※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃   (5)

 

 * * *

 

「ンで、ガキどもァ鳥居をブッ倒したあげく、盗んだハマー(軍用車両)置いて逃げたってワケさ」

「まったく……ヒト騒がせな小僧ッ仔たちだネェ!」

 

 祭りの人の流れを見わたせる縁結び神社境内の小高い場所。その頂にある小さな祠(ほこら)の暗がりで、ドレッドとナナが互に“逢瀬”を演出しつつ、足もとを流れる雑踏に目をくばっていた。(鶴岡八幡宮の境内にある丸山神社のような場所を参照)

 ドレッドは髪型を隠すバンダナをアタマに巻いて、甚平(じんべぇ)の上下。

 ナナは、すこし安っぽい恨みがあるピンクな化繊の浴衣(ゆかた)という出で立ち。

 用意の良いことに足もとには火を点けた蚊取り線香が、ほそい煙を引いている。

 

「あ、兄キぃ!」

 

 祠と下の参道を結ぶ短い階段をバタバタ上がる気配がして、ヘビメタのTシャツを着た“おサル”のジョージが、参拝用の小さな空間に玉砂利を踏みならし駆けこんできた。

 しばらくゼーハーと肩で息を切らしつつ、それでも狡猾そうな眼(まなこ)を光らせて、

 

「──いッ、いッ、居ヤしたぜェ!……まっ、マイケルの……ヤローです!」

 

 女の首に回していた腕を解き、ドレッドが色めき立つ。

 手首に巻いたこれ見よがしなロレックスのデイトナがキラリ、光って。

 

「例の女を連れてたか!詩愛とか言う、まえにオレたちが輪姦(マワ)した……」

「いぇ、それがァ──」

「なんだ、ハッキリ言え!」

「ガキ連れなんでして、へぇ」

「ンだァ?ガキ連れだとぉ?」

 

 ドレッドが珍しくも純粋に意表をつかれたカオで、

 

「ヤツのガキか?あの女には、ガキが居ゃがったのか!」

 

 そう叫んだあと眉をひそめて首をかしげ、

 

「いや、強姦(ツッコ)んだ時は孕み女(経産婦)のシマりには思えなかったが……」

「そのぅ……どうも連れてるスケ(女)が、別口のヤツなんで」

「──ッは?」

 

 ドレッドの首が甚平のエリもとでカクン、と落ちた。

 

「あのスケベ野郎、別のオンナを連れてるのか!」

 

 ジャッ!

 ナナの履く草履(ぞうり)が、祠まえの小広場に敷かれる玉砂利を激しく蹴チラす音。

 その仕草に振りむき、怪訝そうにドレッドは眉をひそめて彼女を一瞥する。

 

「どうした、ナナ」

「ベツにぃ?んで、その女は……美人なのかぃ?ジョージ」

「へぇ。まぁ“姉御肌の色っぺぇヤンママ”って感じで」

「するってェと、詩愛(ヤツ)は来ねェか?野郎、顔に似合わずフタマタか」

「いっそのコト、いま連れてるスケぇ拉致ったらドウです兄キぃ?」

「ねぇ……ホントに姦(や)るのかい?」

 

 このとき、ナナがふてくされたように薄暗がりのなかで、

 

「なんだと?」

 

 浴衣の帯の下で後ろ手に彼女は、うつむいたままゆっくり辺りを歩きつつ、

 

「ぜんぜんカンケーない女性(ヒト)じゃないか……」

 

 ドレッドは目を細め、ナナの方を、まるで不思議なモノでも見るように、

 

「お前ェを殺したヤツの女だぜ?」

「むかしの……前世のハナシじゃないの」

「知るか!ヤられっぱなしじゃ、収まらねぇ。目当ての女が来なかったら、いまヤツが連れてる女を引きはなして拉致(らち)り、探索に出してる小僧共も集めて──輪姦(マワ)す!」

 

 屈強な男の、断固たる口調が神域の闇を圧して伝わった。

 そこに、幽(かす)かな女のため息も混じって……。

 

 * * *

 

「みてみてぇぇマイケル!」

 

 待ち合わせ場所は神社の参拝用手水舎《てみずや》近くだったが、コレが失敗した。

 ヒトが大勢居る中、竜太はオレを見つけるや、玉砂利を踏みならし喜色満面、走り寄ると、

 

