※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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   〃    (後

 

 

 有無を言わさぬ圧力。

 口ぶりは暗いまま“ドスの効いた”声で。

 あの“ぽややん娘”からは想像できない迫力が、そこにはあった。

 お局サマが身じろぎして出て行こうとするが、オレはそれを押しとどめ、ひとり森閑とした書棚の谷を歩くと、彼女の前に姿を現すと、地下特有の重くよどんだ空気の中、この得体の知れない女子事務員を睨(ね)めつけた。

 

 オレ自身の登場は、彼女にとって意外だったらしい。

 一瞬、呆然とするが、すぐに毒気を含んだふ(・)て(・)ぶ(・)て(・)し(・)さ(・)を取りもどし、

 

「なぁんだ……アンタかぃ、マイケルさん。ヘンなトコ見られちゃったな。まさか轢き殺し屋も、この場所を使ってるなんて……お相手は、ダレなんです?」

 

 ──どう答えよう……。

 

 オレ一人だ、などと強弁しても相手が気配にさといヤツだったら無地味だ。じじつ、コイツはその才能があるらしい。しかしお局サマが出てくると、なんだか話がヤヤこしくなりそうな……。

 

「いいよいいよ。わかった。そういうコトか……意外だねぇ?」

 

 こちらが逡巡(ためら)ってると、不意に相手は顔色をやわらげニッコリして、

 

「マイケルさんが“ゲイ”だったなんて……でもイイよ?安心して。アタシだって“バイ”の“ビアン”寄りだもん。おんなじ側の仲間ってワケ」※1

 

 とりあえずよかった。

 なにをどうかん違いしたか知らんが、とにかくお局サマが出る必要は無くなったらしい。代わりにオレが、いまどき流行(はやり)の“レインボー”にされたわけだが。しかしとりま、この得体のしれない女に釘をさしとかねば。

 

「なぁ……このコトぁ、ナイショだぜ?」

「とうぜん!その代わり、アタシがネコかぶってることもね?二重のイミで。階上(うえ)では“帰国子女のお嬢サマ”ってふれこみなんだから」

「お嬢さまねえ……それになんだ、やっぱり“ネコ”なんか?」

「マイケルさんは?やっぱり“タチ”?オーラが……なんかアブなそうな雰囲気してる」※2

「オーラって……安出来なラノベかよ」

「アタシね、分かるんだ」

 

 ソバカス娘はハンカチで口もとをぬぐい、そのハンカチを棄てたあと、

 

「アンタ。多重人格でしょ?気配がダブってる。ひとり、いやふたりカナ?この事業所じゃ、よく見るタイプだね」

 

 これは新事実だった。

 自分のほかにも、まさか人格を共有する人間がいるとは。

 しかし、いまは知らんぷりで、このメスガキの情報を引き出すことに専念する。

 

「多重人格ぅ?……わからんな。ほかにもオレみたいなタイプがいるのか?」

「たとえば──今日ハンドルを離した『朱美』サン」

「──え"」

「なにか、強力な“守護”がついてンだ。みてて気持ち悪くなっちゃった。荼吉尼(ダキニ)系……かな?」

「抱(だ)き荷(に)?」

「ハヤい話が、神社のお稲荷(いなり)サンみたいなヤツ。それに守られてるってワケ」

「そういや“アシュラ”が……所長が、彼女を口説いてるって?心配だな」

「大丈夫だよ、彼女なら」

 

 赤毛のソバカス娘はこともなげに、

 

「アレだけツヨい守護が憑(つ)いてンだもん。それより意外だったな」

「ナニが」

「アタシ、てっきりアンタが、朱美ネェさんのお相手かと思ったのに……まさかねぇ?」

 

 そう言ってオレ背後の書棚をのぞく。

 相手が目をほそめ、顔をイロイロ動かす仕草から、どうやらお局サマは上手く隠れたようだ。

 

「……そんなにイイ男の転生ドライバーって、居たっけか?」

「べつに性的な関係じゃないよ。言ってみれば……同胞意識、ってヤツかな」

 

