※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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 あたり一面、漆黒の闇。 

 重苦しい、塗りこめたような空間。

 遠くに朱色の建造物がライトアップされていた。

 だが、どういうわけか自分の身体はハッキリ見える。

 古めかしい三脚の篝火(かがりび)台からは、盛んに蒼い炎がユラめいて。

 それが遠近(おちこち)に浮かび上がり、まるで火の粉を吐く人魂のようにも。

 

 ──え……ドコだココ?

 

 なんで自分がこんなところに居るのか、記憶がない。

 ヒンヤリとした、どことなく緑が香る空気。

 それでいて何となくヤバイ気配。

 過去に記憶があるような。

 あるいは無いような。

 

 ──そうか。コイツは……夢だ。

 

 風もなく、気配もなく、感情も無く。

 すべてが静謐(せいひつ)に、森(シン)、と鎮まりかえった世界。

 と、その時。遠くから幽(かす)かな鈴の音が近づいてきた。まるで神経を冷水につけるような響鳴(ひびき)。淋しく、冽(つめ)たく、そして慄然(ゾッ)とするような空気。

 

 ──あぁ……これは……あ(・)の(・)神楽鈴か?

 

 彼方にボゥッ……と蒼白い火が浮かぶ。

 駒下駄の玉砂利を踏む音がシャリ……シャリ。

 それは何となく力のはいらない、心もとない足どり。

 ゆっくり歩みくる気配であるが、どこか変な感じがする。

 やがて彼方に、ゆらめく幻影のごとく人影が朧(おぼろ)げに浮かんだ。

 チラチラ、フラフラと。輪郭(かたち)が、容姿(すがた)が。みょうに明瞭(ハッキリ)とせず。

 ようやく相手があきらかになったと思えば、それは一人の女だった。

 五芒星の家紋が記される蒼い火の入った提灯を持ち、うつむいた姿勢。

 まとう浴衣(ゆかた)は着付けも乱れ、帯がダラリ。そのうえ髪も、痛々しく雑に。

 

 たじろいでいると、その女は最後にスゥっ、と身を寄せ、

 

「お迎えに……上がりました……」

 

 相手が顔を上げると、なんと。それは詩愛なのだった。

 だが、いままで見たことがない蒼白な面差し。

 まるで『悲壮』という表情そのままに。

 唖(あ)ッ!──とオレが驚く間もなく、

 

「命(めい)をうけ……ご案内いたします……」

 

 ゆっくり回れ右をすると、もと来た闇へと歩んでゆく。

 ダラリと下げた帯が彼女に付き従い、ズルズルと闇を這って。

 不思議なコトに自分の足も、それにつられ自然にあとをついてゆく。

 相変わらず足もとは見えないが、神社の境内のような玉砂利を踏む感触。

 

 ──なんだろう……。

 

 彼女に、今まで感じたことのない異様な気がある。

 意思が──なにより生気が相手から感じられない。

 どこか、彼女にたやすく話しかけられない雰囲気。

 

 見慣れない浴衣。

 グィッ、と下げた衣紋。

 そこから仄(ほの)白く浮かぶうなじ。

 

 ──あれ……。

 

 篝火(かがりび)の一つに近づいたとき、その白い首筋に、赤紫色のチョーカーがまかれているのが見えた。着付けが乱れているとはいえ、清楚な出で立ちにしては、いささか不釣り合いなイメージ。まるで彼女の妹が夜になると化ける『美月』のようだ。おまけに足音がヘンだと思っていたらなんと。彼女は履き物を片方はいておらず、素足のまま。どうりで玉砂利をふむ気配が、歩行のすすみ具合にしては間のびして聞こえるワケだった。

 

 自分には見えない木立でもあるのか。

 彼女のあとを追いてわずかに向きを変えた時。

 行く手の闇に、どこか見覚えのある拝殿が見えてきた。

 縁結び神社ではない。もっと別の……そう、ヤバい印象のあるお社(やしろ)。

 

 幾千万ともしれぬ死者たちの行進。

 骨の川に架かる橋の記憶。

 朱色の格子。 

 

 潮が満ちるように、記憶が戻ってきた。

 現代風な巫女が脱ぎ捨てた、セーラー服とブラにショーツ。

 かなり前に物故したと聞く、主に婢女(はしため)として使われる彼女の母親。

 ウラの抜け口である朱色の格子を封印している、穢(けが)れた印象の南京錠。

 そして炎の鍵──火を噴く7.62mmFAL自動小銃と、短くなった黒猫のシッポ。

 

 ──なんで今まで忘れていたのか……こんな大事件。

 

