※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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       〃      (後編

 では当方はこれで……と出かかった言葉は、ノドもとで急停車した。

 代わりにオレは、相手の用品深そうに光る眼を見返しつつ、

 

「奇妙なコト……って。いったい何です」

 

 それがですよ?と小男は、やおら小卓に身をのりだした。

 シャワーすら浴びるヒマがないのか、体の脂とオーデコロンが臭う。

 そして相手は、まるで辺りの聖像や幻獣たちにに聞かれまいとするように声をひそめて、

 

「どうもハッキリしないから、コマるのですテ」

「うぇ……ヤですね、そんな」

 

 自分の話題になると一気に真剣になる。

 きゅうに背中のあたりが、ゾワゾワとしてきた。

 こちらも思わず身をのりだし、なんとか情報を引き出そうと、

 

「どんなネタです?職業がらアブない橋は、いろいろと渡りますが……」

「貴殿(アナタ)、ダレぞの恨みをお買いになったことは、ありませんかナ?」

「そりゃァ、この歳まで生きていれば1人や2人は」

「お仕事で、なにか不具合があったことは?」

「もちろん順風満帆というワケには……」

 

 ふぅぬ、と小男は腕組みをして息をつくと、思わせぶりな目つきで、

 

「いやね?ウチの“下請け”が、貴殿(アナタ)の居場所を探す者に出会ったのですよ」

 

 オレは身を強ばらせる。

 こちらの居場所を知りたがる者。

 すぐに思いあたるのは、昔なじみの“旧友”。

 おサルのジョージ。そして何より、あの糞ドレッド野郎。

 

 ──そういえば……。

 

 前に住んでいた寮の隣部屋に住む兄ちゃんに、オレの行き先を尋問したヤツもいたっけ。やはり下手に答えなくて良かった。まぁもとから正直に話すつもりなどなかったが。しかし相変わらずしつこく嗅ぎ回っているところを見ると、『遠くに引っ越した』というガセを信じてないことになる。あるいは街のどこかで姿を見られたのかも知れない。

 

 この、しつこさと執念ぶかさ。

 あのハーフっぽい面(ツラ)と頑丈そうなガタイ。

 それに魚のように感情をみせない、冥(くら)い瞳を思い出す。

 

 ──そうだ、【SAI】のやつ、あの部屋から街中の防犯カメラにアクセス出来るかな?

 

 そうなればしめたものだ。発見しだい、警報させて先手を打てる。

 言ってみれば自家用の軍事偵察衛星を持っている様なもの──いやそれ以上か。

 

「……いつの、ハナシです?」

「つい数日前、と言っておきましょうか」

「どんなヤツでした?」

「なに、ホンの下っ端の小僧っコでしたが、ウラで糸を引く者がおりますナ」

「武蔵連合がらみ、とか?」

「それもあります……しかし気になるのは、もう一つの勢力でして」

 

 憎たらしいことに小男は、よれたスーツのラペルをひねりながら余裕ぶって、コチラをチラチラと、まるで性悪なネコのように横目で反応をうかがっている。

 

 ──畜生め……。

 

 こいつ。ここでひとつ、コッチ側に貸しをつくるつもりだぞ。

 また“紅いウサギ”の管理職になれと、ふっかけるつもりだろうか。

 

「なんです。ハッキリ言ってください。もう一つの勢力って?」

「それは……貴殿(アナタ)と同様、こちらにも差し障りがありますので、明瞭(ハッキリ)とお答え出来ない無礼をお許しください。実をいうとピストルの件も、そちらの護身を考えてのコトでしてナ」

 

 ──うぅん……。

 

 どうしよう。

 このブッソウな代物。

 もらうだけ、もらっておくか?

