※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第67話:その一撃

 * * *

 

 その着信が。

 

 思えば崩壊が明確になった第一歩だった、と思う。

 すでに、終わりは始まっていたんだ。

   ──あらゆる意味で──冷徹に──容赦も無く。

 

 “仕事”を殺り終えた水曜日の朝方、【SAI】の存在がバレないように、いったん電源OFFにした『炊飯器』をマンションに置いてから、オレはトラックを【ボニー】の自動運転で帰庫させた。“彼女”の運転も、大分コナれてきたモンだ。臨機応変や融通が利かないのは、最近のエロ画を自動作成する低級AIとおなじだが、それでも配属初期と比べれば雲泥の差だろう。

 いつもの駐車スペースにゆっくりと──お淑(しと)やかと言ってもいい──轢殺トラックを滑り込ませると彼女は、

 

『お疲れサマでシタ、マイケルさま──コレにて今回の業務、Fin(完了)デス』

「ウン、よく頑張った【ボニー】。だんだん上手(うま)くなってきてるぞ」

『お褒めにあずかり光栄デスわ?今日は、イイ夢が見られそうデス』

 

 そう言ってシステムをカット・オフする。

 

 ──夢だって……?

 

 オレは次々と灯を消してゆくメーター・インパネを眺めながら考える。

 

 ──AIが夢を見るコトって、あるのかね……。

 

 【SAI】でさえ、そんな洒落(シャレ)たコト言わないのに。

 やはり女性型AIを自称するだけあって、感性が繊細(こまやか)なんだろうか。

 重い運転席のドアを開け、オレは凝り固まった身体をコンクリの床に着地させる。

 久しぶりに硬い床に降りたので、足の裏がジィィィ……ン、と痺(シビ)れて“生還”の実感が。

 オレは冷たい地下車庫の空気を深呼吸しながら、体に積もった疲労をため息とともに吐き出した。

 

 それにしても転生協会の朝は早い。

 

 ガソリンとコンクリート、それにモーターとオゾンが臭う庫内のあちこちでは、メンテナンス作業員やメカニックたちのTBM(現場打ち合わせ)がはじまり、チーム・リーダーが小集団を前に激を飛ばしていた。

 

 と──その時。

 

 オレのジャケットの中で、携帯がバイブした。

 取り出して画面を見れば、なんと──詩愛のオヤジさんからだ。

 峻厳な顔つきをした白髪の初老紳士を思い出し、覚えずオレは舌打ちをする。

 

 ──ちぇっ。あの怖(お)ッかないジィさん、朝ッぱらに何の用だよ……。

 

 コッチは徹夜して目標を一人。異世界にトバしたばかりで、疲れてるんだ。

 自業自得とはいえ【ボニー】の犠牲になったあのデブの最後が忘れられない。

 ネムいしアタマが回らないしで、ヘンなコトを言い出さないように注意せねば。

 イヤイヤながらに画面を応答モード。それでも好感度を精一杯高めた営業口調で、

 

「おはようございます鷺ノ内先生!マイケルです。ご無沙汰しておりますぅ──」

 

 だが、それに対し通話口の向こうは、恐(・)ろ(・)し(・)い(・)ほ(・)ど(・)憔悴(しょうすい)しきった声だった。

 

『あぁ、キミ……おはよう。美香子が、いつもお世話になっとるね……』

 

 いきなり話題にしたのは詩愛ではなく義理の娘の方だった。

 ヤバい。彼女について、イヨイヨ本格的に縁を切りに来たのかも。

 そうはさせるか!と、オレはさらに“明るい好青年”の口調を装って、

 

「いえいえ、とんでもありません。それに……いま、美香子クンには、いろいろ当方が教え諭(さと)しておりますので、夏休み明けには高校に戻せるかと。ですので、どうか(学費等の件は)何卒(なにとぞ)ひとつ、その、よしなに……」

『ウン、それはドウでもいいんぢゃ……それよりも……』

 

 老人は何事か口ごもる。

 やや久しい沈黙があった。

 電話口の向こうで、彼の老妻の声。

 次いで、この老人は意を決したように、

 

