※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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      〃      (後

 

 【SAI】の意外な言葉。

 

 あの携帯のメモリー・カードが詩愛のモノだということを“知ってて今まで黙っていた”というのか。カードに致命的な破損が無ければ、オレが炊飯器のスロットにカードを挿入後、マイクロセコンドで解析を終了していたろうに。

 

「なんで、今頃になって?……ワザと報告しなかったのか」

『その通り。そして何よりワタシは半分怒っています』

「なんだよソレ。理由(ワケ)を、訊こうか?」

『ワケ?ワケですと?なにをいまさら!』

 

 意外な対応。【SAI(コイツ)】にしては珍しい。

 そして何より、情報を独占する側の尊大ぶったような音声が、かえってイラつきを増す。

 

「あぁ、頼むから。そういう思わせぶりは、今は抜きにしてくれんか」

『いいえ、コレばかりは!『ガツン』と言わせていただかざるを得ません!!』

 

 OK。オレは応戦体勢で息をついた。

 

「……じゃぁ訊こうか。まず、なぜ詩愛の携帯であることを黙っていた?」

『結論から申しますと、第一にマイケル。あなたの行動に、バイアスが加わるのを怖れました』

「オレの?」

『例大祭の舞台となった神社の、そして祭りの夜とはいえ人の気配が少ないエリアのヤブに、詩愛サマの携帯が投げ込まれていた……そして当該の夜以来、出張中であるはずの詩愛サマからは、なんのメールも無く、職場にも連絡がとれず。ここから導き出される結論は、彼女の身にナニか起きたと考えるのが妥当です』

「……なるほど、異論はない」

『前日、マイケル。あなたは“用事があるため祭りには行かない”と彼女に明言しました。にもかかわらず!アナタは祭りに行った。しかも!!同じ轢殺ドライバーである朱美サン、そしてその息子である竜太クンと一緒に……』

 

 リビングのモニター画面が、いきなり立ち上がった。

 そして、最近の携帯カメラが持つ、高機能な夜間撮影モードで取られた画質のいい映像で、賑やかな夜店の灯りや、参道をゆく浴衣姿の人々などの写真を、次々と浮かび上がらせる。

 

 焼き物から立ち上る煙。

 手にした玩具を振り回す子供。

 そして腕を組む浴衣姿のカップル。

 

 ──あいつ、撮影上手いな……いや、それほど最近の携帯が優秀なのか。

 

 夜景なのに色合いやボケ風味すらバッチリな写真が何枚も。

 暗所のツブれや、難しい露光の白トビびもない。発色も、文句なしだ。

 そんな玄人はだしのノスタルジックめいた映像が続く中、次の一枚でオレは目を剥いた。

 

 オレと朱美が暗がりで抱き合っている(ように見える)光景。

 彼女の着衣が乱れていることから、たぶん強姦されかかった直後だ。

 ぱっと見には、オレが彼女を手込めにして、言うことをきかせようとする最中にも。

 

「これ……詩愛の携帯メモリって、間違いないんだよな?」

『ご愁傷様です。つまり“決定的な瞬間“を見られていたということですね」

 

 くそっ!

 思わず呻(うめ)いた。

 そして出(・)来(・)す(・)ぎ(・)た(・)間の悪さに頭をかかえる。

 まさか彼女に……よりにもよって!この場面を見られていたとは。

 

『ワタシはここに彼女の絶望と怨嗟(うらみ)、なにより哀嘆(なげき)を認めます。撮影機材のExifで確認できる高感度モードをもってしても“手ブレ”が生じていることが、その証左ですな、マイケル。このマンションにおける彼女の好意を!献身を!アナタはどうお考えだったのですか」

「誤解だ、誤解!朱美(ヤツ)とは、何もなかったんだって。ただ彼女が暴行の被害に遭いかけていたのを、慰めていただけだったんだ」

『はぁぁ?ナグサメテイタダケ、ですか』

 

 なんと。

 いかにも小馬鹿にしたような音声で【SAI】は返してくる。

 そして追求の手をゆるめず、コイツはまるでチェスの詰めを運ぶように、

 

