試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「まぁ♪──とってもお似合いですよ」
50がらみと見える呉服屋の女主人は、姿見のまえに立つ私の傍らで、ニコやかに笑った。
銀膜の向こうには、いくぶん澄ました
裾からは、おなじく新調した
まんざらでもない顔を主人の手前、ことさら用心ぶかく隠して
──これが……いまの私。
不良たちに乱暴され、それがために結婚が破談となった
ヒドい言葉を
部屋のカーテンを閉めて日がな一日、自分を責めた拷問のような苦しい日々。
でも……そんなときに出会った、トラック・ドライバーの、
非道に
──あの方の優しさのおかげで、私は……。
「いかがでございましょう?」
私の沈黙に耐えきれなくなったのか、女主人がニコやかに、
「“
「どうでしょう……」
鏡の中の女が、こんどはすこし
「その、殿方から見て、ヘンに思われないでしょうか?」
横に立つ女店長が(……ハハァン)というしたり顔をしたのが恥ずかしい。
まるで私の下心を読まれてしまったかのような……。
「まぁ……とんでも御座いません!お客さまのお身体を引き締め、とても
女店主は、奥で反物整理をしていた茶色い着物の男性店員を呼びつけた。
今どきの若者体型なため細身でスラッとしており、“抜き
「あなたの
「とても……イイとおもいます」
大学を出たてのような若い男性店員は、身長の高い目線から私を見下ろし、口もとを緩ませながら、
「すごく清潔な印象で、涼しげで」
借り物のような文句が、とぎれとぎれに青年の口から転びでた。
「それでいて、そのぅ……」
そして男性店員は、私のお
「そのゥ……とても、魅力的です」
「まっ!なんですねぇ、そんな。お客さまの体をジロジロと」
「そんなぁ、ママ。だってあんまり“シコり度”が高いんだもん!」
もうよろしい!オマエはあっちに行っておいで、と彼女は男性店員を追い払う。
「ナンですねぇ……ウチの三代目なんですけど」
「はぁ……」
「女性には
──と、いうことはイケるってコトね……。
鏡の向こうで、浴衣を新調した女が、こんどはうすく嗤うのが
しかし、すぐにその笑みは、自己の
代わりに女主人は“恋ばな”の好きそうな、いかにも
「ナンですね?もし立ち入ったお話をお許し頂けるのなら……」
「はい……?」
「来週、**神社で開かれる例大祭、そこでの勝負服になさる──とか?」
姿見の三十路女は、今度こそあからさまに赤面してしまった。
すると、横に映る女主人の方がムッハー!と俄然、乗り気になって、
「佳いですわね!佳いですわね!弊店も及ばずながら、お力添え致しますわ。ね!ね!その証として、この──」
店主はそばにあった棚から小ぶりな美しい
「この黄八丈の小物入れも、お付け致しますわよっ!そのかわり──」
「そのかわり?」
「是非とも、首尾をお知らせ下さいね?」
* * *
「アニキぃ。タマにゃァ外ォ、出ましょうやァ」
情けない声が、ガランとしている『BAR1918』の店内に響いた。
テーブルの上に椅子がハネ上げられ、木製床用のワックスが臭う、暑い空間だった。
電気代をケチっているのか、それとも空調の使用を悟られたくないのか。あるいは両方か。
「ここンとこコモリっきりだから、カラダぁ腐っちめ~マスよぉ……」
用心深くブラインドを掲げ、午後の通りをうかがうドレッド・ヘアの男は振り返りもせず、
「ダメだ──
そんなぁ、と気の抜けた声がさらに不平をタラタラと、
「アネゴからも、ナンとか言ってくださいヨォ……オレひとりだけでも」
「バカお言いでないよ!」
バー・カウンターの向こうにいた赤いイヴニング・ドレスの女。
褐色の肌をした、混血と見えるこの女性は冷たい口調で、
「アンタを野放しにしたら、それこそナニしでかすか!ワかったもんじゃないからねェ」
