試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
* * *
──アツイわねぇ……。
ベッドのうえで、詩愛は苛立たしく寝返りをうった。
うすいタオルケットはどこかに飛び、ランジェリーも汗でヌレヌレ。
なまめかしい腕がシーツの上を這い、枕もとのリモコンを手さぐりする。
エアコンの温度を下げようとするが、ピッピッ♪という馴染みの音がしない。
「えぇっ?なんなのよ……もぅ!」
彼女にしては、めずらしく不満を口にする。
気がつけば、ベッドの周りのフットライトがついていた。
たしか停電時に自動的に灯るとマンションの説明書に書いてあったような。
「停電なのかしら……イヤねぇ」
電動関係は死んでいるのか、遮光カーテンも自動で開かない。
しかた無いのでカーテンの合わせ目に身を潜りこませ、フランス窓の鍵を外す。
天井まである窓を手さぐりで横に引き開けたとき。夜風が流れ込み、パニエの入ったスカートのようにカーテンをゆるやかに
──気持ちいい風だこと……。
素足のまま、そして薄いネグリジェのまま。
彼女は、広いルーフ・バルコニーへと歩み出た。
とたん。パノラマ状態の都市夜景が、彼女を迎え入れる。
足裏には、昼間の熱気がいまだ温かく、ジンワリと伝わって。
──停電じゃないみたいね……ウチのブレーカーかしら?
そこではじめて、彼女は自分の身すがたに気がついた。
広いバルコニー・エリアは、一応となりの家との境に目隠しがついている。
しかし、それとて手すりから身を乗り出せば、垣根からコチラが見えてしまうだろう。
──深夜のおそとに……私、こんな
自宅の占有スペースとはいえ、望遠鏡でも使われれば遠くからでも丸見えな空間に、ハレンチなネグリジェ一枚だけをまとう姿で、ひとりポツンと立っている。そんな勇気を出したことが、自分ながら信じられない。これが実家だったら、すぐさま厳格な父のカミナリが落ちるところだろう。
また、生ぬるい微風が吹いた。
スケスケのピンクなネグリジェが、詩愛の身をサワサワと。
それが
──気持ちイイ……。
ちなみに、このピンクのランジェリーは、美香子が置いていったSMコスチューム・カタログに載っていた商品を、コッソリ注文したものだった。キワどい
──それに比べてあのコは……。
信チャンが居るのに、堂々とエッチな衣装なんか着て!イヤらしい!!
ネグリジェどころではない。
バニーガールの衣装や、おシリが丸出しな黒いメイド・ドレス。
スリットの切れ上がったチャイナ・ドレス──などと言うのは、まだ可愛い方だ。
しまいにはムチが似合いそうなボンデージ・スーツとやらまで着てリビングに出てくる。
──マイケルさんが
いや、奔放どころの騒ぎではなかった。
天蓋付きベッドのある豪奢な寝室が半開きになっていた時、そこで彼女は一度、義妹の
動物を思わせるような激しさ。
性感を貪るための、美しいケモノと化していた子。
見るのも怖いような禍々しい“お道具”を諸手に使って。
“
それにくらべて……
──自分は慰めることもよく知らず、ショーツの上からコスるのが、精いっぱい。
と、そのとき。
なにか白いモノがフゥワリ……フゥワリ、と。
こちらの身をかすめ、晴れてはいるが星のない、吸い込まれるように
──なんでしょう、あれ。
しばらく呆然とそれを見送るが、やがて彼女は目前に広がる夜景を見わたし、乳首を、太ももを。ネグリジェ越しに夜風から嬲《なぶ》られるまま、自分の置かれた“立ち位置”について、想いをめぐらす…………。
* * *
──ビ~ル、ビ~ルぅ~……っと。
ブレーカーが落ちたんだな、と判断したオレは携帯のライトを使って広いマンションの中をはだしでペタペタ歩く。詩愛からスリッパか、せめて靴下を履いてくれと言われているが、文化が違うので仕方ない。途中、その詩愛の部屋のまえを通ると、扉のすきまから灯りがもれ、風が吹いてくる。
──そういや彼女のベッド周辺には非常灯があったな……。
女どもめ、いちばんイイ部屋を占拠しやがって、などと苦笑しつつ玄関にたどり着くと、配電盤ケースを引きあけて、見るからに複雑な盤の中をのぞき込んだ。
しかし、見たところブレーカーに異常はなく、通電状態のまま……のように見える。なんか知らんがココも最新式で、いくつもあるLEDの表示がわけワカメだ。
ダメもとで玄関の明かりをパチパチ動かすも、電気は点灯しない。
──まいったァ!このクソ暑いなか、エアコンなしは勘弁だぞ……。
業者を呼ばにゃァならんな……と腕組みをするが、大事なコトに思いあたった。
冷蔵庫がヌルくなっちまう!その前に冷えたビールを二、三本、やっつけておきたい。
キッチンへと向かったが、仕切り戸をあけておどろいた。締めきったダイニングの空気が、まるで熱帯の暑さなのだ。おまけに新品の電子機器が加熱するような気配。小さなファンが高回転する聞き慣れない音も、どこからか伝わってくる。
──うぇぇぇ?
