試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「今度は逃さねぇぞ……あの糞ショボい商店街のBARで、網イ張ってた
そう言うと長身の男は、首からつるした小型の双眼鏡と、サイズの合わないブカブカな防弾ベストの下に手をやり、ダニにでも噛まれたのか戦闘服をしきりに掻きむしった。
「どうでぇ?同居する
「──は?」
「クスリ入れられて、縄師に仕込まれて、寄ってたかってガキどもの欲情のはけ口にされて」
「──ヘ?」
「最後は
※第69話参照(御覧になりたい方はカソール黒反転で・非推奨)
目の前の暗殺対象が、なにを言ってるのかわからない。
そもそもCIAとこの男が、なぜツルんでるのか、それすらイミフだった。
ふと、なにげにそのとき“
まるでスパゲッティのように錯綜する、都市の夜間高速道路をSF的な人工知能と共に走り抜ける幻想……。
「あのメス豚、
「スケ?……シーア?……イスラムの教シーア派か?」
一瞬、ドレッドの表情がエアポケットのように
やがてユルユルとその顔が苦虫をかみつぶしたように変化すると、
「まさか……そうか。そっちは
チッ!と鋭い舌打ち。
小さな空間に、それはささくれだって響く。
痩せた顔が苦々しげに変わり、ギリギリと顎が食いしばられる。
スチェッキンの狙いが外れ、次いで消音器のついた長い銃身でトントンと肩を叩きながら(畜生、どうしたモンかな……)とドレッドは小首をかしげるように。
「なんだ?なんの話をしているのだ?」
ヤン中尉がドレッドに話しかけるが「手前ェにはカンケーねぇ!」の鋭い一言。
CIAの若造もキョトンとしたまま。そして俺はといえば、この4人がどういう繋がりなのか、いまだサッパリわからないまま、様子をうかがっているという始末。
そして、死の象徴めくハゲワシは、相変わらず樹上にとまり成り行きを凝ッと見守っている……。
遠くでは、相変わらず射撃場の連射音。
いくばくか沈黙したあと、ドレッドは拳銃から消音器をクルクルと手早くネジり外して、
「ここで今のお前ェを
「いまさら何を言ってるんだキミは!」
今度はヤンが珍しくうろたえたような顔をして、
「マイケル大尉を生かして帰したら、部隊を裏切った私がなぶり殺しにされる!」
「──裏切り者の最後ってナァ、そんなモンじゃねぇの?」
いきなり焦り出すヤンとは対照的に、ドレッドはあくまでノンビリとした調子で、
「手前ェのようなヤツには“お似合い”だろうに」
「馬鹿な!革命資金の手助けを、してくれる約束じゃないか」
「それ言うなら、このまえ輸送用のトラック手配をミスりやがったろ。約束は、キッチリ果たしてくれなきゃ」
「アレは!そっちの予定外な攻撃で輜重隊のリソースが食われたのだ。さもなきゃコンボイは計画どおりに運行した!」
これを聞いたCIAの若造は、いかにも興味深げないきおいで、
「そちらの荷って、銅でしょ?それに象牙とコカイン。
「安心しな若ェ
「──デカいヤマ……って?」
ドレッドの言葉に、若造が好奇心のつよい小型犬よろしく目を光らせる。
対してヤン中尉のほうは納得していないのか、一瞬、どこか渋い顔つき。
ややあってから、ドレッドがオレの方をチラ見したあと、若造にむかい、
「……ウランだよ」
「ウラン?原子番号92のアレっスか?」
「フフン。さすがCIAは学がありやがる。シンコロブエ鉱山は知ってるか」
──シンコロブエ鉱山……。
わずかながら俺も話には聞いていた。
ウランを産出する、コンゴ有数の大規模鉱山。
カタンガ州で起こった分離独立運動の火元ともいえる。
ベルギー人のクソどもが資源利権に影響力を及ぼそうと手を伸ばし、
すると、今度はヤン中尉が俺の方をチラチラ見ながら、この若造に説明をはじめる。
「ペンコフスキー※が国家を裏切って、
オレはドレッドのまねをして、いかにもダニに噛まれましたと言う素振りで予備のワルサーを仕込んだ腹部のボタンをはずし、ワルサーの撃鉄でスレるヘソ周辺の肌を掻いた。そして、いかにも
「それはヒデぇなぁ……最初から、部隊を裏切るつもりで、俺に近づいたのか」
「アナタは、良くやってくれました。なにより私にも……親切にしてくれましたし」
ヤンの声が、少しばかりトーン・ダウンする。
しかし、すぐに気を取り戻したように、
