試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
* * *
「真ァ琴ォ──ちょっと来とォくれェェェ!」
社務所にある奥まったひと間だった。
今夜、神社の目玉的な催し物である
「ナニょ、もォォ……」
父親の、あの間のびした言葉と口調。
かつて自分が“事故”に遭っていらい備わった(と彼女が信じている)第六感が、またメンドウなことを頼まれると告げている。
──あの日……。
学校で倒れた自分が救急車で病院に運ばれ、意識不明となった夢の中で。
死んだお母さんと女神さま。それに銃を持った“美香子のオジさま”と出会った記憶。
日がたつにつれ、それは自分のアタマの中で次第にハッキリとしたものになってきていた。
そのうえ最近は、その夢の続きでお母さんと一緒に女神さまの
──そして……。
アタシたち
意味の分からない淫夢をそこまで回想したとき。
とおくから、ふたたび父親の間延びした声が届いた。
「オマエの弓とォ──
姿見のまえで額に付ける
──
またまたピンときた。
この前“美香子のオジさま”に手伝ってもらった
それを……まさか今度は、自分がやれとでも言うのだろうか。
淫夢のなごりが、また還ってきた。
母親には出会えたものの、どことなく陰気な、あの
その不吉な印象が、胸を
闇に浮かぶ朱の色。
かがり火のケムリと匂い。
ノリの効いた袴と白衣の肌ざわり。
深閑とした、冷たい印象の宏壮たる社殿。
聞けば自分は搬送中に心停止になったらしい。
あのお宮は……やっぱり“あの世”なのだろうか。
「……ホントにもぅ、お小遣いUPぐらいじゃ、済まないンだから!」
ザワザワとする胸騒ぎを裁ち切るように一度、彼女はワザと口に出して声高に。
そしてなおもブツブツと呟きながら、一度母屋に行き、部活動の道具を取りにゆく。
すると──その往復のみちすじで、祭りに来ていた人混みの中から少なからずの若者が、
(オっ♪巫女さんだ!)
(あれ持ってンの弓じゃね?)
(カワイイ
(エラい位の巫女だぜ?金色の冠を頭につけてる)
(ほらアレ!矢筒までもってるじゃん。本格的だなぁ♪)
(『海コレ』の
こちらを見てチヤホヤするような顔。賛嘆するような視線。
『現場ネコ』のようなポーズで片足をあげて、自分を指さす者すら。
ツン、とすまし顔で胸あてをつけた胸を張り、しずしずと彼女は歩きつつ、
──なるほど、
部活でレオタードを着て、男どもにちやほやされる同級生。
アブないバイトをしていると、もっぱらクラスでもウワサの子。
そりゃ“夜のお店”も、ヤメたくないのは分かるナと心中うなづく。
お店でも、男たちにイヤらしいコトされてるのかしら……と考えたとき。
さきほどの淫夢の印象がまたよみがえって、思わず彼女は袴のおシリをおさえる。
どうも“あの夢”を見たあとは、おシリの穴に異物を挿入されたような感覚が残るのだ。
弓と矢筒を両手に奥の間へ行くと、父親は祭壇の前に座って何やら厳粛な面持ちで待っていた。
「お父さん──なに?」
普通なら『宮司』と呼ばんか!とシブ顔を浮かべる父親が、ふと娘をマジマジと、
「んゥ?どうした、顔が赤いが。風邪でもいひいたか」
「なッ!なんでもないわョ!スケベねぇ!!」
真琴はおもわず緋袴のおシリをおさえ、キッと父親をニラむ。
「す、スケベって、おまえぇ」
「……ンで?なんの用なのョ」
かわいそうにトバッチリを食った“宮司”どのはしばらくワケも分らぬまま目を白黒させていたが、やがて入ってきたときに浮かべていた謹厳な雰囲気をどうにか取りもどし、