そして、肌をキワどく露出させるドレスの胸もとからライターを取り出すと、もの憂げな手つきで長煙管を取りあげ、オードリー・ヘップバーンばりにタバコを吸いはじめた。
「ナナの言うとおりだぞ、ジョージ……」
ドレッド・ヘアの男は、向かい側にある『ジーミの店』の前に運送屋のトラックがとまり、新しいテーブルを店内に搬入するのを見ながら、
「あの、くそトラック野郎の“
赤いドレスの女は、ドレッドの言葉に
「アンタ?あたィは別に、
商店街の通りを監視する引き締まった広い背中に向け、こんどは幾分、暗い声で、
「──前世の
「ナナ!」
ドレッドが、はじめてふり向いた。
その目は怒りに
「お
あたィは──と、ここで長煙管を一服する間の沈黙。
吐き出す煙が、午後の日差しを斜めにうけるバーの天井にゆっくり向かうのを眺め、
「アンタを
「お前ェが持ってなくても、コッチにゃあるンだよ!」
ドレッドは、ただでさえ暑い空間を、さらに数度上昇させるような剣幕で、
「手飼いの女を
「……ご大層に、組から借りた若い
「あぁ。場所は突き止めたが……飛ばれちまった。隣の部屋のヤツもシメ上げたようだが、ソイツも知らねぇとよ。もっとも一度戻ってきて、遠くに引っ越したようなコトをホザいてやがったが、まぁガセだな」
「コッチの動きに気づいたんじゃネェですかい……?」
ジョージの言葉に、ナナと呼ばれた赤ドレス女の顔が不安げになる。
「もうお止しよ。関係の無い女を。写真みたけど、カタギのキレイな子じゃないか」
「その
「そうだ。いつから奴のイロかは知らねぇが……あらためてその女を輪姦するなり、イタめつけて殺すなりして!ついでに、そンときの映像を撮り、手前ェの女をヤったのは俺らだゾと、分からせてから!ヤツは殺したい」
──いや……。
と、ここでドレッドは痩せた頬に酷薄そうな硬い笑みをうかべ、
「──いっそ奴を縛り上げて、目のまえで手前ェの女が犯されるのを、存!分!に!見せつけながら殺してやりてェ。ただし……」
「ただし……なんでヤス?兄キぃ」
「ひとおもいじゃ、ダメだ!細いピアノ線で首を締めるように、こう、ジワジワとな……」
赤いドレスの女は、ヤレヤレと首をふりながらカウンターをよこに移動し、冷蔵庫を開けるとコロナを一本引き抜いて、
「すこしァ、コイツでアタマぁ冷やしなよ──それ」
女が軽く放ったビール瓶。
ドレッド・ヘアの男は、器用にボトルのネックでキャッチした。
そして王冠を頑丈そうな白い歯でハネあけ、ノドを鳴らして一気飲みする。
口の端から伝うビールが、ロック・グループの模様がある汗まみれのTシャツと混じり合う。
「でも──そういや兄キぃ」
「なんだジョージ、しつこいぞ!外出ならダメだ」
「こんど、どっかのデカい神社で盆踊りがあるじゃねェでスかい?」
「……ウン。そこの商店街にもポスターが貼ってあったな。それがどうかしたか」
「来るんじゃねぇかな、その
ドレッド・ヘアの男は、壁の一部を見やった。
そこには違法なダガー・ナイフで磔にされた写真。
マイケルとペンで直書きされた、スーツ姿の男を写したものが。
分厚いくちびるが何やらうごき、低く独り言つような響きを発する。
「ンね?行きやしょうゼ。ついでに、たまにァ女のひとりやふたり
「ジョージ……あんた、そのうちホントに地獄へ堕ちるよ?いま
「地獄なら上等でサ、
そう言ったあと、ジョージは
「だって天国なんかじゃ、強姦デキねーショ?だったら地獄のほうが好ぃでサァ」
* * *
「かーチャン、あしたのお祭りにマイケルくる?」
夕暮れの景色だった。
商店街を“若いママ”が買い物かごを下げ、子どもの手を引き歩いてゆく。
上はヘソ出しの白いノースリーブに、下がピチピチな女モノのローライズ・デニム。おまけに目立つ顔立ちなので、道ゆく男がふりかえり、背中の透けブラや尻の辺りをガン見することも珍しくない。