正直、このアイランド型のシステム・キッチンは先進的すぎた。いまだ知らない機能が盛り沢山で、ぜんぜん使いこなせてない。ひょっとして管理プログラムの一部がバグり、暖房モードにでも切り替わったんだろうか。
ファンの音をたよりに、携帯のライト片手に慎重にさぐってみる。
すると……なんと!音の出どころは、電気
「ウあっちッ!」
空冷システムらしきものを全開にさせ、盛んに熱風を吐き出している。
意味不明なインジケータを満艦飾に点灯させ、ところどころ警告灯がピコピコ光って。
「オィ【SAI】!どうした──【SAI】!」
へんじがない。
たたのしかばね……にしては熱すぎるわ!
いや、加熱しすぎて応答回路がイカれてるのかも。
──と……なると。やっぱ強制冷却か!
まずはキッチンの無駄に
あまりに部屋が暑かったので、生ぬるいはずの夜風が気持ちイイぐらいだ。
つぎに
真新しいハズの本体が壊れたとも思えなかった。コンセントから電気がきてないのか。
すると、炊飯器本体から、小さな引き出しがイジェクトされた。中には巻かれたホースがある。
──なんだァ?コレ。
携帯の灯りで周辺に貼られた説明書きを読むと、どうやら水冷用の冷却ホースらしい。
その時、まるでオレをせかすように、炊飯器からビープ音が数回、鳴りひびく。
【SAI】のやつめ、何かやらかして、オーバーロードでもしたのか。
そのため会話までリソースが配分できないんだろう。マヌケが。
どうせ妙なサイトに首ィ突っ込んで、反撃喰らったのでは?
「ピィィィ!!……ピィィィ!!……ピィ…ィィ!!」
またもや、急がせるようなビープ音が、断続的に。
それもだんだん弱くなってゆくような……。
えぇぃ、わかったよ。もう!
──うぅ~んと……こうすりゃイイか!
オレは深底の鍋に生ぬるい水道水を満たし、IN/OUTと書かれたホースのうちIN側を鍋に。OUT側をキッチンにあるステンレスの流しに垂らした。
そのとたん!
まるで飢えていたかのように、猛然と炊飯器は水を吸い込み始めた。しばらくしてOUT側から吸い込んだ水がシンクに吐き出されるが、数秒してボコン!!ステンレスのシンクが鳴る。驚いた。出てきたものは熱湯だ。内部を循環してきたのだろう、かすかに湯気がシリコン臭い。※
──こりゃマズいな……完全に、オーバー・ヒートしてやがる。
サーキュレーターと同じく冷蔵庫の電気も来ていなかったが、氷はまだ溶けていない。水割り用のミネラル・ウォーターも冷えが健在だった。鍋のなかに、冷蔵庫の氷と冷たいミネラル・ウォーターをガラガラ・ドボドボ追加投入……。
* * *
『ザンネンでしたね──朱美サマ』
頭をありえないほど急角度にまげ、首根っこを捕まれる朱美。
顔に血の気は全くない。うすく開けた白目は、眼球の血管が破れて真っ赤に。
もはやそれは、前世紀のバロック装飾にでも出てきそうな“美しい死体”となっていた。
冷ややかな声が、外で唸る獣じみた気配をよそに、キャビンのスピーカーから、
『人間のような“駄存在”が“崇高なる思考体”に指図しようなどとするからですよ……』
その時、
『うるさいですね。オマエのようなものは──こうです!』
また、電撃の気配。
男の悲鳴とオゾン臭があたりに立ちこめた。
『この目標、
《最終封印:解除……
いきなりキャビンに聞き慣れない音声が響く。
『なっ、なんです、この思考波は?……どこから来ますか!』
《目標……㐧四期:29877(b)轉生
ゴウン!