「だが、我々が包囲した資本家の犬であるこの傭兵部隊を、いくども救った危険な存在です。世界同時革命の障害になる存在は、私情を捨てて排除せねばなりません……大いなる目標の前には、いかなる犠牲も許されるのです……たいへん残念ですが」
「
「宗教はアヘンです。マルクスは──そう言ってますよ」
「そっちだって『共産主義』という宗教を、信仰してるじゃないか」
「人民のためです!『資本主義』という邪教より、よっぽど良い……さて、そろそろお別れの時間です、大尉。そこのタコ壺にあなたの死体を埋めたあと、後で来るはずの私の従卒が、土をかぶせて──それで万事おわりです」
「お前の従卒って、あの新兵教練から救い出したノッポか。情報の受け渡しの手先に使ったんだろ?」
「バレてましたか。やはり潮時だったようです。いつだったか、私と大尉が酒場でモミあったとき、銃を暴発させましたね?あれはあなたを適度に負傷させて、戦線から一時身を引いてもらおうと目論んだのですが。しかし、すべては遅すぎたようです……今までお疲れ様でした──さ、やってくれ」
※第40話:戦塵の巷(2参照
ヤンは、ドレッドの方に合図する。
ところが、大きな防弾チョッキを着たヤツは、スチェッキンを手にしたまま動かない。
奇妙な空白。そして数秒ごとに、それは不穏なモノに変わる。
裏切り者の中尉が、とうとういぶかしげな顔になったころ、
「──ケドよ?人民だって人間だからナァ……」
そう言うとドレッドは、手にしたスチェッキンを腰のホルスターに仕舞い、腕組みをする。その意をくんだのか、そばに居るツリ目の小柄な中国人めいた男が、ヤツから数歩距離をとり、長い狙撃銃をヤンに向けた。
「……中尉サンにはワルいが、やっぱりマネーの魅力には、抗えねぇンだ。“大義”じゃハラは
「革命を信じる者は!空腹に耐えて偉大な目標を成就するのだ!」
ヤンのりきみかえった台詞にドレッドはフフンと嘲るように、
「じゃあ、その革命を信じた者の末路がドウなるか──その穴ァ、のぞいてみな」
ようやく状況がおかしいとヤンも思い当たったのだろう。
視線をドレッドや、その護衛役らしき中国人、それにCIAの若造へと向けたまま、ソロソロと穴の縁にちかづき、下をのぞきこむ。
やがてそこに見るべきモノを見いだしたヤンは表情を硬くして、
「これはどう言うことだ?……なぜ……大尉じゃなくミルズ伍長が、ここにいる」
「つまり──そういうコトさ」
ドレッドは「物わかりのワルいヤツだな」と言うようにせせら笑うと、
「ウラン鉱石は足がつきやすいブツでな。ダマして人夫を徴募するのも大変だ。おまけに最近の“土人ども”は、一丁前に危険に対して敏感で、ウラン鉱石のわるいウワサもよく知ってやがる。ラドン被曝による肺ガンや、鉛、トリウムなんかの鉱毒。それにくらべりゃ!金や象牙、アヘンの方が安全で──わかりやすく──ツブシも利き──なにより手っ取り早い。だから革命家のみなさまには、ウランを扱ってるフリをして、そちらの方を主力商品にさせてもらってる。もちろん!ウラン鉱石を扱う隠れ蓑の***
まるでコンセントを抜いたように、ヤン中尉の顔が空虚になった。
ギャァッ!と、それを嘲笑うようなハゲタカの一聲。
やがて押さえきらない感情に唇をわななかせて、
「なんてことだ!……きさま、革命を──ソビエト共産党を!裏切ったのか!」
「裏切るだぁ?」
ははッ、ワロスwwwと言わんばかりなドレッド。
「どの口が言いやがるんだ、ボケが」
「……なんだと」
「手前ェだって自分の勝手な理想のために、“資本家の手先”と称する傭兵部隊の連中を裏切ったじゃねェか、このユダ公。それにおれは裏切っちゃいねぇ。このコトはソ連共産党の上層部、俗にいう“
要は、
「党本部に……党本部に知らせないと……」
「あまり首ィ、突っ込まない方がいいっスよ?」
今度はCIAの若造が、ニヤつき顔をかくそうともせずに、
「ペンコフスキー事件※で連中、カリカリしてっから。ヘタすると濡れ衣を着せられて「ルビャンカ」※送りかも……まぁアフリカの土になるのと、監獄で拷問受けて死ぬのとじゃ、ある意味“Q極の選択”っスよね?そもそも──」
「ミルズ伍長は……」
はな垂れ小僧の言葉など聞こえないようにヤンは、
「これから大学に行き……テロの戦術を学び……
ツリ目の男が、長い狙撃銃の
ジャキッ!