「あれを……見てみィ」
父のかたわらに正座し、示された方を向いて彼女は
祭壇の前に垂らした
その片側が焦げ、さらに同じ側の
「どうしたのョ、アレ!」
「……もともと、このお社は、土地の封印を兼ねた場所にある。それをだ、昼間の騒動でうつけ者が鳥居を
はぁっ、と現代風な巫女はタメいきをついた。
「まァた、参拝者に寄付をお願いしなきゃだワネ」
「そんな余裕はない。すぐさま現状復帰せぬと、地域の平安にもかかわる」
「……どうするの?」
「銀行に、融資を依頼する。もっとも応じてくれれば、だが」
真琴はホッと胸をなでおろし、
「よかった。もうイヤよ?参拝者にお浄財をネダるの」
ザワリ。
それまでとはまったく違う冷たい空気が、奥の間に流れた。
祭壇の真榊と
「真琴?これ、しっかりせぬか!」
力を喪った娘の肩を驚いた宮司が揺り起こそうとすると、彼女はあたかもピアノ線で吊られたようにありえない動きでフイっ、と立ち上がるや底光りのするあり得ない眼光で父親を見おろした。
「
娘の豹変と、相手からの威圧にただならぬものを感じた宮司は、傍らにあった自分の払え串を手に取る。すると、その白い紙垂の束は、風も無いのにザワザワ、その上あろうことか重力に逆らい垂直に立ち昇るではないか。
「
宮司をハッタとニラみつけた巫女は、腰を抜かしたようにのけぞる彼をしり目に仕草も厳か、以前マイケルが
* * *
──祭りにウカれたどッかの馬鹿が、ロケット花火ぃトバしたらしいナ。
その長く尾を引く高音を背中で聞きつつ、マイケルの財布からワシづかみに紙幣をうばった老ドライバーは、焼き物の美味そうな匂いをかいくぐり、夜店に群がる老若男女の雑踏を右に左にすり抜けながら、にぎりしめた手を開いて汗ばんだカネを舌なめずりで確認する。
──ンだよ!千円札ばっかじゃねェか?
これは当然だろう。
竜太の夜店めぐりに付き合うため、財布の主は屋台の支払いにつごうが良いよう、万券を
──ひの、ふの、み……それでも1万以上あるか、まぁイイや。
ようし──まずはタバコだ、と老ドライバーがほくそ笑んだ時。
ふいにゾクリとする違和感が、この痩せた男をつつんだ。
彼は俗にいう“
すると、雑踏の中でもわかる異質な存在。黒い人影が、遠巻きに自分を取り囲むように。
人ごみのすき間からチラチラ、コソコソと、まるで監視するような気配と位置どりで立っている。
──クソっ!ホントに来やがった。しつけぇヤツらめ。
とっくに
してみると、先ほどの焦ったセリフは、マイケルの前から立ち去る口実だったらしい。
「おぃジジィこら!気をつけやがれィ!」
スレ違うときうっかり当たった肩に、
「──ブチ殺すぞ!」
あたまをヘコヘコさげ、やり過ごそうとした老ドライバーだが、そのガタイのいい男は何のかんのと因縁をつけ、そのうえ仲間をよびよせてジワジワと彼を追ってくる。
先ほどボコられた恐怖がよみがえり、まるでキツネが
ヒンヤリとした清浄な空気。
喫煙者の嗅覚でもわかる杉と苔の香り。
岩から流れる清水の音と、濃厚な緑の気配。
すると──まわりから得体のしれない黒い影たち。
まるで陽炎のように、モヤモヤ、ムラムラと立ち昇った。
──野郎ッ!で、出やがったなァッ……ち、畜生ぉッ!
卒然、暗闇に浮かび現れて彼をうかがう、一対の金色な瞳。
やがて瞳の持ち主は、辛うじて明かりが判別できる場所へ姿を現す。
──小猫だとぉ……?