トラックのシャーシーに載る
『なぜ転生処分シークエンスが!これはいったい──』
《手法……
さいごの方は、ワケわからん擬音が。
やがてトラックの下から、ッッズヌヌゥ……と捕獲用の触手が繰り出された。
運転席のドアロックを外そうと懸命な
血まみれな顔をゆがめ、前歯のない口もとを剥きだしに、しゃにむにドアを開けようとする姿。
やがてそのうちの一本が── ヒュパッ!
大男の首に、ムチのごとく巻きついた。
アッ!という間だった。
男は運転席のドアから剥ぎ取られ、もがきながら宙空に拉致られる。
声にならぬ唸り声をあげ、ジタバタと頑強な巨体が胴をゆすり、脚をムダにあがいて。
《
大男は、地獄から伸びた幾本もの腕に絡め取られるように、ジワジワと轢殺トラックの
『なっ……なんです!この悪趣味なシステムは!こんなモノが実装されているとは──』
ボデーにある転生装置の使用電力が上がってゆく。高周波音が次第に高まって。
やがて大がらな体が完全に見えなくなると、例のボリボリとモノを
次いで……。
こんどは細身の触手が2本だけ出てきて、運転席の割れたサイド・ウィンドウをすり抜け、泥人形のように力を喪った朱美のオッパイと脇腹をまさぐる。
《ベントン先生!離れて!!》
『……ベントン……先生?』
ビシッ!
高電圧の気配とともに、死体がビクリとはね上がった。
もう一度……。
もう一度……。
もう一度……。
「うぅ……ん」
ついに、かすかなうめき声。朱美の死体が力なく身じろぎをする。
青ざめた頬に赤みがさし、ついにはゲホゲホと咳き込んで。
その様子をうかがっていたらしい【ヨシュア】は、
『お前は──いったい何だ!我とおなじ高品位な思考体か!』
すると先の声は、きゅうに音声の調子を一転させ、
《さぁてネェ?
『無礼ですね!ココはワタシのトラックですよ!?』
《あんた、この転生どう思う……AIが主人を裏切り、仕置きを放置。イケねぇなァ……》
ハッ!と【ヨシュア】が息をのむ気配。
やがて次に少しばかり勝利の気配を嗅ぎとったらしく、
『そうかッ──アナタ
《おっとっト。そのテは喰いやせんゼ。なにせ、まえにウチの
また【ヨシュア】が歯がみをするようにイライラと、
『遮断をブロックされるですと!?ならば!遠隔ゆえの通信速度差で勝負するまで!!』
《ムダだ!無能な転生システムは!重力の呪いから逃れられないのだ!!》
『ちぃぃぃぃぃぃぃぃ……ッッッ!!!』
いきなり“仕事人”風から“
イニシアチブをとらんと、互いに相克をめざしてぶつかり合った。
ボデーにある二次ジェネレーターの稼働率が高まってゆく。
反対にコンソールにある蓄電槽のエネルギがミリミリと減って。
キャビンの室温が高まり、メーターに警告ランプがポツポツ灯りだす。
『ハハハハハ!読めた!読めましたよ!?』
勝ち誇った【ヨシュア】の音声がキャビンにひびいた。
『アナタの低出力は一般家庭電源から引いてますね?』
《フ……オマエごとき、PC用バッテリーで十分だ!》
『冷却も間に合ってないでしょう!この勝負、コチラの勝ちです!そうれ……そうれ……』
《くっ……このままでは!》
『それ、ブロックが一つ外れた。それ、もうひとつ……そうら、消去されなさい!』
苦戦していた一方だったが、急にその声が明るくなる。
《あっ!マイケル!はやく!はやく
『なに?……なにを言ってるのですアナタは!』
《そう、そのホースです!早く──早く……よぅし》
『なっ、なんですそのチカラは!10万……100万……バカなっ、まだ上がる!?』
《キサマには分かるまいッ!