「きょ~ねぇ!か~チャンねぇぇぇ!?スカートなんだよぉォォ!?」

 

 男児の素っ頓狂な大声に、周りの雑踏からクスクスな気配。

 その微笑ましさに、アラアラウフフな視線がふりそそぐ。

 

「すごいでしょォ!?ママ──キレイだよねぇ!?」

「バッ、ばかっ!」

 

 オレのカーゴ・パンツの裾をひっつかみ、自分の母親のスカート姿を指さして必死にオレにアピールする息子に、朱美は真っ赤な顔で手を振って、

 

「ナニ言ってんだぃ!余計なコトいうなって!」

「だって……」

「だってもクソもないよ!あんまウルサいと“ハぁ~”だよ!?“ハぁ~”!」

 

 そう言って母親は自分の握りこぶしにハァ~っ!と息をかけた。

 

「……“ハ~”やだ」

 

 オレの陰に隠れる竜太。

 

「大丈夫だ竜太、心配すんな。オジ……いや、お兄サンが守ってやる」

 

 竜太を後ろに隠したまま、オレは朱美に近づく。

 今夜の朱美は、今までになく“女性”を演出していた。

 カジュアルな、ひざ下丈の茶色いマーメイド・スカート。

 レースの透かしが要所にはいった、薄手の白い長袖ブラウス。

 なんか知らん、ドングリで作ったネックレスが胸もとをかざって。

 

 ──う……。

 

 だがさらに近づくと、ブラウスからのぞく首には包帯が巻かれている。

 右側の目も、白い部分に赤く血栓のようなものが浮かんでいた。

 同じ側の手には包帯が巻かれ、近づくと湿布の匂い。

 ファンデ(化粧)で隠してはいるが、ほおにもアザが。

 どうやら相当な轢殺目標(ターゲット)だったらしい。

 

「大丈夫か?……相当ハデにやられたようだな」

 

 オレの言葉に彼女は黙ったまま、ブラウス右手首のボタンを外し、袖をまくりあげる。

 前腕には血のにじんだ包帯。ヒジ関節にはサポーターが。

 

「おいー、安静にしてなくてイイのかよ?」

「竜太が楽しみにしてたんモン……これくらい」

「骨とかに異常ないのか?よくそれで帰投できたな」

「なんとか早朝に帰庫したンだけど、アタシも車もボロボロ」

 

 朱美は肩をすくめてみせるが、その動きすらどこかギコちない。

 

「医者はなんだって?どこの病院だ」

「事業所の奥にある医務室で治療をうけたよ。あとレントゲンと頭のCT……あんなスゴい医務室があるなんて、知らなかった。アンタ、知ってた?」

 

 ──すごい医務室だと?

 

 初耳だった。

 そんなもの、見たことがない。

 まぁ『ロック』が居る技術棟の奥には、ナニがあるか分かったモンじゃないが。

 

「カラダあちこち痛いのに、ヘンな端子のあるピッチリしたレオタード着せられてサァ。それでCTみたいな機械で全身スキャンされて。さんざんよ」

「……なんだそれ」

「そんでもって精密検査のあとは、午前中いっぱい査問ってワケ」

 

 査問、と言う単語に不吉なイメージがよみがえる。

 

「まさか……『六道ビルヂング』まで出向いた──とか?」

 

 受付の担当者が、ことごとく人間味の感じられない不気味なビルを思い出した。

 ミスを犯した転生請負トラッカーを裁く、ゾッとしない印象の弾劾組織。

 

「六道ビル?ナンだぃソレ」

 

 朱美は手を引っ張って夜店の方に行かせようとする竜太をなだめながら、

 

「ただ所長室で、知らないオッサン2人に事情を聞かれたダケだよ」

 

 なぜだかオレはホッとする。

 朱美が査問機関に行かず良かった。

 あのビルは──なにかヤバい気がする。

 無機質な、効率一辺倒の非人間的な処理機構。

 それは巨大な組織が、人間と主従を逆にしたような印象だ。

 人間のための法律が、いつの間にか法律のために人間があるように。

 

「どんなヤツだった!」

 

