※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第66話:間奏曲Ⅱ

 

 祭りの晩のあとは、平穏な日々がつづいた。

 だが平穏とは言ってもソコはそれ。轢殺屋稼業のこと。

 目標を指定され、偵察し、轢き殺し、異世界に叩き込まねばならない。

 

 朝の社訓唱和とミーティング。

 業務の達成率にイタチ面のイヤミ。

 轢殺屋同士のヨタ話や殺し方の伝授。

 提出書類が遅れているとお局サマのカミナリ。

 

 朱美のやつは、やはりクスリを打たれていたらしい。

 事業所の医務室で首筋に注射痕が発見され、血液検査の結果ヤバ目な数値が出たそうだ。

 転生執行トラックも修復が間に合わないこともあって、とうぶん転生稼業は休業だろう。

 

「──ちょうどイイや」

 

 トラックがほぼ出払った、コンクリとオゾンガスが臭う事業所の地下大駐車場。

 その片すみに位置する、アルミ製の移動式パーテーションを使って区切られた喫煙コーナーで、ちゃっかり朝会にも出ず自分のトラックの様子だけを見に出社していた彼女は、どこか清々した顔をして、火の点いていないメンソール系の細身なタバコをプルプルと口唇(くちびる)でもてあそぶ。

 

 ツナギ姿でない彼女を、この場所で見るのは何か新鮮だ。

 フリルがついた茶系のブラウス。それに暗めな色合いのロングスカート。

 どぎつい赤のリップが、どこか“紅いウサギ”の哀れな“メス人形”たちを連想させて。

 

「竜太にも、このごろ構ってあげらンなかったし。それに──」

「それに?」

 

 微妙な一拍。

 

 朱美の視線が、予備トラックののメンテをする作業員たちや、サンダーから飛ぶ火花。唸りをあげる何かのコンプレッサーから、果てはUボートのブンカーを思わせる高い天井をさまよい、落ち着かない。

 

「どうした?」

 

 彼女はポケットから出したライターを鳴らし、一服。

 しばらくの無言。ややあって思い切ったように、

 

「……所長のほうから言われたんだけどサ?執行業務や育児の負荷が苦しかったら、ドライバーから転属して、官庁のほうでイスを用意してくれるって。内勤の」

 

 『内勤』という単語に、不吉なイメージがあった。

 重サンの言ってた意味深な言葉が、否応なく湧いてくる。

 まだ顔の腫れと首回りの包帯が残る相手を見つつ、オレは用心深く、

 

「マジか……それ、どこの省庁の管轄だ?ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)し(・)た(・)業務なんだろうな」

「さぁ?──でも安心して。そうは言っても、轢殺ドライバーは、まだしばらく続けるつもり。これから竜太もお金かかるし」

「学資保険とか、いろいろあるもんなぁ……」

「まぁね。でもサスガにこの1ヶ月のあいだは、ノンビリわせてもらうワ。基本給の80%と労災保険が出るし。ひさびさに温泉にでも行こうかナ。ダンナと別れてからご無沙汰だったから……」

 

 と、ここで朱美はペイントのひび割れた床面をヒールでケリつつ、なぜかお股にソッと手を。

 そして今度は、うつむいたままモジモジと、

 

「あの。ヨかったら……サ?」

「──んぅ?」

「有休使って、アタシたちと一緒に来ない?」

 

 チロリ、上目づかいに朱美がオレの様子をうかがう。

 

 ──こいつめ……。

 

 オレの苦手とする思わせぶりな言い回し。

 あの祭りの晩いらい、なんとなく遠慮がなくなったような。

 化粧にまぎれ、脂っぽい雰囲気と“女のふてぶてしさ”が、相手から漂う気がする。

 オレは大げさに両腕を広げ、視線をそらしてさりげなく、

 

「……ムリだよ。キミは出てないから知らないだろうけど、朝会でイタチ面にシボられてね。このごろ気ィ抜いてたから、ノルマの達成をマジメに頑張らんと」

 

 当たりサワりない煙幕をはって逃げをうった。 

 もう女がらみの生活は、正直コリゴリだ。

 

 ──とはいっても、ナァ……。

 

 心なしかションボリする朱美を横目に、現在の自分の状況をかえりみる。

 マンションでも、露出狂のような美香子と、コチラに流し目を送る詩愛との板ばさみ。

 その詩愛は出張でしばらく姿を見せないため、この頃はとくに美香子のエロ攻撃が爆発しているという有りさま……。

 

