試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
嫌な夢を見た。
女が嘆き、叫び、嬲られ、悲しむ夢だ。
どの女かは分からない。よく知る女たちだったような。
──
中途半端な錘を縛り付けられた死体のように、ゆっくりと浮上してオレは目を覚ました。
遮光カーテンから光がさして、ベッドルームのホコリをキラキラと浮かべている。
光線が描く角度の加減から言って、どうみても午前中ではなかった。
遠くで電車が高架を渡る音。空調機のかすかな送風音。
マンションの中は……ふしぎなほど静かだった。
いつもならゲームで騒ぐヤツらがいるのに。
そしてそこに、一抹の不安があった。
う……。
わき腹がいたい。
ちょうど肝臓のあたりだ。
こりゃしばらく禁酒をしなきゃ。
なんて、と何度目かの誓いをつぶやいてみる。
昨日は映画を立て続けに何本も見たような夜だった。
もはやアフリカの記憶は自分の中に鮮明に焼き付き、離れようとしない。
うっかりすると、腰のワルサーを探ってしまいそう。ドレッドのやつも、そうなのだろうか。
ひたいに片腕をあて、天井の壁紙を見上げボンヤリする。壁の時計は1445時。
このダルさはなんだろう。寝過ぎともちがう、カラダにドロが詰まったような疲労感。
やがて、エイ!と気を取り直し、ヨタヨタ冷蔵庫に向かうと、この日一本目のビールを開けた。
「どうでぇ大尉、日本のビールぁヨ……そう悪くもねェだろ……」
なんとなく、そうつぶやいてみた──むろん、返事は無い。
ヤツに見せてやりたくて、オレはリビングの遮光カーテンをリモコンで開けると、広いルーフ・バルコニーへと歩み出る。
夕方に近いとは言え、相変わらず暑い晴天だった。これ日中は地獄の温度だったにちがいない。遠くで湧く入道雲が西の陽を受け、ムクムクとピンク色に輝いている。セミの鳴き聲も、暑さに打ち叩かれたのか、微妙に元気が無い。
──コンゴと違って湿気がひでェな……。
21世紀の日本。気だるい夕方ちかく。
機銃の音も、迫撃砲の音も。ましてや腹を破かれ、血反吐を吐きながら死ぬ傭兵たちの悲鳴も聞こえない。平和で──安全で──。
──無菌パックされた、感情の動かない、色彩の無い国さ……。
オレは、またビールを一口飲んだ。
冷え冷えとした感覚が、ノドの奥を伝う。
風に吹かれ、良い気分で500缶を一本やっつけ、ベコリ!アルミ缶をつぶす。
もう一本取りに行こうとリビングに戻ったとき、炊飯器がしゃべり出した。
『おそよう御座います、マイケル。ご機嫌がよろしいようですね』
「まぁまぁ、ってトコかな。お前はどうだ、【SAI】?」
『“機嫌”なる概念が判然としませんが、機器の調子に問題はありません』
「こんな時間まで寝ちまった。せっかくの有給なのに、1日ソンした気分だぜ」
『それだけ疲れていたんでしょう。昨晩はイロイロありましたから』
「そうだ!」
オレはパソコンを立ち上げ、契約している新聞のサイトを画面に出した。
同時にネットのニュースにも接続して。
──出てる、でてる……。
パトカーが暴走し店舗に突入。
ガス爆発を誘因。
店舗半壊。周辺の住居の窓ガラスが割れる。
10~20歳台とみられる死者1名。
パトカーに乗車していた2名の警官が重傷……。
銃撃戦のコトは出ていない。
ジーミの死体は、かたづけられた後か。
関係者の氏名も、年齢もすべてボカされたまま。
出来事のワリには異様に突っ込みのたりない、ベタ記事。
どこからか圧力でもかかったんだろうか。警察?それとも別のなにか……。
詩愛につながる証拠のメモリーカードは回収したし、銭高には、ヤツの部下だった婦人警官のミッチーが、いま“紅いウサギ”でどうしているかを探る「貸し」がある。まぁコチラに繋がるようなコトはないだろう。まったく!あらゆるイミで、大車輪のような晩だった。
『ジーミの店』で受けたガス爆発と迫撃砲の爆風が、記憶のなかでシンクロする。
