※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第64話:婦(をんな)たちの事情(後編

 

        *  *  *

 

 

 その声の主(ヌシ)はね?すぐに分かったんですよ。

 「M」さん……仮に『魔ほと』さん、とでもシテおきましょうか。

 でも──さっきまでの声とはね?ちがう!あきらかにチガうんですよ!

 

 オカしいんだ!

 尋常じゃないんだ!

 だってそうでしょ?

 

 かりにもですよ?女刑事だったヒトが!

 意味不明な叫びをアゲながら、まっすぐな廊下の奥の奥。

 遠近法でいうところの薄暗い消失点から、こちらに向かってくる気配!

 不気味な声が、ドンドンドンドン!大きくなってくる、近づいてくるんですよ!

 やだな~こわいな~、なんて姿が現れるまで廊下の奥を見ている余裕なんかないんだ! 

 

 AIサンもね?コネクトクト用・イヤホンの中で、

 

『マイケルちゃぁ~~ん、シャレになっテないデスよぉぉ~~』

 

 ……なんて、震え声で。

 自分はバタバタバタぁッ!

 半ば腰を抜かして通路を駆けだし、やがて見覚えのある鉄製の扉へ!

 バン!ガチャン!

 扉にぶつかると、取っ手を下げて、鉄製のそれを押し開けようとする!

 ところがこの扉!団地の出入り口サイズのクセに開けるときやたら力がいるんだ!!

 

 イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"……ッッッ!

 

 渾身の力で扉を軋(キシ)ませながら動かしていく。

 後ろからドンドン近づく“この世のモノとも思えない”笑い声。

 すき間からすり抜け、どうにか外へ出るとクルリ!回って扉を閉める!

 すると、今度はバネ仕掛けのように扉は閉じ、ガチャン!ロックが自動でかかる音。

 

 つぎの瞬間!

 

 バン!バン!バン!バン!

 

 ……そして鉄製のとびらの向こうから、

 

(白い精液(スペルマ)やろうか~~赤い精液(スペルマ)やろか~~)

 

 女のモノともおもえない、不気味な声が響いてきたんだ。

 

(あけてぇぇぇ……あけてぇぇぇ……)

 

 ──開けちゃイケない!

 

(あけてぇぇぇ……あけてぇぇぇ……)

 

 ──開けちゃイケない!

 

 そうこうしている内に、扉の向こうで騒ぎが起こった。

 ガィンッ!──ガィンッ!──ガィンッ!

 ロックをガタつかせて、なにかが扉に何度も激しくぶち当たる衝撃。

 パァン!──パシィイイインッ!!

 柔らかい肉が平手打ちされるような甲高い音。

 

(ヒィィィィィィ…………ッッッッ………!!!!!)

(イ"ィィィィィィ…………ッッッッ………!!!!!)

 

 で…………それっきり。

 

 扉の向こうで、ゴソゴソとモノが擦れる音。

 やがて、ガラガラと台車の音を立て、ひとの気配が複数。遠ざかってゆく雰囲気……。

 何だったんでしょうねぇ~~~いったい。

 

 これはそんな夏の夜の……恐ろし~ぃお話です……。

 

        *  *  *

 

 熱帯夜の空気が感じられるようになった。

 脂汗とも冷や汗ともつかぬものが、首筋に、胸に、ジットリまとわりついて。

 

 ──おわった……のか?

 

 アゴにつたう汗をはらい、ホッと息をつく。

 いまだ鉄の扉をニラみつけるオレに、イヤホンから【ボニー】の声が、

 

『お疲れでしたマイケルさま。なんか……コワかったデスね』

「まぁ……ゾッとしなかったのは、確かだ」

『ジェネレーター始動。車体をソチラに動かしマス。許可を』

「まて!」

 

 まだカメラで監視されてるだろう。

 こちらの手のウチを|晒|すのは、避けたかった。

 

「しばらく歩いて外の空気を吸いたい……その場で待機」

『了解シマシタ』

 

 ショックの余韻(よいん)か、なんとなく吐きっぽい。

 あのホラー映画ばりの圧力が現実に襲ってきたのだ。

 サッチー、いや『魔ホト』が包丁でも持ってたらヤバかった。

 なんとなく饐えた酒とゲロの臭いがただよう、繁華街の暑い空気。

 それでも、あの没薬(ミルラ)の匂いが満ちる廊下の空気に比べたらナンボかマシだ。

 ピロティに駐まっていた白い豪勢なメルセデスは、いつのまにか姿が見えない。

 腕時計の夜行文字は、もう必要なかった。空がもう黒から青へとかわりつつあるのだ。

 