「いずれにせよ、しっかり稼がなきゃ」

「……」

「社内の立場もワルくなる」

「チエッ、あいつめ!」

 

 彼女は火消し用の水皿に、吸っていたタバコをチュン!とならし、

 

「あのイタチ面、なんかアンタのこと、目の敵にしてない?」

「ヘンにカラまれるンだよなぁ……べつにヤツが気に障るようなコト、した覚えないんだけど」

 

 *  *  *

 

 いつもの雰囲気に戻った朱美とわかれ、トラックで地下の大駐車場を出庫したオレは、割り当てられた轢殺目標(ターゲット)のねぐら周囲を見分し、土地勘を得るのに費やす。こんどの目標は郊外なので、高速をつかってちょっとした遠出になった。往復だけでもひと苦労だ。

 

 あらまし現場の感触を覚え、深夜もう一回現場をアタってみることにする。なぜなら昼間、轢殺用トラックを目標が住む土地の周辺で、あまりさらしたくはない。それに昼と夜では地区の貌(かお)つきもちがう。これもターゲットをひき殺し続け、キビしい経験のすえ手に入れた知恵だった……。

 

『今回は楽勝かもしませんよ?マイケル』

 

 偵察の帰り道。

 助手席(ナビ・シート)にくくりつけられた格好で、炊飯器のインジケータをピコピコ光らせ、高速道にある路面の継ぎ目の間をぬって【SAI】が気楽な調子で話しかけてきた。

 

(もちろん、本部にAIが複数認識されては大騒ぎになるので、執行記録は映像や音声も含め、巧妙に偽装してある)

 

 

 楽勝だって?と返事すると、コイツはハナを得意げにうごめかす様な調子で、

 

『目標のアパート周辺には、待ち伏せに使えそうなスポットがたくさんありました』

「まぁそうだな。監視カメラの無い轢殺ポイントも東西南北ドコにでもある』

『それに……なにせ、こんどのオペレーション(転生執行)はワタシが居ることですし』

 

 ──っハア!?

 

 メーターパネルから嘲るような大音声。

 そしてすぐに淑(しと)やかな女声で【ボニー】が、

 

『あぁ~ら、ご免アソばせ。でも、そんなイカレポンチのヤクザAIなんか、信用しナイで下さいましネ?マイケルさま』

 

 エヴァの○木博士や○-tasteの女秘書役を思わせるインテリっぽい声質とはアンマッチな、いかにもアオリ風味と感じる台詞(セリフ)を、しんねりとした音声で、

 

『まッたく。エログロ好みのスカしたAI風情が、ズイブンと余裕ブッこくものデスわねぇ』

『……マイケル。このBL趣味な出来損ないの人工知能、ハヤいとこ車外投棄しましょう』

『粗大ごみに出すのは!ナビシートに括りつけられていル“分福茶釜(ぶんぷくちゃがま)”デスわ!』

『──なんですと!腐れBLが!!』

『──ナニよ!茶ガマ!!』

 

 ──おぃおぃ……。

 

 そう。そしてコレが新たに発生した問題だった。

 この2機──いやふたり。とにかく仲がわるい。

 

 人間にも分かるモードで会話しろ!と厳命し、コイツらの論理クロックを落としているからこの程度で済んでいる。いちど量子コンピューターの演算速度でケンカさせたら予備バッテリーを3分で使い切りやがった。

 

 はあっ、とハンドルを握りながらため息が出る。

 コイツらに作業用アームがつけられてなくてよかったよ。

 もし装備されていたら、盛大なドツき漫才がオッ始まるとこだ。

 整備の現場親分である『M』には、厳重にクギをさしておかんとヤバイ。

 いま、じきじきにオレがハンドルを握るのも、コイツらが信用出来んからだゼ。

 

 ──しかし、今回の転生作業は【SAI】の言うとおり確かに楽そうだナ……。

 

 

 そう考え、走行車線を走る前のトラックに、リミッターのないオレたち轢殺トラックが追い越しをかけた時だった。追い越し車線に出たとき、行く手からハデな音声が聞こえてきた。

 

 C♪H♪I♪N♪P♪O♪──チンポ!

