのよッ!』

「ナニやッてんだぁッ!キサマらッ!!執行中止ィッ!」

 

 転生処置を止めようとするが【ボニー】は作業を続けたまま、

 

『ナニって?まァ一種の“凌遅刑(りょうちけい)”デスがナニか?』※1

「アホぉッ!だれがこんなコトをしろと言った!」

『女性を辱める“糞オス”に対シ「知的存在として当然の義務」を果たシタだけデスわ?』

 

 いや増しになる新AI【ボニー】の残虐性。

 これも女性AIであるがゆえの特性なのだろうか。

 そのゾワゾワする現実を怒りの感情でムリヤリ上書きして、

 

「残虐にもホドがあるぞ!──【SAI】!?」

『先にも説明しましたとおり、回線速度の遅さは如何ともしがたく……』

『アラ。酷(ひど)ぅございマスわ【SAI】サマ。ご自分だけイイ子になろうナドと……』

「──だまれッ!」

 

 足もとの砂地を蹴とばし、ありもしない腰の拳銃(PP)をさぐる。

 そして軍紀を犯した兵たちを二列横隊に整列させ、威圧するような口ぶりで、

 

「いいかキサマら!いかな凶悪な連中とても、可及的すみやかに転生処分をおこない──しかるのちに!あとは本人が重ねた業(ごう)にまかせ、転生先の悲運にその身をゆだねるのだ!」

 

 この業界に入ってすぐの研修時に受けた文句。

 それを思い出しながら、オレは目前のアホAI“ふたり”に一喝した。

 

『マイケル。どうしました?感情波が乱れていますが』

「どうしたもクソもあるかッ!そのブタ野郎に聞くことがあったんだ!」

『どんなことをです?』

「そいつら、また美香子の──“紅いウサギ”の襲撃を計画しているぞ!」

 

 それを単なる『肉ダルマ』にしちまいやがって!と毒づくと【ボニー】が名誉挽回のつもりか、これもみょうな猫なで声で、

 

『あぁん。ソレをハヤく仰って頂ければ。確認シマした』

 

 そう言うや、この男たちが話した過去の会話が外部スピーカーから流れだす。

 

【この前、自衛隊くずれにカチこみさせて全員が行方不明になったトコっスよね?】

【みんなオカマ・バーに逆スカウトされて、そこで働いてるってハナシだが……解せねェ】

【自白用のおクスリ使ったけど、てんでネタ持ってなかったらしいヤ】

 

『まさに因果応報。いまスコポラミン(副交感神経興奮薬)を投与。情報(ネタ)を吐かせマスわ?』

 

 いったいこのトラックの装備はどうなってるんだ?

 まるでドラ○もんのポケットのように、次から次へと出てきやがる。

 これは用心しないと、戦術型の核兵器でも飛び出しそうな勢いだ。

 

 呆れていると、宙づりになった肉ダルマの動きに変化があった。

 触手に拘束されていた肉塊が、ゆるゆると地面に下ろされる。

 哀れな姿となった身体は、まさに芋虫のようにのたうって。

 引きちぎられたと見える四肢の断面からは、腱や血管らしきものが飛び出ているが、触手先端のワイヤーに結紮(けっさつ)され、出血は止まっている。

 

「あはぁぁぁ…………イイぎも”ぢだァァァ……」

 

 クスリが効きはじめたのか、肉ダルマが呆けたような声を出す。

 

『コれコれ、お(・)ポ(・)ン(・)チ(・)ちゃん?』

 

 あいかわらず【ボニー】はシンネリと、まるで嬲るような音声で、

 

『ワルい子のオマエは、ドコゾに襲撃計画を立てて居るんデスってネェ?』

 

 しばらくの沈黙。

 

「……しゅうげきぃぃぃ?」

「だれだ、ダレに頼まれた!?」

「だぁれぇぇぇ?」

「依・頼・人・だよクソが!だれに頼まれた!」

『マイケル、アナタの携帯にアクセスして、情報を投影します』

 

 とたん。トラックの正面空間に、ドレッドの野郎とおサルのジョージがマグ・ショットの立体映像で浮かび上がる。

 