ヨークのヤツを重機関銃で狙撃したのはダレだったのか。それが分からないのが、心残りだ。
「……なぁ、あの晩のことだが……あれ、パトカー突っ込ませる以外に、方法あったよなぁ?」
『
だよなぁ……と、炎熱の残る空を見上げながら500缶一本目めをカラに。
「なぁ?【ボニー】のヤツ、ネラってガス管に車ァ突っ込ませたンかな?」
『前にも述べましたが、ポートが閉鎖されていたので、論理マップは読めません。建築申請時の青図にアクセスした形跡があれば──ほぼ確実かと』
「やっぱりそう思うか……アイツは、ときどきヒステリックになるからなぁ」
『ときどき?』
「フフッ……その突っ込み、ナイス」
AIと人間との間で、やや沈黙があった。
そして次に【SAI】は重々しい音声で、
『マイケル。アナタの機嫌がいいコトを見越して、実は怒らねばならないことがあります』
「……なんだい改まって──怖っかねェな」
『じつは……あ』
「ん?どうした」
『そのまえに『フクロウ』サンが帰ってきます。いま1Fのエレベータ・ホールに来ました』
【SAI】のやつ。このマンションの管理システムを完全に掌握したらしい。どうせなら、ここら辺の防犯カメラはもちろん“紅いウサギ”の監視システムまで浸透してくれればいいのに。
「なんだ、この時間の帰りか?遅かったな。『美月』──いや美香子のヤツは?」
『姿が見えませんね。まだ店なんでしょうか?』
「どうせなら“紅いウサギ”の店内監視ネットにアクセスできたりしないのか?」
『ムチャ言わないでください。あそこの情報セキュリティは、不思議なことに超一級品です。警視庁のDATA・サーバーに潜る方がたやすいです……それが証拠に銭高警部ですが』
「ほぉ?」
『警察の病院にて入院1ヶ月。左肺部・貫通銃創だそうです』
「スチェッキンの
【SAI】と話しててミラー大尉を思い出した。
あの“役立たず”も、最後は逃げ出すところを背後からAKに撃たれたのだ。
やがて玄関をガチャつかせる音。次いでゴトゴトと重いモノが床に当たる気配。
「ただいま」とも何ともいわず、足音はリビングに来ないで、手前の部屋に向かうと、ナニやらゴソゴソ始めた雰囲気。
──なんだ……?
オレが『フクロウ』の部屋を
またその様が尋常じゃ無い。アタマと手には包帯を巻き、身体の動きもギコちなく。
おまけにナニか、ブツブツ不満めいたことを言っている。
ドレ、耳を澄ましてみれば……。
(──まったく、ナンだよミッキーのやつ。助けてやったってのに!)
(──大体、いつボクが裏切ったのサ!ピンチをフロアのみんなに知らせたのはボクだぞ!)
(──ともかく、もうミッキーには会いたくない!なんだィ、
(──もぅイイ!今日は『菜々』チャンのやーらかい腕をプニプニする!そして……でへへへ」
「なァ~にが『でへへへ』だ、この!」
「うわぁッ!」
オレが『フクロウ』の背中に話しかけると、ヤツは飛び上がらんばかりに驚いて振り向いた。
驚いたのはコッチも同じだ。なぜならコイツは、ほおに湿布、片目には眼帯、額にはおバンドエイドという満身創痍だったからだ。
「ビックリした……起きてたんですか。も~カンベンしてくださいよ!」
「お前のほうこそ!どしたァ?その
「アイツですよ……結城とかいう爺ィーさんと、ソイツにくっついてる元・外人部隊の男」
「出たのか!?」
「……バッチリ」
そう言って、コイツは顔のキズを指さした。
「まて、まて、焦らすな!──落ち着いて、ゆっくり、順序立てて話せ」
オレはドッカリとアグラを組んで腰をすえる。
案に反し、『フクロウ』は意外にも要点をつかんだ説明をしてみせた。
そう。コイツはやれば出来る、
「まずは……『美月』が、例のアブないバニー服を着せられ、上客の接待要員として超高級の客間に連れて行かれたのを想像してください」
「『美月』じゃなくて美香子、な?それにアブないバニー服、ってマサカ“あの”?」
「えぇ。『拘束服6号』まさか自分も、彼女がまた着るとは思わなくて……」
「着たんだな?