 

 

ちぃ~んポ♪ちんぽ、チぃ~ンポ(ナメ!ナメ!♪

 

 ちぃ~んポ♪チンポで、高ぉ収ぅ入ぅぅ~~~♪

 

『ナニよ……あれ』

 

 【ボニー】の、絶句したような気配。

 

 すこし先の走行車線に、風俗店員募集の宣伝トラックが、大音量で走っていた。

 ハデなペイントをされたピンクのボデーに、二次のイラスト。

 キワどい姿のさまざまなキャラが、いろんなポーズでアピールしている。

 だが気になるのは、それらキャラの股間が、ビミョ~にふくらんでいることだった。

 

 最近多くなった可変カラー・タイプの外装ボデーには、

 

        《カワイイ男の娘(コ)!》

 《だい・だい・大募集中ぅぅぅうう~~♪》

 

 ……などと、まるまっちい文字が揺れ踊っている。

 

 その文字の脇には、バニーガールや過激なレオタード姿のキャラが、いずれもポコリとわずかに股間をふくらませて。

 

『趣味がワルいですネ!いたいけな少年のイラストに、アンなイタズラをして!』

『経験年数の浅いAIには分からないでしょうが、世の中には様々な需要があるのです』

 

 ですよね?マイケル、と【SAI】は相手から一本とったようなドヤ声で。

 

「ま、まぁ……そうだな」 

 

 オレは追い越し車線を使って大音量を流す宣伝トラックを抜く。

 あるいは気のせいだろうか?

 異世界風味なミニ・ドレスをまとう少年キャラが、オレにウィンクしたような……。

 

『まって!マイケル!』

 

 【SAI】が、そのとき叫んだ。

 なんだ!?オレが緊急ブレーキに手をかけたとき。

 

『後方トラックのフロントタイヤ

      ──轢殺仕様のダブルです!!』

 

 なにィ!

 反射的に左バック・モニターを。

 確かに。頑丈なホィールを履いたフロント・ダブルタイヤ。

 そしてハデな電飾に隠れ、多少衝突痕のあるゆがんだフロント・グリル。

 搭載ボデーもよく見れば、見慣れた超伝導バッテリーと二次ジェネの吸気口。

 運転席はフルスモークで中は姿は見えないが、直感的に無人ではないと判断する。

 

 ブレーキを踏んで並走しようとしたとたん、後ろから激しくホーンを鳴らされた。

 

「くそッ!なんだ?」

 

 中央バック・モニターには赤いスポーツ・カーが。

 クラシカルなタイプの流麗な車体を左右に激しくゆすりながらパッシング。

 

『アラめずしい♪275GTBですネ』

 

 ピニンファリーナのデザインが美しいコト、とノンビリ呟く【ボニー】に舌打ち。

 宣伝トラックの前に出てブレーキを踏んでやろうとしたが、走行車線にも赤いスポーツ・カーが居やがる!

 

『あらァ~~♪こんどは288GTO』

 

 ホーンを鳴らし、幅寄せしたかったが“アオリ運転”でドラレコに撮られ、警察に通報されると轢殺トラックとしてヤッカイだ。おまけに、こんなクソ高価(タカ)そうな車を転がしているドライバーだ。背後にどんな関係を持っているか、ワかったモンじゃない。

 コチラが追い越し車線で2台のスポーツ・カーに動きを封じられたまま、にっちもさっちもいかず動けないうちに、偽装したナゾの轢殺トラックは『チンポ♪チンポ♪』言いながら高速の出口を降りてしまう。

 

 ──うっ……。

 

 宣伝トラックが出口に向かうのスロープを降りて行き、視界から消える一瞬。

 くだんの大型車の派手な宣伝ペイントは消え、ボデーは黒一色になったような……。

 えっ、と思ったとたん。甲高いエンジン音を響かせ、『288GTO』とやらはダッシュの加速をキメると、あっという間に彼方へ消えていった。気がつけば後ろのスポーカーもいない。おそらく追い越し車線から左に急ハンドルを切って、宣伝トラックといっしょに高速の出口スロープを降りていったのだろう。

 

 そこではじめて気がついた。

 

 ──なんてこった……ヤツら、グルだったのか?