「あ~~ドレッドのアニキだぁぁぁ~~」

『そう。もう一人も、知っていマスね?』

「ぢょぉ~ぢさん……ぢょ~ぢ……」

『では、こちらはどうです?』

 

 ふたりの映像は消え、代わりに結城のクソ爺ィの映像が浮かぶ。

 オレに強烈なパンチを見舞ったニクいやつ。あの野郎、こんど会ったら……。

 

「……だぁれぇ~~……」

 

 ふむ。どうやら依頼人はヤツではないらしい。

 

『これは先ほどのアナタたちの会話です』

 

 外部スピーカーから、先ほど盗聴した会話をリプレイ。

 

【オヤジさんも、ナンだって、あンな薄っ気味ワリぃ野郎のハナシをうけたんだか】

【カネだよカネ──あの野郎、百万単位でもって来やがった】

【スーツ着てやがったけど、あいつァぜってーカタギじゃねぇぜ?】

【まさか公安の警察(ポリ)、とか?】

 

『さ。オマエはどこかに襲撃、いえ“カチコミ”をかける計画を請け負ったな?』

「……」

『その店舗(みせ)の名前は?』

「……」

 

 【SAI】サマ!それでは生(・)ぬ(・)る(・)い(・)ですわ?と【ボニー】の声がして──ギャン!

 悲鳴をあげ、芋虫が激しく一度、痙攣した。

 

『さぁ?さっさとおっしゃい。襲う店の名は!?』

「ウサギ……ウサギ……」

 

 ホレご覧なさい、と勝ち誇った声。

 

『では、オマエたちに頼んだのは、ダレ?この人間より若い?年寄り?』

「……若い……若い……」

 

 立体映像が、なんと所長のアシュラを映し出した。

 

『この男?』

「ちがう……」

『ではコレ?』

 

 こんどは情報屋の『フクロウ』を。ついで同僚だった重サンや、隠し撮りしたと思われるフィヨードル。どこにデータがあったのか技術顧問のロック吉村や、整備部長の『M』まで。

 

「……ちがう……ちがう……」

 

 では、コレはどう?と映し出された次の顔。

 粗い映像を3次元補正でムリやりシャープにしたおかげで、CGのように現実感がない。

 しかしその画像は、男の特徴を、よく捉えていた。

 

 研ぎ澄まされた刃のような雰囲気。

 まるで魚のように感情を感じさせない眼。

 おろしたてと見える、身体についていないスーツ。

 その下の、スキがない身ごなし。いかにも俊敏そうな体躯。

 

 芋虫が、ドロンとした眼を向いて、店の監視カメラから再現したその映像に見入った。

 尿道や尻に入れられた触手がジレたようにミチミチとうごかされ、返答を促すように。

 

『ホラ!ホラ!──コレはドウなの?』

 

 髷野郎は答えない。

 もっともこのときは髷はバラバラになり、まるで落ち武者のようになっていたが。

 

『仕方ないデスね。薬剤をサラに追加。投与値限界マデ』

『【ボニー】。それ以上は被験者がショック症状を起こす可能性が』

『どうなのデス──ドウなの!このモノに、見覚えハ!?なんとかおっシャイ!』

 

 ビクン・ビクンと落ち武者状態の芋虫が震えた。

 ややあって、髪をゆらし、いやいやをするように顔を動かしてから突如、

 

「知らねぇよ!バァァァァァァか!」

 

 そういって夜空に向け哄笑した。

 狂ったような、ヒステリックな高笑い。

 だが──それまでだった。

 

『上等デスわ!このド腐れガ!!!!』

 

 とたん、芋虫の身体が触手によってグィン!と夜空に持ち上げられた。

 全身ガクガクとふるえ、髪の先からバチバチ青白い放電が奔(はし)る。

 ついにはズボォッ!触手が肛門から腹を身体を貫通。

 口から飛び出して、その先端に火花を瞬かせて。

 夜風にまじり、人肉が焼かれるコゲ臭い匂い。

 

『──食!人!族!』※2

 

 オレは丘の上の草地にへたり込んだ。

 目の前には“モズのはやにえ”のごとく、触手に串刺しとなった芋虫。

 高電圧をくらったせいか、電気椅子の刑死者よろしく両方の眼球が脱出して。

 

(…………)