 思わずマジになりながら朱美にたたみかけた。

 

「その──事情を聞いてきた“2人組”って」

「べつにィ?両方ともメガネかけて。この暑いのにスーツ着た、印象のうすいオヤジよ」

 

 そのとき、CIA(ラングレー)のイメージが浮かんだのは、なぜだろう。

 あのコンゴの暑い夜。もしかしてアフリカ傭兵の意識が、また戻ってきているのか。

 

「そっか……んで、そっちの身体の方は?」

「くわしい検査の結果はマダだけど、3日ばかり特別有給もらった。轢殺目標のポイントも、アタシのカウントになってたし──そうだ!アタシを助けてくれた本部付きのAIって、アンタ知ってンだろ?お礼、言っといてよ!スゴいAIだったよ、アレ」

 

 この言葉を【SAI】が聞いたら、さぞや鼻高々だったろう。

 今、ヤツはすこし離れた駐車場に停めたトラックで、炊飯器の姿を助手席にくくりつけられ、インパネに繋がれた情報ケーブルをつかい【ボニー】とケンカでもしていることだろうて。

 

「そ、そっかァ……それはナニより」

「アタシらの『転生協会』って、まだまだ知らないコトだらけなんだねぇ……」

 

 そのときだった。

 

 首まわりがノビきったガラ物のTシャツに金ネックレス。ハーパンの下は毛ずねのある太い脚にビーサンを履いた、双生児(ふたご)のようなデブふたり組が、少し離れた場所で携帯片手に朱美の方をジロジロ、コソコソと観察してるのに気づいた。

 

(──アイツか?)

(チガうだろ。目当てはもっと“お嬢サマ”っぽいぜ?)

(そうだな。アイツも美人だが、ただの“ヤンママ”っぽいし)

 

 ヒソヒソそう言い交わし、頭の悪そうな顔をキョロキョロさせながら雑踏の中にもどってゆく。

 

「なんだいアレ……失ッッッッ礼な!」

「ネェ──はやく行こうよぉゥ!」

 

 ヤンキーたちの会話についてオレが考えをめぐらすヒマもなく、それまで大人たちの会話をだまって聞いていた竜太が、とうとうジレて地団駄をふんだ。

 

「お面~~!トウモロコシぃぃ~~」

「ヨォし!分かった分かった!」

 

 オレは小僧をヒョイと持ち上げ、ヨイセ!と肩車する。

 

 この時のコイツの喜びようったらなかった。

 以前の幼稚園でやったときのように大はしゃぎ。

 視界のすみで、朱美がハンカチを出して目頭をはらう。

 それに気づかぬふりをしてオレは、なるたけ意気揚々と、

 

「それじゃァ、行くかァ!まず──ナニからだ?」

「お面~~!『801戦隊シャブルンジャー』のォ~」

 

 * * *

 

 顔を上半分隠すキツネの面。

 夜店で売るような安物では無い。 

 薪神楽で付けるような、本式の器物(モノ)だ。

 そんな面をつけた浴衣(ゆかた)の女が、夜店の雑踏を。

 シャなり、シャなり身体を艶めかしくゆすり、歩みゆく。

 粋な駒下駄(こまゲタ)を鳴らし、巾着袋と商店街の団扇(うちわ)を左右の手にして。

 

 ピン!と張りつめた、押し出しのある尻。

 豊かな胸元を幾分くつろげた婀娜(アダ)な気色(けしき)。

 花魁(おいらん)のように後ろをグッと下げる“抜き襟”で。

 それに加え結い上げた髪が、彼女の仄白(ほのじろ)い首すじを。

 耳朶(みみ)には、透明な貴石をあしらったイヤリングが輝いている。

 

(おい、スゴくね?あのオンナ)

(どれだよ……うわ!エっろ!)

(尻に下着のラインがないンゴ。まさかノーパン?)