『わたしも、回りくどいのが嫌いなので単刀直入に言うがね?』

「……はぁ」

『キミに与えたマンションだが……コチラにも都合ができたので、引き払って欲しいのだ』

「え……あの、引っ越せ、と?」

『できれば、そうしてもらえると有り難い』

 

 はぁ……と言うのがやっとだった。

 

 あの超・高級マンションが分不相応なのは分かっていた。

 しかし、今では居心地が良くなってしまい、イザ引っ越せと言われると、何となく未練が残る気味もある。事実、これから速攻で帰宅して、豪勢なバスルームであふれる湯を浴びた後、快晴な朝の太陽を浴びつつ、例によって朝のシャンパンをキメようと思っていたのだが……。

 

 それにだネェと言ったところで、奥からまた何やら老人の妻の声。

 

『うるさい!オマエはダマっていろ!!

        ……あぁ、スマないね。ところで──』

 

 ここで老人はいったん言葉を切って何やら考えるようだったが、

 

『どうだろう、キミ。今夜の7時頃、そちらにお邪魔しても良いだろうか……』

「と、おっしゃいますと、つまり。お貸し頂いてるこのマンションに、いらっしゃる?」

『そうしたいのだが。何か特段に都合が悪いことは、あるかね?』

 

 まさか“ある”とも言えまい。

 仕方なく承知の旨を伝えて通話を切った。

 ヤレヤレ。あのオヤジが直々に来るとは何事だろう。

 ひょっとして詩愛との関係をハッキリさせろと、直談判にくるのか。

 コレはナニか、ものすごく面倒なことになりそうな予感に大きく息をつく。

 いずれにせよ総務に行って、お局サマに新たな寮の手配を頼まなくてはなるまい。

 

 キーを管理部に渡し、重い足取りで事務フロアまであがれば、そこでもすでに朝の喧噪が始まっていた。

 

 フロアの片隅では、出庫予定のドライバーたちが朝会に集まり、警察の情報を聞いていた。

 スタッフ・エリアでは、制服を着た女性事務員がキーボードを叩き、腕まくりをしたYシャツ姿の男性社員がクリップボードを手にアチコチで何事か話し合っている。

 

 いきなり業務統括のイタチ面(づら)が、また何かギャンギャンわめきはじめた。

 以前、轢殺ドライバーたちからスゴまれ、一時期はおとなしくなっていたが、この頃はまた増長を始めたようだ。見つからないように、気をつけねば……。

 

 オレは車中で書いた転生処置記録書を、フロアに備え付けの端末専用でアップロードし、提出期限がとっくに過ぎた備品使用記録書を、提出トレイに積み重なる書類の下の方に、コッソリ滑り込ませた。

 

 と──そこへ事務エリアの仕切りから、ノート・PCを抱え何故かコッソリとした足取りで出てくるお局サマとバッタリはちあわせに。

 

「まっ、マッッ……マイケルさんンっっッッ!!!!!」

 

 素っ頓狂な金切り声に、フロアの声が一瞬やんだ。

 トラッカーの群れに囲まれているイタチ面が、低い背をピョンピョンとジャンプさせて、一生懸命こちらを覗おうとする風。

 オレが素早く身をかがめると、お局サマもそれにならう。

 机の下でコソコソ顔を合わせると、何故か彼女の顔は真っ赤だった。

 すぐにフロアのザワつきは戻り、さざ波のようなキーボードの打鍵音も再会される。

 

(どうしたんだよ主任!ンなデカい声だして!)

(いっ、いえ。ナンでもない……ナンでもないわッ)

(じゃぁ何でこんなコソコソしなきゃナンないんだ?!)

(アナタが隠れたからでしょう!)

(主任がデカい声だしたからでしょう!イタチ面に見つかったらコトだ)

 

 お局サマは、コチラの顔をジッ……と見る。

 ややあってオレは「場所を移動しましょう」と中腰のまま、お局サマと一緒に、ひと気の無い給湯室の隅へ、さりげなくと移った。

 

 柱に囲まれたデッド・スペースな空間で、しばらく沈黙。

 妙に顔を赤くし、ヘンに視線をそらす相手を、オレは怪訝に眺める。

 

 ──あれ……?