 相変わらず生気を亡くしたまま歩む彼女。

 その後ろで、オレは信じられない思いに歯がみする。

 というか今もアタマがすこしボンヤリして、考えがフワついて。

 やがて拝殿の前まで来ると、重たげな両開きの格子戸が自然にギリギリと開いた。

 

 そこに現れるふたりの姿。

 

 真ん中には、見覚えのある盛装した巫女すがたの女神。

 そして隣には、腰が曲がり杖をつく見覚えのない老人。

 いかにも好々爺然とした笑みをたたえてコチラを見る。

 

 女神は悠揚(ゆうよう)迫らず、森厳たる面差しで、

 

「よく参ったの。此度(こたび)そ(・)な(・)た(・)を喚んだのは、礼を言うためぢゃ」

「礼ですって?わ(・)た(・)し(・)、ナニか値するようなコトしましたっけ」

「この翁(おきな)がの、如何にしてもそ(・)な(・)た(・)に礼をと申してなぅ」

 

 老人のシワが、笑みでさらに深くなる。

 女神は弓手(ゆんで(左)をこちらに差し伸べ、

 

「吾(あ)が眷属(けんぞく)の頭(かぶ)を接(つ)いだ功労(はたらき)、幾重にも褒(ほ)めて遣(つか)わすぞぇ」

 

 “ケンゾクの株をついだ”ってなんじゃぃ?とオレは頭をひねる。

 どこぞの市場の特定銘柄か?それが値上がりでもしたんだろうか。

 老人は女神の言葉に相変わらずニコニコしながらウンウンと頷く。

 

「いざや、参れ。饗応して進ぜようぞ──そして!

    其処(そこ)な看(み)るも穢(むさ)き不埒者(ふらちもの)は、冥府魔道へと送りつけよ!」

 

 前半はおだやかに、次いで後半は打って変わって厳然とした口調。

 殿上から裁定が下されたとたん、山伏姿の影やカラス天狗めく得体の知れない有象無象が周りの暗闇から浮かび上がり、乱れた浴衣姿の詩愛に、罪人を拘束するとき使う“あぐら縛り”の技をもって、手早く、きびしく、そして容赦なくヒシヒシと荒縄をかけてゆく。

 

 巨乳は、上下から力まかせにクビられたと見えて痛々しく飛びだし、あぐらのまま固められる股間には、三つの大きな結び目を付けた縄がギリリ、じかに食い込んで。

 ショーツを着けず腰巻きのみだったので、その結び目が陰核(クリ)、女性器(ヴァギナ)、そして肛門(アヌス)を遠慮なく責め立てるのがハッキリと観えた。ミリミリと縄が鳴り、詩愛がくぐもった悲鳴を上げる。

 

「ちょ、ちょィちょィ!」

 

 リコ○コの登場キャラよろしく自分は待ったをかけて、

 

「この子が、ナニしたって言うんですか!?」

 

 すると──ふっ。

 女神の顔にゾッとするような美しい微笑が浮かび、

 

「これ、そこなメス豚。ぬしからこの者に申し開きをするが佳(よ)い」

 

 しばらく沈黙。

 チラッと詩愛は壇上を窺覦(盗み見る)が、すぐに

 “ヘタな言い訳しやがったらブッころすぞぇ”と言わんばかりな女神の視線に射すくめられ、ちから無くうつむいてしまう。

 ややあって、秋のコオロギを思わせる弱々しい声で、

 

 須臾(しゅゆ)に生滅し。刹那(せつな)に離散す。恨めしきかなや。

 天仙尚し死苦の身なり。況んや下劣。貧賎の報においてをや。

 などか其罪かろからん死に苦を受け重ね。業に悲しみ猶添ふる。

 ※能・歌占より

(ホンの僅かで生まれ死に、瞬く間に離ればなれになる。情けないことでございます)

(天界人さえ死の運命を免れぬ身、ましてや下劣で卑しい、わたしの身など)

(どうして軽くない罪に死の苦しみを重ね、おのれの浅ましい業(ごう)に哀しみを加えないでしょう)

 ※訳・珍歩

 

 コチラが頭の上に盛大な「?」マークを浮かべるのを見て女神は、

 

「其(そ)の女。多勢に強いて犯され煩悶(はんもん)したすえ「愁(うれ)ひ忍びがたし」と首を絞(くく)りをったのぢゃ!──このうつけが!」

 

 女神の激しい一喝に、まるでムチの一撃をうけたごとく詩愛は“あぐら縛り”で緊縛された身体をブルッ!ふるわせた。

 

「末(すえ)は玉(たましひ)を奪(と)りて、ゆくゆくは吾が陰媛(かげひめ)に加えん乎(か)としたものを!」

 

 明晰夢とはいえ、畏ろしいことになったモンだ。

 詩愛が過(・)去(・)の(・)強(・)姦(・)事(・)件(・)をむしかえして苦しみ、自殺をしたとは。

 

 ──まてよ……?