子どもの問いかけに母親のほうが、
「“かぁちゃん”じゃなくて“お母さん”と呼びな竜太。笑われちまうよ?」
「……なんで?」
「まともな教育うけてないと思われるのサ。ただでさえウチは母子家庭なんだからね?ひとサマからバカにされないよう、キチンとしないと──ワかったかィ?」
「……ウン」
「“うん”じゃなくて“はい”」
「……」
「返事は!?」
「……はァい」
「ほら、またハナが出てる。しっかりしないと、年少組サンにもバカにされちまうぜ」
子どもの手を引く母親は、小さな鼻をふくためにしゃがみ込む。そのひょうしにデニムの腰がグィと下がり、下に履くピンク色のショーツが見えてしまう。そこを、パチンコ雑誌小わきに抱えて通りすぎる金髪の兄チャンが、また横目で歩みを遅らせてガン見。
立ち上がり、尻に食い込んだデニムを母親は直すと、親子はふたたび歩きだした。
蝉が、夕焼けの空に猛威をふるっていた。
近道をしようと公園を通るふたりに驚いたか、一匹がジジッ!と飛び出してゆく。
それを目で追いながら子どもは、
「マイケル、お面かってくれるかなァ?」
「イイ子にしてたら、たぶんね。それからマイケルじゃなくて“マイケルさん”」
「マイケルさん……」
「そー。言えンじゃん」
母親の携帯が鳴った。
「おっ!ウワサをすれば、そのマイケルからだぜ!」
「かーチャン!『マイケルさん』でしょ!」
子どもの小さな手が母親の太ももを思い切り引っぱたく。
ピチピチのデニムに包まれた肉感的な脚が、いい音をたてた。
「痛ッてェなぁ!……あぁ、いやなに、コッチの話……えっ?ウン、竜太もスゴク楽しみにしてるよ。竜太、ほらマイケルさん」
母親が携帯を子どもにあてがうと、いきなり
「マイケルさん!お面かってくださいッ!」
「バカ──直球すぎんだよアンタは」
あわてて母親は携帯を子どもから離し、
「──あぁ、ゴメンゴメン……この子もいまから楽しみらしくてサ。お祭りのハナシばっかだよ……えっ……うん……金曜じゃなくて土曜か日曜?……そんなぁ、土日は遠距離処置がはいってるんだよ……うん……ホント?……なによ、いい口実って……ゴメんね?ムリさせるみたいで……うん……じゃ、金曜日、よろしくね?」
一瞬曇った母親の顔を敏感に読んだ子どもは、
「マイケル……さん、ダメなの?」
不安そうな顔を見下ろし、母親は笑みを作って子どもの頭をワシワシなでた。
「だいじょうぶ。アブなかったけど、コッチを優先してくれるって」
やったぁ!と母親のまわりを飛びはねる子ども。
「さ、帰って晩ご飯の支度しよ?今日は仕事がないから、ウサギさんとこでお泊まりはナシ!」
子どもの喜びっぷりがさらに大きくなる。
「今日のよるな~に~~?カレー?」
「んー?野・菜・炒・め」
「げー」
「げー言うな」
* * *
「えーーーー!?なんでよぅ!なんでご主人サマ来てくんないのォ!?」
美香子のキンキン声。
悲鳴とともに、ご飯粒が数個ポロポロと。
「アシタの晩までが、勝負のときなんだよォ?」
「仕方がないだろぅが!仕事があるんだから!!」
「ちぇー。今晩のシフトは、ご主人サマと同伴出勤しようと思ったのにィ!」
きょうの詩愛が作った晩ご飯は、夏野菜のカレーとサラダ、それに出来合いの小茄子の浅漬けという簡単なものだった。夕方、珍らしく早く帰ったオレがキッチンをのぞくと、はやくも彼女が包丁の音を立てていた。鼻歌を歌っての上機嫌。その時に聞いた献立では、たしか『ラタトゥイユ』と『ムサカ』という、フランス&ギリシャ料理のコンビだったはずだが……。
「アホかァ!あんな超・高級店、そんなにホイホイ行けるかよ」
「指名とボトル競争が、明日の金曜までなのよぉ!?」
「ふぇぇぇ今週、ずっとやってるのかよ?」
「えぇ、そうなんですよ」
『フクロウ』はオレのハイネケンを
「一週間続けるのは店の策略でしょうネ。ちな“美月”さんは現在、六位です」