 

 ──ヤめとけヤめとけ。

 

 また、アフリカ傭兵隊長の心象(イメージ)が流れてきた。

 このごろは、なにか意識にスンナリと入ってくるようになった。

 そして、もはやオレもそれをいちいち驚かず、当然のように受け入れてる。

 

 ──あんなガラクタ。慣れねぇ銃なんか、うまく射撃(うて)ねぇって。

 

 ──ダメかぃ?

 ──新しい銃に慣れるにゃ、少なくともカートリッジ(実包)をton(トン)単位で撃たなきゃ。

 ──カートリッジ?

 ──Ammunition、Ammo(アモ)、弾薬。

 ──トンって……そんなに?それに練習する場所なんてないぞ?

 ──マ、あったとしても鉄道の鉄橋下とか、そんなシミったれた場所だな。

 

 そうかァ、と思い直す。

 日本社会で慣れない拳銃なんか振り回したって、イイことない。

 コッチにはそれを遙かにしのぐ処刑トラックと、残忍・狡猾なAIがオマケでついてるんだ。

 オレはPPKのスライドを戻し、[Walther]と刻印のあるもとのケースに納めながら、

 

「いえ──やはり勝手知ったる“得物”を待ちたいと思います」

「左様ですか。まったくとんだ不調法を致しまして……」

 

 小男は仕方ないと言うようにケースを取り上げ、わきのほうにポイと放り投げる。

 

(まったく“とんだ失態”ぢゃなぅ……)

 

 ふいに、そんなささやき声がした。

 没薬(ミルラ)の臭いに混じって、涼(すず)やかな香水の気配がただよう。

 ふり向いたとき、重厚なイブニング・ドレスをまとう女性の視線とぶつかった。

 相変わらず高級ラウンジにはおよそ不釣り合いな、水っぽさのカケラもない夏用ドレス。

 凝った黄金(きん)のバックルや、象眼をした白銀(ぎん)のブレスレット。キラキラと輝く布地は、何だろう?

 うす翠(みどり)に染めた艶(ツヤ)やかな髪。ただし今日は真珠のチェーンで結い上げられてはおらず、まるで滝のように腰まで流れている。しかし、冽(つめ)たい眼差しと、全身からただよう理由不明の威圧感だけは相変わらずだった。

 オレはその圧力を振り払おうとして、わざと気安く、

 

「あぁ、『レイカ』さん──どうしてココに?」

 

 

 このとき視野のすみでギョッとする小男の表情に気づいた。

 なにか獣が予想外の現象に出会い、エサも食いかけのまま呆然とするように。

 オレは小男の反応を、目のはしでそれとなく監視。『レイカ』に対しては、なるたけ磊落(らいらく)さを装って、

 

「なんです?まさかこの奇妙な広間も、貴女のテリトリーとか?」

 

 美女の苦笑。

 それすらも麗しく雅やかだった。

 彼女は近くに置かれた鬟髷(みずらまげ)の童子像をなでつつ、

 

「真逆(まさか)。このような不吉な場所を。じつのところ知らせを受けてなぅ……」

 

 不吉?とこちらが首をかしげるヒマもなく、彼女は悠揚(ゆうよう)迫らぬ足どりで古色蒼然たる聖像・魔獣の間をぬい。オレのほうに近づくと、

 

「親愛なる我が騎士が参ったとあっては──妾も顔を出さずばなるまいて」

 

 小男のソワソワとした身振り。

 薄暗く辛気くさい部屋でもわかるほど、露骨に顔色を変える。

 

「ゲイカ!いや──『レイカ』どの。マイケルさんとは、すでにお馴染みで?」

「先日、警護がこ(・)の(・)者(・)に狼藉をはたらきし折り、偶然(たまたま)通りかかったものでな」

「アタシは知らされておりませんな……」

 

 小男の仏頂面に、ホラな?とオレは冷やかしの勢いで、

 

「報告。連絡。相談。情報のやりとりがグズグズじゃないか。いま攻められたら」

「この──悖徳(はいとく)の──妖館(やかた)は──ひとたまりも──ない……なぅ?」

 