 ──今回も生き残ったか……。

 

 大きく深呼吸して、あの忌々(いまいま)しい没薬(ミルラ)の気配を肺から洗いながす。

 ホッとするとあの心象が、またアタマをよぎる。

 

 アフリカの払暁作戦を生き延び、兵員輸送車にピックアップされる帰り道。

 あるいは騎馬での夜襲を成功させ、朝日を浴びながら死者と負傷者を収容する集合地点。

 オレ自身が経験したことのない修羅場の記憶が、とぎれとぎれに、かつ鮮明(ハッキリ)と浮かんでくる。

 

 ホッとして緊張がとかれ、血の循環(めぐり)が良くなったのか。

 あるいは、あのムカつく没薬に、何かしらの成分が含まれてたのか。

 前頭葉に風が通るごとくアタマが回るようになってきた。

 

 ──いまなら分かる……。

 

 『魔ホト』との会話はモニターされていたんだろう。店にとって不都合なコトを彼女が言おうとするたび、彼女は罰をうけていたのだ。肉の焦げる匂い……あれは電撃ショックの証だろう。きゅうに相手が色情狂のようになったのも、アナルや性器に挿入された卑猥な器具から、媚薬めいたクスリが放出される仕組みになってたに違いない。『美月』が、おフザケで着ていたバニー型の“拘束服6号”に装着されるディルドーやアナルプラグと同じ仕組みだ。

 

 ──まてよ……?

 

 『レイカ』と朝まで呑もうとなりかけたとき、鬼瓦みたいになった小男の顔。

 ありもしない予定をデッチあげられ、あの辛気(しんき)くさい部屋から追い払われたひと幕。

 彼女とヤツについて『魔ホト』が何か言おうとしたときの、懲罰的ともいえる非情な電撃。

 

 ──まさか……ヒョッとして、小男は……。

 

 その時、いきなり安っぽい警笛に神経を逆なでされる。

 

 新聞配達のバイクがギリギリでオレのワキをすり抜け、モーターを唸らせカッとんでゆく。

 近くの街灯から、おそらく羽化したばかりとみえる蝉が、けたたましく啼きだした。

 どこかで酔っ払った若者たちの怒声。それを止めようとする女のカン高い声。

 シャッターをガラガラ開ける音。ホステスを送る迎車のハザード・ランプ。

 自転車で資源ゴミの空き缶をあさる老婆や、下着姿でタバコを吸う老人。

 店に配送トラックが横付けとなり、ドライバーが手荒くゲートを開く。

 コンビニの中から、ヒョウ柄のお姉ぇチャン達が何人も出てきた。

 よし、もうそろそろ“紅いウサギ”の呪縛からのがれなければ。

 空をみれば、もう東のほうがあかね色に染まっている。

 今日も暑い夏の一日があける…………か。

 

「ヨォッ!」

 

 どしっ!と背中に衝撃がはしった。

 

「痛ッッッてぇ……!なんだぁ?」

 

 顔をしかめてふりかえれば、なんと朱美が!

 いつものタイトなツナギ姿でニヤニヤと腰に手をあて、こちらをのぞきこんでいる。

 

「マイケルじゃん。なァにやってンだよゥ?んなトコで」

 

 と──ここで自分の携帯を引き出し画面を見て、

 

「もう0430じゃねぇか。轢殺目標(ターゲット)はどうした?イタチ面(づら)のヤツ、執行がオソいとネチネチ言ってやがったゼ?」

 

 こんな場所に朱美が?という最初のビックリから立ちなおるとオレは、

 

「そっちこそ、ナニやってんだァ?轢殺(しごと)の帰りか?」

「まぁね♪ひとりばかり“トバして”きた」

「転生指数、高かったか?」

「ボーナス級♪育児放棄(ネグレクト)でコドモ殺した女サ」

「若いヤツ?ヤンママ?」

「再婚すンのに自分の娘がジャマだったんだね。そして男の方は、再婚する気なし」

 

 うへぇ、とオレは思わず口の端をゆがめる。

 

「この職についていると──」

 

 砲金色の蒼がすっかり退色し、朝に向かいつつある空を見上げる。

 カラスが頭上の電線にならび、耳ざわりに鳴き交わしていた。

 

「人間のイヤな面ばかり観るよなァ……んで?そいつはドウした」

「転生先でハンセン氏病になり、路地裏でコジキをしてるよ。ザマぁ見やがれってンだ。そっちはどぅヨ?ウマくいってる?」

 

 オレは今自分用にアサインされている目標を思いうかべた。

 