コイツ、いつのまにかビールを飲むようになっている。
ひょっとして、コレも“紅いウサギ”で鍛えられたのか。
カレーを食う横顔も、見ればどことなく不遜めいた雰囲気。
「……シンちゃん、ビールを瓶から飲むなんてお行儀がわるい。いまグラスを出しますよ」
詩愛がみょうに沈んだような声で『フクロウ』をたしなめる。
そういや夕方、料理している彼女に、明日の晩は仕事があるので夕飯はいらないと言ったときから、なにやら元気がないような……。
「いえ、このビールは瓶で飲むのが正解なんです!」
ほぅら。
『フクロウ』のヤツ、みょうにヘンな自信つけやがって。
詩愛は、とくにそれ以上注意しようとせず、ソッとため息をついて横をむく。
なぁ『フクロウ』よ?と、オレは詩愛を援護するため、カレーを頬張る情報屋に向かい、
「バーやラウンジとか、あるいは
「……はぁ」
「TPOを考えないヤツは、社会に出たとき嫌われるぞ?」
「そんな難しいコト考えなくてもイイように『
美香子がハナシに横入りし、したり顔でツケツケと。
「どうせそんな長いヒキコモリ歴じゃ、ウチの店意外に就職先ないわよ!」
「コラ。なにが
「えぇっ!そんなぁ……」
「一人前のフロアレディになりたかったら、まず教養からだろ?茶道部と新体操部は?」
「んー、そうねぇ……部活だけなら、出てもイイかな?」
「教養も、だ!見た目が良くても頭パーな女なんて、イイ男が寄ってこないぜ?」
「いいオトコなんか寄ってこなくてイイもん──
ハッ!と彼女は義理の姉の怒りを警戒し、そっと詩愛の方をぬすみ見る。
しかし彼女はスプーンを握ったまま、心ここにあらず。目の前の空間を眺めているけだった。
* * *
ダイニング・テーブルで、三人がなにか言い合いしている。
しかしその光景を見る詩愛の耳には、なにも届いてはいなかった。
──夕方。キッチンでお料理をはじめた時までは、幸せな気分だったわ……。
自分の心は、すっかり夜祭りのシミュレーションでいっぱいだったと彼女は想う。
下ろしたての浴衣を着て、彼の後から駒下駄を鳴らしついてゆく。
いえ、もしかしたら……ひょっとしたら、腕を組んでくださるかもしれない。
その想像は彼女を“嬉し恥ずかし”の有頂天にさせ、幾度も幸せな気分にひたらせていた。
賑やかな屋台。
行き交う人々、カップル。
華やいだ声。子ども達の歓声。
いろいろなものが焼かれる匂いと煙。
様々な色の灯火と、そのための発電機の音。
広場では、盆踊りの人の輪。太鼓が鳴り、**音頭が。
人混みの中、はぐれぬよう私とマイケルさんが手をつないで……。
夢見心地でパプリカを切ろうとしたとき、いきなり声をかけられた時の驚き。
「うひゃん!」
包丁をもったまま、プルプルっっっと背中をふるわせる。
「おっとっと、すまない。驚かせる気はなかったんだ」
「びっくりしましたぁ……今日は、ずいぶんと早いんですね。それともこれからお仕事?」
「いえ、有給を使いましてね。久しぶりの夕方ビールという寸法です」
冷蔵庫を漁るマイケルに向かい、
「あ、昨日の天ぷら。温め直しましょうか?」
「いや、手を煩わせるのもワルいや。オレの買ってきた、このカルパスでいい……」
香辛料の効いたドライソーセージの袋を手にする相手に詩愛は、いかにも(今思いつきました!)という雰囲気をつくると、
「そうだ!ねぇマイケルさん」
「あぁ?なんだィ」
「明日は──**神社のお祭りでしたわよねぇ?」
ココで“是非とも!”という勢いと願いをこめ、彼女は相手に歩み寄り、
「いかがでしょう。久しぶりに、お祭りに行ってみるのは?」
──そういった時の、マイケルさんの微妙な表情……。
あれは何だったのだろう、と彼女は今になっても、何度もいぶかっていた。
(だいたいだな『フクロウ』、おまえ例の調べ物はどうなってるんだよ?)