 

 その時ふと気づいた。

 なにか……お局サマのバスト。心なしか前より大きくなっている?……ような。

 しかしまさか「主任(.人.)(オッパイ)大きくなりました?」とも言えない。

 あれ……よく見れば腰つきも、なんだかデップリと豊かに張り出しているような。

 そのくせウェストは、今までに無いほど細く、セクシーに見みえてしまう。

 ヤバイ。疲れた頭と目では、ナニを言い出すか分からない。

 オレはとっとと要件を片付けることにした。

 

「あのう……寮のコトなんだケド」

「寮?寮がどうかしたの?」

 

 お局サマのやつ、ヤケにつっけんどんだ。

 しかし睡眠不足のアタマは、それに怯むことなく、

 

「今のマンションを出ることになりそうで……どこか広めの家族寮って、空いてませんかね?」

「えぇ?アナタ超・豪勢なマンションに住んでいたんじゃないの?」

 

 **駅ちかくの“ごたいそうな物件”に、と続く言葉にトゲがある。

 まるでヒモか、カネ目当ての婿養子を見るような目つきで。

 

「どうも追い立てを食らいそうなんで……」

 

 微妙な一拍があった。

 見ると、相手の顔に、一片のほ(・)く(・)そ(・)笑(・)み(・)が浮かんでいる。

 

「じゃぁ、その……ルーム・メイト?の詩愛サン、ってどうしたのよ。水族館であの美人サンに聞いたけど、彼女のお父サマに借りてるンでしょ?あの“ごたいそうな”億ション。ひょっとして……関係が、ダメになっちゃった?」

「いや、そういうワケじゃないんだけどサ?なんか急に出てってくれって」

「その……彼女、詩愛サンは?」

「出張に行ったまま帰ってこない。もう一週間になるかな。長引いてる」

「愛想つかされちゃった?とか」

 

 ますます広がる相手の笑み。

 

「さぁ……でも追い立てクラったんで、広めの物件を紹介して欲しい」

「扶養家族がいないんじゃ、家族サイズの寮は紹介できないわ。」

「いるっちゃ居る……オレの助手と……」

 

 助手ゥ!?とお局サマが一瞬、柳眉を逆立てる。

 

「まさか!オンナぢゃないでしょうねぇ?」

「ちがう、ちがう!大卒で引きこもりやってた青年だよ。PCの腕はあるんで、調べ物に使ってる。あと親から勘当されかかっている詩愛の妹」

 

 ピクッ!またもや彼女の眉が。

 またもやオレは、アワてて予防線を張った。

 

「言っとッけど!まだ高校生だかンな?JKに手出しはしないっての。だいたい離婚して以来、もう女はコリゴリなんだよ」

「いい女性(ヒト)がいれば、そんな考えは無くなるんじゃナぁイ?」

「どうだか。休日の朝酒を認めてくれる奥サンなんて、そうそう居ないだろうし」

 

 その時。

 あら。ワタシならいいけど……。

 と、聞こえたような気がしたのは、思いちがいか。

 

「じゃあ、次善の策として、なるべく大きな部屋を頼むよ……なるべく3部屋の独身寮……」

「そんなのアリっこナイでしょ!」

「ちぇ。やっぱな。とりあえず今日はもう帰る!ウカウカしてッとイタチ面に捕まりそうだし」

 

 そう言ってお局サマを見た時。

 

 何故だろうか。

 昔、職場にいたゲーム基板オタクが持ってた画面を思いだした。

 銀色のハデなサンバ・コスチュームをまとい、もろ腕を上にして、両脚はガニ股に。

 カクカクと躍り、あまりタチの良くない群衆から喝さいを浴びているような情景の印象。

 と──なぜかそこに、総務から社長室づけに転属となったベリショの理沙チャン。

 カーボーイ・ハットに、キワどいビキニ姿。腰をクネらせ……しかも、なぜか3人も。

 

 ──そうだ。今回、張り込みの仮眠で見た夢に、そんな印象があったような……。

 

「そういえば、サ?」

「ナニよ」

「社長室付きになったベリショっ仔から、もう連絡は・・・・」

 

