※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第63話:『小男』の懊悩(おうのう)(Ⅱ)

 

 『小枝子』を経由して、美香子の解毒処置をした女医と連絡がつく。

 彼女から指定されたのは、“紅いウサギ”からすこし離れた雑居ビルだった。

 

 人通りのない、せまい裏道。

 まばらな街灯にうかぶアスファルトの荒れた路面。

 スタバの空きコップや電子タバコのカートリッジがあちこち散乱する情景。

 その裏道にある指定されたビルの前へ、トラックを静かに、用心深く横づけにする。

 一階部分は、柱で支えられた駐車場がわりのひろい空間。そこに白のメルセデスが一台。

 

「ボヤッとするな【ボニー】!」

 

 イライラとオレは、ささやき声で小さく怒鳴った。

 

「あのメルセデスをサーチ!」

『メルセデス・ベンツ・Sクラス/自動運転タイプ・走行距離──』

「そうじゃない!中に人は?」

『無人デス──あぁ、そういうことデスか。モーター、及びタイヤ温度から換算して、過去8時間の走行形跡ありまセン。レーザーと接地面のひずみ計測から98%の確率で防弾仕様。シート面のゆがみから──』

「……もういい」

 

 まだまだ“ツカえない”AIだ。

 ため息とともにビルの壁面から突き出る、雑多な看板を見あげれば……。

 風俗街にはおよそ縁とおいと思われる「農耕機具」や「仏具・骨董」などの文字。

 それらが照明もネオンにも飾られないまま、まるでうらぶれた雰囲気をかもすがごとく、わずかな街灯にうかんでいる。

 

 ──あの『小男』のことだ……。

 

 ひょっとしてこれらは全部、ダミーの商標じゃないのか。“ウサギ”の財力なら、この風俗街のよどみめいた路地に建つ廃墟のような雑居ビル全体を買い取り、それこそ“さまざまな用途”に利用している可能性は、高い。

 

『……いかが致しまシタ?マイケルさま』

 

 【ボニー】が、しおしおとしたションボリ声で、

 

『ワタくし──またナニか、ミスをしたのでショウか?』

「なんでもない。大丈夫だ、ありがとう」

 

 と、見たことのある“兄ィたち”が、空のストレッチャーを囲み、高床式となった1階駐車場奥からガラガラと姿をあらわすのがサイドウィンドーごしに見えた。

 

 ガタイのいい、短髪ムキムキの野郎たち。

 久しぶりに会う『小男』の親衛隊とも言える用心棒たちだ。

 パーキング・ブレーキをギッ!と引き、エンジンを切る。そして警戒モードをON。

 

「いいか【ボニー】?周辺の警戒、おこたるな。オマエが頼りなんだ──たのんだぞ」

『りょうかイしまシタ!マイケルさま』

 

 すこしばかり元気を取りもどした“彼女”がこたえる。

 

「おまえェ……そのヘンなイントネーションの日本語。なんとかならんのか」

『アラ。お気に召しませんデスか?』

「なにか理由でもあるのか?」

『い(・)い(・)オ(・)ン(・)ナ(・)を演じているつもりなのデスけど』

「……まぁイイ」

 

 オレは運転席からヨッコラセと降りる。

 とたんにムワッと襲いかかる熱帯夜の蒸し暑さ。

 歓楽街の焼き物まじりな湿気と、横道の饐(す)えた臭い。

 するとコチラの顔を見た兄ィたちが、すぐに喜色をうかべて、

 

「──お疲れサマです!」

「──しゃぁッ!お疲れさまデス!」

 エアコンの室外機が、あちこちでウナる深夜のかたすみ。

 胸もとをくつろげたマッチョマンたちが、まるで“お勤め帰り”を迎えるようにいっせいに頭を下げる光景は、見るだけで不快指数が爆上がりになる。ポケットから出したハンカチでこめかみの汗を拭いていると、そこへビルの奥から白衣の女医が寝不足めいた顔つきであらわれた。ボロボロの化粧が、前回会ったときより幾分老けているように感じさせる。