初弾を送り込む音が、4人の間を緊張感タップリに縫ってゆく。
「撃つ相手を間違ってるんじゃないか?フー・マンチュー野郎……」
ヤン中尉は、狙撃銃を持つドジョウひげの中国人を、ヘビのような上目使いで
へぇ。この男、こんな顔つきもするんだと俺がひそかに驚いたほどに。
「世界は……虐げられた労働者であふれてるというのに!」
それに対してドレッドは、こちらも奇妙な上から目線で、
「お前ェみてぇな狂信者を処分するのも世界のためだぜ?おれたちの商売のためにな」
「悪魔に魂を売った下衆どもが」
「宗教はアヘンじゃねぇのかぃ?それに21世紀にゃ共産主義なんて、ほとんど絶滅してンだよ!」
へぇぇ、思い切ったコトいいますねぇ、と若造が混ぜっ返す。
「講釈師、見てきたような、ナントヤラ」※
「アホ。見てきたんだ……カネがすべての、世の中になってたゼ」
ドレッドが
「お前ェみたいなヤツは、モスクワでもお払い箱さ。代わって何がもてはやされていると思う?……傭兵だよ。世界で1,2を争う古い職業。その大尉どのみたいな連中は、正規軍の代わりとして、汚い仕事を請け負ってたぜ」
「貴様!」
ヤンの動きは驚くほど
一瞬、身をかがめたかと思うと、リボルバーを握った手が突き出され、正確に二発、狙撃銃を握った小柄なフー・マンチューの
「動くな!」
その場に居た全員が反応するスキを見せずに、この裏切り者中尉の一喝が飛んだ。
ドレッドは無表情に。
CIAの若造は、心なしかあおざめて。
そして俺は、いつでも反応できるよう、全身を緊張させて機会をうかがう。
ヤンの手に握られていたのは、いつか見たM36だった。
引き金ガードの前半分が、抜き撃ち用に切り飛ばされていた代物。
血反吐を吐いてフー・マンチュウが狙撃銃を取り落としうつぶせに崩れ伏す。
やはり……な、と俺は思う。
ヤンが言ったとおり以前、自分と中尉がもみ合って、あの物騒な銃を暴発させたとき。コイツの人差し指が引き金ダコで堅くなっているのに気づいていた。その時から(油断のならない野郎だ……)と思っていたが、案の定だ。
「革命の裏切り者は、どうなるか──わかっているだろうな?」
ヤンは、俺たち三人に代わる代わる銃口をむけ、最後に若造へ狙いを定めると、かすれたような声で、
「まず貴様からだ──アメリカ帝国主義の
「おっと、待ちナァ」
きわめて何気ない口ぶりでドレッドが自分の防弾チョッキの前を開ける。
すると──なんとそこには。アーマープレートの代わりに指向性の対人地雷が胸いっぱいに並べられている。妙に着ぶくれて見えたのは、これが理由だった。
「余計な動きィしてみな?全員ドカンと
「……地獄なら信じていいと、たった今思うようになったよ……」
「奇遇だな?コッチもだぜ。とくにテメーのような“主義者”用の地獄は必要だろうナ」
ドレッドは起爆装置らしきデバイスを片手にしてチョッキの前を開けたまま、腰から機関拳銃をソロソロと抜き出し、銃口を誰にも向けることなく後ずさりする。
「ヘンな動きィするんじゃねぇぞ?起爆装置は、いつでも押せる──さて、おれはココで失礼するぜ?あとは3人、ヨロしく殺し合ってくれ……マイケル!」
この男は俺の方をどこか哀れみを含んだような目つきでながめ、
「また勝負はお預けだ……だが覚えてろよ?21世紀の
そういうと、ジリジリ後ずさりして小さな広場を出て行き、ブッシュの中に姿を隠してしまう。
だが、完全には後退していないだろうと、俺は気配で感じていた。
なぜならヤンの口を封じないと、自分の行為が冷酷苛烈なソビエトの情報組織にバレるからだ。どこかでブッシュの隙間から、こちらの動きを見張っているに違いない。狙撃銃を捨てたのは、退場するための切符だろう。長射程の得物を手にしたままでは、この場から姿を消すことはゆるされなかったろうから。
「さて、あの裏切り者を始末することは、あとで考えるとして……」
ヤンは、改めて銃口をCIAの若造に向けた。