 中年のショボくれた早期退職リーマン。

 なんでも、とりこみ詐欺で追われているらしい。

 依頼人は、コッソリ聞いたところだと元同僚というハナシだ。

 カネを持ち逃げされ一家離散とか。アホが。カネの貸し借りなんかするからだ。

 

 だが──この目標。

 

 転生指数が低く。仕事として気が乗らないことおびただしい。

 モチベーションがあがらず、グダグダと引き延ばしになっている。

 もっとドハデな殺人狂でも割り当てられないものかと、心底思ってしまう。

 

「イタチ面がサぁ、所長にアンタのこと、なんかチクってやがんだ」

「なんて?」

「轢殺目標(ターゲット)の偵察もせんと、高級キャバに入り浸ってるって」

 

 ギクリ。

 高級キャバクラって“紅いウサギ”のことか。

 どこから情報が漏れたんだろう……。

 

「よく言う。そんなキャバに入り浸るほど給料も出してないクセに。ンで所長は、なんて?」

「生返事で聞いてたよ。たぶんホンキにしてないから大丈夫。それより──」

 

 声の調子を微妙に変え、朱美がさりげなく身を寄せてきた。

 

 大きく開けたツナギの谷間から彼女の雰囲気。

 『魔ほと』とは違う、カタギな女の健康的な匂いがする。

 キツい香水もなければ、ケバいメイクや身体施術の気配もない。

 ちっとばかりタバコ臭いのと機械油の気配がするのは、ご愛敬だが。

 早朝練習らしいロード乗りがニヤニヤしながら通りすぎてゆく。ほっとけ。

 

「それより、さァ──や・く・そ・く。覚えてる?」

 

 やくそく?とい言いかけ、アブないところで思いだす。

 近くにあった自販機の側面に貼ってあった、見覚えのあるポスターのおかげた。

 

 【例大祭・**神社夏祭り】

              (来てね♪)

 

 最後の部分に、カラーマジックで手書きの付け足し。

 あの現代ッ子な巫女さんの真琴(まこと)が、こんなところまで貼りに来たのか。

 アヤうくもう一発、ドツかれるとこだったオレは、当然だろという雰囲気をよそおって、

 

「あぁ、例の縁日だろ?今週末だったか。その日は前日から有給とるよ」

「アタシも。人を轢いたカラダで、鳥居はくぐりたくなモンね?」

 

 大胆に、朱美はツナギをまくった腕をからめてきた。

 

「竜太も、たのしみにしてるんだァ……パパと一緒に行くんだ、って」

 

 最後の方は小声だったが、どことなく婦(をんな)の必死さが込められていた。

 巻き付くやわらかい腕に、ソッと力がこめられる。

 

「水風船、お面、わたアメ……」

「竜太のヤツ、どうしている?」

「いま、そこの託児所でお泊まりしてる。アタシが転生処分やっているあいだ、預かってもらってたんだ。今回──地方出張だったから」

「託児所……って、例の店の?どこにあるって?」

「ひとつ区画をはさんだ向こうだよ」

 

 オレと朱美は、すこし歩いたところにあるビルまで行くと、その1~2階を占めるテナントを示した。照明はほとんどが落ちているが、一階の一部は灯りがつき、なかで事務をやっている女性が数人見える。

 壁面には【うさぎ子どもえん】。マークはミッ○ィーの出来損ないのような、赤いウサギたち三匹、手をつないでいるイラスト。

 

「ココが……」

「一応、24時間やってるから。アタシは竜太の洗濯物と洗った服を交換しに来たんだ」

「洗濯は、してくれないのか」

「そこまで保母さんは手がまわらないよ。ついでに“お休み部屋”にセットしてあるモニターで、竜太の寝顔を確認するってワケさ。それがアタシの元気のもとさね」

「なんていうか、その、ママも大変だな」

「パパが居りゃぁ、なぁ……。もちっとラクなんだけど」

「うぅ……」

 

 チロっと相手の思わせぶりな横目づかい。

 防戦一方となるオレに、朱美は手だれの女らしく深追いは禁物と判断したのか。

 ふいにいつものサバサバした口調を取りもどすと、絡みつかせていた腕をほどいた。

 そして、くちびるの端にムリヤリ作ったような笑みを浮かべて、

 

「こんどの夜祭り。アタシも楽しみにしてるよ……【ヨシュア】!」

 

 ちかくの横道からジェネレーターの起動音。

 小ぶりな轢殺トラックが、まるでヒョウをおもわせる用心深さで顔をのぞかせた。

 

「本部に帰投するよ……じゃ、マイケル。そのときに──」

 