(バーカ知らねぇのか?浴衣には下着つけネェんだよ)

(と……童貞が申しております)

 

 詩愛が夜店の屋台がならぶ雑踏を歩いてゆくと、そんなささやき声がアチコチから。

 鼻から上をお面で隠しているため、視線を動かすだけで周りの動きが手に取るように分かる。

 この面は彼女が神社に入るとき、暗がりで薪神楽の舞い手と見える稚い巫女からもらったものだった。

 面をうけとり、礼を言おうとして彼女が顔をあげたとき、もうその少女は見えなかった。本番が近いのだろう。

 

 ときおり、帯から抜き出した携帯で、祭りの賑やかな情景や、どこか懐かしいような風景を撮ってゆく。

 

(あのキツネ面の姐(ねぇ)さん、ひとりかな?)

(ハ!オトコがいるにキまってんだろ)

(使ってる携帯、アイポンの最新型だぜ?たぶんお嬢サマだな)

(ヘタに手ェだすとヤクザが出てくんじゃね?)

(ちょっと、ドコ見てんのよ!)

(ぜったいアレ、さそってるわよネ、あのオ(・)ン(・)ナ(・)!)

(あ~ダメダメ、エッチすぎます!)

 

 以前の彼女なら、これらの風評に恥ずかしくて顔を赤らめてしまうだろう。

 しかし今はどこか横風(そんだい)に、むしろ自分の體(カラダ)を、ワザと誇示するような勢いで。

 

 ──どうしたのかしら……ワタシ。

 

 出がけに、あの淫(みだ)らな衣装(コス)で拘束され“達した”せいなのか。

 あるいはその後で、水のように頭の中に染みた入った言葉のせいか。

 いまは、殿方のネットリとした欲望丸出しな目つきや思わせぶりなセリフ。

 連れの女たちが刺すように投げる、ヒリヒリするような嫉妬(しっと)とやっかみの視線。

 陰陽さまざまな情念が自分に降りかかり、ドロドロ幾重にもカラみつくのを明瞭(ハッキリ)と感じる。

 そしてどうしたことか、この祭りの夜に限り、それがワケもなく身ぶるいするほど気持ちイイ。

 

 ──注目を浴びるコトが、こんなに気分を昂らせるなんて。

 

 口もとに浮かびかかる冥(くら)い笑みを、詩愛はさりげなく団扇(うちわ)で隠した。

 

 ──あぁぁぁ……いっそ、この愚民(クズ)たちの前で……。

 

 総身(そうみ)にピアスと黄金(きん)の細鎖(クサリ)をキワどくめぐらす裸体(ハダカ)となり、目を丸くする満座のまえで華麗な舞いを演じたら、どんなに気持ちイイかしら!……Y字開脚をピシリとキメて、乳首や性器を穿つピアスの鳴り物すらも、小鈴ひとつ鳴らさない……静止するそんなワタシの汗ばんだ肌を、涼風が頼りなく撫でて……パックリ開いたパイパン(つるつる)の汚(お)マンコからタラタラとながれる淫らな汁が、夜店の灯りにキラキラと照り映えるの。そうよ?まわりの顰蹙(ひんしゅく)と蔑(さげす)みを、ワタシは一身にあびるコトでしょう……『売女(ばいた)』だ『ビッチ』だという非難がゾクゾクするほど心地イイ。それが、まるでしつこくネバつく精液(ザーメン)をアシコチから射精されるように、この身を穢(ケガ)して……そしてオスどもは、そんなワタシの華やかな淫姿(すがた)を、情けなくも指をくわえて眺めているしかないの。対して女たちは……そんな猥(みだ)らな舞姫と化したワタシを白目で蔑みながらも“あそこで情けなく痴態をさらす女が自分だったら”……とマゾの本性を顕して想像し、浴衣のなかでワタシと同じくお股から愛液を垂らすのよ……それがももを伝って彼女たちは内またになりキュン、キュン♪って。そしておマメのあたりをさりげなく中ゆびで……。

 

 そこまで詩愛の夢想がすすんだとき。

 突然、彼女はハッと我にかえり、こんどこそ赤面──次いでおののき、蒼ざめる。

 

 ──やだ!ワタシったら……いったいナニを考えているの?

 

 今夜は一体どうしたのかしら、と熱を持ったような頭をクラクラさせた。

 またもや団扇(うちわ)で口もとを隠し、周囲の好色な視線を浴びつつ、自分が夢想した内容のひどさにショックをうけたまま、心うつろにフラフラと歩いてゆく……。

 

 と──そんなおり。

 彼女の行く手からバタバタ参道の敷石を踏みならし、数人が駆けてきた。

 

「さっきまで確かに手洗い場のところに居たんでさァ、兄キぃ!」

「まだ遠くにゃ行っちゃいめぇ……散らしたガキどもから、連絡ねぇか!?」 

 

 * * *

 

「まだテレグラムにも連絡きてませんゃ」

 

 チッ!