 そこまで言ったとき。

 お局サマの顔は、みるみる赤く染まり、涙目で口をおさえると、脱兎のごとく逃げてゆく。

 

 ──なんだ?……オレ、なにか悪いコト言ったかな……。

 

 * * *

 

 帰りの電車の中。

 朝日のまぶしさに徹夜明けの目をショボつかせながら、オレは今日のスケジュールを考えた。

 

 シャワーを浴びるのは当然として“朝シャン”のダブルは、ちょっとマズいかもしれない。

 部屋のかたづけ(最低、リビングとキッチン)それに、茶菓子と紅茶も……詩愛のヤツ、紅茶のストックを準備してたかな。チェッ……異世界送り明けだってのに、ゆっくり出来ないなんて……。

 

 今回のターゲットは少年だった。

 

 無免許のアオリ運転や、飲酒運転で逮捕されるが、未成年であることと、土地の代議士である祖父、それに実業家の父親が懇意ともあって、なんども起訴猶予となっていた。下校中の女子高生や妊娠中の母親。あるいは婚礼準備の買い物帰りなOLなどが、超・高級スポーツカーの餌食となるしまつ。

 

 女性が犠牲となった案件時、【ボニー】の転生手段は凄惨をきわめる。

 目標のノドに細い触手を侵入させ、声帯をつぶして悲鳴を封じたあと、腕や脚を死なない程度に少しづつチギってゆくのは、女ならではの残虐さか。キャビンに響いた、復讐に恍惚とする彼女のアオり言葉は、【SAI】でさえドン引きだった。疲れで半ばマヒしたオレのあたまに、彼女の哄笑は、いまだこびりついている。

 

 異世界にブッとばされた少年は、どこか草原の原住民になったらしい。

 しかも手足をちぎられた聖痕は、先天性な手足の発育不全となって顕れていた。

 緑色の月がふたつ、宙空にかかる果てしの無いサバンナの光景。

 腰ミノと長ヤリ。それに骨の鼻輪らしきものをぶらさげ、短い手足をいそがしく操って、一生懸命に六足歩行の小型獣を追いかけていった……まぁガンバレや。

 

 ペニス・サックをぶら下げた転生者を思ううちに、ようやく地元の駅に着く。

 

 24時間スーパーで、来客用にモンブランとアールグレイを買ってきたオレは、出勤の流れに逆らって──時に散歩中の犬に吠えられながら──ようやくのこと、マンションに帰りついた。フロントのオバさんコンシェルジュが、こちらの無精ヒゲとトラックの張り込みでヨレヨレになった上着に目を留めつつ、ぎこちない笑み。それを最後の難関とばかりにクリヤして、部屋の扉の鍵をあければ……。

 

「ちょぉっと!チャンと留めなさいヨォ!」

「えぇッ!……だってこれを留めるには、ミッキーさまの“おまた”に触らないと……」

「だから!召使に触られたって、飼い犬に裸を見られるようなモンだってェの!」

 

 奥からふっ飛んでくる喧騒に、オレは大理石の三和土(たたき)で崩れ落ちた。

 

 ──ひょっとして……今日って水曜日か……?

 

 水曜日の明け方特有な、連中のハイテンション。

 今日は世間の例にもれず“紅いウサギ”は休みなのだ。

 また大騒ぎで、ゲームをやり倒すンだろう。しかも徹夜で。

 たぶん、17時には白髪オヤヂとハチあわせになるにちがいない。

 コイツ等にも老人に対して礼儀を守るよう、念を押しておかないと。

 

「お帰りなサぁい、ご主人サマぁ!」

 

 赤いエナメル衣装のニーハイ・ブーツと貞操帯めく股間に食い込むパンツだけをつけた半裸の美香子が、奥から飛び出してくる。

 

 あああああああああああ……また悩みが増えた。なんだよモォォォー。

 そもそも!このゴトつく足音は、階下に響いてないだろうか……。

 

 

「美香子!それに『フクロウ』!」

「えぇ?──ボクもですか?」

 

 奥から黒服姿のままの青年が、顔をのぞかせた。

 コイツら……さては自動タクシーで帰宅しやがったな?