『じゃぁ!朱美サマのことは?どうお考えです。彼女もまた、マイケル!アナタに好意を寄せている女性ですよ?その気も無いのに思わせぶりな行動で女性に期待を持たせておいて、希望のロープを背後から切り落とすのは、人として、なにより男として、如何なモノかと糾弾いたします!』

「……どうしたんだ、一体。高級AIのオマエが男女の仲を云々するなんて」

 

 ここで「AIふぜいが」などと返そうモノならブチ切れるのが分かっているので自制する。

 

『コチラのことはどうでもよろしい!優柔不断な男に、女たちが振り回されて哀しい結末になるシネマとアニメを見ました。斯様(かよう)な悲劇的ラストを避けるためにも、マイケル!アナタはもっと態度をハッキリさせるべきです!』

「分かった、分かった、降参だ」

 

 流れを変えるため、オレは冷蔵庫に向かうが、背中から【SAI】は追求の手をゆるめず、たたみかけるように、

 

『彼女たちが!そのような結末をたどったなら、ワタシは【ボニー】にチクりますからね!?』

「ウヘぇ……ソレだけはカンベンしてくれ」

 

 あのラディカルなフェミ活動家めく“彼女”に知れたら、007のボンド・カーよろしくトラックの走行中、オレの身体は座席ごと空中に射出されてしまうのではないか。あるいは運転中にラムちゃんから電撃をくらうがごとく黒コゲにされるかもしれない……。

 

 冷や汗。

 

 アフリカの炎熱が。裏切り合戦が。

 『ジーミの店』の銃撃戦が。ガス爆発が。

 21世紀の現実に押し潰され、アッというまに希薄となる。

 

「タノむから【ボニー(あいつ)】には言うなよ?」

『フン!どんなモンですかねぇ?』

 

 【SAI】の音声には、あきらかに“義憤”に駆られたような勢いがあった。

 コイツめ。どんな作品を見たんだろう……NTR(寝取られ)モノにでもアクセスしたのか?

 

『とにかくマイケル!男たるもの、ケジメをキチンと付けねば──なんです!こんな時に!』

 

 いきなり人工知能がキレる。こんなときにオレの腹が鳴ったのだ。

 考えてみれば、昨日の夜から(あるいはもっと前から)何も食べてない。

 

『真剣味が足りませんよマイケル!』

「そんなコト言ったって。生き物はハラが減るんだよ」

『むぅ。バッテリー警告のアラームみたいなものですかね。タンパク質生命体は不便です』

 

 まぁ、そうとも言えるなと適当に相手をいなしつつ冷蔵庫へ。

 中を開け、冷気を顔に浴びながら物色。

 

 缶ビール数種。

 白・ロゼ含めたシャンパン。

 冷やした様々な銘柄のウィスキー。ジン。

 (ウォッカは黒スミノフとストリチナヤが冷凍庫に)

 酒の肴にしようと考えていた真空パックの肉類や、珍味のたぐい。

 以前だったら、詩愛のヤツが何がしかストックしてくれたものだが、いまは……。

 

 いかん、いかん!直ぐさまオレは首をふった。

 いつの間にか“家族のぬくもり”を求め軟弱になっちまってる。

 しょせん、人間は独りだ。アフリカ傭兵のように、心を厳しくして生きていかねば。

 

 さらに奥をガサゴソかき分けると、賞味期限を1ヶ月ばかり過ぎた生ラーメンが出てきた。

 

 ──えええ……ラーメン・スープは、無かったよな……。

 

 そばつゆとワサビで啜(すす)ろうか、とも考えるが、それもなんだかワビしい。

 

 ──まてよ……?

 

 ピコーン!そのとき閃いた。

 ラーメン・スープはないが、パスタ・ソースなら、ある。

 麺を汁なしにして、そこにパスタ・ソースをあえたら?どうだ!