 人混みの中で、ドレッドはするどく舌打ちをする。

 

「兄キ!──兄キぃ!」

 

 ジョージが行く手から近づいてくる女をこっそり指さした。

 

「あの浴衣(ゆかた)の女(スケ)ぁ……よくねェですかィ?」

 

 そしてこの痩せ男は女に向かって粘液質な視線をそそぎ、舌なめずりせんばかりに、

 

「どエロにも……ホドがあるってもんでさァ」

「どこだ。あぁ、あのキツネ面の女か。たしかに體つきは、ちょっとイイな」

「チョイと!」

 

 ナナが、後ろからドレッドのふくらはぎを蹴って、

 

「アタシが居るじゃナイのさ!」

「痛てて……ただ見てただけだろうが!」

「兄キ、ドゥしやす?後ォ尾(つ)けて、暗がりに引っ張って……姦(や)ッちまいますかい」

「バカ!──叱ィッ!」

 

 早くも薄くなったジョージの後頭部に、ナナの一撃!

 

「アタっ!そんなぁ……姐さァん」

 

 そんな彼等が騒ぐよこを、キツネ面をかぶる上品な浴衣の女は、どことなく足もとも定まらぬまま、ふらりふらりと通り過ぎてゆく。

 ジョージは、クリクリと動くそのシリを、視姦せんばかりに凝然(ジッ)とニラんで。

 

「ホラ、行くよ?」 

 

 呆れ声で、とうとうナナがジョージの耳を引っぱった。

 

「いててテッ!……いたいスよぉ!」

「待て!アレはなんだ!?」

「どうしたんだィ?」

「向こうでナニか騒いでる……もしやガキどもじゃねぇだろうな」

「あのガキども。図体ばかりデカくて、アタマん中はカラっぽだからねェ……」

「行ってみようや。こい、ジョージ……」

 

 いま来たばかりの方向へ、三人は足早にすすむ。

 追い抜きざま、ジョージの手が浴衣の女の豊尻をサワり、と。

 だがこの女は何事か思い悩むようで、そんな愚劣な行為にもピクリとしない。

 

「チクショウ、姦りてェなぁ」

 

 “おサル”のジョージは、うつむくキツネ面の女を未練がましく何度も振りかえりながら、怒声が起こっている現場へと、先をゆくふたりの後を追った。

 

 * * *

 

「最近は祭りの屋台で売ってる品も、ズイブン毛色が変わったなぁ……」

 

 オレと朱美。それに肩車をする竜太が、祭りのひとごみに右から左から、後ろから前からドウゾされつつ夜店がならぶ参道を歩いているが、左右どの屋台を見ても珍奇なものだらけだった。

 

 それは、

 お好み焼きの代わりに“サーロインステーキ”だったり、

 焼き鳥の代わりにトルコの「シシケパブ」やブルガリアの「ミティティ」だったり、

 玩具でいえば、銀玉鉄砲の代わりにレーザー・ポインターが付いたエアガンだったりする。

 屋台の灯りも暖かみのある裸電球から、寒々としたLED照明へと変わっていた。

 ま、これもエコだ、持続性ナンチャラだとかいう昨今の風潮だろう。

 発電機の音とプロパンガスのボンベがならぶ光景は、相変わらずだったが。

 

「マイケル!……さん。ヨーヨーあったよ!」

 

 なるほど、水のながれる子供用プールに、色とりどりなゴム風船がプカプカと浮かんで。

 朱美がオレの肩にいる息子を見上げながら呆れ声で、 

 

「アンタは、もうさんざん買ってもらったでしょう!?」

 

 肩車している今は見えないが、竜太のアタマには『シャブルンジャー』のお面。

 片手にはイチゴ飴。その手首には意味不明な光るリングをまき、おまけに腰には特撮モノの安っぽい変身ベルトという満艦飾のハズだった。さいごのヤツは、オレが小技をきかせ射的屋でゲットしたのだ。