 

「ナンだねぇ……またウチの“仔ウサギ”を、助けてくれたって?」

 

 脂っ気のない白髪を神経質そうな細い手が掻きあげた。

 

「なんでも暴行されてたそうじゃないか」

「えぇ、助け出して、後部座席に載せてきました」

 

 なんだってェ!?とリーダーらしき兄ィが

 

「ドコのどいつだ!そんな太ぇコトする野郎は!」

「ブッ殺して処分したるでェ!」

 

 まぁまぁとオレは息巻く連中を制し、運転席のうしろのドアを示して、

 

「いちおう、コチラにも秘密があるので、目隠しをして革袋に入れてマス」

「はぁ?革袋だって?なんだいソレ」

「それを使って下手人どもが運搬してたんですね。拘束用の、ブ厚い頑丈なフクロです」

 

 女医の目配せで“兄ィ”たちは運転席後部を開ける。

 そしてジムで鍛えているらしい屈強な何本もの腕が、黒革の袋に付いたハンドルやベルトをつかみ、それでもいくぶん重そうにしてストレッチャーの上へユサリ、横たえた。

 

 女医がヒールをならしてストレッチャーに歩み寄り──ザッ!

 まるで革袋を斬り裂くいきおいで、ゴツいチャックを引き開けた。

 

 とたん。鞣(なめ)した革の臭いと女の愛液の匂いが濃厚に混ざり合った気配。

 せまい横道のかび臭いにおいを圧し、夜の熱い空気の中にながれ出る。

 

「やだ!女クサい」

「ちょっとォ、大丈夫なのォ?」

 

 “ネコ役”とみえる野太いオネェ声が2人、拘束用革袋の中身をのぞきこむ。

 そこには『ナナ』の肢体(カラダ)が淫靡なボンデージ・ハーネスに要所を縛(いまし)められる姿。

 急に外気にふれたためか、目隠しをされたまま、不安そうに身をヌメヌメとのたうって。

 それでも手首に枷をつけられた腕が、自分の秘所を恥じらいも無く貪欲にまさぐり続けている。

 

「あと──これ」

 

 オレはハイエ○スのなかで見つけたアンプルを女医に差しだし、

 

「おそらくクスリ打たれてます。目に付いたアンプル拾ってきたんで」

「クスリって……これ、覚醒剤じゃないか!本数多くないといいケド」

「野郎ォ、ただじゃおかねぇ!」

 

 スペイン外人部隊のように、はだけた襟元から胸毛と金ネックレスを光らせる“タチ役”らしき兄ィのひとりが息巻いた。

 

「ウチの子飼いの“ウサちゃん”を!仇(かたき)ィとらにゃ!」

「アニキぃ、どんなヤツでした!?」

「──その必要はない」

 

 オレは落ち着き払って応える。

 だが相手はさらにいきりたち、

 

「んなコトいったって!店(ウチ)のシメシぃつきませんや!」

 

 そうだ!そうだ!と深夜の薄暗がりで、見るからにアブない一団が、さらにヒートアップして、

 

「キッチリ落とし前をつけてやるぜ!」

「そうヨぉ!オンナをなんだと思っているのヨォ!」

「どうせ『連合』のブタどもダぁ。ちったァ痛いめ見せにゃァ」

 

 酒焼けしたダミ声やドスの効いたオネェ口調が入り乱れるなか、

 

「──分からんのか……ん?」

 

 薄暗い路地に蝟集し、熱帯夜のイライラを爆上げする男たちの暑苦しいツラを見渡してオレは、

 

「も(・)う(・)そ(・)の(・)必(・)要(・)は(・)な(・)い(・)、と言ったんだ」

 

 びみょうな一拍。

 次いでハッ、と息をのむ気配。

 

「「「サスガです!アニキぃ!!」」」

 

 爆発するような歓声が上がった。

 例のスペイン外人部隊が、先のとがったワニ革の靴で路地をふみならし

 