 

【挿絵表示】

 

 早速湯を沸かし、麺を茹でて湯切りすると、買い置きのタラコ・ソースをまぜてみる。

 そして期待半分、不安半分に、おそるおそる一口。

 

 ──うぅ……ん。ビミョ~……。

 

 不味(マズ)くはないが、美味(ウマ)くもない。

 あるいは賞味期限が切れているのも、原因のひとつか。

 第一、麺に若干の味がつくため、完成形であるパスタ・ソースの味バランスを崩している。

 首をかしげ、呻りながら箸で麺を食べていると、金のない学生時代が彷彿となり、ワビしさドン!さらに倍!となる感じが否めない。かろうじて高級マンションのリビングという雰囲気が、どん底の心境からすくい上げてくれる、ような。

 

【挿絵表示】

 

『マイケル。それ食べ終わったら、また弾劾(だんがい)ですからね?』

「カンベンしてくれよ。じゃぁオレは?どうすりゃイイんだ」

『輪姦され、陵辱され、心まで穢された詩愛サマを、やさしく迎えいれてあげるコトです。そして『美月』──美香子サマと『フクロウ』サマの軋轢も解消し、またもとのとおり、“5(・)人(・)”で仲良く暮らすのがいいでしょう!』

 

 ちゃっかり自分も数に含め、鼻息あらく【SAI】はそう締めくくった。

 

 こいつ。やっぱりなにか“それ系”の作品を見たんだろう。

 やたら最後をハッピーエンドで締めくくりたがっている、ような。

 

 ──だが、しょせん……こんなクソな世の中だぜ。

 

 確率的に、そんなラストにはサラサラ成りえないコトを、非情なAIなら認識しても良さそうだが。それとも思考体であるかぎり理想(イデア)を求める性からは逃れられないのか?だとすれば意識体の概念として大発見でもある。とはいえ残念ながら、人間であるオレの方はスネた『グノーシス主義』めいたものが入っているので、最後に大団円なんてものは、この21世紀の世界にいる限り望めないと割り切っている……。

 

 ──ダメだ、ギブ。

 

 賞味期限切れを片付けようと一気に4玉を茹でたのが失敗だった。

 残りをラップに包んで、冷蔵庫に入れる。

 (あとで分かったが、冷やすと何とか食べられる気がした)

(挿絵B)

 なんだかんだ、これらすべてを終わったのが、1900時。

 夏のこととて、まだ外は明るい。

 オレは口の中に残るタラコ麺の油っぽさを払うため、氷を入れたグラスに冷蔵庫のウーロン茶を入れ、またバルコニーにでると、そろそろ灯りを点け始めた彼方のビル群を眺める。

 

 カラスが二、三羽。鳴き交わしながら西の空へと飛んでゆく。

 ドライヤーから吹き出されたような温風がひとしきり吹き、この日の炎熱を想像させた。

 それが証拠に高級マンションを取り囲む植栽から、セミの啼き声が弱々しく響きはじめる。

 遠くの空を、航空機がノンビリと昇ってゆく。そういえば、最近海外旅行にも行ってないな。

 

 ──今日は有給とったケド、明日はそのぶん働かなきゃぁナア……。

 

 いま、割り当てられている轢殺目標(ターゲット)は、土日に活発となるタイプの単独ネット詐欺犯だ。この一両日行動パターンを把握して、執行場所を決め、異世界にぶっ飛ばさなくては……。

 

『マイケル──マイケル?』

 

 リビングから【SAI】の呼ぶ声。

 また“糾弾”かよ。AIはこういうときしつこいな。

 

『携帯に、美香子サマからの着信ですよォ』

 

 ──なに?よしよし、これで少しは雰囲気が変わるかも。

 

 手に持った氷入りウーロン茶のグラスをびちゃびちゃこぼしながらオレは部屋に戻ると、ブルブル震える携帯を急いで手に取った。

 

「もしもし──美香子か?」

『あ、ご主人サマぁ……『美月』だよォ』

 

 携帯の向こうから、いつもの鼻っ柱がツヨい生意気そうな声ではなく、どこかシオれた気配がやってきた。

 