「それと……彼女にあてがわれたその上客というのが、いま話した通り例の爺さんと、その子飼いな元・フランス外人部隊の隊員というワケで」
「──そういやオマエ、その
「すいません。追えてません。ただ飼い主の爺さんは、『
「むぅ。やっぱ、なにがしかの“汚れ仕事”をやっていた……か?」
「そこまでは。ただし、ウサギ豪遊資金の出所は、間違いなくコレでしょうね……」
「──続けてくれ」
『フクロウ』は、その後の
あの忌々しいバニー服を着せられた美香子が、結城のジジィと護衛役の青年の前に置き去りにされると、コイツはすぐさまフロア・マネージャーのところに駆け込んで緊急の事態を説明したらしい。
すると、近くに客として来店していたレスラー崩れのような成金の一団が大声で息巻きはじめ、その情報があっという間にラウンジに伝わるや、広間にいた客の全員が──ウェイターや楽団員までも──「それ!『美月』を救え!」とばかり大挙して“
──なるほど……“よくも俺たちのアイドルにクスリを!”と言うわけだ。
だが──なかに居た客2人は現役の傭兵と、老いたりとはいえ元・ボクサー。
多勢を相手に、けっこう奮戦したらしい。
結局、警備の人間が中に入って双方をなんとか引き分け、クスリ漬けとなった美香子は例の女医のところで、またもや浣腸責め&血液洗浄。
幸いにして抗・洗脳剤の処置もはやく、美香子は正気に戻ったそうだが、今度は付き添った『ナナ』とかいうバニー・ガール(思い出した!あの“うわばみ”の菜々子だ!)との間で「裏切った」「裏切らない」?の大ゲンカ。よせばイイのに“キャット・ファイト”を止めようとして『フクロウ』も、この有り様。おまけに、とばっちりがコイツにも及んで、果ては美香子と絶交状態。やむなくマンションを出て行き、今後は菜々子のトコに転がり込むんだそうな。
「なァ~る。『菜々子の柔らかい肌をプニプニ』ってなぁ、それかィ」
かぁっ!と傷だらけの顔面が赤くなる。
そして、その血圧上昇が打撲に
「あ
「で?ンなに強かったかィ、そのジジィと兵隊は、ヨ?」
そりゃもう!と『フクロウ』は目を
「広間の備品を手当たり次第。武器や楯にして暴れる、暴れる!まるで映画の1シーンですよ」
「……銃は、持ってなかったか?」
「そんなまさか。でも、おかげで高級客室は半壊。代理店主が蒼くなってました」
「まて。その代理店主ってなァ、ミラーグラスかけてる下品な野郎かィ?」
たしかその時点では“サブ・マネージャー”という肩書きだったハズだ。
粘液質で下品な笑みが、今でもしつこく頭から離れない。
「あぁ、そうそう。よくご存じで……それと」
ふいに『フクロウ』は、生意気にもチョッと凄みのある微笑をうかべる。
次いでコイツは内ポケットから芝居めいた手つきで、半ば破けた革の名刺入れを取り出した。
「アイツ──あの外人部隊野郎の、名刺入れです」
オレが愕然とするのは許してもらえるだろう。
このボウズ、まさかそんな小ワザを発揮するとは。
まったく。男子三日会わざれば、
「スゲぇ……スリ取ったのかよ?やるナ、
「そんな
「ふゥん。この時代の傭兵かァ……
手を伸ばしたオレに『フクロウ』は名刺入れを差し出すが、ふと妙な顔をして、
「なんだか今日の先生、ヘンですね?また酔ってます?」
「へんだと?ヘンとは、どういうこッたよ?」
「なんか
そうか?と今度はオレの方が妙な顔をする番だった。
名刺には**プランニング株式会社 コンサルタント部・主任とあってヤツの名前が書かれている。安出来の印刷ではなく、書体が盛り上がり、会社のロゴも箔押しのあるカネのかかった造りだった。これもウサギにもぐりこむための小道具なのか……。
「ま、ンなこたどうでもイイや。ところで『小男』──あぁ“ちびピエロ”か?やつは?」
「“お館さま”ですか?相変わらず、不在です」
「いつ戻ってくンだって?」
「さぁ?……でも、それにつけ込んで店主代理が好き放題にやってまして……」
「ふぅん?」
「
ちぇっ。こいつ“紅いウサギ”のコトを、とうとう“ウチ”よばわりし出した。
金銭感覚が狂うまえに、はやいトコ転職してくれりゃイイんだが……。