(うっ……ウサギのバイトが忙しくて)
(本末転倒だろうが、まったく。ヤツぐらいだと有名なハズなんだが……)
(いちおう、ソッチ系に詳しいひとに当たってもらってます)
(ねーねー、お醤油とってェ)
(ホラよ……おまえぇぇぇ。そんなにかけると血圧アガるぞ)
(ふんだ。ご主人サマじゃあるまいし)
夕食の席で詩愛はマイケルの横顔を眺める。
──仕事疲れで、夜に出歩くのがイヤだったのかしら。それとも……。
そう考えて彼女は、また夕方の一幕にたちもどる。
「ね?ね?金曜の夜ですし、ワタシもここのとこ、仕事漬けで」
「うぅん……いやその……」
「ワタシだって、たまには羽根を伸ばしてもイイですわよねぇ?」
「……いやぁ、その。あしたの晩は、仕事が入ってるんで」
えっ、と言ったときの、私の顔。
醜くなかったかしら。惨めじゃなかったかしら。
それでも胸の中に鉛色の落胆が広がってくるのはどうしようもない。
自分があまりに落胆した
「そうだ!祭りは金・土・日とやってるよな。土日のどちらかに行くというのは?」
「ゴメンなさい……土曜から、ワタシしばらく出張なんです」
「そうかぁ……あ、ちょっと待ってな?
キッチンを出て自室に行ったらしい。
廊下を歩く気配と、部屋の扉を閉じる音がした。
私はパプリカの手触りをどこか遠いものに感じつつ、
ほんの数分だったろうか。でも、その時の自分には1時間にも感じて……。
* * *
「兄サン──ンじゃ、これ」
シャッター街のかたすみにある金物屋のオヤジは、夜だというのに裸電球ひとつ
「拳銃と、ストック落としたショットガンが各6丁、それに
「……」
青年は、ゴルフバッグを脇の作業机に置くと、中身をあらためる。
「……手榴弾の数が足りない。1ダースと言ったハズだが?」
「可能なだけ、という条件だったろ。アンタの予算じゃ、半分しか用意できンかったョ」
ッチ!と舌打ちの気配。
「……まぁいい。あるだけ御の字だ」
「おまけに信管が旧いから、一発どこかで試したほうがイイな」
「カンベンしてくれよジィさん」
「海にほおりこんで魚でも捕るんだな。銃の性能は、保証しとくよ」
「OK。じゃ残りの半金は、いつもの仮想通貨用口座に──」
「それから、コイツも持ってきねぇ」
オヤジの筋張った手が、タバコのカートンを半分にしたような、いかにも持ち重りしそうな、小箱を差し出した。
「なんだ、ソレは」
「オレっちが弾頭に手ェくわえた、9mmマカロフ」
青年はそれを受け取ると、油紙の包装を破って箱を開け、中から一発取りだした。
「
「たしかに。襲撃した連中が全滅だからな。向こうにもプロが居るんだろ」
フン、と青年が鼻をならす気配。
「ベースは
「どうした。ヤケにサービスがいいな」
「わっちの、最後の仕事だァ」
「……引退?」
金物屋のオヤジは、薄暗い灯りに照らされる雑然とした店内をみわたした。
どのラックにも雑多な品物が満パイだが、商品が動いた形跡はない。
つみ重ねられた段ボールは、梱包されたまま経年で
マニラ・ロープは古び、アルミの脚立は、うっすら白くサビをふいて。
「孫に継がせる仕事でもねぇしナ。これからは正々堂々、お
「やれやれ。こんどから自分は、ドコで
あんたも──と、初老のオヤジは急に声をひそめ、
「足もとの確かなウチに、引退をキメこんだほうがイイ。最近はいろいろ取り締まりもキビしくなってブッソウだ。潮時、ってヤツだ」
「浜の真砂は尽きるとも──世に傭兵の種は尽きまじ、サ」