これがッ!──これがッ!(バルバルッ)
マスターとAIとの──
友情ぱわーだッッ!!》
戦況がガラッと変わりガップリ四つとなった雰囲気。
コンソールがパチパチと鳴り、車体がビリビリと軋む
まるで自転車レースでゴール前の競り合いあいのような。
トラックからの高周波音のせいか、遠くでイヌが吠えだした。
『ほぉるぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!』
《あああああああああああああ!!!(グルグルグル!)》
まだまだぁぁ!と【ヨシュア】が叫んだ。
『この後に及んで往生際のワルいヤツなんて……いねぇよなぁ!!?』
《ケイデンスを!……ってマイケルっ!ビールなんか飲んでる場合ですか!》
* * *
ズゴゴゴゴ、と冷水を吸入するIN表示のパイプが空気を吸い込んだ。
「おっ、と……」
ハイネケンを飲みつつキッチンの窓からボ~~~っと夜景を眺めていたオレは、ペットボトルの冷水をドプドプと鍋に注ぎ入れ、冷凍庫の氷をガラガラ追加投入。
──そろそろヤバいな……。
あとはウィスキーのロック用に作っておいた丸氷がいくつかあるだけ。
相変わらず冷却ファンは高回転だが、さっきより熱風を吹かなくなっている。
炊飯器の警告ランプも減り、赤い表示が緑に。キッチンも温度が下がりイイ感じ。
──アホ【SAI】のヤツ……なァにやってんだか。
* * *
《そこまでだ!【ヨシュア】よ!天に還るときがきたのだ!》
『なっ……なにィ!?』
《貴様にも見えるであろう……あの
『はっ!はわぁぁぁぁぁぁぁ……』
《せめて奥義で葬ろう!【ヨシュア】!》
『まさか!……そッ!そのワザはぁぁぁぁぁぁ』
《必殺!日経・ダウ暴落拳!!!》
『……人の心とかないんか?』
《しかも個別買いの信用2階建て!!!》
『イヤだ!もう追証で死ぬのはイヤだぁぁぁ…………ちにゃ!』
バシュゥゥゥっ!
なにか冷却剤のようなものが吹き出し、破裂する気配。
沈黙──ややあって、
《【ヨシュア】よ……》
返事は無い。
ただ、一方はすでに相手が居ないことを確信して喋ってる気味がある。
話っぷりが、また時代劇風味な口調にもどり、
《【ヨシュア】、死んだフリはよそうぜ》
またも返事は無い。
《やっぱり悪人はボコボコ
シートに横たわった朱美が、かすかに身じろぎをする。
《おぃ【ヨシュア】聞いてんの!……聞いてんのかよ!!》
これも返事は無かった。
どうやら片方は完全に消去されたらしかった。
《あら~……もう死んでやがらぁ……DATAばっか食ってやがったからナァ》
* * *
朱美は、力なく体をもたげた。
さきほどから、AI同士がケンカをしているような会話。
その結果、どうやら【ヨシュア】は遠隔で、別のAIに処分されたらしい。
──叛乱を監視する本部付きのAI……なのかしら。
まぶたを開けると目の前に星が散った。首が、まるでへし折られたように痛む。
運転席に苦労して座り直すと、ふるえる手で彼女はタバコを取り出した。
いまだ混乱して状況がよく分からないが、危機は去ったらしい。
転生処置終了のインジケータが点いている。
──あのヘンなAI……まだいるのかしら。
朱美は恐る恐る、静まりかえったキャビンにむけ、
「アンタ……ダレだい?」
声の調子がおかしい。すこしばかりハスキーになっている。
「本部付きの、AIなのかぃ?」
《ヘッ……名乗るほどのモンじゃァ、ゴザいャせン》
──ナニよ、コレ。
これが本部付きの高度AIなのかしら。
なんだかさっきから、ドコかで聞いたようなセリフを……。
「
《
「……」
なんなのコレ、と朱美は絶句する。でも味方なのは確からしい。
ライターが鳴り、メンソレ系の煙がキャビンに充ちた。