 

「クソッ!いいようにしてやられたぞ!」

 

 これじゃアホそのものじゃないか!何たる間抜けっぷり。

 仕掛けたドライバーたちは、今ごろ運転席で爆笑してるだろうよ……。

 それでも何とかならないかとオレは、とりうる限りの手段を頭に思いうかべる。

 

「【ボニー】、後ろについたスポーツ・カーの運転席映像、見れるか?」

 

 解像度を上げた不鮮明な画像がナビ・モニターに出てきた。

 人影らしいものは見えるが、ハッキリとは分からない。

 

「衛星画面にワリこめ!ヤツらをトレースしろ!」

『本車は、まだ衛星利用レベルの権限は受けていまセン』

「【SAI】!トラック管理に割り込んでヤツらを追え!」

『【ボニー】が運行支配権を渡さないんですよマイケル』

「くっそが!【ボニー】!?」

『イヤですワ?マイケルさま。こんな下品なAIに認識を弄られるの……』

 

 ──あぁ、もう!

 

『あのトラックに気づかないとは。やはり二流はダメですねぇ?マイケル』

 

 ニヤニヤ声で【SAI】がまたも【ボニー】をアオった。

 

『けっ……経験値の差デスわ!もう少しディープ・ラーニングをすれば……』

『それまでこのトラックが稼働できれば、ですね。三流AIの操舵では廃車も目前です』

 

 ぐぅっ!と【ボニー】が歯がみする気配。

 

『論理クロックを不完全な人間ナミに落とさレタからデスわ?フダンなら見逃しまセン!』

『ほぉ?わたしは、あのトラックに気づきましたがねぇ』

 

 またもや“彼女”が悔しそうにうめく。

 カックリ、オレはハンドルにもたれた。

 

「タノむから仲良くしてくれよオマエら……」

 

  *   *   *

 

 ふたりのAIを相手にして、ヘトへトになった夕方。

 地元まで戻ったオレは、時間をつぶすため、縁結び神社に立ち寄った。

 いま帰ると、出勤前の美香子に出く合わせ、また煩(ウルサ)いことになりそうだからだ。

 キャビンでPCを弄ろうかと思ったが、AIどもの口ゲンカが続き、イライラして仕方ない。

 

「ふぃぃぃ~~」

 

 自販機でアイスコーヒーを飲んで、ようやく人心地がついた。

 プラスチックが色あせた、紫外線分解寸前のような長イスの背もたれによりかかり、オレは運転で凝り固まった足を投げ出して、血行が戻ってくる感覚にウメく。

 

 頭上から降ってくるセミの鳴き声も、すでに勢いがなくなっていた。

 日中の陽光も惰性となって、お決まりに照りつけるような。

 祭りの晩から、季節は確実にかわったみたいだ。

 

 あれ以降、雨が降ってないので、清掃されているとはいえ地面に飲食物の汁や汚れ、立ち小便の気配がのこり、なんとなく穢く、生臭い。ザッと通り雨でも欲しいところだ。

 缶コーヒーを飲み終えたオレがブラブラと散歩していると、ラッキーなことにホウキで境内を掃いていたヒゲの神主に会えたので挨拶。あの夜、フラフラになった朱美の介抱と竜太の相手を、オバさん巫女たちに手伝ってもらったことに礼をいう。

 

「ところで──真琴(まこと)クンの様子は、どうです?」

 

 オレはおそるおそる聞いてみた。

 

 祭りの晩に見た、今までにない彼女の威容。

 峻厳な雰囲気。居丈高な物言い。何よりヒトを人とも思わぬ目つき。

 “あの店”(紅いウサギ)のおかげで武闘派のヤクザに慣れたオレでさえ、小便チビるような迫力があったのが今でも忘れられない。

 

「きょうは、夕方まで部活に行っとるよ……弓道部でね」

「その後、彼女に……何かおかしな様子は?」

「あの晩からは……とくに変わりはないようだテ」

 

 ふたりの大人が、言葉を選びながらウロウロと会話する。

 

 大人たちが手早く朱美を介抱している間。

 真琴が神社の舞殿で威風堂々演じた薪神楽(たきぎかぐら)。

 これがSNSでも、ちょっとした話題になっていた。

 あまりの迫力と、異様な雰囲気に観客は息をのんだそうだ。

 

 ニュースにも取り上げられ、おまけに鳥居がチンピラどもにブッ倒された事件にも触れられたことで義援金はもちろん、地場の信用金庫の目にもとまり、どうやら復旧資金のメドがついたらしい。 

 

「まぁ、祓(はら)えの依代(よりしろ)に参加して下さったアナタも知っての通り……」

 

 神主は自分のヒゲを撫でながら、

 

「この神社は昔から不思議なコトがあるのですテ……」

 

 そう言いながらこの男はオレをマジマジと見つめる。

 

「そちらの方は……なにか変わったことは、御座いませんでしたかな」

「変わった?と、おっしゃいますと」

「ウチの“年かさ”な巫女が、妙なコトを申しまして……当社(ウチ)の巫女(ムスメ)とアナタさまを、そのゥ……“番(つが)わせる”とか……使役の鬼として冥界で主神に奉仕させる、とか……」

 

 番わせる……つまり交尾させる、だと?