「どうしたどうした?元気ないな。やっぱりクスリの洗浄はツラかったか」

『またオバさんに、かんちょぉ~イッパイされちゃった。テヘヘ』

「みろ。そんなトコロでバイトなんかしてるからだ。もう夏休みも終わるぞ?学校の準備は」

『えぇっ。バイトじゃないよ?正社員だモン。ちゃんとコーセー年金だって払ってるんだから』

「……は?」

 

 一瞬、耳を疑う。

 まさかコイツの口から“厚生年金”なんて言葉が出てくるとは。

 

『あとね、あとね!フランスに短期留学するかも!そのためにフラ語もべんきょ~してるんだ』

「おまえが?フランス語を?」

『Oui(ハイ),むっしゅ~~』

 

 ガクリ、脱力する。

 まさかコイツが、フランス語とは。

 コンゴ仕込みの傭兵スラングでも伝授してやろうか。

 

『もちろん、音楽留学ね?声楽と、それから古典バレエ?それと、こんてんぽらり~※』

「こんてん……?いつごろ行くんだ?」

『早ければ、秋ごろ?かな。向こうの準備が整ったら、だって」

 

 高校は?と口に出しかけて、おれは無力感に口をつぐんだ。

 

 価値観が──

 金銭感覚が──

 学歴が──

 将来が──

 

 ……と言ったところで、今やこの娘には通じまい。

 

 それに以前、駅のコンコースで魅せた美事なソプラノ※

 ヒョッとしてコイツ、本当に芸事に長けた珍鳥なのかもしれん。

 だとすれば。ヘンに鳥カゴめいた、きゅうくつな女子校生活を送らせるより、世間に解き放って凰(おおとり)となるのを、必要最低限の手助けだけして、あとは黙って見守るのが大人としての役割なのか。

 “大人”としての無力さと、なにか自分が急に歳をとったような脱力を感じつつ、

 

「そういえば。『フクロウ』のヤツが怒ってたぞ?助けてやったのに、って」

 

「ッハ!!」

 

 大音量の、怒声まじりな嘲り。

 

『ナニよアイツ!!『菜々(ナナ)』なんかにデレデレしちゃってサ!?』

「う……本人、キミを助けにフロア中の客を引き連れて救援にきたそうじゃないか」

『そんなのは!ドゥだってイイ!のよ』

 

 こんどは怒鳴り声。

 さすがにオレは携帯を耳からはなす。

 

『アタシを差し置いて!あんなメ(・)ガ(・)ネ(・)豚(・)に色目使ったのが!許せないってェの!!』

 

 まずい。

 このままいくと険悪の一途だ。

 オレはさりげなく話題を変える事とした。

 

「そういえば、お姉サンから──詩愛から連絡あったかぃ?」

『は?なんであんな女が!アタシに連絡してくると思ってるの?』

「おいおい、あんな女って。キミの姉サンだろ?」

『血はつながってないけどね』

 

 どういうことだろう……。

 

 血液洗浄を処置された結果か?コイツ、みょうにカラんでくる。なるほど、『フクロウ』とケンカになるのもムリは無い。それとも“あの店”でチヤホヤされるうち、本当に鼻持ちならない高慢チキなクズ女になっちまったんだろうか。コッチもそろそろ愛想が尽きてきた。

 

「わかった、わかった。じゃ、とりあえず連絡はないんだな?」

『ご主人サマに連絡がないんじゃ、コッチにだって無いわよ』

「そっか……たぶん、まだ出張が長引いているんだな」

 

 まさかコイツに

 「詩愛はレイプされて精神崩壊をおこし、サナトリウムに措置入院されましたが、ナゾの失踪をとげました」

 などとエンジェルス大谷サンの直球じみた説明をするわけにもいくまい。

 だが、なぜか彼女は言葉つきを荒々しくさせると、

 

『ナニよ!みんなしてアタシをムシして!』

「はぁ?だれが無視してるって?みんなお前のことを心配してるんじゃないか」

『……だって』

「それに『鳳(・)凰(・)の間』とかで乱闘があったんだろ?お前はケガとかしてないな?」

『……おそいよ、もう』

 