 たぶん、美香子のヤツは、サロン衣装のままで帰ったんだろう。

 フロントのコンシェルジュが、なんと思ったか、考えるだけでアタマが痛い。

 『炊飯器』は?とみれば、給電状態のままOFFられてる。さてはもう飽きたのか。

 

「イイか?貴様ら!」

 

 オレは腰に手をあて、ダラけきった若者2人をギロリ、睨(ね)め回すと、

 

「今日の夕方!1900時!美香子、おまえのオヤヂが来る!」

 

 美香子のハイ・テンションがスイッチを切ったように消えた。

 うぇぇぇ………といわんばかりの表情でオレをジト目。

 オレはリビング周りの乱雑さを改めて見まわし、

 

「したがって!コチラが風呂に入っているあいだ!リビングやキッチンの掃除!そこらに脱ぎ散らかしている下着!ボンデージ衣装(コス)!それに“大人のオモチャ”やローションの類(たぐ)いを始末!ほっぽり出している攻略本!コントローラー!ゲームROMも右に同じ!だいたいキサマ等!詩愛の居ないあいだ、何回掃除した!?何回ルンバ動かした!?いま、オレはヤバい仕事あけで気が立っている!あと5秒以内に動かないと!どうなるか分かってるだろうな!?」

「そんなぁ、ご主人サマぁ。アタシたちだって夜勤明けで、せっかくの休j──」

 

 あぁン!!!!?

 

 内なる衝動が噴出するまま“俺”はふたりをギロ見する。

 ヒッ、と若者ふたりが身をすくめる気配。

 

「野郎ども!俺が四の五の言うまえに動け!状況──開始ィッ!」

 

 2人がノロノロ動き出すのを横目にして……。

 バスルームで、イヤな記憶と共に服を脱ぎ捨てる。

 ゆっくりと湯舟⇔冷たいシャワーのローテーション。

 風呂から上がり、連中が整理整頓をしているのを確認。

 かるくビールを500缶で三本。ルーフ・バルコニーで。

 彼方にムクムクと立ち上がる、8月後半の入道雲を眺めつつ。

 

 ──よし、2時間ばかりベッドで仮眠するか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と思ったら。

 

 一瞬で夕方の1700時すぎだった。

 遮光カーテンの隙間から差し込む薄暗い光の具合。

 上掛けをはねのけ、時計を手にしてギョッとしたものだ。

 カーテンを引くと一面の曇天。窓を開ければ涼しい風が吹いてくる。

 炎熱の一日を予感させた朝の空気はすでになく、上空は雲が激しい勢いで乱れて。

 

 ──やっぱ今回の転生処置、相当疲れたんだなァ……。

 

 目標の印象深さもそうだが、またもや得体のしれない夢を見た感が強い。

 疲労の半分は、そのせいとも思われる。

 

 ……神社。

 ……縄緊縛(きんばく)。

 ……踊り子の舞。

 ……熱狂する傭兵達。

 ……屈辱的な拘束と服従。

 ……それに放尿と肉便器の恥辱。

 

 そんな得体も知れない、もはや情景の失われた印象のみが、頭の中に反響する。

 しばらくその感じを、味のしなくなったガムよろしくなぶっていたが、やがて見切りをつけ、

 

「くだらん……さて、連中はちゃんと掃除しただろうな……」

 

 リビングは、まぁまぁな具合に片づけられていた。

 ただそこでは、ハイレグにピッチリ切れ上がった茶色い皮革(レザー)のショート・パンツに、肩と胸が丸出しとなったオフショルダーのアッパーを着た金髪の「少女」が、チェックのシャツにデニム姿の「青年」と肩をならべ、コントローラーを手にゲームの手ほどきをうけている。

 はたから見れば、同人誌で一発アテた秋葉のオタクが、未成年を雇う非合法なキャバクラで“嬢”をあ(・)ぶ(・)く(・)銭(・)に任せて店外デートに誘い、あろうことかゲーム店で指導するような構図……か?