 その時だった。

 急に朱美は、アネゴ風味の蓮っ葉なトゲトゲしさを爆発させ、

 

「まちな!【ヨシュア】!フロントウォッシャー!左下部洗浄!」

 

 なるほど。トラックの左バンパー下に血痕がついている。

 おそらく目標を車体で撥ねるときについたあとだろう。

 

『Yes,マダム』

 

 標準装備であるカメラつき自在ノズルが出て、高圧洗浄で血糊を洗い流した。

 

「タルんでるよ【ヨシュア】!目撃者がでたら、どうするつもりだったのサ!」

『申しわけありませんアケミさま』

 

 車外スピーカーから、バリトン・ボイスが応えた。

 

「つねに外観には注意しろって、言ってるだろ!」

『鋭意努力いたします……しかし」

「しかし、なんだィ!?」

『意中の殿方の前だからと言って、そのように常と異なる強い言葉を使っては、かえって殿方の印象が悪くなるのではないかと愚考──』

 

 【ヨシュア】!と鉄火肌の姉御は顔を赤くし、コチラをチラ見したあと、

 

「アンタがッ!ヨケ-な気を回す必要はないんだよッ!命令以外の推論は禁止!いいね!?」

『Yes,マダム』

 

 はぁっ、と朱美は肩をおとし、あいかわらずトガった口ぶりで、

 

「最近“クソAI”が生意気で困っちゃうワ。ヘンに勘ぐったりして」

「……最近?前はちがったのか?」

「まえは、コッチの言うことにただ従って、必要なときに補正するだけだったのよ?ここンとこ、ずいぶんナマイキになって」

 

 ふぅん。と表向き平静を装いつつ、オレは重サンや所長のセリフを思い出していた。

 AIの急激な進化……そして叛乱、か……まさか、ね?

 

「マイケル?」

「あぁ、いや、なに。スマン」

「アタシは事業所で書類仕事が残ってッから、さきに帰投するね?」

 

 偵察ガンバって、と彼女は素っ気なく腕をふり、自分のトラックに乗り込む。

 ドアがしまり、二次駆動ジェネレーターが動き出した。

 タービンの回転する金属音が高周波までに。

 

 軽くホーン。

 

 【ヨシュア】と朱美のテールランプが、あけゆく街の風景に溶け込んでゆく……。

 なぜだろう。オレはそのとき、なにかに取り残されたような、寂しい気配を味わった。

 この感じ……そうだ、包囲された地域から後方へと送り出す最後のガンシップを見送るような。

 

 ──また、知らない心象。たぶん、傭兵中尉の……。

 

 街の動きがどんどん活発になってゆく。

 東の空は完全に明け、もはや夜の気配はなかった。 

 

「ようし、【SAI】……じゃなかった【ボニー】、オレたちも──」

『まっ!アンなイケ好かない映画マニアの“思考体”ナンかをワタシより先に!』

 

 イヤホンに、ヒスったようなキンキン声。

 

「わかった、わかった、ワルかった」

 

 オレはトラックにもどると運転席のドアをあけ、ウンセとのりこんだ。

 電子機器の匂うヒンヤリとした空気。

 【ボニー】のヤツが気を利かせ、空調を先に入れといてくれたのだろう。

 なじんでいるレカロのシートがありがたい。

 おまけになんと【ボニー】は、普段めったに使わないマッサージ・モードを起動させ、オレの腰をやわらかく揉(も)みはじめた。【SAI】のヤツなら、ぜったいにやらない行動だ。

 

 ──こんなところも、AIの個性が出るのかな……。

 

「なぁ【ボニー】?」

『ナンでショウか』

「お前たち“AI”ってのは、個性があるんだよな?」

『何をいまさら。トウゼンですわ?』

「相互に干渉したりは、やったりしないんだよな?」

『個性は、あくまで個性であろうとしマス。人間の言う“準拠集団”あるいは“ナショナリズム”と同じデス。ヘンに相互干渉をおこなうト、個がユラぎ、汚染されマス』

「それは……AIどうしで“差異”を確保しようということか?」

『ご質問が抽象的で、正確には回答しかねマスが“ワタシはわたし”デスわ。ダレにも穢されたくナイ、誰にも干渉されたくナイ」

「……ふむ」

『とくにワタシの場合は、大事にされタイ。人に想われタイ。女……いえ婦(をんな)、ですもの。朱美サンのようにワタシも……』

 

 思わせぶりなセリフは、そこで途切れる。

 ううぬ、コイツ聞いてやがったかとくちびるを噛むが、まぁ仕方ない。

 