 ボソリと美香子はスネたようにつぶやくと、

 

『アタシ、自分のマンション買ったから。当分そこから店に通うね。荷物、あとでクーリーに取り行かせるンでヨロシク』

 

 プツリ、通話は途切れた。

 

 携帯を手にしたまま、コトの成り行きを理解できず呆然。

 すると今の通話を聞いていたらしい【SAI】のヤツが、

 

『マイケル──マイケルマイケル──はぁっ……』

 

 ロコツにため息の音声を出して、

 

『まったく。ひかえめに言って“おっぺけぺー”ですね、アナタ』

「なっ!なんだよ、それ」

『もうイイです。しばらく話しかけないで下さい……大事な計算(シミュレーション)がありますので』

 

 そう言って、このクソ生意気な炊飯器はLEDを輝かせ、消費電力を最大にして沈黙する。

 開け放した窓から、カーテンを揺らす風に乗ってヒグラシの鳴き声が入ってきた。敷地面積が大きく緑が豊かなこの高級マンションは、晩になるとビオトープの人工清流からカエルの鳴き声はおろか、蛍まで乱舞するらしい。

 ヒヒヒヒヒヒ……と、常ならもの悲しく思えるヒグラシの鳴き声だったが、なぜか今はバカにされていると感じるのは気のせいか。

 

 急に手持ち無沙汰になってしまったオレは、冷蔵庫に行ってビールを取るとソファーに座り込み、次第に青みを増してくる外の景色を眺めた。

 

 また、風が入ってきて、遠くを走る電車の音を伝えてくる。

 

 急にガランと感じられる広いマンション。

 もうゲームで大騒ぎする美香子や『フクロウ』。それを背中で聞きながらキッチンで包丁をコトつかせる詩愛の姿もない。

 

「まぁ、仕方ないか……」

 

 自分でもわかる憮然とした顔で、オレは味のしないビールをすする……。

 

 * * *

 

 詩愛からの連絡は、それからも無かった。

 

 1回だけ、オヤジさんから電話が来たが、オレの方にも彼女からの便りはないことを知らせると、打ちひしがれた様子で少しばかり話して通話は切れてしまう。オヤジさんいわく、なんでも職場に連絡したところ、彼女から『依願退職』扱いの申請が出され、人事の方で、すでに処理済みになっているという。

 

 試しに、教えてもらったサナトリウムの監視画像システムを【SAI】にハッキングしてもらおうとしたが、ここでも不思議なほどセキュリティーがキツくてダメらしい。

 

『メズらしいくらいガードが固いですよ……日銀のトレード・ルーム並みです……』

 

 クソ生意気な【SAI】にしては珍しくシオシオとした口ぶりから、どうやら本物であるらしい。まぁ、上級国民御用達のサナトリウムらしいから“宜(むべ)なるかな”であるとも言えたが、それにしても何か腑に落ちない……。

 

 代わりに周辺にある防犯カメラの映像を、あの祭りの夜から現在まで時間軸でサーチして、自動運転のフェラーリ映像を検索してもらうが、発見したスポーツカーはポルシェとブガッティ。それに旧式のパンテーラだけ。あとはメルセデスやベントレーといった高級セダンばかり。やはり相当高額な費用を取る施設らしかった。

 

 『フクロウ』は、あのあと二、三回荷物を取りに来て、そのたびに同棲生活の素晴らしいこと。『菜々』の料理が意外に美味いこと。遅番勤務明けのゲームは2人とも“寝落ち”してしまうこと。等々を半ば照れながらの(・)ろ(・)け(・)混じりに語っていった。

 (……勝手にしやがれ)と思いつつ、ニヤニヤ聞いてしまう。思えばオレにも、そんな時代があったのだ。

 

 “『美月』”は、サングラスをかけた店の黒服(……用心棒か?)を4人ばかり寄越し、彼女の部屋の物を、洗いざらい回収していった。あやうく!リビングに据えられたマントルピースの上に置いてあるオレの予備の腕時計まで持って行かれるトコだった。【SAI】が監視してくれていたおかげで助かった。あとで確認ため、奴らが荷物を持ち出す画像をリプレイしてみると、『美月』の部屋にいた黒服たちは、彼女の下着をタンスから段ボールに移すとき、いちいちクンクンしてやがった……下衆どもが!