「ンだそりゃ?いわゆる“派遣型風俗”ってヤツか?」
「平たく言えば、そうなりますかね」
「ブ厚く言っても同じだろ。そっちのヤクザ共の縄張りと抵触せんの?『黒龍互酬會』とか……」
「さぁ……もしかしてそのあたりを、お館さまが駆けずりまわって承諾とってるのかも」
「は?ハイナイ!」
「ヤツぁ、飼ってる女の身の安全を第一に考える男だ。『デリヘル』やら『ホテトル』やら、そんな不確定多数の素性も知れん野郎のところに、手中の
「そんなもんですか?でも、いまの店主代理、やる気マンマンですよ」
「畜生め……ナニがドウなってやがンだ」
『フクロウ』は一つ目の大きなトランクに体重をかけて鍵をしめると、
「とにかく──ボクはもう、このマンションには居られません!荷物まとめて出て行きます」
「ンで?女のトコへ、シケ込むってワケかぃ」
「そうですよ!悪いですか?少なくとも『ナナ』ちゃんのほうがマシです!」
「じゃ、これから彼女のトコへ?」
「えぇ。お相手が出来ると、店が2人用の広い部屋を格安で周旋してくれるんで」
さすが『小男』。福利厚生はバッチリ、というワケだ。
「ケド、よく“店の
まぁ、これもあの男が経営する店の、度量の広さなんだろうか。
潤沢に金を払うので、上玉な女性のキャストには不自由しないらしい。
エアコンを消し、開け放った窓から流れ込む風に吹かれ、リビングで500缶ビールを3本やっつけている間、『フクロウ』は引っ越し荷物をまとめたらしい。汗をふきふきやってくると、
「一回じゃ運びきれないので、ウサギの有給使って
すると、リビングから、音量をあげた声が、それに応える。
『ハイ。お名残惜しゅう御座いますが──『フクロウ』さまも、どうかご壮健で』
待ちな、と出て行きかける『フクロウ』を呼び止め、オレはキッチンに行くと手頃なシャンパンを3本。スーパーのビニール袋に入れて仕切りに段ボールを挟み、玄関で待つ“わが情報屋”に渡した。
「……コレは?」
「菜々子のヤツに渡してやってくれ──同居祝いだ」
「そうですか──それは、どうも」
妙な顔をして、袋を受け取る青年。
その間抜け面を見て(ふヒヒ……)とオレは底意地悪くワラってしまう。
──こいつめ……あの“
ひっくり返って目を剥くかな?
あるいは、言い合いの大ゲンカ、とか……。
だが、いずれも彼らの過去の言動を思い起こしてみると何かしっくりこない。
案外、コイツの受け身な性分と『菜々』のオットリな性格から、ワリと上手く
大荷物を背中と両手に、『フクロウ』はあだ名のとおりヨタヨタと歩いて出て行く。
なんだか、これがコイツと疎遠になる始まりのような気がして、オレは未練がましく玄関の外まで見送りに出た。エレベーターホールに向かう角で、アイツがヒョッコリ頭を下げて消えたのを確認してから、なんとなくため息をついて部屋にもどると、あとは残りのビールを飲み干すしか、やることがない……。
──そうだ、【SAI】にこのアドレスをアタらせるか……。
名刺の住所を見たとき、リビングに据えた外線が鳴った。
番号の発信者表示をみると──なんと、詩愛のオヤジさんじゃないか。
うひぃぃ!と想いつつ、イヤイヤ受話器を取ると、慌てたような声がやってきた。
『あぁ、キミ!**君!**君か?ウチの娘は、ソッチに行っとらんかね!?』
マイケルという協会のハンドルネームではなく、オレの本名を連呼する鷺ノ内医師。
謹厳な顔つきのオールバック爺さんが、ここまでアワてふためくもメズらしい。
「は?詩愛さんのことですか。娘さん、たしか
『それが居らんのだよ!着替えもナニもなしに、病室から姿を消してしまった!』
サナトリウムの場所を聞くと、避暑地としても名高い場所だ。
車で行くにしても、高速と峠を越えて相当時間がかかる。
『わたしも地元の消防団を使って山狩りを依頼しようと思ったが……』
「……思ったが?」
「ただ──送られてきた監視カメラの動画を見ると、不審な車が1台。施設に横付けになってな。映像は不鮮明なのだが、娘らしき人物が、その車の助手席に乗ったのが記録されておる!露見しとるんだよ──キミ!』《/b》