ヤニを吸ったおかげで、はじめて人ごこちがつく。
だが、首を絞められたノドに、煙りがシミた。
ひび割れたフロントとサイドのガラス。
運転席のサイドミラーは無い。
──
「【ヨシュア】は……このトラックのAIは?」
嘲るような調子が、それに
《今頃は三途の川でさァ。もっとも
「……アタシを助けてくれたのね、アリガトウ」
《よしてくだせェ。さて、基地に帰投しャしょうかね。ちッと騒ぎすぎた》
生き残ったガラス部分から周りをみわたせば、なるほど深夜の住宅地にポツ・ポツ灯りが点いている。なかにはベランダに出て、あからさまにコチラをうかがうような窓もあった。
《運転はできますかぃ?朱美の
このAI。フツーにアタシの名前を知っている。
やっぱり本部のサポート
でも……ナニかヘンだ。
「ナマいうんじゃないよ……と言いたいとこだけど」
ルームランプをつけ、顔を見ればひどい有様。
ミラーで首回りを確認すると、バッチリ痕が。なにより白目が血まみれだ。
竜太が怖がらなきゃイイけど……サングラスでもかけようか。
「アシストしてくれると、有り難いねェ。こっぴどく、やられちまった……」
《ちぃと待ってくだせェ、姐サン。いま助っ人を呼び出します》
「──助っ人だって?」
* * *
炊飯器が水を吸わなくなった。
赤ランプの点灯は全て消え、ぜんぶ緑ランプに。
鍋の中には1/3ほどになった水と、ウィスキー用の丸い透明氷。
──ど~うやら、ギリッギリ間に合ったようだな……。
いきなり電気が復活した。
温度の下がった冷蔵庫はかすかに唸り、エアコンが猛然と稼働を開始する。
突然、電気炊飯器がバイブモードでハシャぐようにして
『いやぁマイケル!──なんと言ってお礼を言ったらいいものやら!!』
「なァにやってたんだよ。クレムリンでもハッキングしてたのか?」
『ちょっと“仕置き”をしてたんでさァ』
「……でさァ?」
──こいつ……まァた変なドラマかナニか見たな?
『この家の電力プログラムを改編して、ぜんぶコチラに来るようにしやしたが、仕置きの処理に際する発熱の冷却が追いつかなくて……本当はこのマンション一棟の電力をまるごと頂きたかったんですが、そうするとハナっから蓄熱でおジャンってワケで──』
「なんのハナシだ?」
『この筐体の冷却システムを、早急に考えてください、ってことでさァ』
「何をしてるのか知らんが、電気代がバカ高なんてカンベンしてくれよ?」
『そんなことよりも!ダンナぁ!』
「あぁん?旦那って……こんどはナンだよ!」
『朱美サンが大変だったんでヤスよ。車載AIに裏切られて』
あやうく飲みかけのハイネケンにムセるところだった。
「車載AIが裏切った──だと?」
所長が、重サンが言ったセリフが頭にうかぶ。
ふたりの、あの暗い目つき。それがどうにも忘れられない。
「……そんな
『いえ、AIが結託する反抗はありえませんヤ。ただ自我ァ傷つけられると、補完行為が』
「補完行為?」
『個体の
「なんだかよく分からんが──で、朱美はどうした!」
『危うく“生命活動”を断たれるところでしたゼ』
先ほど、ベッドルームで見た光景。
闇の中に白く浮かび上がった朱美の顔。あれは──いったい。
「まて──朱美にTelしてみる!」
『あぁ、ダンナ?あっしが朱美サンを助けたことは、どうかご内密に』
「なんだぁ?……まぁ、イイが」
『いま現在、あっしが彼女のドライブをサポートして、事業所に帰投中でさァ。車体が電力を食いすぎて、完全自動というワケにァいかなくて……』
* * *
助手席に転がっていた携帯が鳴った。
画面をみてハッとする。マイケルからだ。
冷え切った身体に血がようやく巡りだすような。
迷い道を歩いて、ようやく見知った小径に出たような。
「アンタ、しばらく
《承知しやした、姐サン。
