試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
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鼓膜を一撃するほどの落雷。
近くに着弾があったかと思われるほどに。
フッ、と電気が消え『フクロウ』の部屋の方で悲鳴が聞こえた。
たぶん、ゲームのデータが消えたかどうかしたんだろう。知らんけど。
停電か?と思う間もなく、オレの身体は胸ぐらをつかまれて椅子から転がり落ち、仰向けになったところを上からのしかかられる。
次いでパッ!明かりがつくと──。
老医師が、オレの上に馬乗りとなって、果物ナイフを振り上げていた。
「鷺の内サン!!」
オレの怒声に馬乗りになった相手は血走った眼をさらに見ひらき、
「ヌシは!二股をかけをったのぢゃな!?あの娘と!別の女と!」
「はぁ!?ちょっと、アブない!」
「それがショックで娘は……祭りの帰り道に……」
「ふたまた?なんのコトです。知りませんよ」
「ヌシは職場の事務員と、関係を持っていたであろうが!!」
天井を背景に、鬼のような形相をした老医師のナイフを振り上げた腕がプルプルとふるえる。
「その女に!──珍妙なサンバの衣装を着た事務主任の女に!」
「……なんですって?」
「幾重にも無残に縛られ、恥ずかしめられていた儂の詩愛は……」
カッ!ダァァァ…ン!という落雷。
それを圧し、整った白い歯をむき出しに老医師は叫んだ。
「その女の小水をムリヤリ
涙ながらに叫ぶ老医師。
それを“俺”は軍隊格闘技のテクで横にフリ落とし、関節をキメて包丁を奪った。
得物を取られた医師は、それ以上
「鷺の内さん!仰るような事実はありませんよ!」
アヤうく殺されかけたオレは、怒りと動揺と、なにより疑念がゴッチャになった勢いで、
「オレは!職場に色恋なんかは持ち込みません!!」
恨みがましいような目がコチラを見上げ、
「その……何というたか、事務の“お局”みたいな女にもか!」
「まtttttttったくの!誤解です!!ナンなんです、いったい!」
「しかし!詩愛は何人もの男に辱められ、身体にはむざんにも縄の跡が……」
「ほんとうに、そのぅ……、彼女、暴行されたんですか」
「警察からの報告では!!」
疑わしげなオレの言葉に老人はふたたび激し、医師特有の正確無比な説明で、
「口腔!鼻孔!それに裂傷を負った膣内と肛門!その他から7種類の
緊縛され、お局サマの尿を飲まされたという下りから、何かの冗談か間違いだと思っていたが、法医学的な見地からダメおしを食らったとき、遅ればせながら、まさに雷の一撃を食らったような衝撃が来た。
──そんな……そんな。
やや久しいあいだ、時が凝固した。
オレのなかで様々な感情が、光に鈍く反射する油膜のようにせめぎあう。
鷺の内老人がヨロヨロと立ち上がり、呪わしいような目でオレを見るが、その表情は一転、驚いたものに変わる。
「それじゃ……それじゃキミは。ほんとうに……あの娘のコトを好いとってくれたのか……」
頬が、くすぐったかった。
イライラと掻くと、指先が濡れている。
なんと、オレは自分でも知らぬまま、無表情で涙を流しているのだった。
「そうか……泣いてくれるか……そうか」
鷺の内老医師は──娘を強姦された父親は──またもや力なくすすり泣きをする。
2人の男がうなだれるあいだ、雷雲は遠ざかったのか、紫電の閃光もまれになっていった。
「あぁ、あぁ。すべてはあの
「彼女……詩愛は、いまどこに?」
「薬物も検出されてなぅ……(とここでまた啼泣)いま、関係する専門の療養施設に
「彼女の具合は、どうなんです」
「ドウもコウも……“ぬけガラ”……状態ぢゃよ」
くちびるを
「身体に刻印された縄目も痛々しくてなぅ。まるで
「お見舞いは──」
「いやぁ!駄目ぢゃ!!まだ……駄目ぢゃ!!」
老医師は、あわてたように腕をふった。
「せめて……もう少し……本人の気持ちが、落ち着いたら……」
オレがグッタリとダイニング・チェアにすわると、父親もそれにならった。
テーブルの上に置かれたダマスカス紋果物ナイフ。
天井から下がるシャンデリアの灯をうけ、黒いさざ波の刀身を無念気に光らせる。