 

 するとさっき見た首の赤紫なチョーカー(今はカラス天狗の緊縛で覆い隠されているが)。アレは──首を吊ったときのアザ、索条痕(さくじょうこん)か……。

 

 自分は頬をつねった。

 

 ──痛い……マジカ。

 

 ま、マァ痛覚(いたみ)を感じる明晰夢もあると聞くし。

 それにコレは夢だ。ならば、なにをしても許されるのではないか。

 この怖ッかない女神サマに、多生の横ヤリを通してもオッケーになるだろ。

 

「畏(おそ)れながら!」

 

 自分は拝殿前の地に片ひざをついて平伏した。

 どこか王に拝謁する異世界の騎士がイメージされて。

 

「此度(こたび)のこの者の失態。女ゆえの純潔を求める心と、優しさの裏返しである弱さの発露であるならば、いまひとたびのご猶予をお願いしたく──」

 

 ならぬ!

 

 ムチのような一喝が今度はコチラに降ってきて、その勢いに思わず身をすくめる。

 

 むかし、教師のビンタを浴びた時のように。

 初年兵のころ、先任軍曹に怒鳴られた時のように。

 王立練兵院で、剣戟の師範に技の拙(まず)さを罵倒された時のように。

 

 しかし慌てるな。

 コレは自分の夢なのだ。

 自分がメイン・キャラであり、主人(ホスト)だ。

 ならば──どんな“ちからワザ”でも効くはず。

 だが女神は、怒髪天を突くような勢いで、さらに殿上から言いつのり、

 

「そもそも“其の方”!吾(あ)が奉祭(まつり)の宵に“朱美”とか申す女と是(これ)なる女を衡(はかり)にかけ、前の者を採ったのではなかったか!それを──」

「いや、いや。お待ちくだされ、お父っつぁん」

「ダレがお父っつぁんぢゃ!」

「“俺”は確かにあの朱美っつー女を助(す)けてくれと言いやしたが、この女と秤にかけた覚えはありやせんゼ?」

 

 ──う……っ。

 

 アフリカ傭兵がいきなり口を出した。

 どうもかなりアタマに来ているごようす。

 女に頭ごなしに命令されるのがムカつくらしい。

 傭兵サンよ、そんなんじゃ今の世の中、生きていけんぞ。

 

「たはけ!あの場に、是なる女も居ったのぢゃ!さうだの!んぅ?」

 

 火のような女神の凝視に、詩愛は緊縛の下でうなだれ、幽かにうなずく。

 パタパタと、彼女の涙が地に滴る気配。

 

「ヌシが!この女の面前で!!“朱美”とやらを選ぶ!!!」

 

 ねぇ?どんな感じ?どんな感じ?

 ……と、今度はニヤニヤ性悪な薄ら笑いを浮かべ、

 

「これは!とwんwだw逆NTRぢゃなぅ!?」

 

 ──うげぇ……。

 

 朱美と竜太との夜店めぐりを、まさか詩愛に見られていたとは。

 あの晩、たしか自分は仕事だと彼女にウソをついたハズだ。

 そうなるとなおさらバツが悪く、肩身がセマいことに。

 

 ──と、なると。夢の中とはいえ、彼女を何としても助けなければ! 

 ──FALがありゃァなぁ。あんな女、一発なんだが。

 

 いきなりアフリカ傭兵のボヤき口。

 

 ──おまーはしばらくダマっとれ。

 ──そうだぞ。彼の者、おそらく冥界の存在。ヘタに口を挟むこと相成らん。 

 

 こんどは王立特殊騎士団長まで。

 

 ──ヤかましいオマエら!いまどうやって詩愛を救うか考えてるんだ!