 あとを引き取った『レイカ』が、イスに座るオレにし(・)な(・)だ(・)れ(・)かかってきた。

 

 ──えっ………。

 

 控えめに言って驚きだった。

 男に媚びる廉っぽい仕草など、この麗人にはおよそ似つかわしくない。

 彼女は、テーブルを挟んで座る矮人(こびと)に、まるで見せつけるような所作(しぐさ)を繰りかえす。

 小男の方はといえば、面白く無さそうにソッポを向きつつ、チラチラと。

 落ち着かなそうに、ヨレた身なりを直そうと無駄な努力をしている。

 やがて、歪んだくちびるを尖らせ、ブッスリとした口ぶりで、

 

「しかし、ゲイ……『レイカ』どの。斯様(かよう)な場所に護衛(とも)もつけず御来臨とは、如何(いかが)なものかと」

「頼りがいのある騎士どのがお(・)は(・)す(・)のぢゃ……不都合あるまい」

「騎士どの?マイケルさんのコトですか?」

「余人(ほか)に誰(たれ)あろうぞ──癡(たは)け」

 

 このときの小男の顔と来たら、まったくの見物だった。

 青銅、乾漆、銅像、諸々の古物に囲まれる部屋で、青ざめ、また赤黒く。多様に変化する。

 

「たわk……って、そんなあんまり……その……ヒドぃ」

 

 フッ、と『レイカ』が今度は冷ややかに微笑する気配。

 

「案ずるな。それに警護ならつけてをる──『魔(ま)ほと』!」

 

 えっ!とオレは彼女の視線の先をふり向いた。

 

 呼びかけに応え、この見棄てられた地下神殿めく空間に入ってきた女。

 ピアスが飾る股間や胸を、淫らな薄物で覆い隠しただけの容(すがた)。

 アラビアの踊り子めく後宮(ハーレム)パンツに、口もとをおおう面紗(フェイス・ベール)。

 うす蒼く染められた銀髪には、黄金(きん)のティアラを戴いて。

 鎖のついた赤革の枷を手足に。そして同じ色の首輪を。

 右に、左に。聖像や魔獣の像を避け、すり抜ける。

 まるでネコのように柔らかな身ごなしで。

 

 精鋭読者の諸兄なら、当然ご記憶のことだろう。

 以前、SM風味な“人間ダイニング・ワゴン”に擬されていた人物だ。

 容貌(かお)が見えるまで近づいたとき、

 

 ──う……。

 

 最初見たときより、雰囲気はずいぶんと変えられていた。

 どこかの協同組合の出納(すいとう)係といった地味なイメージは、もはや微塵もない。

 ダボッとして足首で締められるピンク色のパンツ。

 薄手なそれを透かした奥に、キワどい紫色のショーツ。

 股間と尻には、アヤしげな円筒形の盛り上がりを見せて。

 

 そしてピンク色のうすい面紗(フェイス・ベール)を装わされていても判かる。

 

 洗練された化粧。

 長いまつげと切れ長の眼。

 おしゃぶりが巧そうなくちもと。

 アンバランスな乳房は、ひとめで改変施術とみえた。

 淫らなドレスをまとい、高価(たか)そうな装身具をつける容(すがた)。

 公僕にして潜入捜査官。今はこの店の備品となりはてた元・銭高警部補の助手。

 彼女もまた、この妖しい店の毒気にあてられて、もはや永久に変えられてしまったのだ。

 『サッチー』と言う名すら、いまは屈辱的にも『魔(ま)ほと』──つまり“魔のマンコ”という源氏名(げんじな)をつけられ、チーフ・レディたちに愛玩される存在。

 

 さりげなく『魔ほと』から顔をそらすと、オレは声を変えて、

 

「いったんこの女を、部屋の外に出してもらえますかね」

「なんと?貴殿(アナタ)、この懲罰用スレイブ・ドール(奴婢人形)に、なにかお気に召さない点でも?」

 