「警察には、通報したんですよね?」
「むろん……だが、前回彼女が暴行された時の犯人も、結局捕まっておらん」
今回だって、どうなるか……と相手は、小津安二郎の『秋刀魚の味』に出てきた東野英治郎よろしくガックリと肩を落としてみせた。やがて、ふと気づいたように、
「あぁ、そうだ。今回のこのマンションを引き払ってくれというハナシだがね?」
「……はぁ」
「あれは、もう忘れてくれ給え。ひきつづき使ってくれて
わずかに
むしろ、拘束衣に全身を固められ、ベッドに縛られている彼女の心中が、思いやられた。
舌を噛まぬよう、猿轡をハメられ、失禁に備えておむつをあてがわれ監視される姿。
イモ虫のように不自由な体をよじり、ダラダラと糞尿をタレながしながら。
屈り返し、くりかえし、彼女が自分を責めるのが見えるようだった。
髪をふりみだし、くぐもった苦悶の声をあげ、充血した目で。
何度も、なんども、強姦されたシーンを繰り返す……。
「いずれにせよ、キミが
気がつけば、ドアの隙間から美香子とフクロウがおそるおそる覗いているのが分かった。
あとで因果を含め、黙っているようにキツく命令せねば……。
マンションの敷地と外を区切る鉄柵のゲートまで、オレは老医師を送った。
すでに雷雨はウソのように消え去り、
車を呼ぶという申し出を固辞し、哀れな父親は水たまりが夜空を映す道をトボトボと去ってゆく。
その姿が遠くの曲がり角に立つ街灯に消えるまで、オレは老いた背中を見守り、今後のことを考えた。
ふと、そのとき……。
天仙尚し死苦の身なり。況んや下劣。貧賎の報においてをや。
などか其罪かろからん死に苦を受け重ね。業に悲しみ猶添ふる……。
耳もとで、哀れな声が幽かに呟かれたような気がした。
前回の惨事からようやく立ち直った詩愛。
今回は、どうだろうか……。
──なんで彼女ばかり……。
オレは流れる雲に磨かれる月を茫然と眺めながら、重いため息をついた……。
***
その男は、いきなりやって来た。
詩愛が犯されたのを老医師から知らされた3日後。
こちらが次の轢殺目標の下見のために土地の検討をつけ、さらに轢殺ポイントの選定に入ろうとした夜の21時。
『マイケルさま。後方よりPC接近。特定コード検出』
『【ボニー】、前置きが長い。マイケル、銭高です。後方200mより急速に接近』
PCはトラックを追い抜くと、背面の電光掲示板に
≪パトカーにつづけ≫
という表示を光らせて、轢殺トラックを誘導する。
やがて2台は、トラックがよく時間待ちをしている産業道路近くの路肩に止まった。
いまは夜が早いので車両の姿は見えないが、これが深夜0時近くなると、高速の深夜割引目当ての運送トラックでいっぱいになるのだ。
『マイケル──降りてきます。
【SAI】に言われるまでもない。
前方で停車したパトカーからは、見覚えのある長身の男がゆっくりとコチラに歩いてくるところだった。
さすがに真夏は、トレンチ・コートを着ないと見える。
かわりに腕まくりした白ワイシャツと、パナマ帽をかぶった姿。
もちろん警察の給料では、本物のパナマ帽など買えるハズもないが。
運転席側のドアを叩かれる前に、オレは車をヨッコラセと降りて歩いてゆき、銭形と正対した。
くだんの猟犬は……すこし痩せただろうか。あるいは働きすぎか、それとも夏バテかもしれない。
わきを通過する車両のヘッドライトに照らされるたび、男の目の下に黒ずむクマが目立って見えた。
「お久しぶりですナァ──」
──コイツ、いけシャァしゃぁと……。
「最近お姿を拝見しないので、夏休みでも取られたのかと思いましたよ」
あのおとり捜査で、犯人に一本背負いを食らった一件は、いまだに根に持っていた。
それを相手も知っているのだろう、この長身の中年男はニヤニヤと、しかしどこか尊大な風に、
「いつぞやは、犯人逮捕にご協力ありがとうございましたァ!おかげで売人のラインを一つ潰せましたわ」
「ふん、それはなにより……」
「おっとっと。まぁ、そんな邪険にせんでも」
そう言って、下卑たような笑みをもらす。
コチラは怒ったフリを続けて相手をうかがう。
おかしい。この男の余裕と、上から目線はなんだ?