見れば、それは一匹の小さな黒ネコだった。
だが、黒ネコはムクムクと姿をふくらませ、見る間に
ニラみつけられ、心霊現象めく金縛りとなった老ドライバーは、身動きできぬまま歯噛みする。
* * *
にぎやかな祭りの群衆のなか。
矢筒を腰に、弓を小脇に束さんだ巫女が。
あたかも無人の野を行くように、夜店の雑踏を進んでゆく……。
歳に似合わぬ威風と覇気。
自然と人ごみは割れ、前を横切ろうとするものはハッタ!鋭い目線に射られ、
やがてこの巫女は、境内の明かりの少ない区域に至るや、次なる鏑矢を弓弦につがえた。
「──
苦々しげな、毒を含んだ言葉が少女の口からもれた。
巫女の周りには、いつのまにか黒い影たちが陽炎のように。
だが今度のそれは、形が不定形で曖昧模糊としたモノではない。
翼があったり嘴をもったり、あるいは烏帽子や見慣れぬ鎧を着ていたり。
なにやら古の百鬼夜行めく絵巻物を診るような影絵が彼女の周囲に現出していた。
「──
ビョゥ!
鏑矢の音が闇を引き裂いた。
とたん、猛獣が咆哮するような、苦悶を交えた絶叫。
魂を縮みあがらせるようないきおいで、暗い神社の一角に響いた。
* * *
老ドライバーは見た。
見上げるばかりの羆サイズとなった黒い影。
立ち上がって両腕を上にあげ、こちらを威嚇する。
ガラ空きとなったその胴に、ロケット花火のような音を引き白銀の矢が。
突き立ったとたん。呪縛はとけ、酒とタバコでガタのきた体が自由に動くようになる。
──しめたァ!援軍か?
だが、黒い羆の周囲を取り巻く人影たちは一瞬、怯む様子をみせたが、すぐさまユラユラ、ワラワラと再度、迫ってくる……。
──チィィィ……ッ!!
老ドライバーは、ポケットから缶ジュース状のモノをとりだした。
先ほど追っ手にボコられたときか、胴があちこちヘコんで。
だが手榴弾のようなピンがつく缶のトップは無事だった。
そのピンを手荒に抜くと、安全レバーがハジけ飛ぶ。
「1・2・3、オラぁッ!」
カウントしたえたのち、近づく影たちに向かい力一杯放り投げる。
すぐさま自分は背を向けてしゃがみ込み、両耳を手でふさいだ。
カン、カ・カン……ッ、ダァン!!
強烈な閃光と爆発音が
* * *
稲妻の閃光と雷鳴を聞いた気がして、朱美は意識をとり戻した。
キィィィ……ンという耳鳴りがスゴく、目の前にチカチカ星が舞う。
気がつけば、自分は仰向けに横たわっており、背中には玉砂利の感覚。
──なに……なンなの?
身を起こしてみると、ブラウスのボタンは外されてブラが露出している。
だがオッパイは露出しておらず、スカートのベルトに手をかけた跡はない。
すぐ近くでは小柄な男が耳をおさえ、ひくく呻きながらのたうちまわっていた。
そうだ、思い出した。
たしかこの男に「マイケルが別の場所で呼んでる」と案内されたンだっけ。
そのうち男が後ろに回ったと思ったとたん、首筋がズキリと痛んで、とたんにボンヤリと考えがまとまらないまま、祭りの雑踏のなかで手を引かれ、暗がりに連れ込まれたのだ。
とおくの祠わきに灯る
そのかぼそい明かりで暗闇になれた目が見た時、スカートにヌルっとした臭いモノが、ベットリついているのが見えた。とうぜん朱美とて経験が無いワケではないから、ソレがナニか分かる。あわてて彼女はスカートのポケットからハンカチを出し、拭い去った。
遠くでカサコソと物音。
猫背の男が逃げてゆくのが辛うじて見える。
──えっ、重サン?……いえ、まさかネ。
視線をもどし、自分の状況を確かめて、朱美は改めてゾッとする。
あやうく暴行されるところだったことに気づいた彼女は、震える手で身づくろいし、ヨロヨロと立ち上がる。
身体にチカラがはいらない。
アタマがなぜかボンヤリ、綿がつまったように。
朱美の耳鳴りがおさまったころ、暗がりに自身を引きずり込んだ相手の男も、正気に返ったようだった。
一見してサルのような印象を持つ相手は、ズボンから半ボッキのチンポを相変わらずブラブラと出したまま、執念深そうな上目づかいで舌なめずりをして掴みかかってきた。
「このアマぁ……犯やせろやぁァァァ!」
カッ!と朱美のボヤけたアタマに火が
こんな薄汚い野郎に身体を触られ、あまつさえ精液ぶっかけられて!