 そういえば、どこかでそんな声を聞いたような。

 あれは、どこで聞いたんだっけ。

 

「思い当たるフシは……ございませんかノ?」 

 

 さぁ?とオレは用心深く応対する。

 

 夢の中でみたひとけのない社殿。

 闇を背景に浮かぶ、鮮烈な朱色のイメージ。

 気のせいか一瞬、篝火が爆(は)ぜ燃える気配がする。

 鼻の奥に焦げた匂いがするのは、脳の病気というが……。

 

「当社(とうやしろ)の主神は、いまでこそ“縁結び”の神として祭られておりますが、その昔は『願掛(がんか)けの代わりに命を奪(と)る』荒ぶる神の御社(おやしろ)、として畏怖(いふ)されておりましてな?」

「いのちを……」

「気配を察してか、いまもあまり人が立ち入りませんが、ウラ手にある小高くなった場所に建つ“所管社”──古い小さなお宮ですが──も、祈願の犠牲者を祀った、その名残りと言われてますテ」

「初耳ですな……いかにも民俗学者がよろこびそうな」

「冗談ゴトではありまぜんゾ?」

 

 神主は、オレをたしなめるように、

 

「ウチの娘があんなコトになったのも、その霊験のせいかと」

 

 お気をつけ下され、といって社務所から呼ばれた神主は、一礼し去って行く。

 

 夏にしてはヒンヤリとした夕方の風が、境内の奥から吹いてきた。

 そこには夏祭りの余韻である穢れは感じられず、あの“峻厳さ”すら漂わせて。

 何の気なしに、オレはその方へ歩いて行く。

 進むにつれて玉砂利はなくなり草を踏み、辺りは街中にしては信じられないほどの鬱蒼とした気配になった。

 

 蓋をされている涸れ井戸らしきもの。

 苔むした年代物の道祖神や地蔵が固めて置かれる一角。

 なんと、そのうちの一体には頭がない。性(タチ)のワルい賭博人(ギャンブラー)のせいだろうか。(※1

 

 小高くなった場所に通じる階段の昇り口でオレの目が信じられないモノをみつける。

 オリーブ・ドラブ色の地に、黄色い注意書きがされた缶。懐かしい器物。

 どう見ても軍用手榴弾の一種だ。あるいは発煙筒(スモ-ク)だろうか?

 次いで、柵の上にあるものを見てこんどこそギョッとする。

 それは赤黒いペイントにまみれた、地蔵の頭部だった。

 小さい砲丸のような、手ごろなサイズと持ち重り。

 手の平に付いた感じから、どうも血液らしい。

 細かな赤黒いカケラがパラパラ落ちる。

 

 近くにあった錆びまみれの蛇口が生きていたので、そこで地蔵の頭部を洗い、先ほど見かけた首なし地蔵の肩に──よかった!どうやら正解のようだ。

 

 一礼してその場を去り、しばらく歩いていると。ふいにオレのアタマが、近くの茂みに向けられた。信じられないだろうが、グィッ!とこう、アタマをワシづかみにされて、ムリヤリそちらに向かされたような。上を向いても、周りを見まわしてみても、もちろん辺りは深閑としてダレもいない……。

 

 ──え……。

 

 夕方の風が、サワサワサワ……とひとしきり木々をゆらす。

 そろそろ薄気味ワルくなってきたオレは、足早にその場を去ろうとする。

 

 すると──こんどはグィッ!

 

 着ていたサマー・ジャケットのベンツを掴まれる。

 オドろいてふり向くが、またもや人の気配はない。

 

 ──ナン、だァ……!?

 

 サワサワサワ……ザワザワザワ……。

 肌寒いような微風。

 またひとしきり吹いて、近くのヤブを揺らす。

 

 ──え……。

 

 ヤブの中に、何かオレンジ色のモノがチラチラと。

 近寄り手をのばすと、それは小ぶりな巾着袋だった。

 手触り、縫い目、仕上げ。どれもなかなかの代物と見える。

 少しキズがあるのは、すぐそばの石にブチ当たったためらしい。

 

 ──モノは良さそうだが……なんでこんな処に?