 ──ギャグで誤魔化したら?「ガちょ~ん♪」ってwww

 ──おそらく即刻で頸(クビ)を刎(は)ねられるだろうて……。

 

 なんでアフリカ傭兵が日本のギャグを知っているのか疑問だったが、これも自分の夢の中だ。なにより女神の口から『NTR』、なんてセリフが出るのも、その証拠だろう。

 

 青竹が準備され、後ろ手で緊縛される詩愛の背中側を通される。

 屈辱的な“あぐら縛り”のまま、まるで彼女は駕篭のようにカラス天狗や化け物どもにユサリ、持ち上げられると、いまやどこかへと連れ去られようとして。

 

「女神さま!どうか、どうか──お慈悲を!」

「くどい!」

 

 またもや一喝。

 

「自裁(じさつ)した玉(たましひ)の逝く末は──決まってをる!」

「と……もうされますと」

「冥府魔道の畜生界に堕ち、いみじく責めを受けるのぢゃ!」

「そんなせっしょうなァ……」

 

 ふむ。とここで女神は小首をかしげ、またも意地悪げな笑みを浮かべ、

 

「さうぢゃの……何かひとたび。ギャグをやり、吾をゑ笑わせたれば赦さんでもなし」

「ガちょ~ん!♪」

「……コロすぞぇ」

 

 ──ほれみろ!だから言わんことではない!!

 ──おやぁ~~?

 ──おやー、じゃねェよ、バカ!

 

 だがこの時だった。

 女神の横に侍る好々爺が、はじめて顔を曇らせ、ペコペコと請願をはじめる。

 ならぬ、と相変わらずにべもない女神。

 と、好々爺が何度目かに頭を下げたとたん。

 

 ゴトン!

 

 老人の頭部は胴体をはなれ、拝殿の床に落ちたかと思うと、ゴトン。ゴトン。

 階(きざはし)をゆっくりと転げ落ち、こちらの足もとまでコロコロと転がってきた。

 うわっ!と驚く間もなく、それは自分のドライビング・シューズにぶつかる。

 

 生首が!と身構えるが、ずいぶんと小さい。

 

 みれば、それは砲丸を思わせる地蔵の頭部なのだった。

 壇上をうかがえば、女神の横に立っていた老人も、いつのまにか首なしの地蔵に。

 あぁ、とようやく合点がいく。

 

 ──あのときの……。

 

 自分はうやうやしく首を拾い上げると、ポケットからハンカチを取り出して土を払い、靴を脱いで階段を上がり、まずは女神に一礼。うむ、と許可を得ると、お地蔵の胴体に頭部をセット。瞬きする間に、もとの好々爺に戻っている。

 老人は、戻った頭を押さえながら、相変わらずペコペコと主に向かい懇願する。

 

「 フン」

 

 女神は老爺をツマらなそうに一瞥したあと、なにを考えたかこちらを見て、

 

「よし──然は(それでは)」

 

 ついて参れ!と、またもやゾッとするような微笑を浮かべ拝殿の奥へとコチラを誘う。

 

 ──もはや是非もなし。このうえはあの妖魔の後に、追いていこうぞ。

 ──ちェ……ムカつくぜ。シディ・ベル・アベスの売春宿にでも売りトバしてェ。

 ──不用意なコトするなよオマエら?あの女神様の霊験(チカラ)は、本物だ。

 

 拝殿前の空間では、むごい“あぐら縛り”に折りたたまれた詩愛の身体がカラス天狗たちに囲まれたままいったん地面に置かれ、沙汰が一時中断となったことを示していた。もしかしたら、またこちらの働き次第で、彼女の執行が猶予されるかもしれない。ヘタなことは出来なかった。

 

「如何致した!──早う!!」

 

 見覚えのあるような、無いような、板張りの長い廊下。

 光源の分からない灯りが、うすボンヤリと均一に照らしている。

 左右はふすまや障子、板戸で閉め切られており、部屋の中はうかがえない。

 

 そんな廊下を、滑るように進む女神を先にして右にまがり、左に折れ、しばらく自分だけトタトタと無粋な足音を立てて進むうちに、行く手からみょうな物音がしはじめた。

 

 (んほぉっ!そこ……そこイイっ!)

 (あぁっ……いやぁ……お母さァん……)

 (見ないで!……マコちゃん……見ないでへぇぇ!!)

 

 なんだァ?と自分たちが首をかしげる中、進むうちにどんどんあえぎ声は大きくなる。

 やがて、先を行く女神のあゆみは戸を閉てた障子のまえでとまった。

 中では大きなロウソクが灯されているらしく、貼られた障子紙が炎のゆらめきにつれてチラチラと明滅する。

 

 (そんな!あんまりです!そんなに強くかき回さないで!)

 (お母さァん……おシリぃ……おシリの穴がイイのぉ……)

 (マコちゃん?しっかり!カンタンにイッては不可(イケ)ません)

 

 ぬちゅヌチュ、ピチャピチャと妖しげな音が、その合間をぬって。

 

 ──ヤベぇ。ちんこ勃ってキタ―――(゚∀゚)―――― !!