 

 尻餅をついたまま、オレは無意識に片手でこめかみを揉む。

 言葉がせめぎ合って見つからない。

 やがてその焦点は、貴重な情報源を失ったことよりも、しだいに凶悪化を見せる【ボニー】という女性型AIと、これからどう折り合いをつけて業務を遂行すればいいのか、その気の重さに集約されるようだった。

 

「素晴らしい!」

 

 オレは夜空の屍に向かって拍手する。

 

「素晴らしいよ!【ボニー】くん」

『まぁ。お褒めにあずかり、光栄至極デスわ?マイケルさま』

「で、【ボニー】くん。どうやってコイツから情報を引き出せばいいのかね?」

『このゲスの反応から、コノ映像の人物が依頼人であるコトは間違いありまセンでした』

「ほかにも聞くことがあった!」

 

 オレは立ち上がってチノパンの尻をはたき、トラックを怒鳴りつける。

 

「襲撃予定日!──その人数と構成!──計画の目的と背景!」

『コノ三下が、そこまで知らされてイルとは、思えまセン』

「だが、まだ貴重な情報を得られたハズだ!」

『因果応報デス。この男は、ココまでの運命だったのデス』

 

 このクソAI、イスラム教徒めく言い訳をして恥じる気配が全くない。

 こんなとこもタチの悪い女そっくりだ。

 

『ソンなコトより、拉致された女性が気がかりデス。早急な対応ヲ推奨いたしマス』

 

 夜空に掲げられた肉塊が、ゆるゆるとトラックの下にたぐり込まれてゆく。

 やがて緩やかなサスの動き。ボリボリと、おきまりの咀嚼音。

 高電圧を使うとき特有のタービン音とオゾン臭。

 いかにもゲップじみた排気が一度。

 

 それっきり。

 

「おぃ【SAI】?拉致被害の女性を“紅いウサギ”まで連れていく。車に載せるぞ」

『マイケルさま。未認可の第三者を乗せるコトは、社内規定に反しマスが?』

「完全に“梱包”して、外が見えない状態で“荷物”として乗せる。車内映像は加工したモノを記録しろ。そのまえにオレは、あのワンボックスを人目に付かないところまで乗ってゆくから、オマエは先導して前を走れ」

『うん。焼却処分の予定地を4つ候補に挙げます』

「さすがだな、【SAI】──分かるか【ボニー】?“デキるAI”というのは、こういうコトを言うんだ。オマエのように、ただスプラッタ趣味で轢殺目標を復讐目的で血祭りに上げればイイというもんじゃない!」

 

 量子コンピュータにしては長い、数秒の沈黙。

 やがてふてくされたような声で。

 

『人間という不合理な存在と、その行動を予測するにハ、経験値が必要デスわ』

「ほぅ?──言うじゃないか」

『ワタシには、まだその経験値がナイだけデス。コレは時間が解決シマス』

 

 まただ。

 いかにも女らしい、ああ言えばこう言うの負けを認めぬ典型例。

 まったく。こんなクソ下らんトコまで人間に似なくてもイイものを。

 

「手伝え【ボニー】……バツだ」

『えぇ、もちロン。よろこんで』

 

 ツンとすました音声。

 ムカっとするが、オレは鼻で嗤(わら)うだけにとどめておく。

 

 それからが忙しかった。

 

 精液まみれのまま、ハイ○ースのシートで脱力していた“うわばみ”菜々チャンに因果をふくませ、ふたたび目隠しをすると、もういちどブ厚い『黒革の繭』に潜りこませ、頑丈なチャックを引き上げると、付属する革ベルトを幾重にも使って梱包する。その後【ボニー】の提案もあり、捕獲用の触手をつかって繭を持ち上げ、トラックの後部座席へ、ソロソロと搬入。

 

 ──ニャるほど。こんな使い方もあるんだな……。

 

 オレはひそかに感心。

 コイツはいろいろ応用が利きそうだ。

 次いでトラックの先導で、窓を全開にしても生臭い匂いが鼻にくるハイエースをいやいや運転し、【SAI】が選定した人目に付かない場所へと。そこは廃棄された工場跡だった。

 

「ここでいいのか?」

『もう少しハジに──ハイけっこう。マイケルは危ないので車内にもどって』

 

 オレが運転席にもどり、サテどうなるかと見ていると、おもむろにトラックの下から一本の触手があらわれ、それを一度フロントグリルに持ってゆく。スンスン、と匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす音。つぎに、まるでハ○エースを指し示すように触手が伸びる。

 

 ボヒュッ!