最後の方は、
どうやらこの爺さん、オレが
「車種は──何でした?」
『白々しい!あんな車を……フェラーリの“ローマ”とかいうやつ、使いおったろうが』
はっ、と思わず鼻で嗤った。
コレがオヤジさんの激高に油を注ぐ。
なにが可笑しいッ!受話器の向こうから怒鳴り声。
「“俺”が?フェラーリ?ご冗談。自分にァそんな甲斐性、ありません。たとえレンタルだとしてもね?いまのお言葉だと、娘サンは自分の足で乗った?乱暴されたワケではなく?」
『あぁ……そう見える』
「高速のNシステムか何かで、ナンバーも確認できて、運転手の顔も分かるでしょう」
それが……と娘を思いやる老父は口ごもった。
「どうしました?」
『車はオープンにしておってな。運転席に、人は居なかった。完全な自動運転だったらしい』
「は?……フェラーリが、ですか」
あのメーカーが自動運転Ver.をモーターショーに出したなど聞いたことが無い。
ふと記憶の中に、深夜の田舎道を抜いていった黒いフェラーリを思い出す。
あるいは黒い轢殺トラックと共に、高速でオレをハメたフェラーリの2台。
どうもあの“跳ね馬”とは、浅からぬ縁があるような、そんな気がしはじめている。
「色は、何色でした──やはり赤?」
『送られてきた動画では、どうもハッキリせんのだ……では君ではないんだな?』
「もし彼女がここに戻ってきたら、イの一番にそちらへ連絡しますよ。当然でしょう!」
どうやら疑いは晴れたらしい。
『ム……ム……そうであったな。
しかし、そうなると憤懣の持って行きぐちがなくなったのだろう。
やおら元の口調に戻ると、さらに声を高め、
『だ!か!ら!儂は早く祝言を、と言ってをったのぢゃ!──それを!!』
あの
耳がジ~~~~ン。
受話器を戻した“オレ”は、脱力して4本目のビールを取りに行こうとする……が、さすがに起き抜けの橫腹がうずいたのを思いだしてヤメた。
──なんだ?“守り”に入るのか?オレらしくねぇ。
──そうだナァ。昔のオレなら飲んでたけど、そろそろ体がツラいぜ。
──ダラしねぇな。呆けジジィになるまで、俺は生きたくねェってェの。
──ちえっ、勝手言ってるナァ。ま、そうなんだがネ……。
そんな葛藤を自分の中で繰り返していた時、またもや電話が。
「
『えっ、あの──スミマセン。お休み中恐れ入ります。こちら『美月』サマのお宅でしょうか』
受話器の向こうで、慌てたような声がした。
しまった、と思いつつ『美月』?とハテナを浮かべていると、
《b》『申し訳ありません。もしや──“マイケルさま”でいらっしゃいますか?』
「あ?あぁ。あだ名じゃそう呼ばれているが。失礼ですがそちらは?」
『良かった。ワタクシ『美月』さまがお勤めになられている“クラブ”に所属する厚生事業部の**と申しますが、『美月』さまの件につきまして、ご報告がございまして──』
話をつきつめると、こうだった。
・『美月』は目下抗薬療養・リハビリ中で“赤いウサギ”の病院に入っている。
・上記に関しては、治療が早かったため症状は軽度で問題ない。
・今後は、ストーカー警戒のため、店が所有する高級マンションに在宅する。
・ついては私物を従業員に取りに行かせるので、在宅の日付を教えてもらいたい。
「待ってください。それは本当に彼女の意思なんでしょうね?失礼ですが……」
オレは言うか言うまいか迷ったが、結局オレはぶちまける、
「最近、そちらの店主代理が方針を変えたとかで、悪いウワサが聞こえてきますが?」
『いえ──決して、そのようなことはありませんが……』
「そちらの
『と、おっしゃいますと?──どういうことで御座いましょうか』
みょうに取り澄ましたような、マニュアル仕込みのムカつく声。
ムカっ腹を立てた俺は思わず怒りにまかせ、ざっくばらんに、
「オタクみたいな若くてキレイな子を!出張ヘルス嬢にして、男の前で股を開かせるッてコトさ!」
ここで、いきなり別人の声が割って入った。
『チョッとチョッと──ウチの子に、なんてコト吹き込んでくれるんだい!』
そのべらんめぇな口調と、タバコで荒れたノドの気配。