 説明をしようとしても、本人が目の前に居るのではできない。

 すると、こちらが困っているのを見透かしたのか、

 

「『魔ほと』や?外でお控えな」

 

 涼やかな『レイカ』の下知に、一揖(いちゆう)する衣擦(きぬず)れの気配。

 コツコツと遠ざかってゆくヒールの跫(あしおと)。 

 シャリシャリ鳴る妖しげな鎖の音色。

 

 扉が少しばかり音高く鎖されたのを機に、小男はさて?というようにヒョイと眉毛を上げる。

 もう彼女の素性がバレているのは分かっている。

 ここはいかにも重要な情報を知らせるようなフリで、小男に貸しを作ってもいいだろう。

 

「ご存じないんですか、店主(オーナー)」

 

 オレはテーブルに身を乗り出した。

 

「なにをです?」

「あの女……当方の目に狂いがなければ……女刑事ですよ?」

 

 ふふっ、と小男の目に嗤いめいたものが奔(はし)った。

 

「なぁんだ──そんなコトですか」

 

 小男の目くばせに『レイカ』が冷ややかな流し目をするのがチラッと見えた。

 そんなコト?とオレは過剰演技に気をつけながら驚いてみせる。

 

「まさか……ご存じだった?」

「弊店を、アマく見てもらっては、いささか心外ですな」

「警官を!治安を維持する要員を……貴店のセックス・人形に!?」

 

 小男の上から目線が戻ってきた。

 よれたスーツを弄るのをやめ、椅子によりかかり、

 

「以前、当店は警察の手入れを受けたことがありましてな。本来なら、そこで一巻の終わりとなるところでしたが……警察内にもツテがありまして。手入れの前に内偵の動きを察知した当方は、ウカウカとあの女がフロア・レディに応募してきたところを捕らえたのですよ。まさに飛んで火に入るなんとやら、ですテ」

「それじゃ彼女が貴店にちかづく前から……」

 

 ガラスがはめ込まれた馴致ブース。

 その中で繰り広げられた彼女に対する容赦のない責め。

 あの調教水族館ともいえる、幻想的な光景が強烈に思い出された。

 

「申し伝えたハズですぞ?」

 

 小男はイタズラっぽい眼差しで、立てた人差し指をゆらし、こちらに念押しするように、

 

「弊店は、善良な女性たちの幸せのために存在するのだと。ただそれだけが存在意義だと。ただし!信義を裏切った女(もの)、悖徳(はいとく)の罪を犯した女(もの)、ましてや──」

 

 目のまえの相手は『魔ほと』が歩み去った入り口のほうを一瞥(いちべつ)し、

 

「弊店に潜入し、情報を得て、警察の手引きをするような女(もの)には、容赦はせんのです!」

 

 冷たく燃えるような小男の激情がよみがえった。

 初めて“紅いウサギ”で出会ったときの、威圧感と殺気。

 暗がりで見るエタノールの炎めくものが、背中からムラムラと煮え立つ……。

 

 ──氷のような冷徹さと鉄の意志は「いまだ衰えず」か。

 

 さもありなん。

 

 多少の困難で打ちひしがれるようでは、法律を鼻で笑い飛ばすような、この戦前めいたべらぼうなサロンは、とうてい成し得なかったろう。

 オレは淫らなドレスを纏わされているにも関わらず、恥ずかしいところを薄物のみに包んで無表情だった元刑事である彼女の顔を思い浮かべながら、

 

「そのぅ……もうあの女刑事は……洗脳ずみなんですか?」

「いえいえ。薬物や強制洗脳、あるいは脳髄手術を行うまでもありませんでした」

「と、おっしゃると?」

「あの女は“恥辱”と“快楽”そして“因果”によって堕ちたのですテ」

 

 “ 因 果 ”