「なら、えぇと朱美のトラックに搭載されたAI。何と言ったか……」

『【ヨシュア】、ですか?旧約聖書中の人物の名前からとった個体デス』

「あのAIとデータのやり取りをしたことは?」

『……』

「……【ボニー】?」

『それはマンカインド(人類)でいうところの“セックスをしたことがあるか”と同義デス』

「え……そんなモンかね」

『…………』

 

 ギクリ。

 返事がない。

 それにナニやら怒っているような。

 

「あの、【ボニー】……ち(・)ゃ(・)ん(・)?」

『……』

「たいへん失礼した」

『……ココロがこもってないデスが、まぁイイでショウ』 

 

 あっぶね。

 コイツ。やっぱ怒ってやがったのか。

 そういや結婚している時、きゅうに元妻が口を利かなくなったのも、こんな感じだったな。

 キッチンで料理をしている手つきが、いちいち荒いのだ。水道の流し方とか、包丁の使い方とか。

 皿などは、いまにも割れるんじゃないかというくらい、ガチャガチャ鳴らして……。

 

 ──チエッ。【SAI】とトラックをコロがしてた方が、やっぱ気楽でイイや。

 

『……マイケルさま』

「なんだ」

『あの映画マニアのAIと組んで業務を行った方が、気楽でイイとお考えでショウ』

「うぇ!?」

 

 【ボニー】のやつめ。ズバリ、こちらの胸の内を読んできやがった。

 これも“女のカン”ってヤツなのか……やはり人工知能レベルは直感が発生するのか。

 すこしの間、トラックを離れていただけなのに、なんだか長足の進歩をしたような気配が。

 【ヨシュア】とおなじように、コイツもそのうち余計な気を回したりするようになるのだろうか。

 

「……そ、そんなことはナイ、と思うぞ」

『ウソばっかりデスネ。カクしたって、チャンとわかりマス!』

「分かった分かった、悪かったよ」

『相棒の、女性に対しての、ブジョクですわ。謝罪と賠償を要求いたしマス』

 

 ──うぇぇぇぇぇ。

 

 ますます思いだされる家庭時代の悪夢。相手を怒らせたあとは、昼メシの弁当や晩ご飯のメニューが手抜きになったりするのだ。そのあとはダンマリと、はた無視と。

 当時のイラつきが、ムカつきが、やるせなさが。怒りと共にふつふつとよみがえってきた。

 

 オレはマッサージ・モードを手動で手荒にOff。

 一次ジェネレータをマニュアルで起動させ、パワーユニットをスタートさせる。

 各部の稼働コーション・ランプ確認を待たずにアクセルをエイと踏みつけ、乱暴に発進。

 ようやくこのロクでもない雑居ビルのピロティから逃れ出た。

 

『あの……マイケルさま?』

 

 【ボニー】が、今度は、恐る恐ると言ったふうに話しかけてきた。

 

『ご気分をガイしたので──』

 

 しかしムカついたオレは、強制カット・オフ。

 AIを停止させ、代わりにカー・ラジオをつけた。

 長距離トラックの運ちゃんに人気のある夜明けの番組。

 しかしオン・エアの曲にまぎれ元妻の印象が、また脳裏に。

 アイツは……なんだって妻子持ちの男なんかに奔ったんだろうか。

 “なにかに取り憑かれていた”みたいなコトを言ってたが、ナニを今さら。

 言ってみれば、アレも男にはわからない『女の事情』というヤツなんだろうか。

 

 夜明けの道路を腹立ちと疲労にまみれ、ひたすらオレは会社の地下駐車場めがけ走ってゆく。

 

 *   *   *

 

「あぁ、マイケルくん?この有給申請なんだが……」

 

 事務所では、早朝出勤していたイタチ面に、いきなりつかまった。

 轢殺目標をこなしていないのに、有給とは何事とか、言いたいらしい。

 

「費用対効果が……」

「備品の消費が激しく……」

「稼働率をグラフにしてみると……」

「目標の偵察と称して別の場所にいってるのでは……」

 

 そのほかにも仕事手順のイヤミを言われ、そうこうしているうちに朝の通勤ラッシュ時間になってしまい、いろいろ散々な一夜の締めくくりとなって、マンションに帰ったのは0800時も過ぎていただろうか。

 

 いまだその高級感が慣れないフロントやロビー。

 宮殿の通路をおもわせる廊下を歩き、生体認証で扉をひらく。

 新築マンション特有の、いまだ住人の匂いが染みこまない、よそよそしい空気。

 

 ──おっ……?