まるで、なにかを“ほどこしてやる”と言ったような気配。
銭高は、もったいぶった手つきで両切りのゴロワーズを取りだす。
そして近くのガードレールでジッ!マッチを擦り、眉をひそめて火をつける。
とたん。覚えのある黒タバコの臭いが、もはや熱帯夜の力を持たない、衰えた夏の闇に拡がった。
「どうも、タイヘンなコトになりましたなぁ……」
回転灯の赤が断続的にあたりをてらし、緊張感をアオる中で。
銭形は、ことさらノンビリとしたような口調で、ゆっくり大きく一服する。
たぶん、コッチからの問いを期待してのことだろう。その手にのるか──アホが。
オレは黙ったまま、
すると──この警部補ドノは、ニタつきを引っ込めて、やや鼻白んだ風に、
「ご同居の……詩愛サンのことですぞ」
カッ、と頭に血がのぼった。
おもわずこめかみをヒクつかせ、動揺してしまう。
コイツの口から彼女の名前が出ると、まるでセカンドレイプされたような気がして仕方ない。
だが、それを強いておし沈め、なにごとも無かったような風をよそおってオレは肩をすくめると、
「あぁ……アナタの御担当でしたか」
「いや“御担当”じゃありませんがね?所轄では取り扱ってるもので……いろいろと、情報が、ね?」
まさか。
こいつも*ーマニアや****スタンの警察よろしく、
情報の見返りに、相手が欲しがるモノはなんだろう?
こんな場合は、すぐに餌に食いつかないことが重要だ。
「彼女が被害に遭うのは……これで2度目です。前回の捜査は、どこまで進んでるんです?」
「もちろん!警察は前回にもまして、力を入れとりますよ?」
「そうですか、頑張ってください。仕事もありますので、それでは」
「オッとっとっ!」
きびすを返したオレに、銭高はあわててコチラの服をひっつかむ。
「まだハナシはオワっとりませんぞ?アナタも冷たいお人ですナァ」
「ナニか?こちらが交通違反でもしましたかね」
「交通違反をしたことにしてもイイ……」
交戦開始。
大の男が2人、ハッタと視線を斬り結ぶ。
銭高は、吸いかけのタバコを路面に捨てて足で踏みにじると、
「今回の件、じつはイロイロありましてナァ」
「でしょうな」
「すると──
いかにも
「前回、オトリ捜査でヒドい目に遭いましたからねぇ」
だがオレは動じず、言葉に極力イヤミを載せて返答する。
「そちらに関わると、えらいコトになりそうで。なるべく関係を持たないようにしてるんですよ」
「……」
「トラック・ドライバーと警察は天敵同士だ。こっちが稼ぎ、日本を税金で養ってるのにアンタらは『ノルマ』のために違反キップを切って、点数稼ぎして──」
「ワタシぁ交通課じゃァありませんぞ!」
「同じだよ。しょせん、アンタもバッジがなきゃ、何もできないそこらのポr──」
グワッ!胸ぐらをつかまれて持ち上げられる。
物凄い怪力だった。
すぐさまオレは利き手で相手の首をつかみ、締めあげる。
そして左手はVサインを作り、相手の眼に突き立てるポーズ。
そのまま、数秒経っただろうか。
銭高は力を抜き、オレを地面に降ろした。
オレも相手の眼に近づけた指をはなす。
「……仕切り直しとイキましょうや」
銭高は疲労の色が濃い口調でポツリ。
顔をいくどもこすると、産業道路を疾走する車をながめつつ、
「じつは……頼みたいことがあるんですワ」
「その代償として、おたくの内部情報をくれると?」
「いや、情報は、先払いしましょう。見返りも求めませんぞ」
相手は、またもやゴロワーズを一本振りだすと、紙包装をのぞきこんだ。
どうやらそれが最後の一本だったらしく、包みをねじると、ポイとばかり背中越しに放り投げた。いまどき
「しょうじきアンタにゃァ、ワタシと同じ匂いがするンですなぁ……」
「と……おっしゃいますと?」
「この管理された日本という社会にはそぐわない、どこか
大きく一服して、この警部補は都市の汚れた夜空に煙を噴き上げる。
「はみ出しモノなんですよォ、ワタシたちァ……」
そんな、とオレはうすく嗤い、
「この人畜無害な、よき市民、よき納税者に向かって──」
「ネコぉカブるのは、ヤメにしましょうや」
銭高はグイ、とオレの方に身を寄せ、
「さっきのァ、ナンです、んぅ?とっさにコチラの眼をツブそうとした。それも何のためらいもなく!付け焼刃で出来るうごきじゃありませんナァ?しかも予備動作すらなく!」
「この社会にムカついてるのは認めますが、オレは法律を破ろうって気にはなりませんよ」
「──ヒトを轢き殺しているのに?」
すべての音が止まった。
その言葉は、強烈な一撃だった。
世界にオレと銭高だけが居るような、そんな空間。
少なくない勢いの轢殺衝動が、巨大な津波となって襲いかかる。
──どうする?転生トラックの……協会の秘密が、バレているのか?