 

 小男が、そう言ったとき。

 『レイカ』の頬に一度、あるか無きかの痙攣が奔(はし)った。

 だが、それは一滴のしずくが葉を揺らしたようにすぐ収まり、あとには何の余韻もない。

 

「いずれにせよ、もうあの下賤(げせん)な狗(イヌ)は、アタシたちの手のウチです」

「フフッ……それはいかがなものであろう……婦女子(をんな)は執念深し」

 

 このとき、『レイカ』はまたも、陰にふくんだ嗤いをみせた。

 小男の余裕に対し、オレはまたも声をひそめ、

 

「実は、あの女。ある執念深い警部補の手駒だった女(ヤツ)でして」

「……ほぅ?」

「面(メン)を知られるのは……あとのコトを考えると、ちょっと」

 

 左様(そう)であるか、と嫣然(えんぜん)。『レイカ』は落ちつきはらって応えた。

 そして腰にまく帯革(たいかく)から抜き出した羽扇(おうぎ)で微笑をかくし、その瞳に妖しげな輝きを宿しながら、

 

「然(しか)らば今宵(こよい)、妾の広間で。ささ(酒)を酌(く)んで相対し、東雲(夜明け)となるまで語り、睦(むつ)み合おうぞ?」

 

 今度こそ小男の顔が赤黒く憤怒に染まった。

 生ける鬼瓦、とでも言う表現がぴったりなほど。

 夜中に見たら子供が泣くぐらいの恐ろしい迫力である。

 

「マイケルさん。今夜は、たしかまだお仕事が残っていたのでは?」

「へ?」

 

 オレは目を白黒させるが、小男はそれに構うことなく、

 

「ほら──これから御社で打ち合わせと、仰ってたではありませんか」

 

 いやですネェ。お忘れになっては、と満面な『ニ”ッ”コ”リ”』の笑み。

 まるで“特級呪物”のいわくつき像めいて、全身から禍々(まがまが)しい邪気を発している。

 それが薄暗い広間でトップライトに顔の陰影を強調するから小便チビるほど怖(お)ッかない。

 

 バンバン!

 

 小男が、薄闇にカフスボタンを煌(キラ)めかせながら手を叩く。

 小さな手のわりには、この古色蒼然たる広間によく響いた。するとふたたび“魔マンコ”がシズシズとしなやかな身ごなしで広間へと現れ、小男の足もとに片膝つくや恭順のしるしに平伏した。

 ティアラが飾る薄蒼い銀髪が燦(キラ)めき、そこからV字に額の大ぶりな宝石へとさがるチェーン。薄物ごしに見える肢体(からだ)は膏(あぶら)をぬったようにテラテラと、まるでホンモノの人形のように。

 

「さ!『魔ホト』!!マイケル──さんを──出口まで──エスコート──なさい!」

 

 有無を言わさぬ語勢と圧力。

 食いしばった綺麗な歯ならびの間からシュッシュッと一言、一言。

 立ち上がった鬼瓦は、大小の像が所せましとひしめく広間の出口を指し示した。

 “魔マンコ”ことサッチーはオレの顔を一瞥して柳眉をピクリと動かすが、優美に膝を起こし、

 

「然ればマイケルさま。どうぞ──こちらへ」

 

 冷たく品のあるビジネスライクな声。

 サッチーは優美に一揖しつつ、出口にむかい腕を差し延べる。そこには、もはや警察官の堅苦しさはなかった。ただただ、高級娼婦のように艶然、また婉然。泰然、そして自若たる雅やかなものごしの婦が居るだけだった。

 

「あじけなし。致し方ないのぅ……」

 

 そう言いつつ、『レイカ』は扇の陰から小男をにらみつけるかのよう。

 と──どうしたことか……。

 こんどは小男が、鬼瓦めく表情(かお)を引っこめ、まるで小動物のようなキョドりをみせる。

 