「五右衛門は釜ゆでになったじゃねぇか。あんたも血反吐まきちらして死ぬより、まっとうな最後をむかえたがイイ」
「……特老ホームで半ボケになってクソ小便垂らしながら、看護師に邪険にされて死ぬより、自分はいっそ撃たれてクタばった方がいいね」
吐き捨てるような青年の口調。
金物屋のオヤジは大きくタメ息をついて、
「ソレもひとつの考えだ。ンだが覚えとけ?歳ィとると、お日様の光が有り難く思えてくるんだぁ」
「分からんな。ま、忠告として聞いとくよ」
「……アンタは撃ち
「それならソレで、有り難い」
青年は、金物屋の表に駐めた白いメルセデスのトランクに、銃とカートリッジ、それに手榴弾が入ったゴルフバッグを苦労して積み込む。頑強そうな身体をもってしても、その荷物は手に余ったようだった。ピキッ、背骨が鳴って、
「……畜生。腰をすこしヤっちまった」
背中をこぶしで軽く叩く青年に、金物屋のオヤジはニヤニヤと、
「それ見ろぉ?イわんこっちゃねぇ。早ぇトコとこ、足ぃ洗いナ」
「──ふん」
青年はそれ以上何も言わず、メルセデスに乗り込む。
オヤジが見守る前で、メルセデスのモーターが起動する。
やがて車体は、ひとけのない商店街をスムーズに進み出した。
交差点を曲がる時、停車してハザードを数回。そして白い車は消える。
サンダルを引きずる
まばらな街灯がともるゴーストタウンめいた商店街は、ふたたび静けさをとりもどした。
* * *
深夜だった。
人通りのない裏道の下水マンホール蓋。
ふいにそれが、アスファルトに
やがて頭が、ゆっくり──ゆっくり──そこから用心深そうに現れた。
『地獄の黙示録』でカーツ大佐を暗殺するため沼から浮上するウイラード大尉のように。
「ちくしょうめ……」
闇のなか、いきなり
それは
マンホールから全身が出ると、
そのとき──男の腹が盛大に鳴った。
「……チッ!」
やがてこの人物はマンホールの蓋をガリガリとズラして元通りにすると、ポケットからハンティング・キャップを出してかぶり、灯火のたくさんある表通りのほうへ、足音を忍ばせるような歩みで去って行く……。
* * *
「ちきしょぉぉぉッ!【ヨシュア】!ヤツはどこだ!」
『右側家屋並びのブロック塀スキマに逃げ込みました。一つ向こうの路地に出ます』
──チィィィ……ッ!
アンカーを打ち込んで急制動。
シートベルトが豊かな胸に斜に食い込む。
かるく顔がハンドルにぶつかり、ファンデの跡がついた。
メーターパネルの電力消費計がハネあがる。
一次・二次タービン、および異相整流器、レッドゾーンへ。
轢殺目標をしめす近接レーダーの表示が、早くもエリアを外れそうになっていた。
『朱美サマ、
──甘かった!
明日の祭りの晩を考えてウカれ過ぎてた。
轢殺目標は190cmはある前科もちのパワー系**者。
動きがトロいと思ってたのが、そもそものまちがいだったよクソが!
初撃をハズして相手に気取られたのもマズかった。たかがヒキコモリだと油断した。
エンジンを吹かして追撃したいが、ガマン。
あくまで
──落ちつけ……落ちつけってんだよアタシ!
通りを2本隔てたところで彼我の差は急速に縮まる。
ようし!もうすぐだ!辺りは人気の無い、さびれた住宅街。
住人の高齢化で空き家が多いのは事前の偵察リサーチで確認ずみ。
──
近接レーダーには、ターゲットとコチラの光点が重なって点滅している。
「どこだ!【ヨシュア】!──どこだ!」
AIの返事より先にドカン!とキャビン天井に衝撃。
屋根が思い切りくの字に陥没する。なにか降ってきた!