いっそココで、この警部補とPCの運転席にいる男を始末する?
捕殺触手を使って銭高を殺し、
──だが……そのあとは?
署内に何らかの記録を残しているかもしれない。
ここで始末をつけたところで、終わりになる保証もない。
走行のログが、リアルタイムで本署のデータリンク・センターに送られていたら……?
「ま『殺しているのは悪人だけ』だそうですから、ワタシも知ったこっちゃありませんがネ」
音がもどってきた。
オレは、横目で相手の様子をうかがう。
だが、あいかわらず銭高は、スカした風に臭い黒タバコを吸っている。
「コチラから
フッ、と短い笑みを紫煙とともに吹き、タバコをポトり、落としながら、
「今回、
ギリリと歯を噛みしめたそのとき、おれの奥歯が壊れなかったのは不思議だった。
あの“おさる”のジョージ。
オレの横っ腹に風穴を開けてくれたクズ野郎。
ヤツが詩愛のなかに、その汚らしい精液を注ぎ込んだと考えるだけで、全身の血が逆流する思いだ。
「彼女は工事用のトラロープ──あぁ、黄色と黒がねじれになっている規制用ロープですな?それで“特徴的に”縛られたあと、少なくとも7人の男性により暴行されたと思われます……お気の毒ですが」
「特徴的……とは?」
銭高は一瞬渋い顔をするが、まァいいかとばかり、
「これは“秘密の暴露”に関連するんで、ココだけの話にして欲しいんですが……下手人たちのなかに、どうもSM趣味のモノがおったらしくてですな……こう、女性を縄で屈辱的に縛るというか……“あぐら縛り”と言うらしいですが……」
「ドレッドは?」
「は?」
「ドレッドのDNAは、そこに無かった?」
「鑑識の結果には、上がってきませんでしたナ。マル害──被害者は拘束されたまま、口と性器。それに直腸内。折り曲げた両腕、両足の関節部、および足のウラと毛髪に、体液が付着・残留しておりました。ほかにもシャブの注射痕が、肛門と性器、それに右乳房わきに。どうやら寄ってたかって犯されたようですな……」
音を立てて頭から血が引いてゆく感触。
鉛の雨のような疲労が、夜空から音もなく降ってきた
オレはトラックまで歩み寄るとタイヤハウスにもたれかかった。
頭をつけると、ボデーを微振動させて【SAI】が話しかけてくる。
『体表面発汗。血圧・体温低下──ショック症状です!大丈夫ですか?マイケル』
「あぁ。ガラにもなく衝撃をうけたな……」
「お気持ちは、察します。私の妻が捜査の腹いせでヤクザに暴行を受けた時も、そうでした」
こちらのつぶやきに、銭高はサラッとスゴいことを告白する。
「
どこまで知っているのか。この男。
イノシシ警察官のようでいて、とんだ食わせ者だ。
そしてそんな警部補ドノは今度こそ、オレの言葉を促すように「ん?」という眼つき。
「オーケー、警部補どの」
パン!オレは両手を打ち鳴らし、相手を見た。
「茶番はオワりだ。いったい、なにが望みだ?」
「ワタシが“あの店”に潜入させた、婦人刑事の安否」
跳ね返すように返事が来た。
「復職する気があるのか、ないのか。ない場合、退職届に彼女の筆跡でサインを」
よく言うよ、と思う。
あの女を結婚チラつかせて“便利な手駒”あつかいしていたのは、ダレだ。
もはや彼女は淫らな手術をうけて改造され、この警部補がチョッと見ただけでは分からないほど、変えられてしまった。そして“愛玩人形”と化した彼女は内面に、この男に対するマグマのような怒りを抱えている……。
元・女刑事の額にリベット留めされた20
女を、単なる“性処理用のメス”と堕落させる宝石型のデバイス。