 ──オマエ……本当に1960年代のアフリカ傭兵か?

 ──まて、油断するなふたりとも、これは孔明のワナかもしれん。

 

 自分たちは胸の奥底で考えを合わせる。

 いずれもみな、似通ったような印象だ。

 世の中を恨み、反逆するヒネ者たちだ。

 社会から一太刀あび傷を負う者の群れ……。

 

 ──王立騎士団って……三国志とか読むの?

 ──ドウでもイイや。入室(はい)ろうゼ。

 ──罠(ワナ)に注意せよ!妖魔の仕掛けが、あるやもしれん!!

 

 女神の凝視を背に感じつつ、自分は障子の框(かまち)に手をかける。

 颯ッ!勢いよく引き開けると──。

 そこは碇型をした赤い百匁(もんめ)ロウソクが幾つも灯された板間の小部屋だった。

 まるで“命のロウソク”めいて、灯心から炎が不気味に長く延びている。

 そして、幾重にもゆらぐ炎たちの照らし出すものは……。

 

 床板に敷かれた、4畳ほどの厚い茣蓙(ゴザ)めく薄縁(うすべり)。

 その上に延べられた絹の輝き持つ純白な布団と、緋色の上掛け。

 いかにも柔らかそうな、そして手の込んだ刺繍の入ったそれら寝具のうえには、緋袴(ほばかま)に白衣を着た巫女がふたり、尻を突き上げる格好でうつ伏せに並んで横たわっている。腕をうしろ手に縛られ、緋袴をおろされて生白い尻をむきだしに、そしてさらには白い足袋をはいた両足首に縄がまかれ、そこに青竹がわたされて足をひろげたまま閉じられぬよう、くくりつけられていた。

 

 だが、一番の異様は──彼女を責め立てている男だった。

 こちらに背を向けるその人物は、甚平姿で膝立ち。

 そろって尻を差し上げる女たちの尻を割って、その股間をくじっている。

 粘液をなぶる猥らな音が、揺らめく幾多の炎のもとに響いて。

 左右の手が、女たちの恥部を執拗に、ネチっこく責めている。

 

「あっ──ソコだめぇ!ウンチ穴……よわいのォ!」

「娘にそんな、後生ですから!あぁッ、ワタシも……堪忍!」

「お母さァぁぁん……そんな日活ロマンポルノみたいなこと言わないで!」

「ゴメんなさいね、マコちゃん……みだらなお母さんでゴメんなさぁい!」

 

 手マンの動きが激しくなる。

 淫音が、ますます激しく。

 愛液の気配が、さらに増して。

 

 目を白黒させる自分たち。

 背後から女神が唾棄するような勢いで、

 

「吾(あ)が社(やしろ)の御門を侵された責を、この者等は受けているのぢゃ」

「御門、ってなんです?」

「た(・)は(・)け(・)ど(・)も(・)に鳥居を穢されたであろうが!」

 

 その怒声.に、作務衣男の女性たちを責める指使いが激しくなる。

 淫臭が増し、よがり声とあえぎ声。

 切なげな吐息がターボ・ブースト。

 

 やがて、

 

 ぷっしゅぅぅぅ~~~~~~~!!!!

 休日の朝ビールのような音をたててホンキ汁が噴出。

 豊満な母親の尻肉と、若い果実のような娘の尻がプルプルとゆれ、ヒザを立てる大小4組の太ももが、快感をむさぼるようにガクガクと震えた。

 “『気』をやった”ことで持ち上げられた尻が褥(ひとね)に崩れることをゆるさず、作務衣の男は脇に置かれていた短い竹の棒を手にしピシリ!ピシリ!母娘の生尻を打ち据えた。ブルルル……ッとピンクに染まった臀部は、よりそい支え合うことでどうにか転倒をまぬがれる。居並ぶ炎たちがひとしきり妖しくゆらめき、彼女たちの快楽と愉悦を証すように。

 

「コレ、婢女(はしため)ども──起きて此方(コチラ)を見よ」

 

 女神の下知に、母娘はいったん淫汁をしたたらす尻をおさめ、モゾモゾと豪華な布団の上で向きを変えると、後ろ手に縛られた身体を正面に向けた。

 

 はだけられた白衣。

 胸元から露出する乳房が二組。

 上下を縄でキツく巻かれて飛び出して。

 顔をそむける彼女たちは、蝋光でもわかるほど顔を染めて。

 

 ──あぁ……やはり。

 