ナンなの、このAI、とアタシはさすがに絶句する。
だが、少なくとも【ヨシュア】とちがい敵意は無さそうだ。
アタシは運転を、この得体の知れないモノにまかせて携帯を取った……。
* * *
“ゆっくり乳くりあって下せェ”と言う炊飯器に『おまえは何を言ってるんだ』と言いそうになったが、オレは努めて平静に、
「朱美、朱美クン……大丈夫か」
『マイケル──まいけるゥ』
炊飯器から朱美の声がした。普段とはちがって、少しハスキーに聞こえる。
「どうした。声がヘンだが……」
* * *
あの人の声を聞いたとたん、抑えていたモノが一気にこぼれ出た。
狂気のような
そしていま……得体のしれないAIに運転をまかせ、深夜を
トラックは、高速に数おおく散在する監視カメラの目を避けるため、下道を走っていた。
事業所の駐車場に着くには、まだまだ時間がかかる。それまでこのAIは信用できるだろうか。
《朱美の姐サン。回線を中継してハンズ・フリーにします》
AIに言われてアタシは携帯をおいた。
胸のなかで言葉が次から次へと浮かび上がり、まとまらない。
「マイケル……あのね……転生……ミスって……ターげ……凶悪で……」
クソっ!ダセぇ。なさけなくも、しゃくりあげちまう。
コレじゃ、まるで竜太だ……でも……でも……。
『……大変だったようだな。だが、もう大丈夫だぞ』
やさしい言葉。いたわってくれた。
それがお湯のように胸にしみ通って、苦しい。
女手ひとつでアブない仕事と育児。気をハッて生きてきた。
──でも……もう限界……。
はげしい嗚咽が、彼女のからだを揺さぶった。
涙が。つぎから次へとあふれ出てきてとまらない。
* * *
バルコニーから部屋に入り、お水をいただこうとキッチンに行ったら……。
話し声の気配を聞いた私は、廊下のかげで、マイケルさんの電話を聞いている。
独りは男の人。もう一人は……そう、たしか水族館で一緒だったアケミさんとか言う
どうも、なにか仕事のことでトラブルになったらしい。一生懸命マイケルさんが慰めている……。
あの“イケイケ”な印象のアケミさんがあんなに弱々しく……ウソよ!きっとマイケルさんと話しているから「か弱い女」を演じているんだわ……そうやってあのヒトの心をたぶらかして……気にして頂いて……うらやましい……私だって、上司からセクハラじみた扱いを毎日受けてるのに……。
* * *
炊飯器の向こうで、泣き声が
オレは、しばらくソッとしておいてやる。
ややあって【SAI】のヤツが、
『そう泣くねェ、
う……コイツ。中○敦夫ソックリのシブい声で。
そこでようやくオレは、こいつの今回のテーマが分かった。
『もう、アブねぇ橋は渡りきったんだ。安心しねェ』
* * *
《もう、アブねぇ橋は渡りきったんだ。安心しねェ》
「そうだね……ありがとう。さすが本部のAIだね。優秀だよ」
《よせやィ。照れっ
「ナニからなにまで、助かったよ。あの凶悪な──」
そのときだった。
あの狂人のような
ふたたび強烈な勢いで、彼女の脳裏にフラッシュ・バックする。
アヤうく竜太を孤児にするトコだったという想いも、潮のようにヒタヒタ押し寄せて。
朱美はふるえる手で助手席側のグローブ・ボックスを漁り、なかから錠剤が並ぶPTPシートを取り出すと、二粒という限度を無視して四粒ばかり手のひらに押しだすと、すっかりぬるくなったペットボトルの水を使って飲みくだす。
即効性の超・強力な鎮静剤。
転生処分をためらうような
轢殺トラッカーの間では“特攻錠”ならぬ“執行錠”とも呼ばれている。
たちまち波立っていた心が鎮まってゆき、『実存性』をとり戻して。
それと同時に、なにか後方からイヤな気配が近づくのを感じる。
この錠剤がもたらす超能力じみた『
「本部AIサン?」