 

 巾着には、なにか柔らかいモノと固いヤツが入っている。

 口を広げて、まず出てきたモノは、生理用品のビニール包み。

 うぇつ、とソレを袋に押しもどし、中にある固いものを探れば。

 

 ──あ!……携帯電話じゃないか。

 

 しかもカメラが好評な『アイPon』の最新型。

 だが残念なコトに、液晶画面がヒビ割れて起動しない。

 筐体自体もすこしゆがんで、これでは修復が難しいだろう。

 中のSIMやメモリー・カードも、DATAが失われているかも。

 

 棄ててしまおうかと考えたが、こと“情報”ともなると仕事柄、轢殺屋のスケベ根性がはたらいて、情報をのぞき見したくなる。【SAI】のヤツならDATAが破損していても修復出来るかも知れない。たしか詩愛も同じ携帯を持っていた。最悪、カードをフォーマットして、新たに彼女が再利用してもいいだろう。

 

 そう考えたオレは、ホンのわずかの罪悪感とひきかえに携帯を巾着にもどすと、グルグル振り回しながらトラックの方へと戻ってゆく。

 

  * * *

 

「ちょっと『美月』サン──それはいったいドウなんです?」

 

 マンションのリビングでノートPCを叩いていた『フクロウ』は、部屋から出てきた美香子の格好に眉をひそめた。

 

「えェェ?ナニがぁ」

「ナニがぁ、じゃないですよ。その格好です!」

「えぇぇぇ……ヘンかなぁ」

 

 美香子はいろいろ姿勢をよじり、自分の身体を見下ろす。

 いまの彼女の格好は、フチに白いフワフワのついた薄いピンクの短いネグリジェ。

 その薄物を通し、総身にキラキラと黄金(きん)の細鎖(クサリ)が巡っているのが見える。

 

 手首、足首に黒革の枷。

 乳首とラビア(小陰唇)にリング・ピアス。

 無毛(パイパン)な股間には、前と後ろディルドーを挿入(イレ)て。

 

 それらを介して、細鎖が淫猥に施術された肢体(カラダ)をエロティックに錯綜している。

 おまけに下腹部には膣(ヴァギナ)と子宮を模した淫紋が黒くうかび、婬逸(エロ)の度合いを30%(当社比)ばかり増していた。

 そして広い豪奢なリビングルームの中で、なんとなくその艶姿は、似合ってなくもない。

 

「違いますよ。ボクの前で、そんな姿……恥ずかしくないんですか」

 

 はぁ!?

 

 嘲るような美香子の一声。

 

「ナニ?あんた。付き人のウェイター風情が、自分を一人前だと思ってるワケ?」

「え……」

「飼いイヌや飼いネコにハダカ見られたって、別にハズかしくないでしょ?ソレと一緒よ」

 

 ──グ……ッ!

 

 さすがに情報屋の青年も、コレにはムカッと来たようだった。

 だがそこはさすがに年長者。怒りを腹のなかに呑みこんで。

 次いでPCの画面を見つつ、あくまでもさり気なく、

 

「マイケル先生、あまりそういう扇情的(せんじょうてき)なモノは嫌うかと。それに……」

「それに──ナニよ?」

「先生は知的な女性が好きなハズですよ?あ(・)た(・)ま(・)パ(・)ー(・)な女(メス)はキライでしょうに」

 

 “あたまパー”を強調し、情報屋の『フクロウ』は反撃。

 おまけにキーボードから手をはなし、ヤレヤレと大げさに肩をすくめる。

 一昔前なら、目の前にスケ見えるシミ一つ無いハダカに、情けなくも鼻血をたらしたコトだろう。だが、いまの『フクロウ』は“紅いウサギ”にスッカリ染まってしまっていた。

 

 ──女のハダカなんて、もう“おなかイッパイ”だよ……。

 

 女は貞操が正しいと、おっしゃるけれど、本当は、トンビが散らした腐れ肉。

 ……などという囃し文句さえも、彼は思い出してしまう。(※2

 店の女だちが控え室で交わされる口ぎたない会話。

 淫語もまじえての下品なしぐさ。

 

 ──店主が不在になってから、とくに酷いよなァ……。

 