 

「……だって」

「マァいい、マァいい。ドレ──水風船ヨーヨーだな?」

 

 オレが肩から竜太をおろし、プールのヘリに群がる子供たちの中へ押しやったときだった。

 とおくの方で怒声が響いた。

 一瞬、なにかとまわりの群衆が声の方をむく。

 物見高い数人が歩いてゆくが、大多数はまた目前の夜店に視線をもどす。

 

「バカが酔っ払ってるのかねぇ?ヤだヤだ」

「マイケルぅ……きれちゃったよぅ」

 

 水風船を釣るためのヒモが途切れた釣り具を、竜太がすまなそうに掲げた。

 

「ヘタっぴだネェ。ドレ──貸してご覧?」

 

 オレがサイフを出して夜店のオヤジに代金を渡すと、朱美が代わりに釣り具を受け取った。

 

「ヤダよぅ!ボクがやるんだィ」

 

 子供の意地張りに、朱美と顔を見合わせて笑う。

 また怒声。なんだかそれがだんだんコチラに近づいてくる。

 と想う間もなく!

 悲鳴とののしり声が合わさり、近くで老人が土ぼこりを立てハデに転倒する。

 おいかけて来た一団が、たちまち両腕をつかまえ、老人の帽子をたたき落として叫んだ。

 

『捕まえたぞ』

『ふてぇ野郎だ!』

『爺ィのクセに足ィ早ぇな!』

『ふん縛ってお巡りに突き出せ!』

 

 なんだぁ?と思う間もなく、朱美のほうが先に反応した。

 

「えぇっ!?重サン?」

 

 * * *

 

「兄キぃ!マイケルの野郎が──」

「叱ッ!」

「へぇ。ホントに女連れなんだ。あの子ナニ?マイケルの子供なの?」

 

 騒ぎに引かれて現場にたどり着いたドレッドたちだった。

 人混みのなかに出来た輪の中にまぎれる“悪玉トリオ”よろしく様子を見守る。

 追いかけてきた者たちに、来ているボロ服のえり首を捕まれた初老の男。

 二、三回ドつかれ、足蹴にされて、ムリヤリ土下座の姿勢をとらされる。

 

 そこにマイケルが、割って入った。

 男のツレと思われる子連れな美人も、追ってきた者たちをなだめにかかって。

 

「どうもあのジィさん、屋台のものを食い逃げしたらしいわネ」

「ナリからしてコジキらしいな。あのツラじゃ、もう何日も食ってないんだろ」

「あっ!コジキの食い逃げ代金を、マイケルの野郎が払うみたいですぜ!」

「ケッ、偽善者が!あのアマさが、自分の部隊を危険にさらしたんじゃねェか」

 

 自分の部隊ですってェ?とジョージが怪訝な顔。

 

「なんでもねェ。しかしあの時ァ、お前ェも居たんだがな……」

「およしよ。過去生なんか知ったところで、イイことなんかありゃしない。因果や憎悪に縛られて、復讐したくなるだけサね」

 

 ナナのあてこすりに、ドレッドは唇をゆがめソッポを向く。

 その視線の先に、あのキツネ面をかぶるエロボディの浴衣女がいた。

 あいかわらず被ったキツネ面の奥から、マイケルたちを見ている。

 いや──よく見れば、マイケルの動きだけを追っている、ような。

 

「あ、兄キぃ!さっきのスケ(女)ですぜ?」

「黙っておいでな!声が高いんだよ、オマエは!」

 

 なにごとかと集まった群衆の輪が、トラブルの収束で散ってゆく。

 それでも浴衣の女は動かない。

 ドレッドの一味は、まばらになってゆく人混みに身を隠すことが出来なくなり、マイケルたちから少し距離をおいて、フルーツチンポと垂れ幕をさげる屋台の陰に隠れた。

 

 ドレッドは、相変わらず憎しみをこめて仇敵を睨む。

 “おサル”のジョージは、浴衣の女の方を眺め、想像の中で犯していた。

 ナナは、いずれにも興味なさそうに、隣の屋台の兄チャンに向けて艶っぽい流し目で挑発。

 まだ20歳そこそこと見えるこの兄チャンは、エプロンの下でさり気なく“チンポジ”を直して……。

 