 口からでまかせにそう言ったとき。

 ふいに、コンゴ傭兵部隊の連中が、思いがけない勢いと懐かしさでよみがえった。

 女ったらしのラルゴや中尉や、部下のジャンにエグモン。目の前で殺されたジーブリール……。

 こいつらと一緒なら肩を並べて地獄まで進撃できる……そう、それは同性愛というより“戦友愛”に近いものがある。

 

「キミが思っているようなモンじゃないのサ」

「そうなの?朱美のアネごがマイケルさんのこと気にかけてるってのァ、総務でも一部で有名だったから。それ話題にしてッと、“お局(つぼね)のヒス婆(ババ)ァ”が怒るんだ。あンのデカパイなクソ年増(どしま)、生理痛か便秘で死なねェかな……」

 

 ──あうあう!!

 

 オレは手をバタつかせる。

 やっべ!急いで話題を変えなくては!

 

「ま、まぁ──そんなことはイイ!そっ、それよりなんだ、さっきのは!ネズミ面──業務統括のヤローが、オレの轢殺目標に情報流してたってェ?それでノルマ未達だのと朝会でグチグチ言いやがって、とんだマッチポンプだぜ──クソが!」

「巻き狩り隊のフィヨードルさんからチョッと業務統括の不穏なハナシ聞いてね?ネタを手に入れ、あのエバリんぼを強請(ゆす)って、リサの情報を聞き出そうとおもったんだ」

「それでねあんなヤバいマネを?」

 

 フン、と不敵にこの小娘はわらう。

 

「あのオヤヂのチンポ、デカいってウワサだからサ?どんなもんかと思って……」

「千人斬りでもやってるのかァ?に、したって実際にあんな男のモノをしゃぶるかね」

「おやぁ。マイケルさん、やっぱ“タチ”なんだ?しゃぶらせる方なのねぇ」

「気をつけろよお嬢ちゃん……この協会、底が知れないとこあるから」

「はッ!分かってるわよ。ヒトをひき殺してナンボの事業だもん……それより、サ?だれか、ほかのトラッカーで、リサのコト知ってる人いないかなぁ?」

「さてねぇ。私も若(・)宮(・)く(・)ん(・)が事業所長の秘書役となって以来、関わりないからなァ。ナンだったら、主だったところに聞いてはみるけど」

「ホント!?恩にきるよ!!」

「あまり期待はするなよ?

「あたし稲穂の波って書いて穂波(ほなみ)。穂波あやね」

 

 ……やはりアレは人違いなのだろうか?

 所長室の奥で見た、プラチナブロンドの髪をした彼女。

 あるいは“紅いウサギ”でドレスの裳裾を引き『裏』のエリアに向かう姿。

 これらはあまりに不確実な情報なので、彼女に教えるつもりはなかったが、それにしても……。

 

「あの子について、なんか判ったら教えてよネ?絶対だよ!」

「キミも、協会内でヘンなウワサあったら教えてくれ。実はオレも、そろそろ足を洗いたいと思ってるんだ」

「ふぅん……ま、洗えればイイけどネ」

「なんだそりゃ。どういうイミだよ?」

 

 ベツに。と、コイツ見るからに白トボケな素振り。

 やはりこのクソ娘(ガキ)、なにか知っているのか。

 

「さぁて、朝っぱらから時間食っちゃったァ。今日はやることいっぱいあるのに」

「あ、そうだ。さっきイタチ面が『64ゼタバイトのメモリー』って言ってたけど?なんだありゃ」

「へ?そのとおりのメモリーだけど?」

「“テラバイト”じゃなくて?」

 

 彼女は、もとのソバカス娘な口調にもどってキャラキャラと笑った。

 

「そぉんな小さい容量じゃ、ここのシステムフォロー出来ないよぉ。転生協会(ウチ)だけの規格なんだけど。もちろん門外不出。ホカにしゃべっちゃダメなんだからねっ?」

 

 そう言うと、彼女はフフンと一度、小生意気に嗤って、ペコリ、おじぎ。

 そして地下書庫の出口へと、かろやかに歩いて行った。

 ふたたび、大扉のラッチが締まる金属音。

 シイイン……という地下書庫の静寂。

 