「
そう言うと、短銃身のリボルバーに力を込める。
若造にはマカロフがあるが、腰のホルスターにさしたままだ。勝負あった。
青ざめた若い顔が、イライラ、ソワソワと何かを探すように周りをキョロキョロして。
俺のほうは腹を掻くフリで、ソロソロとベルトの内側に仕込んだワルサーPPに手をのばす。
「ここに埋まるお前の上司共々、始末してやる──死ね!」
その時。拳銃にしてはデカい銃声が、小さな空間いっぱいに広がった。
リボルバーを握るヤンの体がフラフラとして、ついに膝をつく。
傍らの茂みからガサガサ音を立てて、一人の男が入ってきた。
このサバンナのブッシュに、スーツを着て平然とする姿。
手には照準眼鏡のついたライフル銃を持っている。
「65点、65点だぞ──合格点ギリギリだ」
俺はゲンナリ目をつぶった。
現れたのは、なんと……足もとに埋まってるはずのCIAの男ではないか。
七三分けの髪を乱して草むらから出てくると、出来の悪い生徒に説教するような調子で、
「段取りから、言いのがれの文句から、時間稼ぎの手法から、なにもかも悪い!」
若造は、ふくれっ面をしてうなだれる。
沈黙が生じたことに機を得て、俺は精一杯のイヤミを込め、
「なんてこった……最初から、仕組まれていたのか」
「こうまで
CIAの男は地面に転がるフー・マンチューを、セメント袋のようにケリ転がすと仰向けにさせ、顔つきを確認する。
「間違いない──
「……そんなヤツが、なぜこんな場所に直々に出張ってきたんです?」
俺は、白目をむいてキョンシー顔でクタばる中国人をながめた。
「それほどの男なら……こんな危険な橋なんて、わたる必要もなかったでしょうに」
「これはあくまで推測だが──あの男も、あるいは李が邪魔になったのかもしれない。今回の件にかこつけて、処分を企んだとも考えられる」
「なんてこった……ドッチを向いても裏切り者だらけだ」
「しかしまぁ、今回のヤツの目的が、ウラン鉱山であることがはっきりしただけでも成果だ。しかも、コイツの息のかかった商社名までもハッキリした……なぁキミ、そうだな?」
そう言うやCIAの指導役は、ノロノロと身を起こしかけたヤン中尉の手にするリボルバーをケリ飛ばした。
口から鼻から、そして耳から血を流しているヤン中尉は、陶器のように冷然とした顔で見おろす男を憎しみに満ちた目で見上げ、
「やはりな……さすが資本家の手先だ……やり方がキタない」
「汚い?それはお互いさまだろう。現にキミは革命を理由に、平気でマイケル大尉ら傭兵グループを売り飛ばしたじゃないか。傭兵部隊の基地にいる観戦武官の連中にも、薬物を融通して情報を得ていたな?悪辣な手によってもたらされた勝利は、悪辣な手によって奪い取られるのだ。ま、おかげで──このエリアにはびこるセクトのひとつを潰すことができた。もっとも、本当はもっと泳がせて、更に情報をとる手法もあったのだが……」
CIAの男はスーツの内ポケットから折りたたみのクシを取り出して、七三分けの髪をキレイになでつける。そして俺に向かい、いささか恥ずかしそうに、
「ご多分にもれず
そう言ってクシをしまい、ライフル銃を構え直して地面に転がるヤンに向けた。
遊底を動かす金属音が、再び死刑宣告のように小さな広場に行きわたる。
傭兵部隊の裏切り者は、七三分けの男を血走った目でにらみつけ、
「──くたばれ!資本家のブタどもが!」
その叫びが、ヤン中尉の最後の言葉だった。
大口径のライフル弾を腹に撃ち込まれ、全身をジタバタと痙攣させ、大地をかきむしり、しばらく悶え苦しんでから、この“夢見る革命家”は息絶えた。
遠く、射撃場と反対の方向から機関拳銃の軽い連射音がした。
音の方をみれば、一本の大樹が弧然、アフリカの大地にそそり立って。
おそらくドレッドのヤツだ。樹上から双眼鏡で、いまの処刑を見ていたのだろう。
それは、あたかも「ブラボー!」とでも言うように。