これでも
「あたぃをナメんじゃナイよ!この、エテ公が!!」
一喝して、ヒールで相手の急所を蹴りあげた。
しかし、フラつく身体は軸足もキマらず、必殺の一撃は空を切る。
「クソがぁぁぁぁl!」
おもわぬ反撃をうけた相手は、ポケットから掴みだした飛び出しナイフをチン、と鳴らし狂ったように腕を振りまわした。
ブレードの軌跡が、とおい社の灯火を受け、暗夜に弧を描いてキラキラと。
それを見た朱美は、相手のムチャクチャなナイフの扱いにゆがんだ笑みをうかべる。
──へッ……ナっちゃないネ
女子高時代からのブランクがあるにも関わらず、朱美の目はよく相手の動きをとらえた。
短く切った自転車のチェーンや、十円玉をサンドした2枚のカミソリを得物にしていた、かつての仲間たち。
このひとときのあいだ。
彼女は校則違反の着くずしたセーラー服をまとい、ノーヘル原チャリに赤いセーラー・スカーフをなびかせる“現役時代”にもどっていた。
「ド
高校時代に使っていた自身の獲物が無いのをザンネンに思いつつ、
「この『キン蹴りのアケミ』さんを相手にするにゃ、100年ハヤいよッ!」
そう叫ぶや、乱戦のあいだコッソリ目星をつけておいた砲丸のような石を拾い上げ、相手が繰り出すムチャクチャな刃筋をさばくと、スキをみて男の顔面に叩きつけた。
グシャッ!
胸の悪くなるような音。
相手が血を噴き出しあおむけに倒れたところを、石をふりかぶり、さらに上から叩きつけようとするが、めまいを起こしてその場にヘタり込んでしまう。
──なんで……なんでこんなチカラ入らないんだろ。
血のアブクを呼吸と共に鼻ちょうちんにする相手。
手にした丸い石をみれば、それは──お地蔵様の首だった。
フラフラ立ち上がると彼女は目立つ場所にそれを置き、ペコリと頭をさげた。
そしていまだひっくり返る男をよこめに、彼女は明るい方へ──明るい方へと歩き出す。
「其の方──参れ」
薄暗がりの中で、いきなり声がかかった。
いや、本当に声をかけられたのか、どうか?
とつぜん頭の中に響いたような、そんな感じがした。
ふりむくと巫女の装束をきた少女が闇の中に浮かんでいた。
女子高生ぐらいか。にしてはミョウに冷たく不思議な威厳がある。
マーメイド・スカートのポケットで、携帯が鳴り出した……。
* * *
──あ……。
詩愛は思わず声を上げた
それは彼女が(──今だ!)と決心をつけて歩みだそうとしたまさにその時、マイケルがどこかに携帯をかけ始めたからだった。
そのまま耳に当てて会話しながら、子供の手を引き、どこかへと歩いてゆく。
「あっ……あっ……」
人混みのなか、彼女は“想い人”を見失わないように、懸命にあとをつけてゆく。
そのうちに人混みはとだえ、
ひとりは神社の巫女さん。そして、もう一人は──。
* * *
(ちょィと!アレ、ジョージが追ってったヤンママじゃない)
(マジか?マジだ。ナニやってんだあの野郎!ヤツはどこだ!?)