「──やっと行ったわね、あの子。ほんっと得体がしれないったら」

 

 背後からお局サマが、それでもまだ足音を忍ばせるようにしてやってきた。

 

「まさか、あんな性格の子だなんて。だれが“デカパイなクソ年増(どしま)”よ!失礼な!」

「カンも鋭かったし、雰囲気もスゴいものがあった。ありゃァ相当場数を踏んでるぜ」

「よその事業所の内偵員なのかしら……あるいは業務の視察とか」

「の、わりには。レズの相方を心配するだけの行為にも見える……ナゾだな」

「ヤダわ?あの子の扱い、気をつけなきゃ。うすッ気味悪い」

 

 彼女はカビ臭い空調の効いた書庫で、自分の肩を抱きかかえた。

 

「そういえば“ゼタバイト”とやらのメモリって、そんな規格あるのか?」

「知らない。でもシステム部のほうじゃ、テラよりも上のメモリ容量を使ってると聞いたことがあるわ。事務方じゃ、そんな高容量のメモリなんて、もちろん使わないケド」

 

 また転生協会のワケ分からん部分が明るみになった。

 いったいこういった技術、どこから持ってくるんだろう?

 首をかしげるオレをよそに、お局サマはなにか吹っ切ったように、

 

「さ──アタシも戻らなきゃ。今日は忘れた書類を事務所に取りに来ただけだから」

 

 まて。と彼女を素早く制した。

 あのクソガキの行動、読めないでか。

 

「オレが先に出て様子を見る。5分経ってからキミは出てくれ」

「イヤよ。アタシ急いでるんだもの。だいぶ時間食っちゃった」

「アイツがオレの相方を知りたくて、外で様子をうかがってるかも知れん。いや、絶対見てる」

 

 あ、と口に手を当てるお局サマを置き去りに、おれは広い地下書庫をあるき、偵察兵が建屋に侵入するように、ソッと無音で扉を開けた。

 

 ──いる……。

 

 非常用の鉄階段下に積まれた段ボールの影に気配が。

 足音を忍ばせて接近し、上からいきなりのぞき込んで、

 

「バァ!」

「わっ!……なんだよもぉぉ。びっくりするぢゃんかァ」

「その口調はもうイイから」

「いまから慣らしておかないと、うえに戻ったとき地が出ますぅ」

「そんなモンかね……」

 

 オレはソバカス娘を追い立て、彼女と一緒に事務フロアへともどる。

 ドライバーは散り、いつものオフィスの風景が戻っていた。みんな端末に向かい、忙しそうだ。

 と──そこへ廊下の彼方から、朱美がやってくるのが見えた。

 

「ほらァ……わかりますぅ?あの女(ヒト)のまわり」

 

 眉をしかめ、顔をよせてヒソヒソ声で新米事務員がオレにささやく。

 

「えっ、なにが?」

「くろい薄モヤがただよってるぢゃないですかァ。とり憑かれている人特有の状態ですよぉ……コワい」

 

 そういわれ、近づいてくる彼女に目を細めるが──もちろん、そんなモンありはしない。なにか屈託ありげな表情(かお)をする、いつものピッチリ革ツナギ姿の朱美だ。思うに所長に相当言い寄られたんじゃないだろうか。意外だった。あのデブに、そんな甲斐性があったとは。アシュラの私生活は知らないし、知りたくもないが、奥さんはいないんだろうか。

 そそくさと離れてゆく新人事務員を朱美は目で追いながら、

 

「よゥ──お疲れ。まだ居たんだ?アンタも勤務明けだろうに」

 

 二人して壁の時計を見上げれば、もう9時を回っている。

 

「そっちこそ。退職手続きに、エラく時間かかったじゃないか」

「それがサァ!聞いてよ……!」

 

 朱美は騒がしいフロアをグルッとみまわすと、オレをいつものコーヒー自販機に誘った。

 

「ナニのむ?お別れにおごったげるよ」

 

 サバサバした声の朱美に、おやっ?と思う。“お別れに”だって?