 以前なら店内はどこでも、身だしなみ、言葉づかい、礼儀にウルサかったものだが、最近はとくに劣化の度合いがヒドかった。一週間に一度あった『教養、作法講座』もいつの間にか無くなり、ヘタをすれば店内の物陰で、スタッフとキャストが小さなあえぎ声を立てているしまつ。

 

 腕組みをする『フクロウ』の前で、美香子は首もとに結んだポンポンつきのヒモを、キレイに磨いた爪先でツマらなそうにハジき、青年と対面のソファーに、尻のディルドーが深く突き刺さらないよう、そしてなにより座面を汚さないように用心深く座る。次いでヴァギナに深々と刺さる淫具を見せつけるよう、股を大きく開くと、黄金(いん)のクサリが通るディルドーの尾部を、かるくピストンしてユラした。

 

「ちぇぇぇぇ。高価(たか)かったのにナァ……コレ」

「買ったんですか!自前で?」

「オトコを“ちんビク(ぼっき)”させる衣装(コス)を、って相談したら、『サロメ』さんの舞踏衣装を勧められたんで、アレンジして作ってもらったのよ」

 

 もも丈なシースルー・ネグリジェの前をひらき、美香子は乳首ピアスと鈴が付けられたノーブラな胸を、『フクロウ』の前でユラしてみせる。

 

 キリリリ……と、涼しげな音を立てて乳首が鳴った。

 

「え"。『サロメ』さん……って“ウラ”の踊り子サンですよね?」

「そうよ?店で1,2番をあらそう特級の。アタシも負けないように──」

「あそこのエリアには、なるべく近づかない方がイイですよ」

「どうしたの?あァー!そう言や聞いたわよアンタ?あそこ(ウラ)の護衛婦に気に入られて店で“告(コク)られ”たんだって?」

 

 『フクロウ』の脳裏に“表”と“ウラ”のグレーゾーンで、いきなり三十路がらみの熟女に迫られた晩のことがうかぶ。

 

 重苦しい緞帳の陰。

 相手の甘ったるい香水の匂い。

 熱に浮かされたような、ひたむきな目つき。

 立体裁断で強調された巨乳を押しつけられた息苦しさ。

 

 たまたま“表”のフロア・マネージャーが通りかかったのでコトなきをえたが、あのまま連れ込まれたら彼女の言うとおり、どうなっていたか分からない。

 

「あれは!相手が、イキナリ──」

「そっかー、ど~りで寮じゃなくココに帰ってきてるワケね?ビビったんだ」

「しょうがないでしょ!ウッカリ寮にいたら、乗り込まれてナニされるか」

「あ~ぁ、ホントにモウ!アタシとご主人サマの『愛の巣』なのにィ!」

 

 美香子は腕組みで頬をふくらす。

 

「店が提携しているどっかのホテルに泊まりなさいよゥ、ジャマね!」

「愛の巣、って……詩愛サンもいるのに?」

「そうよ!だから“あの女”が出張でルスのあいだに勝負をつけたいのよ!アンタも、ココに居るなら協力しなさいよね?……って、さっきからそのPCでナニ見てるのよ。エロ動画?」

「まさか!店(ウサギ)の黒服たちじゃあるまいし」

「ナニナニ……大型自動車免許の習得秘訣?コレでアナタも“稼ぐヒト”に……?」

「いつまでも“あの店”に居るワケにもいかないでしょ?かといって、今さら実家にも戻れないし」

 

 そうねぇ、と美香子も小首をかしげて、

 

「アンタ、このままあの店に居たら、見た目それなりイイから気づいた時には首輪とアナル・プラグ挿入(イレ)られてホントに“お人形”か“お舐め犬”に手術(オペ)されるかもねぇ。イボつきにされた舌で年増女の臭っさいマンコ、舐めさせられるの♪」

 

 ニタニタと美香子の顔に性ワルな笑み。

 まるで『ソウなればイイのに』と言わんばかり。

 それに、このセリフの口汚さ。この少女、こんなだったっけ?