「すげぇ、すげェです!“さすアニ”です!」

「アニキぃ!惚れっちまいますぜアニキぃぃぃ!!」

 

 抱きつかんばかりなマッチョマン達から、オレは女医を盾にしてさり気なく逃げる。

 女医のほうもホラホラ!と迷惑そうな顔で男たちにむかい、

 

「早く『ナナ』を処置室に連れてくんだよッ!手おくれになったらお前タチのせいだからね!」

「いやぁん、おまえ“タチ”だなんて。あたしは“ネコ”よ!」

「くだらねぇコト言ってねぇで、さっさと運ぶぞ!じゃアニキぃ──また!」

「あにきィ──したィ!(ありがとうございましたィ)」

「したィ!!!」

 

 異口同音に別れを言い、男たちはガラガラと『ナナ』が載るストレッチャーを押し囲み消えてゆく。

 金属製のドアが閉まる音が、連中の消えていった方から聞こえてきた。

 やけに重々しい、まるでヨーロッパの納骨堂でも鎖すような響きだった。

 

 そのとき。

 

 ビルの谷間に微風が吹いて、暑苦しさがホンのすこしだけやわらぐ。

 中年の女医とオレはなんとなく顔を見合わせ、ホッと息をついた。

 マフラーを外したバイクが一台、リズミカルな排気音をたてて。

 その後を追うように、サイレンが夜の都市をすべっていった。

 

「『ナナ』もウラに行ってから、すっかり変わっちまってねぇ……」

 

 女医は白衣のポケットからラッキー・ストライクを取り出し、ジッポーの金属音を路地の闇に響かせる。

 

「と……言うと?」

 

 フーッ、と白く長い息をはく間の沈黙。

 やがてチッ!と鋭い舌打ちをして、

 

「やたら金を欲しがるようになったのサ……大学を休学してまでシフトをいれて」

 

 ──オトコだ……。

 

 すぐさまオレは悟る。

 そういえば【SAI】のヤツも、

 

『車内のオンナは“置物”──超イケメンのホストにダマされ……』

 

 ……などと言ってなかったか。

 “紅いウサギ”の“ウラ営業”をおそれていた『ナナ』。

 その彼女をもってしても、ウラで金を稼いで貢(みつ)きたくなる“置物(美形)”ホストとは。

 つくづく風俗界は業(ごう)が深いなぁ、とオレはビルの谷底から、星のない夜空を見上げた。

 

「『ナナ』だけじゃない。ウチもいろいろあってねェ。こンところ、ミョウな案配なのサ」

「と──言いますと?」

 

 先生、と声が遠くからかかった。

 花のアップリケが目立つピンクのエプロンをつけた中年女性がビルの奥からあらわれ、

 

「オーナーがお呼びです。お客様をはやくお連れしろ、と」

「おっと、アブない……」

 

 タバコを携帯灰皿でもみ消した女医は、

 

「あやうく店主(ジェンチュ)に聞かれるところだった。さ、トラックはこの下に駐めて」」

「みょうな案配って……なんだか、気になりますねぇ」

「シッ!あとはあ(・)の(・)男(・)にでも聞いとくれ」

 

 *  *  *

 

 女医の案内で、かび臭い雑居ビルのビロティ空間を兄ィたちが消えた場所とは別の方角に進み、やがてあらわれた鉄製の扉にちかづく。すると目の前で扉のロックがはずされた。

 彼女の骨張った手が重そうな扉を開くと、暗かった内部にLED蛍光灯の冷たい白さがポツ、ポツと灯り、殺風景な廊下を照らしだす。

 床と壁の半ばまでは、昭和の古いビルに見るような、グリーンのウレタン塗装。その床には、重量物を搬送したような跡。それもかなり大型だったらしく、廊下を歩いて行くと曲がり角にはコスったようなキズがつき、塗装がはがれて下のコンクリ地が覗いている。なにより廊下には、なにか古いロウソクのような、あるいは香のような臭いがうっすら立ちこめて……。