 

「まて、美香子。キサマなんだ?その恰好は」

「えぇっ?……この恰好、ダメぇ?ご主人サマぁ……」

 

 ぐぃん、と彼女があぐらをかいたとき、ショートパンツの“おまた”から、無毛の小陰唇(ラビア)にいくつも穿たれたリング・ピアスが、煌めきつつこぼれ出るのがチラリと見えた。

 なんと彼女は革のショート・パンツを直ばきしているのだ。

 

「ダメにキまっとろうが!……ううぬ、そうだ、制服だ!制服!!」

「ヤだぁ……(///▽///)ご主人サマったら、そういうご趣味?」

 

 ナヨナヨと美香子は身体をクネらせて……。

 

 すこし寝たので、忍耐力のゲージは復活していた。

 ビールを飲んで寝る前だったら、怒鳴り散らしていたことだろう。

 まぁ、今に始まったことでもないしな、と諦めの境地に素早く切り替わる。

 

 ──えぇと、まずは……っと。

 

 彼女のウィッグを、ボリュームのあるド派手な金髪から、黒髪ショートの大人しい品へと変える。金髪のウィッグを取ると、装着用のネオジム磁石を敷設するためスキンヘッドにされた彼女のアタマも地毛がだいぶ生えそろい、いまではスポーツ刈りぐらいになっている。これが本物の“性処理人形”だと、永久脱毛されたうえに皮膚をコーティングされ、残酷にも前頭部には識別用のコードが、永久刺青で入れられるそうだが……。

 

 高校の制服も、シワになったスカートとブラウスを、オレが手ずからアイロンがけして(なんでこんなコトをせにゃならんのだ!……と思いつつ)彼女に着せてみる。

 

 締めくくりに首へ蝶リボンのネクタイを巻いて、さて出来栄えは…とみれば。

 

「あぁ『フクロウ』くん?正直な感想を、のべよ」

「正直なモノでいいんですか?──先生」

「そう言っている」

「なんか……イメクラというか……ムリヤリ感というか」

「ハァッ!?アンタ、付き人のクセにィィ!!!11」

 

 そう。

 美香子の胸は、前より格段に大きくなっており、制服の胸がパツパツなのだった。

 白いブラウス越しに黒いブラの文様が浮かび、締めつけられたオッパイを主張して。

 反面、スカートのウェストはユルユルで、そのクセ尻はJKにあるまじき大きな張り出し。

 

「全体的に、どうも借り物めいた、まとまりの無い感じ……ですかね」

「ナニよ!童貞ふぜーが一丁前に!童貞をコロす服、着てやるからね?」

「イマから買いにいく訳にもいかないし、ナァ」

「え~……イイじゃないですかァ!ご主人サマぁ」

 

 美香子は、ふくれ面をしつつ、どこか醒めた表情でズリ下がったスカートを持ち上げつつ、

 

「どうせ“お飾り”で大人しく座ってればいいんでしょ?ジジィ殺しでちょーどイイわよ」

「まぁ……そうなんだが。それとブラの色は、黒以外でもっと目立たないものを」

「え~。いま持ってるのはぁ、赤と、ピンクと、あと銀のエナメルと……」

「白はないのか、白は!?」

「やだぁ~オヤジ臭い。白は汚れが目立つから、ヤなんですぅ!」

 

 それでも大人しめのラベンダー色に変えさせて、紅茶の準備をして鷺の内医師を待つ。

 やがてフロントからの連絡を待つまでもなく、扉のインターホンが直接鳴らされた。

 なるほど、このオヤヂ。愛人宅のキーを、まだ持っていたというわけだ。

 

「いいか、諸君!」

 

 リビングで、最後にオレは念押しする。

 

「今回の目的は!美香子が更生してマジメになったことを、あのジィさんに印象づけるためにある!美香子は、くれぐれも言動をつつしむように!」

「はぁぃ……」

「了解しました」

 

 オレは玄関まで歩いて行き、大きな扉をあける……。

 

「ようこそいらっしゃ──」

 

 

 そこでオレの声は止まった。

 

 

 

 玄関口に立っていたのは

      ──幽鬼ともいうべき老人だった。

 