(馬鹿ッ──アタシが知るわけないでしょ!どうせ見失ったんじゃないの)
遠巻きにようすを見ながら追ってきたドレッドとナナは、身を潜ませた灯りのない灯籠の陰からクビをのばし、ヒソヒソと。
マイケルが手を引いていた子供が、行く手からくる二人連れに駆け寄り、片方にしがみついた。
(アッ!──おいアソコ見ろ!)
ドレッドはナナに別の物陰を示した。
見れば、そこには例のキツネ面の浴衣女がいる。
(なんだい、アレ。あの女も──まさかマイケルを追ってきたんじゃ……)
(
* * *
携帯で連絡をつけ、ようやく会ってみれば朱美は、あの現代風な巫女といっしょにいた。
しかも手には和弓をハダカで持ち、物腰や顔つきもいかめしい、見慣れない雰囲気。
竜太が嬉々として母親に駆け寄ると、スカートをしっかり握りしめた。
「
人通りの絶えた神社の薄暗い一角で。
近づくや開口一番、巫女はオレを一喝する。
こちらがヘドモドする間もなく彼女は更に言いつのり、
「そなたの不首尾、座視に耐えぬゆえ、かうして
まるでポン刀の白刃が、目の前でいくども閃めかされる勢い。
巫女姿とは言え、いつもの金にガメつい女子高生とはとても思えない。
まなじりをツリ上げ、吐く言葉も厳然と、なにより全身から漂う気配が違う。
遅ればせながらようやく気づく。こいつ──真琴じゃない。真琴の中に、誰か……。
「あぁ……マイケルぅ」
朱美が、スカートを竜太に握られたままオレに力なく歩み寄り、抱きついてきた。
消炎プラスタのメントールにまじり、上気した女の気配と汗と……幽かに精液の臭い。
「アタシ……アタシ……犯されそうになって」
「誰に──!?」
思わずオレは、朱美の体を自分から手荒く引きはがした。
意外にも彼女の身体は力が入っておらず、ナヨナヨと、どこか頼りない。
柔らかい両肩を手ひどくつかんだハズだが、この姐御は抗おうとしなかった。
相手の顔をマジマジ眺めると、薄暗がりでもわかる上気した頬。なにより潤んだ瞳。
──うッ……。
あまりな“女の迫力”があった。体温と化粧と女の匂い。
オレとて朴念仁ではない。相手から必死な想いが切々と伝わってきて、胸が苦しい。
それに耐えられず視線を落とせば、相変わらず母親のスカートにしがみつき、こちらを上目づかいに見上げる竜太の視線とカチ合った。
ここでふと巫女が、あいかわらず厳めしい気色で、
「そのほう──それなる『かんぷ』で佳いのかぇ」
つめたい声音が、うすやみに響く。
カンプ、といきなり言われてオレは眉をひそめる。
還付、寒風、
ズイ!と憑依された巫女は、オレの前に一歩、進み出るや、
「
「はぁ……」
「思ひ定めよ。たすくのは、
「あの……それはつまり……彼女を助けて下さるので?」
厳粛な面持ちで巫女はうなづく。
「さやう。加護を授けて進ぜる……では、
「うれしいよ!──マイケル!」
朱美は以前よりすこし力のもどった腕でオレの首っ玉にしがみついた。
その仕草を見た巫女は、すこし離れたところの暗がりに鋭い視線をとばす……。
* * *
──あぁ……っ!
詩愛は見た。
あの朱美とかいうトラック・ドライバーのメス狐が自分の思い人に抱きつくのを。
おまけに調子にのって唇をつきだし顔を寄せたが、これは彼に阻止される。
足もとの子供を指さしたので「この子が見てる」とでも言ったのか。
──そんな……そんな。
しかし、彼女にとって残酷なことではあったが、よく見れば彼方の一団は“お似合い”な、そして幸せな家族のようにも見えた。
中年──と呼ぶにはすこしばかり早い、見栄えのいいやさしそうな夫。
ご主人の年齢に対していくぶん若いキライがあるが、尖った印象のキツめな美人妻。
ふたりの足もとで夜店の品を首から下げ、嬉しそうにピョンピョン飛びはねる子供。
子供の成長を祈祷するためか、彼等の傍らには、弓矢を手挟む正装した巫女まで。
「おわったのね……」
知らず、詩愛はちからなく呟いていた。
仕事だとわたしにウソをつき、子連れの女性と待ち合わせで祭りの夜を楽しむ彼。
復讐心がチラリと動いたか、そんな彼方の幸せな光景を、携帯でパシャリ。
ひょっとしたらあの子も、マイケルさんの隠し子かも知れない。
──わたしに黙ったまま……秘密にして!!