日、一日と『知性』を『痴性』におき換えられ、トロンとした目をした奉仕人形になってゆく自分を嘆いていたサッチー。いや『魔ほと』。
そんな彼女を、銭高にぶつけたら、この非情な猟犬はどんな顔をするか、見てみたくもある。
──だが、いまは言わないでおこう……話がややこしくなりすぎる。
「どうですかな?あなたのご決断は」
「前にも言いましたが、あの店に入るには相当の金がかかるんですよ?」
「そこは、アナタしだいで」
シレッとほざきやがって、とオレは少し考える。
まぁ『小男』の状態や店の具合なども、知っておきたい。
しかし、これ以上100万単位で金が吹っ飛ぶのも避けたかった。
美香子にでも頼んでみようか。いや“サッチー”が居るのは“ウラ”のエリアだ。
そこまで彼女を危険にさらしてイイものだろうか。やはり、ここはオレが行くしか……。
「約束はしませんが……なんとかトライしてみましょう」
銭高は破顔一笑。
「その言葉が聞きたかったんですワ、じつは」
「けど、釣り合いませんねぇ。こちらも、もっとナニか頼みたいもんだ」
「御用があれば、その時に。われわれ警察は市民の皆様の安全・安心をお守りしますゾ」
パナマ帽に手を当て、軽く一礼すると足取りもカルく、銭高はPCに乗り込んだ。
ホーンが一度。そして回転灯が遠ざかってゆく。
しまった、とオレは思う。
そのパナマ帽は、ホンモノですかと聞いてやるんだった。
いやまて。裏地に正真正銘のラベルを見せつけられたら、コッチが惨めになるだけか……。
取り残されたオレは、ヤツの情報を
神社の夜祭で、朱美を襲った連中と同じだろうか?
だとしたら、クスリを使われたという銭高の話とも一致する。
そしてなぜか詩愛は、朱美の身代わりとなったという感じがしてしょうがない。
なにかの盟約のような……峻厳な相手を前に契約を交わしたような、あいまいな記憶……。
オレは、運転席に這いこむと、ハッチのように重いドアを閉めた。
勝手知ったるキャビンは、浮世の外乱から守ってくれるようで心地いい。
『ワリに合わない取引でしたね、マイケル』
『アラ。女性のタメに、ひとはだ脱グのは、
アナタの目指したのはナイト2000ではなくテ?という【ボニー】の言葉にさすがの【SAI】も(ぐぬぬ……)とばかり沈黙する。【ボニー】め、なかなかやるようになった。やはり口達者の度合いで男は女に勝てないのは、AIの世界も同じらしい。
──ま、いずれにせよワルサーPPを融通してもらう件も、残っているしな。
しかし、轢殺トラックのことを銭高が匂わせたのは、意外だった。
どこまで情報が伝わっているんだろうか。考えてみれば、いかに情報を操作できるからと言って、人を引き殺して波風が全く立たないというのもヘンな話だ。もしや警察内部に協会の活動をフォローする公的な専従班みたいなものがあってもおかしくはない……などという陰謀論じみた妄想もおこしてしまう。
いずれにせよ、疲れた。
アフリカ傭兵たちの将校酒場がボンヤリと浮かんでくる。
ベルギー・ビール片手に斉唱し、怒号し、暴れまわったあの夜。
考えてみれば、自分にはプライベートで友人と呼べるものがいない。
Nur Luft und Licht Und Freundeslieb!
Ermüde nicht, Wem dies noch blieb.
(空気と、光と、友情、これさえあれば、弱ることはない)
たしかゲーテはこう言っていた。
すると──今のオレは弱っていいワケだ。
まぁ、そんなことを言ったら、AIたちは憤慨するだろうが。
──そうだ、ガブリエル!『ジーミの店』がある!