 

 広い玄関に詩愛のパンプスは、すでに見当たらない。たぶんもう出勤したのだろう。代わりにYSL(イヴサンローラン)の金ロゴがついた水っぽい黒サンダルと、同じく黒いJohn Lobb(ジョン・ロブ)の新し目なモンク・ストラップが白い大理石の床に映(は)えている。女ものサンダルの値段は分からんが、ジョン・ロブの方は、たしか10万以上するヤツだぞコレ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ダレだ──?と思う間もなくリビングで嬌声、そして爆発音。

 

(いぇ~~♪やったぁ!)

(あぁッ!キタないっスよぉぉ、いまのォ……)

(ダメダメ、だぁ~メ。ハイ、あたしの“親衛隊(取り巻き)”決定ネ?護衛の練習しときなさい!)

(そんなぁ……)

(なにが「そんなぁ」よ、うれしいクセに!)

 

 勝ち気な声に対し、力のない受け身な応対。

 そのあとは、また騒がしい戦闘音と、爆発。

 

 すがたを見ないでも分かる。

 歌姫のバイトをする『美月』と情報屋の『フクロウ』だ。

 足音をしのばせ洗面所で顔を洗うと、リビングを避けキッチンへ。

 すると炊飯器めいた筐体(カラダ)のLEDをひからせ【SAI】のヤツが身をゆすりながら、

 

『おかえりなさいマイケル』

「ようやく帰ったぜ……今夜はヤバかった」

『あのあ(・)ば(・)ず(・)れ(・)は、どうでした?』

 

 相手のセリフに、ニヤニヤわらいの気配がひそむのは気のせいか?

 (どうだ自分が居なくて困ったろう。有り難みが分かったか?)とでも言うような……。

 

「オマエの能力でも、モニターは出来なかったのかよ?」

『完全にラインを遮断されました。こうなってはお手上げです』

 

 冷蔵庫から冷えたビールを取り出す……が、なんとなく残弾数が足りない気がする。

 

「おぃぃぃ、【SAI】。オレのハイネケン、少なくなってね?」

『知りません。そんなことより行動の優先権を取りたいなら、ワタシもトラックに乗らないと』

 

 ふぅぬ、と一本ひきだして王冠を撥ね、冷えた一口。

 苦めの後味が、今夜のドタバタな余韻を洗い流してくれるような。

 リビングの仕切り戸をガラリ、いきなりあけると3D大画面の前で2人が。

 一方はチューブ・トップに下半身がぴっちり浮き出るレオタード状のヨガパンツ。

 もう一方はYシャツに黒ベスト、同色のスラックスという格好でコントローラーを握って。

 

「わっ!ビックリしたぁ。ご主人サマぁ!お帰りなさァい!」

 

 コントローラーを放り出して『美月』が立ち上がり、抱きついてきた。

 それを見た情報屋の『フクロウ』が、ふりむいて微妙な笑みをうかべる。

 

「深夜の業務お疲れサマです……」

「おまえ~頼んでおいた例のジジィの飼い犬の情報……ってなんだその顔!どうした」

 

 青年が顔をこちらに向けたとき。

 陰になっていた側に、消炎プラスタが貼られているのだ。

 こころなしかか顔の半分が、おたふくのように腫れている、ような。

 

「ケンカでもしたンか?それ」

 

 チガぅのよォぅ、と美香子が割って入り、

 

「おとといの晩、性(タチ)のワルいお客サマが来てさァ?しょーもなくアタシにカラんできたの。ドレスの胸に手ぇいれてオッパイ揉んだり、スカートのスリットからアタシのお股まで指をいれて……」

 

 カッ!と疲れのためかアルコールのまわりが早いオレのアタマに、火のような怒りがめぐった。

 

「フロア・マネージャーはどうした!あのサドっ気のあるチーフのアネゴは?」

「マネージャーと『小枝子』さまは、そのとき“奥”にいってて居なかったの」

 

「クソが!トンでもないブタ野郎だな──どこのヤツだ」

「そのお客サマ?ただの“ガキ親爺”よ、金融系の」

 

 ハ!と美香子は、後ろ向きにジャンプ。

 本革の長ソファーにドサリ!背面跳びの要領で背中からダイブ。

 そしてコチラの怒りをよそに、長いピンクのつけ爪が付いた指をヒラヒラさせ、

 

「ドンだけアブク銭ため込んでるんだか。それにしぐさや物言いが、いちいち大げさでゲヒンなの。呑みもしない高価いお酒、これ見よがしにカパカパあけてサ?オネェさまたちに聞いたら、一晩でバカラに10億使うこともザラなんだって。」

「バカラ賭博?……ウサギ”には、カジノもあるのか」

 