 彼女の顔をうかがうが、そこになにも浮かんでいない。いつもの竹を割ったような朱美の姉御(アネゴ)だ。

 

「──バカいえ。餞別(せんべつ)ってのは、送る方がするもんだ」

 

 そう言って、オレは自販機の中でも一番高価い部類の『特上天然ココア』を選んで受け口から取り出したカップを朱美にわたす。

 

「ありがと……この自販機も、今日で最後なんだネェ。あのクソむかつく朝会も卒業かと思うと、なんだか名残惜しいや」

「よせやい、あの糞ネズミ面め……で?聞かせたいコトって、なんだい」

 

 自販機の受け口からエスプレッソのダブルを取り出しつつ、やべ。これ寝れなくなるかな……?と心配しながら唇を焼くいきおいなソレを、慎重に啜(すす)る。

 

「それがサァ!おっかしいの!“アシュラ(所長)”のヤツってば、アタシにプロポーズしてくんのよ?一瞬、ナニかの冗談かと思っちゃった」

「えぇっ?──まさか!」

 

 我ながらうまく驚くことができたと思う。

 大げさにポカンとしてみせて、彼女の顔をながめる。

 そのかたわらで黒い霧とやらを探してみるが、もちろん見えない。

 朱美は思い出し笑いをこらえるように顔をこわばらせ一度、うなずくと、

 

「その『まさか』だよ。あのおデブちゃん、必死になって食い下がンの。希望すれば“専業主婦”にするだの、男の子には父親が必要だの、仕事したいなら、自分のコネで協会のもっといい職につけてやるだの」

「うへぇ……あのオヤジ、まだそんな元気があるのか……まぁ、脂ぎったトコもあるからな」

「もゥしつこいしつこい。そのうち脅迫(おどし)めいたことまで言ってきて……」

「脅迫?どんな」

 

 そのぅ、と朱美はしばらくためらうようだったが、

 

「美人はみんな“協会のモノ”になって“所属管理”されるんだとか、アタシの新しい勤め先の上長は自分のマブ友達(だち)だとか……モ~長いながい」

 

 朱美はようやくココアに一口つけるが、すぐにそれを吹き出してしまいそうな勢いで、

 

「でもサ、おっかしいの。いままで突っ張ってた顔が、急に困り気味になって……」

「ふんふん?」

「ヘンにカラダくねらせて、脂汗ながして……」

「ほぉほぉ?」

 

 ここで彼女は急に所長の声マネをして、

 

『朱美くゥ~ん。

  だからねっ?そのぉ~~

   我が家の主婦とし……てへぇぇ……

    プリッ!プリプリぃぃっ!ビチッ!

     ぶびびびビィィィィィっ!!

      ブバババビチグソォン!!……だってw』

 

 あぶねぇ。

 アヤうくムセるとこだった。

 しかし本当だろうか?あのオヤジが所長室で盛大に……。

 

「マジで……?」

「前の日に、なんかワルいもんでも食ったンじゃないのぉ?──知らんケド」

 

 また“知らんケド”だ。流行ってるのか?最近の女。

 

「ンで?どうした」

「ドウもコウも。その状態(ザマ)を携帯(スマホ)でぞんぶんに撮つて、ナンかあったらコレばら撒くから、ってクソの臭いタップリな所長室を出てきたってワケ」

 

 朱美は、鼻にのこる臭いを洗い流そうとするように、ココアの香りを嗅ぐ。

 その反面、オレはひそかに眉をひそめざるを得ない。

 

 ──なにかおかしい……。

 

 今日の彼女(こいつ)、いつもと違い、どこか雑で、開けっぴろげで、粗野(そや)だ。

 口調にしても違和感がある。まるで品性──というか慎みがない。まるで朱美っぽくない。

 

「朱美……クン?」

「──あによ」

 

 ほらな?

 

 いつもなら『ナぁニ気取って他人行儀にしてるんだィ』と、背中でも一発ドヤしつけてくるところだ。それが禁煙パイプを取り出して歯でくわえ、上下させてコチラを睨めつける風……って、えぇっ!??