そんな想いに一瞬、彼女の胸に炎が煮え立つが、それもすぐに萎えて消えた。
替わって彼女の胸を占めたのは、
──そうよね。あのひとは優しいものね……。
出会った時のこと。
イヤリングを送られたこと。
一緒に暮らしてきた時のこと。
水族館にお出かけした時の思い出。
美香子を交えた、ドタバタな同居生活。
半年にも満たない記憶だったが、ふり返れば今となっては良い思い出ばかり。
暴行されて以来、凍りついていた心が、ゆっくりと溶かされていった心象がある。
──そうよ……しょせん“穢れた”わたしが……。
これ以上を望むのは“欲張り”というものだわ……と、彼方の幸せそうな一団をキツネ面の視野から眺めたとき。きゅうに熱いものがふきこぼれ、のぞき穴から見るせまい視野を歪めてしまう。
詩愛は手を後ろにやり、キツネ面を留めるヒモの結び目をほどいた……。
* * *
(──オイオイオイ!)
マイケルの後をつけ、物陰に隠れていたドレッドは、彼方に注いでいた眼をむいた。
(あの女……畜生!)
男の気配におどろき、ナナも視線をおって彼方の暗がりに眼をやる。
(チョィと、どうしたのさ……アラ!)
清楚な浴衣をエロい
それが、探し続けた人物そのものであることに、ふたりはようやく気づいたようだった。
【小僧ども。目標の女を発見】✓✓
【合図したら神社の西側に来い】✓✓
【車のなかにある手錠と責め具をわすれるな】✓✓
【あと、そこらで規制用のトラロープを
どこかでひと巻きパクってこい】✓✓
【とうぜん緊縛する縄師も連れてこいよ】✓✓
──【合点デス!】
──【了解しやした】
──【車にある道具は自分が持ってきます】
ドレッドが秘匿性の高いSNSで指令をとばす。
と、すぐさま配下たちから既読のレ点がついた。
いずれも
──【ゴム足りますかね】
──【アホ、体液残したら証拠になンだろが】
──【パクられてもイイヤツだけ突っ込めばいんじゃね?】
ドレッドは暗がりのなかで、ゆがんだ冷笑を浮かべつつ、
【スキにしろ】✓✓
この返答に、SNSの向こうでは
見るに堪えない
* * *
「さ、行こうか。体がフラフラしてるな。歩けるか?」
「ダメみたい……腕組んでいいかィ?」
「か~チャンどうしたのォ……おカゼ?」
相変わらず竜太がスカートにしがみつき、心配そうに母親を見上げる。
「竜太よ。お母さん、ちょっと具合わるいんだって。神社の事務所で少し休ませてもらおうな」
「マイケル、大丈夫なの?」
「かまわぬ──
相変わらず
その言葉をしおに、オレたち一団は、明るい方へとゆっくり歩き出す。
竜太がしきりに母親を気にするので、オレは頭を撫でてやった。
なんてこった。これじゃほんとうに家族の一幕じゃないか。
ふと──そのとき巫女が弓をギリリ、持ち直す。
鏑矢をつがえるや引きしぼり、ふり向きざまにビョウ!と射た。
短い飛距離をヒィン!音が
「なんだ?誰かに当たった?」
それには応えず、次いで巫女は射線とはややズレた暗がりを見据える。
ややあって、氷のような面差しで、
「……哀れな」
そう言うや何事もなかったように向きなおり、オレたちに先を促した……。
* * *
すこし離れた茂みから。
詩愛は一行が、明るいほうへと歩いて行くのを見送った。
それは、あたかも若い家族が、弓を手挟む巫女の先導でお祓いに向かうような。