 

 ──なんだろ……このにおい……。

 

 東南アジアの売春街で娘たちから漂った体臭のような気もするし、東欧の大聖堂で嗅いだ空気のような感じもする。

 

 女医は古びた荷物用エレベータの前に立ち、『モーター故障中』と札が架かった操作ボタンをおすと、ゴゥン!とばかり、鉄板と鉄格子とで2重になった扉が“縦に”ひらいた。次いで彼女は手早く5階のボタンをリズミカルにすばやく連打すると、

 

「さ、アタシはここまで。『ナナ』の面倒もみなきゃ。店主(ジェンチュ)には、体調管理に気をつけろって言っといて」

 

 背中を押され箱のなかに入る。

 えらくふるびた内装を眺め渡していると、「閉」のボタンが外から押されたらしい。

 頑丈そうな2重の扉が上下からせり出し、口の端に微妙な笑みをうかべ小さくバイバイをする女医の姿をさいごに締めだした。

 

 と、いきなりエレベータは下降をはじめ、不意をつかれて思わずよろける。

 壁の表示板を見れば、表示ランプは2階……3階とゆっくり上がってゆくのだが。

 ズシン!と大きく揺れ、④の表示で箱は停止する。

 

 ──地下4階……ってコトか?

 

 エレベータの入り口が歯のようにひらいてゆく。

 目の前には真っ暗な空間が口を開けていた。時間差で頭上のLED蛍光灯が、またもポッ・ポッ・ポッと順をおって灯ってゆき、奥まで長くつづく廊下を浮かび上がらせる。

 

 気をつけろ。

 なんといってもココはあの剣呑な店の“領地”なのだ。

 立ち居ふるまいに神経をとがらせてないと、あっというまに自分も、あの忌まわしいガラス張り調教ブースの向こうに連れて行かれる……そんな気がしている。

 

 蛍光灯の明かりに導かれてしばらく行くとT字型の分岐にでた。

 片方は暗く、片方は灯りがつづいている。

 

 ──これは、やはり「コッチに行け」なんだろうな……。

 

 地下特有の、みょうに頭上からの圧迫感がある気配のなか、相変わらず妙な香の臭いがする空気を進んでゆくと、やがて一つの大扉のまえで通路は行き止まりとなった。

 両開きとなった、高さが優に3mはあろうかという扉。その中央には、饕餮(とうてつ)らしき銀製の幻獣(けもの)がはめ込まれ、黄金(きん)の手鐶(ノッカー)を咥えている……。

 

 ふぅ、と一呼吸。

 

 いつもながら、あの小男に会うのは緊張する。

 どうも銃殺隊の前に立っているような緊張感に気が抜けない。

 覚悟をきめ、獣が口から下げる輪を2度、扉にゆっくり打ち鳴らした。

 

「──おはいりなさい」

 

 頭上の見えないスピーカーから声が降ってきた。

 力のない、かすれたような……しかしそれは確かにあの男の声だ。

 オレは見た目以上に重い扉の片側を、けっこうな力をこめて引き開ける。

 

 ──うっ……。

 

 廊下で嗅いだ臭いが一層強くなった。

 さほど広くもない部屋に入ると、なかは甘ったるい香の臭いが充満していた。

 ふと、ギリシャ正教でに司祭が長いくさりをつけて揺らす“振り香炉”を思い出す。

 

 ──そうか!これは没薬(ミルラ)と乳香の匂いだ!