 

「朱美……クン。それ、まさか禁煙パイプ?」

「そ~よ?それがどうかしたン」

「マルボロ、辞めたんだ?」

「ッたりメーよ。竜太のケンコーに悪いし、辞めたら月、数万浮くし」

「おっ……おう」

「これから母ひとり、子ひとりで生活(くら)していかなきゃならないンだ。節約、セツヤク」

「……」

「でも、急にやめたせいか、鼻の奥が焚き火クサくて仕方ねェんだ。夜には耳元でシャンシャン、へんなベルの音がするし」

「大丈夫なンか?……それ。医者に行った方がいいぜ?」

「まぁ、事務仕事で時間が出来るだろうから、そのうちにな」

 

 そうしてこの姉御は首をまわしてコキコキ鳴らし、

 

「アンタにはイロイロ世話ンなったねぇ、マイケル。また協会のどこかで会うかもしんないけど。そン時は事務用のシャレた制服なんか着てサ?化粧に髪型や髪のカラーまで変わって、見ちがえるかもネ」

「あぁ……そうだな」

 

 キャラキャラと見慣れぬ笑い方をしたあと彼女は腕時計を見て、

 

「おぉっと、今日は園を休んで竜太とPM(午後)に動物園なんだ。チッたァ寝とかないと」

「そう、か……竜太によろしくな?」

「あぁ。あの子をいろいろ気にかけてくれて、ありがと──それじゃ」

 

 朱美はココアの紙カップをグシャリ、握りしめるやゴミ箱にほうりなげ、ツナギのブーツを鳴らして颯爽(さっそう)と廊下を去って行った。

 

 ──ふぇぇぇ……。

 

 もう、その一言しかない。

 ヒトが変わったような彼女の態度。言葉づかい。

 まるで完全にヤンママのソレだった。アイツは、も少し上品だったハズだが。

 そういや、あのソバカス娘は、彼女のまわりに黒いモノがまとわりついてると言ったっけ。もしや、その気配が焚き火の臭いとして感じられているのか?ふつう、l鼻の奥が理由(ワケ)もなくコゲ臭かったら、脳腫瘍(のうしゅよう)を疑ったほうがイイんだが……。※3

 

「ふふふ……聞いちゃった♪」

 

 いきなり脇から声がする。

 洗練されたスーツと、かすかに漂う化粧の気配。

 エレベータ開かなかったところをみると、非情階段で戻ってきたのか。

 

「どしたの彼女?あんなにアッサリと引くなんて……ワタシもなんか飲もっと♪」

 

 オレは、お局サマより早くコインを自販機にいれ、彼女の選択にまかせる。

 

「ありがと……じゃぁ、コレっと♪」

 

 鼻歌なんぞをして、お局サマ下に居るときとはうってかわり上機嫌だ。

 

「……でも、ヘンねぇ、あの女(ヒト)」

「ヘンって──ナニが?」

 

 オレはトボけて聞いてみる。

 この際“女のカン”ってヤツを、利用してみたかった。

 すると──思った通りお局サマはメガネをキラリ、光らせ、

 

「なんか……不自然にサバサバしてなかった?彼女」

「朱美クンが?そうかぁ?」

「アレだけマイケルさんに“しつこく”こだわっていたのに……まるで別人みたい」

「ほかに、イイ寄生先(オトコ)でも見つけたんじゃね?医者、高級官僚、青年実業家」

 

 まさか!とお局サマは一蹴する。

 

「あの女(ヒト)が好むタイプじゃないわヨォ、単なる金持ちってのは」

 

 ベルガモットが湯気と共に香るカップを、リップが彩る口もとに持ってゆくまでの一拍。

 そうねぇ、と彼女はすこし口にふくんだ後、

 

「まるで誰かに言い含められたとか……いえ、違うわね。ムリに演技してる風じゃなかった」

「タバコもやめるって言ってたな、竜太のために」

「結構じゃないの。いまどき未婚の女が喫煙したって──イイことないわヨ」

「分からんな……おんな心とナンとやら、だ」

「あらァ。やっぱりザンネンなんだ?彼女と別れるのが」

 

 カップに口紅のあとをつけ、彼女は紅茶を飲んだ。

 そういえば今朝のお局サマ、どこか化粧が濃いようだ。

 ちょっと妙な色気というか、成熟した女の魅力を発散している。

 