──あぁ……。
その情景は──。
彼女にとって、まさに『自分のもとを去って行く幸せ』そのものだった。
自身の“理想”であり“願い”であり“希望”であり、そしてなによりも“未来”が。
己を暗がりに置き去りとしたまま、いまやゆっくりと、そして永遠に手の届かぬものになってゆく。
先ほどまで抱いていた『朱美からマイケルを奪ってやろう』という覇気は、もはや微塵に砕け散っていた。いまはただ、彼らの幸せを指をくわえ眺めているしかない。そもそも出がけに胸に兆した、あの背徳的な衝動が、自分ながら信じられなかった。まるで
──これは、罰だ……。
卒然、詩愛は
汚れ、
卑劣な、
分不相応な望みを抱き、連れ合いのいる男を自分のものにしようとした、
──なんで、こんな……。
またも涙があふれ、熱いしずくとなってほおを伝い、彼方の幸せそうな光景をおぼろにする。
ふと、その幸せな一団が歩みをとめ、巫女がいきなりふり向くと弓に矢をつがえ、どこかへと放った。短く音を引いたその矢は、ネコにでも当たったのか獣のような悲鳴があがる。ついで巫女は自身の方をふり向いてなにやら呟いた。気のせいか詩愛の耳には、
『……哀れな』
冷たい口調でそう言われたように届いた。
斯かる言葉は、彼女の心に不思議なほど深々と刺さって。
まるで取り返しのつかぬ死刑宣告を受けたように、
そのときだった。
生臭い風が、彼女を包んだ。
空気には錆びた鉄のような臭いがまじる。
涙でボヤけた視界に、影のようなモノが周囲にユラユラと。
──えっ……?
眼をこすった彼女は、暗がりから小柄な人影がフラフラ出てくるのに気づいた。
わずかな灯りに浮かぶその姿をみれば、顔面は血だらけで、まるでゾンビのような印象。
そのうえ“社会の窓”を全開にして、あろうことかそこから粗末な陰茎をプラプラゆらしている。
「おチンポしたいよぉぉ……ウンチ出ましたのでぇぇ……」
──やだ……酔っ払いのヘンタイさんかしら。
小柄な男はサルを思わせるそぶりで、なおもフラフラと近づいてきた。
周囲でゆらめく影のようなものは次第にヒトの形をとり、同じくせまってる。
暗がりに金色の瞳がうかび、自分をジッとみつめる異様な気配に彼女は畏れおののいた。
「なによ……なによコレ!」
駒下駄を鳴らし、彼女が力のいらない足で駆けだそうとしたとき。
いつのまにか背後にいた長身の男にドン!とぶつかった。
薄暗がりでも分かる、ハーフのような、色の浅黒い体格の男。
まって!と彼女は思う。どこかで見たような……どこかで……。
そのとなりには、安っぽい化繊の浴衣を着た女が、くらい眼をして。
甚平を着た、その汗臭いオトコはニタニタ相好をくずしながらネットリと、
「オイオイ、気をつけてくれよ。か弱いカラダなんだからよォ」
「よく言うワ。トラックに轢かれても死にそうにないクセに」
女の声に、下卑た笑いがあちこちから湧いた。
おどろいた詩愛が二、三歩さがって辺りをみまわすと、いつのまにか目を血走らせ、ニヤニヤとシマリのない笑みを浮かべる少年たちに取り囲まれているのだった。そのうちの一人は、工事規制用のトラロープを手に。一度ロープの輪をたるませ激しく引っぱり、バチン!と鳴らす。
「会いたかったぜェ?──おジョウさんよォ」
長身の男は頭を包んでいたバンダナを取り去り、ドレッド・ヘアをあらわした……。