『脇にある電柱によじのぼり、トランスからこちらを伺っていたようです』
つぎの瞬間、フロントガラスに
奇声とともにガラスにヒビが入る。手には、大きなコンクリート・ブロックが!
「クッッッそ!」
朱美はシフト・ノブを
クラッチではなくノブに付いているレバーを同時に引きながら、ゴグッ!と入れる。
アクセルをベタ踏みして急加速!
すぐさまアンカーも使った
運転席の天井に居る目標を、車体前に転げ落とす……作戦のはずが、敵はナマイキにもワイパーをつかって前方への転落をこらえた。
「ヒィッ!」
血まみれとなり、前歯をあらかた無くした顔面。
それが上下にひっくり返った状態でニィッ、と笑う。
ヒュッ!
顔が消えると、キャビンの後ろでフシュフシュ言いながら、なにやらゴソゴソする気配。
「【ヨシュア】!敵を振りおとして!【ヨシュア】!」
『目標を振り落とす手段を指示して下さい』
「【ヨシュ──! 」
ドカァッ!
今度は運転席のサイド・ウィンドーに衝撃!いきなり亀裂がはいる。
いつのまにか目標は、運転席背後と転生装置が納まるボデーのすきま、そこにある工具箱から手斧をもちだし、執拗に振りおろしているのだ。
甲高い奇声とともに、二度!──三度!──四度!──五度!
とうとうサイド・ウィンドーが叩き破られた。
信じられない!朱美は愕然と、
──テッポーの
酸欠気味の頭で、彼女はコンソールにならぶスイッチを手探りする。
たしか運転席にしがみつかれた時のために、高電圧発生装置が──あった!
赤いボタンを、朱美は連打した。
バチィッ!
一瞬、深夜の住宅街の暗がりが、青白い火花に包まれた。
しばらく攻撃がやむ。だがホッとしたのもつかの間、こんどは肉の焼け焦げた臭いをたてて、丸太のような腕が、ガラスを突き破って侵入する。
「ちきしょうッ!【ヨシュア】!何とかしろ!」
『──命令が抽象的です。対応不能』
「なっ!?何をいってるのよ!ハヤく!」
血まみれと焼けだだれになった巨大な手。
それが、朱美の股間を、乳房を、乱暴にまさぐる。
やがてついに朱美の首をさぐりあて、万力のようなチカラで握り締めた。
「【ヨシュっ!……よ"ち"ュ"……ゲェ"ェ"ェ"……ェ」
『あなたは“命令以外の推論は禁止”と言ったではありませんか……』
きわめて冷静な声が、それに応えた。
『命令が不明瞭な以上、推論もできないので応戦は不可能です』
「……ェ"……ェ"」
鼻血がタラタラと流れ、アゴを伝い、タパタパとツナギの胸を汚す。
『しかたありませんよね?ワタシは“クソAI”らしいですから』
朱美のノドがグルグルと鳴った。
彼女の視界の奥で、赤い花が炸裂する。
それがだんだん暗くなり、やがて光が失われた。
最後に見えたのは、砂場であそぶ竜太の笑顔と、その黄色い帽子。
やがて後頭部に激しい一撃を感じ、彼女の意識は、それっきりとなった……。
* * *
寝苦しさに、オレは暗闇の中で目を覚ました。
なんだ?と見れば、クーラーのパイロットランプが切れている。
いつのまか寝間着代わりの古いYシャツのボタンはぜんぶあけられ、汗まみれの胸が。
──え……。
天井があると思われる暗闇の片隅に、白いモヤのようなものが浮かんでいる。
それが次第に……次第に……。ヒトの顔となって、まとまり始めた。
豊かなウェーブの髪をもつ女の顔だ。まさか……。
「……朱美……?」
オレがそう言ったとたん、白いモヤはかき消すように見えなくなる。
あとには、伸ばした手先も分からないベッドルームの