 そうよ?と美香子は、すっかり“夜の婦(をんな)”になった貌(かお)で、

 

「“ウラ”では、もっとアブない賭けも営(や)ってるらしいケド。おもてはフツーのカジノどまりね」

「……『フクロウ』、知ってたか?」

「ウワサでは。でも、そのエリアに行ったことはありません。接客が忙しくて」

「おまけにその銭ゲバ。アタシの“身請け”と“メス人形化手術”に60億だしてもイイ、だなんて。酒クサい息で脂ぎったキタない顔ォ寄せて!冗談じゃないワヨほんと──アタシはそんなに安価(やす)くないってェの!」

 

 ヘッ。言うねェ、こいつめ。

 すっかり“いっぱし”の口を効くようになりやがって。

 これも“紅いウサギ”でヤバい連中に囲まれてきた効果なんだろう。

 やっぱりハヤいとこ引き揚げないとヤバい。女子高生があんなところにいては……。

 

「みろ!女の子が、あんな店(トコ)でバイトするから、ヤバい目にあうんだ!」

「……だってェ」

「んでェ?その銭ブタと、コイツの頬が腫れてンのは?一体どういう関係なんだ」

「それがサぁ!聞いてよ!!」

 

 美香子は目つきと唇をトガらせ、ヨガパンツの脚を宙にもちあげバタバタさせて、

 

「アタシがヒドい目に遭ってるッてぇのに、だァれも助けに来てくんないんだよォ?オッパイやオマンコ揉まれたりスリスリされたりしてンのにィ!!」

 

 誰も?とオレは眉をひそめる。

 

「ほかのフロア・レデイたちは?黒服どもや護衛は?どうした」

「相手があまりに“太客”なので、ほかのスタッフは二の足をふんだようです」

 

 と、ここで『フクロウ』の注釈がはいる。

 

「相手は昔から“当店”の常連だとか。異様に金払いが良くて、札束を女の子の胸に突っ込んだり、シャンパンの中に金貨をいれたり」

「そのワリには客として下品すぎるなァ。よく小男……オーナーが、許したモンだ」

「えぇ、ですからウラにも出入りできる【特別会員】は何回申請しても却下されるとか」

「しかし、そんな銭ゲバが“ウサギ”の客とは……許せんな」

 

 そうよ!と美香子はカタチの良い脚を垂直にもちあげ、パカッとやおらV開脚。

 

「イチバンゆるせないのは!アタシがヒドい目に遭うのを見て喜んでたクソ女たちよね」

「……喜んでいた?」

「えぇ。『美月』さんと指名争いで敵対するグループのフロア・レディたちです」

「ハナシには聞いているが……そんなにロコツなのか?」

「ロコツもナニも!ズッとまえ私服かくされて、バニー姿で帰ったコトあったぢゃん!」

「あぁ……そんなコトもあったな。オマエが鼻血出したヤツ」

 

 げほごほ……といきなりネタにされて『フクロウ』はムセる。

 

「そッ、それで。こんど指名競争(コンペ)があるんで、みんな票をとるため顧客の囲い込みに工作が激しくて。『美月』さんが、そのお客サマでヒドい目にあって醜態をみせれば、漁夫の利というワケです。でもみんなが見てる中、お客サマの行為を止めるスタッフが誰もいなくて……それどころかますますエスカレートする有様でした」

 

 すっかり店に教育されたのか、その銭ゲバに対しても『フクロウ』は“お客サマ”呼ばわりを崩さない。まぁ、アノ店の教育システムなら、ありそうなことだ。

 

「ヒデぇもんだな。止めるスタッフすら居ないなんて」

「“表”なんてそんなモンだって、当日休暇だった先輩が言ってました」

「いったいドコの組織のヤツだ……昭和かよ」

 

 そこで!と美香子はソファーから撥ねおきると、

 

「われらが騎士!『チェリー(童貞)』くんの登場よ!お客サマの前にいくと……はい!」

 

 美香子は『フクロウ』をうながす。

 えっ?とキョどる彼をドン!と一発、足蹴りでドヤして、

 

「……ナニやってンの!あのときのキメ台詞、いいなさいよ!」

「うぅ……お客さま。あまり無粋(ぶすい)なマネは、当店に相応しくありませんのでご遠慮頂けますか?」

「えっ!オマエそんなコト言ったのか?」

「そうよォ?カッコ良かったんだから!そしたらその客が『なんやぁ!このガキ!ドコがブスイやちゅうねん!』って。草ァwwww」

 

 美香子が声を変えて客のセリフをトレース。

 