「それではのぅ──マイケルどの」

 

 『レイカ』は小男に冷たい視線をそそいだまま、身振りだけでシッシッ、とオレを追い払うように、まるで用済みの奴婢のように下がらせる素振り。なんだ?今までの丁寧なもてなしぶりは、いったいどういうコトだったんだろう。

 あっけに取られ、それでもオレは“魔マンコ”にうながされるまま、この古色蒼然たる陰鬱な広間をあとにする。

 

 後宮(ハーレム)パンツにつつまれた尻を振りたてて、『レイカ』は薄暗いLED蛍光灯が点々とならぶ長い廊下を、エレベーターホールの方に向かって蠱惑的に歩みゆく。今回は例の『サロメ』嬢のように、肢体に鳴り物を付けていないので、手足の枷にはめられたチェーンが鳴るだけで静かなものだ。細腰をひねらせ、モンローウォークで前を歩く彼女のアラビアン・ナイト風なパンツの薄物越しに、尻の合わせ目から肛門を犯す大ぶりなアナル・プラグがチラ見されるのが目の毒ではあったが。

 

 その時だった。

 『魔ほと』に改変された哀れな女はポツリ、一言。

 

「銭高警部補は……相変わらずでしょうか」

 

 うっ、と思わず息が詰まった。

 『魔ほと』にされたとはいえ、刑事の本能は、未だ健在というわけだ。

 「見立て捜査」の訓練でも受けていたのだろうか。 やはりオレの面は“ワレ”ていた。

 両側に扉すらない殺風景な通路で、彼女の尻を眺めつつオレは冷や汗で逡巡する。

 

 ──ごまかそうか……どうしようか……。

 

 こちらが迷う間もなく、彼女は二の矢を放った。

 

「警部補は、あなたをアウッ!──失礼致しました」

「えッ。どうされました?」

 

 きゅうに痙攣したように激しく身をよじる彼女。

 何事かと、その背中にオレは驚いて問いかけた。

 

「……何でもありません。この履き物が、まだ少しなれぬものですから……」

 

 彼女の足もとをみると、足枷のついた金色のヒールを履いている。

 その靴も宝石で要所を飾る、華奢だが仰々しい代物だ。

 これも愛玩人形の衣装のひとつなのか。

 

「靴ずれですわ。血がにじみますの」

「それは……」

「血といえば、お客様も同じ……警部補がお客様のお写真を見て『コイツは血の臭いがする』と」

 

 銭高警部補の、あのゴロワーズくさいケツアゴが記憶のなかでアップになった。

 おどろくほど執念深い猟犬。昔気質(かたぎ)の捜査の鬼。

 

「オレ──いや、自分がですか?」

 

 心外な、と半分マジでオレは反発する。

 だが、ミッチーだった女は“上品な冷ややかさ”で、

 

「トラック・ドライバーだと言ってるが、その実ウラ稼業の気配がしてならない、と申しておりました」

 

 ふざけるな、畜生め。

 これでもまだビジネスマンの矜持は持っているつもりだ。

 心まで殺し屋に──轢殺屋になった覚えはない。そこまで“殺したがり屋”じゃない。

 

「まさか!一介の運送屋ですよ、わたしは」

「では、お客様は?いったい何を運送していらっしゃるのでしょう」

 

 営業マン時代、見積原価内訳書の内容を突っ込まれたときに鍛えられたとっさの機転を生かし、ひるむこと無く立て板に水で、

 

「そりゃ、このご時世。えり好みは出来ませんからね。いろいろな物ですよ?そしてなるべく利益率の高いものを選んでいますね。精密機器。展覧会の美術品。一品ものの大型機材……」

 

 あるいは……と、この愛玩人形は足をとめた。

 そしてふりむくと、額を飾る大ぶりな赤い貴石をキラリ、光らせ落ちつきはらって、

 

「人間の、魂……とか」

 

 

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