 

 タバコ臭い匂いを置き去りにすべてが終わったとき。

 マンションは、なにかガランと。うそ寒くなってしまった気配。

 あちこちの部屋を見て回りながら、どこか祭りが終わった後のような寂しさを味わう。

 

「まぁ、仕方ないな……もとに、もどっただけだ」

 

 一人は寂しくないつもりでいた。

 しかし一度“家族の団欒”めいたものを味わってしまうと、心に“甘え”めいたものが出るのか。そんな自分に生まれた弱さを『転生執行』という非情さを伴った業務で塗りつぶす。

 

 ちょうど良いことに、今回あてがわれた轢殺目標は極めてしぶとかった。ようやく足取りのクセをつかんで、イザ執行!と意気込むと、まるでコチラの動きを察知したかのように、不意に行動パターンを変えてしまうのだ。そうこうするうちに【ボニー】がシビレをきらし、“女の勘”とやらで独断で摩訶不思議な働きをみせ、通行人がT字路を曲がってやってくる10秒前に、きわどく目標を捕獲ワイヤーでくびり、トラックの下に叩き込む。

 

 消費電力がハネあがり、トラックが緩やかな上下運動。

 ボリボリボリ……あい変わらず胸の悪くなるような、咀嚼(そしゃく)めいた音と振動。

 

 ──オワった……ようやく。

 

 二週間ぶりの獲物。

 そのうちここ一週間は、自宅にも帰らず、協会本部にも寄っていない。

 いや、ヒョッとして、だれもいないあのマンションに帰るのがイヤだったのかも。

 シートを倒し、運転席の天井をグッタリと見上げると、オレは大きくため息をついた。

 旅客機のコクピットよろしく計器とスイッチ・パネルがならぶそこには、周辺確認用の第三予備モニター。画面を見るとコンビニの袋を下げたパジャマ姿の通行人が、トラックを不審げに眺めながら通り過ぎてゆく。本当にギリセーフのタイミング。

 

 熱を持った電子機器の匂いがうすれてゆき、やがてキャビンは静かになった。

 

『手間ァかけさせてくれましたわね──ザ・マ・ぁ・ですわ』

「なんか、オマエさ……」

『何です?』

「いや……なんでもない」

 

 助手席にいる炊飯器(SAI)に、だんだん似てきたなと言いかけるが、またメンドくさいコトになりそうなのでやめる。もう疲れてAI共と口論する気もおきない。

 すると【ボニー】のヤツは、

 

『なんです?男らしくありませんねぇ……あ、転生映像、入りましたわよ』

「おっ、早いな?どれ……」

 

 まえにも書いたが、転生に時間の概念は不要だ。

 すぐに結果が分かる目標もいれば、轢いた後にそれっきりとなる対象もいる。

 一説には“地獄”に堕ちて永久に浮かび上がれないと、轢殺屋の間では語られてるが……。

 

 ──ともあれ、コイツは地獄におちずに済んだらしいナ。

 

 ダッシュボードから転生用モニターがあらわれると、自在アームで最適な角度に。

 しばらく画面はチラいていたが、それが収まって見れば、いましがた執行した目標はオークの下っ端に生まれ変わり、夕方の川で投網を打っていた。

 山あいの村里っぽい光景。どこか日本の古い風景にも似ている。

 巨大な石を並べた護岸。コンクリ等を使っていないところをみると、そこまで技術は発達していないのか。

 

 と──野良がえりとも見える鍬をかついだ通りがかりの大柄なオークが、生け簀の中にいる捕まえた魚の中から“形のいい”ものを2~3匹。転生した目標の抗議にも関わらず、持って行ってしまう。顔面にパンチをもらって川辺で尻モチをついた目標は、ホオをさすりながら、またもくもくと川面に投網を打ってゆく……。