 * * * 

 

「それにしても食い逃げなんて、みっともないネェ!」

「服は──ドウしたんです?ずいぶんとまた汚れてますね」

「そんなにヤセっちまって……転属先じゃぁ、チャンと食えないの?」

「今、どんなジョブを割り当てられてるんです?もう転生業務はしてないとか」

 

 久々に見る元・先輩轢殺ドライバーは、だいぶヤツれていた。

 体はもちろん、顔なども一回り小さくなってしまった気がしてならない。

 以前、ガンで亡くなる祖父を病院に見舞ったとき、こんな印象だったような。

 ジャマにならないよう、人の流れからすこし離れたところにオレたちは身を寄せる。

 

「なんだぃ?ハラなんかさすって。さっきのヤツらのパンチが入撃(はい)った?」

「いや……ハラぁ減っちまってな」

 

 無精ヒゲまみれの情けなそうな顔が、夜店の灯りにゆがんだ。

 そして、たたき落とされたハンティング・キャップの砂を払ってかぶると、

 

「もう3日間、まともなメシぃ食ってねぇ」

「ヤダちょっと──ナニやってンだい!」

 

 朱美は、老ドライバーの顔をギョッとしたように見つめた。

 

「アタシ、ちょっとそこいら辺の食べもの買ってくる。竜太?イイ子にしてるンだよ」

 

 そういうや彼女は食べ物を売る屋台を探しに、人混みのなかにまぎれていった。

 

 * * * 

 

「兄キぃ。女(スケ)のほう、独りでどこかに行きますぜ……拉致りますかい?」

「お前ェ独りでか?ガキ共も居なくて、できるのか」

「男の名前をカタって、チョッと暗がりに連れ込んでヤリまさぁ」

「お止しよ、バカバカしい──カタギの女(ヒト)じゃないか!」

「そうだな……じゃ、お前ェのウデを、見こんでみるか」

「ちょぃと!」

「そら、これを持っていきな」

 

 ドレッドは、甚平のたもとから、小箱を差し出した。

 

「薬(ヤク)ヤクのアンプルだ。周りにヒトのいないところで使え?」

「へへへ……そうこなくちゃ」

 

 “おサル”のジョージは箱を開き、薬液の入った注射器をそのなかに確認すると、ヤセた顔に(──よぅし)と脂ぎった笑みをうかべる。

 

「あの女(スケ)の肛門(ケツマンコ)にバッチリとチンポ、キメてから連絡しやス。あんなアマ、チョロいモンですぜ」

 

 そういうや、まさしくサルのようにヒョイと、身軽に人の流れに消える……。

 

 * * * 

 

 マイケルの元から女性が離れ、子供と汚い身なりの猫背な老人だけになった。

 

 ──どうしようかしら……。

 

 物かげから、詩愛はキツネ面を通して彼等の動きを凝然(ジッ)とみつめた。

 

 ──さりげなく出て行こうかしら。でもあの汚爺(オジイ)サンがジャマねェ。

 

 はやくドコかに逝ってくれないかしら。死ねばイイのに!と彼女は普段の自分に似つかない乱暴な考えをおこす。だが彼女自身は、それに気づかない。

 駒下駄のつま先をカツカツと地面に打ち当てながら、やや離れた場所にたむろする一団の様子を見まもる……。

 

 

 * * *

 

 

 竜太は、オレのカーゴ・パンツのポケットをギュッとつかみ、このコジキ然とした初老の人物をアングリと見上げている。そんな子供に愛想をみせる風もなく、老ドライバーは疲れ切った様子で、しばらくうつろな目を祭りの雑踏に向けていたが、

 

「そうだマイケル……お前ェ、タバコ持ってねぇか?」

「タバコですって?無いっスよ。でも朱美のヤツがもってるかも……それと」

 

 オレは鼻をならして相手のニオイをかぎ、

 

「いま何やってんです?それに、どこかドブにでも落ちました?なんか下水臭いスよ?」

「あぁ──いま、住む場所が無くてな、マンホールん中で暮らしてんだ」

「は?なんて!?協会の寮は……」

 

 相手はしばらく応えない。

 やがてポツリと、

 