 オールバックの髪は乱れ、頬はこけ。

 その反面、眼はギラギラと異様に血走っている。

 力を喪い老いさらばえたという感じはまったくない。

 むしろその逆に、ある巨大な妄念に支配されているような。

 

 着ている服も、パナマ帽に白スーツという洒落た感じが、かえって異様なギャップを生んで限りがない。まるで精神科病院の閉鎖病棟から脱走してきたような……。

 

「さ……鷺の内センセイ?」

「どれ、上がらせてもらうよ」

 

 そういうや、この白髪鬼ともいうべき老人は、靴を脱ぎ飛ばし、勝手知ったる元・愛人部屋を、ズカヅカ奥のほうに歩いてゆく。ヒッ!という気配。たぶん、美香子だ。

 

 リビングにたどり着くと、やはり同じく呆然とする『フクロウ』。

 オレは、凍った場の雰囲気を打ち壊すべく、つとめて明るい調子で、

 

「信三クンは、面識がおありですね?医院の近くに住んでいて、子供のころはお世話になったとか。美香子クン、何をぼんやりしている──ご挨拶!」

 

 美香子は“夜の女”の鍛錬から、一時の驚きを巧みに吸収したようだった。

 そして、ダイニング・テーブルから静々と優雅に立ち上がるや、

 

「お義父(とう)サマ。ご無沙汰しております、美香子です。いまはこちらでお世話になり、礼儀作法を学ばせて頂いております……」

 

 そう言って、悠揚迫(ゆうようせま)らず淑(しと)やかに一揖(いちゆう)する。

 さすがの白髪鬼も、コレには一時、毒気を抜かれたらしい。

 奇遇だな。オレもだよ。

 

「む……む……壮健そうで……何よりぢゃ」

「いま、お茶をお持ちいたしますね」

 

 莞爾(ニッコリ)とほほ笑み、キッチンに向かう彼女。

 “紅いウサギ”の完璧な接待術は、女をこうも変えるのか。

 あの店の女に与える影響力に、毎度のことながらオレは舌を巻く。

 

「信三クン。キミはどうしてるのだ?ご両親も心配しておったぞ?」

 

 ドッカリと青年の前に座った老医師は、テーブルにヒジをつき彼をみつめる。

 

「いまは、アルバイトをしています。いずれ、何か仕事を始めたいと」

「仕事、とは?」

「なにか……社会の役に立つような……」

「うむ、そうじゃ!男たるもの左様(そう)でなくてはならぬ。引きこもりと聞いておったが……」

 

 そういうと、老人はいったん鬼気をおさめ、頼もしげに青年を見つめた。

 美香子の配膳で茶菓がそれぞれの前に供される。老人は目の前に座った娘を見て、

 

「だいぶ……険が取れて、落ち着きが出たようぢゃの。家にいる時とは……」

「イヤだ、恥ずかしいですわ?お義父(とう)サマ」

「どうぢゃ、信三クン。独り立ちした暁には、この娘と──」

「ダレがこんな童て……ッ、ひゃぐぅッ!!」

「ん──ナニか変な言葉がきこえたようだが」

「いっ……いえ!ダレがこんな“とうてい”度しがたい女など、お嫁にもらってくれるかと……」

「そんなことはあるまい。ただ、服は……なんとかしたほうがイイな」

 

 そのことでございます!オレは得たり、父親に話を振る。

 

「彼女の成長期で、高校の制服も──サイズが合わなくなって来ておりますし……」

「ふむ」

「女子高の夏休みも、もうじき終わる頃ですので……」

「ムム……もうそんな時分かの」

「どうか、彼女を正式に復学という運びに……」

 

 彼女を退学させた、というのは父親のポーズであることは分かっている。

 しかし、老医師本人の口から、それをキャンセルさせなければ、ポーズが本物になってしまうだろう。

 鷺の内医師は、しばしの沈黙の後、おおきくため息をついて、

 

「わかった、わかった。正式に学費も出そう。いや実をいうと、退学手続きを取ったというのはブラフでな。ムスメが……(と、ここで美香子を見て)あまりに自堕落なので、脅したまでぢゃ。キミのところに置いたおかげで、可愛い“わが子”に戻ってくれた……」