 

 匂いの記憶は強力だった。

 エーゲ海の波。照りつける太陽。

 毛布で包み、穴のふちに並べられた戦死者の遺体。

 埋葬式で長いあごヒゲをした高齢の司祭が、口の中で聖句をとなえ……。

 

 ──あれは……いつだったか。

 

 『EOKA』という単語がうかんでくるが、それはすぐに男の言葉によってかき消された。

 

「ずいぶんとお見限りでしたな……」

 

 薄暗い部屋を見まわしても、どこに『小男』がいるのか分からない。

 あたりは仏像やイコン(聖像画)、聖具。キリストの磔刑像などが年代も様式もバラバラに並べられ、まるで盗品をあつかう故買屋の倉庫にでも入り込んだようなありさまで。

 

「どちらをご覧になっているのです──こっち……こっち」

 

 照度(ルクス)のないトップライトな灯りに目をこらし、中国や朝鮮のつり目な仏像たちから睨(にら)まれつつ、紫檀(したん)のイスや黒檀(こくたん)の飾り戸棚、象牙の装飾品のすき間に目を泳がせていると、二体の象が交合をおこなう左道仏教像のすき間に、ようやく狡猾そうな瞳が光っているのをみつけた。

 やれやれ、とオレは大げさに驚いてみせてから、

 

「どうしたんです、この辛気くさい部屋は……まるでかくれんぼじゃないですか」

 

 あしもとに気をつけながら、カラス天狗めいた迦楼羅(かるら)像をまわりこむ。

 清朝風の小机にぶつけた脚をさすりながら、ようやく“ウサギ”の主に正対したとき……。

 

 オレは言葉をうしなった。

 

 記憶にある『小男』は、醜怪な顔つきながらも精力に満ち脂ぎった顔つきで、矮躯をりゅうとしたスーツで包み、一部のスキもない身支度だったはずだ。ただし前回(第43話)会ったときには、いくぶん憔悴の感が否めなかったものだが……。

 

 ──それが、どうだよ……。

 

 いま見れば。

 高価(たか)そうなスーツは何日も着続けたものかヨレヨレになり、シャツにはプレスすら当たっていない。ネクタイのノット(結び目)もゆるめられ、タイバーが斜めになっている。身にまとうオーラ(覇気)もうすれ、金壺眼(かなつぼまなこ)の瞳(ひとみ)には炯々(けいけい)たる底光りすら診えないありさま。

 もはや『小小男』どころではない。

 美香子風にいえば『小男』が“チョー『小男』”にでもなってしまったかのよう。

 

 ──いや、アイツはなんて言ったっけ?そうだ『ちびピエロ』か。

 

「アナタは、お元気そうですな……うらやましい」

 

 またもこちらの表情を読んで、目の前の人物は力なく微笑した。

 おかしい。前にはあり得なかった仕草だ。あの自信満々な男が。

 

 冷徹/熱情。繊細/豪放。豺狼/慈愛。知的/獣的。

 

 それらの二律背反をすべて内包し、なおかつ世界に向けて傲岸(ごうがん)をはばからないこの人物が、まるでダシを取られたあとの煮干しのように、干からびてしまっている……。

 

「一体どうしたんです。何があったんですか」

「ま、お座り下され……」

 

 小男は、中国風の小卓をはさんだスツールを力ない手で指し示した。

 相手を伺いながら座ると、ゴッドファーザーの絵面のようにトップライト光源から見る小男の顔には疲労と落胆がありありと見え、痩せ衰えた顔貌(かお)に色濃くうかんでいる。

 

「ドクターの言うとおり“こンところ、ミョウな案配”なのですよ」

 

 女医とのやりとりを口にする小男。

 ビル入り口での会話は聞かれていたのだ。

 するとこの建物は、やはり全体が“紅いウサギ”の手中なのか。

 

「ながらく、その、ご出張がつづいたようですね」

 

 オレは方向を変えて誘導してみる。

 

「ご渡航でも、されていたんですか?」

「いえ、逆に“外から”の客の対応に追われていたのですよ、貴殿(アナタ)」

「たいへんなネゴ(交渉)だったようですね」

「ハ!!大変どころか……」

 

 小男はゼレミー・ブレッド版シャーロックホームズのように腕をいちどひらめかせ、

 

「理不尽──というものでしてナ」

「どんなふうにです?」

「それはいろいろですよ貴殿(アナタ)。しかし、それも信頼に足るアタシの右腕がいたなら、もっと状況は好転するんですがねェ」

 