「ベツに、そんなんじゃないサ」

 

 オレは茶化されたコトに顔をしかめ、

 

「ただ、アイツとは入社したときからのドライバー仲間だ。いってみれば、戦友みたいな」

「そんなモンかしらね?ドライバーたちのコトは、よく分からない。まえに囲まれてスゴまれたことあったじゃない……ビックリしたわ?」※5

「アレはキミがわるいんだぜ?こちとら命かけてハンドル握ってるのに、後ろから撃つようなコト言うから」

「わたしだって、アレは上から言われたことを、そのまま伝えただけなのよ?」

「それ──ソレだって」

 

 オレは『ヤレヤレ、分かっちゃ居ないね』という雰囲気をできるだけ出し、

 

「コッチの内情を分かっていたら、あんな無味乾燥としたコトは口がさけても言えないハズだぞ?言うにしても、もっと湾曲して直球では伝えない。アレはみんなの神経を逆なでするさ。オレたちは四方を敵に囲まれながら、ギリギリで戦ってるんだ。自然と仲間意識も団結も(一部には)生まれる。安全が保証されてる事務方には分からんよ。そんな仲間が居なくなるんだ。さびしくならない方がおかしい」

 

 だって──と彼女は拗(す)ねたように口元をとがらせ、

 

「アタシたちは、スタッフ業務で手一杯だし、ドコかのダレかさんは、ヘンな調達依頼を持ってくるし」

「ダミーの人形ぐらいイイじゃないか。ヘンなところでこの協会、渋チンだからなァ」

「P.O.※4を通す、こっちの身にもなってよ。妙なP.O.通してクタクタに疲れ、社宅に帰れば金遣いの荒い妹……イイわねェ?アナタは。超・高級マンションに帰ればあの女(ヒト)──詩愛サン、だっけ?──がいて、一日の疲れを癒やしてくれるモンね」

 

 そのとき、なぜか彼女は顔を赤らめた。

 なんだろう。最近彼女、詩愛のコトが話題になると顔を赤くするような……。※6

 だが、そんな際にもすぐにコチラの浮かない顔を読み取ったらしい。まったく“女のカン”ってヤツには畏(おそ)れいる。

 

「どうしたの……同居してるあの女(ヒト)と、上手くいってないの?」

「う~~ん、まぁ。いろいろあるんだ、コレが」

 

 ひそかにオレは嘆息する。

 まさかここで『彼女は祭りの夜に半グレ共から代わる代わる暴行され、精神にダメージを受けたあげく措置入院させられましたが、ある夜、病棟から脱走してその後は行方不明です』──なんてバカ正直に説明するワケにもいくまい。なにより時と場所がふさわしくない。

 

「そう……そうなの」

 

 お局サマの顔がコワばり、うつむいた。

 どうやらそれは、こみ上げるほ(・)く(・)そ(・)笑(・)み(・)を隠すためらしいことが、彼女の頬をみて分かった。

 

「ヘンな想像するなよ?彼女とキミに挟まれて“あぐら”を──」

 

 すると、今度はハッとしたように面(おもて)を上げて、またもや顔を赤らめるや、

 

「あっ、あ(・)た(・)し(・)にそんな趣味は!ありませんからね?……ワッ!すっかり遅くなっちゃった」

 

 それだけ言うと、カップの中の紅茶を飲み干し、じゃね?と朱美と同じようにツカツカと去って行く。

 

「グッタリ疲れたなぁ……」

 

 オレは自販機の前にあるプラの椅子に座りこんだ。

 

 ……朱美。

 ……お局サマ。

 ……新米の事務員。

 

 クセのある女どもを、一気に3人も相手にしたおかげだ。

 

 ──とくに、あの赤毛のソバカス娘……。

 

 雰囲気的に、タダものじゃない。

 気配すら読む能力といい、脅しの筋運びといい、度胸の据わりっぷりといい。

 ぜったいに“荒事”の場数を踏んでいる。おまけに自分を擬態して事務仕事をする現実。

 プロだろうか?だとしたら──なんの?