 母娘の片方は、やはり“現代風な巫女”だった。

 あれほど勝ち気な彼女も、いまは尻穴まで躾けられおとなしくなっている。

 その娘と肩をならべうなだれる母親は、乳輪の目立つ豊かな胸を鬱血ぎみにして。

 脂の乗りきった30代後半の緊縛姿を、ゆらめく鑞光のもと惜しげもなくサラしている。

 

「それ──其の方も、面(おもて)をみせてやらぬか」

 

 女神にうながされ、作務衣の男が濡れ布巾らしきもので手を清めたあとコチラを向いた。

 

 一瞬──誰だか分からなかった。

 すこしばかり影のある、初老のオヤジ。

 手をついて礼をし、ふたたび顔を上げたとき。

 助平オヤジの顔からシワが消え、一瞬にして若返る。

 その顔は見間違えようもない。朝晩カガミで見慣れた自分の貌だった。

 ニヤリ、いかにも下卑た調子で目の前の自分はしてやったりと言わんばかりに。

 

 一瞬。

 自分の頭の中に電光が奔った。

 驚愕と躊躇と嚇怒が高温度の“るつぼ”でないまぜになった気配。

 オ(・)レ(・)とアフリカ傭兵は、あまりのことに凝固してしまう。

 

 ──貴様ァ!

 

 だが、特殊騎士団長の動きは迅(はや)かった。

 まるで抜剣するように火の灯いた燭台を逆さに持ち替え、男の脳天に振り下ろす。

 しかし、見事な一挙動で相手に金属製の燭台を叩きつけたと思ったとたん、

 

「げふぅッ!」

 

 自分は、まるで脳天に鉄パイプを叩きつけられたような衝撃を受けて昏倒する……。

 

 

 * * *

 

 ……。

 …………。

 ………………うぅ。

 

「……尉どの……マイケル大尉どの!」

 

 誰かの声がする。

 アタマが──脳天がズキズキと。

 大尉!と叫ばれ、 イヤイヤ俺は目を開けた。

 とたん、窓から差し込むアフリカの陽光が頭痛を倍加させて。

 

「ぐぅ……っ」

 

 まぶたを閉じるとハエの音。

 天井でやる気無く回るファンの風。

 とおくでは教練のかけ声とホイッスル。

 

 いつのまにか俺(・)は、バラックの自室にある軍用ベッドで仰向けに寝汗をかいていたのだった。

 

「大尉殿(モン・カピテン)、ヤンさんが呼んでるよ!」

 

 目の焦点をむりやり合わせると、ブカブカの制服をきた黒人の少年兵が、盆の上に氷の浮いたガラスのピッチャーとコップを捧げ持ち立っていた。どうもいまだに“大尉”と呼ばれることになれないでいる。まぁ、あの間抜けなミラー大尉に敬語を使わんでも良くなったのが、数少ない利点のひとつだ。

 

「オタ……いま何時だ?」

 

 忠実な従卒であるオタ・ンクンダ少年は壁をチラッと見て、

 

「1030時。キョウ午後からカイギあるでショ?ヤンさんが、起こしてこいっテ」

 

 なまりのキツいフランス語で、こちらの醜態を面白がるように。

 俺は軍用ベッドから起き上がると、差し出された盆から汗の浮いたピッチャーを取り上げ、そのままラッパのみにして残りはアタマにビシャビシャとふりかけた。冷たさにキィンとこめかみが鳴って、頭痛がゆっくりとおさまってゆく。

 

 ──そうだ。昨晩は将校バーで深酒したンだっけ。おまけにあの騒動……。

 

 女ったらしのラルゴ中尉が戦死したあの防衛戦以来、部隊にイマイチ活気がない。捕虜を尋問したところ、あれは作戦情報がもれて、完全な待ち伏せをくらったことが分かっている。その後も2,3回、アヤういところで部隊は全滅をまぬがれた。基地の中に内通者がいるのだ──しかも複数。ドレッドの情婦に夜の裏路で殺された、将校クラブのバーテンダー、サムのように……。

 

 ふと気づけば、ボンヤリしている俺のそばでオタがモジモジと。

 

 ──あぁ……そうか。

 

 駄賃を多めにはずむと、黒人の少年は弾む足どりで去ってゆく。

 俺はガン・オイルと金属、それに革の臭いがする部屋を出て、いちど冷水シャワーを浴び直してから、ゆっくりと本部バラックへと向かう。

 照りつける太陽が、先ほどまでの悪夢の印象を跡形もなく消し去った。なにやら暗闇のなかに炎がうかび、妙齢の女たちがヒワイに縛られる重苦しい一幕だった気がするんだが……。

 

「マイケル……大尉」

 