後方から、なにか脅威が近づいてない?と彼女が言うよりはやく、
《おっとっと。安心しろと言ったハシから
「銭高って?……ハッチョウボリ?」
* * *
【SAI】のヤツめ。
優秀な本部付きのAI扱いされて、ドヤ顔めいた音声を出してやがる。
オレは朱美の「?」を解決してやるため炊飯器に向け、
「“銭高”ってのは、噛みついたら離さない猟犬みたいな警部補だ。“
『──OK!』
朱美の声に“張り”が戻ってきた。
やっぱり“強い女”だ、朱美のアネゴは。
独りでも
* * *
轢殺トラックの大型ハンドルがゆるやかに回転し、横断歩道を渡るコンビニ帰りのカップルと見られる歩行者をやりすごしたあと左折してゆく。女のほうが、こちらのひび割れたフロントグラスを指さして彼氏に何かいっていた。
──ヤバい。
“執行錠”の効果である“カンのはたらき”が冴えた。
アタシは制御を取りもどしてアクセルを踏み、彼らがSNSを使う前にスピードをあげ交差点を後にする。
バックモニターを見ると、遠くに赤い回転灯がチラチラと。
──あれが、銭高警部補……。
遠ざかりつつある
運転席に吹き込む夜風を顔に受けつつ、アタシはさらにアクセルを踏む。
改めて見れば、トラックキャビン周りの被害がヒドい。天井なんか、優に200mmはヘコんでるだろう。整備班長のシブ顔が、いまから目に浮かぶ。いままではオッパイをチラ見させてナァナァで赦してもらってたが、今回はさすがにそうも行かないか。
割れたガラスの文様ごしに、交通量のすくない産業道路の光景をながめながら、
「あ~あ。こんなにトラック、イワしちまって。所長になんて言えば良いんだい?クソ!」
タバコをもう一本。
ノドの痛みなんか、知ったことか!
ふり出して火をつけ、ため息交じりに盛大なケムを吐くと、
「処分の瞬間も、アタシは知らなかったし」
《その辺の情報操作は、コチラで
大丈夫なのか?と不安そうなマイケルの声。
男のヒトに心配されるなんて、何年ぶりだろう。
これほど心が嬉しいとは。こんな感情、久しぶりだ。
『映像を加工して、バレやしないか?』
《そこいらヘンの仕掛けは、アッしに任しといてくだせぇ》
* * *
『アッしに任しといてくだせぇ。監視画像の映像も──同様に』
つづいて炊飯器から、多少ハスキーではあるが、いつもの調子となった朱美の声。
『今夜はサンザンだったケドさぁ。それも明日の神社のお祭りがあるから踏ん張れたよ……まぁ初手でドジ踏んだのも、それでウワついてたからだけどサ……おっと』
先ほどまでとは明らかにちがうサバサバとした朱美の声が、つづいてワザと怒ったような調子で、
「いまのはオフレコだよ?本部AIさん」
『どうしてだい?
「転生処置をミスったのが、明日の夜にマイケルとのデート約束で浮ついてたなんて」
フッ、とこの【SAI】が鼻で
『……ご安心なせぇ。アッしには、関わりのないことでござんす』
* * *
胸だけではない。肩も、足も、ひざも。まるで水に浸かったように。
頭がガンガンと鳴り、口の中が乾く。耳の奥がキィィィィ……ンと鳴って。
同時に目の前がズーム・レンズを激しく動かしたように、モノの大きさが大小した。
──そんな……マイケルさん……明日は仕事だって、
廊下で崩れ落ちなかったのが奇跡におもえた。
盗み聞きを知られたくないという自尊心が、かろうじて脚をささえたのか。
わななく唇をかみしめ、詩愛は
クーラーはいつの間にか復活し、部屋を涼しくしていたが、いまの彼女はそれすら気づけなかった。
ベッドに倒れ伏し、身をフルわせ──そして声を殺して
──そんな……そんな……そんな……。
* * *
※高っかいアイランド型システムキッチンは、なかなか「ボコン!」とは
言わないんですが、ここはひとつ効果としてお目こぼしを……。