 

 大きくため息。 

 

 もう、いっそタクシーで帰ってやろうかと思うが、イカんイカん。割の良い給与だからといって、こういう金銭感覚のほころびが、将来的に悲劇をまねくのだ。自分も『美t……美香子のことを悪くいえない。

 

 その時とおくにネズミ面が見えた。

 事務エリアに用があるのか、A4のバインダー手にやってくる。

 やばい。さっさとズラかろう……。

 

 協会の建屋から出ると、今日はめずらしく曇天の下、通勤時間を外れたため乗客の少ないバスにのり、ターミナルで電車の駅に向かうバスにのりかえる。窓側の席にすわり、ボンヤリと外を眺めていると、系統の違う他社のバスが、信号で横にならび止まった。

 

 ──あ……。

 

 なんと。向こうのバスの窓際には、朱美のヤツが乗っているじゃないか。窓ワクに頬づえをつき、視線をうつろにしてボンヤリ外を眺める風。こちらが手を振ると、向こうも気づいたらしい。わずかに顔をゆるめ、うなづいた。

 ほどなく2台のバスは動き出し、オレの方は直進、朱美のバスは右折のレーンにはいって交差点をまがり、遠ざかってゆく。

 

 「さらば、わが僚友……幸せにやんな」

 

  *  *  *  *

 

 併走して停まっているバスの窓ぎわにマイケルが座っていたのは驚いた。

 ニヤッとわらって手を振ってきたので、コッチもかるく振りかえす。

 車内はラッシュ時を抜けているので、こんなことをしても目立たない。

 勤務明けなので、とにかく眠たかった。シャワーをかるく浴びて、すぐに寝よう。

 竜太が午後までおとなしくしてればイイけど……。

 

 また鼻の奥に、焚き火の臭い……それに間をおいて聞こえてくるベルの音……いや、これはベルじゃない、鈴の音ね……高血圧かな?やっぱり彼の言うとおり、医者にいったほうがイイのかも。春にやった協会の健康診断では、γーGTPの他は引っかからなかったんだけど……。

 

 やがて信号は変わった。

 2台のバスは動き出し、コッチは右折して、マイケルの乗ったバスから遠ざかってゆく。

 

 ──あれ……?

 

 焚き火の臭いが止んだ。

 耳もとで細く鳴っていた鈴の音も消える。

 

 ふいに。

 胸の中がガランとしてうそ寒くなる。

 それに耐えられず、アタシは自分の手で両肩を抱く。

 ヘンだ。バスの冷房は──そんなに強くないのに。そしてなぜか自分は“独り”になってしまったような、そんな心細さがヒタヒタと押しよせて、自分を押し包むのを味わう。

 

 ……形が見えない“不安”が。

 ……理由の根っこが分からない“喪失感”も。

 ……輪郭のボンヤリとした“哀しみ”すらやってきて。

 

 頬がカユい。

 手をやってみれば、指先が濡れる。

 そのときはじめて気づいた。自分は涙を流しているのだ。

 

 ──アタシ……泣いてる……なんで?

 

 理由の分からない感情をバスに揺さぶられながら、アタシは窓の外を呆然とながめ続ける。

 






※1:男も女もイケるが、どちらかと言えば“レズ寄り”な性癖。
※2:ネコ=女役 タチ=男役
※3:マジです。精鋭読者さまにおかれましてはご注意を。
※4:P.O.(パーチェス・オーダー)=注文書。
※5:第24話:仄暗い楽屋ウラの構造に関するエスキス(Ⅱ)前
※6:つまり“あぐら縛り”状態で緊縛された詩愛に自分の小水をひっかけた幻想を、お局サマはハッキリと覚えているワケですね。


 精鋭読者諸兄はモチロンおわかりのコトと思いますが、朱美は、あの縁結び神社の神によってマイケルを知らぬ間に“諦めさせられた”ワケですね(彼女の身の安全のため)。いきなり現場をはなれて転属となったのも、所長が突発的なゲリとなったのも、すべて主人公が朱美を守るよう神と交わした約束のおかげです。 
(蛇足の説明スミマセン)
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