 ジットリと、粘液質な視線が細められたまぶたの奥から放射される。

 

「なにしろ、信頼にたる人間が少ないのです」

「そっ、そういえば。この香の匂いはなんなんです?」

 

 風向きが変わったのを察し、オレはいそいで話題を転換する。

 

「ミルラ(没薬)と乳香でしょ?コレ」

「おや、さすがにお詳しいですな。これは──」

 

 一瞬、小男は言いよどむ。

 しかし、まァいい聞かせちまえとばかり、

 

「死んだモノに対する、供養ですよ。始(・)末(・)し(・)た(・)者(・)に対する、ね?」

「──ほぅ?」

「ココに並べた骨董品の仏像群も……冥界からのびる怨霊たちの手を防ぐ意味での“結界”を兼ねてマス。この香も、そのためのものですテ」

 

 オレは小男の正気を疑うように相手の顔をのぞきこんだ。

 だが、べつに“キ印”のような気配はうかがえない。

 相手はそれを悟ったか、醜怪な顔をフッとゆがめ、

 

「まぁ、理由は──そのうちお話する機会があるやもしれません。して……本日の御用向きは?我が“歌姫(ティーバ)”からアナタとのアポを、さんざんせっつかれましたぞ?」

 

 ふと視線を感じたので、天井の方に視線を向ける。

 高いところに据えられた、乾漆造(かんしつぞう)と見える奪衣婆(だつえば)らしき塑像。

 古の匠の技術だろうか。それが、みょうに生気のある眼で、こちらを見下ろしていた。

 単刀直入にいいましょう、とオレは事務的に切り出した。

 そして効果を高めるため、すこし間をおいてから、

 

「また──襲撃があります」

 

 小男が眼を閉じた。

 やがて、やや久しい沈黙のあとに、ささやくような声で、

 

「いつごろですか?」

「それは分かりません。ただし──」

「ただし?」

「今回の敵は……前回ほど、たやすくない相手かも知れません」

 

 あの結城という男の飼い狗。

 まさに“戦争の犬”然とした目つき。身ごなし。

 もし、ヤツが指揮をとるなら、こんどは半グレ風情ではなく本職をやとってくるだろう。

 

「なんと言うことだ……またしても……」

 

 ぐったりと小男がイスに寄りかかった。

 

「この店に何が起きているのか、お聞かせ頂けますね?“歌姫(ティーバ)”の保護者として」

「アナタに教わった銀行屋を裏から手を回して処分しましたが……」

「──処分?」

「あぁ、いや、アナタの世界で言うところの“処分”ではありませんぞ?役職を解いて差し上げたのです。いまあの老人はドコにも相手にされず、あわれな無職のはずです」

 

 その哀れな無職の老人は“紅いウサギ”をVIP席で豪遊したのだ。

 退職金を、残りの余生を、すべてブッこんでかかってきているなら大ゴトだ。

 カネにまかせて戦闘員を、装備を、準備したら、この風俗街がガザ地区(紛争地域)になりかねん。

 

「その子飼いに、こんな人間がいます」

 

 オレは内ポケットから携帯を取り出そうとした。

 すると、背後でカチリ。金属音がする。

 えっ?と身をよじるが、諸々の仏像や銅像に囲まれて、イエスを抱く等身大の聖母像が、コチラを上目づかいにジッと見ているばかり。

 その姿勢のまま、ゆっくり携帯を取りだし、小男に向きなおってファイルの中から例の男の画像を宙に浮かべた。

 

「その老人が飼っているこの男が、今回のリーダーだと思われます」

 

 小男の瞳に、見覚えのある底光りが灯った。

 肩から、奇怪な顔から、憎悪めくものがムラムラと燃えさかる。

 