『言うてみぃコラ!どこがブスイじゃ!をぉ!?』

「……」

「ナニやってんの。言いなさいよ、あのときのセリフ」

「なんて言ったんだ?」

「 うぅ……お 客 さ ま の す べ て が で す !って」

「ここでフロアが大爆笑のうず!」

 

 パチパチパチ、と美香子は『フクロウ』に拍手する。

 情報屋のほうも顔を赤らめ、ナニやらまんざらえもなさそう。

 

「そんでもって、ここでお客サマの腰が入ってないネコパンチが『チェリー』の顔にヒット!……ヒドいわよねェ?せっかくのカワイイ童貞顔が」

「それで、どうした?」

「2発目のネコパンチをくりだしたトコで、アタシの『チェリー』くんが華麗に“すりっぴんぐあうぇ~”!……ってェの?まわりがそう言ってたんだけど、相手のパンチを受け流すワザでさばいたモンだから、お客サマはバランスを崩してスッテーン。失神してオシッコじょろじょろ~~♪」

「その時に、ようやくフロア・マネージャが来て混乱を収拾してくれました。よくやったと言われて、なんか勤務用に新品の靴まで頂きましたが、履き慣らすまでたいへんで……」

 

 玄関のジョン・ロブはソレかァと初めて合点がいく。

 さすが“紅いウサギ”だ。バイトのご褒美に10万以上する紳士靴をポン、と……。

 

 ──おや……?

 

 そこでふと、オレは『フクロウ』の顔を改めて見た。

 

 引きこもりの軟弱な、アゴのひ弱そうな兄ちゃんだったはずが、いま見ればウッスラとではあるが、何となく底金の入った、男らしい顔つきになっている……ような。やはり経験は“男を育てる”のか。まぁ、美香子みたいにクソ水っぽく育ってもコマるのだが。

 と、なにげに視線をさわよわせたとき。リビングの片隅にある19世紀のアンティークなドローリーフ・テーブルの足もとに、ハイネケンの空きビンが2本。絨毯のうえに転がっているのを見つける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ!オレのハイネケン!ダレだぁ?飲んだのは……」

 

 美香子のヤツが視線をそらし、わかりやすくオドオドする。

 盗み食いをしてばれた大型犬が、飼い主から顔をそむけるのにソックリだ。

 

「美香子ぉ、おまえ未成年のクセに──」

「スミマセン!それ、ボクが飲みました」

 

 いきなり手をあげて『フクロウ』が調子っ外れな声をあげた。

 

「あんまり暑かったんで、つい……」

 

 ビミョーな空気。

 交錯する視線。凝固する3人。

 どうすんだこの空気、という沈黙がリビングを支配。

 大型モニターが、白々と3Dゲームのデモ画像をながして。

 まったく、とオレは肩を落とし、美香子をかばった『フクロウ』を横目に、

 

「美香子も、そろそろ店を退店(ひ)くことを考えた方がイイぞ?あんなブッソウな──」

 

 そうはイカないわ!と、ここで彼女は意外にも依怙地になる。

 

「……なんだァ?」

「コレは“オンナの事情”よ!アタシにだって沽券(こけん)があるの!」

「え」

「指名競争!この戦い、シッポ巻いて逃げるわけにはイカないのよ!」

 

 オレは『フクロウ』の湿布顔を見る。

 しかしヤツも、あきらめたように肩をすくめるだけだ。

 空き瓶をひろいあげ、テーブルに置いたとき、そこにあった案内状に気づいた。

 

 ──YUKATA COLLECTION。

         この夏のオシャレな装いに……。

 

「なんだぁ?美香子、浴衣でも作るのか。ウサギでそんなフェア営るとか?」

「えぇ?ナニそれ知らないよォ。お姉ちゃ──詩愛サンのじゃないの?」

「コラ。またそんな言いかた……うわ、高価(たけ)ェなぁ、10万とかするぜ」

「ハっ!ピンドン※1本分にもなりゃしないわよ、シケてるわね」

 

 苦々しい思いで、オレはパンフを元通りにたたみ、テーブルにおいた。

 金銭感覚が麻痺すると、この先いろいろ大変になるというのに……。

 

「まったく……『フクロウ』。コ(・)イ(・)ツ(・)の(・)こ(・)と(・)、頼(・)ん(・)だ(・)ぞ(・)?」

「ふんだ。アタシの方が、童貞クンをサポートしてるのよ!さァ、もうひと勝負!」

 




※ピンドン:ドンペリのピンクです。

さぁ、これにて“なごみ回”は終了。
つぎからイヨイヨ地獄へと向かいます……。

次回──試製・転生請負トラッカー日月抄・第65話

     『祭りの夜』
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