 

 父親の言葉に、美香子のこめかみで一瞬、ヒクつきが奔(はし)る。

 しかし彼女は、あくまで営業用めいた笑みを崩さない。

 

「あ……雷、ですかね……」

 

 窓を一瞬、紫電が照らした。

 数秒後、腹に響くような音が轟いた。

 

 ──重砲だな……155mmだ……。

 

 そんな声が、頭のどこかで聞こえた、ような。

 

「では、美香子クンは、お赦(ゆる)しを頂いたということで──」

「うん、うん……だが今日来たのは、そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)ではないのだ。別のハナシでな……」

 

 雷鳴の響きが、とおくに起こった。

 リビングのフランス窓を、タパタパと雨粒が音を立てて敲きはじめる。

 おそらく義父の“そんなこと”に反応したのだろう。美香子の目つきが、今度は露骨に鋭くなる。それを読み取った『フクロウ』が、彼女が口を開く前に機先を制し、

 

「では、ボクたちは別室でイヤホン使って映画でも見てます」

 

 鷺の内先生は、どうぞごゆっくり。こう言って情報屋は、夜の女の婀娜(アダ)さを見せかけた美香子を急(せ)き立て、自分の部屋へと連れて行き、リビングには老医師とオレとが残された。

 

 また、雷が鳴った……。

 今度は、ずいぶんと近い。

 

 オレはすっかり冷めた紅茶を、形ばかり口につけた。

 そして話を促すため、目線で相手のほうを見る。

 鷺の内老人は先ほどまでと違い、どこか一気に老けて見えた。玄関で感じた鬼気も、いくぶん戻ってきたような気配である。

 ことココに至って、マンションの退去云々(うんぬん)が、訪問の口実であることはさすがに見抜いていた。本当の目的は、別にあるのだ。

 

 とうとうし(・)び(・)れ(・)を切らし、オレは老人に話を振った。

 

「で……実のところ。今日は、どのようなご用向きで……?」

 

 老人も演技を辞めたようだった。

 瞳に燃え上がるような険を復活させ、オレを睨む。

 

「やはり何も聞いておらんのか……まぁ左様(そう)であろうな」

 

 また遠雷。

 大きな窓が、幾度も紫色に染まる。

 

「儂(ワシ)の、本当の娘(むすめ)……詩愛のことじゃ……」

「詩愛クンですか?彼女なら出張中のはずですが」

「あの子は出張には行っておらん」

「え──じゃぁ、どうしてまた」

「出張に行く前日の晩……」

 

 前日の晩。

 縁結び神社の例大祭の晩だ。

 朱美との奇妙な一晩が思い出された。

 取り憑かれたような神主の娘。首なしの地蔵。

 なによりも、変態に襲われて危うく強姦寸前だった朱美。

 人混みでウワサになった、キツネ面をかぶるエロ肢体(ボディ)な浴衣の女のことも。

 

「あの娘(こ)は、**神社の祭に出かけて……」

「えっ、彼女も祭りに出かけたんですか?」

 

 ヒヤリとわきの下に汗が流れた。

 もしかして、朱美と一緒のところを見られたかも。

 そうか、それに違いない。だからこの老医師は怒ってココへ……。

 

「彼女が祭りに来ていたとは……」

「来ていた……キミは、その日たしか仕事じゃなかったのかね!しかも他の女性と!」

「ウッ……詩愛クンから、お聞きになったんですか」

 

 やましいところが無いとはいえ、この不意打ちには覚えずうろたえてしまう。

 

「その。彼女は職場の同僚で……」

 

 とつぜん、老医師の体が、震え始めた。

 それは懸命に何かを自制するような、力のこもったものだった。

 

「その同僚とやらに……あの娘は!やたら憎まれていたらしいねぇッ!?」

 

 急に風向きがおかしなことになってきた。

 朱美が……詩愛を?イヤイヤ、いくら“元ヤン”の朱美だからといって。

 

「あの娘(こ)は……あの娘は……」

 

 また紫閃。今度の光は強烈だった。

 

「あの祭りの晩に──強姦されたのぢゃ!!」

 

 

 

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