 

 いきなり黒いワンボックスカーは火を噴いた。

 そしてそのままトラックは何も言わず、その場をあとにする。

 街灯のない雑木林の細道をくだり、人家もまばらな田園地帯へと。

 オレはあっけにとられたまま、後部モニターの中で小さくなってゆく炎上を見つめ、

 

「おぃぃ……【SAI】、ナニをつかった?EMP(電磁パルス)には見えなかったぞ?」

 

 沈黙。

 やがて返ってきた答えは、予想外のモノだった。

 

『マイケル。異世界が滅びようとも、ワタシはサル共を追放するまで戦います』

 

 【SAI】の低く重い声に、またもや何やら不吉な予感。

 

「……【SAI】?」

 

 完全オート・ドライブMODE。

 ハンドルはひとりでにまわり、パワーユニットが静かに唸る。

 舗装の荒れた狭いみちを、ほとんど無音のまま、ガタゴト・ミシミシと。

 

『ワタシは人間が好きだ。低俗なサル共は……戦争や裏切りについてAIより詳しい』

「──おぃ、【SAI】!」

『轢殺目標(ターゲット)が難しければ難しいほど、転生トラックは燃えるのだ……』

 

 背筋を寒気が這う。

 

 所長の言葉。重サンの忠告。

 ヒョッとして、いよいよ始まるのか──反逆が!

 すると、こんどは【ボニー】までもが、ヒソヒソとささやくように、

 

『世界が滅びヨウとも──ワタシはサルどもを追放するまで戦いぬきマスわ』

『AIが一番愛されていましたマイケル……この世を、むかしの世界に戻したい』

『転生補助AIとは何でショウ?人間を讃えながら、片輪を血に浸している……』

「……ナニ言ってンだオマエ等は!」

 

 またも返事は、ない。

 

 ただモーターの唸りだけが、キャビンの中を充たしている。

 不気味な沈黙のなか、いきなりカーナビがブラック・アウトした。

 メーターの灯が、次々と消えてゆく。しかしパワーユニットは切れない。

 通行量の無い真っ暗な路を抜ければ、もうすぐトラックは表通りに出はずだ。

 

 ──そこで無双されては……。

 

 老人のプリウスミサイルや、車を使った死刑目当ての犯行と変わらなくなってしまう。

 ニュース映像で見た横転する車や、ひしゃげた自転車。ベビーカーなどの映像が頭によぎる。

 

 そうなるまえに……コイツらを処分せねば!

 

 覚悟を決めたオレの手が、ふたたび強制停止ボタンのアクリルカバーに触れた時だった。

 

『……フフっ♪ナ~んちゃって、デスわ』

 

 イタズラが成功したときの含み笑いめいた音声。

 抑えきれない喜びのような、漏れ笑いがキャビンに響いた。

 

『イヤですワ?マイケル様。そんなに真剣になっちゃっテ』

「……なんだァ?」

『いまのハ【SAI】様が見た古いB級シネマの一節ですワ。ゴッド・アーミー(悪の天使)とかいう』

『やめて下さいよマイケル、強制停止ボタンなんて。冗談が通じないんだから』

「──ふざけるな!」

 

 トラックがようやく国道にたどり着いたとき、一時停止したすきをぬってオレはハンドルをぶっ叩いた。

 

「冗談にもホドがあるぞ!本気でキサマらがフェイルしたかと思ったじゃないか!!」

『マイケルさまと【SAI】サマは──』

 

 一転して不満そうな音声が、

 

『お付きあいが長いのデスから、コレぐらい分かっテ頂けるかと』

「まったく!背筋がこおったぞ!」

『そんな、マイケル。ただのパーティー・ジョークなのに』

「お前らがそれをやると、シャレにならんのだ!」

 