若造が指導役にアゴでうながされ、死体の全身をさぐり、手帳と万年筆、腕時計。それに
指導役はライフルに安全装置をかけ、スリングで肩につるすと、それらをさも当然のように受け取り、平然と自分のふところにしまい込んだ。ただし腕時計は──金製と見える上等の品のようにも思えたが──“足がつく”のをおそれてか、ミルズ伍長の死体が居るタコ壺に投げ込んでしまう。
「さて。最後に追試といこうか、
CIAの指導役は、その
「生き残ったのは2人。そしてCIAにとって部外者である1人は、かなりの機密事項を知ってしまった……これ以降の『
若造は、はじめは驚いていたが、やがて仕方がないなと諦めの顔を浮かべ、
「なるほど──
「それが、キミの出した答えというわけだな?」
指導役は、若造に確認した後、俺の方を向き、
「さて“我がルーキー”は、こう言ってるが?」
「CIAってのは、モスクワと似たり寄ったりの汚さなんだな……」
「最高の褒め言葉を、どうも。さもなくば、相手の組織に打ち勝つことはできんよ、キミ。冷戦下に、残念ながら余計な情けは命取りなのだ。同族相食む、というヤツだよ」
「それじゃ、マイケル
若造が腰のホルスターから物憂げな手つきでマカロフを抜こうとしたとき。
俺はボタンを外していた野戦服の腹から、ワルサーPPをすばやく掴みだすと、ピタリ、2人に狙いをさだめた。
若造の顔が一転、先ほどのように青ざめ、信じられないというように唇を噛む。
しかし、それに対してCIAの指導役は、顔に浮かべた微笑を、さらに深くしただけだった。
「口封じ、か?なるほど、俺が貴様らを打ち倒しても、文句はないな?ナニせ“余計な情けは命取り”らしいから」
指導役は、相変わらず微笑を含んだまま、ノンビリした口調で、
「おやおや。大尉の武装は、すでに解除したのではなかったのかね?」
「しました。そこの茂みに、同型の拳銃を投げ込んだんですが……まさか予備を持ってるとは」
「落第だよ──キミの方は落第だ……さて」
この男は俺の方に向き直り、
「大尉ドノは、どうするね?我々を撃って、一切を闇に葬るか?」
様々な考えが、胸の中を去来した。
思惑。裏切り。策動。企図。
だが、なにかもう、どうでも良くなってきた。
血と硝煙と、悲鳴と死と。そしてなにより裏切りが跋扈するこの土地にはウンザリだ。
たしかに、
ややあって、俺はワルサーを構えたまま、拳銃の撃鉄をハンマーを慎重に元にもどした。
冗談じゃない。ここでコイツらを処分することは可能だろうが、それでは自分がコイツらと同じになってしまうじゃないか……。
すると、俺の行為を見た男は大きくうなずき、
「合格だ。キミは合格だよ──マイケル大尉」
いかにも満足そうな、晴れ晴れとした表情が指導役の顔に浮かんだ。
「さすがは何度も修羅場をくぐっただけのコトはある。それに比べて……」
若造の方をジロリ、ニラんだ指導役は、
「大尉が
指導役は、とうとう決定的にルーキーを無視して俺の方に正対し、
「キミは“偉大なゲーム”のプレイヤーたる資格がある。どうだね?傭兵稼業なんぞキッパリやめて、我々とともに『自由主義陣営』のために働かないか」
「……アンタらの手先になれ、っていうのか?」
「質の良い工作員は、いつも不足していてねぇ。キミなら即戦力として通用するだろう。失礼ながらキミの経歴は、すべて確認させてもらっている」
俺は大きく息をついた。
もしかしたら、今回の作戦はダミーで、ハナから俺の徴募を目的としたものなのでは。
冗談じゃない。こんな命ギリギリの化かし合いは、もう沢山だ!曳光弾をくぐっていた方が、まだマシだ。
「俺はこの場から退場する。アンタらの真似は──とても出来ないよ」
そう言い終わる間もなく、近くの茂みがまたも揺れて、2人の人物が姿を現した。
1人はヤンが従卒に使っていたノッポの兵卒。その背後から、ヨーク軍曹がトンプソン短機関銃を構え、このノッポを追い立てるように。