「名前は?いつごろ襲ってくるんでしょうナ?」

「現在調査中。先日は“ウサギ”に来てましたよ?」

「本当に?知りませんぞアタシは」

「ほら。この店の『報連相(ほうれんそう)』がゆるんでいる証拠です。この男の画像も、おたくの監視カメラから切り出したモノですよ」

 

 ぐぬぬ、とあらぬ方向をむいて小男は歯ぎしりする。

 この人物が持つ、本来の気配がもどってきた。

 

「たしかに、報告や連絡、相談は受けとりませんナ」

「VIP席で飼い主と一緒にさんざん豪遊していきましたよ。おそらく下見でしょう」

「それで……『ナナ』を……」

「まさに。彼女を拉致ったのも、この店の情報を聞き出すためかと」

 

 いよいよ火が回って来ましたか、とこの男はつぶやいた。

 

「……なんですって?」

「いや。コチラのはなしです。この店も、さらに守りを固めねばなりません……そうだ」

 

 小男は、フト気づいたように、

 

「そうそう、今日アタシがアポをお受けしたのは──この件もあるのです」

 

 そう言ってプラスチック製の小さなコンテナを小卓の上においた。

 

「なんです?コレ」

「ま、ま、開けてみて下され」

 

 自信満々の笑顔。

 救急箱サイズの黒いコンテナについたノッチをはずし蝶番を支点に持ち上げる。

 すると、中にはくりぬかれたウレタン・マットに一丁の拳銃が、数発の弾丸と共に収まっている。

 

 

 ──なんだこりゃァ、PPKじゃねぇか。

 

 どこかでそんな感覚。

 もはやなじみとなった、アフリカ傭兵隊長の意識だ。

 

 ──しかも現代的な機械作りのステンレス・タイプときた。

 ──ダメなのか?

 ──俺の使っていたヤツと“造り”が違わァ。

 

 手にしてみるが、なるほど違和感しか感じない。

 中途半端な重さとバランス。

 短いグリップ。

 

「ダメですね。モノがちがいます」

 

 えっ?と自信満々な小男の笑みが、ロウソクの炎を吹き消したように。

 

「コイツはPPK。俺が──私がオーダーしたのは“PP”です」

 

 自信を思い切り打ち砕かれて、小男はガラになくしょげ込んだ。

 

「ちがいましたか……店の者に、たのんだのですが。コレでは不可(いけ)ませんか」

「Non,ハナシにならねぇ」

 

 勝手に口が動いてダメだしをする。

 

「|En outre, ce genre de produit bon marché fabriqué à la machine!《しかもこんな機械作りのクソ安出来品を!》」

「……マイケルさん?」

「俺が欲しかったのは1940年以前の生産品だが──まぁ期待するだけムダなのはワかってる。しかしそれにしてもPPKじゃ問題外だ」

 

 こちらの剣幕に驚いていた小男だったが“期待するだけムダ”のくだりでムッとするのが見えた。

 

「よろしい!1940年以前に製造のPPK……じゃない『PP』とやらですな?」

 

 アタシも意地があります、と小男は息巻いた。

 

「海外の伝手(ツテ)をたぐり!【Le lapin Rouge(紅いウサギ)】の名誉にかけて!何としても調達してみせます!」

 

 

 *  *  *

 

 

 深閑とした地中4階。

 年代物な骨董たちに囲まれた奇妙な空間。

 聖像、魔獣に睨まれながら、小男とサシに向かい合う現在。

 これでは以前に思った、竹中英太郎の挿絵そのままの奇怪な情景だ。

 酒も入らない席で、こちらの情報を出し尽くしたとあっては気詰まりなだけ。

 ウッカリすると、また“紅いウサギ”のマネージャーになれ、などと言われかねない。

 

 ──そろそろ潮時か……。

 

 “おいとま”をしようと、腰を浮かしかけた時だった。

 いかにもフト思いついたような仕草で、小男は急に奇妙なことを言い出した。

 

「そうそう、マイケルさん。最近貴殿(アナタ)の周辺で、奇妙なコトが起きとりゃしませんか?」

 

 

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