 乾いた砂埃(すなぼこり)のたつ道を本部のほうに向かうと、迷彩服を着たヨークのヤツが歩いてきた。

 肩にはスリング(吊り帯)でブローニングの型おくれな大型自動ライフルを背負っている。

 たしか、BAR1918とか言うヤツだ。実包は強力な7.62×63mm。FALの同口径×51mmアモ(弾薬)ですら、俺でさえ時々ネをあげるのに。

 

「よう、軍曹。そんな骨董品なんざ抱えてどうした?」「

 

 オレはニヤニヤと笑いながら、

 

「ヒョッとして戦争にでも行くのか?」

 

 コッチの軽い調子に相手は乗る雰囲気もなく、あくまで真面目に、

 

「補給所へ。コイツを、ほしがってるヤツがいます」

「だれ?」

「イギリスから来てる、例の観戦武官。イイ値段で買い取ると」

 

 朴訥(ぼくとつ)な男がポツリ、ポツリと話す。

 

「それに大尉どのだって。どうしました。営内用の制服なんか着て」

 

 一歩後に下がって、こちらの格好をマジマジと値踏みする風。

 そして先ほどのお返しとばかり、

 

「見違えましたよ。どこかの王様の謁見式でもあるんですか?」

「ヤン中尉と会議。それに来賓(らいひん)との顔合わせだよ」

「おエラい来客ですか。自分は──苦手です」

 

 戦場では右に出るものがいない古ギツネなのだが、基地ではまるで影がうすい。

 いつ見ても、本物の農夫が場違いな場所に来て戸惑っているようだ。

 そう。この男の居場所は、安寧な基地なんかじゃない。

 あくまで前線。血と硝煙が煙る修羅場なのだ。

  

「マイケル。あの、ヤン中尉なんですが」

「うん?ヤツがどうした……」

 

 “戦場の農夫”が口をひらきかけたところ、車体中央から突き立てた銃架にM2マシンガンをすえた屋根なしのランドローバーが、基地内の道を土煙たてて爆進してきた。ゆれるボンネットの上には片目(めっかち)のコフィン准尉が、FALを担いだ姿で尊大にあぐらをかいている。座席には、ヤツの子飼いで親衛隊がわりにアゴで使っているチャドの傭兵たちがミッチリ。仲が悪かった狙撃屋のラルゴ中尉が居なくなり、少しばかりり気が大きくなってやがる。いつか問題を起こさなきゃイイが……。

 

 ランドローバーはエンジンを唸(うな)らせ、基地内をあり得ないほどの速度で駆け去った。

 顔をしかめ、土ぼこりがおさまるまで待ってからヨークは先を続けた。

 

「あの南アフリカ人には気をつけた方がイイです……あまり関わらない方が」

「関わるな、ったって……お前。本部の人間だぞ?そういうワケには」

「ヤツが使ッてる従卒に、注意してください。アヤしいです」

「ワぁった、ワぁった。ヤン中尉にそれとなく警告──」

 

 ダメです!

 

 この農夫のようなテネシー生まれの軍曹は、いきなり怒鳴った。

 そして旧(ふる)いオートマチック・ライフルを握る反対側の手で俺の肩をグイとつかむや、

 

「やつには!ナニも言わないで下さい。Vous avez compris(分かった)!?」

「……D'accord(分かったよ)」

 

 相手の真剣な面持ちと圧力。

 頑丈な手でワシづかみにされた肩。

 とりあえず俺は、そう返すしかなかった。

 

「オーケー、オーケー?ヤツには、何も言わんサ」

 

 戦場の古ギツネは凝視したまうなずき、

 

「あなたの部下の、ジャン伍長やエグモント伍長にも。念押ししておきましたから」

 

 そう言ってムッツリした表情のまま装備デポの兵舎へ去って行った。

 

 ──フン。

 

 俺はその背中を少しばかり見送るとキツく掴まれたた肩をさすった。

 そして炎天の中、基地の中枢たる事務所バラックがあつまるエリアをめざし、サムブラウン(剣吊り)・ベルトが身体を斜めによぎる、着慣れない営内勤務服に汗シミを作りながら、乾いた道を歩いてゆく……。

 

 * * *

 

「やぁ、やぁ。昨日は将校バーで、また武勇伝を作ったらしいですね?」

 

 エアー・コンディショナーの効いた部屋で、ヤンはテーブルにティー・セットを用意して待っていた。壁を飾るタペストリー。本棚には、マウント付きの金文字が打たれた革装本。兵舎の一角たる男所帯の雰囲気は免れないが、それでも極力優雅を求めようとした努力がみえる。受け皿つきのティー・カップに、三段のケーキスタンド(ただし、載っているのはSUSHIだ)極めつきは大テーブルの中央にデンと鎮座する、ロシア風の巨大なサモワール(給茶器)。