オレの頭に、50がらみと見える白衣を着た中年女が、脂っ気のないごま塩あたまを振り立てるのが見える気がした。
「女医さん!?居るなら最初から出てくださいよォ。そんな
『おやおや……言うねぇ?』
女医は、呆れ声で嘆声すると。
『アンタ、ちょっと雰囲気が変わったかい?でもウソは言ってないよ』
「じゃ美香子は、ほんとうに……」
『美香子?──あぁ、『美月』の本名か。そうだよ?彼女、同居人とケンカしたらしくてサ。おまけに『菜々』とも険悪になっちまったんで、彼女も“ウラ”に逆戻り。『美月』は退院後も歌や踊りのレッスンがあるし、今回のコトもあるんでウチで保護することにしたのサ?本人から、今夜にでもメールとかあるんじゃないかね』
「なんでも『
そうなんだよ!と彼女は憤懣やるかたない口ぶりで、
『ウチの『
「その人間が、フロア・レディやバニーたちを、デリヘルやホテトルにするらしいんですけど?」
まさか!と意外にも女医は一蹴する。
『アタシゃ聞いてないよ?あったとしたら、猛反対するね。性病予防が大変だよ』
「しかし、現に!あのキザ野郎がそう言ったのを、聞いた
受話器の向こうで沈黙があった。
『……どうも信じられないねェ。まぁ、
「その親分は、いつお戻りになるんです?」
『詳しいコトは言えないが、いまアチコチ調整に回ってるのサ』
「あのキザ野郎……ヤバぃっスよ?ハヤいトコ手ぇ打たないと」
『No.2は別件で動いてるし、フロア・マネージャーを動かすワケにはいかないし』
「“ウラ”のマネージャーは?」
『冗談じゃない!ムリにキまってるだろ──それともナニかい?』
女医の声に、突然イタズラっぽさが混じる。
『アンタ、
「うっ……それは……そもそも
『アンタもコッチ側の人間だって、
「女子校の夏休みも、もうすぐ終わるんですがねぇ……」
『まだそんなコト言ってるのかい!天性の歌鳥は羽ばたくモンだよ?学校なんてオリに入れてちゃ、可哀想なのサ』
「彼女に、電話するよう言ってください。安全であることを確認したい」
『いいよ。でも今は血液洗浄と投薬で眠っているから、夜になるかねぇ』
「しかと頼みましたよ?」
『そっちこそ、店主代理になる件、じっくり考えとくれ?』
いい返事、待ってるよ?といって勝手に通話は切れた。
耳の中に、タバコでガラガラになった声がいつまでもしつこく残っている。
──オレに
──イイかもしんねぇなぁ?美女にかこまれて俺も左うちわだ。
──バカ言え。ガラじゃないだろ?そんな化粧ッ臭い“お水”の世界なんて。
──マぁ、ソウなんだがヨ……。
そんな自問自答を、しばらく。
夕方の空に、チャイムが鳴りだした。
子供たちの帰りをうながす5時のチャイム。
もっともこの季節のこととて、まだまだ空は明るい。
リビングの大きな窓からは、まだまだ残暑のきびしい空が。
風も止んでしまったので、オレは開け放していた窓を閉め、クーラーを入れる。
『マイケル。いま、よろしいですか?』
「あぁ、そうか──オマエの話が中途半端だったな」
肝臓のことをひとまず忘れ、オレは性懲りも無くビールを冷蔵庫からひっつかむと、いまだに新しさの取れないソファーへ引っくり返った。やわらかい肘掛けに頭をのせ、ダラしなく寝転がったままビールのタブを開ける。
「いいぜ?まだキゲンは良い方だからな」
『単刀直入に言いますと、詩愛サマのことです』
「オマエ……彼女、拉致った奴らに心当たりあるのか。自動運転って、まさか──」
『いえ、いえ、違います。ワタシではありません』
「じゃァ何のハナシだよ。もったいつけるない」
『まえに、マイケルが渡した携帯のメモリーカードですが』
「あぁ……神社のヤブに落ちてたヤツな?」
『あれは──詩愛サマのモノでした』
※9mmパラベラム弾:ルパンのつかうワルサーP38などにも使われるのはご存じの通り。
……コレ、気合い入れないとホントに今年中に終わりませんね。
物語的には『第3コーナー』にさしかかったところですか。
彼方に終焉も見えますが、そのまえに難しい局面が3~4箇所あるので心配です……。
次回も週刊予定。ご期待下さい。