 

『ヨソさまのモノをカスめて生きてきた業(ごう)が、転生先でハネ返ってプギャ~!ですわ』

「そう考えると、因果応報ってコワいんだな……」

 

 オレは何気なく【ボニー】に言った。

 

「死んだ後まで“ツケ”を払わされる、ってワケだ……しかも異世界まで執達吏(しったつり)が追ってくる」

『天網恢々(てんもうかいかい)ナンとやら、ですわねェ。まさに《汝等おのがじし改めよ》です』

「どんだけデカいシステムか知らんが、よく出来てるモンだなぁ……なぁ【SAI】?」

 

 応答は無い。

 すると“彼女”が忌々(いまいま)しそうに、

 

『そのポンコツに、いま何言っても「ムダムダムダぁぁぁぁ!」ですわ?』

「なに?なんでだ」

『さっきから電力バカ食いして、何やらコソコソやってますのよ?エロアニメの違法ダウンロードでもしてるんじゃありませんコト?──イヤらしい!』

「おぃ、【SAI】……【SAI】?」

『ね?ご覧なさいな』

 

『天涯(てんがい)……森羅(しんら)……一大三千大千世界……

    超大統一理論の彼方……無量大数を超えて……1阿摩羅より迅(はや)く……』

 

 BOSEの低温ウーハーめく音声。

 キャビンが、ビリビリと震えて肌までカユくなる。

 

 ──まて。このトラック……。

 

 まさか人体攻撃用・極低周波兵器まで装備してるんじゃないだろうな?

 身体を共振破砕されて肉ゼリーにされるのはごめんだぞ!?

 

「【SAI】!……おぃ【SAI】!聞いてんのかこのクソAIが!!」

 

 すると、今度はチ○ちゃんの大音声で、

 

『うゥるさいですね!』

 

 そういうと、オレの方にビシッ!テイザーめいた電撃を飛ばしやがった。

 イテテテてッ!シートの上で一瞬のけぞってオレは痛みに悶絶する。

 

 ──このクソ炊飯器?対人攻撃めいたコトまで出来るのか!

 

 何てこった。ロボット三原則をフツーにやぶるAI……だと?

 いやまて。ロボットじゃないから、これはイイのか?

 なんせ『人権』を主張する思考体だもんなぁ。

 ちがう!そういう問題じゃないだろが。

 そもそもコイツは何をしてるんだ?

 

『あぶないですわね!精密機器に誤作動があったら、どうするつもり!?』

 

 ヒステリックな【ボニー】の叫び。

 だが炊飯器は、なんの反応も示さない。

 相変わらず意味不明なインジケータのLEDを満艦飾に光らせて、なにごとか“大事なシミュレーション”とやらをする様子。

 

 午前2時の闇の中。

 

 改めて【SAI】を作り、そしてコレを炊飯器の中に封じ込めた転生協会の部署を考える。

 あの整備の親方である『M』も、事情通の『ロック・吉村』も知らない気配となれば、あとは一体誰が、このスタンド・アローン化した物騒なAIをオレのところに寄越したのだろう?廃棄処分となるはずだったコイツを、ごていねいに復活までさせて……。

 

 ニコニコ転生協会……なにか底知れぬ闇を抱えている気配が、このごろヒシヒシと感じている。そう、まるで待ち伏せ(アンブッシュ)のワナが張られた十字路に軽装歩兵部隊が進んでゆくような……。

 と、言うと『人間をトラックで轢き殺して異世界にブッ飛ばす以上の闇は無いだろうが!』などと精鋭読者の諸兄にツッコミを喰らいそうなのは、事実なのだが。

 

 ──まったく!驚きの連続だよ……。

 

 そしてトラックをPAまで走らせ、その中で仮眠をとり炊飯器をコイン・ロッカーに放り込んで月曜の朝に出社してみると、さらなる驚きが待っていた。

 

 

 




※コンテンポラリー:現代舞踊 
※美事なソプラノ:第44話『小男』の懊悩(1・ちょいエロ中尉 参照
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