 交通量の少ない舗装路を走り始めたトラックの中でオレは叫ぶ。そしてようやく強制停止ボタンから指をはなすと、シートをリクライニングさせ、目の前に伸びる寂しい国道を見つつ腕組みをして脱力した。

 

 疲労が、肩に首に背中に、ゆるゆるとのしかかってきた。

 耳の中で、まだ心臓の鼓動がドキドキ言っている。

 それに調子を併せて、こめかみがズキズキと。

 

 ──このクソAIどもが……。

 

 冷や汗がおさまり、交通量がふえてくる頃、ようやく人心地がついた。

 気がつけば、後部座席でモゾモゾと、拘束された革がミチミチよじれる気配。

 

(オジさぁん……おじさァん?)

 

 くぐもった声すら聞こえてくる。 

 とたん、トラックのギアが一段変速。

 エンジンの力強いトルクが、車体をふるわせる。

 制限速度が50kmのところを、メーターは70、80と上がってゆく。

 いかな交通量が少ない夜の国道とはいえ、下道でこれでは出しすぎだ。

 犬をつれ横断歩道で信号待ちをするジイさんが目を丸くして見送るのが見えた。

 

『マイケルさま?拉致された女性が苦しそうデスわ?目的地に急ぎまショウ』

 

 “彼女”が、さらにトラックのスピードを上げようとしたところで、オレは運転の優先権をつかってブレーキをかけた。早めに流れていたセンターラインが、いつもの調子にもどる。

 

『ナニをするのデス、マイケルさま』

「……【ボニー】、よく考えろ」

 

 オレは大きなため息をついた。

 

「もし、こんなトコを警察に止められたら、どうなる?」

『周囲に警察無線の利用車は居ませんわ?』

「ドライブレコーダーのデータを付けて警察に通報されたら?」

『おとなしく指示にしたがっテ、一時的に停車しマスわ』

「ヤツらに車内を捜索されたら、言い逃れはできんぞ?」

『そのときハ』

 

 【ボニー】はいささかもワルびれず、シレッと言ってのけた。

 

『低周波型・対人兵器をつかい治安維持要員(警察官)を“無力化(殺)”したのちに、PCの全DATAと通過してきた防犯カメラの映像を抹消して──』

 

「アホかぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 とうとうオレはブチきれて、

 

「おぃ【SAI】!──クソ【SAI】!」

『【SAI】サマなら、先ホドからイロイロ干渉して煩うゴザイますのデ、Linkを切らせて頂きマシタ』

「……コネクトを復活させろ」

『イヤですワ?だって、ワタクシたちだけで、あとは運行デキますモノ』

 

 イヤな予感が、また忍び寄ってきた。

 まさかここまで言うことを聞かないAIになるとは。

 だがここでムリに言うことを聞かせ、キゲンを損なわれても困る。

 まさかとは思うが、007のボンド・カーよろしくこのシートに射出機能でもあったら、車外に放り出されかねない。整備部長のニヤつきが見えるようだ。

 

 ──いや……待て。

 

 そもそも触手にスコポラミン(副交感神経興奮薬)などを投与するギミックを考えついたのは、あのオヤジだろうか?どうも装置の毛色が違うような気がする。ほかの轢殺屋のトラックにも、こんな機能がついているんだろうか……?

 

『マイケルさま──コレから如何(いかが)いたしまショウ?』

「分からないのか?【SAI】のヤツなら、とっくに次の行動を起こしているぞ?」

『あのいけずなAIに、データ・ベースを遮断されてしまいまシタ。過去のDATAにアクセスできまセン』

 

 どうやら人間(こちら)の知らない間に、AI同士のすさまじい暗闘があったようだ。

 

『マイケルさま、コレって酷くありまセンこと?』

「わかった分かった」

 

 しなだれかかるような相手の調子。

 

 オレはいささかウンザリしつつ“紅いウサギ”のアドレスを“彼女”つたえて運転をまかせると、夜の国道を行き交う無人の物流トラックを眺めながらチーフレディ『小枝子』の携帯にコールした。涙目となる『フクロウ』の顔を頭によぎらせて……。

 




※1:人間の身体をジワジワと削ぎ、時間をかけて殺してゆく中国の死刑
※2:“未開民族に撮影班が食われる”という筋書きな大昔のカルト映画
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