地面に転がるふたつ死体のうち、ヤンの無残な姿を見たノッポは、急にひざまづいて何やら哀れっぽくヨークに懇願しはじめる。
「……どうしてこの場所がわかった?ヨーク」
戦場狐の軍曹は、場を支配する異様な光景と雰囲気に、短機関銃を構えたま肩から警戒を煮え立たせつつ、
「このノッポ問い詰めたら、ヤンの野郎が大尉、待ち受けてると聞いた。ヤバい予感して案内させたです」
「……やばい予感?」
「そこに転がる死体、思った通りだったですね?ヤンの野郎『ケープタウン大学』出身だとかヌカしてたから、なんとなく敵とツルんでる気がして」
「そこの大学に……なにかあるのか?」
「ケープタウン大学は──」
指導役が、ヨーク軍曹に代わって説明する。
「『丘の上のモスクワ』と異名をとるぐらい、左派系で有名な大学でね。かなりの工作員候補が、身分を隠して在籍していると考えられるのだ……」
若造が失地挽回とばかり、ノッポの男を指図して死体を始末しはじめた。
どじょうヒゲの男のふところをさぐり、これも何やらつかみ出して指導役にわたす。
ヨークがタコ壺をのぞいてヒョイと顔をあげ、
「やっぱりミルズの野郎もグルでしたか。どうもそんな気がしてた」
「ヨーク。そこの茂みに俺のワルサーと、ヤツのブローニングが転がってるはずだ。オマエの鼻で探してくれ」
しばらくヨークはブッシュを漁り、ヤンの死体がズルズルと穴に落とし込まれるころに2丁とも発見した。
「ちぇッ……」
ワルサーはブッシュに有った石にでも当たったのか、スライドにキズが入っていた。
試しにヤンの従卒の足もとに向けて二、三発。
ヒィッ!従卒はアタフタとタップ・ダンスを踊る──うん、作動に問題は無い。
「ミルズのブローニングはやるよ。大戦前の職人が作った、いい出来の品だ」
「裏切り者の銃なんざ、使いたかありません」
「なら誰かに売ればいい……さて俺らは、いきますよ。後は勝手にしてくれ」
「残念だねぇ……ただ、あの男を始末する契約は、まだ生きている」
微笑の中に、確固たる意思を包んで情報畑の古ギツネはスゴ味を利かせる。
「もちろんそれは、手伝ってくれるんだろうね?」
俺は肩をすくめて見せる。
「行こう、ヨーク。基地にもどるぞ……」
しるか!という気分が横溢して、いまは何も考えられない。
トンプソンを構えたヨークを背後の守りにつかせ歩き出すと、さらに声が追ってきた。
「部隊にいる、あの裏切り者の老大尉は?どうするんです」
クソ生意気にも若造が、背後から声をかけた。
「始末するんでしょ?」
「それは、こっちの世界の話だ。貴様のようなガキに、どうこう言われる筋合いはない!」
「そんなぁ……ドレッドの方も、頼みましたよォ?大尉殿!」
知るか!だ。
しかし正直なところ契約の如何にかかわらず、いずれにしろヤツとはどこかで決着をつけなくてならない、そんな気がしている。
フギャァツ!
ハゲタカが、とうとう獲物をあきらめたのか、樹上から舞い上がった。
コチラの方をガン見しながら、ユルユルと幾度も旋回し、上空に向かってゆく。
──いや……果たして、そうだったのか?
最後にネコのような叫びを発した“死を司どる”この鳥は、まるで成り行きを見届けて満足したかように、ゆったりと大きな翼をひろげ、どこかへと消えてゆく。
俺たちが空き地をはなれ、しばらく歩いたとき、背後で一発の銃声が響いた。
──裏切り者の最後……か。
はい、お疲れ様でした。
これでコンゴ動乱編は(一応)終了です。
あとは現実世界での動乱が、まっているのです……。
注:
※ペンコフスキー事件:GRU大佐オレグ・ペンコフスキーが西側にソ連の情報を流していた事件
※銀貨30枚:キリストの弟子ユダが、キリストを警吏に売った値段。
※ルビャンカ:クレムリンにある政治犯収容の過酷な監獄
※「講釈師 見て来たような嘘を言い」:滑稽本/一盃綺言 (いっぱいきげん). 絵師:歌川豊国, 作者:式亭三馬, 出版1813年。