なぜかアフリカ傭兵の記憶に出てきた中隊の伍長。オレの名誉のためにケンカまでしてくれた義理堅いセネガル人。奇しくも国籍まで、夢の中の男と一緒だ。まさか生まれ変わりというワケでもあるまいが……。
──よぅし。時間を作って、行ってみるか。もしかしたらジャンやエグモン、
それに阿呆ラルゴのソックリさんまで出てくるかもしれねぇ……。
なにか、一気に心が軽くなってきたオレは、勢い込んでジェネレーターを回そうとする。
なるほど。ゲーテは正しかった。友人さえいれば──。
『マイケル。話は変わりますが』
「なんだ、【SAI】」
『詩愛サマは……最近マンションに帰ってきませんね?』
いきなり不意打ち。
チョッと、また心がしぼむ。
オレは鷺ノ宮医師の言葉を整理して【SAI】に伝えた。
「あぁ。少しばかり体調、悪くしてな。いま彼女のオヤジさんが関係する療養所に入っている」
『イエ、それならイイのですが──気になったものですから』
コイツにしては珍しい、歯にモノの挟まったような言い回しだ。
AIも、あまり人間に似かよい過ぎるのは、問題なのかもしれない。
オレはトラックのエンジンをかけ、二次ジェネレーターをスタートさせた。
「ようし、【ボニー】。もうひと踏ん張りだ!轢殺ポイントを、しぼりこむぞ」
『マ、せいぜい無い知能を絞ることです。ちなみにワタシはもう候補を選定しました』
『炊飯器はおダマりなさい!コチラも、すでにチャンと目星はつけてます』
またもや始まるAI同士の口ゲンカ。
たしかにコイツらも友人と言って良いかもしれないが、やはり気の置けない人間の知り合いが欲しいなぁとも考える……。
* * *
仕事が続いて、『ジーミの店』に行くのは、それから数日後となってしまった。
さきに銭高への義理を果たそうかといろいろ画策してたのだが、美香子に聞いたところ『小男』が、また留守らしい。ヤツめ、本当にナニやってんだか。あのヤツレっぷりからして働いてはいるのだろうが、あんまり本丸を留守にしてると“紅いウサギ”は内部から崩壊してしまうぞ。オレにパンチを食らわせた結城のジジィや、戦闘が“本職”らしいヤツの飼い犬も気になる。
どうしようかと迷いつつ、朝帰りのビールで爆睡し、夕方目覚めたところ。
美香子たちはもう出勤したらしいな、と気配を探っているうち、携帯端末にガブリエルから着信があったのだ。夕方の明かりがながれるリビングで、寝ボケ眼に文面を開いてみれば、
【De nouveaux vins sont arrivés dans notre bar.
Vous souhaitez venir dans notre boutique ce soir à 22:00 ?】
『新しいワインが私たちの店に入荷しました。
今晩22時、当店にいらっしゃいませんか?』
文面をサラッと読んで、なにか引っかかるものがあった。
場所は、すぐに分かった。
あの店は、ジーミ個人の所有であるハズだ。使用人を雇ったとも聞かない。
なのにmom(my)bar.ではなくnotre(our)bar.を使っている。
おまけにvins(ワイン)ときた。ウィスキーやラム、ジンなら分かるが、あの店で小洒落たワインとは……いかにもそぐわない。
──おまけに2200時指定、ってなんだ……?
オレは協会に連絡すると、お局サマ経由で(なぜか彼女、まだ疑心暗鬼な声だったが)装備課につないでもらい、担当者といろいろ打ち合わせをする。
「ようし【SAI】、出撃だ」
『エッ……今夜は、出勤がはやくありませんか?』
「おまぇぇぇ。なんだよAIのクセにその“……”は」
『こうすることによって、無言の抗議をしているのですが何か』
炊飯器がバイブMODEでブルブルと震えてみせるのは、不満を表しているのだろうか。
「いくぞ?もしかしたら──オマエのちからを、借りるかもしれん」
コイツのバッテリー残量を確認するとトートバッグに入れ、ヨッコラセと肩にかつぎ、オレはマンションを出る。
【精鋭読者諸兄】
詩愛の輪姦シーンをどうしようか、悩んでます。
もし「読みたい!」と言う方はメッセージ欄にその旨ご一報を。
ご意見が無いようでしたら、表現をボカしてスルー気味に話をすすめます。
本作は来年で、おそらく完結の予定です(多分)
可能であればもう少々お付き合い下さい。
それでは皆様、よいお年を……。