 銀色に磨き立てられたそれは、何かの銘がプレート留めされていた。

 のぞき込もうとするより早く、ヤンはサモワールのてっぺんに据えられたティー・ポットから濃厚な茶をカップに注ぎ、胴体から突き出た蛇口から出る湯で適当な濃さにうすめると、俺に差し出した。その動きは、まるで何年も繰り返されたような淀みのない所作だった。

 

「なんだよ。この暑いときに」

「暑いときに、熱い茶というのもワルくないですよ?」

 

 微笑と共に差し出される受け皿に載ったカップを、俺はだまって受け取った。

 香りがすごい。そして湯で薄められたとはいえ、怖ろしいほど苦い。

 下から炙(あぶ)られるポットで煮出された茶なので仕方ないが。

 半ば舌を焼きながら俺は、相手を凝(ジ)ッとみつめる。

 ヨークの言葉が、いまだ引っかかっていた。

 

「どうしました?マイケル大尉どの」

「そのワザとらしい言い方はヤメろ。だいたい──」

 

 そのとき、例の従卒が入ってきた。

 ブートキャンプでヤンに救われた現地兵。

 若い。黒人の年齢は読みずらいが、まだ二十ぐらいだろう。

 従卒はサモワールの胴体に湯を足すとPardon(失礼シマシタ)といって部屋を去る。

 

「新兵訓練から引き上げたヤツか?便利に使っているじゃないか」

「そう、マイケル大尉。あなたが従卒にしてる少年兵と同じようにね」

「アレは、単なる伝令ボーイだ。貴族の従僕のように身の回りの世話はさせん」

 

 一瞬、ヤンは鼻白む気配をみせるが、すぐに立ちなおり、

 

「じゃぁ、させるといいです。とくに身だしなみについて。大尉のその格好──」

「ん?俺のカッコがどうした?」

 

 着慣れないイギリス陸軍型の制服を、自分は改めて見まわす。

 

 大尉の肩章は、星を自分で改造したものだ。

 腰にはワルサーを呑み込んだ古なじみの革ホルスター。

 ここのところの激戦のため、ベルトの穴が一つ縮んだ帯革(たいかく)。

 言われてみれば、なんとなくサマになってないような……。

 

 すると、仕方ないですねと言わんばかりにヤンは、

 

「プレス(アイロン)は当ててから大分経っているとみえて折り目が緩んでるし、第2ボタンが取れかかってます。長靴(ちょうか)は磨かれてない。おまけに剣吊りベルトは保革油が切れかかってますよ。それではこれから来る来賓(らいひん)に失礼です。ここにスペアのベルトがあるから、せめてそれだけでも交換して下さい」

「イギリスの観戦武官だろ?なんでそんなに気を回すんだ」

「あなたの風評にもかかわるからですよ。基地の面目にもつながります」

「みょうにコダわるなぁ──そんなに気をつかう連中なのか」

「ガラの悪いところは見せたくないんですよ。これは副司令の命令でして。昨夜だって将校バーの前で、ンダウ伍長とベジドフ伍長が殴り合いをして……」

 

 昨夜、酒の勢いでセネガル人とチェコ人が過去の戦闘のことで、また言い合いになったのだ。お互い癇のつよい者どうし。最悪、どちらかをよその部隊に転属させたほうが良いのかもしれない。

 

「まったく。仲裁にホネが折れたぜ。両方ともノシてやった」

「見事なジュードーの“投げ”がキまったそうで」

「久しぶりにワザなんか使ったせいで身体がキシんだよ」

「いずれにせよアイルランド人たちに、この基地が整っているところを見せろとの命令です」

 

 アイルランド人?

 ティーカップを干した俺はヤンの方に向き直った。

 

「イギリス人じゃないのか?まぁ……似たようなもんか」

「名前を見れば、一目瞭然ですよ」

「……と、いうと?」

 

 ヤンは数歩部屋を歩いて、小机にあったバインダーを取り上げる。

 そこには罫線に名前らしきものが並んでいるのが見えた。

 

「オ・コンネル……オ・レイリー。オ・ブライエン……『オ』というのはあの土地の古語で~家の者と言う意味らしいですね」

「ふぅん」

「オ・メーラ……オ・ハナハン……それにオ・ツボーネサマ」

 

「 ち ょ っ と ま て 」

 

 




そろそろコンゴ傭兵編も伏線回収にうごきます。
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