「転生協会はクビんなった。いや、ズ(・)ラ(・)か(・)っ(・)た(・)んだ」

「バックれたってコトですか?」

「逃げた、ってコトさ──そして今も逃げてる」

 

 賑やかな祭りの華やかさを圧殺し、そのセリフは突然、不吉に響いた。

 盗み食いするほどハラを減らし、そのうえマンホールに住む先輩転生ドライバー。

 これではまるで警察から逃げる犯罪者か、圧政組織に反抗するレジスタンスじゃないか。

 

「どうして、そんなことに……」

 

 また、しばらく間があった。

 その間、重サンはこちらのようすを値踏みするように、上目づかいな陰湿さでジロジロ眺め、言うか言うまいか迷うようだった。ややあってから覚悟を決めたように、

 

「マイキー。お前ェ、いつまで転生協会(あッこ)にいるつもりだ?」

 

 いきなりズバリ、そう言われてオレは返事が出来ない。

 

 離婚してこのかた、ジェットコースターのような人生を送ってきた。

 元妻に対する恨みツラみもうすれ、金も心も幾分か余裕ができ、考えるヒマがようやく与えられたところだ。この先のことは──まだ何も決めてなかった。

 

「ヒトを殺して異世界に叩き込むのを生業(なりわい)とするような組織が、マトモな訳ァねぇのは分かるよな?」

「そりゃ……まぁ」

「この協会の背後には、文字通り魑魅魍魎が潜んでンだゼ」

「……」

「そんな協会の轢殺ドライバーがこの仕事を辞めるとき、どうなるかは想像がつくだろ?」

「え……まさか……」

 

 外部に情報が漏れないよう口封じのために殺される?と言いかけてオレは黙り込む。

 そう口にしたら、それが現実となってしまうような予感に畏れたのだ。

 いまや祭りの雑踏は完全に遠くなり、オレと重サン2人となる。

 

「リタイヤしたドライバーは内勤に回されると……」

「少なくともオレの場合は、そんなんじゃなかったな」

「違うんですか?」

「ハ!“社史編纂室”にでも回されると思ったか?──アマいぜ」

「重サン転生業務でミスったから、ですかね」

「チッ!ハッキリ言ィやがる。まぁ、ソレもあンだろう。確かに正規で退職したらどうなるかは知らねェ。ただ情報をつなぎ合わせてると、組織の上層(うえ)の方で、俺について何らかの取引があったみてぇナンだ」

「取引って、どんな?」

「それが分かれば苦労は──」

 

 そこまで言ったとき、老ドライバーの顔色が変わった。

 

「ちくしょぉッ!ヤツらだ──おぃマイケル、お前ェ、カネ持ってねぇか!?」

「現金ですかぁ?……そりゃあるにはありますが」

 

 竜太の夜店買い物代はもちろん、万一、ファミレスにでも入ることになった場合を考え、幾分か銀行から下ろしてきていた。

 

「いくらか融通しちゃくれねェか──早く!」

「いくらかって言われましても……」

 

 オレは革の折りたたみ財布をカーゴ・パンツのポケットから引き出して、中を広げた。

 と、毛むくじゃらな重サンの手が伸び、札のならぶ仕切りをガサッと浚(さら)う。

 紙幣をワシづかみにした重サンは、いささかも悪びれる風をみせず、

 

「わりィな──じゃッ!」

 

 そう言うや、人混みのなかに逐電した。

 

「あぁッ!──ちょッ……」

 

 そういうヒマもなかった。

 後を追おうとしたとき、竜太の存在に気づく。

 この人混みに子供を置き去りなんてできない。ヤバい世相だ。人さらいに遭ったら……。

 

 ──くそ……ッ。

 

 財布の中には、あのジジィのワシづかみを逃れた札が2、3枚。クシャクシャの状態で辛うじて残っていた。

 オレが呆然としていると、カーゴ・パンツをクィクィ引っぱる気配。

 下を見れば竜太がふくれっ面をして、

 

「ねぇマイケルぅ。か~チャンは?」

 

 反射的にオレは腕時計を見た。

 夜光文字盤は、彼女が買い物に行ってから、すでに15分以上経っている……。

 

「アイツ……どこまで買い出しに行ったんだ?」

 

 * * *

 

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