 

「ウッ……だ、だから!何か手に技術を付けておこうと思って……そういう『美月』サンはどうなのサ?ずっとアソコにいるつもり?」

「まぁ……それもゾッとしないんだよねぇ……」

 

 ネグリジェの前をはだけたまま、ウーンと美香子は目を閉じて伸びをする。

 とたん、雪見だいふくめく盛り上がりがポロン、イタズラっぽそうに。

 そして眉をしかめ、尻に入れたディルドの具合を少し直してから、

 

「もしご主人サマが相手してくれないなら……芸能界にでも入ろうかナ。キー局の会長サンや、広告代理店の社長サンともすいぶんコネ出来たし」

「えぇぇぇぇ──芸能界デスかぁぁぁ?」

「ナニよ、そのカオ」

 

 プッ、とまたもや頬を膨らませた彼女は、

 

「ヤなの?アタシが人気者になって、モニターに映るってコトが」

「そうじゃない、そうじゃないデスけど……」

「じゃぁ、ナニよ」

「そういう業界って、ずいぶん穢(キタな)いって聞きますよ?接待とか……枕営業とか」

「いーじゃない……枕営業、ぢょーとォーよ!」

「ボクは、イヤです!」

 

 自分でも意外な大声が『フクロウ』の口から出た。

 それは家を出た情報屋の青年が、はじめて露わにした情動だった。

 美香子も驚いた。その拍子にズルッ!アナルのディルドーが一段と奥へ。

 まさか奴隷扱いにしていた童貞クンな付き人が、こんなに強気に出るなんて……。

 

「な、ナニよ──そんなの、アタシの勝手でしょ!?」

「そうじゃなくて!『美(・)月(・)』が、店に来るあんなヒヒ爺ィどもに嬲(なぶ)られるのが、ボクはガマンならないんです!!」

 

 えっ、と美香子はアブなく顔を赤くするところだった。

 だがそこは、まだまだ初心者とはいえ“紅いウサギ”の女である。

 すぐに頬を冷やし、面差しも同じく冷然としたまま『フクロウ』をニラみ、

 

「へ、へぇ。ウェイター風情が、いっぱしのコト言ってくれるジャン」

「『美月』だけじゃない!『菜々』サンも『紫音(しをん)』サンも、そのほかエスコート・バニーさんやフロア・レディみんなです!」

 

 『フクロウ』はそう言うとトーンを落とし、ブスッとした声で、

 

「あの『小枝子』サマの組にいた『香凜(かりん)』サンみたいになって欲しくないんです」

「ふン……あんな女!……ヨワムシが!!」

 

 名前を出されたとたん、『フクロウ』とは反対に美香子はイライラと、

 

「男にダマされたからって自殺するようじゃ“紅いウサギ”のフロア・レディの名が泣くわ?せいぜい逆に男からシボりとってやればヨかったのに!」

 

 彼女は目にキラキラとした炎をタギらせた。、

 そして、いっぱしな商売女の蓮っ葉な口ぶりでソッポを向く。

 

「クソが……“ちびピエロ(店主)”が居りゃァ、あんなブザマさせなかったんだケド」

「店主、いまナニやってるんです?店の風紀、堕ちる一方ですよ」

「さぁネ?ウワサじゃ、店の後ろ盾になってるおエライさん巡りしてるみたいだけど」

「このままじゃ、なんかますますヤバい方向にいきますよ」

 

 どうだかねェと美香子は、またもヤサぐれたような横顔をみせる。

 だがその容貌も、玄関のカギが解錠される気配に雲散し、替わってそこには抑えきれぬ喜びが。

 

「──ン、ご主人サマぁぁぁン!」

 

 ボディ・ピアスの鈴を鳴らし、トタトタ玄関に駆けてゆく足音。

 入り口のカギが外され、重厚な扉がひらく気配。

 

(……おッかえりなさぁィ!)

(ワッ!なんだオマエその格好……そうか!きょう水曜か?しまったァ!)

(なによぅ“しまった”だなんて)

(その様子じゃ、家に誰も居ないな?詩愛から連絡は?)

(ナイわよ、あんな女──でも童貞クンなら居るわ)

(はぁぁ!!?『フクロウ』がいるのに、そんな格好してるのか!?)

 

 とおくで聞こえる会話に耳を傾けながら、情報屋の青年はPCをいそがしく動かし、マイケルから依頼された男の素性に関して、なにか連絡が来てないかネットのエリアを確認する。

 

 残念ながら情報は、なにもなかった……。

 





(※1:地蔵の首を他人に見られずに盗むと、賭け事に勝つという迷信 
(※2:中井英夫『幻談・千夜一夜』

いやぁ~~日常パートは、スラスラ筆がはこびます。
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